水面に映る月   作:金づち水兵

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本作の更新は滞りなくすすめて参ります!

って、言ったそばからなんかヤバくなってきた。リアルめチクショー!
艦これやる時間すら、ないじゃないですか・・・・・。

今回は作者自身の都合により、誤字脱字が多くなっている可能性があります。校閲はしたのですが、眠たくて眠たくて・・・。


61話 雨はいつか止む

真っ暗な世界。一筋の光もなければ、些細な音もない。高さも奥行きも、周囲に起伏があるのかさえ分からない。

 

全てを失ってしまった世界でもただ1つだけ、感じられるものがあった。「音」と表現するにはあまりに激情の籠った声。

 

もう何もかも終わってしまったにも関わらず、それだけが聞こえてきた。

 

「撤退はあり得ない!!! 死守せよ! 死守せよぉぉぉ!!!!」

「アメ公風情が!!!」

「むがっ!? はっ・・・、あ・・・ああ・・・・・」

「中尉!! しっかり気を持ってください!! 中尉! 中尉ぃぃぃぃ!!!」

「こ・・・こんな・・ので・・・、勝てるわけないだろうが!!」

「弾がない! 弾がない!!!!」

「っ!? しりゅう・・だ・・・」

「あああああ!!!! 助けて!! 助けて!! 体にひが!! 火がぁぁぁぁ!! 熱い!!! きえない、きあ・・・・」

「頼む・・・・・・頼む・・・・・。・・・・・殺してくれ・・・・」

「この軟弱者が!!! それでも帝国海軍軍人か!! あん!? ・・・・・・村に帰るって・・・、嫁さんに会うんだって・・・・・、てめぇ・・・・言ってたじゃねぇかよ・・・」

「帰りたい! 帰りたい!! 帰りたいです・・・・分隊長・・・・。日本に・・・・・・・・・・。日本にっ」

 

 

『兎おーいし彼の山・・小鮒つーりし彼の川・・夢は今もめーぐーりーて・・忘れがーたき故郷・・・・っ。如何にいーます・・ちちは・・はっ・・・っ。・・・・』

「諸君、これまでの献身、感謝に耐えない。・・・・・・・ここでは今生の別れだが、なに・・・また、靖国で会おう!」

 

「天皇ぉぉぉ陛下ぁぁ、バンザァァァァァァァイ!!!!!」

「大日本帝国、バンザァァァァァァァイ!!!!!」

 

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ、んっ!  はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ!! うう・・・ずっ、あう・・・・うううう、うう・・・・・。お母さんっ。・・・・・・・・・・・・・・・んんっ!!!」

 

バァンッ!!

 

 

 

 

「んっはっ!!  はぁはぁはぁはぁはぁはぁ・・・・・・・・・」

 

何かの炸裂音が引き金となり、ただただ真っ暗闇だった世界が感覚と色彩に溢れる現在の居場所に打ち負けた。

 

光彩がパニック寸前となる光量に、寝ぼけている鼓膜の許容範囲ぎりぎりの振動に、感覚神経が大忙しの触覚。「無」の世界からの突然の変化に戸惑いながら、ひとえに感覚と呼ばれる情報を集計し把握する。

 

眼前には下着が露出する一歩手前までめくれ上がったスカートをはいた自分の下半身があった。どうやら、本当に飛び起きたらしい。上半身が起き上がっている感覚は本物だった。

 

夢ではない。そう、夢ではない。

 

「・・・・・・・また」

 

先ほどまでが夢だったのだ。

 

「いつっ!」

 

暑さと疲労で弱っている脳にむち打ち記憶を甦らせようとすると、電気でしびれたような鈍痛が駆け抜ける。そこまで負担が大きいなら見せなくて良いものを。

 

誰も、人が死ぬ時の声など、死神の鎌を首にかけられている者の声など聴きたくないのだから。

 

この身が鋼鉄の無機物から、人間と同じように血液の通う有機物になってから、幾度となく見てきた夢。何も見えない。ただ、声が聞こえるだけの夢。最初は聞こえる声が誰のものなのか、どうしてこのような夢を見るのか分からなかった。

 

しかし、他の艦娘の伝聞と自らの調査で知った残酷な事実が、その正体を暴いた。

 

あれは常に苦楽と行動を共にし、最後までこの身を愛して誇りに思ってくれていたかけがえのない人たちの・・・・・・・最期もしくは命を散らす直前の声だった。

 

無数に聞こえる声の内、決して1つたりとも同じものはない。どれもそれぞれの激情が込められていて、様々な想いが内包されていた。

 

だからこそ、その声とその声を発している人たちの顔と思い出がつながるからこそ、心に突き刺さった。

 

「・・・・・・・・・・・・・はぁ」

 

更なる痛みを覚悟の上で頭を左右に振り、自身の下半身からベッドの外へ視線を向ける。部屋には誰もいない。隣の部屋や2階からの物音もなく、静寂そのものだ。時刻はあと数分で18時というところ。最後に時計を見てから2時間ほどが経過していた。窓から外を見ると、雨を降らせている灰色の雲に赤みが加わっている。雨脚は相変わらずだ。

 

「・・・・・・・・・・・・・・」

 

窓に張り付いた雨粒を見ていると、脳裏に橙野で行われた話し合いが甦る。だが、如何せんベッドの中は狭い。このような閉鎖空間ではどうしても物事を否定的に捉えてしまう。それが嫌だった。

 

特段の行先もなくベッドを降り、引き戸を引く。

 

「ん? 誰かいる・・・・」

 

部屋の中では一切感じなかった人の気配。廊下に出た瞬間、雨音に紛れて漂ってきた。発生源は居間だ。抜き足差し足で近づき、開け放たれた扉から中をのぞき込む。だが、それは単なる徒労で終わった。

 

「よ! 人肌が恋しくなったのか? 曙にしては珍しい」

 

ここ艦娘寮に充満する空気とは正反対の快活な声。こちらの努力をあざ笑うかのように深雪が微笑みかけてくる。

 

居間には吹雪・白雪・初雪・深雪の4姉妹が各々の姿勢で座卓の周囲に座り、窓越しに鬱屈な空模様を眺めていた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「なんか食べる? お煎餅とか饅頭とかあるけど」

「・・・・いい、遠慮しておく」

 

吹雪が蓋の開け放たれた菓子箱からいくつかのお菓子を示してくる。甘味の前に理性が崩壊するほど空腹に悩まされているわけでもなかったので、断った。「こっちに来いよ」という深雪の誘いで目的地を決めてからしばらく。いつも沸き起こっている喧騒とはかけ離れた静けさにも関わらず、完全な静寂に飲み込まれていない断続的に会話が続く空間。

 

深雪は畳に寝ころびながらカードゲームの解説本を眺め、初雪は座卓に突っ伏し、白雪は曙に背を向け窓の外に視線を送っている。隣に座っている吹雪は菓子箱の中に入っている菓子の種類を集計していた。

 

確かに彼女たちも雰囲気は沈んでいる。吹雪たち4姉妹が同一空間に集合してここまで静かな事態は通常あり得ない。必ず誰かが口を開き、会話は途切れなくいつまでも続く。日常の姿を知っているが故に具体的な異変を捉えることができた。しかし、彼女たちは非日常に飲み込まれながら、日常を捨て去ってなどいなかった。曙が見る限り、これを維持できている艦娘は吹雪たちだけだった。

 

それが分かった瞬間、思わずつぶやいてしまった。

 

「強いのね、吹雪たちは・・・・・・・」

 

吹雪たちがみずづきの抱えている真実に勘付きながら黙っていたことは正直頭に来ている。しかし、長門に言われた通り、自分が他人されて最も嫌う行為を自分自身もしていたことは紛れもない事実だった。この時点で曙に吹雪たちを責める資格はない

 

なぜ、隠したのか。

ここまでのことだとは想像していなかった。これが最大の理由であることは認めざるを得ない。みずづきの様子から不穏な気配を感じつつも、故郷を地獄に追いやったあの戦争を上回る惨状に陥っているなど、考えたことすらなかった。もしかしたら、考えないようにしていたのかもしれない。

 

もしそうならば、あの戦争で命を散らせた幾万の人々、自分を大切に思い無念の内に死んでいったであろうあの人たちの犠牲が無駄になると思えてならなかったから。

 

こんなわが身が吹雪たちや陽炎の立場に立った時、同じ振る舞いを取れるかどうか。曙には「できない」という確信があった。みずづきの支えになることも、他の艦娘たちに寄り添うこともできない。ましてや日常の継続などできやしない。ショックを受けながら、今のみずづきの如くベッドの肥やしになるのが関の山だろう。それを自覚してようやく陽炎や吹雪、そして長門たちの気遣いが分かったのだから、つくづく自分が嫌になる。

 

彼女たちが黙っていた理由。そして、みずづきが黙っていた理由。他人の痛みが分かり、その痛みを与えまいという優しさを持つ彼女たちだからこそ、曙は大切に想っていたのだ。

 

「そんなこと、ないよ・・・・・」

 

吹雪が弱々しく菓子を数えていた腕を座卓の上に力なく置く。彼女の横顔を覗きこんだ瞬間、思わず息をのんだ。吹雪は今にも泣き出しそうに顔を歪めていた。

 

「そうそう。俺たちだって、相当堪えてるんだぜ?」

 

本から視線をこちらに移した深雪が捕捉する。

 

「勘付いてたって言っても、大まかにしか分からなかったからな。陽炎や曙と同じように、21世紀になっても人間同士で戦争をして、化け物どもに食い荒らされているなんて、想像の上。・・・・・・・・完全に上だった」

 

時折笑顔も見られたが、最後の言葉は完全な真顔で喉から絞り出された。深雪は艦娘の中であの戦争を知らない唯一の駆逐艦だ。しかし、彼女とて日本と中国の戦争は知っているし、祖国の平和と安寧を担っていた栄えある大日本帝国海軍の駆逐艦。何も思わない、という薄情さは皆無だった。

 

「2350万人・・・・。大東亜戦争の犠牲者が約300万人だから約6倍。これに第二次日中戦争とかで死んだ人たちが・・・・・・・」

 

突っ伏したままの初雪が髪の毛を揺らす。表情はここからでは見えない。そこまで言って、深雪は言葉を封印した。

 

「そりゃ、こうなるよな」

 

寂し気に笑いながら、静まり返った廊下に視線が向けられる。そこに人の気配はない。いつもの活気は・・・・ない。

 

「でもよ」

 

これまでと一転。固く熱い信念が漏れ出る口調。曙は思わず深雪を見た。口調と同調した艦娘寮と雨脚由来の憂鬱さを容易に吹き飛ばす、真剣な表情。

 

「いくら残酷だろうともう決まっちまった未来、現実なんだよ。それをとやかくいうのはなんか違うと思うぜ」

 

深雪のいうことは分かる。それでも。あれだけの犠牲を払ったのだ。日本は戦後、あの戦争の教訓を生かし平和を何よりも尊ぶようになった。他国に軍事的介入を行うこともなくなった。それでも結局、戦争の惨禍は再び日本を覆い尽くした。もう少しまともな未来があったのでないかと悔やんでしまう。

 

「・・・・・あの未来も、あの時までと同じ」

 

初雪が顔を上げることなく、そう言った。

 

「・・・・同じ?」

 

発言の真意が分からず聞き返す。あの時までとは戦争を生き残り、その後の世界を直に見つめた艦娘たちが伝えてくれた「日本が平和だった」頃のことだ。初雪は自分たちが拠り所としていた未来と決して容認し得ない悲惨な未来が同じだと言った。渦中の彼女は無反応。代わりというように白雪が窓に視線を向けたまま答えた。

 

「響ちゃんが教えてくれた日本。そして、みずづきさんがいた日本。あまりに対照的でその差につい目がいっちゃうけど・・・・・。どちらもその時を生きている人たちが一生懸命よりよい未来に向けて今日を、明日を歩んで成し遂げた結果。それが平和とか幸福じゃなくても、本質的には同じこと。私たちの犠牲は、あの人たちの・・・・っ」

 

俯く白雪。吹雪が駆けよろうと立ち上がるが、こちらへ振り向いた彼女に制止される。

 

()()()で殺された人たちの犠牲は、無念は日本が苦難に負けず、未来を切り開いていく一助になってる。決してっ! 無駄なんかじゃないっ」

 

ぎこちない笑みを浮かべながら一筋の涙を流す白雪。曙と同じか、ある意味こちら以上に残酷な仕打ちを受けた彼女の言葉。そして初めて聞いた白雪自身の過去が織り交ぜられた言葉は重い一撃となって胸に染み込んでいく。

 

 

正直、はっとさせられた。

 

 

白雪はしっかりと自身の心にけりをつけていた。それに比べて自分はどうか。

 

「曙ちゃん?」

「・・・・・なによ」

 

吹雪が名前を呼ぶ。一直線に2つの瞳を射貫いてきた。

 

「曙ちゃんはみずづきさんをこれまで見てきたよね?」

「ええ・・・・そうね」

「みずづきさんは紛れもない日本人なんだよ? 私たちと一緒に奮戦した乗組員さんたちの子孫なんだよ? あれほどの逆境を受けてもみずづきさんはみずづきさんになった。みずづきさんをみずづきさんにしたのは、今の日本。・・・・・・私たちと乗組員たち、そしてあの戦争で、外国で、日本で死んでいった数え切れないの人たちの死をなんとも思わない、顧みることすらしない人たちがそんな日本を作れるわけないよ。だから、あの未来には・・・・・」

 

吹雪はそこで意識的に口を閉ざす。あとは自分で考えろというように。いつもなら、吹雪の態度に突っかかっていただろうが、今回ばかりは素直に従うことにした。

 

吹雪はみずづきを優しい人間と位置付けている。それに異議はない。昨日は彼女の人格評価を根底から覆しかねない一件があったものの、それも一方的に非難できない理由がきちんとあった。周囲の人間を心の底から侮蔑した言動ではない。もしそれを成すようなクズなら、来て早々に真実を語っていただろうし、語っても平然としているだろうし、“自分に不利益を被らせたこと”に起因する恨みではなく、“他人に不利益を被らせた”ことに起因する恨みで敵を殺そうとはしない。それに自分自身に対していかなる状況に陥ろうとも“自己嫌悪”には至らないだろう。

 

他人を常に想い、謙虚で現実をしっかりと受け止める。だからこそ曙はみずづきに心を許した。

 

そんなみずづきが生まれて、生きてきた場所は現代の日本だ。みずづきを見ていれば分かる。今の日本は、外見は時代の進歩や理不尽な現実で様変わりしているかもしれないが、中身はあの頃と変わらない。あの戦争で理想論では拭えない様々なものを思い知ったにも関わらず変わらない。それどころか世界の非情さに屈することなく、歩み続けている。

 

その事実が、曙にこの確信を抱かせた。

 

彼らが愛した日本は、まだある。そして、彼らの犠牲が彼らの愛した日本を持続させる原動力の一部になっている。吹雪たちにそれを気付かされた。彼らの犠牲は2033年でも意味はある、と。

 

そんな日本を2033年時点だけで判断し、否定すればあの人たちはなんというだろうか。あの人たちは子孫たちを愚弄するほど性根は腐っていない。受け止めるという確信はあった。

 

ならば13年間、あの人たちと共に大海原を駆け抜け、崇高な使命を果たすために共に努力し、最後は戦争で散った1人として、彼らの意思を代弁しなければならないのは当然だろう。

 

あの人たちの最期は今でも納得できない。だが、納得できないために未来へ厳しい視線を向ける行為はただの八つ当たりだ。今まで知山や潮、周囲の艦娘たちに散々八つ当たりしてきたため分かる。

 

「ちょっと、感情的になりすぎてたのかな・・・・・」

 

心を覆っていたどす黒い雲が消え、爽やかな日光に温められたすがすがしい風が疾走していく感覚。それに浸っているとついここではない空間と時間を超越した場所に言葉が向かってしまう。反応は当然帰ってこない。そして、今まで散々呻いていた自分自身もおとなしいものだった。

 

吹雪たちと顔を見合わせると、こちらに向かって優しく微笑んだ。

 

“頑張ったね”

 

そう視線で伝えているような気がした。曙も評判ほど捻くれた艦娘ではない。ただ直球で伝えると癪なため、少々の癖球で一連の謝意を伝えた。

 

「やっぱり、あんたたちは強いわね。同じ特型駆逐艦であることを誇りに思うわ・・・少しだけ」

「またまた~~~~。ほんと、曙は素直じゃねぇな~~~」

 

起き上がった深雪が胸のマグマを容赦なく刺激する笑顔でからかってくる。

 

「・・・・気持ちを言った素直な言葉を・・・・。ふん!」

 

そっぽを向けた瞬間、失笑が居間を覆った。

 

「あ。それからだな曙。受け入れたからってむやみやたらに行動するなよ」

 

深雪が真顔で忠告してくる。

 

「は? なんでよ?」

 

陽炎と共にみずづきの回復に手を尽くそうと考えていただけに口調が荒くなる。「その気持ちは否定しないが」と深雪。

 

「まぁ待てよ。俺たちは駆逐艦。今回の役者は俺たちじゃない。ここは縁の下の力持ちと行こうぜ」

 

そう言いながら深雪は扉の向こう。一機艦メンバーが使用している部屋を指さす。その2つには誰もいない。赤城は橙野で解散後、加賀と瑞鶴を連れだってどこかへ行ってしまった。

 

そこで1つの可能性が閃いた。即座に深雪を見る。彼女は不敵に笑っていた。

 

「赤城さんたちは俺たちより図太いぜ。心も体も」

「体は余計。・・・・・聞かれたら爆撃される」

「ぶっ!!」

 

深雪と初雪の初歩的なやりとりについ吹き出してしまった。しかし、彼女の言う通りでもある。

 

これまでの反省も込めて、大人しくしているのもいいかもしれない。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「雨、止まないわね」

「そう・・・・・・・ですね」

 

日が落ち、闇が支配する世界になっても止まない雨。窓から見える横須賀の街並みはガラス表面についた雨粒によって歪み、子供の落書帳のようになっている。だが、歪んでも屈折しても人の営みを遮断することはない。ヘッドライトを照らし道路を走る無数の自動車。それを見ていると雨の音に紛れて、街の声が聞こえてくるような気がする。

 

「できたわ。どうぞ」

「ああ! ありがとうございます! いつもすみません。加賀さんたちだって、その、お忙しいのに」

「何言ってるのよ、翔鶴姉。そこの人は暇で暇でしかたがないの」

 

包丁で皮を剥き、適度な大きさに切り分けたリンゴを目の前で横になっている翔鶴に渡す。もちろんお皿に盛って、つまようじ付きだ。彼女は謙遜しているが嬉しいようでほほが赤く染まっている。雪のように自然で落ち着いた白い肌に、髪。着ている服は若干緑がかった色をしているが布団や枕も白色のため、ほのかな赤が赤自身も白も引き立てる。自分にはないその奥ゆかしい美しさについ目を奪われてしまうが、隣で何もせず沈黙を痛々しいものにしていた彼女の言葉に正気を取り戻す。

 

頭に来たため睨み付けるが、本人はどこ吹く風。

 

「もう瑞鶴ったら、いい加減にしなさい!」

「りんご、あげないわよ」

「っ!? ほら、こうだもん。人を子供扱いして!」

 

冗談で瑞鶴が座っている位置から彼女の分を遠ざけてみる。あからさまに元気をなくす自慢のツインテール。同時に翔鶴とは対照的に品性のかけらもなくほほを怒りで染める。欲しいなら欲しいと言えばいいのだが。

 

「なに? 暇って言ったことが勘に触った? だって事実じゃない! 昨日だってずっと寮にいて、今日だって弓を触らずに、外を見てばっか・・・」

「瑞鶴!」

 

怒気を含んだ叫び声。翔鶴は睨みながら瑞鶴に視線で謝罪を促している。「いい」というのだが、聞いてくれない。病床の姉に怒られかなり凹んでいるが瑞鶴は瑞鶴だ。視線が交差した途端、反攻的にそっぽを向く。「はぁ~」と翔鶴のため息。

 

「ふふふっ。相変わらずでなによりだわ」

「ほんとですね、榛名、安心しました」

「私もです」

 

翔鶴が横になっているベッドの対面。そこにある別のベッドで横になっている翔鶴と潮。そして2人の間で、もはや常設となっている椅子に座る赤城がくすくすと微笑んでいる。あくまでも自然な笑みにほほが赤くなるのを感じる。目の前の2人を見ると、同じようにほほを赤らめている。

 

「3人も、どうぞ」

 

翔鶴のベッド脇にある椅子から立ち上がり、その後ろのテーブルに置いてあった調理済みのリンゴを持っていく。「すみません」と翔鶴のように頭を下げつつ、榛名と潮は受け取ってくれた。しかし・・・・・・。

 

「あ、ごめんなさい加賀さん。私、お腹いっぱいで・・・誰か欲しい人にあげて。せっかく剥いてくれたのに」

 

まただ。一瞬で和やかだった部屋の空気が重くなるが、赤城を除くメンバーたちの暗黙の了解でなんとか持ち直す。彼女たちが震える喉に力をくれた。声が裏返りそうになるものの、土壇場で回避。

 

「そうですか。気にしないでください。でも、もしお腹が減ったら遠慮なく」

「ああ! もしかして加賀さん、私の言葉、信用してませんね」

「信用は積み重ねが大事です」

 

一気に笑顔が巻き起こる。翔鶴も、そして先ほどまでハリセンボンのように頬を膨らませていた瑞鶴も、だ。ひとしきり笑顔が飛び交うと再び沈黙が訪れる。窓へ雨粒が打ちつける音。りんごを頬張る「シャリシャリ」という軽快な音。その2つだけが室内を支配する。ベッドが3つずつ2列に並んだ、一般的な6人部屋にも関わらず、その音が支配権を握るとはなんとも不思議な気分だ。

 

「加賀さん」

 

お皿に乗っていた4切れのリンゴを全て食べ終わると、翔鶴が先ほどとは打って変わって真剣な表情を浮かべる。これからどんな話題を話そうとしているのか。すぐに分かった。自然と姿勢が正される。瑞鶴は皿に乗っているリンゴに視線を固定していた。

 

「どうでしたか?」

 

主語の無い問いかけ。戦場では鉄拳制裁をくらっても文句のつけようがない失態だが、ここは病室。そして、これは日常会話。主語がなくとも言いたいことは理解可能だ。

 

「やっぱり、陽炎は知っていたわ。例の事」

「そう、ですか・・・・・・」

「なんでも、第3水雷戦隊が那覇への船団護衛任務中に知ったんだってさ。黒潮とか夜戦バカとは、よく気付かなかったわね。私なら絶対・・・・」

 

「気付くのにな・・・・・」。そう小さく消え入りそうな声量で呟く瑞鶴だが、ばっちりと聞こえている。おそらく赤城たちも・・・・。顔に影を作り、下半身を覆っている掛け布団に視線を縫い付ける翔鶴。その顔を見るたびに、橙野解散後の一悶着が脳裏によぎった。

 

 

――――

 

 

「なんで、翔鶴姉に教えたのよ。しかも、私に断りもなく、勝手に。これは金剛の独断、それとも・・・・・」

 

いつもと異なり、こちらを容赦なく睨みつけてくる瑞鶴。そこには本気の怒りが含有され、不器用ながら醸し出していた控えめな雰囲気は皆無だった。

 

「ま、待ってくだサーイ! 加賀は何も・・」

「じゃあ、吹雪?」

「い、いえ・・・・、私は・・・・・」

「・・・・ばれたのよ」

「は?」

 

仲間に詰め寄る瑞鶴も、瑞鶴に詰め寄られる吹雪たちも憐れに思え、瑞鶴を落ち着かせてから言うつもりだった事実を早々に告げる。「なんで言ったんデスカ!」と金剛が視線で叱責してくるが、これしか方法はない。このまま引き延ばせば取り返しのつかないことになるのは明白だった。

 

「ばれたのよ。今朝、お見舞いに行ったときに」

「ちょ、ちょっと待ってよ! そこには私もいたじゃない! いつ・・・いつ話したのよ!」

「あんた、院長と話をするため、一足早く退室したでしょ?」

「!? まさか、その時に・・・・・」

「翔鶴は気を遣ってたんデスヨ。最初からこちらがただならぬ状態であることは分かったそうデスケド、瑞鶴を傷つけるかもしれないから聞けないって・・・・・。ごめんなさい、瑞鶴。勝手なことして」

「私からも・・・・。ごめんなさい。もっと早く言うべきだったわ」

「いや、その・・・・・・」

 

2人同時に頭を下げられ対応の仕方が分からなかったのだろう。素で挙動不審になった彼女は、横須賀市街を歩いている普通の少女のようだった。

 

 

――――――

 

 

「ごめんね。翔鶴姉。それに榛名や潮も・・・・」

「ど、どうしたの瑞鶴? 急に・・・」

 

唐突に謝り出した瑞鶴。翔鶴の問いかけは全員共通の疑問だった。

 

「今朝お見舞いしに来たときに、隠し通そうとして・・・・。あれ、私がお願いしたの。加賀さんと赤城さんと、吹雪たちに・・・・・」

 

そう。隠し通せるものではないから開口一番説明した方がいいという加賀たちに対し、瑞鶴が強硬に「沈黙」を主張したのだ。翔鶴たちが退院してから言うべきだ、と。しかし、翔鶴たちの退院は昨日の予定であったにも関わらず暫定的に1週間延期されていた。なんでも現在の鎮守府の状況を加味した百石の判断らしい。今、帰したところで同じように寝込むだけ。なら、医師や看護師が24時間で対応可能な病院にいた方が安全と見たのだろう。これは瑞鶴も知っており、事実上その主張は「先延ばし」を意味していた。議論は紛糾し、赤城の仲立ちで瑞鶴の主張が取り入れられたのだが、結局は水泡に帰してしまった。

 

「そうだったの? でもなんで、今・・・・・。別に謝らなくていいのよ? 私も榛名さんも潮さんも怒ってなんて・・・・」

「そうよ、瑞鶴。翔鶴の言う通り」

「そうです、そうです。私、全く気にしてませんから・・・」

「私もそういう立場、だったから・・・」

「え?」

 

自嘲気味な乾ききった笑み。瑞鶴以外の全員が顔を見合わせる。だが、なんとなく言いたいことは分かるような気がした。

 

「今日橙野でいろいろなことを話しあった。みずづきの過去にも驚いたけど、みんなが・・・・・加賀さんや赤城さんや吹雪たちが、私に内緒でいろいろ勘ぐっていたことは、正直・・・・かなりきた」

 

悲しそうな表情。それを見ただけでこの大地の重力が変化したかのように体が重くなる。

 

「でも、内緒にしなきゃって気持ちは分かった。みんな私や何も知らない子のことを考えていたからこそ、黙っていたんだって・・・・・・・」

「瑞鶴さん・・・・・」

 

思わず、名前を呼んでしまった。

 

「嬉しかった。嬉しかったけど・・・・・やっぱり、言ってほしかった。だって、仲間なんだもん! 大切な、大切な・・・・」

 

潤んだ瞳でこちらを見てくる。黙っていた理由はたくさんあった。軍人のように、話せば動揺が広がり効率的な作戦行動が行えなくなるという打算もあれば、仲間に不安を、恐怖を抱かせたくないという感情もあった。打算と感情。どちらが大きかったと言えば、感情だ。感情があったからこそ、打算が導き出された。それらに疑問を抱いたことは何度かあったが、「これが最善」と飲み込んできた。

 

しかし・・・・・・・。

 

目の前の涙を見てしまえば、もう「最善」とは思えない。

 

「だから・・・・・。ごめん。翔鶴姉たちも本当は言ってほしかったよね・・・・」

「瑞鶴・・・・」

「え・・・・・」

 

そっと優しく瑞鶴を包み込む翔鶴。瞬くを繰り返す目。姉に抱き寄せられていると瞬時に分からなかったようだ。

 

「しょ、翔鶴姉・・・・」

「謝らなくて、いいのよ」

「でも・・・」

「確かに、少し寂しかったけど。あなたが私たちを想ってくれている気持ちは十分に伝わったから・・・」

 

静かに微笑む榛名と潮。無言で翔鶴に同意を示していた。

 

「それに、私もきっと同じような行動を取ったと思うわ。・・・・・事が事だもの」

「翔鶴姉?」

 

瑞鶴が目を丸くして、翔鶴を見上げる。癪だったものの、今は瑞鶴と同じ心境だった。榛名と潮の間で座っている赤城も。こちら側の反応を確認した翔鶴はくすくすと少し誇らしげに笑う。

 

「なに? 泣くと思ったでしょ?」

 

うんうんと頷く瑞鶴。やけに素直だ。

 

少し赤みを帯びた瞳。翔鶴の人格を考えると号泣とまではいかないものの、静かに涙を流すと思ったのだ。その考えが見破られたようで、ほほ笑みがこちらへ、そして赤城へ向けられる。

 

ちなみにここにいる3人はそれなりに泣いている。程度は軍事機密だ。

 

「今は大丈夫だけど、昼間とかは酷かったのよ。・・・・・・あんな未来を聞いてしまえば・・・・2350万って。あれほどの戦争を遥かに超える犠牲がたった6年で・・・・・・・・」

 

室内の雰囲気が一気に重くなる。今度は赤城がりんごを遠慮した際とは比較にならない。みずづきから語られた未来のインパクトはあまりにも強すぎた。艦娘の精神をボロボロにする程度には。あの長門さえ、涙を流すほどなのだ。自分たちが死に物狂いで戦った戦争もなく、平和で繁栄した日本。未来だと思っていたそれが、みずづきにとっては過去だった。

 

信じたくなかった。嘘だと否定したかった。だが、あの顔を見て、誰が嘘と言えるだろうか。そんな軽率なこと、思うこと自体ができないほどの迫力と狂気があった。

 

自分たちの犠牲はなんだったのか? 一度はけりをつけたその問いを、再び思わない艦娘はいないだろう。深海棲艦は関係ないと切り捨てることもできるが、それ以前の人間同士の戦争は直視しなければいけない。それは日本の敗戦と密接に関わっているのだから。

 

「でも・・・・・・ですよね。榛名さん?」

 

予想外の流れ。膝の上に乗っている空の皿に固定されていた視線が榛名へ向けられる。彼女は戸惑っていたが、それも一瞬。

 

金剛型共通である包容力抜群の笑みが浮かんだ。

 

「みずづきさんがいた、今の日本。確かに悲惨だと思います。私もその・・・荒廃した本土を直に見ましたから。・・・・・悲しいです」

 

一瞬だけ睫毛を伏せながら控えめに向けられる視線。榛名と潮以外、この部屋にいるメンバーは終戦前に沈んでいる。しかも多数の乗組員を道ずれにして・・・・・・。気を遣ってくれたのだろう。

 

「みずづきさんは“自分たちの責任”とおっしゃったそうですが、やっぱり責任の一端は私たちにも・・・・・・」

「そうね・・・・・」

 

赤城が応じる。反論はない。

 

「未来は過去があってこそ存在する。過去によって決定づけられるといっても過言ではありませんから。それは例え100年近く経っても、背負わなければならない鎖。でも、だからこそ私たちは信じなければならないと思います」

「信じる?」

 

「何を?」という視線と同時に口から出た疑問。榛名は毅然とした表情ではっきりと答えてくれた。

 

「2033年の日本人を。みずづきたちを・・・・・・・・」

「っ!?」

 

あれだけ窓を叩いてきた雨音が聞こえなくなった。にも関わらずいまいち榛名の言葉が呑み込めない。今、榛名はなんと言っただろうか。

 

「責任を感じることも、反省することも、悲しむことも非常に大切です。しかし、私は、私たちは日本とこの世界で大海原を駆け抜けて知っています。後悔や罪悪感といった後ろ向きな感情は何も生まない。悲劇を止めるばかりか、悲劇の推進剤にしかならないことを嫌というほど・・・・・」

 

榛名は丁寧にアイロンがけされた掛け布団のシーツを思い切り握る。シーツに刻み込まれる皺の数と深さが彼女の激情を表しているようだった。

 

彼女の言った“後ろ向きな感情”が引き起こした悲劇。並行世界証言録を読んだ身として、1つ心当たりがあった。くしくもそれは自分たちが守り切れなかった祖国、大日本帝国の終焉に関することこだった。

 

世界有数を誇った水上戦力が壊滅し、絶対国土防衛線が突破され、敵の航空戦力が自国上空をわがもの顔で飛び交い、一言では語れない歴史と情緒を有し、多くの人々が暮らす街を丸ごと破壊し尽くされ、最後は国土の一部である沖縄に侵攻され、敗戦が確実視される状況になっても、なぜ大日本帝国は降伏しなかったのか。諸説あるが、その1つに「責任を感じ過ぎた」こともあった。国粋主義に浸かった酩酊状態で日本の勝利を謳い、軍隊だからと部下を死地に送り、絶望的な戦況でも投降を許さず、起死回生の一擲として十死零生の特攻までさせた。そこまでしたにも関わらず、「はい。降伏」など即座に方針転換などできるだろうか。

 

機動的な対応を取る依然に、日本は犠牲を出し過ぎた。

 

人命を思えば思うほど、無謀な作戦を立て死ぬと確信しつつ“人間”を戦地へ送れば送るほど、将兵や国民を駒と思い込めば思い込むほど、後に引けなくなる。

 

引いてしまえば、「犠牲はなんだったのか?」という解決し得ない究極の罪悪感につながってしまう。だから、引かなかった。その結果引き起こされたのは「あの時、引いておけば・・・・・・」というこれまた永遠に解決し得ない究極の後悔。

 

スケールは全く違う。だが、この事例は艦娘たちに度を超えた後悔が生み出すものを教えるにはこれ以上ないものだった。

 

「未来へ進む意思こそ、いろんなものを生み出してくれる。それに気付かせてくれたのは皮肉ですけど、空襲で焼き尽くされたあの廃墟でした。戦争に負けたのに、家族や財産や職を失い、今日の食べ物にさえ事欠く状況だったのに、みんな前を向いていたんです。明日を見ていたんです。日本を、この手で再建するんだって。犠牲になった人たちが還ってきたときに、笑顔で天国へ旅立てるようにするんだって。その結果はみなさんご存じのはずです」

 

日本は復興し、世界有数の経済大国になった。

あの廃墟から大日本帝国を凌駕する日本国が日本人の総力によって再建された。

 

並行世界証言録を見て、響や雪風の言葉を聞いた時の感動と安堵は今も忘れない。それをなした国が自分の祖国だということ、自分たちを生み出し共に戦ってくれた人たちだということは決して揺るがない誇りだ。

 

「赤城さん、加賀さん、瑞鶴?」

 

しっかりと1人ひとりを見つめてくる。

 

「日本は日本なんですよ。いつの時代も変わらない。みずづきさんを見て、理解されてますよね? いくら時が経とうとも私たちの故郷はいつまでも私たちの故郷だって」

 

頭に航空爆弾を受けたような誤魔化しようのない衝撃が襲う。なにもなかったはずなのに、世界が変わったように感じる。

 

「みなさん衝撃でいつもの思考が鈍っているようですけど、みずづきさんのいた日本は深海棲艦の侵攻を受け、全土を焦土にされ、2350万人もの犠牲を払っています。でも、艦娘システムを開発し、占領寸前だった沖縄を奪還。犬猿の仲だった近隣諸国と友好関係を結び、そして先島諸島の奪還作戦を遂行しています」

 

榛名の言いたいことが分かった。

 

「前に、進んでいる・・・・」

「犠牲の重さに飲み込まれることもなく」

「絶望に膝を屈することなく、明日を見て・・・・」

「そう・・・・・。日本は未来を諦めてなんかいない。私が見た時と同じです。だから、信じてあげなくちゃいけなんです! 日本は必ず繁栄と幸福を勝ち取るって。私たちは日本の艦娘です! 日本の勝利を信じて戦って、日本に住む人々が幸せになるために生み出された存在なんです! ただ知っただけの私たちが、実際に地獄の中を生きている日本人が前を向いているにも関わらず、屈してどうするんですか! 私たちが・・・・・・私たちが信じなくて、誰が日本を信じるんですか!!」

 

ガラスが震えるほどの真剣な叫び。耳がおかしくなるかもと思ったが、さすがに拒否感を示さなかったらしい。このようなご高を聞き逃すことなどできないだろう。

 

「ふふふっ・・」

 

流れ落ちてくる涙。おかしい。悲しくないのに、笑っているはずなのに、拭いても拭いても涙が出てくる。でも、全く苦しくない。

 

「ははははっ!」

 

一斉に笑い出す赤城と瑞鶴。こちらもつられて、瑞鶴ほどではないが控え目に笑う。相変わらず流れる涙。ここまで気持ちよく笑えたのは、いつぶりだろうか。

 

「はい、どうぞ」

 

潮がわざわざベッドからから立ち上がり、タオルを持ってきてくれる。遠慮したかったが浮かべた笑顔の前には敵わなかった。

 

「ありがとう」

 

素直にタオルを受け取る。赤城や瑞鶴もほほを赤らめながら、同じように受け取っている

 

「・・・・・・敵わないわね。これじゃ、どちらが病人なんだか」

「いえいえ、そんな! 私はただ、思ったことを整理しただけで・・・・。ただのこじつけでしょうか?」

「そんなことないわよ。榛名は私たちが忘れていたごく当たり前の感情を呼び覚ましてくれた。いや~、参ったわ」

「私も榛名さんや潮さんのおかげで、しなくても済むお肌の防衛に成功したの」

「えっ!? ということは・・・・・・」

 

翔鶴は気まずそうに自分の妹から視線を逸らす。それだけで現実を示すには十分すぎた。回復させるためには、かなりの労力と時間が必要だろう。鬱憤の晴らし先に百石や筆端がいないことを祈るのみである。他人の心配をしている場合ではないかもしれないが。

 

「加賀さん、加賀さん」

「ん?」

 

そんな懸念をしていると赤城が恥ずかしそうに視線を泳がせながら、出来るかぎり自分以外に聞こえないよう口に手を添え、小声で話しかけてくる。そんなの無駄ですよと言ってあげたいが、健気な様子がもっと見たいため黙っておく。

 

「あの、その・・・・・・・お、お腹減ったので、り、リンゴを頂けないかと・・」

「ぶっ!!」

 

一気に爆笑の渦が、室内を席巻する。これにはさすがに耐えられない。真っ赤に顔を染める赤城が、さらに笑いのツボを押す。

 

「き、聞こえてたの!?」

「す、すいません・・・・ふふっ・・・あ、あまりに、ふっ、赤城さんが、その、可愛かったから・・・・ふふふっ!!」

 

必死に笑いをこらえつつ、瑞鶴が代表して答える。それが終わると同時にリンゴを贈呈。瑞鶴なら拗ねて「いらないわよ!!」と反応するのが常道だが、ほほを膨らましつつ本能に忠実な赤城は「ありがとう」と言って、リンゴを受け取る。彼女がおいしそうにリンゴを頬張る姿を見ると嬉しくなってくる。ようやく、赤城の調子が戻ってきた。

 

「じゃあカウンセリング? も受けて、我らがエース赤城さんも空腹を満たしたところで・・・」

「ちょっと瑞鶴さん! そんなはしたない! それに私はまだ空腹です!!!」

 

どや顔を決める赤城。調子は完全に戻ったよう・・・戻ってしまったようだ。ツッコんでいると時間がなくなるので、無視しろと視線で瑞鶴に伝える。瑞鶴の考えていることはすぐに分かった。だてに第5遊撃部隊で肩を並べているわけではない。

 

「引きこもったお人好しさんをどう、引っ張り出すか」

「まさに、天の岩戸ね」

「一応、私たち、神様なんですけど・・・」

 

それもそうだと微笑。だが、天の岩戸伝説で引きこもった天照大神を引っ張り出したお方も神様。引き籠っている対象が人間であること以外は、伝説どおりと言えなくもない。

 

降り続ける雨。だが、天気予報によれば明日の朝までだ。それからはうっとしい梅雨前線は去り、いよいよ夏が訪れる。




今話のタイトルはとある艦娘から採用させていただきました。雨関連といえば、やっぱりあの子。本作の主人公は出てきませんでしたが、次話にはきちんと登場いたします。

長かった第二章もいよいよ佳境です。

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