水面に映る月   作:金づち水兵

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佐世保、行きたかったです・・・・。


83話 MI作戦 その2 ~攻撃、そして~

ミッドウェー諸島サンド島の北東約190km。黒と灰色が東から鮮やかな茜色に塗り替えられていく大空を頭上にいただいた、島1つ見当たらない大海原のど真ん中。

そこに艦娘31人、通常艦艇13隻を要した一大部隊が一糸乱れぬ佇まいで所定位置に展開。MI攻撃部隊旗艦大隅に座乗している当部隊総指揮官百石健作横須賀鎮守府司令長官の命令を今か今かと待ち構えていた。

 

瑞穂ではまだまだ夜空を眺められる時間帯。しかし、瑞穂より遥か東に4000kmのここは日付もそうだが、時間も二足ほど早かった。

 

「す~~~~~」

 

土の匂いも林の香りも感じない、潮と水だけで構成された恐ろしいほど純粋な潮風を思い切り吸い込む。横須賀へ来る前。この世界で目を覚ました時に肺へ送り込んだ空気と味わいは似ていたが、やはり違っていた。

 

「は~~~~~~~」

 

それは本当に構成物質の総意に由来するのか、はたまた精神状態に変動に由来するのか。前者は理系知識に加え、この世界の技術力で作れるのか怪しい専用の分析装置を使用しなければならないため、ここでは分からない。しかし、後者には一定の結論を下すことができる。

 

大隅、能登、2隻の給油艦を含んだ第3統合艦隊の前方に輪形陣で展開している第一機動艦隊。その最前衛を務めているみずづきは高鳴る心拍数を抱えながら、意識的に無心を保っていた。

 

ついに始まる。

 

そう、ついに始まる。

 

ここがあのミッドウェー海域。

 

厳密言えば、今立っている海面ではない。しかし、世界最強とも謳われた南雲機動部隊が壊滅し、アジア・太平洋戦争の趨勢を開戦から一年も経たずして決してしまったミッドウェー海戦勃発海域から目と鼻の先に、みずづきは立っている。

 

反芻すればするほど単なる事実は感情を左右する各種ホルモンと同等の効果を生み出す。だが、まだ作戦は始まったばかりだ。スタートラインから緊張していては体も心も持たないことは今までの経験から嫌というほど学んでいた。

 

「・・・・順調に飛行中。対水上レーダー、磁気探知機に反応なし」

 

心臓に集中する意識をあるべき領域に拡散させようと、透過ディスプレイに映し出されたFCS-3A多機能レーダーの対空画面とロクマルの高度・速度・センサー情報等の現状を把握する。

 

SH-60K(ロクマル)は去る30分前。赤城・翔鶴・加賀・瑞鶴・蒼龍・飛龍の各空母艦娘の彩雲及び第3統合艦隊旗艦「出穂」の33式艦上偵察機と共に敵機動部隊の哨戒を行うべく発艦していた。みずづきの担当海域はミッドウェー諸島の南方海域である。敵が血眼でミッドウェー諸島へ駆けつけた場合、同諸島への最短ルートである南側ルートを通る可能性が高いとされていた。MI攻撃部隊で飛びぬけた哨戒能力を有するロクマルは赤城・翔鶴の艦上偵察機彩雲と共に南方海域に割り当てられた。

 

「ワレニオイツクグラマンナシ」の電文で有名な、日本海軍機で最速の足を誇る艦上偵察機「彩雲」。今まで偵察・哨戒は艦上攻撃機である天山や流星の役割であったが、本作戦より偵察・哨戒は純粋な偵察機に移譲された。そのため、彩雲にとり今回が初陣である。

 

何の縁か。彩雲を参考に開発され、今年制式化された瑞穂海軍初の最新鋭艦上偵察機「33式艦上偵察機」も今回が初陣であった。

 

「脅威及び要注意を必要とする対空目標なし」

 

既に味方識別された彩雲、33式艦上偵察機、所属機のロクマル以外、留意するべき反応はない。中間棲姫の哨戒機も艤装の中で眠っているのか、まだ飛び立っていなかった。

 

しかし、もうすぐ電子の海の凪は終焉を迎える。

 

ミッドウェー諸島の時間に合わせたメガネの時計が0630を表示する。その瞬間、大隅から発光信号が瞬いた。

 

“発艦を開始せよ”

 

隣、と言ってもドングリと同等の大きさに見えるほど離れた位置で弓を構えていた赤城。そして翔鶴。聞こえるはずがないにもかかわらず勇ましい「了解!」と幻聴が聞こえた瞬間、弦を引く右手を離す。

 

発光信号よりもまばゆい光が赤城たちの眼前で発生したのち、複数の航空機が出現。視覚でもレーダー画面上でも幻覚ではないと強調しながら上昇、編隊を組んでいく。見れば、一機艦の両翼に展開している第五遊撃部隊、第二機動艦隊でも同様の光景が降臨していた。

 

見る見るうちに自然の赤いキャンパスを埋め尽くしていく異物。紫電改・彗星・流星で構成された第一次攻撃隊、合計約150機は壮観の一言に尽きる編隊を組み終わると一直線にプロペラを回していく。

 

誰が最初かは分からない。だが、気付けば赤城たち同様、みずづきも茜色から赤色に変わりつつ東の空に突っ込んでいく第一次攻撃隊に、手を振っていた。

 

「訓練の成果! ちゃんと発揮してきてね!!!」

 

攻撃の成功と無事な帰還を祈って。

 

大隅からは第一次攻撃隊向けて、彼らが見えなくなるまで発光信号を打っていた。

 

“武運長久を祈る”と。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

北ポピ大陸とユーラシア大陸のちょうど中間点に位置していたため、発見者の母国語ブリテン語で中間を意味する単語が名称に込められたミッドウェー諸島。まだまだ航海技術が未発達で大海原を危険が跋扈(ばっこ)していた時代、北太平洋の真ん中に浮かぶ小さな島々は灯台の如く、船乗りたちに現在の位置を示し、ここまでやって来た努力をたたえてくれた。

 

発見から約2世紀。サンド島、イースタン島などの主要島、スピット島、サンド小島などの島々で構成された面積約6.2㎢の環礁は布哇諸島から瑞穂列島に至る広大な北西太平洋における唯一の諸島であるが故に、布哇王国から深海棲艦に支配主が変わっていた。

 

絶海の孤島であろうが、時代の潮流からは逃れられない。

 

2026年に布哇王国陸海軍守備隊が全滅して以降、人類の世界から外れた未踏破領域。

 

彗星に搭乗する赤城航空隊隊長妖精を攻撃隊隊長とする第一次攻撃隊は約7年ぶりに人類の存在をミッドウェー諸島に叩き込むため、一路猛進を続けていた。

 

「・・・・・静かだな」

 

前方を悠々と飛行する直衛機の紫電改二を見ながら、隊長妖精は呟く。発艦時はまだまだ薄暗かった空もすっかり青みを帯び、飛行及び攻撃に十分な光量で満ちている。天候はまさに攻撃日和と言えるもので水玉模様のように所々小さな雲が出ているが、視界を遮るほどのものでも、奇襲に利用されるほどのものでもない。

 

攻撃に際して懸念されていた問題の1つ、天候。これはクリアだ。自然現象であるため確信はもてないが、周囲に天候の急変を強いるような積乱雲も不気味な色彩の雲もない。

 

浮いているのはただの水蒸気の塊だ。加えて、気流も安定している。

 

「おい。艦攻隊・艦爆隊の状況はどうだ? 変わりないか?」

「はい! 全機直進。しっかりついてきています!」

 

補佐妖精の快活な報告に安堵する。今回従えている妖精は共に汗水を垂らして腕を磨いた直属の部下だけではない。一航戦で日本・瑞穂問わず比較的作戦を共にしてきた加賀だけではなく、二航戦の蒼龍と飛龍、五航戦の翔鶴・瑞鶴の航空隊も今や自分の部下だ。赤城航空隊ならこのような遊覧飛行日和にいちいち追随してきているかなど確認しないが、他の航空隊が混ざっている以上、総隊長として確認しなければならない。

 

操縦席についている鏡越しに自機の尻を追っている攻撃隊を見る。

 

鏡が反射する全ての世界に広がる、各々の腹や翼に物騒な荷物を抱えた第一次攻撃隊。これほどの攻撃隊が編成されたのはいつ以来だろうか。もしかしたら瑞穂史上初めてかもしれない。それを見ていると足を小刻みに揺らしている緊張が不思議と消えていく。空母艦娘航空隊という質、150という数が「勝利」という幻影を見せてくれる。

 

しかし、現実はそう甘くない。自分たちの母艦の過去と記憶に埋もれる敵情を反芻すると、貧乏ゆすりが再発した。

 

「・・・・・・・・我々でどこまでやれるか」

「隊長・・・・」

 

独り言のつもりだったが、機内無線を通じて後部座席の補佐妖精にも聞こえてしまったらしい。彼の湿っぽい声色から自身の心情を悟られたようだ。予定通りいけばそろそろミッドウェー諸島が視認できる頃合い。攻撃開始の直前に、いつ敵に発見されてもおかしくない状況で部下に不安を抱かせる行為は上官として落第点。慌てて、訂正を試みる。

 

「いや、その・・なんだ」

「やれますよ、俺たちなら」

 

補佐妖精の頼もしい声。思わず、笑みを浮かべ相槌を打とうとした、その時だった。

 

「っ!?」

 

正面上空を飛行していた紫電改二の内、1機が翼をバンクする。敵発見の合図だった。

 

「クッソ!!」

 

敵の姿を認めようと視線をバンクした紫電改二の周辺に向ける。

 

「あそこです! あの細長い雲の下!」

 

先に見つけた補佐妖精が座標を示してくれる。それに従って雲の下を見ると確かに弱光を不規則に反射させる物体がいた。しかも機首を反転させ、回避行動をとっている。

 

「完全に捕捉されたな・・・・」

 

ここまで捕捉されずに来たこと自体も奇跡だった。しかし、せめてミッドウェー諸島に肉薄してからと天を恨まずにはいられない。即座に直衛隊から紫電改二の1個小隊3機が分離。哨戒機を海の藻屑に変えんと肉薄する。

 

日の出直前の空を切り裂く曳光弾がかくれんぼの終わりを告げた。

 

「総員に通達! 無線封止解除! 我が航空隊は敵哨戒機に捕捉された。これより突撃体勢に移行する! 艦攻・艦爆隊は陣形を密にし、直衛隊は対空警戒を厳とせよ!」

 

無線機を口元から放すと僚機にハンドサインで無線では伝えられない詳細な指示を送る。訓練・実戦問わずいつもはふざけて笑顔を見せたりこちらを笑わせようとしてくる僚機も今回ばかりは真顔で指示を受け取る。

 

「た、隊長!」

 

機会を覗っていたのか、ハンドサインの終了と同時に補佐妖精が声を上げ風防越しに前方を指さす。

 

「・・・・ついに」

 

補佐妖精の指先。そこには一直線の水平線を歪に遮る、待ちわびていた影があった。まさにグッドタイミングだ。

 

「ミッドウェー諸島を視認。全機、我に続け!!!」

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「あちゃ~~、やっぱり見つかったか・・・・・」

 

水平線から半日ぶりに顔をのぞかせる太陽によって体の半分が熱せられる中、みずづきはFSC-3A多機能レーダーの対空画面を見て、唸る。

 

みずづきのFSC-3A多機能レーダーが探知範囲250km以上、同時捕捉目標数300以上を誇るからには、当然第一次攻撃隊の現況、敵哨戒機の存在は把握していた。そして双方の進路からミッドウェー諸島に肉薄する前に交差、すなわちお互いがお互いの存在を発見することは容易に想像がついた。

 

「みずづきさん? やはり・・・」

 

傍受を警戒し、隊内用無線で赤城が話しかけてくる。出力をわざと落としているため、いつも使用している無線より雑音が多い。彼女の声が落ち込んでいるように聞こえるのは雑音のせいだけではないだろう。

 

「はい。第一次攻撃隊は敵に捕捉された模様です。既に敵哨戒機は直衛隊によって撃墜。第一次攻撃隊はあと5分ほどでミッドウェー諸島上空に達します」

「敵の反応は?」

「まだ、何も。イースター島からの対空目標は・・・・・・・」

 

ありません、と言いかけて言葉を止める。突如増加し始めたFSC-3A多機能レーダーの光点が、その言葉が事実ではなくなったことを如実に示してきた。雑音に紛れて、報告の続きを促す無言の圧力がのしかかってくる。

 

「中間棲姫のものと思われる対空目標を捉えました。現在数は刻一刻と増加中。おそらく戦闘機ではないかと」

「・・・・了解したわ。あと・・・・・・」

「はい。現在のところ、ミッドウェー諸島周辺海域以外に未確認反応はありません」

 

赤城の意図を看破し、欲していた情報を伝える。おそらく大隅に報告するためだろう。

 

「さすが、中間棲姫。動きが早い」

 

無線を切った赤城に代わり、摩耶が無線を繋いでくる。

 

「はい。第一次攻撃隊は大丈夫でしょうか?」

「事前に見つかったとはいえ、ここまで接近できたなら十分奇襲だぜ。後はあいつらの腕と運次第かな?」

 

摩耶の言う通り、暗号解読により数か月も前から露呈し、上陸部隊を乗せた輸送船がミッドウェー諸島攻撃前日に発見され、完全な強襲攻撃となった日本のミッドウェー攻撃より遥かに上手く現状は推移していた。

 

「MI」の第二関門、奇襲攻撃の敢行は成功と判断できるだろう。捕捉されずにミッドウェー諸島に接近という第一関門も突破した。次は第三関門、中間棲姫の撃滅だ。

 

それを果たさんと視覚ではとても数え切れない光点たちが2つに分離し、一方が中間棲姫のいるイースタン島、一方が泊地と対艦・対空陣地が構築されているサンド島に向かう。

 

そして、イースタン島から飛び立ち高速で西進する光点群と赤城・加賀・翔鶴・瑞鶴の連合航空隊がサンド島南側で衝突した。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「敵機に構うな!!! 直衛の紫電改二に任せろ!! 俺たちの敵はたこ焼きじゃない! 進め! 進めぇぇぇ!!!」

 

無線に向かって吠えつつ、操縦桿を左に傾け足元のペダルを操作。紫電改二で構築された迎撃網をかいくぐって突撃してきたたこ焼きの銃撃を交わす。それを追って1機の紫電改二が急降下。再び攻撃隊へ銃撃しようと上昇し始めたタコ焼きに高度差による優位性を生かして、機銃を一連射。タコ焼きは体中を引き裂かれ、黒煙を吐き出しながら落下していく。

 

「すげぇぇ・・・・・・・」

 

目の前で行われた華麗な迎撃。たかだか一事例のみならここまでの感慨は抱かなかっただろうが、思わず視線を釘付けにされる戦闘は四方八方で繰り広げられていた。

 

撃墜を恐れることなく一路、肉薄してくるタコ焼き。直衛隊の誇りを胸に攻撃隊への被害を少しでも防ぐために奮戦する紫電改二。艦攻隊・艦爆隊の意地で銃撃を回避し、応戦する攻撃隊。

 

自然によって整えられた空は、曳光弾・黒煙・炎などの人工物で汚されていく。

 

「こちら二機艦攻撃隊! サンド島への攻撃を開始する!!」

「了解! お届け物を無駄にするなよ!」

「言われなくとも! 俺らも母艦が怖いんでね!」

 

甲高いエンジン音を背景に轟かせながら、声色で感じる不敵な笑み。それを最後に無線が切れる。二機艦攻撃隊へ敵戦闘機が殺到していないか心配だったが、自分たちが上手く敵を引き付けたらしい。こちらの方が二機艦攻撃隊より多くの直衛紫電改二を抱えているため、敵戦闘機を一刻も早く駆逐するには都合が良かった。

 

「こちら翔鶴艦攻第3中隊! 僚機がやられた!」

「加賀艦爆第5中隊! 至急! 至急! タコ焼きにとりつかれた! 既に1機喪失! 救援を求む!」

 

それでも「味方無傷、敵全滅」というパーフェクトゲームは程遠い夢のまた夢。紫電改二も奮戦しているとはいえ、相手は零戦を凌ぐ格闘戦能力を有するタコ焼き。純粋な性能は紫電改二と肉迫しており激闘は必死。しかも直衛紫電改二と攻撃隊の迎撃に上がって来たタコ焼きはほぼ同数。無線がしりきに叫ぶようにその中には運悪く撃墜されてしまう機体もやはりいた。

 

遠方でタコ焼きに後ろを取られた紫電改二が胴体から炎を引きながら墜ちていく。

 

しかし、中間棲姫を仕留めるべく行軍を続けるイースタン島攻撃班約80機は敵戦闘機の攻撃を受けようが、足は止めない。進路も変えない。応戦していた編隊も迎撃を紫電改二に一任。直衛隊の奮戦もあり、タコ焼きは今や紫電改二に狩られる立場となっている。後顧の憂いは絶たれた。攻撃隊はタコ焼きから既に視界に入っている眼下のイースタン島の支配者へ全意識を集中する。

 

「あれが・・・・・・中間棲姫」

 

環礁に浮かぶ2つの島。所々で黒煙が上がっているサンド島の東側、礁湖へ続くブルックス水道を隔てたイースタン島。以前は布哇王国軍の滑走路であっただろう金属のような禍々しい無機物で覆い尽くされた大地に、ぽつんと1人の女性がいた。しかし、それが単なる女性、いや人間ではないことは彼女自身を見ただけで分かる。彼女が座っている自身より大きなソファーには牙が生えており、その下から無数の砲門が生えている。腰のあたりには自分たちがいつも着艦する赤城の飛行甲板より長い3本の滑走路が取り巻き、タコ焼きが発進準備を開始している。

 

そして、これが約3000m上空からでも中間棲姫を中間棲姫と瞬時に判断できた理由だが。全身からたて突く者を1人残らず地獄に叩き落すという、尋常ではない殺意が放たれていた。

 

彼女がこちらを見た。

 

「っ!?」

 

背筋に悪寒が走る。高度3000mでは外気は氷点下であるため元から寒いが、この悪寒は寒さ由来のものではない。顔など見えるわけもないのに、見られたと直感で分かった。

 

「各機! 突撃よーいぃぃ!!!!!」

 

ぐずぐずしていてはまた機体を上げられる。中間棲姫の収容機体数は不明だが、既に戦闘機二十数機が上がっている。中間棲姫をそのまま航空基地と捉えた場合、最低でも50機、多ければ100機以上はくだらないはず。それだけの敵機を上げられれば、いかな空母艦娘航空隊といえども任務は果たせない。先手必勝のことわざ通り、一刻も早く中間棲姫を置物に変えるため、無線に叫ぶ。自機も含め、急降下爆撃を敢行する彗星及び艦上攻撃機であるにもかかわらず彗星と同様の任務を帯びる流星は現高度を維持。水平爆撃を担当する流星は水平線から脱した太陽の光を翼できらめかせながら一気に急降下。彗星の遥か下方で急降下したとは思えないほど整然とした陣形のまま進んでいく。

 

中間棲姫を前にしても、各機の闘志は衰えを見せない。それどころか、ますます高揚しているようにも見受けられた。さすがは空母艦娘航空隊。

 

操縦桿を一際強く握りしめる。深呼吸しながら無数に張り付いている速度計や高度計などの計器類を確認。異常はない。

 

「おい! 準備はいいか!」

「ばっちりです! 照準中の高度確認は任せておいてください!」

 

破顔する補佐妖精。思わず苦笑が漏れる。彼も僚機や攻撃班と同様、腹を決めていた。それに背中を押され、無線機を握る。そして・・・・・・。

 

「各機、突撃せよ!!」

 

ありったけの声量で号令を発した。これを受けた各機の動きは迅速だった。

 

中隊長機、小隊長機を先頭に秩序だって、待ってましたと言わんばかりに中間棲姫へ彗星と流星が殺到する。しかし、中間棲姫も黙ってはいない。海面低空を一直線に、頭上へ侵入し急降下を開始する流星・彗星に対し、上空を向いていた無数の砲門が火を噴いた。

 

「・・・・く」

 

分かっていたことだが難易度の跳躍という非情な現実に唸り声が出てしまう。多温諸島奪還作戦時、辛酸を舐めさせられた飛行場姫の弾幕が脳裏をよぎる。あの時も飛行場姫の撃破自体には成功したものの、看過できない損害を被った。

 

あれから1年弱。より実戦経験を積み、より訓練を重ね、機体も新型機に換装が進んでいる。しかし、こちらが強くなったと同時に相手する敵も強力化。

 

空へ向かって撃ち出される砲弾に、銃弾。無表情の中間棲姫も内側では必死なのか直前に上げた3機のタコ焼きに構うことなく迎撃砲火を撃ち続ける。結果、攻撃隊より先に友軍機がご自慢の濃密な弾幕の餌食となってしまうが、中間棲姫にとっての最優先目標は自分自身の防衛。友軍機を爆発四散させた猛火は彼女の意思を示すように、攻撃隊へ牙を剥く。

 

「ああ・・・・・、加賀と瑞鶴の中隊が・・・・・」

 

先ほどの威勢はどこへ行ったのか。弱々しい声で補佐妖精が眼下で繰り広げられる死闘の感慨を呟く。空爆には綿密な連携と迅速な協同が必要不可欠なためイースタン島攻撃班において、第一撃は五游部航空隊、第二撃は一機艦航空隊とあらかじめ決められていた。それにのっとり、五游部航空隊が攻撃を開始したが積み上げられた経験と鍛えぬかれた腕前はただ放たれるだけの弾幕を前に1機、また1機と本土から遠く離れた海と大地に散っていく。

 

「いけ! いけ!! そのまま!!!」

 

僚機が次々と爆散、火を噴いて離脱していく中、加賀航空隊のとある彗星が意地を見せる。突入角度60度を保った見事な急降下。中間棲姫との高度を瞬く間に詰めていく。

 

「今だぁぁ!!!」

「ああ・・・・・なんて・・・・」

 

しかし、爆弾は投擲されない。あと一歩まで迫った彗星は左翼を撃ち抜かれ、バランスを喪失。そのまま、イースタン島を覆っている殺風景な平原の中に激突した。あまりの惜しさに風防を叩きつけそうになるが、砲火に臆することなく猛進する水平爆撃隊の流星が目に入る。彼らにも加賀航空隊彗星一個中隊8機を葬った迎撃が行われている。次々と各中隊の機体が海面に没していく中、機銃ぐらいではかすり傷しか与えられない防弾性能を思う存分生かし、秒数を重なるごとに距離を縮めていく。

 

そして、弾幕を潜り抜け3分の2ほどの機体が投弾範囲に至った。天山では全滅もあり得ただろう。腹に抱えられた爆弾が宙を滑空し、中間棲姫に吸い込まれていく。中間棲姫の頭上を飛び越える際に2機ほどが撃墜されるも、大隅で目覚めた搭乗員は一応に安堵するだろう。

 

ここで撃墜されても、妖精たちが目覚めるのは横須賀鎮守府の工廠ではない。艦載機の妖精は撃墜されたり、墜落したりした際、母艦の艤装を整備する妖精たちがいる最寄りの工廠、または整備工場に呼び戻される性質がある。大隅には被弾時を想定し、工廠から各艦娘専属の妖精たちが同行しており、修復と「トンボ釣り」で一石二鳥の役割と果たしている。

 

2発は照準に焦ったのか中間棲姫の足元を掘削しただけ。しかし、残りは的確に照準がつけられており、足元や背後に穴を穿つことはなかった。

 

あれだけ濃密だった砲火を一時的にせよ中断させるほどの連続的な爆発。爆炎で中間棲姫の姿が隠れる。

 

「よし!! 五游部連中、やりやがった!!」

 

それは艦娘航空隊の努力が報われることを示した瞬間だった。無線から歓喜の声がひっきりなしに聞こえてくる。

 

「さすが、第6中隊だ!! 加賀航空隊の真髄、ここに見参!!」

「瑞鶴航空隊もお忘れなく!」

「瑞鶴さんに自慢するネタができたぜ。やっほ~~~~」

「これも俺たちが指導してやったおかげだな。感謝しろよ、五航戦の諸君」

「空母艦娘航空隊の力、見たか!!」

 

この好機を逃す手はない。爆炎を砲火で四散させた中間棲姫は複数の対地爆弾を食らっても健在だが、弾幕の勢いは明らかに落ちている。巨大で生々しい艤装の各所からは黒煙が上がっている。何よりだ。隊長妖精ははっきりと、中間棲姫の滑走路が2本になっていることを捉えた。どうやら、中間棲姫は滑走路が使用不能になると、もの自体が消滅するようだ。

 

一気に希望が見えてきた。五游部水平爆撃隊に感化されたのか、中間棲姫の周囲で攻撃のタイミングを見計らっていた五游部急降下爆撃隊が一息に頭上へ侵入。先ほど全滅した加賀の彗星隊に負けない見事な急降下を決め、次々と爆弾を投擲。中間棲姫の命をじりじりと削っていく。

 

「さて、次は俺たちの番だな」

 

荷物を配達し終えた五游部攻撃隊の残存機が中間棲姫から距離を取り始める。あれだけ苛烈だった対空砲火も今や見る影もない。速射砲が1、2門と機銃が少々。曳光弾を見る限りではそれほどしか確認できなかった。

 

「これは・・・・絶好の機会だな」

「はい! 迎撃網はボロボロ。滑走路も1本の撃破に成功し、2本目にも亀裂が見られます! このまま行けば我々だけで制空能力の奪取まで持って行けますよ!!」

「第二次攻撃隊を楽にしてやれるな。そのためにも・・・・」

 

僚機にハンドサイン。示す意味は「行くぞ」。僚機からハンドサイン。示す意味は「お手柔らかに」。

 

「一機艦航空隊に通達する。俺から言うことはただ1つ。五游部の連中に後れを取るな!! 横須賀鎮守府一の航空隊が誰か思い知らせてやれ!!!」

 

絶叫し無線機を投げつけると大海原と対面していた機首を中間棲姫に向ける。隊長妖精は部下を、そして翔鶴航空隊を信じていたため、攻撃態勢に移行できているかを確かめるために振り向くことはしない。今までどおりやれているかは視界に映る僚機だけで判断できた。前だけを見つけて、ただ一直線に飛行。そして、中間棲姫に近づくと機首を下げ、急降下を開始。隊長妖精が指揮する中隊直属の僚機たちは阿吽(あうん)の呼吸でタイミングを合わせ、爆撃嚮導(きょうどう)機を先頭に、隊長機を2番手に並べ見事な一列で降下していく。

 

「降下開始! 高度2700! 2600、2500!!」

 

高度計が壊れたかのように回転を続け、それに合わせて真正面に見える地面と中間棲姫が近づいていく。下から弱くなったとはいえ生存本能を刺激する光弾が風防越しに駆け抜けていく。だが、使命感と誇り、意地で恐怖を抑えつけ、重力に悲鳴を上げる体に鞭を打ってひたすら降下していく。

 

「1200! 1000! 900!!」

「っ!?」

 

あと少し。そう思った瞬間、前方を飛行していた爆撃嚮導(きょうどう)機が爆散。衝撃と同時に黒煙が機体を襲う。本当に一瞬だった。爆撃嚮導(きょうどう)機とは先陣を切って爆弾を投擲し、後続機へ目標を示すと同時により正確な投擲位置を示す非常に重要な役割を担う機体だ。しかし、指導官がいなくなったからといってやめるわけにはいかない。

 

「700! 600!」

 

補佐妖精はきちんと任務を遂行している。自機に続いている部下たちも。そして、こちらの攻撃後に肉薄しようと態勢を整えている水平爆撃隊も、だ。

 

「500!」

 

風防を叩いていた黒煙が晴れ、視界が回復する。唐突にあの時の光景が瞬いた。演習と実戦。全くかけ離れた状況だが、相手が強敵だということは共通していた。自機の奮戦ぶりはみずづきを恐怖に陥れたと言う。中間棲姫は恐ろしい敵だが、艦上攻撃機にとってこちらの視認外から残弾の続く限り一方的な殺戮を継続し得るみずづきの方が遥かに恐怖である。そのみずづきでさえ、空母艦娘航空隊、ひいては赤城航空隊に一目を置いていた。

 

彼女を唸らせた赤城航空隊が中間棲姫ごときに屈する道理はない。

 

「みずづきに迫った隊長機の気概を見せやる!!! 赤城航空隊をなめんじゃねぇ!!!」

 

中間棲姫は照準器のど真ん中に入った。

 

「400!!!」

「投弾、今!」

 

補佐妖精の絶叫と同時に投下索を思い切り引っ張る。一瞬の浮遊感を味わった後、軽くなった機体を持ち上げ回避行動へ。艦爆にとって完全な無防備状態になる投擲後の回避行動中が最も危険だが、聞こえてきたのは断続的な爆発音のみ。後方へ振り返ると、弾幕を打ち上げることすらしなくなった中間棲姫は血気盛んな部下たちの情け容赦ない猛爆撃に晒されていた。

 

「命中です! 当機投擲弾は中間棲姫に命中しました!」

「ふぅ~~~~」

 

律儀に爆発の瞬間を見守っていた補佐妖精の報告に安堵の吐息が漏れる。まだまだ続く爆発音。

 

「この調子なら赤城さんが喜びそうな報告ができるな」

 

すっかり日が昇り、新たな一日を歩み始めた世界。黒煙を吐き出すサンド島、ミッドウェー諸島上空をわがもの顔で飛行する紫電改二を見ると、そんな予感が浮かんだ。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

艦娘母艦 大隅

 

 

「みずづきより定時報告。敵影確認されず、なお第一次攻撃隊は現在も攻撃中の模様」

「出穂より報告。33式艦上偵察機出穂2号機、第一転進地点に到達。これより並行線に入る。なお現時点で敵は確認されずとのこと」

 

慌ただしくあるも喧騒と呼ぶには比較的平静を保っている艦娘母艦「大隅」の司令室。各艦から寄せられる哨戒情報を黒板や眼前に置かれているミッドウェー諸島・布哇諸島とその周辺海域のみに限定した巨大な地図に参謀部員や情報課員の将兵たちが書きこんでいく。

 

瑞穂海軍の総力を挙げたMI作戦。当作戦において山場の1つであるミッドウェー諸島攻撃を行っている最中とはにわかには信じられない光景。とてもMI攻撃部隊の作戦本部とは思えない。血相を変えて走り回ることも、他部隊の報告を催促する怒号もない。当作戦の総指揮官たる百石は作戦課長の椛田たちが書きこむ情報を椅子に座りながらただじっと見つめていた。

 

ミッドウェー諸島の状況は非常に気になる。今すぐにでも出穂に無理を言って、33式艦上偵察機でミッドウェーへ連れていって欲しいほどだ。だが第一次攻撃隊の電文を待つしかない受動的な立場では、そしてここを離れるわけにはいかない総司令官の立場では自ずとやることは限られる。これはここにいる全員に当てはまることでもある。全員、ミッドウェー諸島の現状を知る術がない。戦闘を継続しているのか、はたまた撤退あるいは退避中なのかと言った大まかな第一次攻撃隊の様相はみずづきの対空レーダー情報から知ることができる。だが、大隅の司令室に籠っていれば把握できる情報は最低限。

 

百石も含めて、ここにいる全員は待っている。第一次攻撃隊からの電文を。だからこそ、静かなのだ。

 

第一次攻撃隊の発艦を見送ってどれくらいの時間が経ったろうか。完全に日が昇り切ってからしばらく。その静けさは乱暴にドアを開け放った通信課士官の登場であっけなく終焉を迎えた。

 

「報告します! 第一次攻撃隊隊長機より入電! カワカワカワ、カワカワカワ。以上であります!」

「カワカワカワが、2回だと?」

 

目を細め、眉間に皺を寄せた通信課長江利山成永(えりやま なりなが)中尉が報告の真偽を確認する。「カワカワカワ」とは第一次攻撃隊の空爆だけではミッドウェー諸島を無力化させることは叶わず、第二次攻撃の要ありと現場指揮官、現在では第一次攻撃隊隊長、赤城航空隊隊長妖精が判断した場合に送られてくる電文だ。これは事前に取り決められており、第二次攻撃の要ありには「カワカワカワ」を一回だけ打つ電文と「カワカワカワ」を2回連続で打つ電文の2種類が用意されている。

 

敵に中間棲姫がいる以上、誰も第一次攻撃隊のみでミッドウェー諸島を無力化できるなどと楽観主義を通り越したお花畑思想など考えてすらいない。第二次攻撃の要ありは十分想定していた事態。

 

ただ、「カワカワカワ」と一回だけ打つ電文には、中間棲姫への攻撃が芳しくなく敵に制空権を握られた状態での第二次攻撃隊出撃を要請するものだ。その対をなす「カワカワカワ」を2回連続で打つ電文は・・・・・。

 

江利山の確認を受けた通信課士官は控えめに破顔して、報告を続けた。

 

「はい! カワカワカワが2回であります!」

「ということは・・・・・・」

「中間棲姫の無力化に成功し制空権を握れた、と?」

 

参謀部長緒方是近の後に続いた、百石の状況整理。その瞬間、沈黙に陥っていた司令室は抑制しながらも、はちきれんばかりの歓喜で満たされた。嬉しさのあまり満面の笑みを浮かべる士官たちがその表情のまま、各艦への伝達、今後の作戦計画の確認、各部署との調整に奔走しだす。彼らを見ながら、緒方がしみじみと語りかけてきた。

 

「やりましたね」

「ああ。彼らはやってくれた。幸先のいい滑り出しだ」

 

個人的には第二次攻撃は中間棲姫の制空権下で強行しなければならないと思っていただけに、嬉しい誤算だ。第二次攻撃隊約70機は敵戦闘機の襲撃に怯えることなく自らの使命を全うすることができる。また、中間棲姫の完全撃破を達成するべく艦砲射撃を行う予定の第一機動艦隊、第二機動艦隊、第五遊撃部隊、第3統合艦隊も上空を気にする必要はなくなる。

 

ミッドウェー諸島が早く片付けば片付くだけ、敵機動部隊との決戦も混乱なく進めることができる。

 

百石は第一次攻撃隊の奮戦に感謝しつつ、総司令官としての命令を発出する。

 

「第二次攻撃隊発艦準備はじめ! 準備出来次第、即時発艦。発艦後、当艦隊はミッドウェー諸島へ向け前進。第一機動艦隊、第二機動艦隊、第五遊撃部隊、第3統合艦隊はミッドウェー諸島砲撃に向け、準備開始せよ!」

『はっ!!』

 

第一次攻撃隊の電文を報告してきた通信課士官以下、司令室に詰めている士官たちが表情を引き締め、慌ただしく動き回る。

 

大隅の司令室はようやく作戦本部らしくなってきた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

しかし、特定の位置でかみ合ってしまった運命の歯車は刻一刻と決定された未来へ向け、主人たちを誘っていく。

 

これに最も早く気付いたのは、みずづきだった。

 

「どういうこと・・・・・?」

 

第一次攻撃隊発艦時の薄暗さが嘘のようで光で満たされた世界。第一次攻撃隊の「カワカワカワ、カワカワカワ」を受け、みずづきはすがすがしい潮風を切り、赤城たちと共に一路ミッドウェー諸島を目指していた。現在は3分の1の戦力を失うも華々しい戦果を挙げた第一次攻撃隊を収容するため、速力5ノットで巡航中だ。

 

第一次攻撃による中間棲姫の無力化。思わぬ嬉しい誤算に艦隊の空気は第一次攻撃隊発艦時と比較し、明らかに軽くなっていた。

 

「お帰りなさい。お疲れさま。よく頑張ったわね」

 

繋がっている通信回線から赤城の慈悲にあふれた労いの言葉が聞こえてくる。その口調は穏やかの一言に尽き、搭乗席で胸を張ったり頬を赤らめたりしている妖精の姿が手に取るように分かる。

 

「本当によくやってくれました。ありがとうね、みんな」

 

声色から察する翔鶴の飛行甲板でも同じような光景が見られていることだろう。時折、「ふふふっ」と微笑みを漏らしている榛名や摩耶、潮のように何事もなければみずづきも、心温まる実況に浸れるはずだった。それを糧に心を引き締め、ただ中間棲姫の撃滅に集中して海上を駆けるはずだった。しかし、透過ディスプレイを凝視する目には安堵や歓喜は皆無もない。ただ動揺と困惑に染まり切っている。

 

「どうして・・・・・・・、なにが・・・どうなって・・・・・・」

 

事の発生はつい5分ほど前。ミッドウェー諸島サンド島まで100kmを切り、赤城たちが攻撃を終え帰投した第一次攻撃隊の収容をちょうど始めた頃合いに、何の前触れもなく現れた。

 

頭部のカチューシャ型艤装についている電波探知妨害装置 NOLQ-3Dが突然、詳細な位置は不明なるも当艦隊の北側に強力な電磁波を探知したのだ。全く想定していなかった突然の異常事態。

みずづきは第一次攻撃隊収容に混乱が出ることを避けるため、赤城を経由せず直接大隅へ緊急通報を行ったあと、即座に探知した、いや探知し続けている電磁波の解析を開始した。

 

石廊崎沖海戦での疑念。記憶の奥底に眠っていた得体の知れない危機感が浮上してくる。この電磁波は探知源が急速に移動しない点から鑑みると艦船用各種レーダーの可能性が高い。戦艦棲姫を旗艦とする深海棲艦重機動部隊の哨戒機はトビウオの如く探知・消失を繰り返し、まるで対空レーダーの存在を認知しているかのような飛行経路を辿っていた。第二次世界大戦レベル、そして瑞穂世界と同等の科学力を有している可能性のある深海棲艦が対空レーダーの存在を知っているのなら、当然保有の可能性も考慮しなければならない。

 

しかし、今回探知した電磁波はみずづきが知っている黎明期の対空レーダーとは桁違いの出力を持っていた。しかも、探知した周波数帯は各国の対水上レーダーや対空レーダー、そしてみずづきが装備しているFCS-3A多機能レーダー、OPS-28航海レーダーが使用しているCバンドとXバンド。この2つのみだった。

(も、もしかして・・・・・・・・・・)

みずづきは解析を進めていくうちに、「敵機動部隊が重厚な哨戒網を潜り抜けて接近」よりも唐突に瞬いたある可能性に思考を侵食されていく。胃をねじられたような不快感と今にも逆流しそうな胃液を必死に抑え込みながら判明した解析結果。

 

それはみずづきの内側をかき乱していたあらゆる感覚を喪失させるには十分すぎる威力を持っていた。

 

「どうして・・・・・どうして・・・・・あきづき型のレーダー波がこの世界で、ミッドウェーの近くで・・・・・」

 

探知した電磁波。透過ディスプレイには“あきづき型特殊護衛艦装備、FCS-3A多機能レーダー”と表示されていた。しかも可能性ではなく、断定だった。

 

「あり得ない・・・・あり得ない・・・・・」

 

しかし、何度解析プログラムを走らせても、同じ結果が導き出される。並大抵のことなら信じただろう。それでも約4年間、命を預け共に死線を潜り抜けてきた相棒の結論でも、今回ばかりは信じられなかった。

 

何もかも突飛すぎる。頭が付いていかない。

 

だが、その思考硬直を断罪するようにみずづきのFCS-3A多機能レーダーは粛々と主に探知した目標情報を提供する。透過ディスプレイの対空画面に新たな光点が現れると同時に艤装と頭のサイレンがけたたましく鳴り響く。

 

脳で認識し、正体を看破した目標はみずづきの本気を否応なく求める必殺の矢だった。

 

「至急! 至急! 緊急報告! みずづき、新たなる対空目標を探知! 本艦よりの方位278! 距離35000! 数3、いや4! 速力520ノット! まっすぐ本艦隊へ突っ込んでくる!」

 




動き出す世界、転がり始めた運命。闇の深淵に沈められてきた事実が露わとなるとき、みずづきは、艦娘たちの選択は・・・・。




ちょっと、本文中のようなノリで書いてみました。解説はあえてなしということで。




ここで作者からお知らせです。
この4月、正確には3月下旬から作者の周辺環境が、社会的な意味で激変します。そのため、今回はわりと本気で更新がこれまで通りにいなかったり、寄せていただいた感想に反応がなかったりするかもしれません。ただ、本作およびハーメルンに費やす時間もある程度ある(逆になかったら、お先真っ暗)とはずなので、ほったらかしはないと思います。
ご迷惑をおかけするかもわかりませんが、今後も本作をよろしくお願いします。

追伸
投稿を始めたのが、2年前。そう思うとなんだか・・・・・感慨深いです。

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