水面に映る月   作:金づち水兵

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狙ったわけではないのですが、まさか彼女たちの登場シーンが今日になるとは・・・。

2話ともかなりの文章量になっています。目の疲れを感じた方はほどほどに。これは逃げませんので。


68話 硫黄島 後編

硫黄島の戦い。アジア・太平洋戦争末期の昭和20年(1945年)2月19日、マリアナ諸島を攻略し日本本土へ一歩、また一歩と近づいていたアメリカ軍は、開戦後初めてかねてより日本の領土であった小笠原諸島「硫黄島」に侵攻。日本軍守備隊約2万1000名との間で激しい戦闘が行われた。当初アメリカ側は甚大な被害を予測しつつも、「5日間」で攻略が終了すると見込んでいた。しかし、いざ火蓋を切ってみれば、日本軍は日本本土を焼け野原にしているアメリカ航空戦力拠点の造成を阻止するため、徹底的なゲリラ戦で抵抗。37日間にわたり行われた戦闘で日本軍は参加兵力の96%にあたる約2万人が戦死。アメリカ軍も約6800人の戦死者を出した。

 

アジア・太平洋戦争末期の戦闘においてアメリカ軍攻略部隊の戦死傷者数(約2万9000人)が日本軍戦死傷者を上回った希有な戦いとなり、第二次世界大戦における激戦の1つに数えられる。

 

そのような戦いが行われ、戦後何十年と経とうが満足に遺骨収集も進まず、2、3分土を掘れば簡単に人骨を発見できるとさえ言われた硫黄島。

 

これは日本世界の話であるが、瑞穂世界の硫黄島も「死」と無縁ではない。深海棲艦が出現し、人類に対し無差別攻撃を仕掛けてきた大戦初期、硫黄島には滑走路を有する海軍基地が置かれていた。当基地は主に哨戒機が配備された後方支援基地の性格を帯びていたが、瑞穂本土から約1200kmと近く、既に滑走路も存在することから多温諸島を占領した深海棲艦の攻略目標となり瑞穂版「硫黄島戦」が生起した。当時、海軍水上戦力に甚大な被害が出ていたことから瑞穂政府は硫黄島を見捨てた。結果、駐留していた海軍将兵1000名は全滅。

 

その後、艦娘の出現により戦局が転換した際、小笠原諸島奪還作戦(還2号作戦)で硫黄島攻略作戦が行われ、深海棲艦守備隊との間で「第二次硫黄島戦」が生起。海兵隊的組織を有していた陸軍は海軍を通じ艦娘たちから「硫黄島の戦い」を耳にしていたため、かなり悲観的な見方に支配されていたが、いざ戦ってみれば約460名の戦死者を出したものの1週間で攻略は完了。

 

硫黄島は再び瑞穂の領土となった。

 

しかし、この島で約1460名もの人命が奪われたことは紛れもない事実。当然、そのような島に上陸するのだから、心構えの1つや2つを作るわけだが・・・・・。

 

「うわぁ~。すごい・・・・・。ここ、本当に硫黄島? 小さな町じゃん」

 

港の近傍に広がる繁華街を唖然と見つめるみずづき。横須賀とは比較にならないが、絶海の孤島とは到底思えない活気がそこにはあった。

 

「やっぱり、そう思いますよね」

 

物珍しそうにあちこちを見回すみずづきの隣で苦笑する吹雪。彼女のほかに、赤城たち第一機動艦隊、そしてもちろん第五遊撃部隊もみずづきと共に繁華街を練り歩いている。

 

「いや、私たちにとって、硫黄島というのはあまり、その・・・いいイメージはなかったから。怪談とか有名だったし」

「まぁ、日本じゃな。でも、戦前は硫黄島も結構栄えてたんだぜ。米とかは無理でもサトウキビとかよく採れたらしくて、役場とか小学校とかもあったからな」

「え? 摩耶さん、それ本当ですか?」

 

信じられず聞き返すが、摩耶は胸を張り意気揚々と答える。

 

「この商店街・・」

 

「繁華街!」と後方から不機嫌そうな声が飛んでくるが、摩耶はさらりと受け流す。

 

「繁華街も商店街も、似たようなもんだっつうの。それでここ“西商店街”っていうだろ? 日本の硫黄島にもこの辺りに“西集落”っていうのがあってだな。中心は海軍の飛行場が作られちまってる元山集落だったらしいが、ここにも民家やらサトウキビの工場があったらしい。どうだ!」

「摩耶さ~ん。めちゃくちゃ堂々と話されておりますが、それ赤城さんからの入れ知恵でしょ~」

 

ニヤニヤしながら「大将首をとった!!」と言わんばかりに、先ほどの摩耶と同じく胸を張る北上。「すごいです!! さすが北上さん」と声をかけている大井はお約束だ。

 

「え? そうなんですか? 摩耶さん・・・・」

 

「し!! それ言うなって言っただろ!!」と小さな声で怒鳴っている摩耶に、幻滅感をたっぷり織り交ぜた声色で問いかける。

 

「いや、そのな・・・・。つい・・・・、な。あははははっ」

 

後方で「なんですか!! あのお店は!! おいしそうな香りが!!」と大興奮し、「赤城さん・・・」と加賀や翔鶴に制止されている赤城を見ながら苦笑。

 

「みてみて潮。無様に顔を真っ赤に染めてんの。醜態晒して、ざまぁみろね。いい機会だからどんどん自分の浅はかさを思い知ればいいのよ」

「あ、曙ちゃん・・・・そこまで言わなくても」

 

憂いなく、はっきりと言い放つ曙。その刺々しい物言いはさすがだ。

 

「曙に潮、いつの間に」

 

2人は赤城たちと同じく少し後方を歩いていたと思っていたが、先行している第五遊撃部隊の足が遅くなってきたため、追いついたようだ。よくよく耳を澄ませば、テンションが上がりに上がっている赤城の声が聞こえてくる。同時に、諫めている加賀と苦笑している翔鶴の声も。瑞鶴はというと自分の艦載機が映っている写真が飾られている写真店に食らいつき、財布の中身と格闘していた。様子を見るに・・・・・・厳しいようだ。

 

「重巡様の憐れなお姿を拝見しに来たのよ。最近、調子に乗ってたからいい気味よ。せいせいしたわ」

「一体、なにがあったの? なんか曙、いつも以上に度し難い性格になってるけど」

「実はこの前の訓練・・・・・・みずづきさんが川内さんたちと対潜訓練をやってた時だったんですけど、その時曙ちゃんの主砲が暴発しちゃって・・」

「・・・・マジで?」

「幸い、けがというか損傷はかすり傷程度だったんですけど、曙ちゃんの顔が煤で真っ黒になちゃって・・」

「それに摩耶さんが爆笑した、と」

「・・・・はい。正解です」

 

ふんぞり返っている曙を尻目に、少し距離をとって潮と内緒話を行う。当事者に聞こえないよう小声で、だ。今いる大通りは将兵や硫黄島港に接岸・停泊している民間船舶の船員たちも歩いているので、上手くこちらの姿を遮ってくれていた。

 

「なるほどね。というか、摩耶以外は全員笑わなかったの? 私なら、摩耶さんみたいに吹き出してたと思うけれど」

「その・・・・笑うに笑えないほどの汚れっぷりで・・」

「あ~。そこまでの強運の持ち主だったんだ・・・。道理であの日、不機嫌だったわけね」

 

 

 

「誰が不機嫌ですって????」

 

 

 

「「っ!?」」

 

いきなり聞こえた、地獄の底から響いてきたような暗く冷たい声。それは刺々しいオーラを伴い、背中から聞こえてきた。

 

心臓が一瞬止まったかのような錯覚を感じる。いや、実際止まったのではないだろうか。事実、隣にいる潮の額には大粒の汗が現在進行形で増え続けている。これ以上の事態悪化を招かないために、潮と頷きあい同時に振り向く。仏頂面の曙がすぐそこに立っていた。

 

「やっほー、曙。今日はいい天気ね」

「そうね~、いい天気ね~。星もきれいで、もうすぐ月も・・・って、何言ってんのよ」

 

眉間にしわを寄せて、馬鹿を見つめるような目で見てくる。

 

「曙も乗ったじゃん」

「わ・た・しは呆れすぎて、いちいち訂正することが面倒だから乗っただけ。苦し紛れに言ったあんたと一緒にしないで。それで、何話してたの? じっくり、詳しく、きっちり!!とお聞かせ願えますでしょうか?」

「oh・・・・・」

 

あまりの由々しき事態に金剛のようなうめきが出てしまう。

 

「曙ちゃん、落ち着いて。私たちは全然やましいことなんか・・」

「じゃあ、なんでそんなに汗をかいているのよ。言っておくけど、いくら火山島とはいえそんなに暑くないわよ」

「う・・・」

 

痛いところを突かれる潮。曙の全視線が潮に向いているため、アイコンタクトで応援する。

 

「で、何を話してたの? ことによってはいくらあんたたちでも容赦しな・・」

「曙ちゃんは信じてくれないの?」

「え?」

 

言葉の端から端まで悲壮感に染まった潮の言葉。さすがの曙も目を丸くしている。

 

「私、曙ちゃんに嘘ついたことあった? 馬鹿にしたことあった?」

「いや、ないと思うけど・・・」

「分かってるのになんで疑うの? 私は曙ちゃんを馬鹿にしたりしない。曙ちゃん、ひどいよ」

「え!? わ、私!? なに、私が悪いの? え? そうなの? ん? ・・・・・私が悪いの、か?」

 

(来たぁ! 潮の泣き落とし作戦!)

ついに発動された幻の作戦に、心の中で思わず歓喜。いつの日か、摩耶・潮と3人で集まった時に摩耶が曙を丸め込むために言い出した案が遂に結実した。

 

曙はああ見えて仲間想いであり、特に姉妹想いの艦娘だ。同じ艦隊に妹の潮がいるため、彼女を特に目にかけており、大切な存在としている。そのため、彼女に泣かれたり、彼女を悲しませたりすることが、曙にとって最も精神的にくるのだ。

 

潮に落ち込まれ、怒りも忘れて狼狽している曙自身が、なによりそれを証明していた。

 

(摩耶さん! あなたの言ったことは正しかった!)

などと興奮していると、集団の先頭で1人だけ事態を俯瞰していた艦娘が手を叩きながら、「叫ぶ」一歩手前の比較的大きな声を出した。

 

騒ぎに騒いでいた一同が一斉に顔を向ける。

 

「もう! みなさん!! いい加減にしてください!! 私たちがここに来たのは、こうして大騒ぎをするためじゃありませんよね?」

 

困ったように眉をひそめると摩耶と居酒屋探しをしていた金剛を指さす。その動作に情けは一切ない。人身御供の気配を察知した金剛は「on my god!!!」と頭を抱える。

 

「ねぇねぇ、吹雪? お金、持ってない。ほんの少しでいいから貸してくれない? あの写真、どうしても欲しくて・・・」

 

性懲りもなく、お怒りモードの吹雪にお金をせがむ瑞鶴。もちろん返答は「瑞鶴さん!!」という(かみなり)だ。

 

「全くもう・・・・。みなさんにお伺いします。私たちがここに来た理由はなんですか?」

「美味しい食べ物を買うためです!!!」

「赤城さん、違います!!」

 

あからさまに落ち込む、誉高い一航戦の正規空母。

 

「基地の食糧が枯渇することを防ぐため」

「違います!! なんで加賀さんまでそっちに回ってるんですか!?」

 

地味に怖いことを言う、青い正規空母。何気に加賀の方が大食いな事実は、ここにいる全員の暗黙の了解だ。

 

「なんとなく」

「さきほどの2つと比べるとましだけど違う!! 曙ちゃんまで~」

 

そろそろ本気で悲しみだした吹雪。おふざけはここまでだ。

 

東山(とうやま)司令に“君たちに会いたがっている者たちがいる”からって言われて、西商店街にある居酒屋“擂鉢(すりばち)”に行くためでしょ?」

 

一同を代表し、まともな意見を述べる。

 

「みずづきさ~~~ん。さすが、みずづきさんです~~~。これでみずづきさんまでおかしなこと言いだしたら、どうしようかと」

 

鼻水をすすりながら、吹雪が抱き着いてくる。赤城を除いた誰も本気で言っていたわけではないのだが、少々気合いが入りすぎていたようだ。

 

ここに来た理由。それは海軍硫黄島基地隊司令東山日出次(とうやま ひでじ)大佐にそう言われたからだ。

 

「しっかし、会いたがっている者って誰だろうな?」

 

摩耶が呟く。

 

「う~ん・・・・。第3統合艦隊の人達、とか」

 

瑞鶴が言うものの、加賀が「彼らはまだ艦の中にいるわ」と虚偽ではない事実をぶつけ、瞬時に葬り去る。あからさまに苛立つ瑞鶴も明確な事実を言われて反論のしようがなく、「う~~~」と翔鶴の横で唸っている。

 

その後もいくつかの推測が出たが要領を得ず、結局候補すら上げられないまま、居酒屋「擂鉢」に到着した。

 

典型的な和風の-こちらでは瑞風(みふう)と呼ばれる-造りで、玄関に暖簾(のれん)を垂らし、手書きのお品書きが店先に置かれている。庶民的な店構えで、敷居の高さなどは感じない。

 

「すいませ~~ん」

「はい、いらっしゃいませ!! 何名様でしょうか?」

「いえ、その、待っている人たちがいると思うんですけど・・・」

 

真っ先に突入したものの、返答に窮する瑞鶴。赤城をはじめとする空母勢や吹雪が捕捉しようとした時。

 

「あ! すいませ~~ん!! 店員さん、そこの人達、私たちのお客さん!」

 

一同が一斉に目を向けると、個室のような部屋から慌てて飛び出してくる1人の女性が見えた。靴を履くのに手間取っていたが、すぐにこちらへ走って来た。

 

「あ、あなたは!?」

 

赤城の驚愕。ほかの艦娘たちも、特に赤城を除いた加賀たち空母勢が戸惑いを隠せていない。だた、みずづきだけが「誰?」と首をかしげている。

 

「あ、ああ。そちらのお客様でしたか。事づけをいただいていたにもかかわらず、申し訳ございません。すぐにお通しします」

「いえいえ。こんなに大人数が押しかけて、大丈夫ですか?」

 

気さくに店員とやりとりを交わす赤橙色の着物とかなり短めの緑色の袴を着た、ショートヘアの女性。偶然「擂鉢」の店内も赤橙色の照明で照らされていたため、同じ色調の服装をした女性は、やけに印象に残った。

 

「久しぶりね、飛龍さん」

 

赤城の優し気な口調。それを聞いた途端、飛龍と呼ばれた女性は元気がみなぎっている満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「みなさん、お久しぶりです。お怪我もなく、お元気そうでなによりです!」

「本当に久しぶりね。いつ以来かしら?」

「確か、還3号作戦で大宮への上陸支援をして以来じゃなかったかと」

「さすが加賀さん、おっしゃる通りです。もう、7ヶ月近くになります」

「今日はどうして硫黄島に? 私たちは聞いてなかったけど」

「私たち、明日対地攻撃演習をやるんですよ。その関係でこちらに。うちの提督から横須賀に話はいっていると伺ってたんですが・・・・」

「百石提督・・・・」

「仕方ないわよ、加賀さん。おそらくあまりのご多忙ぶりに失念されているんでしょう。まぁ、こういう“サプライズ”も悪いものではないわ」

 

「蒼龍さん聞いてくださいよ!! さっき、ここへ来る途中、私たち空母艦娘の艦載機を映した写真をたくさん置いてある写真屋さんを見つけたんですよ!!!」

「お、やっぱり見つけた? 瑞鶴なら食いつくと思った。で、どうだった? 結構、いい写真ばかりだったでしょ?」

「そりゃ、もう!!」

「瑞鶴ったら、もう・・・」

「いいの、いいの翔鶴。艦娘関連の写真は新聞に載ることはあっても、そこいらでは売っていないからね。瑞鶴が興奮する理由も分かる」

「それは、そうですけど」

 

居酒屋「擂鉢」の大個室。20人が収容可能なこの部屋には総勢19人の艦娘たちが集い、久方ぶりの再会に会話の華を咲かせていた。

 

「お久しぶりです!! 金剛お姉さまーー! 久しぶり!! 榛名ーー!!」

「oh!! 比叡!! 相変わらずの様子で、私は嬉しいデース!!」

「お久しぶりです!! 比叡お姉さま!! 最近の調子はどうですかって・・・・。聞いてないですね」

 

「お姉さま、最近の調子はどうですか?」

「どうこうもこうねぇよ。さっきもひどい目にあったばっかだしよ」

「相変わらず、お元気そうでなによりです」

「・・・・・どこを見てそう受け取ったんだよ。お前、笑ってるだろ? てか、私が受けた拷問をなんで知ってんの!?」

「なんのことですか? 私は何も・・・・ぷっ」

「知ってんじゃねぇか!! って・・・北上、大井。喋ったのお前らだろう!!!」

「なんのこと~~~。私たちはただ鳥海と再会のあいさつを交わしただけだよ~~?」

「そうです、そうです。北上さんの言う通りです。摩耶さん、少し被害妄想気味ではなくて?」

「・・・・言ってくれるな大井」

 

「吹雪!! 潮!! 久しぶり~~~!!」

「お久しぶり。どう? 上手くやってる?」

「照月ちゃんに、朝潮ちゃん!! 二人とも元気そうで良かったぁ~」

「うん。私たちは特に問題もなく、順調」

「そう。良かった、って。思い出した。聞いたわよ、吹雪。あんた遊撃部隊の旗艦に抜擢されたって?」

「照月も聞いた! すごいじゃん吹雪! 駆逐艦の誉だよ~!」

「いやいや、そんなことは・・・」

「吹雪ちゃん、私たちよりクラスが大きい人たちと同じ艦隊でも、とっても頑張ってるんだよ」

 

楽しそうに笑い合う艦娘。みな、顔見知りに会えたうれしさを爆発させている。会話を聞いていると長い間会ってなかったようであるし、その気持ちも分かる。分かるのだが・・・・・。

 

「場違い感が、半端じゃない・・・・」

 

横須賀鎮守府の艦娘と全く面識のないみずづきにとっては、人間としての精神力を大いに試される試練の時間となっていた。

 

 

こちらを待っていた人物たちが横須賀鎮守府以外の艦娘であると知った時、みずづきは思わず身構えた。

 

“日本の未来”

 

房総半島沖海戦後、明らかにしたそれは横須賀鎮守府側からの聴取を経て、「並行世界証言録」に追加されることとなり、その気になれば「並行世界証言録」の閲覧を許可される立場の人間、そして艦娘の誰もが“未来”を知ることが可能となった。

 

みずづき出現の事実は各鎮守府・警備府司令長官の裁量次第とはいえ、既にほぼ全ての艦娘にいきわたっていた。そして、“未来の日本”から来たという正体も。

 

質問攻めにされるのではないか。

 

そう危惧したのだが飛龍たちはよほど顔なじみの艦娘に会えてうれしかったようで、最初からみずづきそっちのけで会話に没頭。結果的にみずづきは場に馴染めず、気まずい雰囲気を一手に引き受けることとなった。

 

「はぁ~。まぁ、僥倖(ぎょうこう)といえば、僥倖(ぎょうこう)だけど・・・これはさすがに」

「何が僥倖よ。あいつらが攻めてきてもご自慢の武装で返り討ちにしてやればいいじゃない。私にやったように」

「曙・・・・・」

「うん」

 

壁の隅で三角座りをし、縮こまっていると曙が話しかけてくる。ソーダの入ったグラスを差し出されたため「ありがとう」と素直に受け取る。曙は左手からグラスが消えると、隣に腰を降ろした。

 

「返り討ちってなに? 私、曙にそこまでひどいことしたっけ? まぁ、酷いことしたのは否定しないけど」

「あんたに自覚がなくても、こっちにそれだけのダメージがあったの! 告白も、納得も・・・」

「・・・・・・・・。そういえば、あんたは輪に交わらないの? みんなは楽しそうに話し込んでるけど」

「ん? 私はいい。もう、あいさつは済ましたし。あんまり騒々しいのは好きじゃないの」

「そう」

 

その言葉を最後に会話は途切れる。だが、曙はこちらをチラチラと覗ってくる。言葉に嘘はなかったのだろうが、“ここへ来た理由”を全て白状していないことは容易に察せられた。

 

例えこちらの見立てが間違っていようとも、曙の行動は素直に嬉しかった。さすがに1人だけ孤立するのは精神的に(こた)える。

 

「・・・・・・ねぇ、そこのあなた」

 

しかし、曙によって解消された孤独感が、はっきりと消滅する機会は唐突にやって来た。

 

 

声の方向に振り向くと、先ほどの飛龍と呼ばれていた女性がまっすぐこちらに視線を向けていた。するとどうだろう。示し合わせたかのように先ほどまで談笑していた見知らぬ艦娘たちもこちらをじっと見つめていた。

 

赤城たちはというと「ついに来たか」と、目の前の料理をつまみ出す。いずれは助け舟を出してくれると信じたい。

 

「あなた、例の・・・・みずづき、よね?」

 

こちらを探るような妙に迫力のある言葉。

 

「はい・・・・。そうです。じ、自己紹介が遅れてしまって申し訳ありません。私は・・・・」

 

生唾を飲み込む。緊張からか喉に絡みつき、なかなか飲み込めなかった。

 

「私は日本海上国防軍防衛艦隊第53防衛隊隊長のあきづき型特殊護衛艦、みずづきです。現在は瑞穂海軍と行動を共にし、深海棲艦から瑞穂を護るべく日夜職務励んでいます。不束者ですが、どうぞよろしくお願い致します」

 

仰々しく頭を下げる。すぐに上げたいが、沈黙が続いていたので上げづらい。「もう、どうにでもなれ」と半ばやけくそになって頭を上げたのと、飛龍・蒼龍の笑い声が木霊したのはほぼ同時だった。

 

「へ?」

「はははははっ!! 噂には聞いていたけど、境遇や持ってる武装にかかわらず意外と小心者っていうのは本当だったんだね」

 

お腹を抱えて笑う、飛龍。

 

伊地知(いちじ)司令から話を聞いた時は、何言ってんのこのおっさんって思ったけど、本当だったんだ~」

 

飛龍ほどではないものの十分爆笑している、緑色の着物に暗緑色のこれまた短い袴を履いたツインテールの女性。

 

「な~んだ、可愛いところもあるじゃん! 警戒して損した」

「それはその・・・・ありがとうございます」

「いやだ、礼儀正しいいい子でもあるじゃん。・・・ほらほら、みんなもこれでみずづきがどういう人間か分かったでしょ? 横須賀のみなさんは騙されたようだけど、最前線の大宮で鍛えられた私たちの観察眼は伊達じゃない」

 

飛龍は笑顔で沈黙を守っている仲間の艦娘たちを見回す。

 

「そうそう。それにみずづきが自己紹介してくれたんだから、私たちもしなくっちゃ!」

「お! さすが、蒼龍!」

「お褒めに預かり光栄です。じゃあ、誰から・・」

「それはもちろん、我が第二機動艦隊旗艦の蒼龍殿で!」

「はいはい。全く調子いいんだから・・・」

 

苦笑いしながら蒼龍と呼ばれた女性がこちらに体を向ける。その瞬間、重力に従い揺れるものに思わず視線が吸い寄せられてしまうが、心の中でカツを入れ、視線を戻す。それにしても・・・・・勝負にならない。完敗だ。

 

「初めまして、みずづき。私は大宮を母港とする第二機動艦隊の旗艦を務めている蒼龍型航空母艦一番艦の蒼龍よ。あなたの話は色んな所から聞いているわ。これから、よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」

 

優し気に微笑みながら、蒼龍は片手を上げる。美人であるが故か、とても絵になる姿だ。

 

「よしっ!! 次は私の番だね。これからよろしくね、みずづき。私は飛龍型航空母艦の飛龍。私ね、あなたにずっと聞きたいことがあったんだ・・・・」

 

勢いよく立ち上がった、飛龍。だが、田んぼを駆け巡る子供のような覇気が言葉を重ねるごとに急速にしぼむ。

(ついに来た!?)

みずづきのみならず、そばにいた曙が咄嗟(とっさ)にみずづきを庇うような姿勢をとる。迫って来たあの時とは正反対の行動だ。

 

「待って飛龍さん! ここはそういう話をする・・・」

「21世紀の日本でも多聞丸は知られている?」

「場じゃなくてですねって・・・ん?」

 

曙が固まる。「ま~た、飛龍の多聞丸癖が始まった~」と呆れるようにジュースを飲んでいるのは第二航空戦隊(二航戦)の相棒、蒼龍だ。

 

「た・・・・多聞丸?」

「うん、そう多聞丸。・・・・・・やっぱり知らない?」

 

子供のように活発なら、子供のようにこちらの良心を苛むような落ち込み方をする飛龍。

 

「ああ!! すみません!! ちょっと、待ってください!! 今、今思い出しますからって・・」

 

その時、記憶の女神が下りてきた。

 

「多聞丸って、多いに聞く丸ですよね? それで、た・も・ん・ま・る。・・・・ミッドウェー海戦時、空母飛龍に乗り第二航空戦隊司令として指揮を取っていた山口多聞少将ですね」

「っ!?」

 

飛龍が大きく目を見開いた。

 

空母飛龍と第二航空戦隊司令山口多聞少将。例え初対面であろうとも周囲に放出される彼女の性格を把握すれば、両者がどのような絆で結ばれているのか、察することは容易だった。

 

「もちろん知ってますよ。すいません、海防軍内ではあまりあだ名は使ってはいけなくて・・。勇猛果敢な海軍軍人として、山本五十六連合艦隊司令長官と並ぶほど私の生きてた日本でも有名な方ですよ」

「そう・・・・、そう・・・・・・。ありがとう、みずづき! その話、聞けて良かった。やっぱり、多聞丸はすごい軍人だったんだね」

 

目元を拭いながらそういうと飛龍は静かに座る。一瞬、このまま自己紹介していいのかと金剛や榛名と同じ巫女服を着た少女が蒼龍を伺うが、答えは可だった。

 

「えー、ゴホンっ! 初めまして、みずづき。私は金剛戦艦型2番艦の比叡です!! 偉大な金剛お姉さまの妹、そして榛名の姉にあたります! 金剛お姉さまの恥とならないよう日夜頑張っているので、どうかよろしくお願い致します!!」

「よ・・・・よろしくお願い致します」

 

あまりの気迫につい後退を余儀なくされた。どうやらかなり快活な艦娘のようだ。

 

「私からもよろしくお願い致しマース! 比叡は元気でまっすぐでとてもいい子ネ!!」

「お姉さま!!」

 

そして、かなり金剛大好きであるらしい。榛名に目を向けると苦笑している。

 

「えっと、次は・・・」

「は、はい・・・・。えっと、高雄型重巡洋艦4番艦の鳥海です。姉がいつもお世話になっております」

「私は朝潮型駆逐艦1番艦の朝潮です。未熟者ですが今後ともよろしくお願い致します」

 

ぺこりと頭を下げる2人。緊張気味なのだろうか。人のことは言えないが表情が少し硬い。そのことをからかう外野。外野には第二機動艦隊のメンバーはもちろん、鳥海の姉である摩耶や朝潮の駆逐艦仲間である吹雪や潮、曙がいる。彼女たちの存在は幾分2人の緊張を解きほぐした。笑顔を見られたことは大きい。

 

「じゃあ、最後は照月ね」

 

(ん? 照月?)

蒼龍の言葉。自分があきづき型であるため“つき”に思わず反応してしまう。海上国防軍あきづき型特殊護衛艦の原典である海上自衛隊のあきづき型護衛艦の艦名は大日本帝国海軍防空駆逐艦秋月型駆逐艦から拝命されている。

 

「は、はい! えっと・・・・みずづきさん! こんばんは!」

 

誰にでも分かる緊張ぶり。人間同士ではよくあるスタートダッシュだが、ここに限定すれば全く新しいパターンである。

 

「こ、こんばんは!」

「私は、秋月型駆逐艦2番艦の照月です!! 対空戦闘ならお任せください! 自慢の高射装置と長10cm砲ちゃんで対空戦闘はお手の物・・・・って、あ! これ、言っちゃいけなかったんだっけ。みずづきさんの方が圧倒的に上だもんね・・えっと、あっと」

「・・・・・・・・・・・」

 

なんだか、罪悪感が湧いてくる。みずづきの能力はそれなりの確度を持って、大宮警備府にも伝わっているようだ。

 

「あ、あの照月さん?」

「は、ふぁい!」

「私、自分の能力を鼻にかけてるわけじゃありませんから。それより、自身の練度と精神力であんな高速の物体に挑まれているなんて、同じ防空艦として尊敬しています。だから、落ち着いて、ゆっくりと、ね?」

「みずづきさん・・・・」

 

2回ほど、深呼吸を繰り返す照月。それを経た後は幾分、緊張もマシになったようだ。

 

「ありがとうございます。同じ防空艦として、これから何卒よろしくお願い致します!」

「こちらこそ、よろしくお願い致します」

 

これで全員の自己紹介が終わった。序盤の心配も完全な取り越し苦労。全員、いい人たちのようで安心だ。

 

「じゃあ、そろそろ行きますか」

 

大人びた笑顔の蒼龍は全員の顔を見渡すと、淵ぎりぎりまで緑色の液体で満たされたグラスを掲げる。それに呼応してまた1人、また1人と手に持っているグラスを掲げる。食事に没頭している赤い艦娘には相棒の拳骨が投下され、何事もなかったかのようにグラスが上がる。そして、曙やみずづきも。

 

「今日は東山司令のおごり! 無礼講だよ!! 東山司令に感謝しつつ、今日この縁を精一杯楽しもう!! かんぱ~~~い!!」

『かんぱ~~~い!!!』

 

あちこちからグラスがぶつかり合う音が響く。心のとげが無事に抜かれたこれからが、宴の本番だ。

 

眼前の卓上に並ぶ数々の料理と飲料。口に広がる幸福感と腹を覆い尽くす満足感によって、ますます進む会話。箸と共に意識することなく会話は自然と弾みに弾み、全体の料理が半分近くにまで減った頃合いには先ほどまで初対面だったとは信じられないほど、みずづきは第二機動艦隊のメンバーと打ち解けていた。

 

話題に事欠くことはなく、次から次へと新しい酒の肴があちこちから提供されていく。ちなみにみずづきも泥酔して暴走しない程度に酒をたしなんでいた。

 

「電探に、高速計算機に、命中不可避の噴進弾・・・・・。技術の進歩と言うのは凄まじいものですね」

「まったくよ。あ~あ、みずづきの時代じゃ、零戦も九九艦爆も九七艦攻も骨董品か~~。なんか、寂しいね」

 

みずづきの能力とそれに関連した未来の話。

 

「いくらなんでも酷過ぎない? 多忙だってことはじゅうぅぅぅぅぅぅぶんっ分かってるけど、あれは酷い! 提督の判子がなかったら、何も動かないのよ!! しかも演習の段取りが滞ったつけは全部この私へまっしぐら! なんで爆睡中の提督の頭上に艦載機たち派遣しちゃけいないのよ!? 横須賀だと許されてるじゃない!?」

「お、落ち着いて下さい蒼龍さん! 横須賀でも無条件で許容なんてされてませんよ。百石司令が甘いのは怒られると小学生みたいにムスッとする方がおられるからで」

「みずづき、なんか言った??」

 

所属基地では人を憚らずに垂れ流せない自分たちの指揮官に対する愚痴。酒のアルコールや居酒屋特有の高揚感も手伝い、酔いも満腹感もない普段なら躊躇せざるを得ない話も喉のつっかえが取れたようにすらすらと産声を上げる。

 

「天城さんたち、大丈夫かしら」

 

内心はともかく飄々(ひょうひょう)とした表情を維持している加賀が、内側に幽閉していた決して消せない想いを吐露したのはそのような時勢だった。

 

みずづきは突然のことで、隣にいた照月や曙と顔を見合わせる。

 

「大丈夫ですよ、彼女たちなら」

 

そのようなみずづきたちをよそに飛龍はビールをたたえたグラスを勢いよく仰いだ後、揺るぎない確信を感じさせる口調で即答する。

 

既に夜が世界を支配下においた時間帯。作戦通りに進行していれば、今頃南鳥島攻略部隊は南鳥島の西20km付近に進出。夜明け後の航空攻撃を敢行する航空戦力や強襲上陸部隊の被害を局限化するため、第2統合艦隊艦艇による掃討射撃が行われているはずだ。

 

「数え切れないほど演習をしてきましたし、第2統合艦隊側との折衝も順調に進みました。今回の主役はあくまでも経験蓄積中の第2統合艦隊ですが、準備と心構えにぬかりはありません」

「そう・・・・」

 

南鳥島攻略作戦に参加している天城を基幹とする第三機動艦隊と飛龍たち第二機動艦隊は同じ大宮警備府に所属する親しい仲間たち。飛龍や蒼龍が艦としても艦娘としても天城の先輩格であり、第三機動艦隊が第二機動艦隊と同じく空母2隻を配した空母機動部隊であるため、両艦隊は大宮警備府内でもとりわけ関係の深い艦隊であった。だからこそ、飛龍の言葉には加賀でさえ納得させるほどの説得力が宿っていた。

 

そしてそれは飛龍たち自身の問題に対しても功を奏した。

 

「だから、私たちも・・・・・大丈夫です」

「?」

 

その言葉の真意が分からない。みずづきだけでなく、赤城や吹雪など艦娘の中でも瑞穂海軍中枢に近い彼女たち以外も同様であったが、ぽっかり空いた脳内のピースはほんのり顔を赤く染めた赤城の発言で埋まっていく。

 

「では?」

「はい」

 

赤城の問いに、柔和な表情で答える第二機動艦隊旗艦蒼龍。

 

「どうやら、ウエーク島攻略作戦は私たち第二機動艦隊が主軸となるようです」

「っ・・・!?」

 

照月が無言で蒼龍を凝視する。だが彼女の性格からいって、仰天も不思議ではないところを鑑みると、薄々勘付いていたのではないだろうか。自分たちが抜擢されるという確信はなくとも遠隔地への戦力投射能力を有する空母機動部隊に所属する以上いつ来てもおかしくない、とここにいる全員と同じように。

 

「こうなるとあの離島棲姫の相手は私たちというわけです。明日行われる対地攻撃演習は非常に重要ですよ」

「離島棲姫・・・・・」

 

蒼龍の言葉に含まれていた、希有かつ不穏な単語を復唱する。太平洋哨戒線の東進及び中部太平洋諸島攻略の布石として攻略が決まったウエーク島、瑞穂名オオトリ島には新種の深海棲艦が確認されていた。

 

「Wow!! ということは次の領土奪還の大役を引き受けるのは蒼龍たちデスカ! Congratulation!! これもこれまでの努力と精進の結果ネー! さぁ、飲んで下さーい!!」

「ありがとうございます、金剛さん・・・って!」

「あ! ちょっ!? 金剛さん!」

 

蒼龍たちの意に反しわずかに辛気臭くなった雰囲気を払拭したまでは良かったが、金剛もそれなり酔っていた。手元がおぼつかず、蒼龍のグラスへ傾けられたビール瓶からは限界を顧みない濁流をもってビールが注がれていく。

飛龍の困惑が結果的に蒼龍の風情ある着物を救う。

 

「おっとっと・・・・危なかったネー」

「「もう! 金剛お姉さま!」」

 

妹たちの叱責が見事にシンクロする。それでもなんら懲りずに摩耶や鳥海に向かうのはもはや日常風景だ。各所から笑い声が上がる。無論、みずづきも笑わせてもらった。

 

しかし、それは単に金剛の図太さが笑い袋を刺激しただけではない。戦地へ赴くことは当然自分もしくは仲間の身に危険が迫ることを意味する。しかし、生死をかけるからこそ実力のある者、認められた者のみが戦場へ赴ける。

 

蒼龍たちの作戦参加決定は危険を伴う以上金剛のいうような「おめでたい」ことではないかもしれないが、喜ばしいことではあった。

 

宴は蒼龍たちの晴れ舞台をささやかながら彩るため、ますます盛り上がりを見せていく。しかし、何分アルコールが入った頭では特定の事柄が妙に気になってくる。

 

 

 

乾杯の直前に蒼龍が言った言葉。それは・・・・。

 

 

 

 

 

東山司令のおごりって、瑞穂海軍横須賀鎮守府硫黄島基地隊司令東山日出次大佐の財布は・・・・・・・・・・大丈夫なのだろうか。

 

正規空母だけで、6隻いるが。・・・・・・・・・とりあえず、合掌。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

真っ暗闇。

 

「はぁ・・・・・・・・はぁ・・・・・・・・・はぁ」

 

見るものは黒。そして、本土とは異なるうっそうと生い茂ったジャングルの隙間から垣間見える無数の星たち。七夕の時期よりは幾分見劣りするものの、天の川がきれいだ。

 

「はぁ・・・・・・・・はぁ・・・・・・・・・・はぁ」

 

聞こえる音は自らと周囲で塹壕の中に身を縮めている将兵たちの息遣い。そして、闇と相まって不気味さと緊張感を天井知らずで高める不快極まりない虫たちの鳴き声。時々、獣か鳥の低い唸り声も聞こえる。ほんの少しでいいから本土の虫や動物たちを見習ってほしいものだ。

 

コンコン。

 

塹壕の壁に、被った鉄帽を擦りつけるように身構えていると隣にいる部下が、肘で腕を小突いてくる。同時に周囲がわずかにざわつき始めた。両翼に展開している将兵たちが一斉に塹壕からわずかに顔を出し、24式小銃を構える。それにならい、自分たちもわずかに塹壕から顔をのぞかせる。

 

視界全体に広がる熱帯性の雑草。

 

その間から星明かりによってなんとか識別できる海辺が見える。昼間ならばさぞ美しいだろう。砂は白く、波は果てを知らずに絶えず砂浜に打ち寄せている。

 

だが、今はそんな感傷に浸っている場合ではない。

 

動物の唸り声とは異なる、獰猛で生命を感じさせない唸りが徐々に近づいてくる。音だけでは数が判別できない。それは海岸の全方向から聞こえてきた。

 

水上をこちらに向かって疾走してくる無数の黒い影。もはや耳には影が発する音しか聞こえない。夜目で将兵たちを見ると24式小銃や重機関銃を握りしめている。

 

ここから見える水平線の7割近くが影に覆われた瞬間、少し離れた位置にいた巨体の男が無線機、そして周囲の将兵に向かって盛大に吠えた。

 

「撃てぇぇ!!!!!!」

 

刹那、あちこちから閃光が瞬き、砂浜の至る所で紅蓮の炎が立ち上がり、衝撃波と轟音が伝播する。もう、聴覚は銃声や砲声しか捉えない。いくら聞き慣れているとはいえ鼓膜を塞がなければ、耳がおかしくなってしまいそうだ。

 

それにも全くひるまず、黒い影は急速に接近してくる。そして、第一陣が上陸した。砂を無理やり踏み固め、キャタピラを駆動させながら砲を旋回。一際大きな閃光。

 

「っ!!」

 

こちらの攻撃とは比較ならないほどの、内臓自体を揺さぶる凄まじい砲声。連続で打ち出された鋼鉄の槍の1つが頭上をかすめ、後方に着弾する。

 

「っぷ・・・はぁ!」

 

それが肌で分かった。

 

続いて第二陣が砂浜に接舷。数は第一陣の比ではない。

 

不思議な沈黙。

 

真正面に設置されているランプがゆっくりと下がり始め、中に控えている数多の存在が露わになっていく。そして、ランプが十分に下がった瞬間・・・・・・。

 

『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!』

 

「バッカも~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

『うぉ?』

 

瑞穂陸軍海上機動師団第3海上機動旅団第1機動大隊第1・2歩兵中隊約400名の屈強な将兵たちを思わずひるませるほどの怒号が飛んだ。

 

29式水陸両用戦車(水戦)の威嚇射撃が始まる前に突撃するバカがあるかぁぁぁ!!! わざわざ月明かりのない夜中に強襲をかけているにもかかわらず大声を出して、自分たちの存在を露呈するどアホがおるかぁぁぁぁ!!!」

 

ここにいても鼓膜が痛い。

 

「こんなんじゃ、命がいくらあっても足りん!! もう一回やり直せ!!」

 

その言葉が吐き出された瞬間、場に異様な倦怠感が蔓延する。だが、それが火に油を注いだ。

 

「なんだぁ? 文句があるか? ・・・・無礼極まりないやつは誰だぁ!!! この俺が直々に特別訓練を施してやる!! ほら、出てこい!!!!」

 

当然、誰も出てこない。

 

「だったら、さっさと戻れぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

弾かれたように完全武装の陸軍将兵たちが先ほどまで乗っていた15m運貨船(通称:大発動艇)や18m運貨船(通称:特大発動艇)に戻っていく。素晴らしい俊敏さだ。

 

「おい! 第1輸送隊司令部瑞州(みしゅう)丸に電文! 再度、上陸訓練を行う。以上だ!」

「はっ!!」

 

通信班の兵士に鬼の形相で指示を発する、瑞穂陸軍海上機動師団第3海上機動旅団長不死川孝之助(しなずがわ こうのすけ)少将。29式水陸両用戦車や運貨船たちがげんなりと発進した母艦へ帰投していく中、一般的な瑞穂人が見上げるほどの巨体からは闘志が無尽蔵と思えるほどあふれ出ている。

 

 

 

―――――――

 

 

 

「いやぁ~、やっぱり実弾を使った上陸演習と言うのは凄まじい迫力ですね。恥ずかしながら、少しチビッてしまいましたよ」

「百石司令もですかな」

「ということは、東山司令も・・」

「お恥ずかしながら」

 

一拍の沈黙を置いて、百石と東山、そして会話を聞いていた筆端が一斉に笑い出す。塹壕のそばや中を、銃弾やら水やらを手に走っている将兵たちが何事かと顔を向けてくるがすぐに己の任務に戻っていく。

 

演習の合間に訪れたわずかな休息。周囲はあらかじめ設置されていた照明で照らされ、先ほどの闇が嘘であるかのように明るい。左右で汗まみれになりながら、塹壕の中で息を潜めていた筆端や東山の顔もばっちりと見える。

 

2人とも汗と砂で体中が汚れていた。

 

 

日が昇っている間に艦娘たちが実施した対地攻撃演習の指揮・監督を取った百石・筆端両名は、硫黄島沖に停泊している大隅から下船し、硫黄島のとある海岸に来ていた。その理由は上陸作戦専門部隊、陸軍海上機動師団の一部隊である第3海上機動旅団の演習を見学するためだ。この部隊はベラウ・多温・小笠原・伊豆諸島が深海棲艦に占領されたことを受け、急きょ創設された。深海棲艦が出現するまで瑞穂は敵地への上陸・強襲を担う日本世界の海兵隊的な部隊を保有していなかったため、瑞穂軍の歴史において画期的な部隊だった。

 

 

「本当なら今日の演習では実弾を使わずに、空砲だけを使用するということになっていたんです。ここなら実弾を撃っても民家にあたる可能性はありませんが、実弾は何かと厄介でして」

 

話しながら東山が塹壕のあちこちに転がっている薬莢を手にする。今回の演習では空砲と織り交ぜて、実弾も使用されていた。もちろん、実際の戦場に近づけるための演出で跳弾しても展開している将兵に命中しないような位置に向けて撃っていたが。

 

「確かに、そうですね。実弾は実弾ですから、万が一破片でも当たれば負傷しますし、不発弾の処理も面倒・・」

「金もかかることだしな」

 

横須賀鎮守府の2人も同意する。

 

「はい。しかし、昨日になって急きょ第3海上機動旅団(三海機)から、実弾を使用したいとの申し出がありまして」

「昨日? ずいぶんと急な話ですね」

「それがですね、その・・・・」

 

辺りを見回す東山。どうやら一般将兵に聞かれるとマズイ話のようで、自然と声量も小さくなる。

 

「中央では第3旅団を次作戦に投入するか検討しているとの噂がありまして、どうもその布石ではないかと」

「そういうことですか。ライバル視していると有名な木下少将指揮の第1旅団は実際に現在作戦行動中ですからね。不死川少将の気合いの入りようも納得できます。凄まじいの一言ですからね・・・・」

「第1旅団や第2旅団の連中が国民から拍手喝采を浴びる中で還4号作戦では唯一、第3旅団のみが実戦投入されなかったからな。ようやく日の目を見ると・・」

 

筆端の言葉が不自然に止まる。百石や東山はそれを不思議に思わず、筆端と頷きあい、背後にある大きなヤシの木を睨む。

 

 

「・・・・・・誰か?」

 

 

百石が低い声で誰何すると、ヤシの木の影から肩幅が広く筋肉質の若い軍人が姿を現した。

 

「自分は不死川孝之助少将付副官の柳葉亨(いなば とおる)大尉であります。無礼を働き、誠に申し訳ありません」

 

背中に棒が入っているかのように背筋を伸ばしたまま、教本通りの礼をする柳葉。言葉遣いも覇気があり、さすが優秀な人材が登用される“副官”だけはある。

 

「して、我々に何か?」

「はい。不死川少将から伝言を承り、これをお伝えするべく馳せ参じた次第であります」

「伝言?」

 

東山が訝し気に聞く。「はい。そうであります」と柳葉。

 

「内容をお聞かせ願えるかな?」

「はい。不死川少将から“稚拙な我が旅団の視察に、海軍において屈指の戦歴をお持ちのお三方に足をお運びいただき、感激の極み。もし、よろしければ、更なる熟達のためご指摘・ご教示をいただければ幸いであります”とのことであります!」

 

声を張り上げた柳葉。彼は若干笑っていた。それを見て、不死川がどのような表情でこの伝言を託したのか。薄々察することができる。

 

「意外とユーモアがあるお方なんだな、不死川少将は。あのお姿の身を拝見するに、大きな声では言えないがスパルタと言う言葉がぴったりの将官だと思っていたよ」

「よく、言われます」

 

筆端の言葉に、柳葉は少し困ったように答える。

 

「畑違いの私たちが、誇り高い信念を持ち、日々過酷な訓練に耐えられているあなた方に指摘などもってのほか。そのような恐れ多いことはできません。むしろ、お礼を申し上げるのは我々の方です」

 

瞳に力を込めて、柳葉を見つめる。彼も今から紡がれる言葉が伝言の回答と察し、背筋をさらに伸ばした。

 

「・・・・私たち海軍軍人は陸戦隊将兵を除き、敵の銃弾へ突撃することもなければ、屍を踏み越えていくこともない。ただ、船の上で、本土で、空で機械の力を借りて敵と戦います。あなた方を送り届け、また支援する立場としてこの度の経験は大変貴重で、学ぶべき点は数え切れません。私たちのようなど素人の視察を認めて下さり、誠にありがとうございます。と、不死川少将の伝えてくれるかな? 長々と申し訳ないが・・」

「いえ、ご心配には及びません。・・・百石提督のお言葉、しかと不死川少将にお届けいたします。聞かれればさぞかしお喜びとなるでしょう」

「俺や東山の司令のこともよろしく。できれば、この伝言は3人の連名ということで」

「ちょ、ちょっと、先輩。それはないですよ・・・」

「お三方のやりとりも含めて、ご報告させていただきます。では、私はこれにて失礼させていただきます。貴重なお時間を割いてご対応いただき、誠にありがとうございました!」

「しっかりと報告を頼むよ」

「はい! では、失礼します」

 

そういうと柳葉は凄まじい速さで走り去っていく。やはり、陸軍。しかも精鋭が集められる海上機動師団の将兵。頭だけでなく、体も一級だ。

 

「さてさて、私たちもそろそろお暇しますか?」

 

すがすがしい表情の東山。筆端もうんうんと頷いている

 

「そうですね、これ以上お邪魔するのも悪いですし・・・・って、え?」

 

百石も肯定し、踵を返しかけた刹那、照明が一斉に消える。明かりに慣れていたため、夜目が全くきかない。辺り一面が再び真っ暗闇に支配された。

 

嫌な予感で急速に全身が満たされていく。

 

「おいおい、待ってくれよ」

「これは・・・・・・・。まずいですね」

 

気配で意思統一を図った三人は、嫌な予感を具現化させないため、全力疾走しようと身構える。だが・・・・。

 

「こらっ!!!! そこで何つっ立っとる!! もうすぐ、演習が再開されるぞ!! ぼうっとしてないでさっさと塹壕に潜れ!!!」

 

どこからともなく、こちらを海上機動旅団の将兵と勘違いした怒号が飛んでくる。周囲に意識を向けると塹壕の外で突っ立っている者は自分たち以外にいなかった。

 

「・・・・・・・・塹壕に潜りますか?」

 

東山の達観した声。

 

「そうですね。潜りますか。ねぇ? 先輩?」

「そうだな、潜るか」

 

逃走の機会を逃した3人はまるで敗残兵のように意気消沈した様子で塹壕の中に消えていく。

この後、3人は結局日付が変わるまで訓練に突き合わされ、大破。特に身体的のみならず艦娘たちのおかげで財布にまで大ダメージを負った東山日出次大佐は白目をむいて轟沈したという。

 

 

合掌。




明日、12月8日は今から76年前の日本時間昭和16年(1941年)12月8日、現地時間12月7日に大日本帝国海軍がアメリカ合衆国ハワイ諸島オワフ島の真珠湾を攻撃し、アジア・太平洋戦争の幕開けとなった真珠湾攻撃が行われた日です。

今話は真珠湾攻撃に参加した第2航空戦隊蒼龍、飛龍の初登場シーンだったため、2話連続投稿を決断いたしました。何気なくカレンダーを見ていて・・・・気付きました。

日本が昔、あんなところまで行って軍事作戦を展開していたとは今となって信じられません。真珠湾攻撃についての評価は人によってまちまちなので、筆者みたいなにわかは口を挟みませんが、この攻撃で生じたアメリカ側約2400名、日本側約60名の犠牲者の冥福を祈りたいと思います。

そして、一言。みなさんはもうよくお分りのことだと思いますが・・・


アメリカさんを舐めたら・・・・・・いけませんよ。

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