水面に映る月   作:金づち水兵

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東京は大パニック。第5艦隊は敵に捕捉。

そのころ、横須賀は・・・・・・。


53話 房総半島沖海戦 その2 ~横須賀湾沖航空戦~

響き渡る空襲警報。あまりの大きさに驚いて、百羽単位で飛び立った鳥たちの羽ばたきも、変わらず海水を打ち寄せ続ける波も、全てを無に帰す。

 

それでも紡がれ続ける自然の中の日常。非日常というメガネから見たそれは、何故かひどく不気味に思える。自分たちと世界が切り離された感覚。

 

だが、誰も抱いているであろう儚い感傷に浸っている余裕はなかった。横須賀鎮守府1号舎地下2階。平時は参謀部の将校たちが詰めているこの部屋は、比喩表現としての戦場と化していた。くすんだ白熱灯に照らされた薄暗い室内。広さは今詰めかけている鎮守府幹部の数に比べると、明らかに狭く、駆ける幹部同士の肩がぶつかるなど常だが誰も気にしない。部屋の中央に置かれたテーブルには関東・伊豆・小笠原諸島の地図が広げられている。正面の壁にも形式は違えど、同じ領域を映した地図が張り付けられていた。時間が経つにつれて、中央の地図に置かれた敵・味方部隊を表す駒が動かされ、追加され、また壁の地図に友軍部隊の状況が秒単位で追加されていく。書ききれなくなったためか地図の左右に黒板が置かれ、喧騒に負けないよう、音量を最大にされたラジオの音を背景にそこにも次々と情報が書き込まれていく。

 

「館山消防本部によりますと、海軍館山基地から黒煙のようなものが上がっているとのことです。繰り返します。館山消防本部によりますと海軍館山基地から黒煙のようなものが上がっているとのことです。さきほど、入った情報です。これに関して、いまだ国防省や大本営、軍令部からの発表はありません。また厚木署を管轄する神奈川県警察本部から寄せられた情報では・・・・・はい、途中ですが、ここで神津(こうづ)官房長官の記者会見の模様をお伝えします!」

 

紙をめくる音とアナウンサー・スタッフ間のやりとりが聞こえた後、突然音声を伝えるはずのラジオが黙り込む。これからどのような内容が放送されるのか知らされている者は見向きもしないが、知らされていない下士官たちや兵士たちは額に冷や汗を浮かべながら不安げにラジオを見つめる。直後、どこかの喧騒を流し出すラジオ。怒号や人が激しく疾走する音が聞こえてくる。瑞穂政府官房長官である神津が記者会見を行う場所は総理官邸。普段は格式の高さもあって都内にありつつ喧騒とは程遠いところだが、現在はそれどころではないらしい。

 

今から放送されるであろう内容を聞けば、誰も認識せざるを得ない。

 

 

 

 

今、この国が危機に瀕していると。艦娘と軍の奮戦で見られていた残酷な夢は砕け散り、今は戦時であると・・・・・・。

 

 

 

 

 

「本日8時10分ごろ、関東地方各地の軍及び政府関連施設に深海棲艦爆撃隊による空爆が行われました。現在、被害の全容把握に全力を挙げておりますが、各地に甚大な被害が出ている模様です。また、爆撃を受けた基地周辺地域において、家屋の倒壊や民間人に負傷者が生じているとの情報が警察から報告されています。政府はこの事態を重く受け止め、事態対処の陣頭指揮にあたっている佐影総理に代わり、ここに国家緊急事態法に基づく非常事態宣言を発令します。総理からは早急に被害の全容を把握すること、各地方自治体と緊密に連携すること、政府一丸となって国民の生命・財産の保護に全力を尽くすこと、国民に対し避難や被害等に関する情報提供を随時行うこと、の指示がありました。総理官邸では閣僚による緊急会議及び大本営や国防省など関係省庁・機関を緊急招集し、総理や私も協議に参加し、事態対処に万全を図っております。今後とも被害の全容把握に全力を挙げ、敵部隊の殲滅及び国土防衛に万全を期して参ります。国民のみなさまに置かれましては、軍などからの情報のほか、各自治体からの情報などにも注意し、ラジオからの情報収集を行い、互いに助け合い落ち着て行動して下さい。以上です」

「えーえー、あー、神津官房長官の会見でした。・・・・さきほど神津官房長官は2027年に国家緊急事態法が制定されて以来初めて同法に基づく非常事態宣言を発令しました。繰り返します。さきほど神津官房長官は2027年に国家緊急事態法が制定されて以来初めて同法に基づく非常事態宣言を発令しました。発令地域は関東地方です。発令地域は関東地方です。みなさん、どうか落ち着いて行動して下さい。軍・警察・自治体からの情報に注意してください・・・・」

 

チョークやペンで情報を追加していく参謀部の将校たち。その表情は、耳にした情報とラジオからの音声で例がなく真っ青だ。それを見る百石たち横須賀鎮守府幹部。彼らは中央地図の傍らに立ち、非常事態宣言を発令に動揺を見せることなく、現状の把握と打破に全力を挙げていた。しかし、それも駆け声倒れになっている感は否めなかった。

 

室内に設置されたスピーカーから流れる、非常事態宣言発令を知らせる警報音。

 

「やはり、館山と厚木、百里はだめか・・・・」

 

百石は思わず肩をガクリと落す。壁地図に付された「壊滅」の文字。たった二文字にも関わらず打撃力は抜群だった。一般的な海軍軍人と比較して体の線が細く小柄なため、よく若年兵と間違えられる参謀部通信課長江利山成永(えりやま なりなが)大尉は百石の意気消沈ぶりに気付かないふりをしつつ、現状を分析する。

 

「手ひどくやれらました。館山と百里は所属機の過半が撃破を逃れられたものの、滑走路は穴だらけ。これで即時投入可能な航空戦力は田浦にある横須賀航空基地、第102飛行隊のみということになります。関東の制空権死守はおろか、ここの防空すらも危機的な状況です」

「上は滑走路の修復にどれほどの時間がかかると見込んでいる?」

「いや・・・それが、軍令部からは未だに何も。航空戦隊司令部にも問い合わせましたが・・・」

 

言いずらそうに視線を逸らす江利山。それだけで、航空戦隊司令部がどういう反応を示したのかように想像できた。

 

航空戦隊司令部とは、航空隊や教育航空隊、偵察飛行隊など海軍の航空兵力を一手に指揮・監督する機関である。海軍は軍令部の下に、全実働部隊を指揮する連合艦隊司令部を置いている。航空戦隊司令部は連合艦隊司令部隷下機関の1つであり、同様の機関として他に水上艦艇部隊を指揮する艦隊司令部、陸戦隊などの陸上兵力を指揮する陸戦隊司令部、補給部隊や輸送部隊などを指揮する後方支援集団司令部がある。

 

「門前払いを食らったか・・・?」

「・・・・・・・。鎮守府が口を出すなと言われました」

「江利山、あちらを悪く思うなよ? 航空戦隊司令部も危機感や焦燥感や責任感やらで、いっぱいいっぱいなんだ」

 

江利山の口調から苛立ちを感じ取ったようで、筆端が優しく諭す。

 

「先輩、滑走路はどれくらいで機能を取り戻せると思いますか?」

 

公の場であるにも関わらず、執務室や艦娘たちといるときのような口調。百石自身も自覚はしていたが、もう威厳を張れる余裕はなかった。筆端もそれを承知しているようで、先ほどから特に指摘はなかった。

 

「う~ん・・・・。一両日中は無理だろうな」

「私も同意見です。重機が足りない、訓練をさせてもらえない等々の嘆きは風の噂で聞いてきました。そんな状態では迅速な修復作業など不可能です」

「噂なら良かったんだがな。戦力一本柱の再建計画がここへきて歪を露わにしてきやがった。重機ぐらい買ってやったら良かったものを・・・・」

「私ごときが口を挟むものではないですが、もし航空戦隊司令部から横須賀基地の設営隊を百里や厚木に派遣してくれと言われた場合、どうされますか?」

 

江利山の疑問。それは十分に考えられる可能性だった。

 

「それは断固として、お断りする。こちらにもそのような余裕はない。第一次攻撃で横須賀の被害が軽微で済んだのは、運が良かっただけだ。次はない」

「そうですな。第一次攻撃の迎撃成功はこちらの手柄というよりも、敵が壊滅した3カ所に戦力を集中させたためと思われますから」

 

影を宿した苦笑を浮かべる、参謀部長緒方是近(おがた これちか)少佐。

 

「だからこその第二次攻撃。敵ははなから二段構えでかたをつける気だったわけだ。見るに現状は敵の思い通り。ということは、東京方面に向かった敵の狙いは・・・・」

 

筆端の察し。それを静かに代弁した。

 

「国家中枢部の破壊、及び麻痺誘発・・・」

「総理官邸に、国会議事堂、霞が関に市ヶ谷。あげればきりがありませんね」

 

視線を落とす参謀部長緒方是近。百石たちも同様だ。

 

「敵の戦力から考えてこちらが思い浮かべる攻撃目標の破壊は、例え陸軍高射部隊が奮戦したとしても確実でしょう」

 

市ヶ谷と同様に、緒方のあげた東京の国家中枢部には既に陸軍第1高射群第11高射中隊が展開、迎撃態勢を整えている。加えて千葉県下志津基地に配備されている第12高射中隊も緊急出撃し、都心へ向かっている。だが、相手はラジコン大。目視で銃弾や砲弾を当てたり、信管の炸裂時間を合わせるのは非常に困難だ。

 

「おい、椛田。軍令部は第101飛行隊と小松の第404飛行隊を都心へ侵攻中の敵部隊迎撃に向かわせたんだな?」

 

緒方とは中央地図を挟んだ反対側にいる男。色白の額や首に浮かんだ汗をしきりにハンカチで拭っている情報課長椛田典城(かばた のりき)大尉は揺らぎのない瞳で「そうであります!!」と大きく頷く。訓練で偶然小松へ展開していた横須賀航空基地所属の第101飛行隊は、運よく攻撃を逃れていた。そのため、小松基地所属で舞鶴航空隊第404飛行隊を引き連れて救援として関東へ急行している。

 

「このまま行きますと、20分後に東京湾北部浦安上空で戦闘が開始されると思います」

「30式戦闘機の初陣ですか。果たして、日本の中国戦線のような戦果をあげることはできるでしょうか?」

「相手は、たこ野郎。全滅しなければ上出来だと思うが・・・・」

「先輩・・・」

 

肘で筆端の腕を小突く。はっとなった筆端は「すまない。忘れてくれ」と意気消沈した様子で呟く。益々空気が沈んでしまった。

 

通常航空部隊と深海棲艦航空隊が戦えば、どうなるか。ここにいる全員、それを知っている。筆端が口を滑らせた言葉は誰も抱いていたが、決して口にはしなかった。

 

言霊。口にすれば本当になる気がするのだ。例え、第101飛行隊が瑞穂最新鋭の戦闘機を有する部隊だとしても。

 

「諸君、東京の心配をしている暇なんて俺たちにはないんだぞ。空だけじゃないんだ。緒方参謀部長」

「は!」

「吹雪に戦線を離脱。至急浦賀水道を抜け、第5艦隊の救援に向かうよう指示! それと第3水雷戦隊にも念のため、もう一度第5艦隊の救援要請を!」

「し、司令!」

 

目を丸くする幹部たち。複雑そうに地図を眺める者もいる。彼らがなにを思っているのか分かってはいたが、引く気は全くなかった。

 

「ここで、第5艦隊を失うわけにはいかない。お前らだって分かってるだろ」

 

「四・四艦隊計画」に基づき佐世保・呉・舞鶴・大湊・函館で建造されていた新生主力艦隊「統合艦隊」は既に進水を終え、艤装の点検を行う公試航海を始めていた。しかし未だに人員の練度に問題があり、明日明後日に実戦配備できる状況ではない。第5艦隊を失えば、通常戦力は旧式艦艇で編成された第二線級部隊と海防挺部隊しかいなくなる。

 

「それはもちろん。しかし、加賀と瑞鶴を有する第5遊撃部隊が抜けてしまえば、赤城と翔鶴を基幹とする一機艦、六水戦、そして102隊で敵の侵攻を食い止ることになります! 通常型ならまだしも、相手はあのたこやき・・」

「そんなこと言われなくて分かってる!!」

 

地図を叩き、拳を震わせる。百石の珍しい怒りに、作戦課長の五十殿(おむか)は反射的に目をつむった。喧騒に包まれていた作戦室内は静寂に包まれる。警報音は鳴りやんでいるのか聞こえない。

 

「・・・・・赤城たちには頑張ってもらうしかない。鎮守府が更地になるかもしれんが、非戦闘要員は既に退避済み。レンガやコンクリートなどいくらでも奴らの的にくれてやる。だが・・・・」

 

下を向いていた顔をあげる。決して譲れない信念。怒鳴りそうになる声を必死に抑えて、部下たちに伝えた。

 

「人間を、的にするわけにはいかない」

 

そう。大切な部下が、仲間が、同胞が、自分と同じように家族を持つ存在がむざむざと敵に食われるところを、傍観するなど出来ないし、してはならない。

 

敵が新たな行動に出たと言う報告が上がったのは、その直後のことであった。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

 

東京湾横須賀沖

 

 

「敵機編隊視認、数・・・・・不明! 多すぎます!!」

 

翔鶴の悲鳴。それが無線で、東京湾横須賀沖に展開している第1機動艦隊及び第6水雷戦隊の全員に伝わる。そして、こちらを心配そうに横目で窺いつつ自分たちの元を離れていった第5遊撃部隊にも・・・・・。

 

いつも通りの海。塩気を含んだ海風が頬を撫で、髪をなびかせる。不規則に身体を上下に揺らす波は航行に支障がないほどの些細なもの。

 

赤城は一旦目をつむると、深く深呼吸。真っ暗な視界に沈んでいると、つい今も「日常」が続いているものと錯覚してしまう。それほどまでに、海は平穏だった。しかし、これからここは戦場となる。音速を超える鉛弾が縦横無尽に駆け抜け、一瞬で有機物を炭化させる爆弾が降り注ぐ。

 

些細な大気の振動を肌で感じ取り、刃物のような鋭い眼光を一切四散させることなく、前方に向ける。灰色と青を背景に飛ぶ黒ゴマのような点の群れ。一見しただけでは鳥などと間違えてしまいそうになる。しかし、視認の時間が増えれば増えるほど、それがここに存在してはいけないものという事が分かる。自身の哨戒機が20分ほど前に、そして各地の防空監視所が発見した、敵空母機動部隊第二次攻撃隊の片割れ。横須賀を灰燼に帰そうとする魔の行軍が、ゆっくりと着実にこちらへ近づいてきていた。

 

もう一度瞑目すると静かかつ覚悟を決めた強い口調で、全艦に命令を下した。

 

「総員、対空戦闘よーい!! 第一次迎撃隊、迎撃用意!! 第二次迎撃隊発艦準備! 翔鶴さん!」

「はい!!」

 

返事というよりは、叫びに聞こえる翔鶴の声。第1機動艦隊、第6水雷戦隊の緊迫感が跳ね上がる。両艦隊が共に輪形陣をとり、艤装のあらゆる砲口を上空へ向けた。同時に弓を構える2人。だが、矢をつがえる前に赤城は艦隊の鼓舞に動いた。

 

波しぶきとわずかなエンジン音が聞こえる世界に、赤城の勇ましい声が響き渡る。

 

「いいですかみなさん!! ここから横須賀は目と鼻の先! ここを突破されれば、私たちの帰るべき場所に、お世話になりそしてこの国と人々を守るため奮戦している基地将兵のみなさんに甚大な被害が出ることは避けられません!」

 

駆逐艦たちが遥か後方、大気中のホコリとチリで霞んでいる横須賀湾の入り口へ振り返る。あいにく、横須賀鎮守府本体は地形上絶対に見ないのだが、それでも見ずにはいられなかった。その気持ち。まっすぐ前を向いたままの赤城や翔鶴、榛名、摩耶、夕張、球磨も全くものを抱いていた。

 

濃淡に関わらず浮かび上がってくる艦娘たちと、将兵たちとの思い出。自分たちに「ありがとう」と口をそろえて言ってくれた街の人々。

 

 

 

それを過去のものにするわけにはいかない。これからも紡ぎ続けるのだ。あそこで、あの人たちと・・・!!

 

 

 

「私たちが最終防衛線です。あとはありません! だから、絶対に守り切ります! 私たちが、守り切れなかった人々のためにも!」

『はい!!』

 

見事に重なる決意の現れ。その中でも、僚艦たち。榛名や曙、潮の声が大きいように感じたのは気のせいではないだろう。彼女たちは知っているのだ。自分たちが負ければ、どうなるかということを。

 

特に、榛名は・・・・・・。

 

だが、その心配も彼女たち自身が声でもって否定してくれた。

 

腰から弓をとるついでに彼女たちの顔を見る。奇襲攻撃を受けた際、赤城たち一機艦は身辺整理や事前準備を終え、今日行うはずだった対潜演習の打ち合わせを行っていた。突如鳴り響いた空襲警報を聞いた時の、血が引いていく感覚は今でも体中に残っている。こちらも全く予想していなかったのだ。まさか重厚な哨戒網を潜り抜け、いきなり奇襲攻撃を受けるなどと。幸い、空襲警報の発令から防空戦闘が開始されるまではそれなりに時間があり防空壕へ避難可能であったため、艦娘を含めて周囲の将兵たちにも被害はなかった。しかし、肉体的ダメージと精神的ダメージは全くの別物。艦娘たちは全員防空壕で動揺していた。赤城も動揺が全くなかったかと言えば、嘘になる。表に出しては駆逐艦たちの動揺を大きくしてしまうので、必死に隠していたが。だが、動揺を通りこし、顔面蒼白で震えている艦娘たちもいた。

 

 

 

榛名と潮である。

 

 

 

だから心配していた。しかし、表情と雰囲気から察する大丈夫そうだ。出撃時も若干、顔が青かったが今は血の気が戻っている。ひしひしと戦意も感じる。安心したが故につい、場の雰囲気にそぐわない微笑をこぼしてしまった。

 

徐々に近づいてくる敵編隊。戦闘へ突入する前に最後の通信を行う。交信先は自分たちの後方、横須賀湾入り口から鎮守府上空にかけて周回しながら待機している横須賀航空隊第102飛行隊だ。彼らの任務は赤城たちの防衛網をすり抜けた敵機の迎撃。赤城もああ言ったが自分たちだけで敵を食い止められるなどと、慢心まがいのことはこれぽっちも思っていなかった。

 

 

敵はあの“たこ焼き”なのだから。

 

 

「こちら赤城。102隊へ。これより我が艦隊は対空戦闘を開始します。背中をお預けします」

「こちら102隊、植木(うえき)。了解した。操縦桿が滑って、正面からあいさつすることになるかもしれんが、その時は歓迎をよろしく頼む」

 

場の雰囲気に全く似合わない軽口。思わず吹きそうになってしまった。無線の向こう側からはレシプロエンジンの音は聞こえど緊張した雰囲気は全く伝わってこない。務めていつも通りだ。それを聞いて初めて、自分の指がかすかに震えていることに気付いた。

(どうりで、翔鶴さんがしきりに私の様子を覗ってくるわけね)

第1機動艦隊旗艦として情けない限りである。本来は部下を引っ張っていかなければならないにも関わらず、逆に心配されるなど。もしかしたら、第102飛行隊隊長の植木譲治(うえき じょうじ)大尉はこちらの震えを感じたからこそ、このような発言をしたのかもしれない。そう思うと情けさ名を通りこして、恥ずかしくなる。

 

「分かりました。空と陸できっちりと歓迎差し上げます。覚悟のほどを・・・・・・」

 

一瞬の沈黙のあと、「ご冗談を」という言葉を最後に通信は終了。その間際の「ふっ」という安心したような微笑を、赤城は確かに聞いていた。

(陸でも、また・・・・)

拳を胸にあてる。もう震えはない。

 

「第二次迎撃隊発艦準備完了!」

 

翔鶴の報告。視線で撃墜せんとばかりに敵機群を睨みつけ、叫んだ。

 

「翔鶴さん!」

「はい!」

 

さきほどより戦意を感じる返事。翔鶴はしっかりと前方を睨む。

 

「第二次迎撃隊、発艦開始!!」

 

重なる号令。弓から飛び立った矢はまばゆい光を放ち、すぐさま零式艦上戦闘機に変身。迷うことなく、まっすぐ敵機編隊に向けて飛行していく。

 

続けて撃ちだされていく矢。断続的に零戦が一足早く展開し終えた零戦の後に、そして既に発艦を終えている第一次迎撃隊の後に続いていく。最後の矢が放たれたとき、第一次迎撃隊と深海棲艦艦上戦闘機軍が真正面から激突。

 

 

 

 

後に横須賀湾沖航空戦と呼ばれる、激戦の戦端が開かれた。

 

 

 

 

肉迫する科学と物理法則の申し子である零戦と、人間の数千年間にわたる努力を無視した白玉型深海棲艦艦載機。両者の銃口が一斉に認識できないほどの火を噴き、数え切れないほどの銃弾が空気を切り裂いて、己の目標へ飛翔していく。零戦隊は一度真正面から激突した後、引き続き敵艦戦を攻撃する班と敵艦戦の後ろに匿われている艦爆・艦攻隊の撃破を目指す班の二手に分かれる。後者の零戦隊はその機動性と高速性を活かし攻撃隊へ肉迫。一撃離脱戦法を狙うが、そう簡単にはいかなかった。敵もこちらの戦術を推測していたのか、零戦隊の上方、雲の中から突如として敵艦戦部隊が姿を現し、重力の力を借りた急降下銃撃を仕掛けてくる。敵艦戦は雲と同じ白色のため発見が遅れた零戦隊は敵艦戦とのすれ違いざまに4、5機が翼や胴体から火を噴き、落下していく。

 

だがさすがは一機艦航空隊。混乱からすぐに立ち直ると編隊を組み直し、必死に上昇を試みる敵艦戦隊へお返しとばかりに一撃離脱戦法を行う。敵艦戦隊は急降下後の編隊再建が間に合っておらず、一機また一機と零戦に食われていく。そうしている内に、進路を遮られる形となった敵攻撃隊が戦闘に加わってくる。

 

「赤城さん、敵の動きをどう見ますか?」

 

戦闘空域に目を張りつめたまま、翔鶴が怪訝そうに尋ねてくる。その疑問の真意はいちいち聞き返さずとも分かっていた。艦攻や艦爆には固定武装がついているものの、それはあくまで自衛用でしかない。戦闘機のように“敵を積極的に仕留めるため”のものではないのだ。また、戦闘機がもとから敵を仕留めるための機体であるのに対し、艦爆は爆撃機、艦攻は攻撃機として設計されている。そんな機体同士が戦えば、どうなるか。結果は火を見るよりも明らかだ。中には爆戦といわれる零式艦上戦闘機62型のように艦上爆撃機でありながら戦闘機と互角に張り合える制空力をもった機体もあるが、それは艦娘側の話。

 

にも関わらず、敵攻撃隊は遠回りして回避しようともせず戦闘空域に突き進んでいく。

 

「よほど、焦っているのかしら。回避している時間がないほどに。そうでなければ、あんなリスクの高い真似をするはずがないわ」

「焦っている、ですか? 敵は第一次攻撃で、関東地方の制空権を奪取しています。そして、その・・・・・瑞穂海軍の戦闘機だけでは敵を押しとどめることは厳しいはずです。にも関わらず、なぜ・・・・」

「正直、私にもよく分からないの。もし私が敵の立場なら、敵地の奥深くまでわざわざやって来たんだから確実を期すわ。でも、敵は迅速性を優先しているように見える。本土がそれほど怖いのかしら」

 

事実、敵の数が少なかったとはいえ、横須賀は陸軍横須賀田浦陣地と海軍横須賀航空基地防空隊の対空戦闘で第一次攻撃を切り抜けている。こちらの迎撃準備が完了する前に、腹に抱え込んだ物騒な荷物を届けたいのか。はたまた、別の理由か・・・・・。

 

しかし、黒煙を上げながら木の葉が舞うように海面へ吸い込まれていく零戦を捉えた瞬間、思考を中断せざるを得なかった。

 

額にうっすらと汗が浮かぶ。また、一機零戦が墜ちていく。戦況はお世辞にも優勢とは言えなかった。

 

数だけでいえば敵が百数十機に対し、こちらは約140機。ほぼ同数か、こちらが少し多い印象だ。ましてや、敵は3分の2が攻撃隊であるのにこちらは140機すべてが零戦。これ程の戦力差ならば、敵が通常型艦載機だった場合は一方的な殲滅戦になるのだが今回ばかりは違った。数の上では圧倒していても、敵は精鋭の白玉型。確かにいくつもの敵艦載機が火を噴き墜ちていったり、爆発四散している。しかい、日の丸をつけた機体も少なからずいた。

 

零戦隊は獅子奮迅の働きを見せていはいたが、敵は編隊単位で連携し、まるで零戦隊の動きを全て把握しているかのように的確な防衛戦闘を行っていた。そのため、中々攻撃隊に零戦が取り付けない。攻撃隊のみに気を向けていれば、左右・上方から雲を巧みに使っている敵艦戦が鉛弾を浴びせてくる。艦戦隊のみに気を向けていれば、今度は左右・下方から敵攻撃隊が貧弱な火力を集中によって強化し、凶悪な鉛弾を浴びせてくる。

 

互いにもみ合いながら艦隊へ迫ってくる零戦隊と敵第二次攻撃隊。艦戦・艦攻・艦爆共に敵は相応の被害を生じさせていたが、それでもまだ果敢に猪突猛進。今迎撃している航空隊は自分たちが時には厳しく、時には優しく、厚い信頼関係の下で育ててきた子たち。いつかは敵を食い破れるだろうが、現在の戦局を鑑みると確実に赤城たちの上空を通過してからだ。それでは遅すぎる。

 

自分たちが取り得る最終手段。奥歯を割れんばかりに噛みしめると、大切な相棒たちに被害を与えるかもしれない命令を下した。

 

「みなさん! 後方に展開している攻撃隊を狙って下さい!!」

 

双方がもみ合っている空域より、少し後方。そこに重そうな対地爆弾を腕のように見える箇所に持った艦攻隊が周囲を警戒しつつ、飛行していた。ここなら周囲に零戦隊がいないため、防空戦闘で彼らを巻き添えにすることはない。

 

「了解!! ようやく、傍観者から解放されるぜ! この摩耶様の力、思い知らせてやる!!」

 

摩耶の歓喜とも気合い入れとも取れる声を皮切りに、艦娘たちの鋭い視線が敵艦攻隊へ向けられる。もちろん、砲口や銃口も。

 

「ん!? あ、赤城さん!!」

 

翔鶴が驚愕しながら、敵艦攻隊を指さす。

 

「っち!」

 

はしたないと分かっていても、思わず舌打ちが漏れてしまった。こちらの意思を察知したのか、敵が新たな行動に出る。第二次攻撃隊を分離し、半数近くの艦攻・艦爆隊が艦戦の護衛も伴わず艦隊めがけて猛進してきたのだ。

 

敵の目標変更が明らかになった瞬間だった。いや、はなから艦娘部隊もまとめて攻撃するつもりだったのか。真偽は定かではないが、今は考えている時ではない。

 

「翔鶴さん!! こうなったら、やむをえません!! 予備機全てを上空直掩隊として発艦! 一機でも多く撃墜します!」

「了解! 予備機稼働状態へ。上空直掩隊、発艦準備! みんな、お願い!」

 

翔鶴が悲痛な表情で弓を引きしぼり、放つ。続いて赤城も上空直掩隊を発艦させるが、予備機をかき集めた即席の編隊であるため、なにぶん数が足りない。戦闘前に発艦させた零戦隊は相変わらず横須賀方面へ進撃を続ける敵編隊の迎撃で手いっぱいでとてもこちらの援護に回る余裕はない。上空直掩隊がどこまで防いでくれるかにかかっているが、こちらへ振り向けられた敵攻撃隊の機数はこちらの3倍。翔鶴の表情が悲壮感に染まるのも仕方ない。

 

だが、やるしかないのだ。

 

かなり至近で交差する上空直掩隊と敵攻撃隊。瞬く閃光。黒煙または火をたなびかせながら墜ちてゆく敵味方の機体。しかし、結果は赤城たちが予測したとおりとなった。直掩隊の被害はそこまででもなかったが、数の前に押しきられた。敵は撃墜され、波の間に消えてゆく友軍機に目をかけることもなく、後方で旋回を始めている直掩隊を伺うこともなくただ猛進してくる。

 

敵機の禍々しい形相からは殺意がマグマのように煮えたぎり、溢れ出ていた。

 

「来る・・・・・・」

 

生唾を飲み込んだ、曙の呟き。艦娘たちが各々の引き金に指をかける気配が伝わってくる。

 

直掩隊は旋回し、敵攻撃隊の後ろにとりつこうとするが間に合わない。泣く泣く、艦娘たちの防空戦闘の阻害要因となることを避けるため、退避していく。赤城は通信機で「賢明な判断よ」と直掩隊の隊長機にねぎらいの言葉をかける。

 

そして・・・・・・・・。自衛火器である20cm単装砲・12.7cm連装高角砲・25mm連装機銃で容赦なく、敵機を射貫き。

 

「撃てぇぇぇ!!!」

 

声帯が壊れんばかりの大声を上げた。直掩隊が射線上から離れたことを確認し、赤城の咆哮に呼応して一斉に砲口と銃口が火を噴く。駆逐艦たちの12.7cm連装砲が、榛名の35.6cm連装砲が、摩耶たちの20.3cm連装砲が、そのほかの副砲・高角砲・機銃が爆音を轟かせながら、絶え間なく砲弾・銃弾を放っていく。一直線に空気中を進んでいく曳光弾。調整信管の炸裂によってまき散らされる破片と、生み出される黒い花。濃密な対空防御網の前に、攻撃隊は次々と被弾。部品とおぼしき欠片を空中にまき散らしながら、海中に没していく。それは海面スレスレを飛行する艦攻隊も、高高度から急降下し爆弾命中を目指した艦爆隊も同様だった。

 

「よっしゃ! 3機撃墜!!」

 

摩耶の安堵と歓喜に満ちた言葉。赤城もそれに異を唱えることはなかった。自身を目標としたとみられる敵艦爆3機は放った12.7cm連装高角砲の直撃、また時限信管によって至近で炸裂した破片を受け、艦上爆撃機としての機能を終えた。

 

海上へ突っ込んでいく敵機に目を向けることなく、2つの目と通信機で仲間の状況を確認する。

 

「現状報告!!」

 

「損害なし!!」の返事が一機艦から6つ、そして六水戦からも6つ上がる。戦闘の興奮由来ではない高心拍が徐々に落ち着いていく。第一波は凌いだ。しかし・・・・・・・。

 

「9時方向より、敵艦攻隊7、まっすぐ突っ込んでくる!!」

「1時方向、高度450!! 敵艦爆9機、我が六水戦へ急速接近!!」

 

ほほ同時に一機艦の潮と六水戦の夕張が叫ぶ。第一波攻撃で撃破した敵機は周囲を飛び回り攻撃の機会を覗っている敵に比べれば、ほんの一握り。敵が攻勢側である以上、こちらはどうしても守勢に回らざるを得ない。長期戦は必死の情勢だった。

 

「各隊応戦!! 六水戦の防空指揮は夕張さんに一任します!! どうか、凌いで!!」

「了解!! 私、ここで沈む気は毛頭ないですよ!!」

 

夕張が危機感を必死に隠した健気な声で言ってくる。こちらへ向かってくる敵機を視界に捉えながら、微笑をもらす。そして、通信先を配下の艦娘たちに切り替える。

 

「みなさん、いいですか!?」

「上等よ! 特型駆逐艦の真髄、ここでやつらに見せつけてやるわ!!」

「高雄型重巡洋艦を舐めてもらっちゃあ困るぜ!!」

「金剛型戦艦も、です!! 赤城さんや翔鶴さんは私たちが絶対に守ります!!」

「私も微力ながら、全力を尽くします!! 特型駆逐艦、結構強いんですから!!」

「みなさん・・・・。私もお荷物になる気はありません!! 自慢の逃げ足で躱してみせます!!」

 

曙、摩耶、榛名、潮、翔鶴の勇ましい声が木霊する。思わず、目頭が熱くなってしまった。

 

「・・・・・。了解しました。深海棲艦に艦娘の力を見せつけてあげましょう!! 何度でも!!」

『はい!』

 

 

 

第二波攻撃を受けてから、どれほどの時間が経ったのだろうか。既に第六波攻撃まで凌ぎ、敵機の数も目に見えて減ってきたが、まるでスローモーションの中にいるように時間の流れが遅く感じる。10分なのか、20分なのか、はたまた1時間ほど経過しているのか。時計を覗えばすぐに分かることだが、そのような暇すらここにはない。

 

「翔鶴さん、残弾の状況は?」

「25mm3連装機銃はまだまだ大丈夫ですが、12.7cm連装高角砲はもう・・・・・」

 

その声色には明らかに疲労が混じっていた。彼女だけではない。普段は饒舌な摩耶も口数が目に見えて減っており、曙はしゃべりもしなくなった。そして、赤城も自身に疲労が蓄積されつつあることを自覚していた。このままではマズイ。

 

「すみません! もう少し弾薬を計画的に使っていれば、このようなことには・・・」

「翔鶴さんは悪くありません。私も20cm単装砲の残弾はもう・・・。12.7cm連装砲も心元ないわ」

 

上空直掩機の奮戦により、数は少ないものの上空にはまだ敵機が飛んでいる。そして、横須賀を目指した敵別動隊も依然一機艦零戦隊及び横須賀航空隊第101飛行隊と交戦中だ。

 

東京湾上にも関わらず、周囲は敵だらけ。

 

これからも防空戦闘が続く予感に危機感を募らせる。

 

 

 

 

だが、その危機感は艦娘たちが予想もしなかった事象の発生によって、現実のものとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

第6水雷戦隊響の驚愕に染まり切った絶叫が、全部隊に響き渡った。

 

「敵攻撃隊、艦隊後方 4時より急速接近!!!! 数・・・・だめだ! 多すぎて分からない!!」

 

反射的に後ろを振り返る。第6水雷戦隊は第1機動艦隊の左舷後方を航行しているため、響にとっての“後方”は赤城たちにとっても後方だった。

 

そこには確かにいた。数え切れないほどの大編隊が・・・・・・・。

 

「どういうことだ!! どっからあんな規模の部隊が湧いて出た!?!?」

「んなこと、知らないわよ!!・・・・って、それよりも、このままじゃ!!」

 

摩耶と曙の怒号。それが右耳から左耳へタイムラグもなく通過していく。目の前の残酷な現実に、一瞬思考が凍り付いた。

 

4時の方向。右斜め後ろから、敵は一直線に向かってきていた。赤城たちに向かって・・・・・。

 

「全艦、撃ち方はじめっぇぇえ!!!! なんとしても一機艦に敵を近づけないで!!」

 

夕張の悲鳴。6回にわたる波状攻撃仕掛けてきた別動隊より遥かに多い敵攻撃隊。既にこちらの懐に入り込んでおり、直掩隊は手が出せない。いち早く気付いた六水戦が防空戦闘を開始。続いて、残弾を気にする余裕もなく、一機艦各艦が砲弾・銃弾をばらまく。

 

自衛火器の炸裂振動に体を揺さぶられながら、赤城は敵編隊に既視感を覚える。そして、正体をはっきりと認識した。

 

「横須賀へ向かった編隊・・・・・」

 

今、まさに自分たちを水底へ叩き落とそうとしている敵攻撃隊はさきほど、赤城たちに目もくれず横須賀へ向かっていった攻撃隊だった。

 

彼らが一定の距離まで近づくと9、または8機単位の編隊に分かれ、大きく3つに散開。艦爆隊はそのままの進路で急上昇。艦攻隊の一方はそのままの進路を維持し、もう一方の艦攻編隊は後方へ回り込んでいた。どうやら、艦攻隊は六水戦をはなから無視し、一機艦を右舷と左舷から挟み撃ちにする気のようだ。

 

その挙動は波状攻撃を仕掛けてきた敵部隊と明らかに“格”が違った。正確に突入進路・高度を計算し、一発でも多く命中させようとしている。

 

“ただ突っ込んでくる”動きではない。

 

それを見て、全身に雷を受けたようなしびれが走る。

 

「敵の狙いはもとから、横須賀ではなくて・・・・・!!」

 

各艦必死の応戦も虚しく、敵は一直線に突っ込んでくる。

 

 

 

こちらとの度重なる戦闘で大半の戦力を失った別動隊も残存機で編隊を組み、一機艦へ猛進する攻撃隊に合流。こちらへ向かってくる。その姿からは鬱屈な任務を終えた解放感のようなものを捉えた気がした。

 

「ダメ!! 敵との相対距離が近すぎて、信管の調整が追いつかない!!」

「クッソ、クッソ、クッソォォォ!!!!! 当たれ、当たれ!!」

「曙ちゃん! 私たちは艦攻を!! 艦爆は射角の取れる榛名さんや摩耶さんに!!」

「んなこと、分かってるわよ! でもしょうがないじゃない!! こうしないと艦爆隊が!!」

「このままじゃ・・・・、このままじゃ・・・。くっ」

 

大気を震わす榛名の35.6cm連装砲。三式弾と呼ばれる対空専用の榴弾が放たれ、見事に破片の雨を降らせるが、調整が甘く敵に効果を与えられない。榛名だけでない。もともと空を高速で飛行する航空機に弾を当てるなど、極めて困難。ましてや今回は白玉型。迎撃は、上手くいかない。

 

 

 

 

 

 

そして・・・・・・・・・・。ついにこの時が来た。

 

 

 

 

 

 

「敵機、急降下ぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

摩耶が、信じられないほどの大声であの時と同じセリフを叫ぶ。灰色と青が混じった空を背景に赤城と翔鶴へ向かってくる敵の急降下爆撃隊。それが恐ろしくゆっくり見えるのは、一度同じ経験をしているからだろうか。それとも、音速越えの攻撃を受けたからか。分からない。

 

 

だが。

 

 

「全艦、取り舵!!! 正規空母を・・・・なめないで!!」

 

 

舵を思いきり左へきり、敵が怯み照準は狂うことに賭けて、20cm単装砲・12cm連装高角砲・25mm連装機銃を撃ちまくる。砲身が焼き付こうが関係ない。

 

閃光のたびに、日本の記憶が、並行世界証言録の残酷な文字たちが瞬く。

 

諦めてなるものか。同じ轍を踏んでなるものか。心はその激情だけで支配されていた。

 

終わりの始まりとなった、あのミッドウェー海戦。自分たちは「世界最強の機動部隊」・「開戦以来負けを知らぬ無敵艦隊」と驕りに驕り、「アメリカなどおそるるに足らず」・「零戦1機で米戦闘機6機と互角に渡り合える」などと慢心に慢心を重ねて・・・・・・・・・日本を詳細に分析し、決死の覚悟で挑んできた米海軍に壊滅的敗北を喫した。約3000人もの犠牲者を出した挙句、約310万人を死へいざない、愛する故郷に地獄を具現させる道を開いてしまったのだ。その戦いの教訓は絶対に生かさなければならない。

 

自分へ、翔鶴へ投下される爆弾。そしてこちらの攻撃を受け発火した敵艦爆隊が掠めていく。しかし、そこであることに気付く。こちらへ向かってくる敵艦爆隊が少ないのだ。心にある可能性が発光する。確かめようと翔鶴へ視線を向けた瞬間と、彼女が爆炎で覆われるのは同時だった。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

爆発音と共に悲鳴が木霊する。

 

「翔鶴さぁぁぁぁん!!!!!!」

 

曙の絶叫。思わず、翔鶴への非難を込めて唇を噛んでしまう。彼女は・・・・翔鶴は敵を自身へ誘導するように1人だけ所定の位置を離れ、輪形陣の外側を航行していた。黒煙が晴れた翔鶴は出血している左腕を抑え、痛みに顔を歪めていた。白く雪のように美しい艶やかな髪は黒煙と血で染まっている。飛行甲板には大穴が空き、弓の弦も切れている。

 

中破。もしくは大破かもしれない損傷具合だった。

 

「なんで、もっと早く気付かなかったの!!!!」

 

自身への罵声を叫ぶが、そんな暇はない。最も艦爆隊の守りが脆弱になる、投弾後の急上昇時に集中攻撃を加えたことで翔鶴を被弾に追い込んだ艦爆隊9割の殲滅に成功。しかし、まだだ。次は両舷から迫りつつある、艦攻隊である。

 

左舷側の艦攻隊は六水戦からの攻撃も受けているため、徐々に数を減らしていくが、右舷側はそうもいかなかった。潮・榛名・曙は死に物狂いで応戦するも効果は限定的。こちらの抗戦をあざ笑うかのように、敵艦攻は海面から一定の高度につく。そして、魚雷を投げた。・・・・・・特定の艦娘に向かって。

 

「翔鶴さん!! 早く、回避行動を!!!」

 

通信機を大声で怒鳴りつける。しかし、翔鶴は動かない。

(まさか・・・・主機が・・・・)

そう絶句していると、翔鶴が苦痛を全て隠した優しい笑みを向けてきた。

 

 

 

赤城は、翔鶴の覚悟を悟った。

 

 

 

「翔鶴さぁぁんん!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

赤城の叫びを遥かに上回った鬼気迫る絶叫。物凄い速度で何者かが翔鶴に迫って来たと認識した瞬間、その何者かが翔鶴と向かってくる魚雷の間に割り込み、止まった。

 

翔鶴の顔が絶望で染まる。

 

「潮さん!!!」

「潮ぉぉ!!!!!!!」

 

曙の悲鳴が途切れる前に、翔鶴の後方から一気に駆け抜けてきた潮は彼女を容易に覆い隠す水柱に包まれた。赤城はその光景を瞳に焼き付けると、異変を感じた右舷を見る。目が大きく見開かれた。

 

 

真横に位置する榛名。6本の魚雷が迫っているにも関わらず、榛名は回避行動を一切取ろうとしていなかった。まるで、自分へ吸い込まれることを許容するかのように。

 

「赤城さん、すみません!!!」

 

榛名は魚雷が命中する直前、罪悪感に苛まれるような声でそう伝えてきた。魚雷6本の内、5本が榛名に命中した。

 

 

「榛名ぁ!!!!!!」

 

目元に水分を溜めた摩耶が鬼の形相で、20.3cm砲その他の副砲・機銃を撃ちまくる。自身の母艦をやられたことに怒り狂ったのか、味方同士の誤射を気にするそぶりも見せず、翔鶴の上空直掩機が上空で暴れまわる。赤城の上空直掩機も加勢。上空で待機していた敵艦戦も加わるが、戦いの主役は航空機同士に移っていった。

 

 

 

多数の機体が艦娘に、直掩機に撃墜された敵攻撃隊はもはや来襲前の見る影もなくなった。しかし、目の前には戦闘前の威光を無くした第1機動艦隊の姿があった。

 

「翔鶴さん! 榛名さん! 潮さん! 大丈夫!?」

「あ、赤城さん・・・。申し訳ありません。私また・・・・」

 

周囲の状況を確認しつつ、翔鶴へ近づく。煤だらけの顔で必死に翔鶴は微笑むが、相当痛みがあるのだろう。顔には深い皺が刻まれている。

 

“なんで?”

 

何故、こちらを庇ったのか。そう聞こうとしたが、翔鶴の覚悟を踏みにじるような気がして憚られた。

 

同じように駆け寄った摩耶から機関銃の如く容態を気遣う言葉を投げかけられている榛名も「大丈夫です。榛名はまだまだやれます!」と言っているが、全然大丈夫ではない。確実に中破している。自慢の35.6cm砲も端数の砲身が明後日の方向を向き使用不能。艤装を見ただけでもそうなのだ。榛名自身の体も、あちこちで血がにじみ、痛々しすぎる姿。そして、最も深刻なのが潮だった。

 

「潮! 潮! しっかりして!! ねぇ、ねぇってば!!」

 

敵機が上空直掩機と乱舞を始めるな否や、曙はふらついていた潮に駆け寄った。

 

「曙ちゃん・・・・うるさい・・・」

「うるさいって・・・。うるさくさせてるのはどっちよ!」

 

潮はもはや立っていることすらままならない状態で、曙の肩を借りている状態だった。艤装も体もボロボロ。血が刻々と制服を赤で染めていく。曙は今にも号泣しそうな表情で、潮の顔を食い入るように見つけている。彼女も聞きたいのだろう。先ほど、自身が口にしかけた疑問を。しかし、潮が庇っていなければ、翔鶴は確実に轟沈していた。

 

魚雷の集中攻撃。潮も覚悟の上だったはずだ。彼女は完全な大破で、一刻も早く入渠させなければ危ない。だが・・・・・。

 

「曙ちゃん? ここはまだ、戦場だよ・・・? 私のことはいいから、攻撃態勢に移って・・・」

「へ・・・・」

 

潮はかすかな笑みを浮かべて、そう言った。怒っているのか泣いているのか分からない曙は、瞬く間に表情を絶望に染める。沈黙する艦隊。「大丈夫よ。今すぐドックに!」と言えたらどれほどいいだろうか。言いたいが言えない。彼女が言った通り、ここは戦場。そして、今は戦闘中だ。一旦敵の関心が直掩機に向いているとはいえ、主力である赤城と翔鶴の第一次・第二次迎撃隊は今も敵艦戦隊と激闘を続けている。少し目を逸らせば、遠方で火を噴いて墜ちていく航空機を目にすることができる。

 

「ふざけないでよ!! 一人でろくに立てないくせに立派なこと言わないで!」

 

怒っているが、完全に曙は泣いていた。指摘すれば「目から汗が出てきただけ」と典型的な言い訳をかますだろうが、ボロボロと涙が海へ墜ちていく。

 

「あんた優しすぎなのよ・・・・・・。なんで、いつも・・・・・いつも・・・・。ちょっとは、自分を優先しなさいよ・・・・」

 

やり場のない怒りを言葉に乗せて吐き出してゆく。

 

「そんな・・・・ことないよ?」

「・・・・はぁ? あんた・・今、自分が言っていること・・」

「分かってる。私、そこまで重傷じゃないよ?」

 

どこをどう見れば、そういう解釈ができるのだ。苛立たし気に歪んだ曙の顔には、そう書いてあった。

 

「私は・・・・・・私はね、翔鶴さんを守りたい・・・・と思った。そして・・・・・・・これ以上、曙ちゃんに重荷を背負わせたく、なかった」

「潮・・・・あんた・・・・」

「“あの時”は・・・役目を果たせなかったけど、今度はきちんと翔鶴さんを守れた。曙ちゃんは何の責任も感じなくていいの・・・・・。あの時は本当に運が悪かっただけだし、今は私のわがまま・・・・・だから」

「くっ・・・・」

 

曙は辛そうに俯く。おそらく、2人の脳裏には記憶の彼方に埋もれた光景が浮かんでいるのだろう。

 

「だから・・・・ね、私が沈んでも・・・・」

「いやよ」

 

潮の言葉を遮り、曙は涙でべとべとに濡れた顔を上げた。目元から今も涙が流れ続けている。

 

 

「私はもう・・・・・・・・・・・・・・・・・仲間を看取るなんて絶対いや」

「曙ちゃん・・・」

「いやなの!!! なんで、どうしてよ!!! なんで、大好きな妹の!! 大切な仲間の!! 味方の死を見なきゃならないのよ!!! もう、そんなのたくさん・・・・たくさんよ!!!!! ・・・・・・・帰るんでしょ! 横須賀に!!」

 

涙をまき散らしながら、12.7cm連装砲の砲身を横須賀へ向ける。

 

「あそこに帰るんでしょ! またみんなでバカやるんでしょ! 私だって、もっとずっと潮と一緒にいたいの!」

 

いつもの強がりなどかなぐり捨てて、曙は懇願する。彼女の想いを叶えてあげたい。仲間も失いたくない。しかし、例え護衛をつけて潮を戦線離脱させても、敵の狙いが艦娘であると分かった以上、敵が上空を乱舞している状態では必ず狙われる。損傷艦はいいエサだ。

 

「どうしたら、どうしたらいいの?」

 

再来襲への備えに、零戦隊へ指示。艦隊の体制再構築に、潮の退避。情報過多でうまく思考がまとまらない。

 

「お困りのよう、だな。瑞穂男児の心意気を示す絶好のチャンス到来だ!!! いくぞお前らぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

そんな赤城の耳に予想外の、そして聞きたくなかった声が届いた。それを響かせたのは無線。相手は第102飛行隊隊長、植木譲治大尉だった。「おい、あれ!」と摩耶が指さした先。そこにはこちらへ向かってくる30式戦闘機の編隊がいた。大きさは周知のとおり、艦娘や深海棲艦航空機よりもはるかに大きい。

 

「さぁ、精一杯の歓迎をしてもらおうか! 艦娘の諸君!! 30式も君たちの歓迎がどのようなものか・・・」

「植木隊長! 作戦に従ってください!! ここは私たちの土俵。102隊は直ちに進路を反転し、横須賀へ戻ってください!」

 

怒気一色の声で植木の言葉を遮る。しかし、それは上辺だけ。怒りより大きい感情が心の中を暴れまわっていた。

 

植木たちが搭乗し、全国へ配備が着々と進められている30式戦闘機は、その前まで主戦力であった21式戦闘機やこれまでの瑞穂海軍戦闘機と全く異次元の戦闘機であった。これを日本人が見れば誰もが言うだろう。

 

 

 

 

 

ゼロ戦だ・・・・・・・・・と。

 

 

 

 

30式戦闘機は赤城をはじめとした艦娘たちが持っている零式艦上戦闘機、そして彼女たちの零戦の知識をもとに作られた戦闘機である。ひどい言い方をすれば高度なパクリだが、30式戦闘機は模造品が本家を追い抜くという希有な事例を体現していた。長大な航続距離、他機種を圧倒する機動性、そこから導き出される格闘性能が零式艦上戦闘機を一時期世界最強の戦闘機、そして技術大国日本の象徴に押し上げた由来だ。しかし、零戦には大きな弱点があった。だからこそ、大戦終盤アメリカの新鋭機に次々と撃墜され、挙句の果てに特攻機として海と空に散っていったのだ。

 

それは、エンジン出力の貧弱さと、そこから来る防弾性能の低さであった。明治維新からまだ百年も経っておらず、時間と経験の積み重ねが真価を発揮する基礎工業力の低かった日本は、アメリカやイギリス、ドイツのように小型かつ高出力の航空機用エンジンを作ることが出来なかった。そこで低出力のエンジンでも格段の性能を発揮できるよう、パイロットの命を守る防弾板は撤去され、燃料タンクに防弾性能が施されず、機体の骨格には「肉抜き穴」と呼ばれる穴をあけ、機体重量の軽減を図った。結果、一時的には他国を圧倒する性能を導き出せたものの、防弾板などの耐久性が高く重量が重い機体でも、零戦並みの機動性が発揮できる小型高出力エンジンを開発したアメリカに零戦は敗れたのだ。

 

その反省点を活かし30式戦闘機には、瑞穂国産の高出力レシプロエンジンが搭載さている。現在は2033年。技術力の発展度合いは比較にならないが時間と経験が生きてくる基礎工業力は当時の日本に比べ、瑞穂は圧倒的に進んでいた。そのため、零戦の素晴らしさを存分に発揮できるエンジンの開発が可能だったのだ。また、武装の強化も実現。20mm機関銃が機首と翼内にそれぞれ2門ずつ、計4門が取り付けられている。そして、20mm機関銃に装填されている弾薬は通常の徹甲弾ではない。もちろん従来の徹甲弾や焼夷弾も装填可能だが、VT信管を備え、敵機の至近で炸裂。その破片によって敵機を撃墜、するのではなく損傷させ追い払うことに主眼が置かれた新型対空榴弾、29式対空榴弾が装填されている。

 

かつて深海棲艦航空機との空対空戦闘は、悲惨の限りを極めた。肉迫できても、そもそも的が小さすぎて銃弾の命中は至難の業。そのため、当たらずとも敵に損害を与えられるこの29式対空榴弾が開発されたのだ。実際、艦娘を相手にした演習では完勝は無理だったものの、21式戦闘機とは別次元の戦闘能力を発揮していた。

 

赤城もこれに携わったため、当然その能力については把握していた。しかし、今回の敵は赤城たちですら苦戦する白玉型。赤城・翔鶴航空隊はかなりの損害を出している。相手の方が艦戦が少ないにも関わらず、だ。そんな相手と戦えばどうなるか。火を見るよりも明らかだった。

 

「申し訳ないが、お断りだ」

「え・・・?」

 

厳しい口調。そこには赤城たちでも感じ取れる覚悟が滲んでいた。

 

「俺たちは、誉高い102隊だ。少女たちが死に物狂いで戦っているのに、見過ごせるものか。俺たちはそんなことをするためにパイロットになったわけじゃない」

「植木隊長、それでも・・・・・」

「君たちの命と、俺たちの命。重いのは君たちだ」

「それは・・・・・。でも・・・・」

 

違う。命は全て平等。そう言いたかったが、赤城は現実を知っていた。

 

「さっさと、被弾した子を下がらせろ! あまり持たない!」

 

緊迫した怒号。目の前で30式戦闘機と白玉型との戦闘が開始された。開口一番、2機の30式戦闘機が火を噴き、無残に墜ちていく。

 

「しかし、それでも・・・それでも・・・私たちは・・・・!!」

「俺は海軍横須賀航空隊第102飛行隊隊長、植木譲治。瑞穂を守るためならば、命を捧げると誓った。俺の勇敢な部下たちもそうだ。君たちならこの覚悟、分かるだろう?」

「っ・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・瑞穂を、頼む。艦娘と瑞穂に勝利を」

「待って下さい! 私の話を聞き・・・」

 

無情にも、切れる無線。いくら耳を掲げても、何も聞こえなかった。

 

「あ、赤城・・・・・?」

 

躊躇しながら、摩耶が声をかける。激闘が繰り広げられている空を一瞥すると赤城は険しい表情で植木の言葉を実行した。

 

「我が艦隊は、これより後退を開始。横須賀湾沖合まで後退します。その後、護衛を伴い、翔鶴・榛名・潮は戦線を離脱。摩耶さん、これを夕張さんと鎮守府へ知らせてください。・・・・・・・彼らの誇りを無駄にはしないわ」

 

いまだ戦意を捨てていなかった榛名を含む被弾した3人は、それにただ頷くしかなかった。

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

「みなさん! 今は前だけを見て下さい!!! 前を!!」

 

顔どころか、全身にかかる水しぶき。台風の影響下にあった数日前までと比べればどうと言ったことはないが、それでも時々目や口に侵入されると不快に思うのだ。

 

「う・・・・ぺっ!」

 

また、口に海水が入る。反射的に吐き出すが、味覚への反応は抑えられない。しょっぱいことこの上ないが、いつも以上に塩気を感じる。

 

「そんなこと、言われなくても分かってマース!! でも・・・」

「あそこには、翔鶴ねえたちがいるの! しかも、もう戦端は開かれた。気になるのは仕方ないじゃない!」

「まぁ、無線を聞くに、かなり厳しいそうだしね~」

「分かってます。分かってますけど、一刻も早く駆けつけないと、正躬司令たちが!」

 

本来、第5遊撃部隊は第1機動艦隊や第6水雷戦隊共に今、あそこで戦っているはずだった。百石から聞かされた敵の戦力。驚愕は驚愕だったが、こちらには正規空母が4隻に戦艦が2隻。敵が白玉型とはいえ、絶望に打ちひしがれるほどの戦力差ではなかった。第5艦隊との合流が中止となり、防空戦闘の任務と敵の陣容を聞いたときは安堵すら吹雪たちの間には漂っていた。

 

それが急変したのは、第5艦隊が敵連合艦隊に捕捉されたとの一報だった。彼らの救援に第5遊撃部隊を割いたこと。吹雪はそれが正しいことだと思っていた。第5遊撃部隊創設の目的は、戦局の急変時に的確かつ適切に戦力の投入を行うため。だからこその、従来の発想ではありえない編成となっている。今回の命令は、非常に不謹慎ではあるものの第5遊撃部隊の真価が試されていると言えた。

 

だが、姉妹がいる金剛や瑞鶴にそんなことは言えない。今も彼女たちは厳しい戦いに身を置いている。彼女たちにには自分たちに敵の意識を向けさせ、こちらに敵を行かせないようにする意味も当然あった。

 

 

 

第1機動艦隊と第6水雷戦隊は、横須賀の防波堤と共に第5艦隊支援のための“囮”をこなしていた。

 

 

 

彼女たちの努力を無駄にできない。だが、敵はそんなことに構うはずがない。

 

「後方に敵機! 数、5!」

 

大井の叫び。反射的にそちらへ視線を向ける。

 

たこ焼きと揶揄される雪玉、白に不釣り合いな赤いオーラを放つ白玉型が揺らめきながら迷いなくこちらへ向かってきていた。

 

「どうするの?」

 

加賀が視線で、そう問うてくる。瑞鶴は弓に手をかけ、金剛もやる気十分な様子だ。

しかし・・・・・・・・・。

 

「瑞鶴さん、弓をしまって下さい。本艦隊はこのまま直進。敵が有効射程圏に入りしだい、進路そのままで戦闘を開始します!」

「ちょっと、待ってよ! 敵はたったの5機よ。5機! 私の艦載機だけでも、瞬殺は確実じゃない! ここは迎え撃つべきじゃないの!?」

 

吹雪がそういうとは予想外だったようで、瑞鶴はまくし立てる。金剛も何も言わないが不服そうだ。しかし、吹雪は頷かない。

 

「いえ、私たちの目的は第5艦隊の救援です。一刻も早く駆けつけなくちゃならないんです! 瑞鶴さんに艦載機の発艦をお願いすれば、十数分を失うことになるんですよ。瑞鶴さんのおっしゃることは分かりますけど、十分私たちの対空砲火でも対処可能です。ですよね、金剛さん?」

 

返答までにはそれなりの間があったが、最後は親指を満面の笑みで立てた。金剛も一応納得したようである。北上と大井に関しては異論がないのか、ことの成り行きを見守ってる。

 

「あんたはどうなのよ! さっきから黙り込んで! 私たち空母でしょ! 目の前に敵がいれば、自慢の艦載機で倒すのが常道じゃない!」

 

噛みつかれた加賀はいつも以上に、大きなため息を吐く。そこには明らかに諦めではなく、怒気が含まれていた。一気に瑞鶴の気勢がしぼむ。

 

「旗艦である吹雪が出した結論よ。私たちがどうこう言うことではないわ。今、この瞬間も敵はこちらへ向かっている。無駄口叩く暇があれば、高角砲の動作確認でもしてなさい」

 

突き放すような言葉に、怒気を向けられていた立場でありながら同情心を抱いてしまう。瑞鶴のあからさまな落ち込みがそれをより大きなものにしている。

 

しかし、加賀の言った通り、敵は距離を詰め、もうすぐこちらの有効射程圏に入る。そのような感傷に浸っている場合ではなかった。

 

「総員、戦闘よーい!!」

 

前方に進路を取りつつ、後方に体と12.7cm連装砲を向ける。高速で後ろ歩きしているような状態だが、陣形が乱れるようなことはない。これも今まで散々訓練してきたのだ。だが、どうしても意識が前と後ろで分散にしてしまうため、やりにくさや違和感は半端ではない。

 

そんなことを思っていると、不意に通信が入ってきた。交信者は赤城と第102飛行隊隊長の植木だ。

 

「さぁ、精一杯の歓迎をしてもらおうか! 艦娘の諸君!! 30式も君たちの歓迎がどのようなものか・・・」

「植木隊長! 作戦に従ってください!! ここは私たちの土俵。102隊は直ちに進路を反転し、横須賀へ戻ってください!」

 

どうやら、作戦を無視して102隊が東京湾上空へ出てきたようだ。少々豪快な性格で、作戦を無視したと聞いても「あの人なら」と納得してしまうような人物だが、その実、命令には極めて忠実で強固な信念を心に宿している。今起きているのは、命令ではその信念が守れなくなったということだろう。

 

爆発四散し、破片と黒煙をまき散らす敵。一瞬、金剛か誰かが迎撃したと思ったが、違う。全員が同じ驚愕を浮かべていた。。

(こ、故障?)

いや、そうではない。あれは明らかに撃墜されている。敵の内在的要因ではない。

 

白玉型を撃墜したものの正体。それは聞こえてきた特徴的かつ、頼もしい音で判明した。

 

吹雪たちからみて、白玉型の左斜め後方から接近してくる4機の機影。30式戦闘機が白玉型を猛追する。意外な援軍に固まっていると、彼らから通信が入る。彼らは筒路中尉率いる102隊第7小隊で、敵機がこちらへ向かうのを捉え追撃してきたらしい。

 

「あなた方の任務については耳にしています。やつらは私たちが引きつけますからその間に」

 

願ってもみない申し出だったが、素直には頷けなかった。敵は4機。そして第7小隊も4機。同数で大丈夫なのだろうか。吹雪の心配は、その直後体現されることとなった。格闘戦の末、30式戦闘機より遥かに優秀な旋回性能を存分に発揮され、後ろを取られた1機が被弾。翼が取れ、きりもみ状態で海に没した。

 

「た、田中ぁぁぁぁ!!」

 

筒路が叫んでいる間にも、オオワシと小鳥のような戦闘が続けられる。悩んでいる時間はなかった。

 

「・・・・・ひきつけますから。早く!」

「了解しました。救援、感謝します! それと・・・・ご武運を!」

 

吹雪は通信を切り、戦闘命令を解除。前方のみを見つめて、最大船速で進む。それに異論は出ない。みな無言で同意を示していた。瑞鶴も例外ではない。

 

後方で、戦闘機が墜ちていく。敵味方どちらか分からない。追撃はその後もなかったため、筒路たちが奮戦してくれたことは分かるが、果たして彼は無事なのだろうか。

 

重苦しい雰囲気を抱いたまま、第5遊撃部隊は浦賀水道をひたすら進む。




今回は赤城たちの戦闘がメインでしたが、次回は我らがみずづきの登場です。本当は今話と次話で1話だったんですけど、加筆したら4万字近くになったので分割しました。

まだまだ拙い文章ではありますが、お待ちいただけると嬉しいです。

追伸。
お忙しいところ、度々誤字報告を寄せて下さる読者の皆様、本当にありがとうございます!
自分でやるとどうしても先入観や頭で描いたイメージが先行してしまい、見落としが発生するため、非常に助かっております。

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