水面に映る月   作:金づち水兵

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みなさん、本作を応援していただきありがとうございます!

また、この間、何気にランキングを見ていたら、先週の投稿直後、日間ランキングに本作の名前がありました!

それを記念して・・・というわけではなく別の理由(詳細は68話のあとがきで)があるのですが、今週は先週に引き続き2話連続投稿を行います。先週、毎週1話とお知らせしたのですが、来週が何月何日か把握していませんでした・・・。


67話 硫黄島 前編

硫黄島。

 

小笠原諸島の南端近くに位置する東西8km、南北4km、総面積約24㎢と東京都の品川区より少し小さい島である。東京都からの直線距離は約1200km。噴火などの派手な活動はないものの、活火山を有する火山島のため至る所から異臭を放つ硫黄などの火山性ガスが噴き出している。これが「硫黄島」という島名の由来だ。地理的要因から水源もないに等しく、土壌も火山灰や溶岩が主成分となっているためイモ類はともかく、米や小麦などの穀物の栽培は困難。

 

他の島々と異なり、居住には向かない島。

 

しかし、かつて目を向けられることすらなかった島は第2次列島線の中央付近に位置する戦略上の要衝であるため、現在陸軍関東方面隊硫黄島守備隊、海軍硫黄島基地隊・横須賀航空隊第107飛行隊等が置かれる瑞穂軍の一大拠点と化していた。当拠点が帯びる任務は硫黄島の死守のみならず、西部太平洋の制海・制空権確保の一助となること、本土侵攻・攻撃を目論む敵部隊の早期発見を達成すること、多温諸島へ向かう船舶・艦娘の補給・休息拠点となること。

 

去る7月に生起した房総半島沖海戦時に、敵揚陸部隊を硫黄島の水上偵察機部隊が発見。命からがら由良基地に帰還し、貴重な報告を行った呉鎮守府所属伊168の情報と並び、その功績が政府の意思決定に重要な役割を果たしたことは記憶に新しい。

 

深海棲艦側も硫黄島の重要性を認識しており小笠原諸島奪還作戦である還2号作戦で瑞穂側に攻略されて以降、幾度となく奪還を仕掛けてきていたが房総半島沖海戦からこの方、硫黄島周辺海域は平穏そのもの。潜水艦の捕捉回数も劇的に減少していた。

 

そして、もう1つ。この硫黄島には重要な価値があった。品川区より少し小さい総面積約24㎢の土地でありながら標高169mの擂鉢山(すりばちやま)以外は基本的に平坦であり、広く良質な砂浜が存在。活発な火山島故に生態系も本土と比較すれば貧相であり、ある程度吹き飛ばしても環境保護団体から後ろ指を指されることはない。また、島は軍所有の土地で、一般住民は軍から土地を借り、国防に不利益が生じない場所で生活している。

 

そのため、ここは演習場としては瑞穂有数の能力を秘めていた。

 

島の北半分は滑走路や管制塔・格納庫・官舎などの基地構造物と繁華街を中心とする小規模な市街地がひしめいているが、南半分は演習場として原野のまま鋭意活用されている。

 

 

 

対地演習を実施するに至った横須賀鎮守府上層部、そしてみずづきを含めた第一機動艦隊と第五遊撃部隊も硫黄島の存在に感謝しながら、各々に課せられた任務を全うしていた。

 

 

 

「第一機動艦隊、所定の海域に到着。実施準備完了との報告」

「地上部隊の状況は?」

「準備完了。既に安全エリアまで後退したとのことです」

 

艦娘母艦「大隅」の作戦室内。艦内としては他の区画より断然広く、蛍光灯に照らされた区画内は非常に明るく、艦内と分からないほど。いつもなら、そうだった。しかし、室内に充満する緊張感故か薄暗く感じる。

 

そう自覚した瞬間、自身もその緊迫感の一員となっていることに気付き、思わず苦笑を漏らしてしまう。各地からの報告を統括していた参謀部長の緒方是近(おがた これちか)中佐が近づいてくる。すぐに笑顔は消えた。

 

「百石司令。全ての準備が完了いたしました」

「了解」

 

眼前の机を隔てた壁に張られている地図。硫黄島の南側海域にある複数の青色の駒。それと妖精たちが面白半分で作ったモニター画面に映っている第一機動艦隊の様子を一瞥すると、百石は抑揚を抑えた声で号令を下した。

 

「赤城に打電。演習を開始せよ」

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

「大隅より入電。みずづきさん! 攻撃を開始してください!」

「了解!!」

 

空の青と雲の灰色が五分五分で移り変わっていく天の下、みずづきは第一機動艦隊と共に硫黄島の南、約28km付近の海上を航行していた。硫黄島を肉眼で確認することは叶わないものの、FCS-3A多機能レーダーの対水上画面、OPS-28航海レーダー画面にはあまりに存在感がありすぎて、逆に見落としてしまいそうなほど硫黄島がはっきりと映っている。直にこの目で、並行世界とはいえ“あの”硫黄島の姿を見ると、なんだか感慨深い。

 

今回の対地攻撃演習において17式艦対艦誘導弾でSSM-2B block2で攻撃する目標は、今日のために陸軍工兵隊が設営したコンクリート製の掩体壕(えんたいごう)をはじめとする建築物と滑走路を模したアスファルトの地面である。既に戦果観測のため飛行しているロクマルから詳細な位置情報を入手しているため、今回ミサイルを目標まで導く慣性誘導装置には座標を入力済みであり、ロックオンは完了。後は、引き金・・・もとい発射ボタンを押すだけだ。

 

兵装が全て正常に作動していることを確認すると、一旦深呼吸。ロクマルを通して透過ディスプレイに投影されている目標と透過ディスプレイ越しに見える硫黄島を交互に睨む。

 

この演習の主役は日本へ迫りくる深海棲艦を食い止め、艦娘の登場によってもたらされた反撃ののろしを確固たるものとした17式艦対艦誘導弾Ⅱ型-SSM-2B block2。

 

しかし、みずづきはその威光にあぐらをかき、呑気に構えてなど全くなかった。

 

17式艦対艦誘導弾Ⅱ型(SSM-2B block2)は本来、水上艦を攻撃するための兵装である。Ⅱ型は対深海棲艦大戦の勃発以降、人間大の大きさである深海棲艦に対処することを主眼に開発・改良され、クラッター除去能力を大幅に向上。水上における人間大目標に対する捜索、識別、追尾能力を通常艦艇のみが海の支配者だったころに開発されたⅠ型とは比較にならないほど強化・改良されていた。だが、それはあくまで対艦兵装としての発展。同じ地表に存在する目標を攻撃する兵器でも、障害物がほぼない海上に浮かぶ艦船と、山あり谷あり建物ありの地上とでは要求される性能水準、技術体系、センサーは似て非なるもの。

 

撃てば、とりあえずどこかには当たるだろう。だが、問題は「目標へ、正確に」命中するかである。

 

その成否は事実上、目標への道案内が主目的である中間誘導の1つ、慣性誘導が握っていた。

 

SSM-2B block2は中間誘導にGPS誘導と慣性航法装置による慣性誘導、そして終末誘導にアクティブ・レーダー誘導を用いる標準的な対艦ミサイルである。GPS衛星からの信号と慣性航法装置に内蔵された加速度計・ジャイロで目標付近まで飛翔、近接したところでアクティブ・レーダーを作動させ目標へ突入する。

 

この世界にGPS衛星は存在していないため、GPS誘導は使用不可。アクティブ・レーダーが地上目標を識別できるか疑わしい以上、頼みの綱は必然的に座標を指定されれば、他のセンサーに依存することなく性能を発揮する自己完結型の慣性航法装置にならざるを得なかった。

 

開発者もおそらく想定していないであろう、中間誘導装置に終末誘導を託す奇天烈な運用。だが・・・・・・。

 

「教練対地戦闘! 目標、敵地上拠点! 数、8!」

 

 

本当に奇天烈な運用をするしかないのだろうか。

 

 

「SSM1番、発射よーい・・・・・・。撃てぇーーー!!」

 

8つある発射筒の1つが瞬き、発射煙をまき散らしながらSSM-2B block2が大空へ飛び上がる。一直線に水平線の彼方へ消えた後に訪れる余韻。それはさきほどの暴れぶりが嘘のような平穏だった。

 

「いやぁ~、やっぱ、すげなぁ~」

 

合計、8発。この世界に来て珍しくなくなった全弾一斉発射をようやく終え、放たれたSSMたちは達観したような摩耶の呟きを証明するため、己の目標へ向けイノシシも恐れおののく猛進ぶりを見せる。

 

その様子を見届け、FCS-3A多機能レーダーの対空画面と目標の1つである掩体壕を映しているロクマル搭載カメラ映像に注目する。

 

そして、ロクマル搭載カメラに映っていた掩体壕が突然火炎と黒煙に包まれた。大きく振動するカメラ。目を凝らし、思考を巡らせて確認するまでもない。

 

「っ!!」

 

命中だ。その光景はこれまでの懸念を嘲笑するかのように連続。無感情に陸軍工兵隊の努力を砕き、火山性の粗悪な土を耕し、ロクマルのカメラを揺らす。

 

「・・・・・命中している。しかも・・・・・」

 

FCS-3A多機能レーダーの対空画面からも1つ、また1つとSSM-2B block2を示す光点が消えていく。ロクマルに指示を出し搭載カメラの焦点を引かせると、FCS-3A多機能レーダーの対空画面から光点が消えていくに従って、増えていく黒煙がはっきりと見て取れた。最後の一発も先行組に恥を晒すことなく、滑走路を模したアスファルト目標に突入。巻き上がった噴煙の一部となった。

 

「全弾・・・」

 

ロクマルによる情報収集が不可欠と制限付きではあるが、自分の切り札が、対艦ミサイルにもかかわらず水上だけでなく陸上にも通用する。ガッツポーズを上げ、「さすがは日本製」と喜びを爆発させる場面なのかもしれない。

 

実際、みずづきは笑っていた。

 

「本当・・・・さすがは、日本・・・・ね」

 

肩をすくめた上での、ぎこちない失笑だったが。

 

 

「・・・これのどこが“対艦”ミサイルなの?」

 

 

透過ディスプレイには巻き上げられた粉塵が降下したことにより、掩体壕や滑走路を模したアスファルト面が高精細で露わとなっていた。対艦ミサイルの炸薬量では成形炸薬弾頭とはいえ、せいぜい掩体壕の天井に穴を穿ち、アスファルト面のど真ん中を吹き飛ばした程度。一方、命中精度で言えば、文句のつけようがない大成功だった。

 

慣性航法装置はその構造上、移動距離が長ければ長いほど誤差が蓄積され、命中精度が低下するにもかかわらず。近年の対地ミサイルが慣性誘導単体ではなく、GPS誘導や母艦・哨戒機とのデータリンクを併用して中間誘導する所以であるが、さすがに28km程度で致命的な誤差は生じない。しかし、寸分の誤差もなく、いやさらに言うならロクマルの指定座標よりも正確に命中するものだろうか。

 

偶然で片付けるほど、みずづきは日和見主義ではない。全ては映像という純然たる事実が語っていた。

 

「ほんっと、こういうの好きよね、私の故郷は。素直に言えば良かったのに、何が不都合だったの?」

 

“えっと、自衛的戦力っていうのは他国を半永久的に占領、もしく・・は・・・・・・・もしくは、他国に回復不能の損害を与えうる侵略的戦力以外の全て、だったと思います”

 

日本は既に「専守防衛」という「国民の犠牲を前提とした本土決戦思想」に縛られているわけでもなければ、先制攻撃能力を否定した「座して死を待つ」受動的な防衛政策に囚われているわけでもない。国民の犠牲を局限化し、可能な限り日本の領域外での敵及び脅威の撃滅・排除を目指す「絶対防衛」戦略を策定し、日本版トマホークと呼ばれた対艦・対地兼用巡航ミサイルとその発展型である核兵器搭載能力を有する巡航ミサイルを保有するに至っている。

 

ましてや自衛隊は国防軍となり、日本は核保有に足を踏み出している。

 

能力をわざわざ秘匿する理由が分からなかった。

 

「捨てきれない悪癖か・・・・・・。それとも・・・・もしかして」

 

“なんか、不思議・・・・。つい、この間まで、いがみ合ってた国同士が、共同作戦・・・・なんて”

“そう、ね・・・・・”

“華南も昔は中国で私が中学の頃には戦争をしてたし、その延長線上で丙午戦争も。あの子たちもそれを知ってると思うんだけどな~~”

“でも、今じゃ東亜防衛機構を介した同盟国ですからね。華南も、台湾も、北朝鮮も、韓国も、東露も・・・・。深海棲艦という脅威の前にはさすがに・・・・・”

“まとまらないと、か。それは分かるんだけど・・・・・私は複雑かな”

“私も、隊長と、同意見”

 

「・・・・・さん!」

 

思考が沈んでいく。だが、何かがそれを食い止める。抵抗はしない。素直に従った。

 

 

「みずづきさん!」

「は、はい! すみません、赤城さん! 少し、戦果確認に集中してました」

 

これ以上、人間から離れるわけにはいかないし、これ以上心配をかけるわけにはいかなかった。

 

「それならいいです。それより・・・」

 

言葉を濁す赤城。はっきり言われなくとも赤城の言いたいことは理解していた。

 

「はい。攻撃の結果ですが・・・・」

『・・・・・・・・・・・・・・・・』

「全目標の無力化を確認。17式艦対艦誘導弾Ⅱ型による対地目標の破壊・無力化を確認しました」

「そう。了解」

 

簡潔な言葉。だが、通信機の向こう側からは歓喜とも、畏怖とも、感嘆とも取れる興奮が伝わってくる。交信相手の赤城はいつも通り。発生源はおそらく外野だろう。

 

「演習、お疲れさまでした。今後の予定に変更はありません。全艦に通達。当艦隊は当初の予定通り第五遊撃部隊と合同で艦砲射撃訓練を行います。進路そのまま、前進強速」

「了解」

 

硫黄島に近づいたのち、次に撃つ装備はMk45 mod4 単装砲。榛名や摩耶がいるとどうしても貧弱に思えて仕方ないが17式艦対艦誘導弾Ⅱ型(SSM-2B block2)は対地目標にも十分に対処可能なことが証明されたのだ。

 

上を向いて臨みたいが、1つどうしても吐露したい愚痴があった。

 

「なんで艦娘にすら伝えなかったのよ。・・・・・・百石司令官への説明の時間を返して。せっかく、誘導方式の説明までして、期待しないで下さいって言ったのに・・」

 

気が抜けたのか、海上を疾走しているにもかかわらずあくびが出る。ここへ来て、誰かが決めた秘匿はみずづきの睡眠時間を削っていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「一機艦・五游部、合流。まもなく、射撃位置に入ります」

「赤城より報告。全艦の準備完了。命令を受け次第、射撃を開始するとのこと」

「さきほど訓練海域に侵入した父島漁協所属のマグロ漁船は基地隊の警告に従い、退去。演習への影響は皆無」

 

わざと生成した無感情・無機質な声があちこちからあげられる。第一機動艦隊と同じく、みずづきの対艦ミサイルが全目標に命中、また無力化が確認された時は驚嘆でどよめきが起こったものの艦娘母艦「大隅」司令室は艦砲射撃訓練を前に再び緊迫感に包まれていた。

 

「守備隊司令部より報告。工兵隊撤収を完了す。当方、艦砲射撃を幾度となく拝見してきたが故、心得を熟知せり。百発百中を期待するものなり、であります」

 

しかし、時たま気の緩みをついてくるようなこともあるわけで。

 

「陸軍も言ってくれますな。今まで散々見てきたから、下手かどうか分かる、とは」

 

微笑む、通信課長椛田典城(かばた のりき)大尉。

 

「あちらさんも気分が高揚してるのだろう。居酒屋でばらしたり、手紙に書いて検閲に引っかかったりしなければ良いのだが・・」

 

肩をすくめながら茶化す緒方の言葉に、参謀部員や通信課員から控えめな笑い声が巻き起こる。

 

百石や隣に座っている横須賀鎮守府副長筆端佑助(ふではし ゆうすけ)も若干ほほを緩めるが、陸軍の報告で艦砲射撃演習の準備は整ったため、和やかさもほどほどに号令を下す。

 

「椛田課長。赤城に打電、演習を開始せよ」

「了解!」

 

笑っていた椛田は一瞬で真剣な表情に戻ると、弾けるように通信室へ駆けていく。後は、ここで演習の様子を傍観するだけだ。

 

この演習の目玉。もはや恒例となりつつあるが、やはりみずづきである。さきほどまで行われていた演習では第五遊撃部隊の加賀・瑞鶴、第一機動艦隊の赤城・翔鶴が航空攻撃を行った後のトリだった。しかし、この艦砲射撃演習ではみずづきが最初である。

 

複数あるモニター画面の内の1つがみずづきで占拠される。撮影を行っている妖精もよほどみずづきが気になるようだ。艦娘たちに聞かれるとヤキモチを焼かれるかもしれないが、この場にいる全員もみずづきの戦果が気になっている。そのため、赤城たちが映っていなくとも誰も文句は言わない。

 

「さてさて、彼女の単装砲はどこまで使い物になるのか」

「今回使われる弾種は、確か多目的榴弾だよな?」

 

筆端の確認。手元にある資料を示しながらそれに答える。

 

「ええ。多目的榴弾・・・・、弾頭に対戦車榴弾とばれる成形炸薬弾を使用しているため、重装甲目標の撃破も可能にしていると」

「重装甲目標、な。果たして、瑞穂が誇る11式戦車や29式戦車との対決はいかに」

 

みずづきだけが映し出されているモニターとは別の、地上の空撮映像が淡々と流され続けているモニター。筆端につられ、百石もそれに視線を向ける。かなりの低空から撮影されているためか、地上の目標もはっきりと視認できる。

 

そこにはただの石ころにしか見えないコンクリート製の標的がある一方、艦砲射撃の的としては場違いなものが2つ並んでいた。

 

 

瑞穂陸軍が保有する11式戦車と29式戦車である。

 

 

11式戦車は2011年に制式化された戦車で57mm砲と7.62mm機関銃を2挺装備。全長は5.5m、全幅は2.3m、重量15トン、乗員は4名。装甲は側面に限ると20~25mmである。価格は約3億円。深海棲艦が出現するまでは瑞穂陸軍の主力戦車であったが陸上型深海棲艦戦車型と戦闘を行った際、火力・防御力不足が露呈したため、後継の29式戦車に活躍の場を譲り、配備数は減少の一途を辿っている。

 

29式戦車は2029年に制式化された戦車で、既述の通り陸上型深海棲艦戦車型への対抗を目的に開発された。主武装として75mm砲、副武装として7.62mm機関銃を2挺装備。全長は5.7m、全幅は2.3m、重量18トン、乗員は5名。装甲は最も被弾する可能性が高い正面を筆頭に強化され、正面前方は50mmと11式戦車より倍増している。高火力化・重装甲化が威力を発揮し、多温諸島奪還作戦(還3号作戦)では歩兵にとって最大の脅威となっていた敵戦車型の早期撃滅に成功し、迅速な作戦の完了に大きく貢献している。11式戦車にかわり、現在では瑞穂陸軍の主力戦車である。価格は4.5億円。

 

11式戦車・29式戦車、合わせると7.5億円。

 

これがみずづきに用意された的だ。さすがにこれを聞いたみずづきはびっくり仰天で、比喩ではなく本当に椅子から転げ落ちた。というか、横須賀鎮守府上層部もこちらの要請が陸軍に快諾されたことを聞いた瞬間、腰を抜かした者が数人発生していた。

 

「まさか、陸軍がゴーサインを出すとはな・・・」

 

筆端の苦笑。これが横須賀鎮守府の総意と言っても過言ではない。艦砲射撃演習の錬演内容を策定する中で作戦課から「戦車や装甲車を的に使ってみてはどうか」と提案がなされた。理由は既に艦娘による艦砲射撃演習は腐るほど行われていて、みずづきの装備するMk.45 mod4 単装砲の威力は駆逐艦たちが装備する12.7cm連装砲から類推できるため。また、命中率も百発百中とまではいかないまでも、90%を超えることはこれまでの経験から想像可能なため。

 

どうせやるなら、今まで試みられたことのない艦砲射撃演習をしよう。と、作戦課は言ってきたのだ。

 

しかし、作戦課が提案してきた的はどれも高価な装備品ばかり。戦車や装甲車は海軍も陸戦隊用装備として保有していたが、海軍予算が海上戦力へ集中的に回された煽りを受け地上戦力は戦車1両すらも手放せないほど困窮していた。そのため軍令部を介して行われた各陸戦隊への要請は立ち消え。

 

頭を抱えていた時、唐突に執務室の黒電話が鳴った。電話は関東地方の防衛を担当する陸軍関東方面隊からで、近々廃棄予定の戦車2両の提供を申し出てくれたのだ。なんでも参謀本部から「横須賀鎮守府が演習の的として戦車を欲している」という話が伝わって来たらしい。嬉しすぎて昇天しそうになったことは言うまでもないが、理由を聞くと、そこには陸軍独自の危機感が背景にあった。

 

瑞穂陸軍の戦車は深海棲艦以前を含めて、艦砲射撃を受けた経験がない。正確にいえば、受けた経験のある人間、それを間近で見た人間がいない。戦車が艦砲射撃を受けた戦闘では総じて、部隊そのものが全滅していた。よって、艦砲射撃を受けた場合の被害や取り得る最善の作戦が参謀本部の上層部から一兵卒に至るまで分からない。今後、状況によっては深海棲艦から艦砲射撃を受ける可能性は十分にあり、作戦の立案・次世代戦車開発の参考とするため“壊れ方”のデータを収集しておきたいそうだ。

 

陸軍も次期作戦を見越して、本格的に動いていた。

 

関東方面隊からの申し出てあったため、一応上級司令部である参謀本部にも確認をとったが、相手先からの返答は“是非ともやってくれ”。陸軍はかなり乗り気で、事実この演習に合わせ兵器研究開発本部の技術者も硫黄島に入っている。

 

「みずづき。まもなく、射撃開始します」

「お? ついに、か」

 

通信課員の報告で、司令室に詰めているほとんどの人間がモニター画面に注目する。おそらく、陸軍や兵器開発本部の人間も各々の場所で演習の行方を見守っていることだろう。

 

異様な静寂。そして・・・・・。

 

「みずづき、発砲!!」

「っ!?」

 

画面の向こう側でみずづきの可愛らしい主砲が火を噴く。数秒というタイムラグを経たのち、第2弾が発射されたと同時に11式戦車を映していた画面に突然煤煙と土砂を含んだ黒煙が立ち上る。

 

「あ~あ、3億円が」

 

筆端の呟き。

 

次は29式戦車に無慈悲な砲弾が降ってくる。一瞬で姿を消す戦車。黒煙の中から金属片が遥か遠くに飛んでいく。

 

「あ~あ、4.5億円が。サラリーマンの4.5人分の生涯年収が一瞬で・・・」

 

またしても筆端の呟き。

 

弾着後しばらく。黒煙が晴れるとそこには対艦ミサイル攻撃を受けた掩体壕などと同様、焼けこげ、無残な姿を晒している2両の戦車があった。

 

11式戦車は木っ端微塵という表現が正しく、もはや戦車かどうかも分からないほど破壊されている。29式戦車はよくよくみると戦車と判別できるが、自慢の75mm砲を搭載した砲塔は見当たらず、大穴の空いた車体だけが残されていた。今回、演習の的として使用するにあたり、当該戦車からは燃料・弾薬は全て取り除かれている。もし、それらを満載した状態で攻撃を受ければ、29式戦車も木っ端微塵となるだろう。

 

 

 

本当にみずづきは万能だ。

 

 

 

「やはりすごいなみずづきは。SSMも対地攻撃に利用可能なことが実証された。これで対潜戦も特筆してるんだから、まさしく汎用護衛艦だな。軍令部がわざわざ“みずづきのあらゆる能力を把握し、作戦立案に活用したい”と言ってくるだけはある。・・・・・・って、百石? ・・・・百石司令!」

「・・・・っ!? は、はい!」

 

慌てて筆端を見る。彼はこちらの顔を凝視すると椅子から立ち上がり、すぐ近くにいた参謀部員の1人にこう言った。

 

「俺と長官は席を外す。すぐそこの廊下にいるから、何かあったらすぐに知らせてくれ」

「はっ。了解しました」

 

まだ艦砲射撃演習は終わったわけではない。これから、金剛たちをはじめ多くの艦娘たちが砲撃を行う。そう目で訴えるが、筆端は何のその。背中に“ついてこい”と暗示ながら司令室から出ていく。

 

「百石司令?」

 

さきほど筆端から命令を受けた参謀部員が心配そうに声をかけてくる。「ああ、すまない」と言った後、百石も筆端の後を追う。

 

「どうした? って、考えていることは分かるがな。そんな深刻な表情をしていると参謀部の連中はともかく、一般将兵に勘付かれるぞ」

 

普段はほとんど人が通らない司令室近くの廊下。周囲を一通り探った後、筆端は呆れたように頬を緩めながら・・・・ではなく真剣な眼差しで問いかけてきた。

 

「まだ、迷ってるのか? 前も言っただろ? 汎用性を活かすことも重要だが、一兎を追う者は二兎も得ず。みずづきは空母の直衛と敵艦隊の策敵に回すべきだ」

 

筆端のいうことも分かる。だが、みずづきの、あまりに大きな可能性を前にすると思考がまとまらない。もはや実施されることが既定路線のMI/YB作戦において、みずづきにどのような任務を付与するのか。ここ数日間、時間と場所が許す限り筆端と議論を行っていた。彼の主張は一貫している。

 

「中間棲姫の撃滅も、出てきた場合、敵機動部隊の殲滅も・・・・・・やらないといけない」

 

中間棲姫。

海上を疾走する通常の深海棲艦と異なり、侵攻において投入される戦車型深海棲艦などと同様の地上型深海棲艦。本体は人型であるものの艤装として3本の滑走路を持ち、数多の人間と資材・面積を必要とする飛行場をその身に体現した深海棲艦である。瑞穂軍の脅威認識は最高レベルで、あの戦艦棲姫も中間棲姫に比べれば通常の深海棲艦に成り下がる。

 

そこまで瑞穂が中間棲姫を恐れる理由。それは多温諸島奪還作戦(還3号作戦)の際、大宮島にいた同じ飛行場としての特徴を持つ“飛行場姫”に叩きのめされたことに起因する。当時、瑞穂は飛行場姫の存在について潜水艦娘及び空母艦娘による度重なる偵察、諸外国からの情報提供で把握していた。しかし、脅威認識が甘く艦娘部隊を前進させたところ、航空戦力によってボコボコにされたのだ。

 

幸い艦娘たちに撃沈艦が出ることはなかったが初めて艦娘部隊が大敗したこともあり、海軍のパニックぶりは相当なものであった。これを受け、瑞穂海軍は即座に“飛行場姫”を最優先攻撃目標に設定。残存戦力の総力を持って攻撃を行ったのだが飛行場姫の制空能力が高く、また装甲が強固であったため、戦闘は苛烈を極めた。

 

結果、波状攻撃を仕掛けた瑞穂側の勝利に終わり、その後上陸した攻略部隊により多温諸島は解放され多温諸島奪還作戦は完了した。

 

あれからまだ1年も経っておらず、海軍軍人には飛行場姫のトラウマが存在している。そのような状況で報告された新型深海棲艦が、あの“中間棲姫”である。滑走路は飛行場姫より1本多い3本。また、周囲を取り囲んでいる艤装も明らかに飛行場姫より重厚で、飛行場姫よりも強力な深海棲艦であることは一目瞭然だった。

 

「だが、中間棲姫は艦娘たちでもその気になればいける。機動部隊もおそらく先手を打てる。だが、対空戦闘におけるパーフェクトゲームも、水平線以遠からの長距離攻撃もみずづきにしかできない」

 

全くもって正論だ。しかし・・・・。

 

「・・・・・・・・・」

 

その直後に吐かれた言葉には、食いつかざるを得なかった。

 

「唯一無二の戦力に、替えがいる戦力でも可能な戦闘をさせるわけにはいかない」

「先輩!」

 

反射的に大声を上げてしまった。いくら、親しくとも筆端は自分の先輩。この行為は完全に礼に失していた。それでも、言わずにはいられなかった。まさか、彼の口からそのような言葉が出てくるとは。

 

「・・・・すまない。少し言葉が過ぎた」

 

彼も自分が口走った言葉に衝撃を受けたのか、声色が一気にかすれる。

 

「だが、俺の言いたいことはそのとおりだ。お前は横須賀鎮守府司令長官。もうすぐ東京にも行くんだろ?」

 

筆端はそう言いつつ、百石に背中を向ける。

 

この場で最後となる言葉が紡がれた瞬間と足が踏み出された瞬間は同時だった。

 

「迷っている暇はないぞ。俺たちは・・・・・・・勝たなければいけなんだからな、この国のために」

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「ふう~。ようやく終わりか~」

 

空を茜色に染め上げ、水平線へ時を追うごとに近づいている太陽。早朝からほぼ連続して行われていた対地攻撃演習もついに終了。第一機動艦隊と第五遊撃部隊はそれぞれ単縦陣を組み、硫黄島北側、監獄岩と呼ばれる小島の対岸にある硫黄島港へ向かっていた。日本の硫黄島には港湾施設はなかったが、瑞穂の硫黄島には排水量2000トンクラスまでなら同時に2隻が接岸できる港が整備されていた。艦娘出現後は艦娘用桟橋も設置されたそうだ。

 

「長かったですね」

 

安堵の色が垣間見える潮の言葉。

 

「うん、本当に。朝からずっとだもの」

「みずづきは今日も主役だったからな。そのおかげで私たちは少し気を抜いても、どやされない! 今後ともよろしく頼むぜ」

 

潮との会話に割り込む形で、摩耶が罪悪感を微塵も抱いていないすがすがしさで言葉をかけてくる。少しイラつき、今日の摩耶にとって耳の痛い話をお見舞いしてやろうとしたが思わぬところから指摘が飛んできた。

 

「だからなのね、成績悪かったの。摩耶様の力はどこに行ったのかしらねぇ~」

 

含みのある言い方。声を聞いただけで他人をあざ笑っている様子が目の前に浮かんでくる。曙も同じことを思っていたようだ。聞いた途端「んだと!」と好戦的に反応する摩耶だったが、言葉を重ねるごとに声量が小さくなっていく。それを好機と捉えたのか、今まで冷やかされた分まで冷やかしてやろうと攻勢をかける曙。

 

「まぁまぁ、曙。今日のところは摩耶の完敗だから、その辺に・・・って」

 

見かねた榛名が仲裁に入ろうとするが、その言葉は最後まで紡がれない。ほぼ同時に摩耶と曙の痴話喧嘩も収束する。それどころか「おおお」と感慨深い呻きをあげてさえいる。

 

そうなった理由。それは水平線から徐々に見えだした艦影、みずづきのFCS-3A多機能レーダーの対水上画面に映っている艦隊にあった。

 

「ようやく、見えてきた・・・」

 

みずづきの独白。しかし、誰も反応する者はいなかった。第一機動艦隊の全員、そして第一機動艦隊の後方を航行している第五遊撃部隊の全員も徐々に大きくなっていく艦影に目を釘付けにしていた。言葉も出ないほどに。

 

こちらから見て船体の左側、艦隊自身からみると右舷側に夕日を浴びた不思議な着色で、漆黒に染まりつつある大海原を悠々と進んでくる。全部で8つの艦影の内、2つは異様に近く感じる。船体が大きい故に距離が近く感じる典型的な錯覚だ。それはつまり2つの艦影は自分の遠近感がおかしくなってしまうほど、巨大であることを示していた。

 

「あれが、第3統合艦隊・・・・・」

 

翔鶴が畏怖とも驚嘆とも判断に困る抑揚を抑えた声で、眼前と多機能レーダーで存在感を発揮している艦隊の名を呟く。

 

深海棲艦との戦闘により通常戦力の過半を失うに至った瑞穂海軍が再建構想として掲げた『四・四艦隊計画』。その計画に基づいて建造・新設された艦隊の1つが、呉を母港とする第3統合艦隊である。軽空母1隻、戦艦1隻、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦2隻の計8隻より構成された瑞穂史上初の空母機動部隊。

 

 

瑞穂海軍ひいては瑞穂国の威信と誇りを一身に受けた最新鋭艦隊が、みずづきたちの前に姿を現したのだ。

 

「ん?」

 

あまりの威風堂々ぶりに言葉を失っていると、単縦陣で航行する艦隊の中央から発光信号とぼしき光の点滅がなされる。慌てて脳内変換を試みるが、赤城が一足早く翻訳してくれた。

 

「我、第3統合艦隊旗艦、出穂(いずほ)。貴隊に邂逅し得た幸運に感激す。これよりの貴隊の行動は如何なる・・・・・や?」

 

一拍置いてからの疑問形。電文自体は理解できたものの、第3統合艦隊司令部の意図が掴めない。

 

「どういうことかしら?」

「とりあえず、港に向かっていることを言ってみたらどうだ? いくらこっちが考えたところで八方ふさがりだしよ」

「何言ってんのよ。意図が掴めていない状態で返答なんて、失礼もいいところじゃない。真意が分かりません、もう一度言ってくださいって返答してみたら?」

 

摩耶に食って掛かる曙。しかし、即座に摩耶が飛んできたボールを打ち返す。

 

「それこそ、失礼だろう」

「例えよ、例え!! それに聞いたところ、向こうの司令部はガチガチ石頭の軍人って感じじゃなさそうだし」

「それは、まぁ・・・・」

 

榛名が苦笑気味に同意する。みずづきとしてもそれには同意だ。曙曰くガチガチ石頭ならそもそも艦娘部隊と遭遇しただけで発光信号を寄こしたりはしない。第3統合艦隊司令部はユーモアのある軍人たちが集まっているのではないだろうか。

 

「あ、あの・・・」

 

ああだこうだと主に曙と摩耶の間で白熱した議論が交わされる中、あることに気付いた。最も早く反応したのは赤城だった。

 

「どうしたの? みずづきさん」

「もしかしら、第3統合艦隊は私たちと同じように硫黄島港に入港したいんじゃないかと」

「あっ」

「肉眼だと微妙に分からないんですが、レーダーで見るとわずかに硫黄島方向へ転舵をしています。私たちが港を目指して直進した場合、お互いの進路が交差します。接触の危険性を鑑みて、確認の電文を打ったんだと思います」

 

一気に静まり返る無線。あれほど言い合っていた摩耶・曙両名もおとなしいものだ。硫黄島港には第3統合艦隊所属の軍艦を1隻であろうとも接舷させる能力はない。統合艦隊に配備されている軍艦は駆逐艦ですら2000トンを超えるのだ。しかし、沿岸から少し離れた場所ならば水深も十分にあり海流も安定しているため錨を下ろせば停泊可能。また、小型ボートを使えば硫黄島への行き来も比較的自由に行える。

 

「みずづきさんの言う通りね。すぐに硫黄島港へ入港する旨を伝えます。ありがとうね」

 

赤城からの感謝の言葉。全く予想外だったため、反射的に謙遜する。

 

「いえいえ、とんでもないです! 私も今は第一機動艦隊所属ですから」

 

「ふふっ」という微笑が聞こえた後、赤城から第3統合艦隊旗艦「出穂」に向け発光信号がなされる。しばらくすると、再び「出穂」から発光信号。今度は赤城が翻訳をしてくれなかったので、自力で脳内変換を行ったが短い電文だったため容易に理解することができた。

 

“了解。当艦隊も硫黄島港へ停泊予定。貴艦隊と並走す。間隔に注意されたし”

 

並走。いくら距離があるとはいえ、空母機動部隊と並走する機会はそうそうあるものではない。硫黄島を正面に左舷側を空母機動部隊が航行する光景はまさに圧巻だった。

 

「すごい・・・・・。これは、すごい・・・」

 

思わず、そのような感想が漏れてしまう。9月上旬、横須賀に第一統合艦隊が配備された関係から『四・四艦隊計画』の申し子たちを初めて見ると言うわけではなかった。だが、基地内から停泊している姿を見るのと海水をかき分け、海上を疾走する姿を間近で見るのとでは全く感慨が異なる。

 

第3統合艦隊は第3機動隊と第7機動隊の2個機動隊で編成され、それぞれに4隻が所属している。第3機動隊は高千穂(たかちほ)型軽空母3番艦の「出穂(いずほ)」に司令部を置き、伊吹(いぶき)型重巡洋艦3番艦「鞍馬(くらま)」、信濃(しなの)型軽巡洋艦3番艦「富士(ふじ)」、海月(うみつき)型駆逐艦8番艦「佳月(よしつき)」で構成。第7機動隊は薩摩(さつま)型戦艦3番艦「紀伊(きい)」、阿蘇(あそ)型重巡洋艦3番艦「十勝(とかち)」、信濃型軽巡洋艦7番艦「筑後(ちくご)」、泡雪(あわゆき)型駆逐艦3番艦「米雪(こめゆき)」で構成。

 

みずづきが見渡せる範囲にはちょうど軽空母「出穂」が所属する第3機動隊が航行しており、なんという幸運か真横に「出穂」が航行していた。現在、両艦隊は東南東方向に航行しており、夕日は背中にあたる形となったため、船体をよく観察することができた。

 

他の軍艦とは素人でも判別がつく、艦首から艦尾までを貫いた飛行甲板を有する船体。側面に張り付くようにして、機関銃や機関砲が天を睨み、ついでと言わんばかりに窮屈そうな艦橋が甲板に乗っている。飛行甲板には数機の航空機が駐機されている。艦上戦闘機なのか艦上偵察機なのか、はたまた艦上爆撃機や艦上攻撃機なのか判別はつけられなかった。瑞穂海軍は艦船の塗装色に黒を使用していたが、第3統合艦隊の艦船は全艦、海上国防軍やアメリカ海軍同様灰色系の塗装となっている。

 

「それにしても、大きい・・・・。この船、“いずも”と同じぐらいの大きさじゃないの?」

 

みずづきの推測は惜しかった。「出穂」を含む高千穂型軽空母は基準排水量15900トンで、全長は227.5m、乗員は約1100名、常用機54機と保用機18機の計72機を運用可能な空母である。海上自衛隊にかつて配備されていたいずも型護衛艦と比べれば船体は一回り小さいが、大日本帝国海軍に所属していた正規空母「蒼龍」とほぼ同じ大きさ・搭載能力を誇っている。というか高千穂型軽空母は「蒼龍」をモデルに建造されているのだ。「軽空母」という分類は明らかに名ばかりだった。

 

「その前方には海月型駆逐艦、後方には・・・・戦艦」

 

思わず身震いしてしまう。みずづきが視界に収めた軍艦は「紀伊」。薩摩型戦艦の3番艦で排水量は32000トン。全長は222m、乗員は約1300名。武装は35.6cm連装砲4基、12.7cm連装高角砲8基に加え、対深海棲艦戦闘の教訓を取り入れ40mm四連装機関砲6基24門と多数の機銃を装備。対空戦闘能力の向上を図っている。カタパルトも2基設置されているため、水上機の運用も可能となっている。

 

「こっちもデカい・・・・」

 

正真正銘の「戦艦」。日本世界では時代の趨勢により消え去ったかつての海軍の象徴。決して見られないと思っていた存在が今、目の前にいる。その迫力はいかな3Dを駆使した映画、CGを駆使したVRとはいえ、比較することもおこがましいほどのものだ。

 

あまりにも右へ左へ首を酷使しすぎたためだろうか。なんだが首が痛くなってきた。だからなのか。

 

みずづきは摩耶や曙がいる第一機動艦隊の不気味な静寂に最後まで気付かなかった。

 

「いてて・・・・。どれもこれも大きい船ばかり。駆逐艦でも艦娘より遥かに大きいから、仕方ないか。それにしても・・」

「随分と物珍しいようね」

「うわぁ!?」

 

突然、耳元で妙に明るい曙の声が聞こえた。仰天するみずづきだが、その正体はただの無線機であった。あまりの興奮ぶりに無線機の存在を忘れていた。

 

そのことに情けなくなってくるが、曙の押し殺したような笑い声が羞恥心を刺激する。

(も・・・もしかして・・・)

とある可能性が頭をよぎる。今も無線機でやりとりできてるとおり、第一機動艦隊は常につながっていた。

 

「もう、独り言のレベルじゃなかったな」

「うっ・・・・・・・・・・」

 

興奮のあまり紡がれてしまったみずづきの独り言は独り言ではなかったことが摩耶によって明らかにされてしまった。続く、笑い声。身体が熱くなってくる。

 

「これはその・・・。そう! そう・・・独り言では・・・」

 

と、醜態を少しでも緩和するため、反論を試みる。しかし。

 

「いいじゃねぇか、いいんじゃねぇか」

 

聞けば笑顔だと即断できる朗らかさを醸し出しながら、同情や激励とは異なる色彩を帯びた声の前に何も言えなくなってしまった。

 

「私もその気持ちは分かるし、なにより昔は私もこうだったからな。・・・・・・・・しっかり、目に焼き付けとけよ、みずづき。今、私たちは戦争をしているんだからな」

 

その言葉を境に景色が変わった。

 

世の中の万物に永遠はない。それをみずづきは身に染みて、知っていた。自国を守るために他国や他者の物を破壊し、人や命あるものを殺傷するが故に、他国や他者から破壊され、殺傷されるリスクを負う兵器ならなおさら。

 

事実、眼前を航行している第3統合艦隊の姉妹艦隊である第2統合艦隊は、大宮鎮守府の天城旗下第3機動艦隊、瑞穂陸軍海上機動師団第1海上機動旅団第1機動大隊約1400名を基幹とする木下支隊約2100名を乗せた数隻の輸送艦と南鳥島攻略部隊を編成。2027年より深海棲艦の手に落ちている瑞穂固有の領土を奪取するため、今まさに南鳥島に向かっていた。

 

南鳥島は瑞穂本土より遥か東方に位置しているため夜明けが早く、本土ではまだ薄暗い明朝に攻撃が開始され、正午すぎに強襲上陸が行われる予定である。事前の偵察では小規模な部隊の駐留しか確認されていなかったため、損害は少なく済むとの見方が支配的だった。

 

今回の南鳥島攻略。2027年に占領され、戦局が好転したにもかかわらず放置されていた絶海の孤島が今になって攻略対象となった背景には当然、房総半島沖海戦と次作戦が隠れていた。

 

眼前の第3統合艦隊もまだ新参者とはいえ、すぐに実戦へ赴く日がやってくる。このようなことを考えること自体、縁起が悪いのかもしれないが、もう2度と彼女たちの勇姿を見られない可能性もあった。

 

 

水平線の奥から覗いてくる、夕日によって赤く染め上げられた島。これからあの「硫黄島」に上陸だ。




うっとうしいと思われた方もいるかもしれませんが、一応第3統合艦隊の全艦艇にふりがなをふらせていただきました。

筆者自身も艦の名前を探している時に読めたけどあっているのか自信がない名前、佳月(よしつき)とか・・があったので念のため。

作中はまだ秋ですが、現実はもう冬本番です。秋イベも残すところあとわずか。みなさんも体調管理を万全に。

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