水面に映る月   作:金づち水兵

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52話 房総半島沖海戦 その1 ~再来~

千葉県館山市 館山航空基地

 

東京湾への入り口たる浦賀水道と東京湾のちょうど境目にある館山湾。広大な干潟に支えられた東京湾、目と鼻の先にある水深の深い相模湾、洲岬の越えた太平洋側には南洋の栄養分や魚たちを運んできてくれる黒潮。瑞穂でも屈指の漁場に囲まれたここは、昔から漁業が盛んで今も変わらない。それを眺めるように、沿岸に設置されている瑞穂海軍館山航空基地。当部隊は連合艦隊航空戦隊司令部の隷下にあたり、海軍横須賀航空隊のうち戦闘機で編成される第105飛行隊、第106飛行隊や偵察機部隊である館山偵察飛行隊などが所属している。百里・厚木・横須賀と並び首都東京がある関東地方の防空を担う四大基地の1つであり、房総半島の先端に位置し四大基地の中で最も太平洋側に近いことから、かつては迎撃を担う戦闘機部隊が他の基地より1個多い3個飛行隊が配備されていた。だが現在、海軍硫黄島基地の再建により1個飛行隊が硫黄島へ配置転換されている。

 

敵発見の報に神経を尖らせなくなって久しい、今日。かつていつ頭上から降ってくる爆弾で命を落とすか分からなかった基地の将兵は、そんな緊張感も忘れ、日々の業務を何気なしにこなしていた。

 

薄緑の塗装を施され、基地のちょうど中心部にある鉄筋コンクリートの建物。一見すると、ただの庁舎に見えるもののここに当基地の司令部が置かれていた。地下には平時・戦時問わず、館山航空基地所属部隊を統括する堅牢な指揮所があり、当直の将兵たちは昨日までと変わらない微小な緊張感の中、各部隊との調整や行動監督に追われていた。それは館山偵察隊飛行隊本部からここへ出向し、哨戒部隊の統括を任されていた士官も同じだったのだが、もはや過去のこと。彼の元に血相を変えて「失礼します!!」と駆けこんできた管制塔付きの下士官を発端に彼の表情は曇りに曇っていた。

 

「本当なのか、それは?」

 

信じられず、下士官へ再び問う。だが、彼は有無を言わさむ速さで頷いた。

 

「はい。本日0532に当基地を発進した哨戒機からの交信が、折り返し地点での報告を最後に途絶えました。現在、何度も交信を試みているのですが・・・・」

「回復しないか?」

 

再び、力強く頷く下士官。事実であることを疑いようのない状況だが、それでも素直に飲み込めなかった。なぜなら、行方不明となっている機体の搭乗員は顔なじみだったのだ。それをあらかじめ把握していたのか、下士官は飛行計画書を士官に手渡し、事態が切迫していることを伝えた。

 

「九十九里浜沖、か・・・・」

「既に最後の交信から1時間半が経過しています。救難隊と伊豆諸島近海で対潜哨戒にあたっている第5艦隊に捜索を要請しますか?」

「・・・・そうだな。交信を断った場所は本土からも近い。エンジンの不調か・・・・、躊躇している暇はないな。お前の言う通りすぐに捜索要請を・・・ん?」

 

ようやく事態を飲み込んだ士官の指示。しかし、無情にもそれは最後まで続けられることはなかった。何の前触れもなく、突如鳴り響く心髄にまで染み渡った音。指揮所に詰めている将兵は1人残らずそれの正体を知っていたが、誰も動かない。ただ、首をかしげるだけだ。

 

 

 

それでも空襲警報は鳴りやまない。

 

 

 

 

 

 

 

「おい、今日防空演習なんてあったか?」

 

 

 

 

 

 

 

表情を曇らせる、とある館山航空隊司令部付き士官の呟き。

 

「い、いえ、自分は・・・」

「・・・だよな。抜き打ちでも俺たちには知らされるはずだし」

 

不審に思い、指揮所要員の1人が各地に設置された防空監視所を統括する防空指揮所に確認を求めようと直通電話に手を伸ばす。空襲警報は本来、基地司令部を介して発令される。司令部に指示を仰いでいる時間がない緊急時は防空指揮所から発令したり、そこが直接、館山航空隊司令部に迎撃命令を出すこともある。しかし、それがなされるのは本当にマズイ事態に限られるのだ。平時でそんなことをすれば指揮命令系統の混乱につながってしまう。

 

手を伸ばしかけた電話がけたたましく暴れる。受話器を取った士官が口を開くよりも早く、こちら側よりも先に口を開く。いや、絶叫した。

 

「こちら館山防空監視所! 敵機来襲! 敵機来襲、敵機来襲ぅぅぅぅ!!!! 機数は不明! 繰り返す、機数は、不明!! 現在、当監視所上空を通過中!!!!!!!!!!」

「な・・・・」

 

狂ったように受話器を怒鳴りつける兵士。そこに平穏さは微塵も残っていなかった。指揮所に雷鳴の如き驚愕が走る。館山防空監視所からの電話を皮切りに、指揮所に設置されている各部隊との直通回線が一斉に鳴りだした。

 

「ど、どういうことだぁぁ!! 何故、いきなり敵が!!」

 

室内は一瞬で生命の危機を帯びた怒号に包まれる。誰1人として予測していなかった事態。指揮所要員がパニック状態に陥るのにそう時間はかからなかった。その中に響いてくる、爆発音。非常に弱く、怒号にかき消されよく聞き取れないが、確かに聞こえる。

 

「陸軍洲岬要塞、防空戦闘開始した模様!! 洲崎要塞司令部より現状報告を求める問い合わせが!!」

「基地防空隊、指示を求めています!! 対空戦闘を下令しますか!?」

「105、106隊、発動機始動開始した模様!!」

「おい、待て!! 誰だ飛行隊にそんな指示を出したのは!! 飛行隊の一次上級司令部はここだ!! 待機させろ!」

「しかし、このままでは敵に!!」

「これは明らかな越権行為だ!! 下手をしたら、全員軍法会議行きだぞ!! 分かってるのか!!」

 

遠くで響いていた間隔の長い重低音に加えて、至近での比較的軽い連射音が加わる。それは徐々に増え、地下にあるここでもまるで地上にいるかのように感じられる。

 

「やばい!! 近づいてきたぞ!! ・・・・・・・っ!?」

 

そして、規模が違う連続した爆発と地震のような衝撃が世界の全てを覆った。

 

 

 

 

 

いつも通りの朝。昨日まで何も変わらない。ある者は通勤のため電車に飛び乗り、ある者は友達と待ち合わせ、学校に行き、ある者は溜まっていた洗濯物を軒先に吊るす。それは年齢・性別・社会的地位に関わらず関東に住む1800万人の誰も同じであった。台風の影響でぐずついていた空も晴れ間が見え、すがすがしい陽気の予感。

 

それに今までの鬱屈を深呼吸で吐き出し、空を見上げた者も多かったはずだ。

 

久しぶりに訪れる日光に踊る胸。

 

 

しかし・・・・・・・・。

 

 

「空襲警報発令ぇ!! 空襲警報発令ぇぇぇ!!」

 

訪れたのは自然の温かみではなく、作為的な死の槍だった。

 

「非常警戒放送、非常警戒放送です!! ついさきほど、関東地方・中部地方各地に空襲警報が発令されました! これは訓練ではありません、これは訓練ではありません!! 発令地域にお住いの方々は落ち着いて、落ち着いて、指定されている防空壕へ直ちに避難してください! 繰り返します! ・・・・・・・・」

 

ラジオから聞こえる極度に緊迫した声。そして、町全体に轟く警報音。日常を謳歌していた人々にそれは容赦なく、降りかかった。

 

甦る絶望に覆われていた時代の記憶。空襲警報が発令された地域にとどまらず、関東と、そして大事をとって危険地域とされた中部は一瞬で大混乱へと陥った。

 

瑞穂海軍の重要拠点がある神奈川県横須賀市も当然、絶望の嵐に飲み込まれていた。

 

とある典型的な瑞穂家屋。

 

「ひろ子! なにしてるの!? 早くなさい!!」

「待って、待って、紐が・・・・・」

「もう!」

 

玄関で防空頭巾に悪戦苦闘する娘を見かね、30代後半ほどに見える母親が駆け寄り冷や汗によって湿った手で、顎紐を結ぶ。娘が震えていることに気付かないはずがないが、いつものように安心させている余裕はなかった。

 

結解(けっけ)さん! さん結解(けっけ)! まだいるの!? ねぇ、返事して!  さん結解(けっけ)!!」

 

玄関の引き戸がガシャガシャと余裕のない音を立てる。声の主に気が付いた母親はすぐに玄関を開ける。そこには息を切らせ、自分たちと同じように防空頭巾をかぶり、顔を蒼くしている60代ほどの女性がいた。

 

「よっかぁ~。いくら待っても来ないから心配になって・・・」

 

瞳を潤ませる女性。どうやら、避難に時間がかかった自分たちを心配して、わざわざ探しに来てくれたようだ。見知った顔を見たせいか、娘は少し体の力を抜く。まだ幼稚園児か小学校低学年ほどだと言うのに恐怖で泣き叫んだりはしていない。

 

「ひろちゃんはいい子ね。これを見たらお父さんもきっと喜ばれるわよ」

 

それに少しだけ笑顔を見せる。だが、母親の方はなんだか複雑そうな表情だ。

 

「じゃあ、行きましょう。早くしないと時間がないわ」

 

女性の後を追い、母親は娘の手を引く。道路に出た時、昔に何度か聞いた音が再び木霊する。右手の空。そこには無数の黒い花が現在進行形で発生していた。血相を変えて道を駆けていた人々はそれを戦々恐々。

 

「走って!!!」

 

女性が叫ぶ。黒い花と響続ける音が一体何を意味しているのか。娘には分からなくとも、母親や女性には分かった。彼女たちだけではない。ここに住む大人たち、そしてあの時の記憶を持っている子供たちも同様だ。

 

「防空壕はこちらです! 防空壕はこちらです!! 早くこちらへ!! 中に入れば安全です!! 中に入れば安全です!! 早くこちらへ!!」

 

無秩序に止められたパトカーのそばで、大声を張り上げ避難誘導を行う警察官。顔中に汗をたぎらせ、呼吸は荒く、いつも穏やかな表情で手を振れば振り返してくれた面影はなかった。

 

「こちら横警45、横警45!!」

「こちら横警68!! どうぞ!!」

「こっちの避難誘導は完了した!! そっちは!!」

「まだです!!」

「っ!? ・・・・了解!! 避難誘導が完了したら、お前らもそのままそこへ避難しろ!! 分かったか!!」

「しかし、本部から・・」

「上を見ろ!! 上を!! 今俺たちは戦時下にいるんだ!! 死にたくなかったら、臨機応変に対応しろ!!」

「りょ、りょうか・・・・・」

『きゃあああ!!』

「なんだぁ!?」

 

一際、大きな爆発音。見れば、黒い花の間に、わずかな炎と黒煙を引きながら“何か”が地上に向け、真っ逆さまに落ちてゆくのが見える。更に顔を引きつらせる大人たち。だが、娘にはそれよりも気になることがあった。今は別世界と化してしまった場所。そこは自分たちと全く無関係な場所ではなかったのだ。

 

「あっちお父さんのいるところ。ねぇ、お母さん? お父さんは? ねぇお母さん? お母さんってば!!」

「少しは静かになさい!!」

 

母親は怒鳴るときだけ顔を娘に向けると、すぐに前方へ向き直る。娘は目元に涙をためはじめるが、それは指さした方向での爆発音に驚いた拍子に下へ流れ落ちる。不意に足を止めようとしたが、母親がさせまいと手を強く引っ張る。背中にあたる弱い衝撃波。母親と女性はそれに振り向くことなく、恐怖に慄く数え切れない人々と共にただ防空壕を目指した。

 

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

 

「・・・・・・・・そ、そんな・・・」

「現在、どこも混乱していて情報が錯綜していますが、これだけは確かです」

 

重苦しい緊迫感に包まれた第3水雷戦隊。騒がしい黒潮や陽炎、深雪すらも顔面蒼白で、川内と三重県にある横須賀鎮守府隷下鳥羽基地との通信をただ茫然と聞いている。よほど大混乱に陥っているのだろう。通信の向こう側が怒号に包まれているのがはっきりと分かり、時たま内容まで聞こえてくる。だが、そのどれも信じられないものばかりだった。

 

 

 

 

 

 

関東各所が深海棲艦航空隊に爆撃され、軍関連施設を中心に甚大な被害が出ている。

 

 

 

 

 

竹祭りを存分に味わい、那覇を出発してから丸2日。軍の最重要物資を積んでいるという軍の輸送船を含んだ船団のため、往路以上に神経を使った。しかし、心配された敵潜水艦による攻撃はなく、また探知もなく航海は往路と同じくいたって順調に進んでいた。現在地点は愛知県渥美半島沖。横須賀まで時速15ノットで11時間。このまま何もなければ7時ごろには帰港可能であった。

 

みんなで「あと11時間。そしたら、任務完了!」と言い、訪れるであろう解放感と達成感に胸を鳴らしていた矢先、その通信は最寄りの鳥羽基地からもたらされた。

 

自分たちの“家”である横須賀鎮守府とは川内が、鳥羽基地との通信の合間を縫って何度も交信を試みていたものの、現在に至るまで音信不通のままだ。

 

「みんなーーーー!!」

 

鳥羽基地との通信に割り込む形で白雪の声が耳に届く。彼女と初雪は休息中だったのだが緊急電を聞き、慌ててお世話になっている船から飛び出してきたのだ。しかし、いくら状況を飲み込めていないといってもまずいと思ったかのか、意外にも深雪が「しーー!」と注意する。それ以来、白雪は息を潜める。白雪の表情を覗う余裕がなかったため想像するしかないが、おそらく白雪たちもこちら同じ顔になっているだろう。

 

額に大粒の汗を浮かべた川内は白雪たちを一瞥すると、再び意識を電波の向こう側に向ける。

 

「失礼しました。それで、我々はどうすれば?」

「呉鎮守府に照会したところ、そのまま横須賀へ向かえとのことです」

「っ!? ま、待ってくださいそれは!!」

 

川内は目を大きく見開き無線に食いつく。ここまで危機感をたぎらせた表情は初めてだ。声も裏返り、聴覚だけでもどれほど動揺しているか分かる。今回の攻撃は関東で最大の軍事基地たる横須賀鎮守府とも連絡かつかないような苛烈なもの。関東の防空を担っていた基地が軒並み壊滅し、関東上空そして伊豆諸島一帯の制空権が一時的にせよ敵に奪われていることは容易に想像できる情勢だ。そして、その攻撃隊を放った空母機動部隊がどこにいるのかも分からない。規模も、だ。一撃で関東の防衛能力を奪ったことを鑑みれば、相当の規模であることは疑いようがない。そのような状況にも関わらず、呉鎮守府は「行け」と言ってきた。制空権がなく敵がどこに潜んでいるのか分からない海域に。

 

下手をすれば自殺行為だ。川内でなくとも、必死に反論するだろう。

 

 

“通常”ならば。

 

 

「伊豆半島沖には第5艦隊が作戦行動を取っており、現在、敵がいると推測されている房総半島南方海域へ急行中です。呉は房総半島南方海域にて第5艦隊と合流、共同して敵機動部隊を捜索、撃滅せよっと言っています」

「しかし・・・・」

「私には意味が分からないのですが、7隻いれば遂行は可能、とも」

「っ!?」

 

“7隻いれば遂行は可能”。つまり呉鎮守府はこう言っているのだ。

 

 

みずづきを存分に使え、と。

 

それを瞬時に理解すると、みずづきは自然と拳を握りしめる。今、瑞穂は現在進行形で“戦争”を行っている。こうしてのうのうと通信を聞いている今この時も、大勢の人々が恐怖に怯え、物言わぬ屍と化している。そして、自分たちはいかなければならない。偶然という神の見えざる手で、生死が決まる戦場に。笑って、怒って、泣いた日常の時間は終焉。これからは「非日常」の独壇場だ。

 

「・・・・・・・・・」

 

川内は焦燥感に駆られた顔でこちらを覗う。彼女も当然、呉鎮守府の暗示に気付ているだろう。どのみち、横須賀と連絡がつかない以上、第3水雷戦隊にとって現在の司令部は最寄りの呉鎮守府。拒否は、できない。しかしそのような規定など押しのけ、揺れる瞳に迷いを感じさせない真剣な表情で頷く。川内は一旦、こちらから視線を逸らす。そして、こちらを一瞥した後、第3水雷戦隊隊長としての判断を下した。そこにはもう、迷いはなかった。

 

「わかりました。これより第3水雷戦隊は房総半島南方海域に急行します。船団は任せました」

 

そういうと川内は覚悟のにじみ出た声で「最大戦速」を下令。

 

『了解!!!』

 

みずづき以下、陽炎たち駆逐艦5隻の覚悟が重なる。

 

 

船団を鳥羽基地からやってくる海防艦艦隊に任せ、一路東を目指す第3水雷戦隊。急速に水平線の彼方へ消えていく彼女たちに船団の旗艦、あの輸送船から発光信号が瞬いた。それを受け取った彼女たちは頭のギアを完全に戦闘モードへと切り替える。

 

 

 

―貴君らの武運長久を祈る、艦娘と瑞穂に勝利を―

 

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

 

東京都新宿区市ヶ谷 海軍軍令部

 

 

 

呉鎮守府や横須賀鎮守府鳥羽基地と同様、ここ瑞穂海軍の最高司令部である軍令部も蜂の巣をつついたような大混乱に陥っていた。いや、爆撃を受けた関東のど真ん中の首都東京にあり、さらに敵の最重要攻撃目標と目されるここの混乱ぶりは他の基地の比ではなかった。それは高い塀と狩人のような目をした警備隊で隔絶された外、一般市街からも容易に見て取れた。

 

「作業急がせぇぇぇ!! 後続部隊の状況は?」

「はっ!! 第1・第2小隊の運搬作業が完了との報告! まもなく出動するとのことです!」

 

つい1時間ほど前まで無数の自動車が駆け抜け、人々が会社へ学校へ歩を進めていた大通り。しかし、現在そこにいるのはカーキ色の制服に身を包んだ瑞穂陸軍の兵士のみ。そして、車の代わりに道路を占拠しているのは陸軍練馬基地より出動してきた第1高射群第1高射中隊の高射機関砲。彼らの存在意義は、首都の防空。そして、現在の任務は敵機の再来襲から瑞穂軍の心臓部を守ること。市ヶ谷には海軍軍令部だけでなく、陸軍参謀本部、瑞穂軍の最高司令部である大本営、そして国防省が置かれている。先刻来襲した敵機による被害はなかったが再来襲に備え、対空陣地の構築が急ピッチで行われていた。土嚢や兵士・作業機械を次々と運んでくるトラック。路肩駐車の車を移動させようとする兵士たちの掛け声。飛び交う怒号。空を睨む真っ黒な三連装の高射機関砲。そのどれもが緊張感に包まれている。

 

先ほどから声を張り上げ、指示を飛ばしている古参兵。彼も例外ではなく、震える手をジェスチャーとして動かすことによって部下にばれないよう誤魔化していた。

 

塀と、敷地と、窓によって外界から区切られた軍令部内にも、陸軍の怒号や作業機械の駆動音が絶え間なく聞こえてくる。だが、それがどうでもよくなるほどの叫び声、いや悲鳴に軍令部内は満ち満ちていた。

 

横須賀鎮守府1号舎と同じく、赤レンガづくりで情緒を漂わせる軍令部中央庁舎。その地下2階には瑞穂海軍全軍を統括する海軍中央指揮所が置かれ、現在軍令部の局長・副局長・課長クラスの主要幹部が駆けつけ情報収集を進めていた。だが、本気で叫ばなければならないほど騒乱状態となっているなかで聞こえてくる「現実」は、あまりも信じられないものだった。

 

 

壁にかけられた関東地方、そして伊豆・小笠原諸島の地図。その上に数カ所に赤いペンで乱暴な×印がつけられている。それは「増えないでくれ」と祈る士官たちの切実な願いを踏みにじり、時間の経過とともに増えていく。

 

「洲崎要塞より緊急電! 館山航空基地、滑走路及び格納庫が破壊された模様! 詳細な被害は不明! 繰り返す、詳細な被害は不明! また陸軍木更津基地より通報! 滑走路、及び格納庫に甚大な被害! 輸送機の大半が撃破されました!」

「百里・厚木を何度も呼び出しているのですが、応答がありません!」

「現在百里航空基地に横須賀教育航空隊霞ケ浦飛行隊が、厚木航空基地には神奈川県警厚木署の部隊及び陸軍座間基地偵察小隊が情報収集のため急行中!!」

「な、なんだと!!」

 

作戦局局長、小原貴幸少将の絶叫。顔面は死体と見間違えるほど蒼白で、光昭10年度第一回横須賀鎮守府演習へ視察に訪れた将官と同一人物とは信じられない。彼に呼応して簡素なテーブルにつき、直属の部下と緊迫した雰囲気でやりとりを行っていた幹部たちの表情も驚愕に染まる。その中、天井の照明をいつも通りに反射させている軍令部総長的場康弘は、ただ瞑目し、静かに構えていた。

 

「横須賀は!? 横須賀はどうなっている!?」

「爆撃を受けたようですが、田浦陣地と基地防空隊の迎撃で大した損害はないと。滑走路も健在であり、現在第102飛行隊が上空待機しています!」

 

一気に広がる安堵。しかし、情勢はそれを持っても補完できないところまで来ていた。焦燥感に駆られた士官たちの内、作戦局作戦課員の1人が溜まりに溜まっていた不満をぶちまける。矛先は、誰でもない。

 

「こうなるから、私は従来より掩体壕構築の必要性を訴えてきたんだ!! 予算がないだぁ?? 格納庫に駐機している時点で撃破されたら、元も子もないだろうが!!」

 

机を叩きつける鈍い音が室内に木霊するも、周囲の喧騒でかき消される。その姿勢に疑問を感じてか、他の士官たちから声があがった。

 

「今喚いても仕方ないだろう。海軍の予算は統合艦隊の構築や航空戦力の整備に費やされ、基地の防御力は後回しにされてきた。そんなものを含めた予算ではそもそも大蔵省の背広どもが首を縦に振らん」

「君は掩体壕の整備にどれだけの金が必要なのか分かっているかね? 前後左右、全ての分野に膨大な予算が必要なときにあれもこれもと言っている余裕はない。優先順位は必要だった」

「少将のおっしゃるとおり。予算編成に不満を抱いているのはあんただけではないんだ。防空レーダーの整備も費用対効果の根拠が薄すぎると言われ、削除を余儀なくされた。もし、軍再建整備計画策定時に防空レーダーの整備が明記されていれば、今回の攻撃もかなりの確率で事前に察知できた。・・・・・・・無念だ」

「しかし、どうなさいますか? 教育畑の小生が口を挟むべきではないかもしれませんが、現在判明している情報を合算しますと、非常に情勢は緊迫しております」

 

関東の制空権は館山・横須賀・百里・厚木の四大基地に配備されている、第101飛行隊~第108飛行隊(第107飛行隊以外)の7個飛行隊、計280機の30式戦闘機で維持されていた。館山に続き、仮に百里・厚木基地が壊滅し戦闘能力を失っていた場合、関東及び伊豆・小笠原諸島の制空権は上空待機している横須賀航空基地横須賀航空隊第102飛行隊と訓練で小松基地に出向いていた同第101飛行隊。そして、硫黄島基地の第107飛行隊でカバーすることになる。横須賀航空隊には豊橋航空基地第109飛行隊も所属しており、今回の攻撃を受けず健在であったが、かの部隊は舞鶴航空隊・呉航空隊と共に中部地方の制空権を確保する重要な部隊。関東が危機的状況に陥っているからといって、おいそれと引き抜くことは出来ない。その代わり、石川県小松基地から舞鶴航空隊第404飛行隊が増援として到着予定だが、かの部隊は一世代前、深海棲艦出現以前に配備された21式戦闘機の部隊だ。一撃で関東の制空権を風前の灯にした敵に対して、どれほど戦力として勘定できるか・・・・・・。

 

だが、名だたる階級章を有する軍人たちが頭に思い浮かべていた戦局展開の骨子はすぐに叩き割られることとなった。息を切らし、幹部たちの前に姿を現す情報局の青年将校。浅黒く焼けた肌にも関わらず、顔面から手に至るまで蒼白で、額には尋常ではない汗がにじんでいる。自然に騒いでいた軍人たちが静かになる。

 

「ほ、報告します! つい13分前、伊豆諸島・小笠原諸島の各基地が敵航空隊による爆撃を受けたとのとこです!!」

「っ!?」

 

衝撃のあまりか、下士官の1人が書類を豪快に落下させる。

 

「硫黄島基地司令部より緊急電を読み上げます! 我、奇襲爆撃により戦闘能力を喪失す、戦闘能力を喪失す。以上であります!」

「そんな・・・・硫黄島まで・・・・」

 

うめき声をあげ、首を垂れる幹部たち。「戦闘能力を喪失す」。至極簡単な文だが、硫黄島基地がどういう状態に陥ったのかはそれだけで明白だった。その電文はあらかじめ、「硫黄島基地が制空権確保能力を喪失した際に発信」と決められていた。

 

それが訓練でもなく、実際に発信されたのだ。

 

 

つまり館山航空基地と同じく、よく見積もっても滑走路が破壊され、制空権の確保が不可能になったという事。悪く見積もれば、それこそ第107飛行隊所属の30式戦闘機40機が全滅した、という事になる。

 

「おい! 各基地とはなんだ! 正確に報告しろ!! 全基地かそれとも、一部か! どっちだ!?」

「全基地であります!!」

「なっ・・・・・」

 

激高して詰め寄った中佐の階級章を付けた士官に、青年将校は強張った真顔で答える。何人かの幹部から同じうめきが出た。

 

「参謀本部に照会したところ、硫黄島のみならず大島、三宅島、父島陸軍基地も攻撃を受け、甚大な被害が出ているとのことです」

「うそだろ・・・・、そんなことが・・・・」

 

詰め寄ったとある中佐は衝撃のあまりふらつき、近くにいた部下に支えられる。「すまない」と断った彼は幽霊のような足取りで自分の席に戻っていく。硫黄島基地が伊豆・小笠原諸島の制空権確保や南方海域から進出してくる深海棲艦の迎撃を担っていたのに対し、陸軍の各基地も第二次列島線の防衛という、非常に重い任務を課せられていた。なにも、島と島民を守る為だけではないのだ。第二次列島線の確保は、そのまま西太平洋における制海・制空権の如何、そして西日本太平洋沿岸部・南西諸島の安全確保にも直結してくる。そのため、これは非常に重要な意味合いを持っていた。

 

「攻撃した敵航空部隊の様相は?」

「関東に来襲した部隊と同じく白玉型赤色種、とのことです」

「やはり、か・・・・・」

 

ため息すらでない落胆が空間を超えて伝播する。今回、関東に来襲したのは、深海棲艦のごくごく普通の部隊で見られる流線型の機体ではなかった。白玉型と一般的に呼称されている、流線型より遥かに性能が高い航空機であった。外見は一風変わっており、読んで字の如く「白玉」のようで一般将兵からは「たこ焼き」と呼ばれており、航空力学をはなから無視したトンデモ形状であった。だが、性能の高さは本物であり、21式戦闘機では全く歯が立たないことはもちろん練度の高い艦娘たちの艦載機とも互角に張り合う存在だ。

 

それが関東に来た。これだけでも敵がいつものようにちょっかいをかけに来たわけでなく、「本気だ」ということが分かる。

 

青年将校はそれを茫然と眺めた後、更なる報告を行う。任官後初めて見る軍令部の惨状を前に、どうやら時機を待っていたようだ。

 

「それと、さきほど銚子漁協より“所属漁船が深海棲艦とおぼしき艦隊と遭遇した”との通報がありました!」

 

「なんで先に言わないんだ!!」というように茫然としていた幹部たちの顔が一斉に、青年将校の方へ向く。いつもなら排斥派の“高貴な”軍人が鉄拳制裁を加えようとするが、擁護派・排斥派に関係なく彼らには歓喜がにじんでいた。

 

「ほんとか!!!」

「どこだ!? 敵は何処に!! 早速反攻作戦の策定に移らなければ!!」

 

だが・・・・・・・・。

 

「敵は九十九里浜沖、南東112kmの海域とのことであります!!!」

『・・・・・・・・・は?』

 

20人はくだらない男たちの間抜けな感嘆が見事に重なる。そして、全員の表情が一瞬の差もなく絶望に染まっていく。語られた言葉はいとも簡単に幹部たちを極寒かつ一筋の光もない暗闇に叩き落した。

 

「そ、そんな近くに・・・・」

「うそだろ・・・。おい、それは本当か!! 本当なのか!! おい!! 誤報じゃないのか!!」

「いえ、確度の高い情報であります!!! 実際に交信記録もこちらに届けられています!」

「な・・・・・・」

 

112km。これは空母や航空機にとっては目と鼻の先。すぐ・・・・・・・・・・・そこだ。

 

にも関わらず、海軍は事前に一切捉えられていなかった。いくら、台風の影響でまともな哨戒が出来なかったとはいえ、そのような言い訳はもう許されないだろう。実際に関東が攻撃を受けたのだ。

 

海軍の面目、丸つぶれである。

 

あまりの大失態に幹部たちは茫然自失。これは下手をすれば自分の首だけでなく、海軍と言う組織全体への信頼失墜につながりかねないほどの事態だった。事がどう転ぼうと政府や国民からの猛反発は避けられない。

 

「それは・・・・・・それはいつのことだ!」

「30分前であります!」

「編成は? 編成はつかめたんですか!?」

「通報は途中で途切れてしまった、と。おそらく目撃した漁船は撃沈されたものかと・・・・・。ただ、艦隊は一個以上で一応に黄色いオーラで満ちていたそうです」

「エリートではなく、フラッグシップか・・・・・・」

「しかも、それが全艦で、一隻ではないと・・・・・・」

「民間船であるため、もう少し詳しくとは言えないが・・・・」

 

数人が顔を手で覆い、数人が苛立出し気に頭を掻き毟る。「失礼しました!」と視界の外へ消えていく青年将校。しかし、誰も彼の姿など見ていなかった。深海棲艦には練度が上がり、戦闘力が高くなるにつれて特定の色のオーラを放つという特徴があった。普通の深海棲艦にオーラはなく、戦闘を重ね練度が上がると赤いオーラを放つようになる。これを人類側は万国共通でelite(エリート)と呼称している。そしてそのelite(エリート)がさらに練度を積み重ねると、オーラが黄色に変わる。これがflagship(フラッグシップ)だ。eliteがまだ通常艦を少し強くした程度なのに対して、flagship(フラッグシップ)は「旗艦」を意味する単語を与えられるだけはあり、elite以下の深海棲艦とは火力・機動力・装甲・回避力など全ての能力が桁違いでもはや別の存在だ。その上には青いオーラを放つflagship(フラッグシップ)改がいるが、これはもう鬼級や姫級を覗う化け物である。

 

そのflagship(フラッグシップ)を主体とし、白玉持ちの艦隊がすぐ目の前まで侵入しているのだ。。

 

「おかしい。敵攻撃隊は房総半島の東方面から来たはずだ。そうなれば、必然的に敵の機動部隊は房総半島東方沖にいることになる。伊豆諸島なら攻撃圏内だろうが、何故、本土から1000km以上離れている父島や硫黄島を同時に攻撃できるのだ? 特攻覚悟の片道飛行ならともかく、やつらはそこまで艦載機を飛ばせないはずだ」

「仮に新型機だったとしても、同時攻撃には緊密な連携、それをなす重厚な通信網の整備が不可欠です。深海棲艦にはいくらなんでも・・」

「別動隊、か・・・・」

 

とある士官の呟き。誰もそれを否定しようとはしなかった。状況から判断するにその可能性が最も高かった。

 

「一体敵は何隻いるんだ・・・・・・・」

「攻撃の精度から判断するに、予測される別動隊も相当の手練れでしょうな・・・・。なんということか・・」

 

苦悩をたぎらせて、首を垂れ始める幾人もの士官たち。まだ第一撃を受けただけにも関わらず、総力戦に負けたかのような無気力感が漂う中、彼らの周囲で走り回る下士官たちの喧騒に紛れて誰かがポツリと呟いた。本当に小さな呟き。だが、海軍最高指導層と一般的に解釈される軍令部の重鎮たちは誰一人として聞き逃していなかった。

 

「どう、この落とし前をつける・・」

 

その呟きに込められた意味。この場にはあまりにも不釣り合いで、嫌悪感を集めても仕方ない代物だった。聞いた瞬間、複数の士官たちが発言者に鋭い視線を向ける。その中には発言者よりも階級が低い士官もいたが、よほど発言が気に食わなかったのか、彼らは一切階級差を気にしていなかった。問題発言の主を咎めようと開かれる数多の口。だが、それは彼らより遥かに怒りを露わにしていた、海軍内で名の知れた軍人が代行した。

 

「おい! 貴様・・・・、今そのようなことをほざいている場合かぁぁぁ!!」

 

排斥派のリーダー格であり、作戦局副局長の御手洗実中将が怒鳴り声を上げながら、般若のような恐ろしい形相で発言者を睨みつける。意外な人物の登壇に発言者を睨め付けていた士官たちは口をあんぐりと開け、走り回っていた下士官たちは思わず足を止める。彼らだけではない。どちらかと言えば、発言者に同情的な雰囲気を醸し出していた士官たちまでも大きく目を見開いている。

 

 

 

“やつがそんなこと言うとは・・・・・・”

 

 

 

擁護派や排斥派の垣根を超えた一種の共通認識が生まれた瞬間だった。

 

「そんなにわが身が可愛いのかぁぁぁ!!!??? だったら、今回の責任をその矮小で非力に肩に背負って、とっととこの場からうせろ!! 保身と昇進にしか興味関心のない官僚もどきはここには不要だ!! ・・・・・幻滅したぞ、富原」

「っ!? 大変、大変、申し訳ございませんでした!!! 何卒・・何卒ご容赦を!!」

 

例の発言者である作戦局作戦課課長の富原俊三中佐は涙声で、テーブルに頭を擦りつける。体は震え、この世の終わりと雰囲気が周囲に訴えている。軍令部に務めている大抵の軍人ならば、中将である御手洗に激怒されようともここまでの怯え方はしない。しかし、彼にはそうなる理由があった。

 

彼は排斥派中堅士官のとりまとめ役で、御手洗と共に排斥派の重鎮の1人とされている軍人なのだ。

 

御手洗へ必死に慈悲を乞う富原を一瞥することもなく、敵の撃滅・祖国防衛よりも彼と同じことに主眼を置いている、と思われる士官たちに鬼の形相を向ける。

 

訪れる、久方ぶりの静寂。周囲では再び下士官たちが活動を再開しているものの、士官たちの間だけ。なんとも不思議な情景だった。士官たちが戸惑いで身じろぎをし出すと、先ほどの怒号が白昼夢であったかのように御手洗は消え入りそうな声で言った。

 

「俺たちは・・・・俺たちは誓ったはずだ・・・・。入営する時、そして・・・・あの絶望に支配されていた日々に。・・・・・・・・・・・今度こそ、果たすのだ。絶対に・・・・・」

 

俯いているため、御手洗の表情は誰にも分からない。いつもとは異なる御手洗の様子に静かな動揺が広がる。しかし、数人の軍人たちは御手洗と同じく俯いていた。

 

「御手洗の言う通りだ」

 

低く、誰にでも威厳を感じさせる声。視線を泳がせていた士官たちが一斉に姿勢を但し、特定の方向に体を向ける。今まで瞑目していた瑞穂海軍軍令部総長的場康弘大将はゆっくり立ち上がり、士官そして見える範囲全ての下士官たちをその視界に収める。

 

彼の表情には、ダイヤモンドよりも硬い信念と覚悟が浮かんでいた。

 

「我々は瑞穂海軍軍人だ。そして、我々は軍令部だ。我々の行動如何で部下たちの、国民の・・・・・・みなの家族の運命が決まる。この中にも家族が関東に暮らしている者は多くいるだろう」

 

少なくない士官・下士官たちが瞳を揺らす。

 

「確かに、我々は大きな過ちを犯してしまった。もう、取り返しはつかない。此度の責任は全て総長である私に所在している。お前たちが気に病む必要は、ない」

「そ、そんな・・・・」

「お、お言葉ですが・・・・責任は我々にも・・」

 

信頼ゆえの抗議を行う擁護派の士官たち。だが、的場は首を横に振り、彼らの弁を制止させた。

 

「総長とは、そういうものだよ。少しは格好を付けさせてくれ」

 

儚げな笑みを浮かべる的場。擁護派の士官たちは、苦し気に己の拳を握りしめている。

 

「だから、今は目の前の敵をどうするのか。それだけに専念して欲しい。時間の浪費も、驚愕の押し付け合いももう散々だ。分かったら、さっさと動け。・・・・・瑞穂人の底力、思い知らせてやるぞ!」

 

一転して、瑞穂海軍の最高司令官らしい勇ましい声。そこには勝ち気な笑みが浮かんでいた。それに擁護派も排斥派も関係なく全員が大きく、覚悟を秘めた視線で頷く。

 

 

それを境に再び軍令部が慌ただしく動き出す。

 

 

 

~~~~~~~~~

 

 

 

レシプロエンジンの特徴的な振動で小刻みに揺れる機内。いつもはその音に頼もしさを感じるのだが、今日は違った。それは聴覚だけでなく視覚にも言えることだった。眼下に広がる大海原。紺青の海がいつも以上に黒く見える。

 

この海のどこかに敵がいる。

この海のどこかに自分たちの仲間を殺し、自分たちの祖国に忌々しい爆弾を落とした化け物がいる。

 

そう思うと自然に目が冴えた。自身が軍人になり、瑞穂で唯一大戦初期を生き残った第5艦隊に配属されてから、初めての実戦。もっと緊張したり、怖くなったりするかと思ったが、そうでもない。奇襲攻撃というある意味特殊な攻撃を受けからであろうか。

 

「こんなもんか・・・・・」

 

肩透かしを感じながら、第5艦隊旗艦巡洋艦「因幡」所属、水上偵察機搭乗員の高橋は機長である武田と共に30式水上偵察機で敵機動部隊がいると目されている房総半島南東海域を飛行していた。

 

第5艦隊に攻撃の一報が入ったのは、相模湾から太平洋側へと進路を取り、ちょうど伊豆半島と大島の間を航行中の時。実際に関東各地が攻撃を受けてすぐのことだった。事態の深刻性を即座に判断した第5艦隊司令官正躬信雲(まさみ しんうん)少将は、直後進路を大島の南を通る形で房総半島南方海域に出るルートへ変更。これは完全な現場の独断であったが、艦隊司令部や横須賀鎮守府も同じ考えだったため、交信が回復した後叱責されるどころか「さすが」と評価される始末だった。

 

暗黙の内に共有された両者の読み。それはその後に軍令部経由で送られてきた銚子漁協の情報で確信に変わっていた。

 

現在既に房総半島南方海域に進出した第5艦隊は敵艦隊との不意な遭遇を避けるため、当海域に待機。所属する偵察機を北東から南方面に発進させ、本土を爆撃した敵機動部隊の発見を急いでいた。

 

「何か見えるか?」

 

操縦桿を握る武田の問い。この偵察飛行に出て何度目か分からないが、高橋も何度目か分からない同じ回答をする。

 

「いえ、何も見えません! いたと思っても鳥ってオチばかりですよ」

「そうか・・・・・。俺も似たようなもんだな」

 

若干の影を帯びた言葉。それだけでなく焦りの色も垣間見える。どんな状況でも平静を保っていた武田にしては珍しい。だが、それに「何故」という疑問は無粋だ。

 

高橋の脳裏に、発艦前にかけられた武田の言葉がよぎる。

 

「なぁ、高橋。厚木には俺の古い友人がいるんだ。もうすぐ長女が中学校に入るんだって、この間会ったとき嬉しそうに話してた。昔は2人でバカやったっていうのに、すっかり毒が抜けちまって・・・・・・。無事でいてくれるといいんだが、やつは戦闘機のパイロットだ。おそらく・・・・・。例えあいつが生きていても、死んだ仲間はたくさんいるはずだ。俺たちが敵討ちの一翼を担わないとな」

 

自然と拳に力が入る。高橋も館山に友人がいた。気が弱く、狡猾で高圧的な先輩の横暴からよく匿っていた。そのたびに彼はいつも純粋な笑顔で「ありがとう」と言う。兵士としては適性を疑ったことはあるが、友人としては申し分ない人間だった。彼は武田の友人と違い29式偵察機の偵察員だが、館山偵察飛行隊の偵察機は大半が未帰還だと言う。

 

「あいつのためにも、俺が・・・・」

 

目頭に力を入れ、眼下を睨む。翼下を流れる雲。真っ白で綿あめのようにふわふわとした外観でところどころから海を見ることができる。

 

「っ!?」

 

視線を翼下から前方に映す。雲の隙間。そこに海水を傲慢にかき分けて進む異形の集団がいた。一瞬で瑞穂全軍が血眼になって探し求めている存在と確信した。

 

「武田機長! 見つけました! 前方、2時の方向。雲の隙間!」

「!?!? よくやった高橋!」

 

歓喜に沸く機内。お通夜のような雰囲気が幻であったかのようだ。

 

「敵には・・・・・気付かれていないようだな。よしっ! 高度を下げて、近づく。賭けだが・・・・・・・、高橋、しっかり見た全てを因幡へ報告してくれ!」

「はい!」

 

高まる緊張感。相手は空母を有する機動部隊。しかも、あの“たこ焼き”を有している猛者ども。見つかれば、ほぼ逃げ切ることは不可能だ。しかし、ここで引き返す気は毛頭ない。自分たちの行動如何で瑞穂軍の今後が大きく変わることを思えば、命を懸ける意味はあった。

 

深い深呼吸が聞こえた後、一気に高度が下がる。一面、白の世界へ。だが、それも一瞬で、すぐに雲の下へ出る。その先。異様な集団がはっきりと視認できた。すぐさま目に入るあらゆる情報を因幡へ送信していく。暗号を作成する手間が煩わしく感じるが、致し方ない。

 

「あと少し・・・・・・」

 

送信があと一歩で完了すると言うとき、武田が悔しそうに叫んだ。

 

「見つかった!」

「え!?」

 

チカチカと光を発する異様な集団。機体が急機動を開始した。続いて、至近で起きる爆発。それは1つだけではない。無数だ。数えることができない。上へ、下へ。右へ、左へ。機体は常に乱舞し続ける。それでも送信する手は止まらない。次々と送られていく情報。

 

「お、終わった!」

 

その瞬間、すべての音が消える。

 

「へ・・・・・・・」

 

身体に激痛が走ったかと思えば、急速に消えていく。目の前に広がる血飛沫。一体誰のだろうか。それを認識する前に視界が完全に闇に覆われた。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

 

第5艦隊旗艦 巡洋艦「因幡」 艦橋

 

 

 

「何度も武田機には呼びかけていますが、敵発見の報及び敵艦隊の詳細を発してから一向に連絡が取れません。状況から察するにおそらく、撃墜されたものと・・・・」

「そうか。自らの命に代えても、情報を集めてくれたか・・・」

 

敵機動部隊発見の報。それが届けられた瞬間、艦橋は歓喜に沸いた。既にこの情報は因幡の通信室を通じて各方面へ送信済みのため、おそらく同じような状況が各地の基地や部隊で起こっているだろう。だが、だ。それを得るために同じ艦隊の仲間が犠牲になった。たかが2人だが、されど2人である。艦橋は一気に歓喜から悲痛に急降下し、報告を行った第5艦隊参謀長掃部正尚(かもん まさなお)少将は固く拳を握りしめ、震わせていた。

 

「彼らの犠牲を無駄にしないためにも、瑞穂魂を発揮せんといかんな」

「はい」

 

静かに第5艦隊司令官正躬信雲(まさみ しんうん)少将は呟く。それに掃部や因幡艦長大戸雅史(おおど まさふみ)大佐のみならず、艦橋要員全員が頷く。

突如発生した関東への奇襲攻撃。大戦初期を前線で経験したわが身すら動揺するほどの状況に、将兵たちの様子が気がかりだったが、やはりそこは栄えある第5艦隊の将兵たち。士気は高く、戦意がみなぎっている。指揮官として頼もしい限りだ。

 

「・・こちらの情報は伝わったはず。呉は、まだ何も言ってこないか?」

 

第5艦隊の上級司令部である艦隊司令部は広島県呉市に所在している。改修や補給ではもっぱら横須賀鎮守府のお世話になっており横須賀鎮守府との関係が深いため、現在でも横須賀鎮守府司令部と交信は行っている。しかし、艦隊司令部の隷下である以上、そこの命令が絶対。例え、横須賀より対応が遅くとも。

 

「はい。横須賀鎮守府を抜錨する艦娘連合部隊と合流せよとの命令以降、何も。もう一度艦隊司令部に確認しますか」

「頼む」

 

険しい表情を示す正躬。掃部が目配せすると、そばに控えていた参謀部将校が急ぎ足で艦橋を後にする。艦橋には敵を見つけられずにいた数十分前と同じように、ピリピリとした緊張感が舞い戻ってきていた。正躬をはじめとした第5艦隊上層部がこうなる理由。それは、武田機の報告にあった。報告によれば、敵は正規空母4、戦艦1、駆逐1を配した艦隊を戦艦2、軽巡1、駆逐2を配した艦隊で取り囲んでいた。いわゆる、輪形陣である。そして、2個艦隊が1つの艦隊にまとまった連合艦隊であった。加えて、全隻例外なく全てflagship。

 

文句のつけようがない大部隊だった。正躬たちも参謀部など第5艦隊司令部で独自に敵の規模を予想していたのだが、これはさすがに予想の斜め上を行っていた。

 

これほどの規模の敵が本土に来襲するなど、八丈島沖海戦が行われて以来である。2027年、艦娘の協力を得て徐々に戦線を押し返していた時期に、今回と似たような編成の敵連合艦隊が出現したことがあった。当時、瑞穂も敵の反攻を予測し関東東方・南方海域の哨戒を密にしていたため、敵の早期発見に成功。艦娘部隊と艦隊司令部隷下の主力艦隊残存艦で臨時編成された特別水上打撃群の共同作戦により、八丈島沖での敵艦隊撃退を成し遂げることができた。特別水上打撃群の壊滅という代償を払ったものの、敵の本土攻撃そして反攻の出鼻を挫かれる事態は回避した。ちなみに、この時第5艦隊は大湊におり、幸いにも戦闘には参加せずに済んでいる。

 

今回はそれ以来の出来事である。しかも、戦況は比較にならないほど悪い。既にこちらが攻撃を受け、先手を打たれている。瑞穂海軍は水上艦部隊も、航空部隊も大戦初期の戦闘でほぼ壊滅状態に陥った。艦娘の登場により戦局が安定し、シーレーンの防衛に成功してから、特に航空戦力を急ピッチで再建・拡張していた。その虎の子の戦力に甚大な被害を出している。

 

加えて、だ。敵がそれだけならまだしも、伊豆・小笠原諸島への攻撃は房総半島沖と同等か、それ以上の敵部隊の存在を暗示していた。しかも、瑞穂側は敵艦隊の詳しい編成はおろか位置すら掴んでいない。瑞穂海軍は圧倒的不利な状況に置かれている。

 

再来。あの時を知る将兵はみな、今回の攻撃をそう呼んでいた。

 

「・・・・お前ら、敵の航空隊はどこに行ったと思う?」

 

特定の人物に向けられたものではない問い。それを聞きとるとますます、掃部・大戸たちをはじめとした幹部たちの表情が険しくなる。武田機の報告。それによれば艦隊上空に敵機の姿はなかったという。敵の攻撃から自艦隊を守る上空直掩機も含めてである。また、武田機の他に出した偵察機からも「敵航空隊、発見す」などの報告は寄せられていない。

 

それを聞いて、嫌な予感を抱かない者はいないだろう。空母機動部隊であるのに、航空機がいないのだ。では、消えた航空機は何処へ?

 

その答えは、さきほど出ていった将校によってもたらされた。慌ただしく開かれる扉。よほど走ってきたのだろう。出ていくときは満点だった身だしなみが、乱れに乱れている。普段なら掃部あたりから叱責が飛ぶところだが、彼の表情はそれを寄せ付けないほど緊迫していた。

 

「報告します! 敵機動部隊の第2次攻撃隊と思われる大編隊が大きく2つに分かれ、房総半島上空を飛行中。一方は横須賀方面、もう一方は東京方面へ向かっているとのことです!!」

「やはり、か・・・・・」

 

抱いていた予想が的中し、正躬たちは苦渋を浮かべる。

 

「呉と連絡は?」

「はい。つい先ほど、通信がつながりました」

「なんといってきた?」

「前回と同じく、現海域で待機せよとのことです」

「艦娘との合流予定は?」

 

正躬と参謀部将校の会話が途切れた頃合いを見計らい、怪訝そうに横須賀の方針を確認しようとする大戸。彼は明らかに苛立っていた。簡単に言ってくる“待機”がどれほど危険なのか。制空権がない状態で、通常艦隊が敵機動部隊に捕捉されればろくな戦闘もなく海の藻屑になることは避けられない。

 

「出撃した艦娘部隊は、横須賀防衛のため東京湾上で防空戦闘を行うとのことです。そのため、今は未定としか・・・・」

「はぁ? それではなにか。呉はこちらに丸腰で、敵に怯えながら、遊覧航行を楽しめと言ってきたのか?」

「いえ・・・その・・・」

 

参謀部の将校は口ごもる。文面だけをみれば、呉はそのようなことを一切言っていない。だが、意味は大戸が肩をすくめて言った台詞を大差ない。参謀部の将校すらも、それは分かっていた。

 

「正躬司令、呉はあてにできません。誠に怒りを覚えますが、おそらくこちらに思慮した命令を下す余裕すらないのでしょう。ここは一旦大島方面に下がってはどうですか。房総半島東方に存在する敵艦隊の発見という我々の任務は完了しましたし、敵との遭遇の可能性を考えますと、ここに留まるのはあまりに危険すぎます」

 

掃部の進言。大戸もそれに頷き、同意を示すが、正躬は首を盾に振らなかった。

 

「いや、艦隊は下げない。命令通りここで待機だ。呉もだいぶ混乱しているんだろうさ。じきにまともな命令が来る」

「しかし!」

「こちらはまだ敵に捕捉されていない。下手に動けば見つかるかもしれん。艦隊の後方には攻撃を受けた大島もある。攻撃の効果を確認しようと偵察機が飛んでいる可能性は往々にしてあるだろう?」

「そ、それは・・・・・・」

「だろう? わざわざこちらから敵の懐に飛び込む必要はない。それにお前たちは重要なことを忘れている。第3水雷戦隊は、今どこにいる?」

 

その言葉に正躬以外の幹部たちが目を丸くする。彼らはすっかり忘れていた。あの鬼神たるみずづきが臨時で組み込まれた第3水雷戦隊の存在を。彼女たちは護衛任務を解消され、一路こちらへ向かっていることは通信が回復した横須賀鎮守府より伝えられていた。

 

「現在、愛知県御前崎沖を航行中とのことです。あと3時間あまりで合流できます」

「よし! 少しかかるがもう少しの辛抱だ」

 

それに歓喜を浮かべたのは、正躬だけではない。掃部や大戸たちも、だ。鬼神と言われたみずづきや川内たちが来れば、航空機を出払っている敵の状況を最大限に生かし、通常戦力である第5艦隊でも敵に一撃を加えられるかもしれない。

 

「我が艦隊は現海域への待機を継続。哨戒を密にし、敵本隊の動向把握、敵偵察機の早期発見に努め・・・」

「ほ、報告します! 白波より電文! 我、敵偵察機とおぼしき、航空機と接触。敵機は東方向へ逃走したとのことです」

「な・・・・・・。なんてことだ・・・・・」

 

希望を絶望へ、たった1つの報告がいとも簡単に変える。艦隊最後方を航行していた第5艦隊第5戦隊に属する白波からの通報。嫌な静けさが艦橋を覆う。

 

これが意味すること。それは“第5艦隊の位置が敵に捕捉された”ということだ。深海棲艦も人間の通常艦隊が無力であることを知っている。やつらとは世界中の軍隊が死闘を繰り広げてきたのだ。それほど時間を置かず、敵の航空隊か本隊が、第5艦隊を殲滅しにやってくる。例え、やつらにとって敵の本拠地の眼前であろうとも。

 

勝ち目など、ない。正躬から掃部、大戸、そして一般将兵にとってそれは反論の余地がない残酷な現実だった。逃げるという選択肢もあるが、速力は機動部隊であるためあちらが上。いつかは追いつかれるし、航空隊は言わずもがなだ。それに別動隊の存在が確実な以上、下手に未哨戒海域には進出できないため、退路は限定される。深海棲艦は友軍の位置をある程度認識していると推測される為、退路が読まれる可能性も大。最悪、挟撃などに追い込まれれば、それこそ何もできず全滅だろう。前部砲塔の火力を総動員できる、真正面突撃の方が勝てなくとも、戦術的意味はある。

 

それにもしここでむざむざと退避行動に移れば、深海棲艦機動部隊が瑞穂軍を「その程度」の存在と見做し、陸軍が要塞を築いていない房総半島沿岸に艦砲射撃などの直接攻撃を仕掛ける可能性もある。現在は稼働していないものの千葉県や茨城県には、かつて稼働しており、将来を見据えて整備されている石油コンビナート群が沿岸部に点在している。攻撃された場合、砲撃や銃撃による一次被害とコンビナートが破壊されたことによる有毒ガスの発生などで二次被害は避けられない。民間人に多くの犠牲者が出るだろう。石油コンビナートには化学プラントも多数隣接している。

 

実際、諸外国ではそういった事例も生じている。そして、深海棲艦連合艦隊がそのような大胆な行動に移れる土壌は既に整っていた。

 

 

例え、深海棲艦が千葉・茨城県沿岸に姿を現しても、海軍は何もできない。もう、制空権はないのだから。

 

 

そのような事態が予測される中で、「逃げる」などという選択肢はなきに等しい。加えて、第5艦隊はただの艦隊ではない。瑞穂海軍の名誉と誇りと一身に背負っている。この攻撃では自分たちの祖国に再び爆弾を落とされたのだ。万が一司令官である正躬が退避を命じたところで、果たして納得できる者はいるだろうか。

 

それに、第5艦隊各艦艇には対深海棲艦用の新型砲弾も搭載されている。全滅に等しい被害を被ることになるだろうが、一矢報いることは可能だ。

 

 

「掃部、敵の位置は?」

「は! 武田機の報告を基に現在位置を推察しますと方位021、距離114000を北西へ進んでいるものと思われます」

「一方的にこちらが向かうと2時間半かかる距離だが・・・・・」

「敵は機動部隊。やつらもこちらへ向かってくるでしょうから、実質・・・」

 

大戸の重たい言葉。それから導き出される時間は・・・・・

 

「1時間、か・・・・」

 

1時間。それが、戦闘まで残された時間だった。

 

「掃部、もう一度確認するぞ? 確かに敵機はいないんだな?」

「それは大戸艦長に聞かれた方がよろしいでしょう」

 

掃部に促され正躬は大戸へ視線を向ける。彼は、堂々と胸を張って答えた。

 

「武田少佐と高橋中尉は、間違った報告を寄こすようなパイロットではありません。情報の確度はこの私が保障いたします!!!」

 

それを受け、正躬は覚悟を決めた。例え奇跡が起ようとも、多大な犠牲を払う命令に。

 

「分かった。・・・・・我が艦隊はこれより、敵機動部隊の撃滅に向かう。呉及び横須賀へ現状を報告後、進路回頭」

「進路回頭、取り舵」

「とりかーじ、いっぱーい!」

「掃部。通信参謀の松本に言って、千葉・茨城両県太平洋沿岸部に避難命令発令の用をみとむと市ヶ谷に伝えていおてくれ。一軍人の範疇を超えてるかもしれんが、この危機的な状況を見過ごすことはできない。的場総長のお耳に入れば、国防省ひいては総理官邸に届くかもしれん」

「了解いたしました!!」

 

淡々と告げられた命令。正躬は窓に体を向けているため、後ろに控えている掃部たちからは表情は見えない。命令を受け、再び喧騒が訪れる艦橋。

 

「みんな、すまない・・・・・・・」

 

小さく、非常に小さく呟かれた言葉。周囲が聞き取ったかは分からない。その背中に掃部がなにか言おうと口を開くが、結局解き放たれることはなかった。




今話から本作史上初の本格的な“戦闘”に突入します。「今さら~?」感が否めず、地の文や瑞穂軍の描写がどうしても多くなってしまうのですが、その点をご了承いただけると幸いです(汗)。

この戦闘は「演習」や「船団護衛」と比べて、文章量がかなりのものとなっています。そのため、しばらくはみずづき・艦娘・瑞穂軍VS深海棲艦の戦闘局面が続きます。何分、知識が浅いにわかのため、誤解や間違いがあった場合、ご指摘くださるとうれしいです。

後、前回の「51話 船団護衛 その4 ~瑞穂の那覇~」に関連して、読者の方から「竹があまり自生していない沖縄で“竹祭り”が可能なのか?」という疑問を頂きました。

ご存じの方もおられることと思いますが、沖縄には琉球竹という茎や葉が細いものは自生しているものの、本土の山林に生えているような茎の太い真竹のような竹はもともと分布していません。(私も最近知って驚きました。一応、本土在住者にとっては豆知識かもです)

そのため、そのままでは「竹祭り」は開催できないので、作者として裏設定を考えておりました。

“竹になじみ深い本土や中国・朝鮮半島(作中では栄中と和寧)からの観光客増加を目的に、単なる五穀豊穣のお祭りに本土の某所で行われているお祭りの要素を追加。竹は本土から仕入れて、竹祭りを開催している”

これだけだといかにも守銭奴みたいなのでもちろん、竹細工の織り成す情緒深い光景と沖縄の伝統家屋が合うから、という理由もあります。

「沖縄に真竹がある」という誤解を防ぐため、長々と説明させていただきました。言葉足らず、申し訳ありません。

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