水面に映る月   作:金づち水兵

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やってくる・・・・。
やってくる・・・・・・・。

し、4月が・・・・・。


82話 MI作戦 その1 ~往路~

絶え間なく世界全てを支配する、上陸地点から敵を殲滅せんと頭上を駆けていくラジコン大航空機のエンジン音。爆弾と砲弾が地上の全てを薙ぎ払う轟音。不規則に船体を降らすうねりをかき分ける波音。この時のための猛訓練を積み重ねてきた兵士たちの荒い呼吸音。

 

そして。

 

「下げろ! 下げろ! 下げろ!! 頭がハチの巣になるぞ!!!」

 

頭上を音速越えの銃弾がかすめる、末恐ろしいほど軽い音。大発動艇の最先任士官の怒号に従い、銃弾の前には無力の鉄帽ごと、頭を抱え込んでしばらく。緊張で乱れそうに呼吸音を必死に整えながら、反射的に閉じていた瞼を開く。

 

現在は真夜中。しかも大潮で新月。ここは街や基地、船内など人間の生活領域ならともかく、深海棲艦に占領されて久しい島の沿岸。普通なら広がるのは暗黒の闇で、せいぜい眼前にある海水で湿った大発動艇の床が見えるぐらいだろう。

 

しかし、役立たずであるはずの眼球は世界の様相を明瞭に捉えてくれた。橙色を反射する海水。

 

「第1中隊第1小隊大発に敵沿岸砲が直撃! 沈没!」

「N地点は29式水陸両用戦車(水戦)が敵戦車型と交戦中! 各上陸艇は回避されたし!」

「サンゴ礁に注意! 大潮だからと気を抜くな! 座礁すれば命はないぞ!」

 

操舵室から漏れ出した無線で交わされる緊迫したやりとりが聞こえてくる。

 

「あそこだ! あの丘!」

「了解!」

 

この大発動艇へ執拗に銃撃を加えてくる敵機関銃陣地に向け、2人の射手がそれぞれの7.62mm機関銃で応戦する。脳自体を揺さぶる重低音の炸裂音。それに加えてなぜかこちらへ飛んでくる高温に熱せられた薬莢に注意しつつ、50人ほどが頭を下げている向こう側を見る。

 

上陸地点に隣接した熱帯雨林が炎に舐められ各所で燃えていた。

 

艦娘航空隊による空爆、沖合に停泊した艦娘・通常艦隊からの容赦ない砲撃でベラウ本島の戦いから再生しかけていた森林は再び焼け野原になろうとしていた。

 

7年半の年月を経て、瑞穂と深海棲艦の立場は逆転していた。かつて、軍民合わせて1万1000人の犠牲を出したベラウ本島の戦いでは瑞穂が深海棲艦の砲爆撃に怯えて地下に籠り、深海棲艦が海上から押し寄せる立場だった。人間を虫けらのように殺し、数多の人々の思い出と故郷を奪った挙句の報いに、死に瀕している化け物に感情があるのならどのような心境なのだろうか。

 

「お母さん、お父さん、お母さん、お父さん、お母さん、お父さん、お母さん、お父さん、お母さん、お父さん、お母さん、お父さん・・・・!」

 

こちらは既に正気を失いかけている人間が出ている。屈強な兵士でもこうだ。弱音を少しでも吐けば殴りかかってくるこの部隊の先任下士官も今ばかりは大人しくしていた。ただ、軍服の下から出してきた写真を虚ろな目で眺めるのみ。自分の立場なら戦意を喪失している者に鉄拳制裁を食らわすことは可能だが、当旅団司令官副官という立場がある以上軽率な行動はできない。なにより、彼らの反応は人間としてごく自然なものだった。人間の感情を捨てなければ軍務は遂行できない。かといって、人間でなければ軍人は務まらない。ここの匙加減を自分の上官はあの外見と性格だが理解していた。

 

先ほどより、銃撃が激しくなってきた

 

「総員! 上陸用意!」

 

いまだに軍人の矜持(きょうじ)を保っている士官の叫び声。全員、大発動艇の正面にあるランプに体の正面を向け、突撃体勢に入る。お父さん、お母さんと連呼していたこの場で最年少の兵士は口を噤み、24式小銃を握りしめた。

 

「いいか! ブリーフィング通り、ランプが降りたら、一直線に走って砂浜の縁に身を隠せ! 絶対に立ち止まるな! 少しでも躊躇したら死体袋行きだぞ! 沿岸の敵火力を制圧している水戦には絶対に近づくな!」

 

ちょうど一足早く上陸し、敵と激戦を繰り広げている29式水陸両用戦車(水戦)の37mm砲が吠えた。断続的に副武装である7.62mm車載機関銃の銃撃音が砲爆撃音の間を縫って聞こえてくる。

 

「吹き飛ばされても知らないぞ! あとは上陸してから通達する!」

「上陸まで、あと一分!」

 

舵を握っている操舵主が叫んだ。7.62mm機関銃の射手は懸命に装填作業を行っている。大発動艇の射手には道中の応戦だけでなく、歩兵突撃時の射撃援護も重要な任務だ。運んできた歩兵が決死の思いで上陸しているにもかかわらず呑気に装填作業をしようものなら、沿岸から狙撃されても文句は言えない。火力支援の有無で容易に数十人の生死が決まるからだ。

 

「上陸、10秒前!」

 

第3海上機動旅団第1機動大隊第1歩兵中隊第3小銃小隊の将兵たちが息を飲む。大発動艇は減速、突然の急激な制動で停止する。ずりずりと砂の摩擦音が足元から伝わって来た。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

一拍の沈黙。両翼には運よく敵の砲撃を逃れた大発動艇がひしめいている。それも第3海上機動旅団の将兵、装備、物資を満載している。ランプがわずかに振動する。艦娘を筆頭とする砲爆撃はベラウ本島の中央部に移り、変わって29式水陸両用戦車(水戦)が森林を猛火で薙ぎ払う。

 

「上陸・・・・・・」

 

わずかな振動は盛大な落下につながった。

 

「開始いぃぃ!!!」

「撃てぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

各大発動艇の7.62mm機関銃が一斉に火を噴く。

 

「うぉぉぉぉぉっぉ!!!!」

 

覚悟を決めて将兵たちが比較的安全な大発動艇内から銃弾や砲弾、その破片が作為・無作為に関係なく飛翔する戦場に身一つで飛び込む。最後尾ながら彼らの勇姿に続く。

 

しぶとく生き残り、それを待ち伏せていた銃口はなんの感情もなく彼らに鉛弾を無数に叩き込んだ。絶叫と悲鳴が銃撃に負けず響き渡る

 

「ぶはっ!」

「う゛」

「あ・・あぁぁぁぁぁ・・・・・・」

「ぼぶっ! お、ぇ・・」

「ああぁぁ!! 腹が! 腹が!!!」

「うで・・・腕は!!! 俺の腕!」

 

周囲で数え切れないほどの将兵が血飛沫を上げ、顔を絶望に染め、四肢をバラバラにされながら、砂浜に倒れ込んでいく。それに構わず、閃光と熱と音で意識が霞む中、ひたすら進む、走る、駆ける。

 

「がぎゃ!」

「っ!?」

 

多数の将兵が張り付いている砂浜の縁まであと少しと迫った時、顔面に赤く、鉄の味がする人間の体液が降りかかった。視界を確保しようと顔面をかきむしる。前を走っていた兵士が奇怪な声を上げ首を押さえながら「ぶぶぶぶっ!!! ごごがぎごっ・・・」と倒れ込む。首から血の噴水を上げている彼にも構わず、走った。

 

「今はまだ応戦するな! 敵の抵抗がまだ強い! 下手に命を散らすな!」

 

周辺に檄を飛ばしている中隊の指揮官らしき男の近くに滑り来んだ。反動で顔面に砂がかかり、鉄分で武装した砂が味覚を犯し始める。唾で必死に口内の異物を排除する。

 

「おい! そこのお前! 大丈夫か! 顔面が血だらけだぞ! 衛生兵! 衛生兵は!」

「だ、大丈夫です! これは私の血ではありません!!!」

 

指揮官にくっつき、血まみれの顔面を認めるなり衛生兵を呼ぼうとした兵士はこちらの言葉に全てを察し、「そうか」と視線を逸らす。この顔面が影響しているのか、彼にもそこまで余裕がないのか。しっかり顔を凝視されたにもかかわらず、特段の反応もない。そのまま職務に戻ろうとしたが、これ千載一遇の好機。敵味方の銃砲撃に負けないよう大声で叫ぶ。

 

「申し訳ありません! 近く、または配下の兵士に無線機を持っている者はいますか!?」

「なぜだ!?」

「自分は不死川(しなずがわ)司令付副官の柳葉亨(やなぎば りょう)大尉であります!」

「はっ!?!?!?」

 

当たれば絶命必死の銃弾が頭上でレースを展開しているにもかかわらず、彼は素っ頓狂な声を上げた。

 

「そういえば・・・・」

「至急不死川司令に連絡を取り、上陸の現状を報告しなければなりません! 大至急です!」

「ああ・・分かった。おい! 流郷(りゅうごう)! 二谷を引っ張って来い! 今すぐだ!!」

「分かりました!」

 

砂に顔面をうずめていた気弱そうな兵士が匍匐前進で移動していく。それを見届けると彼は呆れたような目で見つめてきた。

 

「よくもまあこんなとこまで来たな? 不死川司令の命令か?」

「はい! そうであります!」

 

特に緘口令も敷かれていないため、柳葉は正直に話した。通常、安全な海上の母艦で指揮を取っている司令官の懐刀が死傷確率の極めて高い第1次上陸に参加することはまずありえない。だから彼のある意味、無礼な反応こそが自然だ。しかし、的確な指揮には正確な戦場情勢が必須。それを収集できる人間は不死川を知り尽くしている副官にしか務まらなかった。

 

「遠路はるばるご苦労なことで・・・・・・っ!? 伏せろ!!!」

 

反射反応的に顔面を砂にうずめる。顔面が砂で覆われたと同時に後方で爆発が起きた。言葉になっていない絶叫が聞こえる。

 

「正面、距離500! 数1! 敵戦車型! カブトムシだ!」

「くそったれが! 地下に潜っていやがったな!」

 

彼が毒づく。カブトムシとは地上型深海棲艦機甲部隊の主力を成している戦車型の深海棲艦の俗称である。見た目が子供たちに大人気のカブトムシに酷似していることから名付けられた。全長約6m、全高約3mもある巨体を複数の図太い足で支え、ちょうどカブトムシの角にあたる部分に正面装甲25mmを誇った11式戦車をいとも簡単に粉砕する主砲がある。装甲は戦車型というだけあり、正面は11式戦車の57mm砲でも歯が立たない。29式水陸両用戦車(水戦)の32mm砲は投石のようなものだ。断続的に同じ場所へ複数の砲弾を叩き込めば32mm砲でも動きが鈍重なため撃破は可能だが、一撃では仕留められない。

 

こうなる事態を防ぐため、2日間にわたる徹底的な砲爆撃が行われたのだが、日本世界の大日本帝国陸軍よろしく地下深くに構築された塹壕の中に身を潜めていたようだ。

 

上層部の懸念が見事に的中した。

 

「おい! 対戦車ロケット! 早くしろ! 吹き飛ばされるぞ!」

 

身を屈めながら、将兵たちが走り回る。手の空いている者は24式小銃をぶち込み、威嚇目的で手榴弾を投げるが効果なし。そして、再度解き放たれた鋼鉄の咆哮により砂浜に大穴が空き、数人の体液と内臓がぶちまけられた。四肢をまき散らしながら宙を舞う人間の姿は筆舌に尽くしがたかった。

 

「やれやれ・・・。俺たちは生きて本土に帰れるのか? たまんねぇな・・・・・」

 

死に肩を叩かれた状態での吐露。不死川の副官として指導しなければならないことは分かっていたが、同じ想いを抱えている柳葉に一刀両断する選択肢は浮かばなかった。

 

大宮鎮守府第三機動艦隊を主力とする艦娘部隊によりパラオ泊地、泊地棲姫・飛行場姫が撃破された12月21日。当日中にベラウ本島奪還の初手、ベラウ本島上陸作戦が決行された。幾多の犠牲を払おうとも瑞穂陸軍は暗黒に火の粉をまぶした空の下、国土奪還のため前進していく。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

ベラウ諸島で激戦が繰り広げられている頃、MI攻撃部隊は順調に航海を重ね、出撃後5度目の夜を迎えていた。瑞穂時間本日1830過ぎにミッドウェー諸島イースタン島から1100kmの敵哨戒圏内に突入。これまでに2度ほどみずづきのFCS-3A多機能レーダーが中間棲姫の哨戒機とおぼしき機影を探知。ここまで敵潜水艦の反応もなく、ましてや空を飛ぶものは渡り鳥のみという状況だったため、みずづきが初の発見報告を上げた際、部隊には緊張が走った。

 

空母航空隊のみで中間棲姫の制空能力奪取は可能。この青写真は真珠湾攻撃と同様に中間棲姫に発見されず懐に飛び込む「奇襲攻撃」を前提としている。日本世界におけるMI作戦時のように、敵に発見され、防御態勢を構築された上での「強襲攻撃」では中間棲姫に大ダメージを負わせることは困難。更に中間棲姫から発艦した敵基地航空隊との空中・海上での航空戦は不可避であり、みずづきがいるとはいえ同時多発的に複数の戦闘が生起した場合、航空隊・艦隊の双方に甚大な被害が生じる可能性もあった。そのようなてんてこまいの状況で敵機動部隊が出現したら、最悪である。

 

それを避け、「奇襲攻撃」を敢行するには敵に発見されないことが必須条件。故の緊張だったが、哨戒機は目的もなくただジグザグ飛行をするわけではない。基本的に一直線に飛行し、特定の地点に至ると転進、また一直線に飛行し、また転進、基地へ帰投というようにあるパターンに基づいた飛行を行う。これは日本世界・瑞穂世界の人類問わず深海棲艦も同様で、みずづきが逐次監視した状態なら、哨戒機に発見されずミッドウェー諸島に近づくことは比較的容易だった。

 

いまだにMI攻撃部隊は敵に発見されることなく、俄然ミッドウェーに進撃中だ。

 

「ぶっは~~~~~~~。気持ちいいぃぃ!! やっぱり、お風呂は日本人の生き甲斐!」

 

そのため、横須賀鎮守府に所属する艦娘を一機艦・三水戦、五游部・六水戦に分けた12時間交代のローテーションは現在に至るまで継続中。

 

1000から2200までの艦隊護衛で疲労困憊(ひろうこんぱい)の身体。汗や海水の粘つきにうんざりしていた肌に適温のお湯は至上のご褒美だった。

 

「あんたね・・・・・。風呂ごときでよくもまあ、そこまで盛り上がれるわね・・・。昨日も一昨日も似たようなこと言ってたし・・・。壊れた蓄音機?」

「何を失礼な! そりゃ、テンション上がるもんでしょ! 船の中でお風呂! 海水とはいえ、最高じゃんか!」

「・・・・・元気ねぇ~~~」

 

隣で肩まで浸かりながら目を細めてくる曙に抗議を行い、自分にとってどれほどこれに価値があるのか、握り締めた拳で示す。

 

ここは大隅の艦内に設置されている「艦内浴場」だ。浴槽は気合いを入れれば20人ほどが入れるステンレス製。右舷側の端に所在するため、浴槽が唯一密着している壁は傾いており、床より天井の面積が小さい。シャワーは10個ほど付いており、横須賀鎮守府の「灯の湯」と比較すれば雲泥の差だが、艦内浴場としては十分すぎる設備である。地球では浄水技術や運搬技術の革新によりこうした設備が一般化しているとはいえ、技術水準の差や旧海軍の逸話からシャワーがあったら幸運と考えていた折に、長門から「大隅の艦内浴場」の存在を聞かされた時は非常にうれしかった。瑞穂海軍も日本海軍と同じで浴槽はあっても使用は港に立ち寄った時ぐらいなもので、航海中はシャワーすら厳しい。しかし、大隅は艦娘の前線基地となる特別な艦船であり、風呂をはじめとした福利厚生は2033年現在の日本より遥かに充実していた。

 

真水が有限である以上、使用されている水が海水なのは致し方ない。シャワーに時間制限が存在するのも仕方ない。ただ1つ問題があるとすれば・・・・・。

 

「揺れますね・・・・・」

 

対面で熱っぽい吐息と共に呟かれた榛名の言葉。特段低気圧に遭遇しているわけでもないのだが、海面のうねりが高く、大隅はかなり揺れていた。浴槽の水面が規則的に上下するほどには。

 

「みんな気を付けなよ~。艦娘が艦内で転んで損傷なんて、未来永劫笑い話にされるよ~~」

 

貴重なお湯やら、石鹸・シャンプーやらで大盛り上がりの深雪を筆頭とする三水戦の駆逐艦たちを入浴中の川内が諫める。若干元気がないように聞こえるのは疲れからか、はたまた夜になった途端、艦に回収されたからか。この揺れは今に始まったことではない。今日の正午過ぎからうねりの高い状態が続いているため、大隅はずっとこのような感じらしい。顔面蒼白でトイレに並ぶ将兵や涙目で医務室に駆けこむ将兵たちからなんとなく察していた。

 

みずづきも海上の揺れには慣れているため、艦娘たち同様に何食わぬ顔で入浴している。

 

「よっしゃぁぁぁ! 終了! 待ち望んだ入浴やぁぁぁ!!! っと!」

「黒潮!」

「ん?」

 

陽炎の驚嘆に振り向いた途端、黒潮がなぜか浴槽へ飛び込んできた。「ザパーーンッ」と浴槽内が大しけとなり、淵から大量の海水があふれ出す。もれなく入浴中の全員が頭から海水をかぶる。突然の珍事に顔を拭いながら呆然としていると黒潮が頭を振りながら、水面を突き破ってきた。

 

「黒潮! 大丈夫!!?」

 

血相を変えて声をかけると、黒潮は気まずそうに苦笑を浮かべる。

 

「あ、あぶっな~~~~。足が滑ってしもうたわ、ごめんな・・・・・」

「だから言わんこっちゃない・・・・・・。川内さんも言ってたじゃん、走るなって!」

「そうよ、黒潮! もし滑った場所がここじゃなかったら、あんた全裸で医務室に運ばれるところだったのよ!」

 

みずづきに続いて、浴槽に入った陽炎が水面をかき分けながら詰め寄る。黒潮は「ごめん、ほんまに堪忍してや」と顔を引きつらせながら、こちらに近づいてくる。そして、曙の足を踏んだ。

 

「あ・・・・・・」

 

みずづきをはじめとした入浴中の艦娘が黒潮に無言で合掌する。曙からはお湯に負けない熱気がひしひしと伝わってきた。

 

「あんたね・・・・・・・・」

 

髪の毛から海水を滴らせながら、ゆっくりと立ち上がり・・・・・。

 

「いい加減にしなさいよぉぉぉっぉ!!!!!!」

 

怒りを爆発させた。

 

「あ~~あ・・・・・」

 

緑がかった黒髪を泡まみれにした瑞鶴が憐れな視線を黒潮に送る。黒潮は曙に飛びかかられ、浴槽内で羽交い絞めにされている。黒潮もおとなしくしていればよいものを「あんたやって人のこと言えんやろうが!!!」と果敢に反撃。「口答えする気!! 先にしでかしたのはあんたでしょうが!! 川内さんの忠告も聞かずに!!!」とますます曙はヒートアップ。

 

浴槽の半分に身を寄せ合った艦娘たちは形容しがたい現実から目をそむけるように、至極真面目な話を始めた。潮も曙を見放したのか、呆れて介入する気が起きないのか、艦娘の輪に加わった。

 

「そういえば、誰かパラオ・・・・ベラウの状況聞いた人いるか? ヤップ島の状況は緒方部長から聞いたんだけどよ・・・・」

「もうパラオでいいんじゃない? ここだけは。私たちにとってはベラウよりパラオの方が馴染深いんだし」

 

浴槽の隅で行われている苛烈な水上戦闘に背を向け、川内が摩耶の心中を鑑みた提案を行う。異論が出るどころか、洗髪を終え入浴してきた赤城も特に口を挟まない。パラオ共和国パラオ諸島にはアジア・太平洋戦争時、パラオ本島・コロール島にまたがる日本海軍の巨大な泊地があった。1944年(昭和19年)2月のトラック島空襲によりトラック泊地の使用継続が困難となった後、旧海軍はパラオ泊地をトラック泊地に代わる前線根拠地として使用した。わずか1か月半後の1944年(昭和19年)3月30日から31日にかけて行われたアメリカ海軍機動部隊による大規模空襲「パラオ大空襲」により機能を喪失したが、例え立ち寄ったことがなくとも日本が委任統治をしていたこともあり「パラオ」は身近な地名だった。

 

「私は何も・・・・・・。みずづきは? 夕方に捕捉した哨戒機の件で司令室に呼ばれてなかったっけ?」

「え・・・・・・まぁ・・・」

 

疑問を投げかけてきた陽炎の言葉は事実だ。みずづきは敵哨戒機の特徴や動向、捕捉して気づいた点などを報告しに司令室を訪れた際、百石からベラウ諸島方面の戦況を聞いていた。

 

「と言ってもそこまで詳細は聞いてないよ? ベラウ本島・コロール島をはじめとするベラウ諸島に対する上陸作戦は予定通り今夜決行。空母航空隊、艦娘、通常艦艇からの砲爆撃で支援されながら、第2連合特別陸戦隊、第2海上機動旅団、第3海上機動旅団、第1、2、3特殊機動連隊、合計約2万名がベラウ諸島各島に上陸。今、海岸付近を中心に激しい攻防が起きているみたい」

「被害の状況は? ヤップ島じゃ今朝の時点で60人近い犠牲者が出てるみたいだったが」

 

摩耶が心配そうに尋ねてくる。多温諸島とベラウ諸島のちょうど中間に位置するヤップ島では還4号作戦で最初となるヤップ島上陸作戦が昨日の午後に決行されていた。呉特別陸戦隊第2特別陸戦隊、佐世保特別陸戦隊第4特別陸戦隊で構成される第1連合特別陸戦隊約1600名は同島深海棲艦守備隊と現在も戦闘を行っており、既に72名が戦死していた。

 

「艦砲射撃を行っている艦娘たちに被害はないと。今のところ、トラック泊地をはじめ各泊地からベラウ諸島奪回を目指した艦隊の出撃も確認されていないということです。ただ、対潜戦闘はかなり頻発していると・・・」

「敵の注意が向こうに行ってるってなら、陽動作戦の意味はあったな。こっちは潜水艦のせの字もないんだぜ?」

 

陽動とは言えないほど還4号作戦には大規模な兵力と尋常ではない労力が費やされているのだが、現状を考えると深雪の言葉には頷かざるを得ない。それなりの陣容を誇るMI攻撃部隊は今のところ、敵に発見されていない。こうして風呂で疲れを癒せるのも、そのおかげだ。

 

「上陸部隊の被害ですが・・・・・・・」

 

摩耶が本当に聞きたがっていることを言おうとした瞬間、司令室で聞いた言葉を思い出し、つい言葉を詰まらせてしまった。赤城や翔鶴は既に知っているためか、同情の視線を向けてくれる。だが、摩耶など知らない艦娘たちは先を急かしてきた。

 

「おいみずづき、どうしたんだよ?」

「その・・・・・・・。そうなんですか?」

 

摩耶に続いた潮の消え入りそうな声に、立ち止まっていた背中を押された。

 

「ウルシー泊地はトラック泊地から敵艦隊が進出してきていないこともあり順調なようですが、パラオはその・・・・・・・かなり出ているようです」

 

なんとも抽象的な言葉だったが、表情から察したようで一往に空気が重たくなった。

 

「なんでだよ・・・・。泊地棲姫や飛行場姫は空襲作戦もあって撃破できたし、守備隊が待ち構えていることは大宮の偵察から分かってた。こういう事にならないよう2日間も空と海から掃討作戦をしてたじゃねぇか」

「今回の作戦には多くのみなさんが参加されています。なのに・・・」

「・・・・不可解」

「どうやらね。深海棲艦は塹壕を掘って、地下に部隊を隠してたらしいのよ」

「え・・・?」

 

摩耶、白雪、初雪の疑問に赤城が冷静な口調で答える。目を丸くする3人。血相を変えた深雪が赤城に詰め寄った。

 

「塹壕を掘ってた? 多温諸島の時は艦砲射撃で吹き飛ばせたじゃねえか」

「敵も学習しているのよ。今回は多温諸島で見られたような単なる塹壕ではなく、地下要塞と呼べるほど敵は地下にトンネルを張り巡らせていて、そこに身を潜めて攻撃してきているそうよ」

「なんでも、ベラウ本島の戦いの際に瑞穂軍が使用してたトンネルを深海棲艦が再利用してるんじゃないかって話。まぁ、空爆と艦砲射撃で自分たちが掘ったトンネルを瑞穂軍が徹底的につぶしてもこれだから、おそらく新規に掘ってるんだろうけども・・・・・」

 

赤城の説明をわずかばかり捕捉する。

 

「それじゃあ、まるで・・・・・・・いや」

 

深雪は言葉を言いかけるが、途中で口を閉ざす。その続きを神妙な面持ちの潮が口にした。

 

「まるで・・・・・・・日本みたい、です」

「確かに・・・・・・そうね」

 

のぼせたのか、いつの間にか浴槽の淵に腰を掛けていた榛名が視線を落としながら同意した。いまだに激戦を繰り広げている2人以外の全員がそう思っていたのか、一拍の沈黙が訪れた。

 

それが良くなかった。

 

この世界にいる深海棲艦が次元の壁を超えなければ知っているはずがない、そして人類から膨大な情報収集しなければ知ることができない旧軍の戦術を、日本の歴史を知っているなら、必然的にあることを証明することになる。

 

 

“日本は、世界は何かを隠しているんじゃない?”

 

 

あの時、営倉で囁かれた粘り気のある言葉が甦る。

(深海棲艦と人類は・・・・・・・・)

 

 

深海棲艦の正体・・・・根源に迫る何かを。

 

(深海棲艦は人類を殲滅対象とする敵。そして、深海棲艦は人類が殲滅しなければならない宿敵。・・・・・・それだけよ、それ・・・だけ)

 

「う・・・」

 

思考が許容量を超えたのか、心が強制的に思考を遮断しようとしたのか、急に目眩が襲ってきた。世界が歪む。

 

「ちょっと、みずづき? ・・・・・大丈夫?」

 

心配をかけまいと誤魔化したつもりだったが、隣にいる陽炎にはバレてしまった。不自然に見えないよう必死に愛想笑いを作り、「大丈夫、大丈夫」と手を振る。

 

「本当に大丈夫? 嘘ついていたら、承知しないわよ」

 

日本の真実に絡む一件のせいか、陽炎が全く納得してくれない。

 

「大丈夫だって! その、あっちの2人の熱気にあてられたのかも・・・・」

 

陽炎の後方を指さす。そこには疲れを癒すためにもかかわらず、疲労を蓄積させた曙と黒潮が浴槽の淵に腰かけてのぼせていた。「はぁ・・・・はぁ・・・・・」とゆでだこ状態で戦闘不能に陥った2人を見ているとこちらまで熱く感じる。

 

「・・・・・・・・上がる?」

 

陽炎も同様の感覚に陥ったようだ。2人に呆れたような視線を向けると立ち上がる。みずづきもそれに続いた。本当にのぼせていたこともあったが、自分よりとある部分が格上の赤城や加賀、榛名が目の前にいては劣等感に苛まれることこの上ない。彼女たちにさりげなく背中を向けている鶴姉妹は賢かった。

 

「っち」

 

空耳か。前方から舌打ちのようなものが聞こえた気がした。背筋になぜか寒気を感じる。言葉が喉まで出かかったものの、命のためツッコまないことにした。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

 

第二機動艦隊と予定通り会合できるのか。会合地点がミッドウェー諸島北東300kmという中間棲姫の懐で敵に発見される懸念のほかに、そもそもこの渺々(びょうびょう)たる太平洋で落ち合えるのか、という点が気がかりで仕方がなかった。

 

平時で、無遠慮に無線の使用が可能なら気を揉む必要はない。だが、現在は有事で、敵にMI攻撃部隊の存在を傍受で悟られないよう両艦隊とも無線封止中。天候は雲量が4のぎりぎり晴れ。視界も比較的良好だが、もし艦隊の現在位置を、航海長をはじめとする航海科士官や艦娘が間違えていたり、お互いの視認圏外ですれ違ってしまった場合、非常に厄介なこととなる。日本海軍では会合できないことに業を煮やした艦隊の指揮官が上級司令部の無線封止命令を破って、電波を壮大にまき散らすという荒業もかなり行われていた。

 

「こちら、みずづき! 大隅よりの方位105、距離62000にて第二機動艦隊を捕捉! 速力27ノットで当部隊へ接近中!」

 

だが、MI攻撃部隊には瑞穂が心血を注いで開発した各種電探を子供の玩具に貶めてしまう電子の目を持ったみずづきがいた。よって、頭を抱えることも気を揉むこともなく、常識では考えられない迅速さで全く異なる航路を進んできた第二機動艦隊をあっさり捉えることができた。

 

「こちら、赤城。了解しました。引き続き、第二機動艦隊の誘導をお願いします。これで一安心ね」

 

第二機動艦隊を捕捉したのはみずづきのFCS-3A多機能レーダーではない。あらかじめ、作戦計画で明示されていた第二機動艦隊の航路上に進出させていたSH-60K、ロクマルの対水上レーダーである。あちらにもみずづき搭載の回転翼機が迎えに上がるかもしれない旨は伝達済みであるため、蒼龍たちが肉眼で見える位置まで近づいても特段の反応はない。

 

「こちら、赤城。みずづきさん、二機艦との会合後は今朝の打ち合わせ通りに」

「分かりました」

 

第二機動艦隊とMI攻撃部隊の横須賀組が会合するまであと1時間弱。第二機動艦隊はこちらと合流後、一旦引き連れている艦娘母艦「能登」に収容。艤装を格納したのち、能登の内火艇で大隅を訪問。案内係を一機艦、特にみずづきが務めることになっていた。本来なら夜遅くまでこのまま哨戒・護衛を行う予定だったのだが、明日はいよいよミッドウェー諸島攻撃期日。みずづきたちが引きあげたあとは五游部・六水戦の担当だが、彼女たちも日没までには大隅と能登に引き込み、護衛と哨戒は第3統合艦隊のみが担うことになっていた。

 

これに対しまたしても第3統合艦隊司令部は「自信がない」として渋ったが、軍令部と横須賀鎮守府が「艦娘の休息と万全の体調による攻撃精度の確保が不可欠」と突っぱねていた。

 

それより気がかりなことがあった。現状、こちらの方が遥かに重要である。

 

何故、蒼龍たちと親交が深い赤城たちを差し置いて、艦内にまだまだ不慣れなみずづきが案内係に選ばれたのか。それは二機艦が大隅の甲板に上がった時に分かった。

 

「お久しぶりです、赤城さん! 硫黄島で会って以来ですから2ヶ月ぶりですね!!」

「久しぶり、蒼龍さん。遠路はるばるご苦労様。どうだった? オオトリ島は?」

 

子犬のように寄り添ってくる蒼龍に母性あふれるほほ笑みを浮かべる赤城。

 

「どう翔鶴、最近の調子は? 私なんて明日かと思うとわくわくが止まんないよ! この飛龍、もう一度、ここで意地を見せるよ!」

「赤城さんに指導していただいてきましたが、やはり私はまだまだです。飛龍さんの技量を拝見して、よりお役に立てるよう最善を尽くしていきたいです」

 

体全体で興奮を表す飛龍に、いつも通りの清楚さで決意を伝える翔鶴。

 

「よっ。久しぶり。・・・・・・なんか、太ったか?」

「なっ!? あなた、会って早々姉に向かってなんてひどいことを・・・・。気にしてたのに・・」

 

会えなかった時間に頓着せず心に素直な摩耶にため息をつく鳥海。

 

「お姉さまは!? 麗しい金剛をお姉さまは何処に!? 金剛お姉さまの妹分、比叡。ここに参上仕りましたよぉぉぉぉ!!!」

「ちょっと、比叡お姉さま! 声が大きいです! それに金剛お姉さまはさきほど護衛に・・・」

「Noooooooo!!!!」

 

ショックのあまり半分金剛化が進行している比叡を必死に宥める榛名。

 

「相変わらず、元気そうね。浴場で黒潮と暴れたって聞いたけど、もう少し瑞穂を守る艦娘の矜持(きょうじ)ってものをね・・」

「ふん! なんで会ってそうそう、そんな説教じみたことを聞かなきゃならないわけ? そんなんだから、堅物って言われるのよ!」

「堅物? トラブルメーカーのあなたに私を堅物って非難する資格はないわ」

「・・・・・・・・・トラブルメーカー????」

「ああ!!! 曙ちゃん! 落ち着いて! 朝潮さんも悪気があって言ったわけじゃ・・・」

「朝潮! 少し言いすぎ! みんな仲良くしないと! 同じ駆逐艦じゃん!」

 

険悪なようで本気に見えない火花を散らしている曙と朝潮。それを必死に抑え込む潮を照月。

 

その光景を呆然と1人、正確には第三水雷戦隊のメンバーと見つめるみずづき。大海原で十分に冷やされた海風が首筋を舐める。

 

「まぁ、その・・・・・・・がんばれよ!」

 

顔をひきつらせた深雪が肩を叩いてきた。久方ぶりの姉妹、仲間、戦友同士の再会。それにしのごの言う気はない。ただ、自分は案内係だ。そして、二機艦の滞在時間、各訪問先の到着時間も既に決められている。スケジュールの狂いから生じる責任はやはり案内係にのしかかる。

 

「私、案内できるかな・・・・・」

 

いつもは騒がしい第三水雷戦隊は心情の吐露に何も答えてくれない。ただ、「あきらめるな」と苦笑で背中を押すのみだった。

 

 

 

―――――

 

 

 

「ここが司令公室です。既に百石司令官と緒方参謀部長は待機されています」

 

大事な作戦前に将兵-船酔いで精神が逆立っている者も含めて-から恨みを買ってたまるか、と気合いでなんとか予定をスケジュール通りに消化。当初、興奮気味だった一機艦・二機艦双方のメンバーも堅物だのトラブルメーカーだの言い争いをしている2人は除いては徐々にクールダウン。みずづきが注意しても、潮や照月がなだめても一向にいうことを聞かなかった2人は大隅の整備工場を訪問時、MI攻撃部隊に同行している漆原からお灸を据えてもらった。それ以来、2人も借りてきた猫のように大人しい。

 

そして、ここ第1甲板の司令官公室が最後の場所だ。司令室が作戦・指揮を行う司令部であるのに対し、「公」の1文字が加わっているこの部屋は司令官、鎮守府司令長官の執務室である。寝起きや余暇を楽しむ司令私室はここの隣にある。どちらも艦内だけあり空間は限定的だが、司令公室は15人なら収容可能な広さを持っている。

 

全員いることを確認しノックすると中から「入れ」という百石の声が聞こえてきた。

 

「失礼します!」

 

全員を代表して声を張り上げ、ドアを開く。室内には打ち合わせ通り、横須賀と比べても簡素な執務机についた百石と彼の右側に控えている緒方がいた。

 

「想定通りだな。さぁ、入って入って」

 

破顔した百石に促され、続々と艦娘たちが入室していく。金属感あふれる扉を閉めると百石を正面に形成されている横列の最後尾、潮の隣につく。二機艦は一機艦の前方で同じように横列を組んだ。今回の訪問は二機艦が主役である。

 

「久しぶりだな、みんな。最後に会ったのは硫黄島基地かな?」

「はい。第一庁舎でお会いして以来です」

 

代表して旗艦の蒼龍が答える。

 

「大宮の状況は? 私も還3号作戦終結後はさっぱりでな」

「最近は作戦の準備や排斥派の検挙で騒がしかったですが、もともと大宮は騒がしいところですので、平穏そのものです。ベラウ諸島からのちょっかいも各艦隊と交代で大事なく。伊地知提督も相変わらずお元気です」

「そうか、あいつの騒々しさも相変わらずか・・・・。安心したよ。最近はいろいろこちら側の事情でごたついていたこともあるし」

 

蒼龍たちは横須賀騒動について知らされてはいなかったが、海軍に身を置いている以上、海軍内の地殻変動についてある程度認識していた。

 

「さて、あいさつはこれぐらいにして、本題に入ろうか」

「・・・・・・なにか、変更でも?」

 

穏やかだった蒼龍の声色が固くなった。

 

「ん? ああ、すまない。作戦については伊地知から指示してもらった通りだ。変更はない。中間棲姫がこちらに気付いた兆候もないし、ミッドウェー東方海域に展開している潜水艦娘たちから敵機動部隊発見の報もない。作戦はこちらの思惑通りに進んでいる」

 

ミッドウェー諸島東方海域には呉鎮守府潜水集団の潜水艦娘たちが身を潜め、敵機動部隊による奇襲の防止と敵機動部隊の動向をMI攻撃部隊に知らせるため哨戒線を構築している。日本の反省を生かし、MI攻撃部隊が横須賀を出港した17日には展開を完了。2重の厳重な哨戒を実施していた。相手が潜水艦娘の存在を知らず、布哇泊地から最短距離でミッドウェー諸島を目指した場合、複数張り巡らされた哨戒線のいずれかに引っかかる。だが、そう言って日本海軍は運悪く、アメリカ海軍機動部隊が哨戒線上を通過した後、哨戒線を構築。哨戒線のすぐ北側を通過されてミッドウェー諸島攻撃中に奇襲を受けた。仮に敵がこちらの動きに全く気付いておらず機動部隊が布哇泊地に停泊中だとすれば、現時点から出撃しても丸1日かかる。しかし、誰も「空母は来ない」などと慢心はしていなかった。

 

「本題というのはだな・・・・。緒方部長、お願いします」

「はっ!」

 

この司令公室は隣の司令私室と扉一枚で繋がっている。緒方は左側にあった扉を開けるとその中に消える。一分ほど経ったあと、漆で艶やかさを放っているお盆を抱えて戻って来た。そこには人数分の白い小皿が置かれており、小皿の上には殻を取った栗が1粒置かれていた。透明感あふれる黄色で、甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 

「提督、これは!?」

 

栗の正体を看破した赤城をはじめとする艦娘たちが驚いた様子で百石を見る。

 

「心配しなくていいぞ。今日の夕食にはちゃんとかち栗に尾頭付きの鯛、赤飯、・・・朝潮たちには無理だが赤城たちには冷酒も出る」

「いや・・・その・・・・」

 

瑞穂海軍には日本海軍と同じように作戦前に艦内神社に参拝したあと、かち栗と尾頭付きの鯛、赤飯を用意し冷酒で乾杯。勝利を祈願するという恒例の儀式があった。これは士官限定の儀式で飛行科員や下士官たちにはまた別のゲン担ぎ料理が振舞われる。作戦時、艦娘たちもその重要性から士官たちと同じ料理が出撃前日や直前に出される。

 

「本当は五游部や六水戦とも一緒にやりたかったが、仕方ない」

 

緒方がお盆をそれぞれの艦娘たちに差し出し、それを恭しく受け取っていく。みずづきもお盆に置かれた手拭きで手の汚れを落とし、「ありがとうございます」と謝意を述べて栗を受け取った。

 

かち栗。「かち」は漢字で「搗」と書き、古来の意味は「臼でつく」。現代語に訳すと「籾を除去する」という意味合いがあった。この「搗」が「勝つ」に通じることからゲン担ぎとして、出陣の際や勝利を得た際、正月の祝儀などに用いられるようになった。いわゆる、甘栗である。

 

特別な意味合いが込められているためかたかが1粒、されど1粒。大きさや個数にしては重たく感じる。他の艦娘も感じ入るところがあるのか栗を凝視している。

 

最後に百石とお盆を司令私室に片づけた緒方が手に取った。

 

「ゲンはいくら担いでも、罰は当たらないだろう。なら、担がせてもらおう。勝つために」

 

百石は艦娘を見回し微笑むとかち栗を少しだけ掲げた。彼の心中を察した艦娘たちは驚愕から真剣な表情に変え、かち栗を控えめに掲げる。みずづきも続いた。

 

「諸君、明日は頼んだぞ。いただきます」

「いただきます!」

 

口の中にかち栗を豪快に放り込む。舌に触れた瞬間、口内、鼻腔に広がる甘味。咀嚼し、柔軟さの中に脆さを抱え込んだ実を砕くと先ほどまでと比較にならない濃厚な甘さが口内を席巻する。だが、それだけでない。

 

心の中で着実に強固になる決意。咀嚼するたびにそれは力強さを増していった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

月もない。星もない。聴覚と触覚のみが運命を左右する醜い暗黒の世界。視界はいくら暗順応が働こうとも黒一色。

 

この世界の、本当の色彩。

 

希望もなければ、未来もない。いくら偽善に満ちた汚らわしい色彩で塗りたくろうとも黒こそこの世界の一糸まとわぬ姿だ。

 

水平線の向こうで群れている連中や自分たちが支配者だと勘違いして海中を泳ぎ回っている骨董品には見えない現実。

 

無力のくせに英雄気取りでもてはやされているピエロには辿りつけない真実。

 

それを脳みそに叩きつけるまで、あと少し。

 

「・・・・・・・・・・・・・ひひひっ」

 

 

 

 

本来の色彩である群青色さえ闇に飲まれた大海原。墨汁と大差ない不気味さに墜ちた海面を複数の存在が駆けていく。

 

躊躇なく遥か前方へ一直線に。




後半のかち栗うんぬんのシーンはとある戦史書籍(昭和17年のある海戦を取り扱い)を参考にしました。そのため、時代や部隊によって多少の差異があるかもしれません(にわかですみません・・・)。その際はご指摘いただければ、と思います。

それにしてもとある超大国の軽空母さんはどうしてあんなにドジッ娘感が溢れているのか・・・・・。ああいう人を見ると、少しからかいたくなるんですよね・・・・。

というか、あのレベルの軍艦を週単位で建造してた超大国って・・・・、訳分からん。あ、だから超大国なのか・・・。

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