水面に映る月   作:金づち水兵

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知識が浅い故のお見苦しい点があることと思いますが、
寛大な心で読んでいただければと思います。




54話 房総半島沖海戦 その3 ~石廊岬沖海戦~

みずづきたちも、ひたすら静岡県沖の海上を最大戦速で東へ、房総半島南方海域へ向け進んでいた。

 

対空画面に映る無数の光点。現在位置は伊豆半島の先端、石廊崎沖。みずづきのFCS-3A多機能レーダーは半径250km圏内の300以上の目標を同時に捕捉・追尾可能であり、現在空中戦が行われている東京湾上はもとより、敵連合部隊がいると目されている房総半島沖と伊豆諸島八丈島上空さえも“視認圏内”だった。それを聞いた川内たちは悶絶していたものの、みずづきは電子の目を通して見られる壮絶な戦いに釘付けとなっていた。

 

レーダー画面という平面上を乱舞し、交わり、そして・・・・・・・次々と消えていく光点たち。瞬きの終焉がどうのような意味を持つのか。それを分かった上で、味方の光点が消えていく光景は否が応でも精神を圧迫した。

 

「みずづき、横須賀と東京の様子はどう? もうかなりの時間が経ったけど。・・・・・・決着ついたんでしょ?」

 

その苦悩が表情に出ていたのだろうか。川内が戸惑い気味に訪ねてくる。周囲を覗うと、無言を貫いている陽炎たちもこちらをまっすぐと見据えていた。

 

「はい。おっしゃるとおりです・・・・・」

「どうなったん? その・・・・」

「完全な私見になるけど、瑞穂は“勝った”。・・戦術的にだけどね」

「戦術的・・・?」

 

奥歯に衣を着せるような言い方に、初雪が疑問を浮かべる。やはり、現状をしっかりとみんなに伝えなければならないようだ。

 

「横須賀沖では、既に戦闘は終結。横須賀上空に到達できなかった敵は帰投コースに入ってる。赤城さんたちの奮戦で敵を追い払うことに成功したみたいだけど、迎撃隊と102隊はかなりの機体を喪失。中でも102隊は40機中、29機が撃墜された模様」

「29機?」

 

聞き返してくる陽炎。「29機」と明確に答え直す。それを受け取った陽炎は複雑に目を伏せる。

 

「亡くなった人のことを思うとあんまり大きい声で言えないけど・・・・」

「よく、頑張ったほうだよな・・・・・。21式戦闘機じゃ開始数分で全滅とかザラだったんだろ?」

 

後頭部で手を合わせながら空を見上げる深雪。

 

「うん。・・・・・・提督も、そう、言ってた・・・・・・」

「29機、か。それなら30式戦闘機の意味はあったってことだね。都心の方はどうなの?」

「小松の第404飛行隊はかなり踏ん張ってました。ですが推測通り、戦闘開始まもなく・・・・・・・・・・・・・全滅しました」

 

自然に声のトーンが下がる。「全滅」という言葉の重みはとても計れるものではない。1つの飛行隊には40機が所属している。戦闘機の場合、1機に搭乗員は1名。

 

光点はただの光でも、ただの情報でもない。通常機の場合、人の命が宿る反応なのだ。それがいとも簡単に消えていく。いくら、人の死を見てきたとはいえ、この状況にはいつもで経っても慣れそうになかった。

 

“もし、自分があそこにいたら、どうなっただろう”。

 

死なずに済んだ人たちがいたのではないか。ここが日本とは異なる並行世界であるが故に、自分がここでは希有で強力な存在であるが故に、頭の片隅からそのような声が聞こえてくる。

 

「やっぱりか・・・・」

 

川内が物悲しそうに頭をかく。

 

「はい。70機近くの敵編隊を前にしては・・・・・全滅後、善戦していた第101飛行隊が戦線を維持する状態に陥ってました」

「101隊の現状は?」

「さすが瑞穂海軍航空隊の精鋭と言われるだけはあり、かなりの奮戦ぶりを見せていましたが、通常兵器だけで護衛戦闘機を有する敵攻撃隊は厳しかったようです。101隊は40機中34機が撃墜された模様です」

 

艦隊にますます重苦しい空気が流れる。

 

「こちらも横須賀同様、戦闘は終結。地上の被害は分かりませんが、戦力の過半を失った敵第二次攻撃隊は進路を反転。現在、千葉県上空を飛行し、太平洋へ向かっています。敵を退けた点を考慮すると、戦術的勝利と言えますが・・・・」

「戦略的には、完全な敗北」

 

初雪の嘆きが、瑞穂の置かれた現状を的確に表していた。

 

「この戦闘で瑞穂海軍航空隊は参加機80機のうち、8割にあたる63機を喪失したことになるよね・・・。これじゃ・・」

「ええ、かなり厳しいわ。敵も第3次攻撃を行えないほど戦力を消耗したとはいっても、館山とかの滑走路は敵にやられちゃったわけだし・・・・」

 

白雪が内心で思っているであろうことを、陽炎が代弁する。横須賀湾沖航空戦、そして浦安航空戦で海軍は関東において現在投入可能な航空戦力の過半を喪失した。敵が特攻まがいの攻撃を仮に仕掛けてきた場合、両航空戦で生き残った17機の30式戦闘機で迎撃することになる。だが、その17機も全てが無傷とは考えにくい。即刻、整備工場や修理工場へ引っ張られる機体も多いだろう。

 

そして、滑走路の復旧は攻撃を受けた基地の設営隊、民間建設会社が急ピッチで進めているものの、いくら早くても明日の未明までかかる。つまりは・・・・。

 

「関東の空は、真っ裸になってしもうたんやな・・・・」

 

黒潮がぎこちない苦笑を浮かべる。

 

「やばいね・・・・・・、本当にやばい。敵の別動隊がいる中でこれは・・・・・」

 

川内がぶつぶつと独り言を漏らす。その理由はみずづきのFCS-3A多機能レーダーが捉えたある反応にあった。第3水雷戦隊は横須賀鎮守府との通信が回復した後、百石から「第5艦隊との合流」と同時に「敵別動隊の捜索」を命じられていた。第5艦隊から「敵に捕捉された」との通報があった後は前者が「第5艦隊の救援」に変わっているが、もちろん後者はそのまま。第5艦隊救援に向かう傍ら、みずづきは艦娘たち・横須賀鎮守府・軍令部・第5艦隊などなど瑞穂海軍の並々ならぬ期待に見事応えた。

 

 

伊豆・小笠原諸島の主要基地を一瞬で無力化した敵別動隊。

 

 

第3水雷戦隊は存在はもちろんのこと、敵が自分たちの近くにいることを確信していた。

 

「みずづき? 例の反応はまだ・・・・」

「はい・・・・15分前に最後の反応があったあと、見失いました。すみません」

 

今から1時間ほど前、FCS-3A多機能レーダーが伊豆諸島三宅島の東方海域で航空機らしき反応を捉えたのだ。慌ててレーダー反射断面積(RCS)から機種を特定しようとしたが、三宅島に遮られレーダー走査の影となっていた区域から出てき所属不明機はすぐにレーダー画面から姿を消した。

 

川内たちとの議論を経て、当初は三宅島に配備されている水上機ではないかとの推測が立った。三宅島には各島との連絡用として陸軍が水上機を配備しており、偵察飛行を行っているのではないか。敵の偵察機なら効率的に情報収集を行うため、FCS-3A多機能レーダーにはっきりと捉えられる高高度を飛行するはず。

 

しかし、情勢が情勢だけに推測を立てても決めつけることはしなかった。

 

そして、今から43分前、35分前、26分前に断続的な反応があった。それは全く別の位置で探知されながら1時間前の所属不明機と同じように、まるでトビウオが海中と海上を行き来するかのように「捕捉」・「消失」を繰り返し、最終的には見失っていた。

 

 

この反応を見て、みずづきはある疑念を抱いた。

 

“こちらの対空レーダーに引っかからないよう、低空飛行をしているのではないか”と。

 

そして、決定的な情報。レーダー反射断面積(RCS)から捕捉した所属不明機が陸軍の水上機などではなく、深海棲艦の空母艦載機、しかも「白玉型」と断定できたのだ。

 

それを受け、川内は横須賀鎮守府に「敵別動隊艦載機を発見」と通報。同時に既に発艦させていた自身の零式水上偵察機2機を神津島西方海域に向かわせ哨戒を開始した。ちなみに、現在みずづきのSH-60Jことロクマルは第3水雷戦隊の進路上にあたる利島・新島周辺を重点的に捜索していた。

 

「いや、謝らなくてもいいよ。しかし、反応があった場所を鑑みるに、うちの子たちが敵を発見してもおかしくないんだけどな。天気も台風一過のおかげで、視界は良好だし」

「こちらも、念のため、島影なども重点的に捜索しまてすが、今の頃はなにも」

「捜索も大事だけど、第5艦隊の救援にも向かわないといけないし・・・、っと」

 

焦燥感を浮かべていた川内は不自然に言葉を遮ると、真剣な瞳でみずづきを見つめる。なぜ、そのような表情をするのか。凄惨な事実が飛び交う情勢もあって分からなかったが、次の言葉ではっきりと分かった。

 

「2番機から通信。ごめん、出るね」

 

右耳に手をあて、空に視線を向ける川内。誰のものか分からなかったが「ゴクリ」と生唾を飲み込む音が波しぶきを押しのけて聞こえた。

 

「そ、それは・・・・本当なの? うんうん・・・・。見間違えじゃない? 絶対に?

・・・・・・・・・・分かった」

 

耳元に手を当て一語一句逃さないという雰囲気を漂わせながら無線を聞く川内。表情がみるみるうちに険しくなっていく。それに比例して、おのずと心拍数が上がりだす。それを見ただけで、伝えられるであろう内容は大方予想がついた。

 

「みずづき?」

 

眉間にしわを寄せた川内が、目をしっかりと射貫いてくる。

 

「あんた、私の水偵・・・・2番機が今いる場所、捉えてるよね?」

「はい。そうですけど・・・・神津島の東海域上空です」

「そこを飛んでた2番機から、連絡があったの。敵の別動隊を発見したって・・」

「ほんで、川内さん? 敵の陣容は?」

 

黒潮が表情を暗くしつつも、興味津々といった様子で尋ねてくる。川内は務めて冷静に、その表情からは想像もできない内容を語った。

 

「神津島東方海域を北上中の艦隊は、重巡flagship2、軽巡flagshipが2、駆逐flagship2の計6隻だって」

「・・・・・・・・・・ん? あれ空母は?」

 

黒潮の素っ頓狂な疑問に全員がうんうんと頷く。敵は小笠原諸島の硫黄島などの航空戦力を用いて爆撃しているのだ。当然ながら航空機を海上で運用にするには空母が必要不可欠。にも関わらず川内の報告には空母がいなかった。

 

「私も確認したけど、空母はいないだってさ。でも、状況から考えて、空母はいる。と、いうことは・・・・」

「そんな・・・・」

 

頭の中で結論がフライングし、思わず驚愕の声を出す。内心で導き出された信じられない事実。それを白雪が震えながら、呟いた。

 

「少なくとも今回の本土攻撃には、4個艦隊が投入されている、と」

 

誰もが驚愕に目を見開いているが、反論は一切出なかった。最重要戦力を護衛も付けず空母単体で運用するなど正気の沙汰ではない以上、深海棲艦は今回の攻撃に4個艦隊を投入したことになる。4個艦隊、合計24隻だ。かつての海上自衛隊における3個護衛隊群に匹敵する規模の部隊を敵は一度に投入してきている。比喩抜きで貧弱な国なら滅ぼせるほどの戦力だ。しかも、またもや全艦、特異型。考えれば、考えるほど頭が痛くなってくるが、ここで思考停止に陥るわけにはいかなかった。

 

「川内さん、これからどうしますか? 敵がこのまま北へ進んだ場合、速力にもよりますけど、重巡艦隊と鉢合わせに・・・」

「分かってるよ、みずづき。ただ、まずは横須賀に報告しないと。この動き、房総半島沿岸を西進する敵艦隊と無関係なわけないからね」

 

九十九里浜沖に展開していた敵連合艦隊は第二次攻撃隊を放った後、2つの艦隊に分離。空母4隻を有する機動部隊は本土から離れる進路をとっていたが、問題は戦艦2隻を擁する水上打撃艦隊であった。敵水上打撃艦隊は房総半島沿岸に沿って、西進。敵連合艦隊を撃滅せんと東進する第5艦隊へ向かっているかのような進路を取っていた。

 

「ロクマルを2番機飛行空域に向かわせますか?」

「今、飛んでいる区域の哨戒はどんな感じ?」

「島影も含めてほぼ捜索し終えました。敵は見当たらず、大島周辺までの安全が確認済みです」

「了解。それじゃ、至急ロクマルを2番機の・・・・・・ん? こちら川内? どうしたのそんなに慌てて・・・」

 

こちらとの会話を打ち切り、再び通信機に意識を向ける川内。交信が始まった直後は「ほんとに!? やったぁーーー!!」と歓喜に沸いていたが、時間が経過するにつれて顔がみるみるうちに青くなっていく。先ほどの真剣な表情とは次元が異なっていた。そして、場に静寂が訪れる。あの川内が固まってしまった。

 

「ねぇねぇ、どうしたの? 川内さん」

「分からない・・・・」

 

額に汗を浮かべた陽炎の問いに、そうとしか答えられなかった。しかし、心の中では確信が急速に膨らんでいく。背中に悪寒が走る。早くなる鼓動。嫌な予感が全身をくまなく駆け巡る。

 

大きく長いため息。それは傍から聞いても分かるほど震えていた。こちらへ向き直った川内に、川内らしさが微塵も残っていなかった。

 

「今、1番機から連絡があった。神津島の西側海域で、空母機動部隊を発見したって・・・・・・・・・」

「おお!!」

 

深雪と黒潮が控えめに歓喜の声をあげる。川内の様子からただならぬ気配を全員が感じていたため、その歓喜も一瞬で終わる。

 

「んで、んで、編成。川内さん、編成は?」

 

黒潮の問い。川内はもはや精神が凍り付いてしまったのか、淡々と2番機からの報告を伝えた。

 

「敵の編成は空母ヲ級改flagship2隻・・」

「はぁ!?!?」

「戦艦棲姫1、戦艦タ級flagship1、軽巡ツ級flagship1、駆逐イ級後期型flagship1の計6隻」

「う、嘘でしょ・・・・・」

 

目を大きく見開き、首を垂れる一同。それは長年この世界で深海棲艦と戦ってきた川内のみならず、みずづきもにも降りかかっていた。この世界の深海棲艦には、日本世界の深海棲艦と多くの差異が存在する。ゼロ知識なら頭に疑問符を大量生産し首をかしげるしかなかっただろうが、みずづきもこの世界の深海棲艦について百石や艦娘たちから聞いたり、自分で調べたりしていた。そのため、川内が語った深海棲艦がどれほどの存在か理解できていた。

 

 

 

 

 

 

はっきり、言おう。最悪だ。

 

 

 

 

 

 

日本世界にも空母ヲ級改flagshipや戦艦棲姫に相当する深海棲艦がいた。それらは一往に特異型と呼ばれ、頻繁に出没する通常型と区別されていた。全身に青いオーラを纏い、戦闘力は桁違い。化け物中の化け物として、人類の恐怖の対象となっていた。

 

それがすぐ近くの海域にいる。川内の水上偵察機2号機が飛んでいる場所。機影はしっかりと多機能レーダーに映っており、その位置も把握できている。方位170、距離42000。多機能レーダーの対水上目標探知範囲まであと10kmほどというところにいた。

 

非常に近い。そして、もう一度思い出してほしい。今いる場所はどこか。そう、ここは伊豆半島沖。本土の目の前だ。

 

そこに最後の止めが加えられた。

 

 

「その艦隊は現在北上してる。私たちに向かって・・・・」

 

 

――――

 

 

「総員、戦闘よーい!! みずづき、手筈通りに!」

「了解! 目標、敵機動部隊6隻! SSM-2B blockⅡ諸元入力はじめ!!」

 

怒っているわけでもないのに、怒号にしか聞こえない叫び声の応酬。それがなによりもこの場に漂っている緊迫感を表現していた。

 

2個艦隊が伊豆諸島近海に展開し、一方は空母ヲ級改flagshipと戦艦棲姫を要する特大艦隊という別動隊捕捉の報告は聞いた者を否応なく椅子から転げ落すほどの衝撃を持って、瞬く間に瑞穂全土を駆け巡った。しかし、衝撃はそれだけに止まらなかった。敵4個艦隊の動きを俯瞰していくと、敵の真意が見えてきた。敵重巡艦隊は現在神津島の東側を航行しており、このままいけば敵空母護衛艦隊へ猛進中の第5艦隊が房総半島沿岸を西進する敵水上打撃艦隊と敵重巡艦隊によって挟撃される可能性があった。

 

しかし、横須賀鎮守府は即座に「敵重機動部隊の撃滅」命じてきた。周辺海域に代替戦力がいないこと、なによりみずづきがいなければ対処困難であることが、「第5艦隊救援」より撃滅が優先された理由だろう。みずづきとしても全く異存はなかったが、正直この戦闘がどう転ぶか全くの予想が立てられていなかった。

 

17式艦対艦誘導弾Ⅱ型(SSM-2B blockⅡ)が効くのか。

 

これが最大の不安定要因だ。SSM-2B blockⅡは弾頭にHEAT(対戦車榴弾)を用い、こちらの戦艦タ級でも一撃で沈めることが可能な代物である。しかし、空母ヲ級改flagshipや戦艦棲姫の装甲は戦艦を遥かに凌駕する。日本での戦闘では、特異型にSSM-2B blockⅡが効かなかった事例が多々存在するのだ。その時は、艦娘・通常艦艇・航空機からミサイルの波状攻撃で撃破に成功していたが、みずづきの手持ちは8発しかない。30式空対地誘導弾(AGM-1)もあることにはあるが通常の戦艦にすら効果が薄く、また搭載したロクマルを相手の必中圏内にまで飛ばさなければならない。奇襲でもない限り、博打に等しい。

 

効くことを祈るのみ。日本の技術が化け物を射抜くことを信じるのみ。彼らを操る立場のみずづきにはそれしかできることはなかった。

 

「諸元入力完了。SSM-2B blockⅡ、発射よーい!」

 

波音や風音はどこへいったのか。一拍の沈黙が艦隊に流れる。川内たちの表情を横目で覗うが、いまいち掴めなかった。彼女たちにもみずづきの懸念は伝えてある。もし、効かなければ、砲雷撃戦で決着をつけるしかない。そうなれば、被害は確実に出る。この攻撃如何でこちらの出方が様変わりする。そして、戦闘がすぐに終わるか、長期化するかでは挟撃されようとしている第5艦隊の運命をも大きく左右する。

 

己の双肩にのしかかった責任故か、内臓がずっしりと重くなるような感覚に襲われる。

 

「・・・・・・っく。・・・発射!」

 

邪念を払うように、様々な感情が込められた指で発射ボタンを押す。命令者の精神状態に関係なく、無感情・機械的に次々と撃ち撃ち出されるSSM。一直線に、容赦なくみずづきが定めた敵へ猛進していく。

 

そして、ついに電子の目が待望した反応を捉えた。声に出して情報共有を図った瞬間、艦隊の緊迫感が跳ね上がる。

 

「対水上目標探知。方位084、距離31000。数、6。速力28ノットでまっすぐ当艦隊へ進行中」

「了解・・・・・・・。やっぱり、敵の狙いは・・・・私たち、なんだね」

 

明らかに感情を抑制している川内の声。

 

「はい。そして、おそらく・・・・・・・・・・・・私の撃破が目的」

『・・・・・・・』

 

川内の気遣いに感謝しつつ、しかし眼前に横たわった真実を口にした。一瞬頭がふらつくが、歯を食いしばり体勢を立て直す。無線越しに沈痛な雰囲気が伝わってくる。

 

こちらを発見していないにも関わらず、第3水雷戦隊へ吸い付くように進路を変え、直進してくる敵重機動部隊。だが、何故空母ヲ級改flagshipや戦艦棲姫を有するほどの艦隊が、ただの水雷戦隊にここまで固執するのだろうか。確たる証拠はない。だが、自身の直感がこう告げていた。

 

“狙われているのは、私”と。

 

「命中まで、1分40秒」

 

無機質な報告。緊張ゆえか、艦隊に会話はない。しかし、カウントダウンが1分を切った時、陽炎が唐突に口を開いた。

 

「みずづき、あんたなら、大丈夫。だから、気負わずいつも通りにやって」

「っ!?」

 

思わず、言葉にならないうめき声をあげてしまった。聞こえてきた声はまるでこちらの心を見透かしているような響きがあった。

(動揺・・・・・・ばれてた?)

 

「か・・・かげ・・」

「それでも、ダメだった時は・・・・・・・・・・・私があんたを守る。この命に代えても!」

 

鋼のような覚悟を有する陽炎に圧倒されたのか。反論の言葉が喉まで昇ってきているにも関わらず、声にならなかった。その後でようやく出たのは「か、陽炎・・・・」というなんとも情けない呟きだった。

 

「おっと、私たちをのけ者にしてもらっては困るねぇ~~~」

 

久しぶりに聞いた、川内のふざけた声。先ほどまで感情を抑えに抑えていた人の言葉とは思えない。

 

「せ、川内さん・・・・・・・」

「みずづき? もう作戦行動中だから、多くは言わないけど。これだけは分かって。“私たち”はあんたを信じてる」

「っ・・・・・・」

 

顔は良く見えないのに、沈黙を守っている白雪・初雪・深雪・黒潮からも温かい目を向けられているような気がする。なぜだろう、視界が歪んできた。

 

「だから、私たちはあんたが斃れそうになったとき、身を挺してあんたを守る。みずづきなら、私たちより多くの人たちを守ることが出来るのは、れっきとした事実だしね。・・・・・・あ~あ、なんか、格好つかないな。陽炎に先越されたばっかりに」

「先手必勝! 駆逐艦を舐めてもらったら困りますよ、川内さん? 私、みずづきの親友ですから」

「おっ、言ってくれるじゃん。こりゃあ、一本取られたねぇ~」

 

肩をすくめる川内を想像したのか、艦隊が微笑で包まれる。命中まで30秒を切った。

 

「みずづき?」

 

川内の優しい声。

 

「はい」

 

目元を拭いながら、しっかりと返事をした。

 

「私たちの力、思い知らせてやるよ? 準備はいい?」

「・・・・・・・はいっ!!!」

 

気弱な心を体の外へ追い出すように、力づよく頷いた。すると、どうだろうか。肩が軽くなり、体の震えはもうなくなっていた。

 

覚悟を確かめるように敵がいるであろう眼前の海へ鋭い視線を向けると、戦術情報端末(メガネ)の透過ディスプレイに表示されている数字を読み上げる。対水上画面には特段の変化なく航行している敵艦隊が映っていた。

 

「命中まで、3、2、1・・・・・・」

 

レーダー画面に浮かんでいる敵とSSMの光点が重なる。誤作動を起こすことなく、発射された6発は全て無事命中した。

(お願い!)

自然に目をつむる。再び目を開けレーダー画面を見た時、光点がすべて消えていることを想像して。

 

しかし、これは単たる幻想で終わった。

 

光点は4つに減っていた。しかし歓喜は全く湧いてこない。反応から見て、空母ヲ級フラッグシップ改と戦艦棲姫、戦艦タ級flagshipは撃破し損ねたようだ。

 

「みずづき?」

 

川内が心配そうに声をかけてくれる。不甲斐ない報告をしなければならないのが、残念でならなかった。

 

「全弾の命中を確認。攻撃は成功しました。しかし・・・・・」

「しかし・・・・?」

「軽巡、駆逐は仕留めましたが、空母ヲ級フラッグシップ改、戦艦棲姫、戦艦タ級は・・・・ごめんなさい」

「そっか・・・・」

 

広がる落胆。だが、それで絶望の淵に陥るほど艦娘たちはひ弱ではなかった。

 

「でも、こちらの位置を敵に知られることなく、艦載機も上がらないうちに4隻まで減らせたわけだし、戦火としては万々歳だよ」

「そうそう。それに、や! あの17式艦対艦誘導弾やろ? いくら敵さんが姫級とはいえ、かなりの損害をくらってるはずや」

「普通は・・・・大損害覚悟で、駆逐艦と軽巡を沈められるか、どうか・・・・だから、やっぱり、みずづきは、すごい」

「そうそう、初雪の言う通り!! 大体、俺たちじゃ、立場逆転してただろうからな・・」

「うん・・・。良くて、心の準備が出来てたくらいで空母2隻には太刀打ちできないもの」

「そうよそうよ。だから! そんなに落ち込まなくていいの! まだ、今は初撃を与えた段階、本番はこれからよ。普通ならこの段階で損傷してる子が出るんだから、それに比べると私たちは断然有利!」

「みんな・・・・・」

 

思わず、再び目頭が熱くなる。自身の気持ちを切り替えるには十分すぎる援護だ。

 

「・・・ありがとう! そうだよね。まだ戦闘は始まったばっかり・・・」

「焦る気持ちは分かるけど、二兎を追う者は一兎をも得ずって言うでしょ? 今は目の前のことに集中。取り逃がしたり、私たちが被害を受ければ結局、第5艦隊にしわ寄せが行くからね。ところで、みずづき? ヲ級から艦載機とか出てる?」

「いえ、不気味なほど全く・・・」

「ほんとに!? やったぁぁ!!」

 

突然、歓喜する川内。陽炎たちの「おおお!!」と興奮気味にガッツポーズを決めたりしている。そこについさきほどまでの緊迫感はない。訳が分からず棒立ちになるが、彼女たちの喜びようを見て気付いた。

 

敵の攻撃を受けたにも関わらず、直掩を出さないということは・・・・。

 

「確実にヲ級改は中破してる!! こうなれば置物同然。相手は戦艦棲姫と戦艦タ級だけってことなる!」

「そうだ・・・。そうだよね! でも・・・・」

 

まだ、ロクマルのカメラを使ってじかに確認した訳ではない。レーダー画面の反応から推測しているにすぎないのだ。確定するにはまだ、情報が足りなさすぎる。そんな懸念を感じ取ったのか、川内がこちらへ笑いかけてくる。安心して、と言うように。

 

「私の水偵を一度接近させてみる。その結果次第でみずづきのロクマルを動かして」

「威力偵察ということですか?」

「武装が自衛用だから使わなけどね。みずづき風にいうのなら、ミサイル、かな?」

「もし、これで敵が艦載機をあげてこなかったら・・・・・」

 

白雪の仮定。それに陽炎が答える。

 

「空母は確実に中破してて制空権を喪失。加えて、ロクマルを接近させられるし、ロクマルが積んでるカメラでこっちが接近する前に敵の色んな情報を入手できる、と」

「そういうこと」

 

ご名答というかのように笑う川内。彼女の水偵に危険を冒してもらうことになるため進んで賛成派できないが、「ロクマルの方が大事」という好意を無下にすることはできない。それに、戦術的に考えれば川内の選択は正しい。

 

「・・・・わかりました。それでいきましょう!っと、その前に・・・」

 

対空レーダー画面に映っている無数の光点。その内の4つが堂々とレーダー波を反射させながら、さきほどSSM-2B blockⅡを撃ちこんだ座標に直行している。

 

「間違いない・・・・・・。対空目標を探知、数4。進路から考えて、周辺海域を捜索していた敵索敵機と思われます」

「了解。みずづき?」

 

屈託のない笑みを浮かべる川内。

 

「了解です! 対空戦闘、目標敵索敵機、数4!! ESSM、発射よーい!!」

 

数秒と待たず、火器管制レーダーによって目標がロックされた。

 

「・・・・発射!!!」

 

SSM-2B blockⅡとは比較にならないほど母艦に優しく、そして軽やかに真っ白な弾頭がVLSより飛び出していく。ミサイルたちもすっかり慣れたのか。彼らの勇ましい行軍に、動揺は一切なかった。

 

約40秒後、わずかなタイムラグを置いて、4機の敵索敵機と4発のESSMがこの世界から姿を消した。

 

 

 

――――――――

 

 

 

対空戦闘の後に行われた水偵とロクマルのコンビネーション偵察の結果、第3水雷戦隊は敵を視認することなく、その全容を暴き出すことに成功した。

 

空母ヲ級改flagship2隻、大破。戦艦タ級、大破。戦艦棲姫、小破。なお、かなり接近しても気付かないほど、相手は混乱している。

 

これが水偵とロクマルの偵察によって明らかになった敵の状況だった。予測していたよりもはるかに良かったことは言うまでもない。日本世界で空母ヲ級改flagshipや戦艦棲姫にあたる特異型はSSM 2B blockⅡなどの高威力兵器を一発撃ち込まれただけではケロッとしているのが普通で、世界各国を恐怖に陥れてきた。だから、正直報告を聞いたときは信じられず数秒間、銅像と化してしまったが、ロクマルから送られてきた映像を見れば信じざるを得なかった。

 

青い体液と煤で汚れ、茫然とする空母ヲ級改flagship。ひしゃげた砲塔に目もくれず、廃人のように海面を凝視する戦艦タ級flagship。しきりに人間型の本体よりも大きい、化け物を体現したかのような艤装を撫でまわす戦艦棲姫。それも空母ヲ級改flagshipと同様で全身を体液で濡らし、意識ここにあらずといった様子だった。もしかしたら、特異型も日本世界の深海棲艦より弱体化しているのかもしれない。

 

これなら、勝てる。

 

「川内さん、作戦開始海域です!」

「了解! 艦隊減速! みずづき! 翔鶴をやったようにばっちり決めちゃって!!」

「はいっと、言いたいところですけど・・・・」

「瑞鶴さんがいるところで言ったら、修羅場確定やろうな・・」

 

巻き起こる失笑。全員が黒潮の発言に頷いているのだ。

 

「よしっ。対水上戦闘よーい! 目標、空母ヲ級改flagship! ロクマルとのデータリンク良好。着弾観測射撃、問題なし!」

 

敵艦隊から21km離れた海域。既に敵の射撃範囲だが、反撃の気配はない。あらかじめ、徹底した対空捜索を行い、空母ヲ級改flagshipの偵察機をESSMで撃ち落としておいて、正解だった。無論水平線に隠れて敵は見えないが、科学は距離と地球の丸みをも克服する。敵が全容が掴める位置を飛行しているロクマルから逐次送られてくる、映像・音声・電子データなど様々な形の情報。

 

Mk.45 mod4 単装砲へ弾頭にHEAT(対戦車榴弾)を使用する重装甲目標対処用の多目的榴弾が装填される。射撃管制装置の指示に従い、砲塔が川内たちから見ればあり得ない速さで指向。水平線の向こう側にいる敵へ灰色の砲身を突きつける。敵は攻撃を受けてから断続的に速力を落とし、現在は最盛期の半分、15ノット(時速27km)ほどまでになっていた。これは第3水雷戦隊が護衛していた民間船舶と同じ速度であり、陸上では話にならないが海上でも遅い。

 

命中は横須賀鎮守府の艦娘たちと戦った演習時より容易だ。みずづきは舌で唇を湿らすと、号令を発した。

 

「主砲、撃ちーー方はじめ!!!!」

 

海上に響き渡る、腹に響く砲撃音。川内の持つ14cm単装砲よりは口径が小さく、陽炎たちが持つ12.7cm連装砲よりも砲門数が少ないため迫力は比較にならないが、次々と砲弾が撃ちだされていく光景は圧巻だ。風向きの関係で灰色の硝煙をわずかながら被っている吹雪型の3人は、咳き込みながらもみずづきの砲撃に目を奪われている。

 

メガネにロクマルから命中報告が表示される。さすがに初弾命中とはいかなかったが、座標を微修正した3発目からは順調に命中をもぎ取っていた。ロクマル搭載カメラからの映像を見ると、パニックに陥っているのか目標にしている空母ヲ級改flagshipは体を左右に揺らし暴れていた。

 

「水偵1番機から報告。こちらも命中を確認!」

 

川内の嬉しそうな報告。それに駆逐艦たちもつられる。その間も約3秒に1発の連射速度をフル活用し、砲撃を続けた。そして、空母ヲ級改flagshipは大爆発を引き起こしたのち、カメラ映像から消えた。

 

「第一目標の空母ヲ級改flagshipの撃沈を確認!」

「やったぁぁ!!」

「続けて、第2目標へ移行。座標変更指示受け取り! 修正、完了! 撃ち方はじめ!!」

 

再開される砲撃。またリズム感のある砲撃音が海上を駆け巡っていく。

 

「こっちも確認した。す、すごい! 敵はなにが起きてるのか分かっていない! いけるっ、いけるよ! ・・・・・第2目標への命中も確認!」

 

突然止まる砲撃。砲身の先端から噴き出る水。しかし、艦隊に動揺はない。

 

「給弾ドラム装填開始。砲身冷却、順調に進行中」

 

焦らず、確実に。3秒に1発の砲撃を20回ほど聞いた直後というだけあっていつもより長く感じるが、自身の艤装を信じて待つ。そして、表示される「完了」の文字。

 

再び撃ちだされていく多目的榴弾。それは空母ヲ級改flagshipとはいえ、もはや抗えない運命だ。

 

そして・・・・、2隻目も無抵抗のまま静かに紺碧の大海原に消えていった。あとに残ったのは、海と比較しても青い体液のみ。

 

「第2目標の空母ヲ級改flagshipの撃沈を確認!」

 

続けて、戦艦タ級flagshipへ。だが、それは都合の良すぎることだった。仲間がなすすべもなくやられていく間、戦艦棲姫もただパニックに陥っていたわけではなかった。しきりに生き残った副砲や機関銃を周囲にばら撒いていたが、突然数多の光弾が一方向に集束した。

 

「くっ! やっぱりか。ロクマルがばれました! 現在空域から急速退避中!」

「被害は!」

「ありません! 間一髪のところでしたけど・・・・」

 

自身へ向かってくる砲弾・銃弾。それらが空域にまき散らす破片と黒煙。いくらカメラ越しとはいえ、肝を冷やすには十分すぎる迫力を持っていた。

 

「できれば仕留めたかったけど、あの空母ヲ級改flagshipを無傷で2隻も沈めただけであり得ない奇跡だし、最後はきちんと働けっていうお天道さまのお導きかな・・・・。みずづきばかりに負担をかけるわけにはいかない! みんな、いくよ!」

『了解!』

 

川内の言葉に頼もしい口調で返す陽炎たち。主砲を握る手は強く握りしめられ、覚悟の強さを感じさせる。敵艦隊との距離、17km。

 

「よし! みずづき!!! 第2弾の用意!! この距離なら、いけるでしょ?」

「了解! ばっちりです!! 21世紀の魚雷の威力、お見せしますよ!!」

 

川内の指示を受け、即座に作戦の第2弾。12式魚雷を使用した、異色の対艦攻撃準備を開始する。敵艦隊を倒すために川内たちが立てた作戦は3つの段階に分かれていた。第1弾は先ほどみずづきが行った遠距離からの着弾観測射撃。これで全艦を仕留められれば御の字だったが、そう簡単に問屋が卸さないことは初めから分かっていた。そのため、作戦にはあと2つの段階が用意されている。第2弾は、本来海中を忍者のように航行する潜水艦を仕留めるための魚雷を、戦艦タ級flagshipに撃ちこむというものだ。

 

潜水艦用の魚雷と侮ってはならない。12式魚雷は潜水艦の装甲を一撃で貫くため、SSM-2B blockⅡと同様HEAT(対戦車榴弾)弾頭を採用。弾薬重量はSSM-2B blockⅡなどの対艦ミサイルには遠く及ばないものの、装甲で覆われていない船底の至近直下で爆発すれば、いくら『海の城」戦艦といえどもダメージは計り知れない。速力は約40ノット(時速72km)、有効射程は約20km。誘導方式はアクティブソナー誘導。調定深度をうまく調整すれば、海面付近に居座っている変音層の影響を受けず、アクティブソナーが敵艦を捉え、突撃する。

 

「対水上戦闘!!! 目標戦艦タ級flagship!! 短魚雷、発射よーい!!!」

 

“俺もここにいる”と言わんばかりに艤装側面のシャッターが開くと、俵積みされた三連装魚雷発射管が砲撃で海面を泡立てる大海原を睨む。SSM-2B blockⅡやMk.45 mod4 単装砲、ESSM、CIWS 20mm機関砲などにお株を取られ、実戦においてあまり活躍の場を与えてこられなかった12式魚雷。

 

日本の誇る英知の結晶が、この世界においてついに日の目を見る。

 

「川内さん!! 面舵、10!!」

「面舵10!」

 

乱れもなく、艦隊がわずかに右へ舵を切る。三連装魚雷発射管の熱い視線と水平線の彼方にいる戦艦タ級flagshipが重なった。

 

「1番、撃えぇぇ!!」

 

プシュー。圧縮された空気の排出音と共に、日光をギラギラと反射させる12式魚雷が三連装魚雷発射管から飛び出し、海中へ飛び込む。

 

だが、戦艦タ級flagshipを海中に引きずり込む獰猛な魚たちは1匹だけではない。三連装魚雷発射管の装填数と同じ3発が狭い金属の筒からは解放される。彼らは自分の独壇場と認識した瞬間、推進機関を作動させ、急加速。艦船とは比較にならない速さで、己の目標へ一直線。

 

「駆逐艦や軽巡なら1発で仕留められる海防軍自慢の一品。いくら戦艦タ級flagshipとはいえ、大破状態でそれを受ければ・・・・・・。お願い!!」

 

心の中でただ祈る。12式魚雷を信じていたが、戦場はいまだ人類を翻弄し続ける海の中。何が起こるか、分からない。

 

「取り舵、14!」

「みずづき!! 命中まで、あと何秒!!」

 

陽炎の詰問。

 

「1番命中まで・・・・あと、15秒!!」

 

無線越しに生唾を飲み込む音が複数聞こえた。

 

「・・・・・・・・・・3、2、1・・・今!」

 

海中の音を拾っていた艦首ソナーが、凄まじい爆音を捉えた。

 

「1番! 命中!!!」

 

「う・・おぉぉぉ・・・・」

 

歓喜と言うより、呻くような感嘆。自分たちの魚雷では成し得ない戦果に、川内たちは唸っていた。

 

「続いて、2番! 3番の命中を確認!!」

 

再び聞こえてくる唸り声など顧みず、ただ対水上レーダー画面を注視する。まだ、敵の反応は2つあった。

(やっぱり・・・だめなの・・・・)

そう、心の呟いた時。

 

「っ!?」

 

対水上レーダーから戦艦タ級flagshipの反応が、消えた。念のため、OPS-28航海レーダ-も確認するが、そちらにも戦艦棲姫にか映っていなかった。

 

「戦艦タ級flagshipの撃沈を確認!! 敵は戦艦棲姫だけになりました!!!!」

「・・・・・・・・・・・」

 

鼓膜に寸分の減衰もなく、届けられる海風の疾走音。

 

「あ・・・・あれ・・・? み、みなさ~ん!! 戦艦タ級flagship、撃沈しましたよ~~?」

「ま、マジ?」

 

みずづきの口調を、真似たのか。大日本帝国があったころには存在していないであろう言葉を使う深雪。

 

「マジも、マジ! 大マジ!! どう? 12式魚雷の実力は?」

 

反応があまりにも薄いため、とある駆逐艦の口癖をいじってみる。

 

『す、すごい!!!!!!!!!』

「うわぁっ!?」

 

いじられた駆逐艦も含めて、歓喜が艦隊を覆う。1つの通信機から駆逐艦たちが一斉に興奮気味に話しかけてくるため、何を言っているのか、全く分からない。

 

だが、魚雷を必殺武装としている彼女たちの言っていることはなんとなく、想像できた。さぞかし、鼻息を荒くしていることだろう。

 

「もう・・・、あんたたち・・・・」

 

川内の苦笑が聞こえてくる。その直後、激が飛んだ。

 

「こらっ!!! もうそろそろ、敵の親玉が見えてくるよ! みずづき! ロクマルの準備は?」

 

対空レーダー画面及びロクマルの水上捜索レーダー画面を一瞥する。

 

「大丈夫です! 攻撃による被害は皆無。現在作戦通り、戦艦棲姫の背後に移動してます!」

「さすが、仕事が早い! それで、やれると思う?」

「こればっかりはなんとも・・・・。敵は1隻に減りました。戦艦アンド戦艦棲姫っていう二正面対決は避けられますが・・・・・・」

「ロクマルのミサイルだけじゃ、厳しい・・・かな?」

「攻撃に成功すれば、それなりのダメージは与えられると思います。けど・・・」

「最後はやっぱり・・・」

「はい。私たちの砲撃と、そして・・・雷撃で決めることになると思います!」

 

みずづきは川内の背中を見つめて、Mk45 mod4 単装砲を掲げる。これから開始する作戦は第3弾。7人での砲雷撃戦で戦艦棲姫を、仕留める。

 

「ようやく、私たちの出番ね・・・・。みんな? 準備はいい?」

「あたぼうよ!」

「どんとこいや!」

「当然でしょ!」

「特型駆逐艦の力、お見せします!」

「早く、帰りたい」

 

最後の言葉に思わずこけそうになったが、そこにはいつも気だるさのかわりに闘志がみなぎっていた。

 

「いいね~! みずづき! 着弾観測よろしく! 私たちじゃ、目視と勘で動くしかないから!」

「はい! 多機能レーダーの実力、ご期待下さい!」

「いや、それはもう十分・・・・・」

 

海風と波しぶきを受けながら、交わされる川内との会話。その時、単縦陣の最前列を進んでいた陽炎が叫んだ。

 

「敵視認! 左斜め前方、距離55500!」

 

艦外カメラの焦点をズームさせると確かに、いた。底部から人間より遥かに巨大な灰色の手を生やし、中央には既知のどの生物よりも頑丈な歯をむき出しにする口。息をしているのか分からないが時々粘り気を持って海上へ垂れていく赤交じりの涎が、無性に気色悪い。その口を愛おしそうに右手で撫でているものがいた。一見すると人間だ。ワンピースのような服を着て、女性らしい豊満な胸に日本人と同じ黒髪。

 

だが、似ているのは形だけで、それは人間ではない。死体のような白い肌、鬼のように額から突き出た2本の角。そして、赤く輝く瞳と人間型の体よりも遥かに大きい、あまりにも生物的すぎる艤装。

 

あれが、戦艦棲姫。数多いる深海棲艦の中でも、とびぬけた戦闘能力を持ち姫級の一員である化け物。見ただけで本能的な恐怖を惹起させるが、震えそうになる体を何とか抑え込んでいた。人間で言えば、痛がっている顔、苦しんでいる顔。そんな風に歪んだ表情を示していた。

 

しかし、くすんだ瞳がある一点を見つめると狩人のような、復讐者のような不気味な笑みに変わる。煤の黒と体液の赤で汚れた口元。それが舌なめずりで本来の白を取り戻す。持ち上げられる口角。体中が傷つき、艤装から煙と体液が吹き出していても、戦意は旺盛のようだ。

 

「ヤット、ミツケタ・・・・・・・」

 

海の底のような光が一切ない、寒々しい言葉。直感でそれが、戦艦棲姫の言葉だと分かった。しかし、理性がそれを認めない。話しているであろう戦艦棲姫とはまだ5km近く離れているのだ。人間並みの声帯では声が届くはずかない。耳ではなく直接頭に響いてくるような、そんな不思議で気味が悪い感覚。

(なにこれ・・・どういうこと!! テレパシー? そんな、馬鹿な!! てか、深海棲艦がしゃべった!?)

思わず、目を見開く。このような奇想天外の事象など、聞いたことも記録を見たこともない。ましてや、想像をしたこともなかった。

 

だが、そんなことに思考を割いている時間は終わりだ。

 

「ウミノソコヘ、ヤサシクアンナイシテアゲル。クルシンデ、カナシンデ、ナゲイテ、ウランデ、ネタンデ、オイキナサイ!!」

「来るよ!」

 

川内が言い終えた瞬間、海上が一瞬炸薬の爆発音と砲弾が無理やり空気中に飛び出す衝撃波で覆い尽くされる。あまりの大きさに、無意識で体が震えてしまう。演習や訓練で金剛の一斉射撃などをまじかで見たことがあったが、確実にあれ以上だった。

 

火を噴く、生物的な艤装の両脇に陣取った3連装砲はまだ健在。当たれば、確実に海の底だ。

 

「みずづき!! 着弾予測は!!」

 

川内が鬼の形相で叫んでくる。決して怒っているわけではないが、下手をすれば死ぬこの状況がそれを創り出している。おそらく、みずづきもそうであろう。

 

「大丈夫です! このまま進んで下さい!」

 

レーダー画面を一瞥したあと、秒速で川内に報告する。至近距離での撃ち合い。比喩ではなく、本当に1秒が命を左右する状況。そのすぐあと、艦隊の右側に巨大な水柱が出現する。激しい波浪が発生し、体が上下に大きく揺れる。信じられないほどの威力だ。

 

小破していることは間違いないが、それでもこれなのだ。万全の状況で戦うのは自殺行為としか思えない。

 

「こら! 深雪! ぼーっとしない! 沈みたいの!」

「わ、わりぃ!」

「総員、撃ち方はじめーーーーー!!!」

 

第一撃が終わると、装填の隙をつきすぐさま川内が攻撃開始を命令。それに従い、みずづきを含めた第3水雷戦隊の全火力が一斉に注がれる。ほぼ同時に瞬く14cm単装砲、12.7cm連装砲、Mk.45 mod4 単装砲。7人分を合わせても戦艦棲姫には遠く及ばず泣きたくなってくるが、数のではこちらが上だ。

 

「戦艦棲姫! 第2射!!」

 

黒潮の絶叫。

 

「みずづき!!!」

「大丈夫です! そのまま! 直撃コースではありません!」

 

戦艦棲姫の周囲に、こちらが放った砲弾が次々と着弾する。林立する水柱の間から戦艦棲姫の余裕そうな笑みが見える。しかし、己の艤装が爆発すると一気に驚愕へ転落する。たちの悪い笑みにイラついていたため。思わずガッツポーズを決める。

 

「さっすが、みずづき! 頼もしいかぎりやわ!!」

「おおきにな! 海防軍を舐めてもらっちゃ困ります! 第2射着弾まもなく!」

「総員、衝撃に備え!」

 

次々と周囲に林立していく水柱。その後も幾度かの撃ち合いが行われたが、いまだに損傷するどころか至近弾すらない状況。対して、戦艦棲姫は10発ほどみずづきの砲撃を受けていた。しかし、当然ながら目立った効果はあがっていない。

 

水柱を被り、空いている左手で目を拭うと川内に今後の展開を問うた。

 

「川内さん! どうしますか!? もう少し距離を詰めて・・・・」

「私もそうしたんだけど、さすがは戦艦棲姫。とてもじゃないけど、近づけない!」

「では?」

「みずづきの攻撃で戦艦棲姫に度肝を抜いてもらわない限り、私たちは魚雷を撃ちこめない! お願いできる!?」

 

いくらSSM-2B blockⅡが命中したからといっても、今対峙している戦艦棲姫は小破だ。多少の砲門が使用不可になっているようだが、最大の脅威である3連装主砲は健在。みずづき以外に川内たちの砲撃も食らって、余裕を感じさせる不気味な笑みを怒りを宿す般若そのものの表情に変化していたが、まだまだ攻撃は衰えない。

 

「了解です! ロクマルの攻撃と同時に私も雷撃を行います!! これを食らえば戦艦棲姫もただでは・・・」

 

攻撃の段取りを高速で組んでいたその時。ついに恐れていた事象が降って来た。

 

「っ!?  夾叉された!!!」

 

川内が悲鳴をあげる。艦隊の左右に堂々と立ち上る水柱。

 

「しょっぱ!!!」

 

容赦なく海水が降り注いでくるものの、そんなことを気にしていられない。一気に緊張感が跳ね上がる。夾叉とは目標に対し射撃した砲弾が、目標を挟んで着弾した状態をいう。つまり撃つ側が目標を完全に捉えたことを意味し、いつ命中させられてもおかしない状況だ。現代風に言えば、ミサイルをロックオンしたとでもいうのだろうか。

 

「みずづき! もう四の五の言ってられない!!! こっちがやられる前に!」

「了解!」

「戦艦棲姫!!! 発砲!!!」

 

陽炎の怒号が飛ぶ。局所的な波浪に歯を食いしばっていると、戦艦棲姫の獰猛な主砲が何度目か分からない閃光を放った。

 

「みずづき! 着弾予測は・・・・・」

「っ!! だ、ダメです!」

 

メガネの透過ディスプレイに警告が表示される。双方から放たれる砲声に紛れて、川内の息を飲む音が聞こえた。

 

「直撃コース! 黒潮には確実に命中!! 陽炎と川内さんにも高確率で命中します!」

 

警告が表示に遅れて、みずづきのFCS-3Aシステムがけたたましい警報音を発する。これを聞くのは演習中、榛名に追い詰められたとき以来だ。全員の顔が苦悶に染まる。

 

「分かった! 総員、回避行動!!!! あとは頼んだよ!」

 

だが、何故か川内は苦悶を無理やり押しのけて、ぎこちない笑みを浮かべる。それを受け取り、ある号令を発した。

 

「CIWS起動! AAWオート!!」

 

そう叫んだ瞬間、主艤装に取り付けられている20mm機関砲CIWSが永い眠りから覚めたように、すばやく動き出した。メリハリのある挙動で砲弾の飛び交う空を睨む6銃身。間をおかず、毎分4500発という艦娘たちを氷漬けにした凄まじい連射性能を持って、タングステン弾を黒い花で穢された蒼空にばら撒く。その先には、こちらの命を刈り取ろうと空気を切り裂く、複数の砲弾がいた。

 

「お願い!! 当たって!!!」

 

1発1発の射撃音が聞こえず、チェーンソーが駆動しているような音。それが鳴り終わった直後、第3水雷戦隊の斜め左前方で大爆発が発生。大小の破片が降り注ぐ。

 

「被害報告!」

 

川内の緊迫した声が木霊した。少なくとも川内は無事のようだが、みずづきは思わず身構える。

 

「陽炎。なんとか、大丈夫!」

「黒潮や! ぴんぴんしとるで!」

「白雪! 損傷、ありません! みなさん、大丈夫ですか!?」

「こちら深雪! 余裕!」

「初雪! ない」

 

「よかったぁぁぁぁ~~~~」

 

安堵のため息が漏れる。

 

「こちら、みずづき! 私も被害なし!」

 

破片によって艤装に多少の傷はついたが、こんなもの被害でも何でもない。

 

「了解!! 引き続き、戦艦棲姫を攻撃! やつが呆然としている今がチャンスよ!!!!」

 

見れば戦艦棲姫は面白いほどに固まっていた。先ほどまでの満足げな笑みは何処へやら。川内の言った通り、絶好のチャンスだ。こちらをいたぶり、大切な艤装を傷つけたお礼をしなくてはならない。

 

「こちらみずづき! ロクマルに攻撃を伝達! 雷撃準備に入ります!!!」

「全艦雷撃戦、よーい!! みずづきの攻撃が完了したら、一気に接近! 魚雷をぶち込むよ!!」

『了解!!』

 

駆逐艦たちの勇ましい声。戦艦棲姫がこちらへ気を取られている内に彼女の後方へ回り込んでいたロクマルが2発の30式空対地誘導弾(AGM-1)を放つ。教本通り、回避行動を行うロクマル。

 

「ロクマル、AGM-1発射完了! 対水上戦闘! 目標敵戦艦棲姫! 12式魚雷発射よーい!」

 

先ほど開閉したシャッターが再び稼働し、三連装魚雷発射管を日の下に晒す。それぞれの発射管には敵を沈めたくてうずうずしている獰猛な魚たちが、機械の力によって再装填されている。圧縮空気の充填もばっちり。

 

三連装魚雷発射管が睨んでいる方向へ視線を向ける。

 

その時。不意に戦艦棲姫と視線があった。

 

「っ!!!」

「っ!?!?」

 

戦艦棲姫は即座に砲身をこちらへ・・・・・みずづきへ指向させる。どうやら、やろうとしていることを悟ったらしい。だが、心臓を鷲づかみにされたような危機感もここまで。彼女を海の底へいざなう鎖はすでに必中の距離にまで近づいていた。

 

わずかに音が聞こえてくる。空気を切り裂くのではなく、押しのける馬力を持った轟音が。

 

戦艦棲姫は目を大きく見開くとその方向へ反射的に振り向く。それが彼女の運の尽きだった。

 

「12式魚雷! 1番・2番・3番、撃てぇぇぇぇ!!!!」

 

立て続けに3発の、この世界では存在しえないほどの高性能魚雷が海中へ放たれる。

 

「おお・・・・・、あれが30式空対地誘導弾。やっぱり・・・早いね」

「もうすぐ、命中するで!!!」

 

感慨深げな川内。彼女とは対照的に黒潮は息を飲む。いくら砲弾をばらまかれようが、横を銃弾が駆け抜けようが、わずかな躊躇もなく、戦艦棲姫へ猛進していく科学の結晶。

 

「弾着・・・・・」

 

2発の30式空対地誘導弾(AGM-1)はそのまま分厚い装甲に守られた禍々しい艤装ではなく、華奢にすら見える人間型の部分に肉迫し・・・・・。

 

「今っ!!!!」

 

網膜を焼き付けるような閃光と、鼓膜を突き破るような轟音を巻き起こした。SSM 2B blockⅡより威力は落ちるものの同じHEAT(対戦車榴弾)弾頭がノイマン効果によって、幾分の情けもなく肌という名の装甲を侵食。突き破ったのち、内部で炸薬を爆発させた。

 

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

体内で鋼鉄の破片が暴れまわる痛みに、2kmほど離れていても耳を塞ぎたくなる絶叫を響かせる。あまりの大きさに衝撃波も伴っているのか、艤装がカタカタと小刻みに震える。

 

だが、彼女の苦しみはそれで終わらない。

 

「っ!!」

 

痛みに顔を歪める戦艦棲姫を、激烈な“突き上げ”が襲う。人間にあたる口から吐き出された赤い体液すら、衝撃に抗えず、上方へとび散った。それが3度。水柱が収まった後に姿を現した戦艦棲姫にかつてのような禍々しい面影は残っていなかった。

 

しかし、闘志は十分残っている。第3水雷戦隊を睨む視線には、絶対的な殺意が滲んでいた。

 

「オノレ・・・・・オノレェェェ!!!!!」

 

体液どころか、体の一部だった肉片すらまき散らしながらの咆哮。

 

「うわぁ~~~~~」

 

上手くいかない現実に頭を抱えたくなる。

 

「くっそ!!! ここまでやってもまだ沈まねぇのかよ!!」

「さすがは戦艦棲姫。なかなかやりますね・・・・・」

「しつこい・・・・。これ以上、帰路を邪魔するなら・・・・許さない」

「姉妹揃っての恨み節はあと!! みんな、準備はできてる?」

「そりゃ、もちろん!!」

 

陽炎の勇ましい応答。それに続いて、黒潮・白雪・初雪・深雪から頼もしい返事があった。

 

「戦艦棲姫はほんとんどの武装を失っています! 大破と判断!! 今なら行けます!!!」

 

ロクマルと艤装に備え付けられている艦外カメラの映像から、川内の背中を押した。

 

「よし! みずづき! 万が一の指示と迎撃はよろしく!!」

「承りました!!! ここまで来て、ドジ踏むのは嫌ですからね!!」

 

川内は一笑すると大きく深呼吸をして、叫んだ。

 

「全艦・・・・・突撃!!!!!」

 

顔へかかる波しぶきと対抗しながら、一気に戦艦棲姫との距離を詰める。一糸乱れぬ、陣形。散々訓練を共にしてきたが、改めて練度の高さを思い知らされた。みるみるうちに戦艦棲姫の姿が大きくなってくる。彼女もこちらの気が付いているようで、必死に砲塔を動かそうとしているがスクラップになった艤装は全く言う事を聞かない。

 

「白雪・初雪・深雪は3発、陽炎・黒潮は2発! 私は2発を撃つ!!! 魚雷発射よーい!」

 

両太ももに備え付けられた三連装魚雷発射管、腰に据え付けられた四連装魚雷発射管、背中の艤装からアームで伸ばされる四連装魚雷発射管。それぞれが鈍い駆動音を響かせながら、戦艦棲姫へ指向。6人の艦娘たちが同じ一点を睨む。その迫力はもはや戦艦棲姫を上回っていた。

 

「撃てぇ!!!!」

 

12式魚雷を装填した魚雷発射管より重たく鋭い発射を伴って、総計15発の酸素魚雷が一斉に放たれた。

 

「進路、取り舵いっぱい!!」

 

回避行動に移りながら、ソナー画面と透過ディスプレイ越しに見える世界を交互に見る。全員が固唾を飲んで見守る中、戦艦棲姫に再び大きな水柱が立ち上った。

 

「よっしゃあああああああ!!!!」

 

川内の歓喜。3本が足元を逸れたものの、大日本帝国が心血を注いで開発した12本の酸素魚雷は見事、戦艦棲姫に命中した。

 

もう、戦艦棲姫は悲鳴すら上げなかった。

 

腹部に空いた大きな穴。そこから人間と変わらない赤い体液が吹き出し、海面を赤く染めてる。先ほどまで威圧感を放ち、こちらを恐怖に陥れていた艤装はただの物のように存在感を失い、巨大な手は力なく海面に指先をつけている。

 

なぜか、その姿に目を奪われた。完全に闘志を失い、痛みに悶える顔で戦艦棲姫はこちらを見る。点滅する赤い瞳。カメラ越しで見ているのになぜか、目があったような、そんな感じがした。

 

「ソンナ・・・・コノ、コノワタシガ・・・・。・・・・・・・ヤっぱり・・・」

 

 

 

 

 

 

 

“・・・・・には勝てないのね”

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

瞳の輝きを失い、前へ倒れ込む戦艦棲姫。二度と言葉を発することはなく、ゆっくりと・・・・・本当にゆっくりと海中へ没していった。

 

「・・・・私たち・・・・勝ったの?」

 

川内の呆然とした呟き。「あ・・・あはは・・・あははっ」と乾いた笑みを浮かべる後、陽炎たちと一緒に喜びを爆発させた。あれほど整然としていた隊列は乱れ、互いに飛び跳ねる。

 

『や、やったぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』

「勝った! 勝ったんやで、うちら、あの戦艦棲姫に!!」

「うんうんうん!! そう、そうよ! 水雷戦隊で、戦艦や空母なしで!!」

「やった、やったよ! 初雪ちゃん! 深雪ちゃん! 私たち、勝ったよ!!」

「白雪、手を強く握りすぎ! 深雪、抱きつかないで倒れそう・・・・」

「照れるな照れるなって! 言葉でどれだけ隠しても、ほほの赤みは隠せていないぜ! 今はそんなことより、この勝利を噛みしめようぜ!」

「みんな、ほんとに、ほんとに、よくやってくれたね・・・・。こんなにうれしいのはいつ以来だろ・・・・・みずづき?」

「は、はい!」

 

一斉に向けられる、美しい視線。笑顔を伴ったそれはとても眩しく、照れを抑えることはとてもできなかった。

 

「今回のMVPは間違いなく、みずづき! 本当に・・・・・本当にありがとう、みずづき!」

「いえいえ、そんなめっそうもない! 私はただ自分の役目を全うしただけですから・・・」

「ううん。あんたがもしいなければ冗談じゃなくて、本当に第3水雷戦隊は全滅してた。空母も、戦艦も、軽巡も、駆逐も、そして戦艦棲姫も倒したのはあんた。もっと胸を誇りなよ。そうしても罰なんて当たらないほどのことを、あんたは成し遂げたんだから・・」

「そ、そんな・・・・。確かに倒したのは私ですけど、それを発揮できたのはみんながいてくれたおかげで・・・」

「もう、みずづきって、謙遜しすぎや!」

「えっ!? ちょ、ちょっと、黒潮!」

 

いきなり前から抱きついてくる黒潮。恥ずかしくじたばたと暴れるが、暴れれば暴れるほどそれを抑えようと力を入れてくる。彼女の髪がほほを撫でる。海水で湿っているが、どことなく陽炎と似通った髪質だった。

(か、陽炎型って、その子もこうなのかな・・・・?)

依然抱きしめてきた陽炎や川内たちに助けを求めるが、みな爆笑するばかりで助けようとしてくれない。

 

しかし黒潮の温かみが、みんなの笑顔がとても尊いものに思えることも確かだった。何故なら、1つでも事象の組み合わせが違っていたら、勝利は可能性の1つにすぎなかったのだから。

 

結局、黒潮の気が済むまで抱き枕にならざるを得なかった。

 

「ひどいわ~! そんなに嫌がらんでもええやろうに! うち、今かなり心に来てるんやで」

「はいはい。嘘はええよ。見たらすぐわかるし・・・」

「あはっ。やっぱり???」

「それ見たことか」

 

苦笑しながら「堪忍な」と顔の前で両手を合わせる黒潮。それに大きなため息をつきつつ、「はいはい」の一言。黒潮はまた笑顔を輝かせる。反省していないことはまるわかりだが、このやり取りももう慣れた。そこでふと、気になったことを聞いてみた。

 

「黒潮?」

「ん? どうしたん?」

「戦艦棲姫が沈む直前、最後にしゃべってたじゃない?」

「ああ、私が~、の下りやろ?」

「それそれ。そのあと、なんて言ってたか聞いてた?」

「ん? えっと、“やはり”だけ違ったかな。その、すぐにこうバタンって、なってもうたから」

 

倒れる真似。笑みで浮かびそうになった思案顔を誤魔化す。

 

「それがどうかしたん?」

「いや、あれって、こう直接頭に響いてくたじゃない? 自分以外にも同じように聞こえてるのかなって・・」

「ああ、なるほどな。うちも初めてああいう大物の言葉を聞いたときは、戸惑ったもんやで。安心し。みんな自分と同じセリフが聞こえてるから」

「そう、なんだ・・・・」

「はい。全員、陣形を整えて! 横須賀への報告が済んだから、直ちに第5艦隊救援に向かうよ! かなり時間を使っちゃったからね。急がない、と・・・」

「ん? どうしたんですか?」

「いや、通信みたい。どこからだろ・・・・・っ!?」

 

大爆発を引き起こした歓喜から一転。川内は顔を真っ青にしていた。

 

 

 

 

彼女が受信した電文。そこにはこう記されていた。

 

 

 

 

“発、第5艦隊旗艦因幡。宛、第3水雷戦隊旗艦川内。

我が艦隊の戦況は絶望的なり。よって救援は不必要と認む。生存者の救助に全力を注がれたし”




今回、みずづきたちが深海棲艦と戦った海域は現実でいうところの、去る17日午前2時25分頃に米海軍横須賀基地所属のイージス駆逐艦「フィッツジェラルド」とコンテナ船「ACX CRYSTAL(エーシーエックス クリスタル)」が衝突した海域のすぐ南側です。

石廊崎沖での戦闘を着想したのが昨年の11月ごろだったので、まさかこのタイミングで「石廊崎沖」が出てくるとは夢にも思っていませんでした。主要航路だとは知っていましたが、あの海域ってあんなに危険なところだったんですね・・・・・・。

不運にも事故によって亡くなられた7人の「フィッツジェラルド」乗組員のご冥福をお祈りいたします。



作中の描写について、誤解や勘違い・間違いがある場合はご指摘いただけますと、作者も勉強になるため嬉しいです。

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