水面に映る月   作:金づち水兵

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暑い・・・・・。暑い・・・・・・。
最近、「炎暑」などという笑えない単語を見る機会が多くなってきましたが、これは「酷暑」の上位種なのでしょうか。猛暑の次は酷暑。酷暑の次は炎暑。炎暑の次は・・・極暑?

連日の猛暑日(気象庁発表)に晒され、つい呪詛の念を吐いてしまいましたが・・・どうぞ!


58話 房総半島沖海戦 その7 ~有明に勝利を~

あれから、どれほど時間が経っただろうか。精神的に重すぎるものを背負っているためか、透過ディスプレイに堂々と時間が表示されているにも関わらず、体内時計が狂ってくる。現在、艦隊は千葉県富津市と鋸南町の境にある明鐘岬沖の浦賀水道を着々と南下していた。今のところ、FCS-3A多機能レーダーに瑞穂側の船舶・航空機以外の反応はない。昨日1日で豊富過ぎる情報を得たため、目標識別はなんなく行えるようになっている。

 

「あれ、なにかしら?」

 

唐突に声をあげる雷。そう思ったのは自分だけではなかったようで電が「どうしたの、雷ちゃん」と少し控えめに問いかける。ピリピリしている長門や赤城たちを気にしているのだろう。雷も気付いているようだが、それよりも左舷、視界全体に広がる房総半島沿岸に光の線が続いていることが気になったようだ。

 

「ああ、あれか? 俺も気になってたけど、この距離じゃいくらなんでも見えねぇだろ」

 

ごく普通に会話へ入ってくる深雪。彼女の言う通り、ここから肉眼で捉えることは不可能。それでも艦娘たちの中で見えるものは見えているのだろうが、みずづきには光の線があるということしか分からない。

 

「そういえば・・・・なぁなぁ、みずづき?」

「ん? どうしたの黒潮?」

 

彼女の真意が分からず首をかしげる。深雪たちの話に関連していることは察せられるが、こちらと関係があるのだろうか。

 

「みずづきって、確かカメラ持ってたやんな? ごっつ先まで、仰天するほど見えるっていう・・・・・」

「うん、まぁ、そうだけど・・・・・・・って」

 

黒潮の認識が大げさに感じられ微笑をこぼすが、その過程で彼女の真意を理解する。要するに。

 

「あれがなにか、カメラで確認しろっ、と?」

「ご名答や!」

「やっぱり・・・・・」

 

黒潮や聞いているであろう他の艦娘に気付かれないようため息を吐く。別にやってもいいのだが、みずづきも十分艦隊の雰囲気を把握している。あまり危険が伴うことはしたくないのだが長門たちの沈黙を肯定と受け止め、雷や電からのお願いもあり結局カメラを向けることとなった。

 

「えっと・・・・・」

 

再び静寂を取り戻す無線。みずづき以外の22人が耳を澄ませているのかと思うと緊張してくるが、艦娘と海防隊群が映っている対水上画面から目を離し、意識を出来る限り眼前の光景に向ける。

 

上がっていく倍率。

 

適切な焦点でズームをやめる。暗視モードを使おうとも思ったが、不要だった。カメラの先には撮影に必要なだけの光量が存在していたからだ。

 

「どう、だった?」

 

気配の変化を察知したのか、雷が問いかけてくる。口が重たく感じるものの、彼女に彼女たちに見える光景をありのままに伝える。

 

「あれは北側、富津方面へ北上するバスと館山方面へ南下する戦車を乗せた運搬車のヘッドライトです」

「え?」

 

誰のものか分からない驚愕。深雪や黒潮も「それ、ほんと!?」と問うてくるが「ほんと」と答えるしかない。

 

「ちなみにですけど、厳密にいえば車のヘッドライトだけではありません。その脇を歩く民間人が持っている懐中電灯も含まれています」

 

訪れる重い沈黙。真夜中の道にそれだけの人が溢れているのだ。理由など、今さら考えるものではない。

 

「あの光一面に、避難してきた人が・・・・・・・」

 

誰も口を閉ざす中、陽炎の沈みきったようで固い決意を再確認するような一言が聞こえてきた。

 

かなり遅い速度で進んでいくバスの群れ。鼻の長いレトロな車体の中には隙間が確認できないほど人が乗り込んでいる。捉えられる範囲のバスすべてがそうだった。その脇を彼女たちに伝えた通り、人々が歩いて行く。格好や手荷物は横須賀と同じだ。バスが走っている反対車線には、戦車を乗せた運搬車が続々と走っていく。陸防軍が保有している10式戦車・90式戦車、74式戦車とは全く異なるシルエット。全ての戦車が同じかと思えばそうでもない。どうやら2種類の戦車が運ばれているようだ。

 

ずんむりむっくりの外見にしては細い砲身を持っている戦車と、角ばった車体の割には大きな砲身を持っている戦車。30式戦闘機と異なり一般人には不可能だが旧大日本帝国陸軍に詳しい日本人がそれらを見たなら、こう言うだろう。前者を「97式中戦車」、後者を「3式中戦車」と。アジア・太平洋戦争における旧大日本帝国陸軍の主力戦車とよく似ている前者は2011年から配備され始めた11式戦車である。そして97式中戦車の後継として開発された3式中戦車に似ている後者は、戦車型陸上深海棲艦の正面撃破を成し遂げるために開発された29式戦車である。主砲は75mmであり、57mm砲でしかなかった11式戦車よりも格段に攻撃力の向上が図られている。装甲も11式戦車が前面25mmであったのに対し、29式戦車は倍の50mmに強化されていた。

 

彼らは横須賀鎮守府田浦地区から船で東京湾を渡ってきた横須賀特別陸戦隊第3特別陸戦隊第4中隊で、房総丘陵に築かれている陣地に展開するべく移動中であった。戦車運搬車の後ろには、歩兵部隊である特別陸戦隊第1・2中隊、砲兵である第3中隊を乗せたトラックが続いている。この部隊は先陣であり、第2特別陸戦隊や第1・第2海兵団、そして陸軍の部隊を乗せた数多の輸送船をみずづきたちは横須賀湾沖で既に目撃していた。

 

「第1点に到着。みずづき、作戦通り、哨戒機を発艦せよ」

 

先ほどの会話がなかったかのように、淡々と長門は命令を下す。だが、自分の報告によってもともと抱えていた冷静さがさらに深まったように感じるのは気のせいなのだろうか。湧きあがってくる激情を、心を鎮めることによって抑えているような・・・。

 

「みずづき? 聞こえているか?」

「は、はい! 聞こえています! すみません。航空機発艦作業、開始します」

 

考え事をしていたら無視したような形になってしまった。気を取り直して、ロクマルの発艦準備を開始する。

 

「航空機即時待機。準備できしだい発艦!」

 

少しだけ慌ただしさを帯びる艤装。出撃直前の情報によると、敵連合艦隊は野島岬沖40km付近に陣取っているとのことだった。手出しできないことを知っていてこちらを舐めているのか、よほど牽制したいのか。どちらにせよ、本土の目と鼻の先にいることは純然たる事実である。ロクマルに課された任務はもちろん、水平線以遠の捜索だ。しかし、相手は空母4隻で夜間攻撃も可能なフラッグシップ。甘く見れば、看過できない損害を被りかねない。妖精によれば空母艦娘たちの艦載機と同じ原理で撃墜されてもロクマルの再生は可能らしいが、この機体は特別なのだ。

 

 

決して、失うわけにはいかない。この機体は彼女の形見なのだ。

 

 

開く格納庫のシャッター。カメラに映し出されるロクマル。柔軟性を持ったメインローターを広げ、固定。ロックを外し、支えを失ったローターが海風に揺れる。メガネに準備完了の知らせが表示された。

 

「航空機、発艦!」

 

回り始まるメイン・テールローター。可愛らしい爆音を響かせ回転数が一気に上昇し、機体がゆっくりと浮き上がっていく。風が弱いため、安定した発艦が叶った。

 

頭上を飛び越え、徐々に距離が開いていく。しばらくすると識別灯も消え、月光に邪魔されつつも夜の闇に紛れていく。対水上画面に映る光点とロクマルから送られてくる映像を含めた情報。それだけが視覚できないロクマルの存在をみずづきに示していた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

 

「3特戦、明鐘街道を南下中。到着時刻、現状では変更なし」

「2特戦、木更津港に到着。揚陸開始」

「横須賀要塞、弾薬補給率90%。0300までに完了の見込み。横須賀要塞根拠地隊から留意事項の伝達なし」

「第2海兵団、千葉県に入りました。市川の陸軍第11砲兵連隊と合流後、銚子へ向かいます」

「小田原、第25歩兵連隊、第12砲兵連隊、第14高射中隊全部隊の出撃完了。現在、国道1号線平塚駅付近を東進中」

「高崎・新発田に分散配備されている第2師団、第15歩兵連隊が移動を開始。第1師団各部隊の穴埋めとして、都内を中心に展開する模様」

「東京より第2近衛師団が出撃しました。佐倉の第3近衛師団と合流予定です」

「陸軍豊岡飛行場への千歳第505飛行隊の展開が完了しました」

「土浦基地、出撃準備完了。さきほどから上空待機を開始しました」

「厚木・百里の滑走路修復、進捗率55%。夜明けまでには修復が完了するとのこと。なお館山基地の修復は放棄。基地残存部隊は修復中の陸軍木更津基地へ移動。第一次攻撃で損耗した基地防備戦力の穴埋めとするとのこと」

 

朝に比べると幾分、静かになった横須賀鎮守府1号舎地下の作戦室。肩がぶつかってなんぼという状況はすっかり影を潜め、敷かれた段ボールや不要になった書類の上で雑魚寝をしている士官が固い床に転がっている始末だ。このような状況でよく眠れるなと感心するが、余程疲れているのだろう。誰もが泥のように寝ている。その脇を行き交い、いまだに活動している将兵が地図と黒板に次々と入ってくる新しい情報をが書き込んでいく。

 

百石は地図が広げられた作戦室中央の机につき、ただ聞こえてくる音と書き込まれる文字に意識を向けていた。一斉に房総半島へ移動しはじめた関東駐留の陸海軍部隊。それだけではなく、陸軍の各方面隊隷下部隊、海軍の各特別陸戦隊など瑞穂全国の部隊が関東へ移動を開始している。展開は瑞穂軍が創設されてから初ということもあり、少し遅れているが比較的順調に進んでいた。

 

しかし、それはあくまで軍の話。百石は民間が気がかりで仕方なかった。

 

「緒方、住民の避難状況はどうなっている? さっき先輩から聞いた話では、かなり遅れているとのことだが・・・・・」

 

今回避難命令が発令された関東地方、1都7県には約1800万人が居住している。横須賀市だけでも約25万人がいるのだ。敵の上陸地点と予測されている千葉県に限っても人口は約210万人。千葉県の民間人をわずか1日で他県へ避難させるだけでも、あきらかに行政能力・社会インフラの許容範囲を超えていることは明らかだ。敵の早期到達地点や攻撃目標となり得る政府・軍関連施設近傍の地域から優先して避難が行われているが、果たして間に合うのか。

 

「懸念されている通り、状況は全く改善しておりません」

 

苦しそうに語る緒方。思わずため息が漏れる。

 

「太平洋沿岸市町村からの避難、そして軍・政府施設近辺からの避難は進んでいる模様ですが、その分別の自治体に人が溢れている状態です。少なくとも千葉県内にいる民間人の総数は徐々に減ってはいますが、現在のペースを維持すればとても今日の夕方までには間に合いません。日本の沖縄戦のようなことは何としても避けなければなりませんがどこもかなり混乱しているようです。一部情報では警察が発砲したとの話もあります」

「百石、一応展開している部隊が言ってきたことを考えて、腹を決めておいたほうが良くないか?」

 

隣で同じように事態の推移を見守っていた筆端が深刻な表情で言ってくる。現在展開中の海軍部隊のほとんどは鎮守府の直轄部隊ではない。しかし、こちらも本来は教育機関であるところの海兵団から経験豊富な教官たちを主軸とした海兵団陸戦部を既に派遣している。また前線部隊と鎮守府との意思疎通を円滑にする目的から、参謀部員と警備隊員で構成された横須賀隊も出立している。警察が発砲しなければならないほど避難地域で混乱が広がっているのなら、全速力で展開中の陸戦部や横須賀隊が住民を障害と判断し、発砲許可を求めてくることは十分に考えられる。呑気に「どいてください」などと言っている余裕はないのだ。現場ならなおさら。

 

「しかし・・・・・」

 

即断できない。いかに緊急時で、殺傷目的ではなく排除用の威嚇だとしても、本来守るべき国民に銃を向ける。これへの抵抗はぬぐえない。進言してきた筆端や緒方、そして今疾走している各部隊もそのようなこと、行いたくないのは重々承知している。だが、百石も軍人。国民を守るために、国民を恐怖させる行動を取らざるを得ないことも分かっていた。

 

百石が沈黙していると通信課の士官が大慌てでこちらへやってくる。何事かと問えば、横須賀市長が直接、百石と話がしたいと言ってきたそうだ。「分かった」と言うと地図の横に置いてある黒電話をとる。

 

「もしもし、百石です」

「もしもし、斎藤です。お久しぶりですな、百石提督」

 

少し気真面目さが感じられる声の男性。受話器越しの彼が横須賀市のトップ、斎藤忠兵衛だ。

 

「こちらこそ、ご無沙汰しておりました市長」

「いやいや、最近の多忙ぶりは小耳にはさんでおるよ。ゆっくりとお互いの愚痴を語り合いたいものだが、今は時間がない」

 

穏やかな口調から一転、緊迫感が漂う。電話口からは斎藤の声以外なにも聞こえない。横須賀市役所の前にある大通りを行き交い、四六時中聞こえる自動車の走行音も。

 

「現時刻をもって、横須賀市役所機能を横須賀市から富士市へ移転。当該事項を横須賀鎮守府司令長官百石健作提督に通告します」

 

特別非常事態宣言発令時第1号計画で定められた通告義務。それを果たした斎藤の言葉を百石は受話器を強く握りしめながら、黙って聞いていた。斎藤の声がひどく悲しげなのを聞き逃すことはなかった。

 

「市長、住民の避難状況は?」

「約半数は鉄道とバスで既に横須賀を退去。残る半数も正午前には鎌倉や平塚に避難できる模様だよ。・・・行政機能は移転するが、そっちは副市長に任せて、私は最後の住民が横須賀を出るまで、避難の陣頭指揮にあたるつもりだ」

「そうですか・・・」

「秘書には、散々一刻も早く平塚に行けと言われてるんだがね・・・」

「市長! 横須賀署とバス協会が第3次輸送計画の打ち合わせを至急行いたいと!」

 

斎藤の言葉を遮る形で叫ぶ男性。声だけなのでよく分からないが、おそらくやり玉に挙がっていた彼の秘書だろう。

 

「分かった、すぐ行く。・・・・・申し訳ない、こちらから連絡したのにも関わらず」

「いえいえ、とんでもないです。私も市長とお話しできてうれしかったですよ」

「市長!」

「うるさいな! すぐ行くから部屋の外で待ってろ!! ったく・・・」

 

相変わらずの忙しなさについ苦笑がもれてしまう。

 

「百石提督。最後に1つ聞いてもよろしいかね?」

「ん? どうしたんですか?」

「君は、横須賀が好きかね?」

 

柔らかく、静かな口調の問い。短くも重い言葉だが、そんなもの愚問だった。百石は斎藤と異なり、横須賀生まれではない。この地に腰を据えたのは横須賀鎮守府司令長官に任じられ、着任してからだ。しかし、横須賀の良さは十分に知っている。

 

「はい。好きです」

 

だから、即答した。はっきりと明るい声で。

 

「そうか・・・・」

 

嬉しそうな声。伝わってくる雰囲気から斎藤が笑みを浮かべていることが分かる。

 

「では、また()()()()会おう」

 

それを最後に切れる通話。ゆっくりと受話器を降ろす。彼の言葉が心にじっくりと染み込んでいく。誰も、故郷が戦場になることなど望んでいない。ただ、日常を望んでいるのだ。朝起きて、朝食を食べ、学校・職場へ行き、友達や同僚とたわいもない会話をして、帰宅し、家族と共に夕食を食べる。そんな、当たり前の生活を。

 

それを守れるのは、自分たち軍人だけなのだ。今実際に敵殲滅へ向かっているのは艦娘たちだが、こちらにもやるべきことはたくさんある。決して表には出ないものの、表に出る彼女たち・各部隊の機動的な対応に必要不可欠な裏方の仕事が。

 

「報告します!」

 

通信課長の椛田が久々に声を張り上げる。百石と同様に声が枯れていたのだが、のど飴のおかげか幾分マシになったようだ。

 

「長門より入電。みずづきのSH-60Kが敵連合艦隊を捕捉した模様」

「本当か!?」

 

疲れからくる睡魔でふらついていた作戦課長の五十殿が、勢いよく椅子から立ち上がる。顔には歓喜が浮かんでいる。彼だけではない。つめている士官たちが手を止め、椛田の言葉に耳を傾ける。

 

「位置は?」

「野島岬南方42km地点を9ノットで南下中」

「霞ケ浦の部隊が決死の覚悟で集めた事前情報と一致するな」

 

地図上で霞ケ浦を見つめる筆端。霞ケ浦には、水上機と偵察機、輸送機など後方支援機の練習部隊が置かれている。そのため通常ならば実戦に投入されることはないのだが、今回は関東の実戦部隊が軒並み壊滅してしまったことで、訓練課程を終えていない練習生までもが戦線に加えられていた。そんな彼らが日没間際で、野島岬沖を航行している敵連合艦隊を発見したのだ。かなり時間が空いているため、かなり遠くへ移動している可能性も議論されたが、敵はやはり動く気はないようだ。

 

「艦隊の現況は?」

「明鐘岬沖で二手に分かれた後、夜襲艦隊は南下。浦賀水道を抜け相模灘に進出。支援艦隊も作戦通りの海域で待機につきました」

「艦隊の進路上に、対艦ミサイルが敵と誤認しそうな味方艦艇は?」

「いないとのことです。みずづきが確認しました」

「そうか・・・・」

 

準備は整った。待ちに待った反撃、そして正真正銘、本土を守る戦いの始まりだ。

 

「長門に打電。作戦を開始せよ」

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

「鎮守府より入電。作戦を開始する。みずづきに下命。攻撃を開始せよ」

「了解! SSM-2B blockⅡ、攻撃よーい!」

 

闇夜に響く声。月光が少しばかり味方に付いていてくれるものの「一寸先は闇」とはまさに今の状況で、メガネの暗視モードと多機能・航海レーダーがなければ、まともな行動は不可能であるし、恐怖感に押しつぶされそうになる。

 

つくづくレーダーもなにもなく裸眼で航行する艦娘たちには感心してしまうが、そのようなことを思っている場合ではない。ロクマルとリンクした対水上画面に映し出される12個の光点。典型的な輪形陣を形成し、中央に空母を4隻配している。もしロクマルがいなければ、重空母機動部隊との戦闘のように大まか位置情報に基づいて発射し、どの目標にあたるかはSSM次第という運任せの攻撃を行わなければならなかったが、今回はロクマルが夜襲艦隊の前方に進出している。今のところ気付かれた気配はなく、ロクマルの対水上レーダーから得られた詳細な目標情報をSSM-2B blockⅡご自慢の誘導装置に入力可能で、狙った目標に命中させることができる。

 

これは嬉しい限りだ。空母や戦艦、重巡を先制攻撃で沈めてしまえば、残るのは軽巡と駆逐のみ。いくらフラッグシップとはいえ、こちらは12隻で戦艦が2隻に重巡が1隻、手練れの軽巡・駆逐艦たち。そしてみずづきがいる。大きく戦局がこちらへ傾くことは明白だ。

 

主の意向を受け、最重要目標に照準を合わせた後、メガネに攻撃準備完了の表示がなされる。ゆっくりと発射ボタンに指を置く。プラスティックのような肌触りの無機質な突起を押し込む前に、眼前の闇を見つめ、大きく深呼吸を行う。

 

昨日の午前中に生起した石廊崎沖での戦闘に比べれば、圧倒的にこちらが有利の状況。しかし、情勢は偶発的迎撃戦ではなく必然的かつ敗北が許されない本土防衛のための殲滅戦。いくら、戦艦棲姫と空母ヲ級改flagshipを仕留めようと、緊張を拭い去ることは出来なかった。

 

順当に今までの経験と訓練の成果を発揮すれば、勝てる戦い。しかし、敗北した場合に待ち受ける未来は日本と同じ絶望の嵐。昼間に見た地獄を量的・質的に凌駕するおぞましい世界に膨大な数の人々が飲み込まれることとなる。

(それだけは・・・・、なんとしても・・・・)

 

許してはいけない。

 

(あの悲劇を受けた国の人間として・・・・。あの絶望と閉塞の中に身を置いた一人の人間として・・・・。もう。これ以上!)

 

 

みずづきは顎の筋肉が発揮しうる限界まで歯を食いしばる。そして、号令と共に力強く押した。

 

 

「SSM一番、撃ぇぇぇ!!」

 

刹那、照明弾かと思えるほどのまばゆい光を放ち白煙をまき散らしながら、SSMが発射筒から飛翔していく。照らされる海面と海上に浮かぶ自分自身の姿。周囲は轟音と共に、数秒間のみ昼を先取りする。1発だけでも圧巻だが、攻撃はこの世界に来て珍しくなくなった全弾発射だ。

 

次々と撃ち出されていく小さな太陽。暗闇が戻ってきたと思ったら、すぐにもうじき待てば出てくる太陽が出現する。さすがにこのような神々しい光景を前に口を閉ざしてはいられないのか、発射と発射の間でみずづきのSSM発射を初めて見る艦娘たちの騒ぐ声が聞こえる。

 

「こりゃ・・・たまげた・・・。こんな末恐ろしいものが赤城たちに飛んできたのか・・・・・。私に撃ちこまれなくて良かったと、今更真剣に思ったぜ・・・・」

「珍しいわね、あんたと意見が合うの。あのときは動転しててそこまで思わなかったけど、確かにこれだとああなるわね・・・」

 

現在、常に第1夜襲艦隊と第2夜襲艦隊の各艦で交信が繋がっている。そのため、第1夜襲艦隊の摩耶と第2夜襲艦隊の曙の間で行われた会話のように、無線の状況が良好なら会話も可能だ。

 

「眩しい! せっかく慣らしたのに夜目が台無しじゃない!」

 

その会話を押しのけるように怒気を爆発させた大井の声が聞こえてくる。「北上さんがいなくてよかった!」と遥か後方で待機している北上に想いを馳せているが、攻撃開始前に一応「目に注意してください」と注意喚起はしていた。誰もそれに構っていないようだが。

 

「電! 目を塞いでないで見てみなさいよ!! すごいわよ!! 花火が常に咲いてるみたい!!」

「雷ちゃん! 手をすり抜けて見えるほどのものを見ちゃったら、目がおかしくなっちゃうのです! 電は見ないのです! 見ないのです! 見ない・・・・す、少しだけ・・・・うわぁ!」

「Wow!! wonderful! And beautifulネ!!! 赤城はおろかあのブルーオーラを発艦不能に追い込んだ一撃デース!! 敵さんたちもこのようなクレイジーな鳥を見れば、ダンスダンス! 間違いないデース!!」

「金剛さん・・・ダンスダンスって。確かにダンスみたいに飛び跳ねるかもしれませんけど・・・・・。でも、これが未来の・・・みずづきさんたちの戦闘・・・」

 

妹たちと異なり、SSM-2B blockⅡ発射シーンを初めて見た吹雪が感慨深げに呟く。最後の1発が発射されたタイミングは吹雪の言葉が途絶えたと同時だった。艦娘たちの驚愕を背に上昇した一段は。急速にこちらと距離を取り、水平線の向こう側へ消えていく。多機能レーダーの対空画面に映る単縦陣を描いているような光点の群れ。彼らは迷いなく、堂々と己の目標へ突き進んでいく。彼我の距離、53km。

 

「全弾発射完了。命中まで3分20秒!」

「すごい・・・・・」

 

誰の声か分からないが、はっきりとそう聞こえた。

 

刻々と流れていく時間。しかし、命中までSSMの反応を祈るように凝視するこの時間は、何度経験しても平時と比べて遥かに長く感じる。自動車で移動すれば1時間近くかかる距離をわずか3分足らずで駆け抜けるのだから、目をむくほど速い。それでもこの時間は長かった。これは前方と後方を航行している艦娘たちも同様だろう。あれほど騒いでいた曙たちがすっかりなりを潜めている。

 

「命中まで、30秒・・・」

 

とうとう、カウントダウンを開始するところまで来た。敵は自分たちに必殺・百発百中の矢が向かっていることなど露知らず、呑気に航行している。

 

「命中まで15秒」

 

無線越しに息を飲む音が聞こえる。

 

「命中まで5、4、3、2、1・・・・え?」

 

敵艦艇と重なっていくSSMの光点。「命中」の文字が踊るが、異なる反応を示すものが2つあった。目標としていた空母機動部隊戦艦タ級flagship、空母護衛艦隊重巡リ級flagshipの手前で反応がSSM-2B blockⅡ消失したのだ。それも突然。誤作動なら何かしら前兆が生じたり、明後日の方向に飛んでいったりするのだが、それもない。しかも、1発ではない。2発だ。

 

「どういうこと・・・・・。ここまで忽然と消えるということは・・・・つまり」

 

入手できる情報を総合した結果、ある結論が脳裏をよぎる。相手は第二次世界大戦レベルの兵装。容易には信じられなかったが表示される「不命中」の文字がそれを後押しした。

 

「どうしたみずづき? なにかあったのか?」

 

カウントダウンから一転の沈黙に、長門が報告を求めてくる。その声色には、若干の戸惑いが含まれていた。

 

「その、すみません。発射した8発中6発の命中を確認。空母ヲ級4隻、重巡リ級1隻、駆逐ハ級1隻の撃沈を確認しました」

「おおお!!」

 

どよめき。主に暁などみずづきの戦闘情景をはじめて見聞きする艦娘たちの声だが、安堵したような陽炎たちの声も聞こえた。しかし、言葉に秘められたイレギュラーはすぐに察知された。

 

「ん? 8発中6発が命中? 残りの2発はどうした?」

 

最も早く異変に気が付いた者はさすがというべきか長門だった。

 

「え? 6発? みずづき! 撃ったのは8発だよね!?」

「そうやそうや! 6発て、残りの2発はどこにいったんや・・・」

「ま、まさか・・・・・・」

 

安堵から一転。陽炎は深刻そうに呻く。どうやら、その可能性に思考が追いついたようだ。

 

「う・・・・そ・・・」

「え? なに? 陽炎! 川内さん! まさかって・・・ほんまに・・・?」

 

黒潮の確認。誰に対してのものか明示されなかったが、声色から自身に向けられただと直感的に分かった。

 

「・・・・命中する前に反応が途絶えた。たぶん・・・・・撃墜されたんじゃないかと」

『え!?』

 

艦隊に衝撃が走った。

 

「う、嘘でしょ!? あれを、撃ち落としたっていうの!!」

 

今度は違う意味のどよめき。演習において赤城たちや潮が目の前でみずづきの放ったSSMで抵抗もできずにやられる姿を目撃した曙は、もはや悲鳴をあげていた。

 

「なんちゅうことや・・・・」

「深海棲艦があれを?」

「あり得ない、あり得ないでしょ・・・・」

 

昼間に敵重空母機動艦隊と激突し、砲弾の雨を間一髪のところで回避した第3水雷戦隊のメンバーも曙には届かないとはいえ、じかにみずづきの力を見ただけに明らかに動揺していた。陽炎はぶつぶつと独り言を呟いている。

 

「お前ら少しは落ち着けぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

無線越しに微細なマグマを感じてはいたが、艦隊の無警戒な動揺でマグマだまりをこれ以上ないほど刺激された長門は大爆発を起こした。周囲のわずかな音を全て無に帰す怒声。一瞬で思考を局限化する迫力。自分には一生かかっても会得できない威厳を最大限振り上げ、長門は艦隊を叱責した。

 

 

「現状を分かっているのか! ここは戦場! 一瞬の気の緩みが命取りになるぞ!! しかも私たちの不徳で損害を被るのは私たち自身だけじゃない! 私たちの肩には、瑞穂の運命が乗っているのだ! 今一度そのことを肝に命じろ!」

 

艦隊に異様な沈黙が流れる。全員、反省しているのだろう。その沈黙を最初に破った者は長門だった。

 

「みずづき、今回の件についてお前の見解は?」

「はい・・・えっと・・・・」

 

般若のような顔となっているかもしれない長門を想像すると恐怖で舌が上手く回らない。だが長門は怒ることもなく「ゆっくりでいい」とこちらを気遣ってくれた。案外、本気で怒っているものの、手当たり次第に八つ当たりするほどは爆発してないのかもしれない。

 

「対艦ミサイルは反応が消失する直前まで正常に飛行し、レーダーにも捉えられていました。誤作動や故障を知らせるシグナルも兆候もありませんでしたので、おそらく・・・・・」

「撃墜された、と?」

 

長門が慎重に尋ねてきた。

 

「はい・・・・・・・」

 

艦隊がざわめく。現状では楽観視は出来るだけ避けなければならない。未だに信じられない気持ちはあったが、理性が総合的に判断した結論を告げた。

 

「そうか・・・・・。それでお前はこの撃墜をどう思う?」

「狙って当てた、というわけではないと思います。私の対艦ミサイルは時速1150kmという亜音速で目標に接近。また、命中直前には敵艦の対空砲火を無効化するため、ホップアップを行います。そして、今は真夜中。対空戦闘能力の高い軽巡ツ級や戦艦タ級がいるからこそ成し遂げられた偶然の産物ではないかと。対艦ミサイルに装甲はありませんので、当たれば落とされます」

 

内心かなり焦っているが、みずづきは意識して冷静な物言いに終始する。ここで撃った張本人が動揺すれば、艦隊はますます力を発揮できなくなってしまう。事実、冷静沈着な様子が功を奏し、艦隊の動揺も収まりつつあった。

 

「・・・・・・・。なるほど、分かった。それでも一度確認したいのだが、空母ヲ級は全滅。重巡リ級と駆逐ハ級を仕留めたんだな?」

「はい、それは確実です! FCS-3A多機能レーダー及びロクマルの対水上レーダーに反応はありません。残存勢力は戦艦タ級flagshipが1隻、重巡リ級flagshipが1隻、軽巡ツ級が2隻、駆逐ハ級後期型が2隻の6隻です」

 

命中直後は未練を感じさせるように海上にとどまっていたヲ級たちも次々と海中へ引きずり込まれ、FSC-3A多機能レーダーの対水上画面には5隻だけが映っていた。みずづきの攻撃のみで敵は既に戦力の半数を失い、壊滅寸前となったのだ。

 

しかし、歓喜はない。

 

多機能レーダーを通して映し出される敵艦隊の様相は想定より明らかに敵戦力が残ってしまった現実をはっきりと突きつけてきた。敵の陣容を口で読みあげると自分の不甲斐なさが頭に来た。作戦通りなら、既に戦艦タ級flagshipと重巡リ級flagshipは海水漬けとなり、第1・2夜襲艦隊は軽巡と駆逐だけを相手にするはずだった。夜戦では必然的に敵味方の交戦距離が近づくため、駆逐艦のような小口径主砲でも戦艦や重巡などに大損害を与えられる一方、逆もまたしかりだ。敵も条件は同じであり、こちらが大損害を被る可能性もある。

 

「みずづき? 感傷に浸るのは戦いが終わった後にしろ。今はもっと考えることがあるだろう?」

「ふえ!?」

 

心を読まれた驚きのあまり、反射的に背中が反り返ってしまった。暗闇の中でそうしているのだから、ただの変人である。長門は「ふふふふ」と勝ち気な笑みを浮かべているようだ。文句の1つでも言いたくなるが、彼女のおかげで心の霞が少し晴れた。

 

「しかし、真夜中にも関わらず効果的な対空戦闘が行えたとすると・・・・・・」

 

長門は笑みを消し去ると、息を飲んだ。

 

「敵は電探を装備している可能性があるな・・・・・・」

「そうなるとかなり厄介デース! 敵は電波走査で雨のように砲弾を撃ちこんできマシスヨ!」

 

電探。金剛をはじめとする艦娘は、みずづきがこの世界にやってくる前から、自分たちがこの世界に現出する前から、電波を使用して目視困難な状況及び視認圏外で敵を捜索する装置の威力を身に染みて分かっていた。

 

「ああ、おそらくタ級かリ級か・・・・。しかし、脅威は脅威だが我々にはやつらの電探が霞んで見えなくなるほどのレーダーを積載した仲間がいる」

 

それが誰のことか。分からないはずがない。

 

「はい! FSC-3A多機能レーダーは深海棲艦の積んでいる電探とはレベルがそもそも違います! 同じだったら、気絶する自信がありますよ・・・」

 

艦隊が微笑で包まれる。長門はそれを見届けると、真剣な口調で叫んだ。

 

「これより、我が艦隊は敵艦隊への突撃を開始する。砲雷撃戦で、長く多大な犠牲を強いたこの戦いに終止符を打つぞ!」

『了解!』

 

頼もしい返事が寸分たがわず、一致した。

 

「総員、最大戦速! みずづき! しつこくてもいい! 敵艦隊の動向は逐一私に伝えてくれ!」

「了解です!」

「暁の水平線に勝利を刻むのだ!」

 

長門の口癖とも一部でささやかれる常套句。戦闘の行方と女神の微笑み方しだいでは、その言葉は比喩ではなく現実のものとなるかもしれない。

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

一面黒の世界。台風が過ぎ去った数日前からは今日のように月のおかげで少し明るいものの、それを勘定しても黒の世界という表現は言い過ぎではない。空気で満たされている海上ならともかく、水で満たされ光が屈折現象によってあらぬ方向へ飛んでいってしまう海中は光の影響を受けにくい。

 

そんな気がおかしくなりそうな環境とはお別れし、水面を突き破り海上へ頭を出す。波が穏やかなため、顔に海水がかかりせき込むことはない。力を比較的抜いていても沈むことはなく、身体の安定を取りやすい。頭上から月と、月に追いやられながらも隅っこで健気に輝いている星の光を受けながら、水平線ぎりぎりの地点を凝視する。漂う黒煙がうっすらと見える。その下、灯火管制も忘れ周囲をばりばり照らしながら捜索する存在が複数。撃って下さいと言わんばかりの自殺行為だ。よほど混乱しているのだろう。だが、それに陥る理由もよく分かる。あんな攻撃をいくら事前に知らされていたとはいえ、劣化に劣化を重ねた伝聞情報だけでは余程の仙人でない限り、パニックは必至だ。手練れと言えども、彼女たちは真理と探究を極めた仙人ではない。

 

「?」

 

必至に目を凝らし、得られる情報を収集していたところ、海中からかすかに音が聞こえる。規則的な特定波長音。音源がかなり遠方のようで、かなり拡散している。それが徐々にではあるが近づいてくる。

 

「っ!?」

 

外部のからリアルタイムで届けられる情報と内部に蓄積された過去の情報が重なった瞬間、静かかつ早急に海中へ潜り、音源とは反対方向に航行する。つい発揮したくなる全速航行の欲求を必死に抑え込む。そして、可能深度ぎりぎりまで潜航することを忘れない。下手にじたばたし、海中に音をまき散らせば、見つかってしまう。

 

海上の存在を混乱の渦へ叩き落した元凶に。

 

飛び出しそうになる心臓を抱え、ひたすら逃走する。段々と小さくなる音。もう少し情報を収集したかったのだが致し方ない。

 

真っ暗闇を何かが進んでいく。わずかに聞こえる航行音と変化する水流。それだけがここで何かの存在を示していた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

 

「敵艦隊まで距離、10000!! 以前、特段の変化なし! 敵は捜索に必死で気付かれていません!」

「了解! 作戦の変更はない! 第2艦隊は敵の後方に回り込み、敵がこちらへ気を向いている隙に一気に畳みかけろ! 挟み撃ちとはいえ、くれぐれもこちらの射線上に入るなよ!」

「みずづきの目と敵の厚意がありマース! 100%の保証はできないケド、了解デース!! 」

 

月に照らされた世界。白く黄色味を帯びた光を受けながら、12人の艦娘たちは白波をかき分け疾走していた。目指すは敵艦隊。全員がその方向に戦意がみなぎった熱い視線を向けている。まだ敵影は見えず、本来ならば敵艦の詳しい位置はレーダーを持っているみずづきにしかわ分からないのだが、今回は違っていた。みなが視線を向ける先。そこには上空に黒煙が漂い、光が四方八方にまき散らされている。

 

あんな痕跡があれば、誰でも見つけることは容易だ。一応、みずづきは彼我の距離を報告したが、もしかすれば不要であったかもしれない。

 

「総員、合戦よーい!!」

 

波と風の音に紛れ、長門の勇ましい声が聞こえてくる。眠っていたように真横を眺めていた長門と摩耶の艤装が、朝を迎えたかのように動き出す。みずづきとは比べ物にならない巨大な砲塔がゆっくりと旋回する。見ただけで冷や汗が出てくる太い砲身が睨んだ先は敵艦隊がいる海域。自身の前方に長門と摩耶が航行しているため、彼女たちの艤装を見ることができるのだが、後方を航行している川内や陽炎・黒潮の動きは分からない。ましてやさきほど別れた金剛指揮下の第2艦隊の状況は知る由もない。だが、推測はつく。彼女たちもおそらく長門たちと同じ行動を取っているだろう。

 

そしてみずづきも、だ。多機能レーダーで目標情報を捉え、射撃指揮装置に入力し各目標をロック。砲塔を少し左舷へ旋回させる。上下して仰角を調整する砲身。数度の微調整ののち、動かなくなった。正直にいえば昼間の戦闘で空母ヲ級を沈めたように相手の懐へ入る前にロクマルの着弾観測を通じた砲撃を加えたかったのだが、いくらレーダーと高速・大容量通信機器があるとはいえ、今は真夜中。視界が確保できなければカメラによる補正も、視覚での調整もできない。ロクマルを介した砲撃能力の限界がもろに露呈してしまった。

 

「いいか! 視認でき次第、戦闘を開始! 第一目標は戦艦タ級!! 戦艦タ級を撃沈できた場合の第二目標は重巡リ級だが、詳細は追って知らせる! まずは戦艦タ級に集中しろ! 私以外の全艦は雷撃準備を怠るな! 状況によっては雷撃戦を仕掛ける!」

『了解!』

 

見事な応答。しかし、まもなく開始される夜戦に高揚した艦娘がそれを瓦解させた。

 

「やったぁぁ!!! 私の魚雷たちを夜戦で、しかも戦艦タ級に撃ちこめるなんて! 夜戦冥利に尽き・・」

「こら! 川内! 気を抜くな! 沈むぞ!」

 

そして、集中に集中を重ねている長門の逆鱗に触れる。

 

「わ・・・分かってます!」

 

だが、長門も川内が夜戦好きであることは当然知っているわけで。

 

「だがな、川内。私は戦艦長門。いくら夜戦とはいえこの私を悶絶させるほど、戦果を上げられるかな?」

「な・・・・・。いいですよ! その挑戦! 川内型軽巡一番艦としてお受けします!」

 

長門の挑発に川内は即答した。両者ともかなり気合いが入っている。

 

「それでこそ、川内だ。今日は月が出ているため不意の遭遇はないだろうが、常に周囲の状況確認とみずづきの報告確認を怠るな!」

「こちら、みずづき! 敵に気付かれた模様! 駆逐ハ級が2隻こちらへ直進してきます」

 

まだ水平線に敵の姿は見えない。敵からもこちらの位置が見えていないだろう。しかし、ロクマルから送られてくる合成開口レーダの白黒映像にはこちらへ猛進してくる2隻の駆逐ハ級後期型がはっきりと映っていた。

 

「水上目標に気付いたってことは、敵の電探は対水上?」

 

第1夜襲艦隊の全員が抱いている疑問。それに対する自分なりの回答を陽炎が口にした。

 

「いや、そうとは限らねえぞ。飛翔中の対艦ミサイルに気付いたと仮定すれば対空電探と両方持ってるかもな」

 

摩耶のいうことも尤もである。しかし、敵は自分たちの周囲を飛び回っているロクマルに気付いていない。それを鑑みると対空電探を持っているとは考えづらい。

 

「あれか・・・・・」

 

長門が意識ここにあらずといった様子で呟く。艦隊の右舷斜め前方に駆逐ハ級後期型が姿を現した。

 

「まずは駆逐ハ級を倒す! 総員、照準合わせ!」

「待ってください!」

 

指向する主砲の動きを無理やり止めさせた。

 

「どうしたみずづき!」

 

長門が切羽詰まった様子で叫んでくる。今は一秒を争う状況。駆逐ハ級はこうしている間にも急速に距離を詰め、発砲してきた。

 

「大丈夫です! 直撃コースなし! 前進可能!」

「総員、聞いての通りだ! それでみずづき!」

「はい! 駆逐2隻が戦艦タ級の射線上を遮る形で突入しています。これでは射程距離の長いタ級がこちらへ攻撃し放題な一方、私たちは駆逐ハ級に射線を邪魔され、ハ級を優先的に攻撃する事になります!」

 

なんというタイミングか。駆逐ハ級とは異なる砲声が周辺世界に轟いた。

 

『っ!?』

 

無線から言葉にならない反射反応的呻き声が連鎖する。

 

「大丈夫です! 直撃しません!」

 

ハ級が放った砲弾の着水音に負けないよう、大声で叫ぶ。

 

「なんてことだ。ハ級を撃沈するまでいくら攻撃されようとも我々はタ級に反撃できない・・・。タ級への反撃の間はどうしてもハ級にとっての隙が・・・」

「ハ級の後期型はすっばしっこいことで有名。しかも、駆逐級の中じゃ高火力。まともに砲雷撃戦を挑めば、手こずりますよ!」

 

摩耶が滅多に使わない敬語で危機感を露わにする。戦っているだけでも回避行動が取りづらく危険だと言うのに、ハ級と戦っている時間が長ければ長いほど、タ級からの直撃弾を受ける可能性はますます高くなる。

 

「方法・・・・・。回避能力の高いハ級をすぐに仕留めて、なおかつ攻撃中も着実にタ級へ接近できる方法・・・あ」

 

みずづきは首を限界まで回転させ、背中の艤装を見た。

 

「長門さん! 私が雷撃でハ級を仕留めます! 許可を下さい!」

 

気付けば口が勝手に話し、手が勝手に三連装魚雷発射管装填の12式魚雷による攻撃準備を進めていた。

 

「私の魚雷は撃ちっぱなしです! 攻撃後、ハ級の攻勢を受け流しつつタ級の攻撃を行えます!」

 

続いて、アクティブソナー誘導であり、この世界の深海棲艦が誘導魚雷防御手段の一切を持っていないが故の12式魚雷の高命中率を説明しそうになるが、これは既に長門が知っている情報だ。

 

「ふふふ・・・。いいだろう。雷撃を許可する!」

「ありがとうございます!」

「総員、みずづきの雷撃後。タ級に突撃する。ハ級には構うな!」

 

長門の命令を聞きつつ艤装のシャッターを開き、三連装魚雷発射管を半日ぶりに外界へと晒す。

 

「対水上戦闘!! 目標敵駆逐ハ級2隻! 短魚雷発射よーい!!」

 

闇と星空に戸惑うこともなく、平常通り。12式魚雷や発射管に異常は見受けられなかった。ハ級はこちらの意図を詮索することなく、ただ明後日の方向に砲弾をばらまいている。彼らの猪突猛進ぶりのおかげで艦隊の進路を変更せずとも、足元に魚雷をぶち込むことが可能だった。

 

「1番・・・・撃ぇぇぇぇ!!!」

 

海面と無作法に突撃してくる駆逐ハ級後期型を睨んでいた魚雷発射管から、闇の中に魚雷が発射された。数は2本。「ジャボンッ!」という音を最後に生命の五感から12式魚雷は姿を消した。

 

「長門さん!」

「取り舵16!」

 

みずづきの合図で艦隊は右へ舵を切る。もうハ級と戯れる時間は終わりだ。舞台の欠員は水面下を優雅に泳いでいる12式魚雷たちが担ってくれる。ハ級は慌てたように舵を切り、こちらを追尾する姿勢を見せるが距離は徐々に開いていく。それでもめげずに砲弾は撃ちこんできた。戦意旺盛なことこの上ない。

 

「総員、タ級へ攻撃開始!!」

 

それはこちらも同じことだ。ハ級が急速に遠のいていく中、その言葉を合図に鼓膜・聴神経など耳の各器官がストライキを起こしそうな大音響が聴覚へ突撃した。敵は既に探照灯の照射をやめ闇に同化していたが、狙いは正確だった。

 

一斉に戦艦タ級へ火を噴きだす主砲たち。中でも長門の装備する41cm連装砲は格が違った。摩耶以下の砲声をかき消さんばかりの大轟音。そして、頭にのせているカチューシャ型の艤装が飛んでいかないかと心配になるほどの衝撃波。正直、それがもろにあった顔の下半分と首が痛い。それらだけで収まってくれれば良かったのだが、砲身から吹き出された火炎も異次元でSSM並みに周囲を照らし、かなり距離を取っているにも関わらず熱を感じた。黒煙もすごく、風向きが異なっていればかぶるところだ。

(こ、これが41cm砲の威力・・・・・・・。化け物だ・・・・・)

心に浮かぶ言葉はこれしかない。摩耶の20.3cm砲を前にしてはしょせん鉄砲であるみずづきのMk45 mod4単装砲は、完全に豆鉄砲だ。

 

当たれば確実に木っ端微塵の撃ちだされた砲弾はくしくも外れ。ほかの砲弾も長門と同じような有様で、命中させたのはみずづきだけだ。長門たちが砲弾を装填している間にみずづきがさらに1発を撃ちこむ。当然命中だ。

 

そして・・・・・・・・。

 

巨大な爆発音と水柱を最後に、四方の海面を泡立てていた元凶がこの世から文字通り消滅した。FCS-3A多機能レーダーで敵識別の対象となっている反応はもう4つだけだ。

 

「ハ級の撃沈を確認。敵、残り4隻!! なお、第2夜襲艦隊は順調に航行中。もう、まもなく所定位置に到着します!」

「よし!! いい調子だぜ!!」

 

摩耶が歓喜を上げる。

 

「やっぱ、みずづきにはかなわへんな~」

「私も一度はああいうふうに余裕しゃくしゃくで、戦闘してみたい」

「余裕しゃくしゃくって・・・・・」

 

引き金を引きつつ、陽炎の言葉に苦笑を浮かべる。もちろん余裕ではない。魚雷にしてもMk45 mod4単装砲にしても命中精度の差は単なる時間と血のにじむ苦労の積み重ねだ。歴史の重層さがみずづきに力を与えてくれている。

 

駆逐ハ級後期型出現時の懸念は幻想となり、未だ無損害の戦艦タ級flagshipに対する殴り込みも順調。他のメンバーも嬉しがっていたに違ない。

 

 

その一瞬の隙を、満を持してタ級は活用した。

 

 

もう何度目か分からない砲撃。接近警報に慣れてき耳に、直撃の可能性を示すけたたましい警報音が突き刺さった。

 

「直撃コース!! 10時方向より数4! 長門・摩耶への直撃可能性大!!」

「うそだろ!! まだ夾叉されてねぇぞ!!」

「10時? みずづき!」

 

こちらの報告を不審に思ったのか、回避行動を命じつつ長門が確認してきた。戦艦タ級flagshipは9時方向にいる。

 

「砲撃してきたのは重巡リ級です!!!!」

 

今まで沈黙を保っていた重巡リ級flagship。沈黙をかなぐり捨てていきなり牙を剥いてきた。

(まずい・・・・・・迎撃できないかも!)

現在、第1夜襲艦隊は長門を先頭に摩耶、川内、陽炎、みずづき、黒潮の順で単縦陣をなしている。今回、直撃の可能性が割り出された艦娘はみずづきからそれなりに離れている長門と摩耶。CIWSはあくまで自衛用火器。他艦を防衛するための兵器ではないため、例え毎分3000~4500発を放つ高性能20mm機関銃といえど他艦へ向かっている目標へ命中させることは至難の業。もはや運の領域だ。川内たちと戦った時は狙われた艦娘の位置が自分に近かったからできたのだ。ESSMを使用しようにも、既に砲弾はESSMが使用できない距離まで近づいている。

 

「CIWS起動!!」

 

CIWSの6銃身が他艦に突入する砲弾へ指向する。

 

「射撃指揮を手動に変更! 対空射撃、開始!」

 

長門や摩耶が必死に放っている弾幕とは文字通り桁の違う弾幕がカーテンのように2人の左舷側を覆う。

 

「お願い! 当たって!」

 

だが存在するかどうかいまだに立証されていない神々、そして運への懇願も虚しく、レアメタルのタングステンで創造された光弾のカーテンをやすやすと通り抜け・・・・・・・。

 

「っ・・・・・」

「長門さぁぁん!!!!!」

 

4発中3発が第1夜襲艦隊旗艦の長門に吸い込まれ、命中した。爆発による一瞬の閃光が消え去ったあと、彼女は再び闇の中に消えた。

 

「長門さん!! 返事してくれよ! 長門さん!」

 

眼前で長門が被弾するとことを目の当たりにした摩耶が必死に無線で呼びかける。川内たちも呼びかけたいのは山々だろうが、戦艦タ級flagshipと重巡リ級flagshipの攻撃を阻止する牽制射撃で忙く、それどころではないらしい。みずづきも後ろ髪が引かれる想いで川内たちに加勢した。早速、Mk45 mod4 単装砲から射出された多目的榴弾が重巡リ級flagshipに命中し、閃光を瞬かせる。

 

同時にみずづきたちが攻撃している方向とは異なる方角に複数の閃光が見えた。

 

「ついに来ちゃった・・・・・・。ちくしょう・・・・」

 

対空画面上を4の光点が音速一歩手前の速度でこちらへ飛翔してくる。そして数秒後、艦隊の後方で海水を空へ押し上げた。

 

戦艦タ級flagshipや重巡リ級flagshipとは少し離れた位置にいた軽巡ツ級2隻である。

 

「みずづき! さっきの砲撃は!?」

 

川内が緊迫した声で尋ねてくる。長門はいまだに沈黙していた。暗視装置越しに姿を確認しようにも閃光があちこちで瞬いている状況ではその都度視界が真っ白に染まるホワイトアウトに陥り、効果的な状況確認ができない。

 

「こちらへ向かっていた軽巡ツ級です! 2隻います! 2隻!」

 

戦艦タ級flagshipに多目的榴弾を浴びせながら、川内に応える。状況が夜戦であることも影響し、Mk45 mod4 単装砲の効果はほとんど見受けられない。ただ、摩耶や川内たちとの協同による射撃はたぶんな牽制効果生んでいた。敵はこちらへの攻撃より、回避行動を優先している。

 

「いくら夜戦が得意とはいえ、これはまずいよ、これは! 金剛さんたちは!」

「まだ回頭中! 攻撃位置に着くまでしばらくかかると思います!」

「雷撃しようにもまだ距離があるし、砲撃で火力を弱めようにもタ級もリ級も小破しかしてないし ああ! もう!!!」

 

やり場のない怒りを発散させる川内。重巡ごときの砲撃で長門が戦闘不能に陥ったとは考えにくいが、戦場では運が勝敗を大きく左右する。戦艦とて無敵ではない。くしくもそれは軍事史上、大日本帝国が多くの事例で証明していた。

(これ以上、艦隊に被害を出すわけには・・・・・・)

 

“何も守れてねぇじゃねぇかよ!!!”

 

小海東岸壁で見た死屍累々の光景が瞬間的に甦った。そして・・・・・・

(私はもう2度と・・・・・)

沈みゆく「たかなわ」と満面の笑みを浮かべて散ったかげろうが瞬間的に甦った。

(今の私に出来ること・・・出来ること・・・。ロクマルはAGM-1も12式も積んでいないから使えない・・・)

今の自分出来ること。給弾ドラムの装填を終え、再び活動を再開したMk45 mod4 単装砲の発射ボタンを

押しながら、決意を固めた。

 

「川内さん! もう一度私が雷撃を仕掛けます! 私が準備している間の援護をお願いし・・・・」

 

だが。

 

「ふん!!!」

 

その言葉はビッグセブンの一員であることの象徴であった41cm連装砲4基の一斉射撃で最後まで紡がれることはなかった。

 

「いっっつ!!」

 

鼓膜がついに悲鳴を上げる。しかし、心も脳もそのような些細なことに関心を向けなかった。

 

つい先ほどまで全員が砲身を向けていた重巡リ級flagshipと軽巡ツ級の1隻が大爆発を引き起こした。軽巡ツ級は完全に爆炎に包まれ、重巡リ級flagshipはカーリングのストーン顔負けの滑走で海上を転がっていく。

 

あまりに衝撃的かつ唐突な事態に敵味方双方の砲撃が止んだ。

 

「ビッグ7の力・・・・・侮るなよ!!!」

 

東の水平線から空が白み始め、星たちが帰り支度をしはじめた頃合い。うっすらとしか肉眼で姿を確認できずとも、自らの足で堂々と立つ長門の姿に第1夜襲艦隊が歓喜に包まれた。

 

『長門さん!!!!』

 

6人の声が完全に重なった。

 

「川内! 私が2つだ!」

 

勝ち誇った長門の声。見れば、対水上画面から重巡リ級flagshipと軽巡ツ級の反応が消えていた。背筋に悪寒が走る。重巡リ級のflagshipと軽巡の中でも最高位に位置するツ級をわずか一撃で葬り去ってしまった。

 

 

長門、恐るべし。

 

 

「相変わらず、長門さんの砲撃はすごいなぁ・・・・・。でも、負けてはいられないですよ? 夜戦と言えば、この私、川内型1番艦川内の土俵なんだから!」

「いいだろう。ちょうど砲身も温まってきたところだ」

 

一拍の間。海上に火花が散ったように見えた。

 

「敵戦艦との殴り合い、か。胸が熱くなってきた!」

 

その言葉を最後に、長門が再び戦線に復帰した。41cm連装砲を轟かせ、直撃すれば戦艦タ級flagshipと言えども中破は免れない超撃。対する戦艦タ級flagshipも長門の砲撃を持ち前の機動性で交わし、16inch三連装砲を叩き込む。

 

日本世界ではついぞ実現しなかった正真正銘の殴り合いだ。

 

あまりの白熱ぶりに砲撃の手が緩みかけるも、これは戦争。スポーツマンシップや武士道を過度に守っていては勝てない。長門の砲撃の隙を縫って、Mk45 mod4 単装砲の驚異的な命中率をお見舞いする。

 

「あ、ありえねぇ・・・・・どうやったら、芸当ができるんだ?」

 

戦艦タ級flagshipを包む、ささやかな多目的榴弾の爆炎。20.3cm砲を轟かせつつ、再び目の前に具現した神業に摩耶が冷や汗を流すが、神業を発揮している当の本人も彼女と同じ発汗作用に悩まされていた。

 

「か、硬い・・・・・」

 

当たってはいるが本体はぴんぴんしており、砲弾をしきりに長門やこちらへ投げつけてくる。周囲のあちこちに発生する水柱。海水が顔にかかり口が塩気で満たされるが気にしている場合ではない。砲撃をしてくる敵は目標にしている戦艦タ級flagshipの他に存在を忘れ去られないよう必死に応戦している軽巡ツ級もいる。

 

その時、リ級に一際大きな爆炎が発生する。足元を照らすオレンジの炎と、月光を遮る黒煙。明らかにみずづきのものとは異なっていた。

 

「やったぁぁ!! 命中!!」

 

川内の歓喜。どうやら川内の放った14cm砲弾だったようだ。単体で貧弱でも、損傷の積み重ねはささいな一撃の威力を飛躍的に増大させる。副砲がひしゃげ使用不能になっている戦艦タ級flagshipは苦しそうに顔を歪めていた。続いて、摩耶がリ級を夾叉する。前後に立ち上る水柱。戦艦タ級flagshipは挙動不審となっており明らかに慌てていた。

 

「え!? ちょっと、金剛さん!?」

 

FCS-3A多機能レーダーの対水上画面に目を疑う。

 

「どうしたんや? みずづき?」

 

偶然、こちらの驚愕を聞き取ったようで黒潮が砲撃の間に尋ねてくる。

 

「いや、あのね、金剛さんたちが・・・・」

「oh!!! 悲鳴を受けて来てみれば、長門たちだけで美味しいところ持っていく気デスカ?」

 

またもや発言を遮られた。おちゃらけているようで闘志がみなぎっている金剛の声が聞こえる。

 

 

 

予想外の人物の登場に全員が頭上に疑問符を浮かべたその時、軽巡ツ級が肉片をばら撒くことなく消滅した。

 

「へ?」

 

一瞬何が起きたか分からない。戦艦タ級flagshipも同様だったのか、軽巡ツ級がいた場所を凝視していた。

 

「なにをちんたらしてるんですか!? 早く帰投して北上さんの麗しいお顔を・・・・」

「私たち第2夜襲艦隊もいることをお忘れなく。ここまで来て傍観してましたなんて格好つかないじゃない!」

 

大井の言葉を遮って、曙が甲高い声で叫ぶ。

 

「・・・・・・みずづき」

 

長門が疲労感ありありの声で名前を呼んできた。素直に答える。

 

「はい。第2夜襲艦隊はあと一歩で所定位置に到達する地点で回頭。急速にこちらへ接近しています。もう、まもなく肉眼でも確認できるかと」

 

空は半分近くが白く染まり、目が正常に機能するところまで光が戻ってきている。

 

「はぁ~」と吐き出されるため息。長門は頭を抱えていた。しかし、彼女たちはこちらの危機的状況を覚悟し、長門の叱責を覚悟の上で突撃してきたのだ。いくら作戦違反を犯したとはいえ叱れない。

 

「・・・全く」

 

長門は微笑を浮かべる。次の言葉は金剛と同じく、闘志に溢れたものだった。

 

「事情聴取は後だ。こうなってしまった以上、協同で叩き潰すぞ!!」

「了解デース!! 皆さん! 行きますよ!!!!」

「こちらも負けてはおられん! 一斉攻撃だ!!」

「了解!!」

 

うっすらと東が茜色に染まり始めた空の下、佳境を迎えた艦娘12隻と戦艦タ級flagship1隻による戦い。それはもはや戦いと呼べる様相ではなくなっていた。撃ちこまれる桁違いの砲弾量に、撃てばほぼ当たるみずづきのMk45

mod4 単装砲。結果は誰の目にも明らかだった。それでも戦艦タ級flagshipは、戦艦タ級そしてflagshipの名に恥じない意地を見せ続けた。

 

しかし。

 

「これでチェックメイトデス!!!」

 

最後は金剛の35.6cm連装砲によって捉えられ、わずか1隻で艦娘12隻と戦った戦艦タ級flagshipは上半身の構成組織をミンチにされて、爆散。未練にすがる暇もなく海底に沈んでいった。

 

「敵戦力の全滅を確認。捜索範囲内に敵影なし。深海棲艦の殲滅を確認しました」

 

明るい声でみずづきは無線に向かって叫ぶ。対水上画面、そしてロクマルの対水上レーダーには自分たちの反応以外は何も存在していなかった。

 

「よ、よかった~~~」

「誰もけがなくて、良かったのです!」

「完全勝利デース!!」

 

雷・電・金剛をはじめ安堵する一同。長門が小破一歩手前、複数の機銃が破壊され、艤装に煤がつく損傷を負ったが、誰1人として致命的な損傷を負わずに勝利を手にすることができた。手を叩いて喜んでも、罰は当たらない。しかし、一通り声を上げるとみな黙り込んでしまった。達成しなければならないのは深海棲艦の本土上陸部隊を撤退させること。この戦いは敵に上陸断念を迫るものなのだ。

 

「全艦、前進微速。作戦通り後方支援艦隊、護衛艦隊と合流する」

 

鎮守府への報告を終えた長門が控えめの声量でそう号令する。目の前の敵は殲滅した。だが、これは手段であって目標ではない。茜色から青色へ変わっていく空。東のみはオレンジ色に染まりつつある。日の出が近いらしいことを世界が教えてくれた。

 

「っ!?」

 

航行を初めて数十分。沈黙の艦隊に突然長門のうめき声が響いた。不審に思った吹雪が「どうしたんですか? 長門さん」と声をかけるが反応なし。少しざわつく。

 

「やった・・・・」

「ん??」

 

小さすぎてうまく聞き取れない。だが、そこにははちきれんばかりの歓喜が宿っていた。「何事か」と全関心が向けられる。不安ではなく好奇心を原動力とする静寂。長門は呼び出しを受け、横須賀鎮守府と連絡をとっている真っ最中のはず。何か情報を得たのだろうか。

 

「みんな、今、百石提督から連絡があった」

 

震える声。少し涙ぐんでいるようにも聞こえる。長門のこのような声を聞くのはこれが初めてだった。

 

「深海棲艦上陸部隊を監視していた呉鎮守府所属潜水艦娘伊19から緊急電。敵輸送部隊が進路を反転、東進を開始した」

「っ!?」

 

誰もが息を飲む。長門の声が、言葉が頭を高速で駆け巡る。輸送部隊の進路反転。それはつまり・・・・・・。

 

「みんな、ありがとう・・・・・」

 

完全な涙声の長門。それが、それこそが、長門の言葉が真実であると己の頭で出した結論が妄想ではないことを証明していた。

 

赤く染まる雲。金色に輝く東の水平線。そこからゆっくりと真っ赤な存在が姿を現してくる。差し込んでくる不純物のない純粋な光。それが海を、空を、雲を、そして自分たちを照らしていく。

 

「作戦は、成功だ・・・・・」

 

 

 

 

『やったぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 

 

「やった、やったよ! 私たちやった! 守り切ったんだよ!」

「ちょ、ちょっと吹雪! 苦しい! 苦しいってば!! 私は白雪でも初雪でも、深雪でもないの!! 曙! 曙よ!!ああもう!! うっとうしい!!」

「北上さん、私たちやりましたよ!! ・・・・・・うわぁぁーーーーん!!」

「やったんデスネ・・・・・私たち・・・・。ぐすっ・・・・・、私たちは勝ったネェェェ!!」

「やった、やった! ねぇ、だから言ったでしょ!! 電! 想いは必ず届くって!」

「うん・・・・うん・・・・雷ちゃんの言う通りなのです・・・。神様は私たちの願いを受け取ってくれたのです・・・・」

「よっしゃぁぁぁぁ!!! うちらの大勝利や!! これで関東が戦場になることも、みんなが本土決戦の恐怖に震えることもうあらへんで!」

「そうそう!! それもこれもみずづきがいてのことよね!!」

「え!?」

 

陽炎が放った、予期していなかった言葉。「いやいや、何言ってんの」と否定するが、全く効果がない。

 

「謙遜しないの!! 私はただ純粋な事実を言ってるまでよ! ねぇ、川内さん」

「そうそう。みんな今こうして大した損傷もなく喜びを爆発させてるけど、敵は空母4隻を含めて私たちと同数の12隻いたんだよ。もし、みずづきがいなくて完全な夜戦になってたら大破艦が続出してもおかしくなかった」

「夜戦はお互いの距離がどうしても近くなるから、食らった時の損傷は大きいし、予測不能な事態も必ずと言っていいほど起こる。川内の言ってることは何の誇張もないぜ」

 

肩に手を乗せ、満面の笑みを見せる摩耶。これほど混ざり気のない笑顔を見たのはいつ以来だろうか。それだけで目頭が熱くなってくる。

 

「まぁ、私より夜戦が出来るって点は悔しいけど・・・」

 

その言葉につい爆笑してしまう。陽炎や黒潮、摩耶も同様だ。夜から朝へ完全に移行した海上に、温かい笑い声が木霊する。

 

「みずづき・・・・」

 

優しい笑顔を浮かべ、流れ出た涙を拭いながら長門が近づいてくる。鼻をすする音。とても上品であるが故に聞き苦しさは皆無。執務室でいつも醸し出している少し冷たい雰囲気もすっかり四散していた。

 

そんな彼女は、みずづきの前に立つとただ一言だけ呟いた。

 

「ありがとう・・・・」

 

空気や海に溶けてしまいそうな柔らかく、儚げな声。たった一言。だが、それだけで長門のあらゆる気持ちが伝わってくる。

 

決壊しそうな目頭を必死に抑え、みずづきは返事にと満面の笑みを浮かべる。朝日に照らされ、いつも以上に輝く瞳から流れ落ちる一筋の涙。これぐらいは許されるだろう。

 

新たなる夜明けと1日を迎えた世界。昨日は昨日で、今日は今日だ。連続しているようで連続していない時間。危機は途切れ、日常の営みを再開するときが来た。

 

東の空に太陽を認めながら、空のはるか彼方に浮かぶ月。名残惜しそうに余韻を残しているが、徐々に太陽へ舞台を譲り渡していく。見たかったものは見られた。有明の下、瑞穂の歴史に新たな1ページが加わった。

 

もちろん、悪い事象ではなく良い事象が。




今話にて約1ヶ月半(リアル時間)にわたった「房総半島沖海戦編」は終了です! 
次話より第2章終局に向けて、物語が転がってゆきます。(なんだか前にも言ったよな気が・・・・・)

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