水面に映る月   作:金づち水兵

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もう2月中旬・・・。再びこの季節が・・・。

カチ・・・・、カチ・・・・・。

「・・・・・・・・は? な、なな・・・・、oh・・・。7海域!?」

提督の皆さんにお伺いします。見間違いではありませんよね?


78話 横須賀騒動 その後

そろそろ夏が過ぎ去り、秋の気配が満ちてきた10月下旬。あれほど容赦なく地上のあらゆる物の温度を上げていた日光は今まで通り輝いているにもかかわらず、どこか弱々しい。太陽が天頂付近に居座っている昼間はどうということはないが、朝夕は半袖では少し居づらく、寒暖の差が激しくなってきた。

 

初めてここを訪れた時、初夏を一身に受け若々しく広がっていた新緑の葉っぱたち。彼らは風雨を凌いできた貫録を身にまとって深緑に染まり、中には赤や黄色に色づき始めているものもある。

 

久しぶりに駆け抜けるようになった海由来の爽やかな風がセミロングの黒髪を撫で、あと数ヶ月で地上へ落下する運命にある葉っぱたちを鼓舞するかのように揺らす。「サー」と背中を預けている桜の木も風に応じるかのように鳴いた。セミや鈴虫たちが退場し、少し寂しくなってしまった森にわずかばかりの活気が戻る。これで快晴かつ空気が澄んでいれば文句はなかったが、あいにくそこまでの欲は叶えられないようだ。

 

日光は空を覆い尽くす雲に阻まれ、運が良ければ拝める水平線は大気中へ舞い上がったチリで霞んでしまい見えない。せめて眼下の景色でも楽しもうとすぐ下方にある横須賀鎮守府を眺める。

 

「あれから、もう・・・・・・」

 

横須賀特別陸戦隊司令官和深千太郎大佐率いる排斥派の一派、強硬派の反乱未遂騒動、「横須賀騒動」と呼ばれるようになったあの一件から今日で一週間が過ぎた。

 

一歩間違えればクーデターとして、瑞穂社会を大混乱に陥れかねなかった騒動は市井の国民に知られることもマスコミに勘付かれることもなく、静かに幕を下ろしていた。たまたま運が良かったのか。御手洗たちの計画が完璧だったのか。今回の騒動に直接的にかかわった部隊以外の将兵たちに行われた「特別陸戦隊の機動演習」という誤魔化しにより、海軍内でも横須賀騒動は一部の者しか共有されない機密事項の地位を確立している。だが、あの日以来新たに機密の仲間入りを果たした事件は横須賀だけではない。

 

あの騒動をきっかけとして瑞穂ではこの一週間、軍規違反などの軍法各種法規違反、脱税・恐喝・暴行・痴漢など一般法令違反容疑で海軍・陸軍問わず一斉摘発が行われたのだ。表向きは単なる通常検挙となっているが、いわずもがな、各捜査機関が総力をあげて行っている強硬派狩りの一環である。北は幌筵(ぱらむしる)から南は大宮まで、3桁を優に超える将兵が連行・拘束もしくは逮捕されている。あまりの一気呵成ぶりに現在のところ、拘束過程で捜査対象や警察・憲兵隊側に死傷者は発生していない。殴り合いで頬や瞼を腫らした者はいるが・・・・。

 

そして、これと連動するかのように行われ、現在各種新聞の一面を総なめにしている事件もあの日から本格的に世間をにぎわせていた。

 

瑞穂の経済を実質的に支配している5大財閥。その内、瑞穂最大の五美財閥、第3位の豊田財閥、第5位の三沢財閥で政治家との悪質な癒着及び数十億円にも上る大規模な脱税が発覚したのだ。しかもそれを主導していたのが、瑞穂最大の自動車メーカ、豊田自動車の会長や30式戦闘機を製造している三沢航空機の社長、そして統合艦隊の建造を松前造船と合同で受注していた五美重工業の最高取締役。各財閥の名立たる最高権力者たちであった。しかも、五美財閥の統帥とされる五美第一銀行の名誉会頭も五美重工業最高取締役が行った、脱税資金の反社会的集団への供与に密接に関与していた事実は瑞穂国民に大きな衝撃を与え、以前から渦巻いていた財閥不信を決定的なものにした。

 

それを利用して、警察や検察は捜査の手を強めていた。「日就新聞」によれば、今まで強大な権力故に煙が立ちながら捜査のメスが入らなかった事件は数多あるらしく、今後も続々と捜査線上に大物の名前があがるだろうと予見していた。

 

「財閥、か・・・・・。もしかしたら、裏で財閥が排斥派をけしかけていたっていうのは本当なのかも」

 

このタイミング。そして、あの騒動のおりに御手洗が口にした言葉。御手洗すら太刀打ちできない存在など、この瑞穂にそうそういない。つい口に出た憶測が横須賀鎮守府の内部で広まることも致し方なかった。

 

日本ではアジア・太平洋戦争敗戦後に行われた連合国軍総司令部(GHQ)の経済改革で解体された財閥。しかし、ここ瑞穂では未だに財閥が経済を牛耳っていた。但し、日本もバブル崩壊後に行われた規制緩和によって企業のグループ化が認められて以降は、資本力に物を言わせた旧財閥企業が集合し、一大グループを結成。現在では生戦による大混乱で無数の企業が淘汰されたため、日本も名前は違えど瑞穂と同じように一大企業共同体の巣と化していた。そのため、財閥がどうのこうのと聞いても違和感は全くなかった。

 

「・・・・・・・・・」

 

日本と瑞穂を意識の深層で重ね合わせていると、それを無理やり釣り上げるかのような鋭い気配が左半身に突き刺さった。みずづきの海馬に深々と刻み込まれているそれが、背中に突入しなかったのは桜のおかげだろう。なかなか出てこない。

 

「椿さ~~~ん。もういいですよ。参りました、参りましたから」

 

待つのは時間の無駄と、ため息を吐きながらこの高度な遊びに終止符を打う。麓まで続いている階段の脇から、たくさんの葉を白衣に付けた女性が苦笑を浮かべて歩いてきた。こちらへ近づきながら放った第一声は「みずづきさん・・・やっぱり、すごい」だった。

 

「すごいって・・・・・」

「いやいや、普通の将兵ならこれぐらい気配を送っても気付かないんですよ? あの時は本当に驚きましたが、まぐれではないんですね・・・」

「まぁ、一応、これでも近接格闘訓練とかはマスターしてるんで」

 

椿の言葉を謙遜する気持ちが半分。椿ほどの軍人に褒められて素直にうれしい気持ちが半分。どちらの気持ちに傾斜した言葉が最適なのか分からず、こちらまで苦笑を浮かべてしまった。

 

「日本世界、恐るべし」

「いや、まぁ・・・あははは」

 

数々の将兵にトラウマを残した椿の怯え顔。そうさせている存在が自分の生まれ故郷だとはなんだか複雑だ。

 

「って椿さん?」

「はい?」

「なんでわざわざこんなところまで。何かお話でもあるんですか?」

 

ここは横須賀湾を一望できるお気に入りの場所。中山の中腹。みずづきと同じように椿も常連ならばそのような問いを発せずとも良かったが、彼女をここで見かけたのは初めてだった。

 

「あ・・・えっと、あるにはあるんですが・・・・その」

「ん?」

「・・・・隣、いいですか?」

 

何かを思案するように手をモジモジと触っていた椿はみずづきの隣を指さす。特段都合の悪いことはなかったため、「いいですよ」と左隣の土を叩く。

 

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて・・・」

 

「どっこいしょ」と言いながら、白衣に下手な皺がつかないよう注意を払って、ほんのり湿った冷たさを供給してくる地面に腰を下ろす。みずづきと同じようにできるだけ土との接触面積を小さくしようとしてか、体育座りの体勢となる。

 

「おばあさん臭いですよ?」

「放っておいてください」

 

定番のやりとりに思わず2人は吹き出す。ひとしきり笑った後、やってくるであろう沈黙を埋めるかのように再び潮風が木々を揺らした。突発的に強風が混じっており、反射反応的に遊ばれている髪を押さえつける。その時、偶然椿の横顔が見えた。

 

先ほど豪快に笑っていたとは思えないほど、思いつめた顔。紡ごうとしている言葉を選んでいるのだろうか。視線が空中を彷徨っている。

 

彼女がここへ来た目的。あの騒動を経たが故に、なんとなく分かった。

 

「あ・・・あの、みずづきさん? 今さらと思われるかもしれませんが・・・・・」

 

意を決したように視線を固定させると椿は体ごとみずづきに正対し、体育座りのまま頭を下げた。

 

「ごめんなさい。今まで騙していて・・・・・、あの時酷いことをしてしまって・・・」

 

みずづきは静かに謝罪の言葉を受け取る。椿がしでかしたことを鑑みれば声を荒げる者もいるかもしれない。彼女は身分を偽り、この身を尾行し、拉致し、監禁したのだ。

 

しかし、ここで彼女の謝罪を無下に扱うことは筋違い。なぜなら彼女は。

 

「いいですよ。気にしないで下さい」

「でも。私は・・・・」

「椿さんはただ自分の職務を全うしたに過ぎない。そうですよね?」

 

肯定するように俯きがちだった視線は完全に地面に固定された。

 

「私と根本的に立場は違えど、軍人として上官や司令部からの命令を忠実に遂行する。例え、自分の心を押し殺そうとも。今回の件は確かに一人間としては悪いことかもしれない。でも・・・椿さんはきちんと自分の使命を全うされました。そんな椿さんを私は・・・」

 

みずづきはつらそうな椿を一瞥した後、弁慶のあたりで交差していた彼女の両手に優しく手を重ねた。驚いたように顔を上げた椿の両目をしっかり見つけて、少しでも罪悪感の軽減につながればと本心を告げた。

 

「同じ故郷を守る軍人として、尊敬します」

「っ!?」

「私も日本海上国防軍の軍人です。国益のためという大義名分のもと、私情を抑圧して時には手を汚さなければならないことも理解しています。もし私が椿さんの立場なら、同じことをしたと思います。だから、そこまで思いつめないで下さい」

 

数十万人のうち1人でも身勝手の行動をとれば、「国民を守る」という使命が崩壊しかねない軍にとって、上官からの命令は絶対。それは深海棲艦が登場するまで比較的平和が保たれていた瑞穂でも日本と同様だった。時には上官の非道な命令に共鳴し、何の罪悪感も覚えず任務を遂行する軍人も存在する。しかし、必要性は認めつつも、善悪の正常な判断力を有し、罪悪感を大切に胸の中に抱き込む者もいる。椿は完全に後者だ。もし、椿が前者なら。

 

「み、みずづきさん・・・・・・」

 

現在のように謝罪をしたりはしないだろう。そして。

 

「ぷっ。椿さん? ハンカチいります?」

「だ、大丈夫です! これ以上みずづきさんにご迷惑をおかけするには・・・・」

 

今にも氾濫しそうな涙腺を抱えて、鼻を下品にすすったりはしないだろう。いくら、情報保全室の諜報員とはいえ、彼女も普通の女性だ。

 

「やっぱり、艦娘の子たちを見ても思いましたが、日本の方は違いますね。肝が据わっているというか、心が広いというか・・・」

 

目元を人差し指で拭いながら、椿が微笑みかけてくる。もう、影は消えていた。みずづきの本心は椿に届いたようだ。

 

安堵と少しの照れくささで視線を正面の横須賀湾に向ける。

 

「いえいえ、全然そんなことないですよ! 私は事実関係をしっかり把握してものを言ってるだけです。今回の一件は明らかに・・・・・・」

 

靄の中に複数の船舶を浮かべた横須賀湾。そこに横須賀鎮守府の元凶である、あの軍人の憎たらしい顔が出現した。無性に腹が立ってくる。

 

「あのオヤジ・・・・御手洗中将のせいですよ。だって、和深大佐たちをわざと決起させてから捕まえるって、御手洗中将の発案なんですよね?」

「は、はい・・・・・・」

「情報漏洩を危惧したのかもしれませんが、最初から私たちに知らせてくれていれば、椿さんはおつらい思いをしなくてすみ、私も営倉に放り込まれるようなことはなかったんですよ! 百石司令だって2日間寝込まずに済んだものを・・・・」

 

みずづきが行方不明になって以降、不眠不休で次々と巻き起こる異常事態に対処していた百石は御手洗が意気揚々と東京への帰路についた後、過労と安心感のあまり失神。医務局のベッドで一日。邸宅で一日病人生活を送っていた。3日後からは元気な様子で鎮守府に戻ってきているが、寿命をすり減らしたという例えはあながち間違ってはいない。

 

「あ、あは、あははは・・・・」

 

あまりに気迫を出し過ぎたのか、顔を若干引きつらせながら椿は苦笑する。彼女は御手洗の愚痴を言っても同調する訳でもなく、非難する訳でもなくただ笑った。

 

「みずづきさんのお気持ちも分かります。でも、御手洗中将もいろいろありますから。ここのままではあの人が可哀想ですし・・・・・・みずづきさんには言ってもいいかな?」

「どうしたんですか? 言ってもいいかなって、何を・・・・」

 

問いかけるが言葉では何も返事が帰って来ない。椿はこちらを優しい目で一瞥すると、御手洗の幻影を見ていたみずづきと同じように横須賀湾へ視線を向けた。

 

「自己中心的で、傲慢。私たち人間の力だけで深海棲艦に打ち勝てるなどと妄想をのたまう、国粋主義者。親の威光のみでここまで、ここってのは中将ですね、にのし上がった木偶(でく)の坊。御手洗家と言う名家出身のためか、人格は救いがたく、口からは常に暴言が垂れ流し」

「つ、椿さん?」

 

さすがにここまで悪口を聞いていれば、止めたくなるのが人情というもの。

 

「まだまだ、ありますけど、聞きます?」

「いえ、遠慮しておきます・・・・」

 

百石なら目を輝かせて続きを急かすかもしれないが。みずづきはそこまで鬱憤をため込んでいない。

(しっかし、どれだけ恨み買ってんのよあの人。分かってたけど、逆にすごい・・・)

 

「海軍での御手洗中将の評判はざっとこんな感じです。思わず止めたくなるくらい酷いでしょ?」

「はい。それはもう・・・・・」

「火のない所に煙は立たぬってことわざ通り、これは御手洗中将の振る舞いが完全に影響してるんですけど、みずづきさんは違和感を持たれますよね?」

 

もし、御手洗がみずづきを拉致しようとした時、あのまま暴言を吐き散らして警備隊に拘束されていたら、御手洗実に対する評価は何があっても覆しようがないほど憎悪にまみれたものとなっていただろう。しかし、みずづきは知っていた。涙ながらの訴えに対する小さな謝罪。軍令部での哀愁漂う問答。何気ない夫としての一面。部下想いの後ろ姿。

 

「ええ。御手洗中将は風説にはない、真逆ともいえる一面を持っていました」

「あの人は・・・口は悪いですけど、いい人なんです。ただ、不器用なだけで・・・・・・・」

「いい人? ですか?」

 

みずづきは御手洗の悪人ではない姿を知っている。しかし、それを持って「いい人」という言葉には素直に賛同できなかった。

 

“彼女たちはお前の家族を背負える。故郷を背負える。お前が背負わなければと、無理に背負っていた大切なものを一緒に背負ってくれる”

 

御手洗は和深に対して、こう言った。

 

艦娘を認めた。

 

排斥派のリーダー格として「艦娘の処遇」問題を脇に置くと決断した点を鑑みれば、そう言えなくもない。しかし、彼はあれほど艦娘を毛嫌いしていた。あれは嘘ではないだろ。艦娘に対して暴言を吐く彼の目は本物だった。

 

「艦娘を目の敵にされてましたからね、昔は。でも・・・・その感情は優しさから来ているんですよ? 私も直に御手洗中将からお話を聞くまで想像もできませんでしたが・・・」

「え・・・どういう・・・」

 

その後、椿が語った事実。それは彼女の言う通り、想像を絶していた。

 

「御手洗中将は深海棲艦の攻撃で7年前に、長女さんと長男さんを亡くされているんですよ・・・」

「え・・・・・・・」

 

椿は今回、横須賀潜入という重大な任務を委ねられ、また情報保全室の直属の上官が御手洗と親交の深いいわゆる御手洗派の1人ということもあり、横須賀に赴任する数日前に東京都内の料亭で御手洗と会食をしたらしい。その席はちょうど海上護衛艦隊司令官花表秀長(とりい ひでなが)少将たち御手洗派の数人も招かれていたため、御手洗は酒が進みに進み会話がぎりぎり可能なほど泥酔。

 

その時、しめっぽい雰囲気になった御手洗と花表や上司たちの会話を聞いてしまったのだ。

 

御手洗には妻雪子との間に2人の子供がいた。気が強く、御手洗の怒号などもへっちゃらで弟よりも男らしい長女、(かえで)。彼女の弟で、誰に似たのかクソがつくほど真面目で律儀な長男、(なおる)

 

「あの頃は、幸せだった」

 

口元をほころばせて語られた、御手洗の言葉だ。しかし、それは「だった」という過去形だ。楓は2027年2月1日、勤務先の高校から東北本線の快速電車で帰宅中に「十条空襲」に遭遇。電車から降りることも叶わず深海棲艦航空機からの激しい爆撃を受け、犠牲となった。直はもともと千葉県銚子市の第1師団第2歩兵連隊に所属していたが、深海棲艦の侵攻が予見されていた八丈島に応援部隊「銚子支隊」として派遣され、2027年2月11日から生起した「八丈島の戦い」に参加。当部隊を含めた八丈島守備隊は2月26日、「万策尽く、これより最後の突撃を開始する」の打電を最後に音信不通。1人の生存者もなく、八丈島守備隊約9500名は玉砕した。

 

「楓さんは私より1つ年上の27歳。直さんは24歳だったそうです。・・・・・・・瑞穂で最初の艦娘が現れたのは八丈島守備隊が玉砕した約2週間後の3月に入ってからでした」

「まさか・・・・・・中将が艦娘を嫌う理由って・・・・」

 

まるで自分自身に降りかかった不幸のように沈む椿を見ていると、他人を介してですらここまで悲しみが見えるほど、御手洗にとって子供の死が心の深い傷になっていることが分かる。

 

御手洗にとって、子供たちの存在は自分の命に代えてでも守りたいと思えるほど巨大で、大切な存在だったのだろう。

 

“俺の命とお前の命? そりゃ、お前の命だろ? 優先するほうは。なんたって、俺はお前の父親だぞ? 俺にとって自分より家族が大切なんだよ”

 

そう言って、微笑みながらまだまだ小さかった頭を撫でてくれた、もう2度と会えない家族。世界が違えど、出身が違えど、立場が違えど、御手洗もみずづきの父親と同じだったのだろう。

 

大切な家族を奪った途方もない存在に抗える人智を超えた存在が、家族を失ってからわずかな期間の後に現れた。家族を大切に思えば思うほど、無念は倍々ゲームで膨張していっただろう。

 

「はい。中将は艦娘がもっと早く出てきてくれなかったことに大きな恨みを抱いていらっしゃるんです」

 

予想通りの言葉にやりきれなさを満載したため息を吐き出した。

 

「身勝手な憎悪。吹雪や陽炎たちだって、望んでその時期に現れたわけじゃない。中将の子供さんが死ぬのを傍観してたわけでもない。にもかかわらず、そんな私情で艦娘の脅威を喧伝し、国政や軍をかき乱してきた。明らかに重罪だけど・・・・・・」

 

しかし、私情を挟んでいるからと、軍人としての義務“国益の追求”をないがしろにしたからと、彼の傷だらけの心を一刀両断することはできなかった。

 

いくら中将の階級にあるとはいえ、彼も感情を持った人間だ。

 

“なんでもっと早く来てくれなかったのか”

 

この言葉は広義的に言えばみずづきと無縁ではない。直接、面と向かって言われたことはない。だが、沖縄救援作戦(暁作戦)の折、参加した艦娘たちがボロボロになりながら死に物狂いで戦っていた沖縄本島駐留部隊や生き残っていた住民から凄まじい口火でそう迫られたと風の噂で聞いていた。第二次沖縄戦での犠牲者は自衛隊・民間合わせて約82万人。

 

犠牲になった者が犠牲にならなかった可能性が見えるからこそ、人は後悔してしまうのだ。その可能性が手に届くほど近ければ、近いほど、割り切れない。

 

「難しいね。こういうのは・・・・」

「否定・・・・されないんですね。やっぱり、みずづきさんに話して良かったです」

 

椿は視線をこちらに向けると呆れたように笑う。

 

「中将もその点は自覚されてました。でも・・・・・・・・。あれ以来、快活だった奥さんも床に伏せるようになってしまったそうですし、なかなか折り合いがつけられないんでしょうね」

 

その言葉に東京へ行った時に見た、光景を思い出す。案内係の山内が「中将の奥さん」と紹介した女性は表情こそにこやかだったが、色白で、雰囲気は沈んでいた。

(あの姿にはそういう意味があったんだ・・・・・・・・)

 

彼は心の奥底で何を想っているのだろうか。

 

「でも、小さいですけど中将はようやく前へ進まれました。これで・・・・・・・」

 

椿はもともと緩んでいた目尻をさらに緩めると、ゆっくり地面からお尻を放す。白衣についた雑草や土を払いながら小さな歩幅で向かう先は桜の守護下を離れた、横須賀湾の全容を見渡せる淡い日光の下。

 

さらに白く映えると思っていた白衣は、弱々しいとはいえ立派な日光を受けても映えない。だが、ここから見える椿の背中は映えなくとも白かった。

 

「みずづきさん? 私、ずっと悩んでました」

 

朗らかさの中に哀愁を漂わせた口調。みずづきは「何を?」という問いを抑え込み、ただただ彼女の言葉を待った。風に揺られる桜の声がそうしろと言っているように思えた。

 

「私のなした行為について謝るか否かではないです。あの言葉を口にすることはたいぶ前から決めてました。でも、私は存在自体が機密に足を突っ込んでいる軍人。今まで決めあぐねていましたが・・・・・・今、決めました」

 

「みずづきさんなら、大丈夫でしょうし」。そう言いながら両手を背中で組み、片足を軸として椿はこちらへくるりと半回転した。そこにはこちらも誘われる不思議な力を持った笑みを浮かんでいる。

 

「みずづきさん? 私は御手洗中将をはじめとする東京の意向を受け、百石提督たちの動向を調査すると和深大佐たちに吹き込んで横須賀に来た二重スパイでした。横須賀特別陸戦隊の動きを東京に知らせる。でも、私たちには・・・いえ“私”にはもう1つ大きな目的がありました」

「大きな目的?」

「あなたとあなたの世界に関することですよ、みずづきさん?」

 

視線を合わせたまま話すことが気恥ずかしくなったのか。椿はみずづきが背中を預けている桜を見上げた。

 

「私は以前お話した通り、軍人のしがらみがない椿澄子として並行世界には大きな興味がありました。百石提督のような、この国を背負える立場の方々やお堅い学者の先生方はこの世界とは全く異なる並行世界の様相に頭を抱えていましたが、私は純粋に並行世界を知れてうれしかった。本来は存在の感知すら不可能な並行世界の、私たちとは違う歴史を歩んだ世界の話。確かに戦争ばっかりしてたのかもしれませんが、技術の進歩も私たちとは異次元の日進月歩で、ここにはない科学の申し子が並行世界には、あの世界には溢れていた! 科学は人を幸せにする。科学の発展こそが人類を更なる高みに昇華させる! 並行世界の技術を少しでも取り込めば、人を幸福にして、死ななくてよかった人たちをこれから先も家族と一緒にいられるようにできる。人類を殲滅せんとする深海棲艦の脅威から多くも人々を救うことができる。私は、もっと現実をみろと言われても、世界のバランスを乱すと分かっていてもそう・・・・考えていました。だから・・・・」

 

彼女は寂し気に笑った。

 

「みずづきさんがもたらした技術を頑なに秘匿する百石提督やリーダーの姿勢が理解できなかった」

 

“工廠は鎮守府隷下、私直轄の組織だから当面の間、他の場所に漏れることはない。だが、このことは上層部も承知していて、すでに兵器研究開発本部、名称の通り兵器を開発する組織からは情報をよこせと突き上げが来ている”

 

歓迎会が催された直後に提督室で語られた百石の言葉。みずづきの艤装に宿った日本の技術を積極的に欲する勢力。

 

間違いない。椿はその1人だった。

 

「加えて、私はある疑念を持っていました。これを確かめることとさらに濃い並行世界の情報を持ったあなた自身を知るために横須賀行きを兵本の上司にお願いし、もう1人の上官からの命令を受け入れました」

「ある疑念って、まさか・・・・・・・」

「そうです」

 

全身をかび臭い暗闇に拘束されていた約一週間前の記憶がよみがえる。そこでみずづきは男とも女とも取れる拉致組の1人からある疑問を投げかけられた。もう、気付いている。あの疑問を投げかけた人物と目の前の女性が同一人物だということは。

 

暴れ出した胃を必死に脳が抑えつける。あと一歩遅ければ、脳ではなく食道が逆流しようとする内容物を押さえつけるところだ。

 

「私は深海棲艦を詳しく調べるようになってからずっと疑問に思っていました。深海棲艦は私たち人間やこの桜、海を飛んでいるカモメのように永遠とも思える時のなかで発生した突然変異という偶然の産物と同じ存在なのか、と」

「それは、つまり・・・・・・」

「ええ。時が経つにつれてその疑念は深まってきました。深海棲艦の出現には何らかの、いるかどうかも分からない神ではなく明確な意思が働いているのではないかと。これは瑞穂指導層の中でかなり危機感を持って共有されている事項です。みずづきさんも知ってのとおり、私たちはその疑念を成し遂げられるまで科学技術は進歩していません。通常ならここで堂々巡りのスタートですが、私たちはそれを成し遂げられるかもしれない存在を知っています。・・・・・・・・あなた方ですよ? みずづきさん」

 

海から吹き付ける心地よい風を押しのけて、冷たく抑揚のない声が鼓膜を揺らした。その声は監禁された時に掛けられた声と性質を同じにしていた。

 

反射的に沈黙を維持してしまいそうになるが、思考が凍結し、融解したと思ったら暴走したあの時とは違う。心の中には未だにあの時浮かんだ荒唐無稽な仮定に対する結論は出ていない。しかし、いくら自分を死に追いやろうとしても、いくら残酷で非道でも、みずづきは日本国防軍を、日本政府を、世界を信じていた。だから、はっきりとその言葉を口にできたのだ。

 

「それはただの妄想で間違いです」

 

その言葉を全身で受け止めた椿は目を細める。だが、決して目を逸らさない。自分の言葉が真実であることを証明するため、みずづきは椿と視線を合わせ続けた。すると椿は険悪な雰囲気を四散させ、再び柔和な表情に戻った。

 

「分かってます。あなたの言葉に嘘偽りがないことは。何度聞いてもあなたは同じ目で同じ言葉を繰り返した。実はですね、あなたを攫ったのは計画の範疇だったんですけど、質疑応答は私の独断です。追い詰めた状態でどうしても聞いてみたかった。いくら屈強な軍人でも密室で銃をちらつかせられれば、吐く人は結構いるんですよね」

「あははは・・・・・・」

 

さすがは情報保全室員。取り調べの極意は心得ている。

 

「でも、やった甲斐はありました。あなたの主張は一貫していた。少し錯乱していましたが、あなたの目は本物だった。ここでもそう。その姿勢は信じるに十分値するものです。私は・・・・・・・横須賀に来て良かったです」

 

季節はとうに過ぎてしまったが煌々と輝く太陽をいただいた青空の元、風に揺られるヒマワリ。一身に空を目指そうとするヒマワリたちのような満面の笑みをここに来て初めて見せてくれた。

 

「みずづきさんを知ることもできましたし、疑問にも一定の回答が得られました。私、もう推進派とは行動を共にしません」

 

そして、椿ははっきりそう最後に言い切った。

 

「どうして・・・・」

「みずづきさんは嫌でしょ?」

 

相変わらずの笑顔のままそう聞いてきた。こちらが呆然としても反応はない。

 

「それに」

 

椿は眼下に広がる横須賀鎮守府を見る。

 

「私は、技術者としての矜持(きょうじ)をいつの間にか忘れていました。技術は使われる人に喜ばれて、役に立って初めて意味を帯びる。決して頭脳を自慢することでも、押し付けることでもない」

 

彼女の後姿は曇天と景色を(けが)す靄を吹き飛ばしてくれそうなほど、すがすがしい。椿は、今は東京で憲兵隊がしょっぴいてきた強硬派のお守で大わらわの御手洗に対して「ようやく前に進んだ」と言った。しかし、その言葉は決して彼1人に向かっているわけではない。

 

椿も今まで踏み出せなかった一歩を、ようやく踏み出せた。

 

「ありがとうございます。私、みずづきさんと知り合えてよかったです。心の広い人でしたから、数々の非礼を許してもらえましたし」

 

桜にお別れを告げ、みずづきの目の前までやって来た椿は腰をかがめ、右手を差し出した。「それはどうも」と嘆息して彼女の手を掴む。地面が遠くなり、世界が少し広がった。

 

「こんな私ですが、よろしければ今後ともよろしくお願いします! 任務が終わったからって、横須賀から消えたりなんかしませんよ! まだまだ研修をこなさないといけないし、みずづきさんに聞きたいことは山ほどあるんですから!」

 

輝く目つきで右手を強く握られる。先ほどまでの温かみはどこに行ったのか。彼女の手は明らかに熱い。数々の悲劇を生んできた悪夢再来の予感に思わず身が震える。しかし。

 

「はぁ~~~~」

 

楽しそうな椿の笑顔を見ているとどうでもよくなってきた。立場上もしかしたら雲隠れするかもしれないと思っていたため、みずづきも椿が横須賀に居続けると聞いて嬉しかった。騒がしい日々は終わらない。

 

「まぁ、私も椿さんとお話しするのが好きですからね。拉致・監禁をご遠慮しただいた上で、こちらこそ、これからもよろしくお願いします!」

 

握られていた右手で、しっかりと彼女の右手を握る。椿は子供のように表情を崩しながら握り返してきた。

 

 

 

これで解散なら良い幕切れだったのだが、あいにくそうは問屋が卸さない。日常の継続として昼休みのサイレンが唐突に響き渡った。

 

 

 

「え?」

 

 

 

昼休みの合図と共にサイレンは現在の時刻を知らせている。今は昼の12時。

 

それを認識した瞬間、全身から嫌な汗が噴き出した。みずづきは今、ここにいてはいけないのだ。なぜなら・・・・。

 

「工廠長に飛び出されているんだったぁぁぁぁ!!!!!!」

 

なんでもぜひ耳に入れたいことがあると、時間厳守をきつく言い含められて工廠に来るよう朝の時点で言われていたのだ。これからみずづきが受ける仕打ちを想像したのか、椿は「ぶっ!」と必死に笑いをこらえている。が、お約束でこらえきれていない。文句の1つでも言いたかったが、今やるべきことは・・・。

 

「一秒でも早く工廠につくために猛ダッシュすることぉぉぉ!!」

「いってらっしゃ~~~~い、みずづきさん! リーダーがどんな怒り方したのか、夕食の時でも聞かせてくださ~~~~い」

 

思わずこけてしまいようになる間延びした声を受けながら、みずづきは土と木材で構成された自然情緒あふれる簡素でボロボロの階段を駆け下りる。

 

木の枝で合奏を楽しんでいたスズメたちもあまりの慌てぶりに、飛び立つこともなくただみずづきの姿を見つめていた。

 

 

~~~~~~~~

 

 

「いっちゃった・・・・・・」

 

感情と物理的な動作に基づいた音源が1つ消えたからだろう。彼女のいる時はそこまで聞こえなかった鳥のさえずりや木々の揺れる音、眼下の横須賀湾で鳴らされたであろう汽笛が独特の存在感を持って周囲を満たす。彼女が抜けた寂寥感(せきりょうかん)を優しく埋めてくれる。

 

決して、この身と同じ存在にはできない所業だ。

 

「もう出てきたらどうですか? みずづきさんはりー・・・・漆原工廠長にどやされに行きましたよ?」

 

彼女と同じ場所で腰を降ろしつつ、後方の階段に意識を向ける。すると階段脇の林から放たれていたかすかな気配が明確な存在に変わった。

 

「すまないな。盗み聞きするつもりはなかったんだ」

 

姿が見えないにもかかわらず、まるですぐ隣にいるかのように明瞭な声が聞こえてくる。平時でも緊張感を忘れない、かといって肩に力を入れすぎているわけでもない真面目に訓練や各種課程をこなしてきた優秀な軍人。声色には言葉通りの雰囲気もあるが、それ以外の感情を見逃しはしなかった。

 

「本当ですかね~~、あなたともあろう方が。なにか言いたいことがあるならはっきりと言って下さい。幸い、ここには私とあなたしかいませんし、みずづきさんが戻ってくる気配もない」

 

図星だったようで男はすぐに言葉を返してこない。横須賀湾を行く海軍の補給船らしき船舶が岸壁から離れた時、先ほどより低い声で本当に聞きたかったことを口にした。彼自身に自覚があるか分からないが、小学生なら確実に大泣きの声だ。

 

「なんでみずづきにあんなことを言ったんだ?」

「あんなことって、なんのことですか? 御手洗中将のことですか?」

「あんなクソオヤジのことじゃない。分かって言ってるだろ。うんこだのカスだのうちの上司をあれだけ激昂させたやつの評価なんかどうでもいい」

「うわ、酷い・・・・・」

 

噂で耳にしていたが、彼が所属している部署の上司はいまだにご立腹状態のようだ。

 

「深海棲艦についてのことだ。なぜ、あんな言い方をした。深海棲艦の出現にかかわる日本世界への疑念。みずづきが知らないと判明しようがまだ我々はそれを捨てきれていない。それどころか例の大宮の件はお前も知っているだろう?」

「・・・・・・・・・・・・・」

 

無言で肯定を示す。多温諸島奪還作戦(還3号作戦)の終了後、大宮島で発見された特定管理機密。それは既に瑞穂随一の設備・体制を誇る理化学研究所に運び込まれ、分析は完了していた。彼女にあのような乱暴な真似をしてまでも深海棲艦と日本世界の関係性を問うたのは、その衝撃的な結果があったからこそだ。

 

「あれで日本世界の疑念がますます深まった。あの分析結果は深海棲艦が“神”によって創造されたのではないことを示している。みずづきの言葉は真実では・・・」

「真実ですよ」

 

彼の言葉を遮る。

 

「彼女の記憶に基づいている、という注釈はつきますが」

「だからか? まだ日本世界への疑念を持っているにもかかわらず、今回の一件でそれが消えたように装ったのは」

「そうです」

 

その行為に罪悪感を覚えなかったわけではない。むしろ、胸がきりきりと痛み、しきりに目線を合わせようとしてくる彼女の顔を直視できなかった時もあったほどだ。しかし、これを最善と判断したがための選択だ。彼女の体を軽くし、この先に行われるであろうMI/YB作戦に全力で参加するため。そして、薄情だが課せられた任務を順調に遂行するために。

 

「みずづきさんはあれだけ過酷な運命を強いられても、自分の故郷には思い入れがあるようで日本を信じています。私は彼女をこれ以上苦しめる言葉をかけられなかった。触らぬ神にたたりなしってことわざがあるじゃないですか。日本にも全く同じことわざがあるらしいですけど、それです。はっきりと深海棲艦の真実が分かるまではそっとしてあげたいんです」

 

彼はこちらの言葉が途切れるまで黙って聞いてくれていた。言葉を遮ったことは気にしていないらしい。

 

「はぁ~~~~~」

 

このままお帰りかなと淡い期待を抱きはじめた頃、大きなため息が聞こえた。これはまだまだ話が続く合図だ。

 

「まぁ、日本世界が絡んでるっていうのはこちらの早とちりの面もある。反攻作戦の実施もほぼ確定な情勢で切り札を不安定化させるのは得策ではないか・・・・・・」

「私も表の所属は違いますが、こう見えて一応あなたと同じ保全室の人間なんで、人としての道理を踏み外さない程度には頭を使っているんです。・・・話は変わりますけど、新作案が裁可されたような口ぶりでしたが、まだ幹部会議は行われていませんよね?」

 

彼の言葉には把握している情報以上のことが含まれていたため確認してみる。今、海軍内、そして世間は横須賀騒動を発端とした、社会の裏・表で繰り広げられている大捜索劇で荒れに荒れている。それは海軍の最高司令部、軍令部も例外ではない。

 

「ああ、さすがに今の情勢ではな。しかし、作戦課長の富原大佐や軍令部で幅を利かせていた軍用課長の宮内大佐も地位を追われてからこの方、作戦局の実権を掌握した小原局長が不眠不休で海軍の全部隊が同意する作戦案を作成された。既に内閣の了承も取り付けたようだからこの混乱が収束し次第、新作戦案は裁可されるだろう」

「みずづきさんが呼ばれたのもこれに絡んでのことかな・・・・・・・」

 

横須賀騒動で一悶着あったが、これに関与した者は横須賀鎮守府でも一握りの人間。百石が寿命を削っていた時も、大多数の将兵たちは「反攻作戦の実施近し」という噂を背負ってその噂の信憑性を高める激務をこなしていた。それは今、この時も変わらない。

 

瑞穂海軍は既に反攻作戦実施に向けて動いている。

 

「さぁな、それは俺にも分からないがそうなんじゃないのか?」

 

独り言だったにもかかわらず、彼は律儀に答えを返してきた。その割には適当な雰囲気が半端ではない。

(返すのが苦痛なら返さなくていいものを。独り言なんだから・・・・あ)

ここでこの苛立ちをすっきり解消できるいい案を思いついた。

 

「あの?」

 

彼に気取られないよう、気を抜くとニヤ付きそうになる顔を必死に押さえつけ、飄々とした空気を保つ。

 

「?」

「お節介かもしれませんが、ここでこんなことしていいんですか? みずづきさんが忙しいということは参謀部も忙しいということですよね?」

「うっ・・・・・・・・・」

 

彼のまとっていた空気に焦燥感が混じる。

 

「早く行かれた方がいいんじゃないですか? 緒方部長に怒られても知りませんよ?」

 

こらえきれず歯の間から笑みが漏れ出る声色になってしまった。しかし、これが逆に不気味さを煽ったようで、「そうだな」と明らかに動揺した声を出すと彼の気配は完全に消滅してしまった。大急ぎで今の職場に向かったのだろう。

 

「みずづきさんみたい・・・・・・・。私は大丈夫だもんね」

 

午前中に終わらせなければいけない仕事は既に済ませた。この時間帯に誰かと会う予定もない。よくよく考えれば、こうして頭を働かせずにぼーっとできる時間は横須賀に来てから初めてだ。

 

「風が、気持ちいい・・・・」

 

みずづきも趣味が良い。この場所は心を休ませるのにうってつけの場所だ。

 

こうして、中山の中腹を贔屓(ひいき)するメンバーがまた1人増えた。




今話を持ちまして、横須賀騒動編は幕引き。次話からは少しずつMI/YB作戦が近づいていきます。別の言い方をすれば、これからずっとMI/YB作戦が物語の土台になります。(あくまで土台ですが・・・)

なんとか張ってきたいくつか伏線を回収しましたが、新たに張りまくってるので作者と致しましては平行線。どれは伏線かについては、読者の皆様のご想像にお任せします! そんな大層なものではありませんが・・・・、張れるようになりたい(願望)。

さてさて、いろいろ忙しくてできるかどうか微妙なんですけど・・・、丙でいきます!
嫌な予感しかしないので、わざと主語を抜きましたが提督のみなさん、勝利が待つ暁の水平線を目指しましょう!

追伸
設定集にいくつか追記しました。(決意表明を書くならこれ追伸にするなというツッコミはご遠慮いただければ・・・・)

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