水面に映る月   作:金づち水兵

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吹雪たちの会話シーン、難しい・・・


6話 邂逅

救難要請を発信してから2時間ほどが経過した。みずづきは先ほどまで全速力で北上していたが、今は第二戦速まで落とし進路を北東に変更していた。そのわけは、30分ほど前に東方面の捜索に向かったロクマルの対水上捜索レーダーが島と船舶らしき影を探知したからだ。それらの詳細な情報をロクマルに収集させようとしたが、あいにく燃料が欠乏し甲板に収容せざるを得なくなってしまった。今は格納庫の中でしばしの眠りに入っている。本来ならば、すぐに給油して捜索を再開したいところだが、もともと任務の関係上ヘリコプター用の燃料を多く積載していなかったことに加え、長時間の捜索を行ったため残量が少なくなっていた。もしものことを考えれば、浪費は避けなければならない。そして今、みずづきはその“もしものこと”を考えなければならない状況に置かれていた。

 

「おかしい・・・・」

 

救難信号発信から2時間が経過したのに、国防軍各司令部・各部隊のみならず警察や海上保安庁、消防から一切の返信がないのだ。こちらがラジオをはっきりと受信している以上、相手側も受信しているはずなのだ。先ほどロクマルから送られてきたレーダー情報によると、捉えた島は伊豆諸島の神津島・三宅島・御蔵島と分かった。船舶については防衛省ではなく国土交通省が管轄しているため詳細なデータベースが手元になく不明だ。

 

「これは、まずい。非常に・・・まずい」

 

みずづきは全身から汗が吹き出し、警戒レベルを一気に引き上げていた。一般的に言われる伊豆諸島攻防戦の様相が頭に浮かぶ。ここは、沖縄と並ぶ大激戦地域の一つなのだ。2028年、在グアム米軍を全滅させマリアナ諸島を占領した深海棲艦は太平洋戦争期の米軍と同様に日本本土を目指し第二列島線の島づたいに北上。陸海空自衛隊は要所要所で防衛を試み失敗したものの、敵が八丈島を占領し御蔵島への侵攻に向け体制の立直しを図っているすきに決戦を挑み、これを阻止。結果として御蔵島と八丈島の間に事実上の境界線が構築されていた。その過程で生起した八丈小島沖海戦では他国において機動部隊に相当する一個護衛隊群が押し寄せる敵機動・水上打撃群と刺し違え、全滅している。現在でも戦闘が散発的に発生して多くの死傷者が出ているのだ。とにかくここは危険。現海域からの即時撤退か、危険を承知で島に近づき展開している陸上国防軍警戒隊に助けを求めるか判断に迷う。そんな冗談抜きのピリピリした状況下でFCS-3A多機能レーダーが未確認飛行物体を探知する。もちろん、宇宙人が乗るあれではない。メガネに目標情報が表示される。

 

「数は1。本艦に向け150ノット(時速227km)で接近中。反応から特殊護衛艦の艦載機と推測。IFFに応答・・・・・なし? データリンクも行えずって・・・、おかしい・・」

 

背筋に悪寒が走る。レーダーを含めたセンサー類や各種システムは全て正常であり、ましてやステルス機ではなくunknownはばっちり多機能レーダーにその影を映している。

 

「敵・・・」

 

空母型深海棲艦の艦載機。それが最も高い可能性だ。unknownは250km以上を誇るみずづきのFCS-3A多機能レーダーの対空探知圏内の海上から突然出現した。周辺に味方がいてほしいが、もちろんいない。また、unknownの速度はさきほどより少し上がったが、それでもプロペラ機並みの162ノット(時速300km)だ。ロクマルにしては速すぎるし、航空特殊護衛艦が艦載する音速ステスル戦闘機のF-3BやF-35Bにしては遅すぎる。ミサイルしても同様だ。そして、なにより日本爆撃の片翼を担った敵空母艦載機が出す速度帯で飛行しているのだ。

 

「はぁぁぁ・・・。ったく、次から次へと」

 

不可解な事象の連続に、ついついこめかみを押さえる。よく知山や軍のお偉いさん方がやっていたが、今ではその気持ちがより一層分かる。

 

「にしても、ここは私たちが握ってたはず。敵の機動部隊がでしゃばって・・・・、ってそもそもここまで哨戒網に引っかからずに接近するなんておかしい」

 

ここは日本が存亡をかけて死守してる海域だ。そこに東海・関東一円を攻撃可能な敵機動部隊が出てくれば、国防軍は総力をもって迎撃する。そうなれば、通信やレーダーは味方の存在を否が応でも捉える。しかし、今捉えているのはunknown一機のみ。そして、艦娘や哨戒機、潜水艦、レーダーサイトで構築された強固な哨戒網はやすやすと抜けられるようなものではない。

 

 

 

“なにかがおかしい”

 

 

 

この言葉が、みずづきの心の中を着実に覆い尽くしていく。何もかもがおかしいのだ。まるで、自分だけが世界から切り離されたような、漠然とした孤独感と不安感が無視できなくなってきた。それもそうだろう。なにせ、みずづきは目覚めてから際限なく広がる蒼い海と空、そしてメガネ上に映る電子情報しか目にしていないのだから。発想を転換すれば、これはアンノウンを肉眼で捉える事で「現実」を認識できる好機でもある。アンノウンが懸念通り深海棲艦の空母艦載機なら修羅場の到来だが、情勢把握は早さが命だ。やってみる価値はある。

 

「敵が味方であることを祈るしかないなぁ~。対空戦闘用意・・・。現在、探知圏内にunknown以外の反応なし。各種兵装・システム異常なし。さて、何が出るのやら」

 

またしても大きな賭け。しかし、これがみずづきを更なる混乱の渦に引き込んでいく。

 

数十分後。真っ青な空に胡麻のように小さい黒点が現れた。いかに艦娘といえども小さすぎて肉眼での識別が困難だったため,、艤装についている艦外カメラを向け所属・機種の確認を試みる。フルハイビジョンで捉えられたunknownを見て、みずづきは絶句する。

 

「え・・・?」

 

見ているものが信じられず目をこする。

(ついに幻覚が見えるようになったのかな・・・・)

心を落ち着かせ、目を開ける。

 

「うそ・・・・」

 

しかし、映像にははっきりとunknownが捉えられていた。幻覚などではない。現実だ。

 

「あ、あり得ない・・・なんで、あれがこんなところに」

 

みずづきの動揺を尻目に深海棲艦はおろか日本をはじめとする世界各国と異なった機体が接近してくる。既にロックオンは済んでおり、あとは発射ボタンを押すだけだ。みずづきは身構えボタンに指をのせるが、すぐにおろす。こちらを発見したにも関わらず、急機動を行ったりなど戦闘行動を全くとらない。どうやら戦闘する気はないようだし、戦闘目的の偵察でもないようだ。しだいにエンジン音が聞こえてくる。現代の聞きなれたプロペラ機とは異なった、繊細さの中に力強さを兼ね備えた独特の駆動音。そして、カメラではなく自身の目でその姿を捉える。高速回転するプロペラ。太陽光を反射し、輝くキャノピー。流線型のほっそりとした胴体。角ばらず丸みを帯びた翼。主翼と主翼後部に示された日の丸。みずづきは一瞬、優雅に大空を舞うその雄姿に心を奪われる。写真や映像・文章・伝聞でしか知らない過去の存在が、目の前にいる。

 

「れ、零戦・・・・?」

 

零式艦上戦闘機。日本人なら老若男女、歴史が好き嫌いに関わらずとも一度は耳にする旧帝国海軍の主力戦闘機。日本の技術力の結晶であり、登場当時はその圧倒的な格闘性能・長大な航続距離から世界最強とも謳われた。その輝かしい栄光は現代日本において半ば伝説と化し、技術大国日本の象徴的存在となっている。

 

「でも、零戦にしてはなんかほっそりとしてるし・・・機体の色、緑だったっけ?」

 

だが、どうも違うようだ。記憶の中にある零戦の姿を引っ張ってこようとするが、長らく見ていないのでよく思い出せない。

 

(あの頃の戦闘機って、どれも似たような形してるから分かんない・・・)

 

軍事マニアや歴史専門家が聞いたら発狂しそうな愚痴をこぼしていると、頭上を零戦?が颯爽と通過していく。翼を翻し、みずづきの周囲を3度旋回したあと元来た方向へ帰っていく。

 

「行っちゃった・・・。一体何だったの・・・あの零戦は」

 

一応、孤独感は解消されが、また1つ疑問が増えてしまった。今は2033年。いくら全盛期に数千機存在したとはいえ、零戦は戦闘による消耗と敗戦によってほとんどが姿を消し、ごく一握りの機体が博物館などで保管されているにすぎない。深海棲艦との戦争(生戦)が始まってからは焼失を防ぐために他の重要財とともに、爆撃対象にならない片田舎へ移送されている。無論そんなものを海防軍が復活させるわけない。90年前に最強だったとしても、今ではただの的だ。

 

「機体の大きさは艦娘の艦載機並み、海防軍所属を示す日の丸もついてたし・・・・もう、

なにがなんだか・・・・・・・」

 

頭を抱えていると、メガネに多機能レーダーの対水上画面が突如表示される。そこには、所属不明の、明らかに民間船とは異なる船団が映し出されていた。

 

「っ!? 方位350、31000に数・・・6! IFFに応答なし! 速力は26ノットで単縦陣、本艦に向け急速接近・・・。ヤバい!!」

 

状況から察するに、おそらく先ほどの零戦?を発艦させた空母がいる艦隊だろう。では、何故IFFに応答しないのか。日の丸をつけていた以上は海防軍ならずとも国防軍の所属であるはず。そして、海防軍の艦船には例外なく敵味方を識別するIFFが搭載されている。今や民間船にも識別装置が搭載されている時代だ。ともあれば、国防軍に艤装した敵国の艦隊である可能性も否定できない。深海棲艦との戦争に忙殺されているとはいえ、日本はいまだに中華人民共和国と戦争中で、停戦条約もなにも締結されてはいない。みずづきの頭が「もしも」に覆われオーバーヒートしかけていると、戦場に相応しくない少女の声が通信機によって耳に届けられる。

 

「こちら瑞穂海軍横須賀鎮守府所属、第5遊撃部隊旗艦吹雪です。旗艦の所属を返答願います」

 

あまりの唐突さに、みずづきの頭は一気に冷却されていく。出会うはずのないもの同士がいくつもの偶然を経て邂逅する。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

伊豆諸島 三宅島沖

 

相模湾で訓練を行っていた第5遊撃部隊吹雪・金剛・加賀・瑞鶴・大井・北上は横須賀鎮守府からの一方を受け、一路不明艦がいると思われる海域を目指していた。突如の緊急電。なにごとかと思えば、「日本海上国防軍所属みずづき」と名乗る艦娘とおぼしき所属不明艦から救難要請があったと言うではないか。あまりの突飛さに、吹雪は一瞬思考が停止してしまった。だが、吹雪を含めた全員は、相手が艦娘たちや一部の人間しか知らない“日本”を言葉にしていることに最も衝撃を受けたのだ。これを聞かされたらもはや訓練どころではなく、一大事だ。長門の指示に従い、吹雪はすぐ訓練を中止し救助任務に移行した。他の5人も事の重大性を理解していたため、特に不満が出ることもなかった。今日の訓練で加賀に自身の努力の成果を見せつけようと息巻いていた瑞鶴は非常に不満そうだったが、見て見ぬフリが最も無難だ。

 

そして、現在に至る。道中、何度か例の救難信号を受信したが、今は静かになっている。発信の声を聞く限り人間だ。吹雪も横須賀鎮守府や三宅島観測所と同様の結論に至っていた。まだ決まったわけではないが、深海棲艦の欺瞞工作とはどうしても思えない。

 

「しっかし何なんだろうねぇ、この通信は?」

 

沈黙と海を眺めることに飽きた北上が、全員が抱えている疑問を口にする。彼女たちだけではない。横須賀鎮守府や東京、これを知っている人間は全員同じ思いだ。

 

「日本海上国防軍って堂々と名乗ってた・・・。“日本”を知ってるのは私たち艦娘と事情を知る一部の人間だけのはずなのに」

 

瑞鶴も珍しく怒っているのではなく険しい表情だ。吹雪たちがいるこの世界はもといた地球ではなく、日本もない。全く別の世界の瑞穂国という国家だ。日本のように太陽を全ての根源とし信仰するのではなく、人々を古来より支え続けてきた稲穂を唯一無二の存在として崇めている。だから、稲穂がみずみずしく広がるさまを表す瑞穂が国号となっているのだ。日本では大和や扶桑、秋津島、大八島など数多ある別称の中に「瑞穂」もある。ところが、瑞穂ではなぜか大和や扶桑などの別称は存在するにも関わらず、「日本」はないのだ。そのため瑞穂国民はそもそも「日本」という言葉そのものを知らない。

 

「“日本”もそうですケド、海上国防軍ってなんネー? そんな軍隊、日本にありましたカ??」

「いいえ、ありません」

 

金剛が発した当然の疑問に加賀が即答する。

 

「私たちが所属していたのは大日本帝国海軍。あの戦争に敗れたあと軍は解体され、自衛隊とよばれる組織が国防のために創設されたはず。日本の歴史上、海上国防軍と呼ばれる組織は存在しません」

 

加賀はいつも通り淡々と語る。しかし、かつての戦争を思い出さざるを得ない以上、心中穏やかでないのは明らかだ。第5遊撃部隊のメンバーは北上を除き、全員アジア・太平洋戦争中に沈んでいる。呉で終戦を迎えた北上も翌年の1946年に解体され、戦後の歴史を知る由もない。そんな彼女たちが自衛隊の存在など戦後の歴史を知っているのは、瑞穂海軍に所属している艦娘たちの証言を細かくまとめた「並行世界証言録」があるからだ。並行世界、自分たちとは異なる歴史を歩んだ世界。それを知りたいと思うのは人間の性だ。これはあらゆる学界や省庁の突き上げを受け、好奇心を抑えられなかった国防省の主導で進められた。この過程で、製作を独占したい国防省と少しでも介入したい他省庁の間で壮絶な闘争があったことは言うまでもない。編纂開始直後は自分の経験を話したがらない艦娘も多かったが、「自分の証言が役に立つのなら」と協力してくれた少数の艦娘たちのおかげで証言してくれる艦娘が増え、気付けば大物研究者が研究室に引きこもり餓死寸前まで読み漁ってしまうほどの史料が完成した。証言には1970年代まで生き残った奇跡の駆逐艦雪風や不死鳥といわれた駆逐艦響も参加していたため、終戦からある程度の時代まで艦娘たちは歴史を知ることができたのだ。しかし、1954年に創設された自衛隊は知っていても、海上国防軍などは吹雪たちにとって初耳だった。それもそのはず。日本国国防軍は2030年、日本国民全員が反撃と復讐を誓う中で創設されたのだから。

 

「ですよネ。あと、第53防衛隊っていう部隊名も水月っていう艦名も初耳ネー」

「そんな艦名、睦月型や秋月型にありましたか?」

 

普段は危ないほど北上にべったりな大井も今日ばかりは真面目だ。

 

「いえ、水無月っていう艦はいましたが、水月は私たち側にも瑞穂側にもいないはずです」

「第53防衛隊なんて部隊も謎だね~」

「その通りです北上さん」

 

横須賀を含め全国の鎮守府や基地にはいくつもの部隊があるが、第53防衛隊などという部隊はない。それどころか、帝国海軍や瑞穂海軍の通常部隊にもない。

 

「とりあえず、疑問は後回しですね。まもなく、例の海域です。加賀さん、天山一機を偵察に出してください」

 

天山は真珠湾攻撃でも活躍した97式艦上攻撃機の後継として開発され、1943年8月に正式採用された艦上攻撃機だ。策敵は本来もとから偵察機として開発された二式偵察機や瑞雲も出番だが、あいにく今日は訓練が目的であったため艦載していないのだ。しかし、艦上攻撃機とはいえ、天山も十分策敵機として使える。

 

「一機だけ?」

 

策敵は妖精の目に頼るため、通常は複数機で行う。例え策敵海域が限定されていても、一機だけではどうしても見落としの危険性がつきまとう。

 

「相手が対空電探を持っていた場合、あまり多くの機をあげると戦闘行動と受け取られかねません。相手の正体が分からない以上、無用な衝突は危険だと思うんです」

 

吹雪の真剣な目には、加賀への信頼が現れている。加賀さんなら大丈夫。そう吹雪は語っているのだ。信頼されて嬉しくない者などいない。加賀は心の中で喜ぶが顔には出さない。

本人はうまく無表情を貫けていると思っているが、他のメンバーにはバレバレだ。

 

「・・・・分かったわ」

「お願いします。瑞鶴さんは万一に備え艦載機の発艦準備を!」

「了解」

 

待ってましたと言いたげな表情で瑞鶴は頷く。

 

「金剛さん、大井さん、北上さんも周辺警戒を厳に!」

「OKネ」

「分かってるわよ」

「りょ~か~い」

 

加賀が体を風上に向け一本の矢を手に持っている弓につがえ、弦を引く。

 

「天山、発艦します」

 

掛け声と同時に弓から勢いよく放たれた矢は、まばゆい光を放ちどういう原理か一機の天山に変化する。全長11m、全幅14mの大きさである実物の天山と変わらず飛行し、何食わぬ姿でまっすぐ不明艦がいると思われる海域へ向かう。

 

それから数十分で不明艦はあっさりと見つかった。

 

「天山より入電。我不明艦をおぼしき艦影を発見せり」

「オォー! さすがデース!!」

「・・・・やるじゃない・・・・」

 

数時間以上かかるのが当たり前の策敵において、こんな短時間で目標を発見するには余程の運と実力がない限り不可能だ。運は不確定要素が大きすぎるが、実力はさすがと言えるだろう。

 

「軽巡洋艦が1。他に艦影は見当たらず、三宅島沖を同島に向け移動中」

「うーん・・・。加賀さん、不明艦の様子はどうですか?」

 

このまま行けばあと20分ほどで不明艦と接触できそうだ。ただ、ここで不明艦が怪しい動きを見せれば、旗艦として相応の対処をしなければならなくなる。

 

「不明艦に特段の変化はないわ。それに深海棲艦ではなく私たちと同じ艦娘よ。主砲とおぼしき単装砲もこちらに指向せず、戦闘の意思は見受けられないわ。ただ、天山を見てるだけ」

「そうですか、よかった」

 

吹雪だけでなく全員が安堵する。これで深海棲艦の欺瞞工作やこちらをおびき出すための罠という可能性が消えたのだ。ファーストコンタクトは砲火を交えずに終了した。となると次の問題は、「不明艦が誰か?」だ。それを真っ先に口にしたのは大井だった。

 

「主砲が単装砲って、不明艦は睦月型なんですか? 名前から考えるに私たちのような軽巡ではないと思うんですけど」

「一応、私たちも単装砲持ちだしね~~」

 

太平洋戦争期に大日本帝国海軍所属艦で単装砲を主砲とし、日本がないこの世界に来ている艦は、駆逐艦でいえば睦月型と神風型しかいない。普通に考えれば、大井のように彼女たちに思い当たる。単装砲持ちは北上の言う通り駆逐艦だけの特徴ではないが、幸い相手の名前は分かっている。おそらく、駆逐艦だろう。

 

加賀に他の5人から視線が向けられる。加賀も当初は大井と同じ見当をつけていたのだが、続報が入るにつれて額にうっすらと汗がにじんできている。

 

「たしかに不明艦は艦娘。でも・・・・艤装は睦月型や神風型、秋月型はおろか全艦娘と違う初見のもの。武装も単装砲1門に対空機銃が2挺しか確認できない・・・・」

 

「「「「「えっ(エッ)!!!」」」」」

 

報告を一同は驚愕する。

 

「たったそれだけですか!?」

「信じられないデース・・・」

 

つい金剛と瑞鶴は報告の真偽を疑ってしまう。大砲やら機銃やらをハリネズミのように備えていた彼女たちからすれば、軽巡洋艦にも関わらず1門の主砲と対空機銃が2挺のみというのは、冗談かと思えるほど武装が貧弱なのだ。第二次世界大戦当時の軍艦は主砲や副砲、機銃をバカみたいに積むのが常識だった。旧式化していた睦月型でも12cm単装砲を4門、7.7mm単装機銃を2挺、61cm3連装魚雷発射管を2基6門搭載していたのだ。それらと比較すれば軍艦と言えるのかさえ怪しい。

 

「私も再度天山に確認しました・・・・・。しかし、事実よ」

 

加賀の揺るぎない瞳がそれを証明していた。そして、彼女の愛機がデタラメな報告をよこしたりしないことはみな知っている。不満げにしていた瑞鶴も加賀を見れば黙るしかない。

 

「・・・・ともかく、相手を発見した以上、命令通り接触しなくちゃいけません。加賀さん、天山は?」

「目的は達せられたから、帰投コースに入っているわ」

「分かりました。これより、不明艦に無線で呼びかけを行いたいと思います。引き続きみなさんは周辺警戒をお願いします」

「「「「「了解」」」」」

 

一同の反応を確認し、吹雪は緊張をほぐすため一度深呼吸を行う。相手が不明艦である以上、どういう展開になるか全くの未知数だ。穏便に済む可能性もあれば、戦闘になる可能性もある。できればそれは避けたい。深呼吸を終えると覚悟を決め、無線機に自身の声を吹き込む。

 

「こちら瑞穂海軍横須賀鎮守府所属、第5遊撃部隊旗艦吹雪です。旗艦の所属を返答願います」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

多機能レーダーで捉えた国籍不明艦隊から送られてきた通信。時折雑音が混じり、どこの二流製品を使ってるんだと言いたくなるが、声は認識できるため問題はない。だが、この通信の衝撃はすさまじい。みずづきの頭が大量増殖した疑問符に侵略される。

(????????????)

無視しているのではなく固まって沈黙を保っていると、また通信が送られてきた。

 

「・・・・・・繰り返します。こちら瑞穂海軍横須賀鎮守府所属、第5遊撃部隊旗艦吹雪です。旗艦の所属を返答願います」

 

・・・・幻聴ではないらしい。最初は衝撃のあまり内容をよく咀嚼できなかったが、2度目はしっかりと理解する。そして、浮かんだ感想は・・・・・

(はぁ?? なに言ってんの???)

これである。みずづきも大分遅れて瑞穂海軍や第5遊撃部隊と同じ渦に引き込まれる。本来なら、「救助が来たーーー!!!!」と手放しで歓喜するところであるし、そうしたいことこの上ない。しかし、現状はそれを許さない。

(みずほ、かい・・・ぐん・・・・・・?)

初耳の単語だが、みずほという固有名詞を知っている。「日本」の別称と使われる「瑞穂」だ。しかし、それはみずづきが知っている用法とは違う。あとに「海軍」がついている以上、独立国家の国号だと容易に想像できる。だが、もちろん「瑞穂」などという国家は、歴史上世界に一度たりとも存在したことはない。

(それに、横須賀鎮守府って・・・・、横須賀総監部じゃないの?)

鎮守府とは旧帝国海軍時代に横須賀・呉・佐世保・舞鶴に設置された後方統括機関だ。アジア・太平洋戦争の敗戦後に軍の解体に伴って消滅したはずである。

(第5遊撃部隊なんて部隊知らないし、ふぶきなんて艦名も初耳・・・・・。もう、何がどうなってんの! って言っても無視できないよね、状況把握しないといけないし・・・・・・)

いくらわけのわからないことを言っているとはいえ、大海原のど真ん中で目覚めてから初めて人間に接触したのだ。いつかはやらなければならいなことであり、時期が早まっただけにすぎない。それにここまで自身の常識とかけ離れたことを言われれば、ますます情報取集の重要性は高まる。一筋縄ではいかないことを覚悟し、吹雪と名乗った艦が発信している周波数に合わせ、返信を行う。

 

「・・・こちら日本海上国防軍第53防衛隊隊長みずづきです。応答願います。」

「・・・・・・・」

 

一瞬、間が空く。通信機越しのみずづきにもなんとも形容しがたい雰囲気が伝わってくる。

 

「・・・・こちら、吹雪です。貴艦が国際救難周波数で救助要請を出していた艦ですね?」

「はい、そうです。昨日、日向灘沖を航行していたのですが気づいたらこの海域に・・・。GPS情報が取得できず、各司令部・部隊との通信が途絶した状態での単独航行は危険と判断し、救助要請を行いました」

 

戦闘のことはあえて伏せる。彼女たちがみずづきの知っている範囲内の存在ならば、こんな不可解盛りだくさんの事情説明をなんの疑問も抱かず飲み込む者はいない。もし、そうなら彼女たちは少なくとも友軍ではない。

 

「私たちは横須賀鎮守府より遭難艦を救助せよとの命令を受けています。もうまもなく接触できると思うので、現海域での待機をお願いします」

 

反応は皆無。さらにまたしても横須賀鎮守府なる存在が出てきた。これでみずづきの疑心は確信に変わった。ならば、視認圏内に入られ不測の事態が生じる前に確認しておかなければならない。

 

「・・・了解しました。失礼ながら、一つお伺いしたいことがあるのですがよろしいですか?」

「・・・・なんでしょう?」

 

 

 

 

 

 

「あなたがたは、一体何者ですか?」

 

 

 

 

海風が吹きぬける中、その言葉は電波に乗りはっきりと相手に、吹雪と名乗る少女に伝わる。そして、空が、海が、風が、この世界に存在するすべてのものがその言葉に耳を傾けているような錯覚に陥る。




物議をかもしたアニメ艦これを視聴した方はお分りでしょうが、第5遊撃部隊と秘書艦が長門という設定は作者が気に入ったため、本作で採用しています。しかし、“それだけ”であとは全く参考にしていません。さすがに艦娘しか出てこないのは違和感ありすぎですし・・。

海上自衛隊では本来、レーダーで目標を捉えた際はメートルではなくマイルで報告するそうです。しかし、マイルだと分かりにくく作者もサッパリなので、みずづきにはメートル法でやってもらってます。(例 31000=31km という具合に)

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