水面に映る月   作:金づち水兵

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お付き合いいただいている読者の方々には、感謝の念しかありません。
本作を読んでいただき、本当にありがとうございます!


それと・・・・・すみません。今回は「間話」的な話となっており、視点がコロコロと変わります。お気づきの方もおられると思いますが、「~~~~~~~」←が視点変化の目印なので、ご了承のほどよろしくお願いいたします。


50話 それぞれ

横須賀鎮守府 艦娘寮 1階 101号室

 

 

 

“・・・・・・以上、本日も前日に引き続いて異常なし。

但し、留意事項有り。射撃訓練にて主砲を発射した際、硝煙に異常を認める。砲弾の不具合、もしくは主砲発射機構の異常が予想される。一応、参考までに記載。

尚、既に工廠には届け出済み。後日確認されたし。”

 

「うわぁ~~~惜しいぃぃ!! 全然数が合わない!!」

「やりました!! これとこれが同じ数字だから・・・・えいっ!!」

「吹雪がトップを独走か~。・・・・・あと、3枚。私の手札は・・・・6枚」

「・・・・・・・・・・・」

 

開け放たれた入り口の開き戸から、一瞬も途絶えることなく流れ込んでくる楽しそうな声と雰囲気。それを塗りつぶすかのように、乾いた軽い音を奏でながら紙の上でペンを滑らせてゆく。少し前まで項目と枠しかなかった寂しい書類も今や丸みを帯びたかわいらしい文字でびっしりと埋め尽くされていた。文字の可愛さが文章量の迫力で半減してしまっている。しかし、もともと当の本人は自分の字を「可愛い」だのと微塵も思っていないため、全く気にしていなかった。

 

あらかた書き終えたことを確認すると、ペンを書類の右側に置き、凝り固まった筋肉をほぐすため両手を思い切り上方へ伸ばす。

 

「うーーーーんっと。よし! 出来た。あとは明日の朝にあいつへ提出するだけ・・・・」

 

そう言いつつ目を凝らし、誤字がないか確認。ここに今、船団護衛で鎮守府を留守にしている黒潮などがいれば、「真面目やね~~。感心、感心」とからかってくるのは確実・・・・・なのだが。

 

「今日はあいつらがいないから随分とはかどったわね。心なしかいつもより静かに・・・」

 

 

 

 

 

「やったぁぁ!! 私一番乗りです!! 一昨日の無念を晴らしましたよ!!」

「吹雪さんが・・・・・一番・・・・くっ」

「ああもう!! なんで合わないのよ!! 減りもしないじゃない!!」

「まぁまぁ、瑞鶴さん落ち着いて。あと6枚じゃないですか・・・」

「あと2枚であがりの夕張さんには言われたくないんですど?? 心の中でほくそ笑んでるのはお見通しなんだからね!!」

 

 

 

「静かに・・・・・・・」

 

 

 

「暁ちゃん、そこが狙い目なのです! そこにおけば、縦と横、そして斜めも黒に変えることが出来るのです!」

「え・・・・。い、電! よく見なさいよ! ここを埋めちゃったら、次のターンの響きに角を取られるじゃない。ここが1つ空いてるから1つの犠牲で済んでるのよ?」

「あ・・・・・。ほ、ほんとなのです・・・」

「全くもう、電は~。響が怖い顔で笑ってるじゃない・・」

「? なんだい雷、僕は何も。ただ、そのまま暁が置いてくれたら、僕の勝ちと思ただけさ。さぁ、暁。ここに置くんだ。そうすれば、電の言ったように白の多くが黒に変わるよ?」

「なに言ってるの! 置くわけないじゃない!! 勝って、売店のおばさんからもらったクッキーを私のものにするんだから!!」

 

 

 

「・・・・・なってないわね。全く、これぽっちも・・・・」

 

現実を恐ろしいほど再認識すると、背もたれに体重をかけた曙は大きくため息を吐く。背もたれと背中の間に密かに誇らしく思っている自身の髪が巻き込まれている。既に寝間着に着替え、髪を梳いているためだろう。しかし、髪の毛を救う気力は湧いてこない。

 

時計を見ると、時刻は22時15分を少し回ったところ。消灯まであと45分もないというのに、ここ「艦娘寮」は約6名の住民が欠けたにも関わらず、いつも通りの喧騒を宿していた。

 

横須賀鎮守府に所属する艦娘たちの家である艦娘寮。木造2階建てで、外観は最近の流行りと逆行し、木造であることを隠そうともしていない。むしろ、前面に押し出している感さえある外観だ。こげ茶色の外壁に引き窓が等間隔に並び、一階の正面に玄関を備え、屋根が瓦で覆われているため、軍の施設というよりは片田舎の古風な学校という印象が強い。それが2棟、中央区画へ侵入する海風や潮を防ぐための防風林のすぐ後ろ側に建っている。だが、現在使用され艦娘たちで賑やかな棟は北側に位置する北棟のみ。南棟は多温諸島奪還作戦後の部隊改編により横須賀鎮守府から多くの艦娘たちが異動したため、現在はかつての賑わいを示すモニュメントと化している。

 

1フロアには三段ベッドと机、ロッカーを備え、3人で共同使用する居住用の部屋が6つ。それの1.5倍ほどの広さを持つ共同スペース、通称「居間」と呼ばれている部屋が1つ。加えて複数のトイレ、トイレとは別に洗面台が設置されている。内装も木が基調となっており、廊下は板張りで部屋は全室畳が敷かれている。建てられてから6年も経つというのに、未だ木と井草の香りが時おり鼻腔をくすぐる。あちこちから、あの懐かしい日本の空気を感じることが出来る。もちろんそうであるから、室内は土足厳禁である。玄関には靴箱が設置されているため、自身の靴はそこへ納めなければならない。関西弁を話したり、男口調の特定艦娘たちが玄関を靴で散らかしたり放題にしたため、一日の激務を終えフラフラで帰還した長門の雷を全身で食らったのはいつだっただろうか。

 

今日も長門が帰って来ればこの騒々しさも沈静化するのだが、なんとなくまだまだ長門の帰りは遅くなりそうな気がした。それまではこの喧騒を聞き続けなければならない。

 

喧騒が喧騒となっている理由。それは全ての艦娘たちが1つの寮に入っていることだけではなく、現在の季節も関係していた。今は7月の初旬。日本と同様、瑞穂も高温多湿の気候で梅雨もある。この梅雨前線が居座り、中途半端に亜熱帯の風が流れ込んでくる時季は基本的に蒸し暑い。ここは海沿いでありまだ横須賀市街に比べれば涼しい方だが、それでも全ての部屋を閉め切った日には、熱さで暴動が起きるだろう。

 

かといって、熱さを凌ぐ方法は限られている。うちわで仰ぐか、冷たいものを飲むか、涼を求めて外出するか、窓を開けるか・・・・・・・・・風通しを良くするために部屋を仕切っている扉を全開にするか。現在、その全てが実行に移されている。だから、目の前の部屋とはいえ普段はあまり聞こえない「居間」での喧騒が減衰なく流れ込んでくる。「居間」は全く同じ間取りの部屋が2階にもあるのだが、何故か曙たちがいる1階の「居間」が艦娘たちのたまり場となっている。

 

「でも・・・・・」

 

これは悪いことばかりではない。普段文句を垂れ流しているとはいえ、大切な仲間たちが楽し気にしている様子は嫌いではないし、限度はあるが逆に見ていたい時もある。温かい空気は周囲も温かい気持ちにしてくれる。

 

また、行動の存在感を薄めてくれる効果もある。普段ならば、そもそも音を気にしながら戸を開けるところから始まり、廊下の足音、そしてドアをノックした後訪問先の反応にまで注意しなくてはいけない。静寂は些細な音でも、はっきりと遠くまで伝えてしまう。

 

しかし、周囲が喧騒に包まれているのなら・・・・・・・・。

 

「他人の目を気にせず、動きやすくなる・・・・・・」

 

そう独り言を呟くと、滑らかに立ち上がり、喧騒に近づいていく。だが、目的地は違う場所だ。

 

 

 

―――――――――

 

 

コンコンコン。

 

「曙よ。今、大丈夫?」

「あ、曙さん!! あ、えっと・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「だ、大丈夫よ! どうぞ、入ってきて」

「お・・・お邪魔します」

 

目的地。それは、隣の部屋。第一機動艦隊、赤城・榛名・翔鶴の部屋である。自身の部屋の敷居をまたいでから、ほんの十数秒。途中、部屋の前で翔鶴と鉢合わせるハプニングもあったが、総じて気合いの割にはあっけない出撃行だ。また、さらに締まらない雰囲気にしていたのは、目的の人物たる赤城であった。

 

「曙さん、どうしたの? 明日の訓練で何か不明な点でもあるのかしら?」

 

至って普通に、優しい笑みでこちらを見据えてくる赤城。寝間着に着替えベッドに腰をかけていても尚、艶やかな黒髪とまっすぐ伸びた背筋は彼女が赤城であることを周囲に明示している。だが、同じ部隊の艦娘として、気付かないわけがなかった。赤城の笑みには曙を歓迎する以外の感情がはっきりと滲んでいた。

 

「あの・・・・赤城さん?」

「ん? なにかしら? やっぱり、さっきの打ち合わせじゃ分からなかった? 曙さんの時間がいいなら、これからそこを詰めても・・・・」

「いや・・・そうじゃなくて」

 

思わず盛大にため息を吐きそうになる。ここへ来たのはこのようなほのぼのとする会話をするためではない。もっと、重要で深刻な話をするために来たのだ。ババ抜きで加賀と一騎打ちになり、ジョーカーを手に発狂している瑞鶴を翔鶴が宥めに行っている今が、今日の最大にして最後のチャンス。ここに来る途中、居間の様子を傍目で見たが、あの2人が本気でぶつかれば赤城も、そして曙も介入しなければならないほどの大騒乱間違いなしである。飽きずに瑞穂海軍が装備している魚雷の資料を眺めている北上や大井もさすがに意識をそちらへ向けざるを得ないだろう。

 

「背中に隠し持ってるもの、何? アイスクリーム・・・・・とか?」

「ええっ!?」

 

目を大きく見開き、大声をあげて「なんで分かったの!?」という驚愕を全身で体現する赤城。それは普通の女性そのもので、今ばかりは一航戦の誇りなど大海原の彼方に消えている。あれほど隠していると安堵している赤城に指摘を行うのは、あの正規空母であり、自艦隊の旗艦であり、長門と並んで横須賀鎮守府のリーダー格であるためさすがに少し気が引けたが、これを解決しなければ話が先に進まない。

 

「いや・・・だって、ドアをノックする前から幸せそうな呻きが聞こえてきたし、ここ甘い匂いが充満してるんだもの」

「く・・・・一航戦の正規空母とあろうものがこんな簡単な未来も予測できないとは不覚!」

「はいはい、格好つけないで。なんなら格好がつくようにしましょうか? ちょうど明日の朝、提督に報告書を届けないといけないし・・・」

 

避けようのない正規空母の憐れな未来を想像するとついほほが緩んでしまう。傍から見れば、さぞかし「悪く」見えることだろう。全く同じ未来を見たのか、未来を受ける側の正規空母は一気に顔を青くする。

 

「曙さん!! 後生ですから!! このことは提督には言わないでくれるかしら!」

 

必死に・・・・見方によっては実戦よりも必死に両手を合わせる。別に艦娘寮での飲食が禁止されているわけではない。もしそうなら、畳の上で寝転がりながら、将兵たちに分けてもらったお菓子をバリバリと食べている行儀の悪い特定艦娘たちは間違いなく長門の雷が落ちるし、百石から「優しい」罰(トイレ掃除)が下される。だが、赤城は特別だった。なんでも横須賀鎮守府に務める軍医・軍看護師のトップである医務部長道満忠重(みちみつ ただしげ)大佐が赤城の喰いっぷりを心配し、食事はいいとしてもおやつなどの間食を控えるようにと言ったのだ。彼は部長であるものの立派な軍医であり、今でも時々医務室へ顔を出し診察をしている。紛れもなく、ドクターストップである。それを受け、百石からも「道満部長の指示に従うように」と命令が出されているものの、本人はどこ吹く風。こうして、売店のおばさんたちや将兵からもらったお菓子を性懲りもなく、毎晩食べている。当然、長門を除くすべての艦娘たちはこの事実関係を把握しているが、時々赤城がお裾分けをくれることと、ばれているのに気付かず必死に隠そうとする意外に子供っぽいところが見られるため、曙も含め誰も見て見ぬフリをしていた。こういうところも海軍の中で赤城が絶大な人気を誇っている理由なのかもしれない。

 

「はいはい。まぁ、私も止めてないから同罪だし、お裾分けをもらってるから共犯ね。でも、さすがにアイスクリームを頬張られながら、はちょっと・・・・」

 

刹那、窓から涼やかな風が吹き込んできた。心なしか肌に刺さるような冷たさを湛えている。

 

「・・・・・・・。ご、ごめんさないね。今、片づけるわね」

 

そういうとみるみるうちにアイスクリームが溶け、消滅していく。排水量が大きい正規空母ならではの芸当だ。駆逐艦がやれば確実に頭痛との戦闘は避けられない。

 

「ん? そういえば、榛名は?」

 

ここは赤城と榛名と翔鶴の三人部屋。翔鶴はさきほど見たが、榛名は自室に入って以降見ていない。居間にも、そして彼女が使っている三段ベッドの中段にも彼女の姿はなかった。

 

「榛名さんなら・・・・・さっき金剛さんや・・・摩耶さんたちと・・・・橙野に・・・・行ったわよ」

「あ・・・・潮のみならず、榛名も一緒だったんだ・・・」

 

実は少し前、曙も摩耶に誘われていた。卑怯にも摩耶は潮を使ってまで連行しようとしてきたが、報告書を書いている途中であり、また特段何か食べたい気分でもなかったので断った。この様子だと、先ほどから姿を見ない球磨も彼女たちと行動を共にしているだろう。

 

「んと・・・・ふぅ~。美味しかった。やっぱりこのバニラは格別だわ」

「はいはい」

 

うっとりと食後の余韻に浸る赤城。木製の容器はきれいにアイスクリームを奪い取られている。だが、それは本題の到来を告げる婉曲な鐘だった。

 

「そろそろ、いい?」

 

その一言でぽあぽあという擬音語がぴったりの赤城の顔が、正規空母らしく引き締まる。例え先ほど赤城が言った通り、訓練の話をするとしても相手の萎縮を招きかねない真剣な表情とはならない。おそらく、彼女も勘付いているのだろう。

 

部屋の空気が重く肩にのしかかる。すぐ近くであるはずの喧騒が、かなり遠くに行ってしまったように感じる。我ながら相当緊張しているのであろう。相手はあの赤城。みずづきに対して行ったような遠回しの問いが通じるとは思えない。一言二言語れば、本質を言い当てられてしまう。

 

だから、ここは駆逐艦らしく正面突破だ。

 

「赤城さんは・・・・・・みずづきについてどう思う?」

 

やはり予想通りだったのか、アイスクリームを指摘した時とは対照的に全く動じない。どれぐらいの時間が経ったのか。長い沈黙を経た後、赤城は視線を泳がせることもなくしっかりと曙を見据えて答えた。

 

「そうね。曙さんがどれを聞きたいのか分からないから、2つの観点から言うわ。1つは、軍人・・・ておかしいわね。私は艦娘だもの。でも、その前提論を抜きにして、軍人的な視点からの感想。そして、もう1つは人間としての感想。これでいいかしら?」

「ええ」

 

その提案は曙としても願ったり叶ったりである。

 

「じゃあ、1つ目から。曙さんも思っているでしょうけど、みずづきさんの軍事的価値は言葉では言い表せないほど絶大よ。2個空母機動部隊をもってしても対抗できない。たった1隻でそれなの。また、彼女は対空のみならず対艦、対潜、対地さまざまな任務に、武器を使用せずともあの電探を生かした偵察、監視、観測なども担えるわ。その汎用性の大きさも彼女の価値を高めている。部隊や軍隊はある方面に特化しても、長期的にみれば置き去りにされた方面に足を取られ、衰退する。私たちはそれを身をもって知っているわ」

「そう・・・・ね。ほんと・・・そう」

 

思わず拳を握りしめてしまう。あの時自分たちは兵器であった以上、口出しする権利はないのかもしれないし、過去に縛られることは良くないと分かってはいる。だが、大日本帝国の上層部がもっと現実と未来を見ていればあの犠牲は少なく済んだのではないかという問いも同時に浮かんでくる。

 

 

 

 

 

 

 

あの時、故郷から離れた異国の地で無残に死んでいった人たちは、決して“問い”を浮かべずに済むような存在ではなかった。

 

 

 

 

 

 

「だから、肩を並べて戦う1人として心強い。私たちの猛攻を防ぎ切ったということは深海棲艦航空部隊の猛攻も防げるということ。それに彼女が私たちの直衛艦に配置されれば、艦戦を減らし、艦攻や艦爆隊を多く搭載して、1隻あたりの攻撃力を高めることもできる。空母だけでもこうだから、みずづきさんによって作戦の幅、また戦術行動の領域は爆発的に広がる。正規空母としてはこれからの作戦が楽しみでもあるわね」

 

ここへ来て、ようやく笑顔を見せる赤城。だが、それはあくまでも軍人としての笑みである。

 

「1つ目はこんなところかしら。次は2つ目、ね。これまでみずづきさんと関わってきて、他の子たちの話を聞いて、彼女の人格は大まかに把握したわ。一言でいえば、提督たちがおっしゃるようにみずづきさんはいい子よ」

「・・・・・・・・・・」

「優しくて、気配り出来て、他人想いで、謙虚。責任感もしっかりと持っている。信念も、ね。少し強すぎのかもしれないけれど、それは周囲の存在を大切にしてる裏返しでもあると思うの。だから、十分信頼できる仲間よ。もし、私の評価が間違っていて自分の力を鼻にかけるようなら、打ち上げの席であんな優し気な表情をして瑞鶴さんを慰めたりはしないわ。吹雪さんや白雪さんはともかくとして、初雪さんや深雪さん、陽炎さんや黒潮さん、暁さんに響さん、雷さん、電さんのように感性に素直な子たちがあそこまで懐いたりしない。潮さんだってそうでしょ?」

 

自身にとって、かなり説得力があるところを突かれる。潮はああいう性格である以上、初対面や会ってから日が浅い時はともかく、人格的に問題のある人物にはいくら時間が経ったところで慣れない。対して、信頼のおける人物ならば、時間が経つにつれて打ち解け、冗談を言ったりすることもある。そういうところは敏感な艦娘だった。事実、工廠長の漆原と初めて会った時は顔を見ただけで涙ぐんでしまい漆原が気の毒な状況であったが、日が経ち彼の人格を把握するにつれて潮も慣れていった。今では、笑顔で話せるほどになっている。

 

そんな潮もみずづきに警戒心を抱いておらず、仲間とはっきり認識している様子だった。

 

「でも・・・・・・」

「でも? 曙さんはみずづきさんを快く思っていないの?」

「別にそういうわけでは・・・」

 

そう。快く思っていないわけではない。赤城の意見にも自分なりに考えて異論はない。しかし、結局資料室でも聞けなかった「あの夜の出来事」と初日に見た「あの涙」に対する疑問が心の中でただただ無限に漂っている。ただ、つらいことを思い出しただけなのだろうか。ならばあの呟きはなんだったのだろうか。

 

 

 

確かにみずづきは言った。ひどく悲しそうな様子で“戦争のない世界、か・・”と。

確かにみずづきは泣いていた。ひどくつらそうな様子で。平和な世界で生きていて、あんな泣き方をするのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

平和な世界。

戦争のない世界。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・よく分からなくなってきた。赤城の反応を見ると、自分が深読みしすぎているような感じさえしてくる。深く考えて、自分の頭を酷使しているとそもそも“「艦娘」と「人間」の感情が全く同じものなのか”という根源的かつ答えが絶対に帰ってこない問いに突入してしまいそうになる。

 

考え込んでいる時間が長かったのか、意識が現実に戻ってきたときには赤城がこちらの目を不思議そうにじっと見つめていた。思わず、顔が赤くなってしまう。

 

「なんでもない。ありがとうね、変な話に付き合ってくれて。これ以上お邪魔するのも悪いし、これでお暇するわ」

 

見れば時刻は22時45分。喧騒も徐々に終わりが見えてきた。聞きたいことは十分に聞け目的を達成できた。赤城が嘘をついている様子もない。彼女ならよほどの事情がない限り、直接的でなくとも間接的に答えてくれるのだ。

 

「いえいえ、お役に立てて何よりよ。また、何かあったら遠慮なくいらっしゃい」

「そうするわ。それじゃ、おやすみさない。あと、その容器上手く捨てておかないと長門にばれるわよ」

 

ガラガラ。玄関の引き戸を引く音。気配は1人で、橙野に行った艦娘たちの誰とも異なる気配。これは、完全にあの人だ。

 

「はぁ~~、今日も疲れた。やっぱり、風呂は格別だな。溜まった疲れを流してくれる」

 

風呂上がりで上機嫌なのか、少し浮ついた様子で独り言を呟いている。ここからの急降下は見たくもないし、彼女自身にも味わってほしくない。よくよく考えれば、昨日も・・・いや昨日から上機嫌だったような気がする。百石と何かあったのだろうか。

 

「噂をすれば、なんとやら・・・・」

「つつつ!!!!!!!!」

 

言葉にならない悲鳴。勢いよく腰かけていた下段のベッドから立ち上がり、専用のごみ箱が隠してあるロッカーに直行。畳の上に置いてあるゴミ箱は長門が定期的に、というか毎日チェックしているため、赤城は間食用の専用ゴミ箱を自ら用意していた。それは貯まるとごみ焼却を任されたその時の将兵に直接手渡して処分してもらっているのだから、呆れるほどの執念だ。

 

「それじゃあ、また明日~~」

 

ついにやけてしまう顔を必死に統制しながら、赤城たちの部屋を後にする。すれちがい様に一言二言交わした長門は居間にいる艦娘たちに声をかけると、赤城の部屋へ向かっていった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

「ふぅ~~~~、あ、危なかったぁ~~~~」

 

額に浮かんだ汗をぬぐい、仰向けに布団へ倒れ込む。少しでも動作が遅ければ、アイスクリームの容器が見つかるだけでなくゴミ箱まで見つかる所だった。「赤城。調子はどうだ?」とやけに上機嫌で長門が部屋に入ってきたのと、ロッカーを閉め自然な姿勢を構築した瞬間はほぼ同時だった。

 

しかし、気が落ち着いてくると先ほどの光景が脳裏に甦ってくる。10分ほど前のことなので、極めて鮮明だ。

 

「はぁ~~~」

 

思わずため息が出てしまう。

 

彼女の問い。こちらとしても決して嘘はついていない。だが、彼女が抱いているであろう疑念に真正面から挑んだかと言われれば、答えは明確に否だった。

 

「曙さんも、か・・・・・・・」

 

急速に世界が1日の終わりへ向かっていく中、その言葉は紡がれる。誰も聞かない、自分だけの独白。

 

「やべ! 後、10分!! 早く支度しねぇと!!」

「まったく、誰かさんが調子に乗って提督の恥ずかしい話をするからクマ」

「ほんとだよなぁ~~。一体誰だよ全く・・・・」

「な、何故、私を・・・・・」

「紛れもなく摩耶でしょう?」

「そうクマ!! 長門さんに聞こえるかもしれないってさりげなく罪を擦り付けるのは良くないクマ! 摩耶さ~~ん、門限守る努力するクマよ~~」

「おい球磨! てめぇ!!」

「ちょ、ちょっと摩耶さん!! 落ち着いて!!」

「潮のいう通りよ。これでは本当に長門さんの雷が・・・」

 

ガラガラと玄関の引き戸が引かれる音がしたかと思えば、先ほどまで艦娘量全体を満たしていた喧騒が再び舞い戻ってくる。どうやら、橙野に行っていたメンバーが戻ってきたようだ。

 

それを受け、何事もなかったかのように寝支度を整え始める。

 

変に動揺し、何も感じていない子たちにまで、悟られる事態だけはなんとしても避けなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

不気味。ここを一言で表現するなら、その言葉しかないだろう。わずかな照明に照らされた薄暗い空間。空気はまるで生命の存在を拒絶するかのように、冷たく乾ききっている。そこへ断続的に響く何かの駆動音。設置されている数多の機械たちの息遣い。

 

だが、そんな空間も世界の一部である。真っ白な白衣を来た人々が隅に置かれているものに意識を向けながら行き交っている。不気味な空間でありながらも、活気があった。もちろん、商店街などで見られる晴れ渡った活気とは全くの別物であるが。

 

「主任!」

 

その中の1人が、設置された機械と睨めっこをしている中年の男性に声をかける。重力に従い自然に流れるきれいな髪。小走りになると乱れるが、それもまた絵になる。声をかけたのは若い女性であった。

 

「昨日の状態観測結果がまとまりました。ご覧ください」

 

差し出される薄い冊子。それを「うむ」と仏頂面で主任が受け取る。

 

「・・・・・・異常はないようだな」

「はい。現状ならば損傷が進むこともなく、理研へ移送できそうです」

「それは、なりよりだ」

 

安心したような吐息のあと、わずかに表情が緩む。

 

「理研とのすり合わせも順調なようだな」

「はい。あとはこちらが運ぶのみです。万一、深海棲艦に襲撃された場合も、すぐ本土の最寄り港に退避できるよう、海軍との最終調整も無事済んだそうです」

「そうか。そうか」

 

ますます、表情が和らぐ主任。

 

「横須賀への道中は強力な護衛がつくそうだし、あと少しでこの重圧からもおさらばだ」

「私も同感です。一介の研究者として、そして一瑞穂国民として、これがいかに重要なものなのか、分かっているが故に、もし失われたらと思うと・・」

 

2人は示し合わせた訳でもなく、同時に部屋の隅に置かれているものを見る。アナログながら用途不明の機械が張り付いた、一部が透明の容器。なにが入っているのか。外観でも分かる構造になっていた。

 

 

 

 

 

時間による劣化を防ぐ特殊な溶液に沈められた、“なにか”。

 

 

 

 

 

「俺たちが積み上げてきた科学って、なんだろうな・・」

「え?」

 

不意に主任が呟いた。唐突な言葉に女性は首をかしげる。

 

「今まで分からないことには必ず探求心を抱いてきたが、この世の摂理を根底から超越する存在を前にしてはとても・・・・・・・。いかに、人間が小さな存在か思い知らされる」

 

特徴的なレシプロエンジンの音が、天井からわずかに聞こえる。それを認識しつつ、主任の視線は部屋の隅に注がれる。そして、女性も。紡がれた言葉に同意を示すかのように。

 

 

~~~~~~~

 

 

瑞穂海軍横須賀防空隊 伊豆・小笠原警戒隊 三宅島監視所

 

「ふぅ~、ようやく一息つけた。しっかし、やっぱりきついな・・・・」

 

閑散とした食堂。人影は疲れ果てている男以外にはなく、厨房から人の気配が漂うのみ。しかし、これは男にとって好都合なことでもあった。横須賀鎮守府などの本土の基地と異なり、人員が少なく規模も小さい、ここ三宅島監視所の食堂は非常に小さいのだ。大きく捉えても学校の教室程度しかない。そして、人員が少ないため、監視所に配属されている将兵とは顔見知り。そのような環境下では、もし誰かいれば気を遣わなければならないし、上官ならば無視して黙々と食べる訳にもいかない。

 

激務で憔悴しきった心身を、休息中にもすり減らすのはさすがに堪える。しかし、今日はそれもない。繁忙時間からずれたことに感謝し、嬉々として配食されたみそ汁をすすろうと箸を持ったとき、後ろから声がかかった。

 

「よっ! お前も今、昼か? お互い軍人の鑑だな」

 

声の主は見知った人間だった。

 

「あれ? お前、今日非番じゃなかったか?」

 

怪訝そうな表情に「本当はな」と返し、席につく。

 

「お前も聞いただろ? 三水戦と敵潜水艦の戦闘の件」

「ああ、確か、下田沖だったよな。しかも、安全と目され哨戒も行われていた海域のど真ん中。だが、それとお前になんの関係があるんだよ」

「それを受け、お偉いさん方が青くなったようで市ヶ谷から大号令が下ったんだよ。哨戒を厳にせよ、一隻たちとも本土に近づけるな!!って。それはうちも例外じゃなくてな。本来、電波傍受・観測の俺まで、収集したデータの解析に回されたわけ。勘弁してほしいもんだ」

 

げんなりとした空気。かたや激務で疲れ切っている者と、かたや休日をつぶされ文句すら言えない者。当然の帰結だが、それでは飯が不味くなることは必至。美味しいご飯を得るため、空気の転換を図る。ちょうどいいネタがあった。

 

「そういえば、最近妙な電波が時たま受信されるって話、知ってるか?」

「ん? どうした急に? まぁ、知ってるぜ。ほかのやつらも話してたからな」

 

ご飯をかき込みながら、平然と答える。

 

「実は、昨日の夜にそれを捉えてな。でも、噂どおりすぐ消えちまった」

 

男の動きが止まる。視線がご飯からこちらへと向けられた。

 

「室長に報告したのか? それ」

「いや、してない。深海棲艦の暗号でもなかったし、単なる誤受信だと思うんだよな、あの波形を見るに」

「ふ~ん。まぁ、あんまり深く考えなくていいぞ」

 

再び男は、食事を再開する。

 

「なんでだよ?」

呉鎮守府(呉鎮)の知り合いに聞いたんだが、あちらでもあちこちでお前が捉えたような電波を拾ったらしくてな。原因を調査した結果、なんとアンテナの不備だったらしいんだよ」

「不備?」

「ああ。なんでも金の力で無理やりねじ込まれた五美財閥系某会社の部品に欠陥があったんだよ」

「なんだそれ・・・」

 

思えわぬ理由に倦怠感を覚える。男は呆れたに笑っているが、実際に探知して肝を冷やした者からすれば、笑えない。しかし、心の中に安堵が広がったことも確かである。

 

「だから、ほら。安心して食え食え。どうせ、また夜までぶっとおしなんだろ?」

「お察しの通りで。お前は?」

「正直分からん! 昼終わったらまた来いって言われてる・・・・」

「ご愁傷さま。じゃあ、再開しようっと」

 

再びみそ汁をすすり始める。今日はまだ半分が終わったばかり。これからも激務は続く。

 

 

~~~~~~~

 

 

横須賀鎮守府 1号舎 提督室

 

 

「提督、こちらが由良基地経由で送られてきた戦闘報告書になります」

 

百石の前に立った長門の声。それに紛れてシトシトと降る雨の音が聞こえてくる。天気予報によれば西日本はおおむね曇りだそうだが、梅雨前線と今まさに台風8号が向かってきている東日本は一面の梅雨空であった。幸い、現在硫黄島の南東沖に停滞気味の台風はその後、偏西風に流され徐々に進路を東に変えると予測されていた。天気予報の精度と気象庁の信頼性が微妙なので、なんとも言えないが、うまく行けば数日後には天気が回復し、こんなじめじめと梅雨を体現したかのような気候はおさらばだ。

 

「おお、やっときたか」と表情を和らげながら、その報告書を受け取り、大雑把だがすぐに目を通す。

 

「敵の戦力は計6隻。新手は発見されず、全隻撃沈し戦闘は終了。当方に損害は皆無、か」

 

読み終えると、一気に体の力が抜け、椅子の背もたれに体重をかける。

 

「さすが、みずづきというか、なんというか。対潜戦闘としてはこれ以上ない満点だ」

「演習では潜水艦が参加せず、彼女の対潜戦闘能力は未知数でしたが、図らずもそれが証明される結果となりました」

「みずづきがいなければ確実に被害が出ていただろうな。それはなりよりだが、しかし・・・あんなところに潜水艦が潜んでいようとは・・・・」

 

一気に2人の表情が暗くなる。今回、みずづきたちが接敵したのは本土の目と鼻の先で、しかも民間船が無防備で航行する主要航路。別に「敵などいるか」と慢心していたわけでもなく、哨戒機や海防挺によって定期的な哨戒も行われていた。にも関わらず、いたのだ。しかも、一隻ではなく1個艦隊にあたる6隻も。その衝撃は計り知れず、瞬時に瑞穂全体へと拡散することとなった。もともと天候によって危ぶまれていた訓練は命令によって完全に中止され、空母機動部隊である第1機動艦隊を除く、第5遊撃部隊と第6水雷戦隊が出動し、雨の中対潜哨戒を実施していた。また、影響は軍内にとどまらず民間へも拡大している。当海域を航路としていた全ての船が運航を見合わせ、経済活動に深刻な影響が生じていた。しかも安全を鑑み、四国・九州、東北沖の航路でも航行を見合わせる船会社が出てきている始末である。

 

だが、それを思って2人が深刻な表情になっているわけではない。もちろん、全く感知していないわけではないが、最も気がかりだったのは敵の目的である。わざわざ撃沈される高い危険性をはらんでまで、肉迫した目的とは一体・・・・。

 

「敵の真意が分からん。もし、会敵場所が浦賀水道や東京湾内ならここの偵察・諜報と見て間違いないんだがな」

「向かう途中だったとも考えられます。何故、わざわざこちらが握っている第2列島線より内側から侵入を試みたのか、定かではありませんが。通商破壊でしょうか?」

「まぁ、それが最も可能性が高い推察だな、実際、軒並み船が港に引き込もってるわけだし。軍令部内でもそれが大勢を占めてるようだ」

 

潜水艦の役割はなにも攻撃だけではない。攻撃の成功率を保障する隠密性を利用し、いつどこにいるか分からない恐怖を植え付け、意識的・無意識的に相手の精神を疲弊させ、行動や思考を制約することも大きな役割だ。長年潜水艦とやり合ってきた日本世界でもいまだにそうなのだ。深海棲艦が登場して初めて潜水艦と接触した瑞穂世界において、その威力は日本世界と比較にならなかった。

 

「現在、三水戦は?」

「高知沖と報告を受けております。今のところ、新たな敵船との接触はありません」

「そうか」

 

真意不明の敵の動き。みずづきがこの世界にやってきた日、以来の出来事につい考え込んでしまうが、長門の呼びかけで、また現実に引き戻される。その手には別の書類が握られていた。確認することもなく、受け取る。

 

「例のメンテナンスに関わる書類か。通信課からは既に報告を受けている。しかし、参ったものだな」

 

つい、頭を抱える。百石も怪電波の報告はかなり初期から受けていた。当初は本気で深海棲艦の通信を傍受したのではないかと疑い軍令部にも照会したのだが、時間が進んで出てきた真実は、アンテナの不備であった。しかも、五美財閥と国防省経理局の癒着の結果とは、脱力もいいところである。随分と昔に行われたものだっただが、国難の真っ最中に発覚するとはタイミングが悪すぎる。

 

「早ければ、来月にも改修工事の準備が整います。工事期間中は平常通りの通信・情報業務の縮小は避けられないとのことです」

「前線の身としては困るが、致し方ないな。むしろ、次作戦の準備に追われる前に完了できることを喜ぶべきか」

 

そう言いつつ、書類に自身の印鑑を押す。

 

「これを通信課と総務課に届けておいてくれ」

「了解しました」

 

長門に書類を差し出すと、百石は次にやるべきことを反芻する。立場や場所が違えど、軍人みな忙しい。

 

 

~~~~~~~~~

 

 

どこまで続く水の世界。空が晴れていれば海面付近が蒼く染まり、屈折現象で疑似的な光のカーテンを拝める時もあるのだが、今日はもう1つの一面をのぞかせていた。秒単位で変わる潮の流れと速度。少しでも気を抜けば、一人立ちまもないクジラの子供のように翻弄されてしまう。海中は台風の影響で荒れに荒れ、日光が少ない影響でいつもはもっと下に居座っている底なしの闇が海面に、自身に近づいている。

 

無限の大洋、加えて猛威を容赦なく現す大自然の中で、1人ぼっち。常人どころか屈強な鍛錬を積み重ねた軍人でもとても耐えられない環境の中を、おくびもださず進む姿があった。時折体を叩きつける水の壁。それを器用にかわし、ダメージを最小限度に抑える。意識的にやっている行動のように思えるが、実はそうではない。彼女の全意識は耳に集中している。暴れる水の音をかき分け、ある音を追う。自然のあらゆるものと異なる、傲慢な音。

 

(そろそろかも・・・・)

 

一旦停止すると、気を引きしめ海面を目指す。自分の独壇場から相手の独壇場へ。味方の勢力圏ならいざしらず、それ以外の場所では常に緊張を迫られる。

 

いざ、海上へ。先ほどまでとは比較にならないほど、鮮明になる視界。海中と異なり、そこは雨も降ってなければ風もそこまで強くなく、とても台風の勢力圏内とは思えない天候に支配されていた。低く垂れこめ、猛スピードで移動する雲の下。

 

「っ!? そ、そんな・・・」

 

そこに、いてはいけない異形の存在がいた。だが、存在は遥か前から把握していた。では、何に驚いているのか。

 

視界の先、曇天の下に広がる異形の群れ。

 

 

 

 

 

 

そう、数が想像を絶していたのだ。

 

 

 

 

 

 

長時間海中にいたため、もともと低かった体温が一気に下がり、顔から血の気が引く。一瞬あまりの衝撃に我を忘れるが、自身の任務を思い出し、急速潜航。急いで一群との距離をとる。

 

(早く帰投して、本隊に伝えなきゃ。ではないと、大変なことになる・・・・・・っ!?)

 

急速に近づいてくる低く、いくら振り払っても取れそうにない重い音、音、音。本能が、理性が、感情が、頭が、心臓が、ありとあらゆるものが最大級の警報を響かせる。

 

続いて、海面に何かが着水する音。それも1つではない。複数だ。それが何か、いちいち理解するまでもない。直上を通り過ぎ、進路を転舵。再びこちらへ向かおうとしている音の一団。

 

しかし、それも推測で終わる。断続的に巻き起こる爆発音と衝撃波。皮膚と骨を通過し、直接、内臓と頭が揺さぶられる。それを避けようとぎりぎりの深度まで潜るが、爆発も後を追い、徐々に近づいてくる。

 

(こんなところで・・・こんなところで沈むわけには! せめてこのことを・・)

 

至近で起きる衝撃。水の壁とはまったく別物のそれにはさすがになすすべがない。遠のいていく意識。それでもなお爆発音は続いている。




間話と言いつつ、結構いろんなものが・・・・・・・。



再びみずづきと陽炎が登場する「51話」は来週投稿予定です。一週間お待ちいただけると幸いです。

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