水面に映る月   作:金づち水兵

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艦これが4周年を迎えましたね。
僭越ながら、一提督としてお祝い申し上げます!!

・・・・・・・・・・ん? ロシア艦?


44話 資料室

鼓動と息遣い、身じろぎなど自身が発する音以外が聞こえない静寂に包まれた空間。視覚を確保する明かりは天井に設置された照明のみで、昼間だというのに日光は一切ない。それどころか、窓そのものがここには1つもないのだ。静寂と温かみのない照明に着目すればひどい孤独感に苛まれるが、それは幻想だ。ここは様々な存在感で満ちている。但し、存在感を放つのが本や冊子、レコード盤などのものであることを勘定すればの話だが。

 

資料室。市民感覚で俗に言われる図書館と同じような役割と設備を持っているが、それは副次的なものに過ぎない。ここの目的は海軍、ひいては瑞穂軍の歴史から部隊・保有装備の詳細、そして戦闘の詳細、それの戦術的・戦略的分析などに至る様々な情報を収集・収蔵することである。それらには当然、軍事機密も含まれている。「戦史室」や「収蔵室」など様々な名称があるものの一般的に「資料室」と呼ばれている施設は大抵の軍事基地に設置されている。ここ横須賀鎮守府では1号舎の真向かいにある2号舎の地下1階に第1資料室を、地下2階に第2資料室を設けている。第1資料室は市井の図書館よりも軍事関連の書籍が多い程度の設備であり、新聞や街の書店に並んでいる雑誌や小説なども完備している。第2資料室は存在する場所からもわかるとおり機密指定されている資料類が収蔵されている。もともと両方とも地上の専用施設、1号舎と同じく赤レンガ造りの図書館にあったのだが深海棲艦出現以降、空爆での消失が危惧されたため地下に移設されたのだ。

 

そのため、第1・第2共に資料室には窓がない。そして、今は夕方の早い時間帯。大抵の将兵たち、そして艦娘たちは訓練や業務に携わっている時間である。訪れた時は数人いたのだが、現在は誰もいない。ここは昔あった都会の図書館ほどの面積を第1資料室だけでも有しているので、もしかしたらいるかもしれないが広すぎて分からないのだ。受付からも大分離れているため、司書の若い女性の気配も感じない。背後は本棚に敷き詰められた本だらけだ。

 

そして、目の前の机には集めてきた本や資料などが山を形成し、乱雑に置かれている。勉強嫌いな駆逐艦たちによっては頭痛必至の状況だが、みずづきは別の意味で頭を抱えていた。頭痛ではないことは、深刻そうな表情から一目瞭然だ。

 

瑞穂世界の歴史と現在を知る。この世界に来た当初からここに足を運びたいと思っていたのだが、それは船団護衛任務決定によってさらに重要性が増した。さすがに、川内や長門、百石たちから聞いてはいるものの、自発的な学習ゼロで実戦に出る訳にはいかない。また、しばらく横須賀を離れる。

 

出撃を明後日に控え、先日百石から作戦の詳細が伝達された。それまでは船団を護衛し沖縄まで航行し、また護衛しながら横須賀へ帰ってくるほどしか伝えられず、また作戦内容が流動的とも聞かされていたため、任務の詳細は全く不明だったのだ。

 

百石によると、みずづきと第3水雷戦隊は明後日、7月8日0700に横須賀鎮守府を抜錨。横浜港から出港してきた五美商船所属の貨物船3隻と合流し、一日かけて紀伊水道まで護衛。船団はそのまま大阪港へ向かい、別れたみずづきたちは和歌山県日高群由良町にある瑞穂海軍由良基地へ向かい9日0700に入港。ここで休息を兼ねて一泊したのち、大阪港を出港した豊田商船所属の貨物船5隻を丸2日かけて那覇港まで護衛。

 

那覇港入港予定は7月12日0300。その後、隣接する瑞穂海軍那覇基地で2日間の非番。そして、7月14日0700にあの輸送船を含む海軍輸送船5隻を伴い、那覇基地を出港。2日後の7月16日1900に横須賀へ帰港、というスケジュールだ。

 

予定通りに進んでも8日間。もし深海棲艦の襲撃を受けこちらに被害が生じれば、この日数はさらに伸びることとなるだろう。その間は絶対にここへ来られないのだ。たかが8日間かもしれないが、漠然と過ごす8日間とひたすら待つ8日間では、精神的負荷の差は歴然である。だが、今までなかなか時間が取れず資料室が入っている2号舎を外から眺める日々が続いていたものの、護衛任務の出撃が明後日と迫った今日ようやくまとまった時間が取れた。そのため、念願だった資料室に足を運ぶことができたのだ。

 

 

 

初めて触れる、伝聞ではなく文字としての瑞穂世界。

 

 

 

それは、衝撃の連続だった。

 

 

 

そこは百石たちから聞いた伝聞と、伝聞を基にした想像以上に日本世界と全く異なった世界が広がっていた。見知った国名は見当たらず各国の歴史も政治体制も、そして国境線も未知のものばかり。今更ながら、ここが本来は認知することすら不可能な並行世界なのだと強く実感してしまう。ただ、そこには驚きや感嘆、関心などもあったが、それよりも大きく、そして一筋縄ではいかない感情が深い心の底から湧き上がってくる。それは、2つの世界の最大の違いに起因していた。

 

 

“ああ、ちなみに瑞穂は君の祖国日本のように他国と全面戦争を行ったことはない。またそれはこの世界の全国家に言えることだ。この世界では近代以降国家間や民族間の大規模な戦争は運よく起きていないのだよ。小規模な戦争は多々あったが・・・”

 

 

これだ。一片の誇張がないことはみずづきが集めてきた本たちによって証明されている。日本世界が、人種・民族・宗教・思想・価値観・風習の相違、そこから来る感情的・構造的な対立や歴史・経済から噴出する政治問題によって、果てしなく行われてきた人間同士の殺し合い。それがこの世界では希有な事象でしかないのだ。あっても、日本世界でいうところの紛争程度。戦争と呼べるものはないといっても過言ではない。

 

この世界で近代以降最大の戦争にして、唯一の国家間衝突はこちらで言うところの、北アメリカ大陸であるポピ大陸に存在する原住民の国家、ポピ連邦と欧米系入植者の国家、コロニカ合衆国の間で20世紀に生起した東西紛争だ。背景や対立勢力は全く異なるが概念的には19世紀に勃発した南北戦争と似たようなものだ。

 

戦争は戦争。この東西紛争でも国境沿いに存在が確認された石炭炭鉱を巡り、両軍が激突。戦火はポピ大陸の資源に権益を持ち、それぞれに人種的親近感を抱く大国も消極的ながら介入したことにより拡大。約7年間の戦いで、様々な地獄が具現した。

 

しかし、この戦争で生じた犠牲者数は双方あわせて67万人。

 

 

 

 

 

「たった、67万人・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

みずづきの独白。不謹慎にもほどがあるが、日本世界の紛争や戦争では、60万人はおろか100万人以上の犠牲が出ることなどザラだったことを考えると、致し方ない。これがみずづきたちにとって当たり前だったのだから。

 

戦争が希有。それは東西紛争を教訓とし以降、国家間の紛争が起きていない歴史のみならず、現在(といっても深海棲艦出現以前だが)における各国の軍事力を見ても窺い知ることができる。瑞穂を含めた先進国ですら他国への侵攻を想定した装備や能力をそもそも保持しておらず、戦争による技術革新・装備更新・戦略変更が少ないため、日本世界で瑞穂世界と同レベルの時代において一般的となっていた兵器そのものが存在しない。戦艦や空母、潜水艦、そして核兵器が分かりやすい例だ。瑞穂世界には制度的・能力的・技術的に、戦争ができないまたはしづらいシステムが出来上がっている

 

平和を維持するシステムが自然発生的に構築されているのだ。しかも、かなり強固な形で。

 

「・・・・本当に、全然違うんだね。私たちと・・・・・・」

 

対して自分たちの世界はどうか。頭の中に、日本世界の宿命が生み出した光景が浮かび上がる。破壊された廃墟。惨殺された何の罪のない人々。血で塗装された街。自分の、親友。

 

しかし、少し離れた位置にある本から目の前の新聞記事の目を向けると、書いてある内容も自身の思考内容も面白いほどに一変する。

 

 

 

2025年。そんな正反対で交わることもなかったこの世界に、突然日本世界でも絶望を振りまく未知の敵が出現した。

 

 

 

 

深海棲艦だ。

 

 

 

 

瑞穂国防省が毎年刊行している国防白書や瑞穂一の発行部数を誇る「日就新聞」の掲載記事を見ると、瑞穂世界では日本世界より2年早い2025年5月、島南方海域布哇(はわい)で布哇王国海軍の哨戒艇が撃沈された事件によって、存在が確認されている。だが、環太平洋諸国海軍と深海棲艦が死闘を繰り広げる3か月前。瑞穂時間2025年2月17日には布哇諸島近海で瑞穂船籍のコンテナ船が突如、消息を絶った事件、「光陽丸(こうようまる)事件」が発生している。瑞穂では当時「クジラと接触して沈んだのではないか」と言われていたこの事件が、瑞穂世界で初めて深海棲艦が人類に攻撃を加えた事例であると一般的に解釈されている。

 

日本世界はどうだったのかといえば、「2027年1月15日」が未来永劫語られる人類史の分岐点である。2027年1月15日、アメリカ合衆国ハワイ州ハワイ諸島の南に位置するキリバス共和国政府が突如緊急電を発信。1月17日にはキリバスの西方に位置するツバル、マーシャル諸島、サモアからも同様の突発的不明事象が発生した。軍・諜報機関、そしてグローバル化・情報革命が進んだ21世紀らしくインターネットや報道機関を通した情報から、アメリカとフランスは事態の深刻性を認識、軍事行動を起こした。それによって勃発した「ポリネシア攻防戦」が人類と深海棲艦が衝突した最初の戦闘である。

 

 

 

 

 

 

ただ当時の世界の様相は、とても瑞穂世界と比較できるようなものではなかったが・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

あの当時、世界は西側も東側も、民主主義も共産主義も全体主義も関係なく、まさにカオスと化した第三次世界大戦の真っ只中であった。第二次日中戦争が発端となり勃発した華中内戦、丙午戦争で世界第2位、第3位の経済大国が激しい内戦に突入したことで世界は大混乱に陥った。もともと2017年の西日本大震災と2025年から続く海難事故の多発で息絶え絶えとなっていた世界経済はついに瓦解。いくら世界の超大国アメリカが金をばらまおうと、欧州の頂点に立ったドイツがEU加盟国を巻き込み知恵を絞ろうと、それは・・・・・・・・・止められなかった。

 

地球全体をくまなく席巻する失業、飢餓、難民、格差、貧困、政情不安、そして・・・・・・・未来が見通せない絶望。

 

各国で時折ガス抜きしつつも溜まりに溜まり、いつ暴発してもおかしくないほど膨張する国民の不満。

 

各国政府が恐れたように、それは「戦争」という形で暴発した。

 

2026年1月3日、かねてよりイスラム教シーア派系勢力「フーシ」とスンニ派系部族主体の現政権間で内戦が続いていたイエメンで、「フーシ」実効支配下の病院をスンニ派系支援を名目に軍事介入していたサウジアラビア軍の戦闘機が誤爆。「フーシ」戦闘員及び治療を受けていたシーア派市民、双方合わせて104人が死亡する悲劇が発生した。この事件が報じられるな否や、シーア派世界は激高。各地でシーア派とスンニ派の衝突が頻発する中、壮大な宗派対立はついに国家間にまで波及。そして、1月10日、報復とさらなる誤爆阻止を掲げた「フーシ」支援国のイランがイエメン領空のアデン湾上でサウジアラビア空軍のF-16戦闘機を撃墜、軍事衝突に発展した。国際社会の仲介虚しく、スンニ派・シーア派の盟主同士の戦争はたちまちアラブ連盟を介した周辺諸国に拡大。それどころかスンニ派系過激派組織「イスラム国」・「アルカイダ」、シーア派系武装組織「ヒズボラ」などテロ組織までを巻き込んだ「第五次中東戦争」に発展。幾人もの国際政治学者や政治家が呼んだ「21世紀の火薬庫」との名称にふさわしく、中東は大爆発を引き起こした。

 

サウジアラビアなどのスンニ派やイスラエルを支援するアメリカ。イランやシリアのアサド政権などを支援するロシア。両国も当然手をこまねいて傍観していたわけではなかったが、彼らが最も恐れたことは中東の廃墟化、第三次石油危機の発生、自国やヨーロッパへの難民流入、世界経済の混乱による自国権益の損耗ではない。それは一重に世界の超大国、核兵器を持つ国同士が、支援国のいざこざに()()()()()()()で衝突することだった。当時、2017年のジャパン・ショック、チャイナ・ショックから続く経済不況によって両国は疲弊し、経済的・民族的問題から生じる国内問題の対応で忙殺され、とても他国の戦争を止める余力は皆無だった。そこでとった行動は自国海外拠点の防衛のみに専念する「知らん顔」だった。

 

言うまでもなく、その瞬間・・・・・・・・・「力による抑止」でかろうじて均衡を保っていた世界の秩序は吹き飛んだ。一国をいとも簡単に滅ぼせる強大な拳は振り上げられることすらなく、ポケットの中に忽然と消えたのだ。

 

抑止力を失った世界は従来から発火していたシリア、リビア、ソマリア、ミャンマー、ウクライナなどに加え朝鮮半島、カシミール地方、インド・パキスタン、アフガニスタン、フィリピン、マリ、アルジェリア、南スーダン、旧ユーゴスラビア圏、アゼルバイジャン・ナゴルノ・カラバフ自治州、コロンビアなどたちまち、くすぶっていた各地で炎上。アメリカとロシアが恐れたものとは別の形で「無秩序(アナーキー)な第三次世界大戦」に発展した。

 

そんな情勢下で、突如なんとか治安を維持し第三次世界大戦の余波を受け流していた太平洋上の島嶼国から「未知の勢力から攻撃を受けた」と信じがたい緊急電が発せられたのだ。各国、特に太平洋島嶼国と深い利害関係にあったアメリカ、フランス、オーストラリア、ニュージーランド軍が蜂の巣を叩いたような騒ぎになったのは言うまでもない。その4ヶ国の中で最も迅速に動いたのが、元超大国アメリカである。宇宙空間を周回する数多の偵察衛星とハワイ州オワフ島から緊急発進(スクランブル)したF-22A戦闘機、ロシアを睨み空中待機していたアラスカ州を根拠地とするE-3 早期警戒管制機(AWACS)による情報収集を敢行。この際、F-22Aとアラスカ州より急派されてきたF-16C/Dの2機が消息を絶っている。これもあってかアメリカは()()()たまたま真珠湾へ寄港していた合衆国海軍第3艦隊の駆逐艦4隻を派遣。また、ポリネシアの海外領土に陸海空軍と国家憲兵隊(フランス領ポリネシア駐屯フランス軍=FAPF)を駐留させているフランスにも応援を要請した。当時、フランスは現政権-反体制派(の皮を被ったイスラム過激派)間で2012年以来の内戦に突入していたマリへ単独で、またテロリストの養成学校と化しこれまた内戦を続けているリビアに欧州連合軍平和維持部隊の名で軍事介入し、国内では流入したイスラム過激派によるテロに翻弄されていた。一部で南太平洋の戦力を本国に召還するか否かを議論していたフランスもニューカレドニアに設置されたフランス版エシュロン「フレンシュロン」による盗聴からただならぬ気配を感じていたのか、二つ返事でポリネシアに駐留するフロレアル級フリゲート1隻の派遣を決定。

 

そして、なぜか戦場となっている島々に出撃した米仏連合艦隊が、自らの命と引き換えに寄こした報告。それが、「第三次世界大戦」をも凌ぐ未曾有の大戦の始まりとなった。

 

余談であるが、この過程でアメリカ・オーストラリアはおろか広大な海を隔てた日本・ロシアまでもが情勢確認及び他国軍偵察のため、複数の潜水艦をポリネシア海域に派遣したと言われている。だが、その詳細は今日に至るまで公表されておらず、撃沈艦は出たのか、何の情報を得たのか、そもそも本当に派遣していたのかすら、闇に沈んだままである。

 

深海棲艦が出現した詳しい時間帯・場所は事態を俯瞰できたキリバス政府の生存者がほぼ皆無のため、瑞穂世界と異なり現在に至っても不明のままである。対照的に深海棲艦が本格的に人類への敵対行動を示し始めたとされる事例ははっきりとしている。「ポリネシア攻防戦」が始まるちょうど2年前。日本時間2025年1月26日シアトル港を出発し、横浜港へと北太平洋を航行していたパナマ船籍のコンテナ船「WHITE QUEEN(ホワイト クイーン)」がハワイ諸島北方海域にて消息を絶った事件が最初だ。こちらでも第二次日中戦争の発端となった「東海艦隊事件」をはじめとする、2025年頃から多発した一連の海難事故が深海棲艦の仕業と確認されているので、本格的な衝突に時間差があっても出現時期はほぼ同一と見ることができる。

 

個体別にみると能力は日本世界の個体よりの低いようだが、撮影された写真を見るに外見はほぼ同じ。戦術行動も戦略爆撃を除き、島嶼部を最初に抑え要塞化とシーレーン断絶を並行させ、準備が整い経済的混乱で人類が疲弊したところを見計らって攻撃を仕掛けている。大方日本世界と同様だ。

 

 

この紛れもない事実。これを見て、知って疑問を抱かない者はいないだろう。人類は当然並行世界間の移動技術など持ち合わせていないし、2つの世界の深海棲艦が全くの別グループと考えるには、事態推移といい、深海棲艦の様相・行動といい共通点が多すぎる。

 

「これは・・・・・・・もしかしたら」

 

深海棲艦の起源に迫るきっかけを得られるのではないか。

 

もう1つ、日本・瑞穂両方の世界に共通していたこと。それは深海棲艦の正体が「全くもって不明」とされている点だ。比較研究というほど立派なものではないが、自分が持っている日本世界の深海棲艦に関する情報と瑞穂世界にある深海棲艦に関する情報を収集、比較すれば、誰もが至らなかった境地に辿りつける可能性はある。

 

 

みずづきは、何重にも積み重なっている本の内、最も上の本のある記載にとげ視線を向ける。

 

“2025年以降、大戦による犠牲者は各国の混乱、情報伝達網の攪乱によって詳細は不明であるが、瑞穂政府は連絡可能な諸外国の情報を基に少なくとも9700万人以上と推計している。”

 

「少ない、ね・・・・・・・」

 

9700万人。第二次世界大戦で生じた犠牲者を上回る、そして日本の人口と同程度の犠牲者が深海棲艦との大戦で生じているのだ。「少ない」など不謹慎にもほどがあったが、こう呟いてしまう理由が明確に存在していた。

 

 

 

 

 

 

16億4000万人。

 

 

 

 

深海棲艦との戦争、「生戦」で犠牲になったと日本政府が推計している人間の数が、これだ。無論この中には、日本の犠牲者2350万人も含まれている。たった6年間の戦争と混乱によって日本世界では総人口の約5分の1が、消えたのだ。それに比べて瑞穂世界の犠牲者数は16分の1程度にすぎない。

 

日本世界も、瑞穂世界に倣っていればどれほど良かったことかと憂鬱になるが、この“差”も貴重なデータだ。

 

この違いには要因はいくつかある。今、思い浮かぶのは深海棲艦単体の戦闘能力だ。外見はよく似通っているものの、瑞穂世界の深海棲艦より日本世界の深海棲艦の方が強いし、しぶとく狡猾だ。あらゆる個体が「絶対に人類を滅ぼしてやる」という気迫を纏っている。しかし、一度しか砲火を交えていないため自信を持って言えないが、こちらの深海棲艦は日本世界より闘志が弱いように思えるのだ。良く言えば、「理性」が比較的強い。

 

「やる価値はある」

 

いや。

 

「どれだけ時間がかかっても、やらないと。これを出来るのは、もしかしたら全人類で私だけかも・・・・なんてね。いくらなんでも買いかぶりすぎかな・・・・・」

 

「あはははっ」と乾いた笑み。自分をそこまで高く持ち上げられるほど、みずづきの神経は図太くない。しかし、確かに“調べてみる価値はあるだろう”。

 

この時、必死に考え事をしていた意識は完全に内側へと収斂していた。五感は思考に占拠され、現実を捉えない。だから、気付かなかったのだ。消えて久しい人の気配が解き放たれ、それがだんだんと自身に向け近づいてくるということに。

 

「こんなところで何してんのよ、あんた」

 

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

“うん・・・・。すっっごく、いい人たちだと思うよ!!!”

“この世界に来た時は、状況を把握するのでいっぱいいっぱいだったけど、やっぱりどのような扱いを受けるか不安もあった。研究所に連行された解剖なんて映画とかだとお約束だったしね。でも、そんなことは一切されず、その・・・・・・怒りのあまりぶっ放しても、おとがめなしで済んだ。ここの人たちには感謝してもしてもしきれないよ。もちろん、曙にもね”

 

非日常の高揚と精神的・身体的火照りのなか、いつも通りの笑みの中で語られた言葉。その言葉に裏はなく、10割本音で語られていることは分かった。

 

どんな反応をするのか。それによってみずづきという人間がどのような性格の持ち主か、あわよくばどんな過去を持っているのかを探るためにあんな質問をしたのだ。結果的にとある馬鹿に邪魔されてしまったが、やった意味はあった。

 

やはり、思った通り、そして周囲が言っている通りの人間なのだろう、彼女は。

 

だったらあの日、あの夜に流していた涙は一体何であったのだろうか。橙野でのやりとりから、ますますそれが気になって仕方がなかった。

 

みずづきの涙を見た時、戦争の結果を知り自分や周囲が流した涙と同じであると感じてしまったこと。そして、みずづきにかつ丼を持っていき、それを前にした彼女の表情が、あの人たちとかぶってしまったことも原因の1つであろう。

 

“戦争のない、世界、か・・・・・”

 

彼女はあの時、はっきりとそう言っていた。

 

戦争は、嫌いだ。反吐がでるほど嫌いだ。戦争は人も街も、大切なものを一瞬で奪っていく。そればかりか人間性をも失わせてしまう。だが、陽炎と同じように人間はそういうものだと思っていた。なぜ、戦争をするのか。長門や赤城あたりは真剣に考えているのだろうが、一介の駆逐艦でしかない自身には、あまりに大きすぎる主題だ。考えたことはない、といえば嘘になるが考えても仕方ないことだ。

 

日本は、復興し、平和になった。あいつらの・・・・・そしてみんなの犠牲は報われた。それだけで良かった。なのに、みずづきは時々、それを大きく強く揺さぶる。

 

だから、受付の司書からみずづきがいると聞いたとき、好機だと思ったのだ。幸い、第1資料室には彼女とみずづき、そして自分しかいないと聞く。

(今日こそは、このモヤモヤにけりをつけてやる)

自身より遥かに高い本棚の間を、流れるようなサイドテールを揺らしながら胸を張って歩を進めた。だが、それは長続きしなかった。彼女の姿を認めた瞬間、足が止まる。いや、足を止めたのはみずづきの姿ではない。その視線だ。ちょうど、みずづきの横顔が見える位置の通路から出てきた。向こうからも見えているはずなのだが、全く気付いたそぶりを見せない。

 

みずづきは、刺すような視線を机一面に広げられた本に容赦なく、向けていた。そこに、優しくて、心の底からそして他人に迷惑をかけまいと笑っているいつもの雰囲気は皆無だった。

 

まるで作戦課で必死に作戦を考える士官のように、銅像と化しているみずづき。微動だにしていないため、不覚にも寝ているのではないかと一瞬思ってしまった。だが、彼女は起きている。真剣な目で本と睨めっこをしていた。

 

見たこともない威厳を纏った姿。圧倒され、無意識に足が下がり本棚に隠れようとするが、気合で押しとどめる。自身の気持ちを再認識して、足を踏み出した。

 

「こんなところで何してんのよ、あんた」

 

気付かなければおかしい距離まで近づいたのだがよほど考え事に耽っているのか気付かない。仕方なく声をかける。声にならない声を上げ、目を丸くするみずづき。いつも通りの反応を見ると、さきほどの光景が幻覚のように思えてしまうが、そうではない。

 

「あ、曙!? どうして、ここに?」

「なに? 私がここに来ちゃいけないの? 私だって命張って戦ってるんだから、勉強の1つや2つするわよ。・・・もしかしてじゃなくて、馬鹿にしてるでしょ?」

「いやいや、そんなこと、誤解だよ、誤解!! 全く予想外だったから、つい」

 

そういいながらみずづきの意識は机の上に向けられる。さりげなく、体をずらしてどんな本なのか曙から見えないようにしている。気付かれないように、ほんの一瞬、机上へ視線を向ける。

 

「ほんとかしらね。陽炎や黒潮からなにか吹き込まれてるんじゃない?」

「ないない!」

 

断言するみずづき。どうやらこれは本当のようだ。思わぬ収穫があって何よりだが、本題はそこではない。

 

「ふーん。なら、いいけど。それより何読んでんの? 見せてくれない?」

「えっ!?」

 

一瞬、陰る表情。それを見逃すへまはしなかった。

 

「いいじゃない? それとも、なにかやましいものでも読んでるの?」

 

これが効いたようで、みずづきは「仕方ないな~。はい、どうぞ」と体をよける。「なにこれ、散らかりすぎでしょ」はお約束だ。実際、これは誇張ではない。煩雑すぎて全容を把握するのに手間取ったが、具体的な著作名は分からずとも、どういう本かは分かった。学校で使われている歴史や政治経済の教科書、新聞記事集、官報など、一読して瑞穂世界の様々な事柄を知ることができる、比較的軽いもので占められていた。

 

「こ、こんなにたくさん・・・・・・。あんた、いつからいたの?」

「訓練が終わってからだから・・・・・、ざっと3時間ほどかな。ただそれらしいものを集めただけで、目を通せたのは半分ほど。でも、もうかなりきつい」

 

肩をもむみずづき。年寄り臭いことこの上ないが、嘘の反応ではないようだ。問いかけから一拍。次は、みずづきのもとにきた理由そのものを聞く。核心をつくだけに、緊張する。

 

「そりゃ、当然ね。にしても、なんでそこまでして、こんなものを読ん・・・誰っ!?」

 

しかし、思惑通りにはいかなかった。突然現れる人の気配。最大にして唯一、そして他人には聞かれなくない疑問を投げかけようとした時だったため、思わず大声を出して過剰反応を示してしまった。さすがに逃げるようなことはなく、気配の主が本棚から数冊の本を手にして現れる。

 

彼は見知った人物だった。

 

「すまないな、驚かせてしまって。しかし、こういってはなんだが、資料室で大声とは感心しないな」

「お、大戸艦長!?」

 

全く予想外の人物に驚愕する曙。完全に先ほどのみずづきの立ち位置になっている。

 

「そんなに驚かれると心に来るんだが・・・・・・ま、いいか。無言で睨みつけられるよりは遥かにマシだしな。っと、そこにいるのは、もしや」

 

曙の隣にいる者の正体を把握した途端に、益々笑みを深くする大戸。みずづきも動揺することなく手慣れた様子で笑顔を向けていた。百石が手を手を回したのだろうが、どうやらこの2人。初対面ではないらしい。

 

「はい。ご推察の通り、みずづきです!」

「これは、これは・・・・。珍しいこともあったものだ。みずづきがここにいるとは。それに・・・・」

 

みずづきの敬礼に答え軽く答礼した後、大戸はわずかに首をかしげながらみずづきと曙を見る。それだけで彼が何を思ってるのか、容易に察することができる。どうやらみずづきも同じようで、百石が上官の前でやるようなぎこちない苦笑を浮かべている。

 

「君たち2人が、一緒で周りに誰もいないとは・・・・・希有だね」

 

(やっぱり・・・・・)

完璧に重なる2つのため息。

 

「「あ・・・・・・・」」

 

そして、感嘆も見事に一致。もともと気まずかっただけに、その度合いは急速に高まっていく。これは数々の気まずさに耐え抜いてきた身にとってもよろしくない。なにか、適当な文句を考えていると、みずづきが素朴に大戸へ視線を向けた。

 

「そういえば、第5艦隊は護衛任務で・・・・」

「そうだ。君たちの往路と帰路の安全を確保するために東京湾沖で哨戒と警戒監視を行うのは我々だ」

 

こちらの動揺を父親的視線で穏やかに眺めていた大戸は、こちらに気を遣ってか何も言わずみずづきの質問に答える。

 

「ここに来たのは、第2資料室に行ったついでだよ」

 

大戸が手にしている本。みずづきが机の上にまき散らしているものとは、厚さからして全く次元が違う。漂っている雰囲気は常人の接触を阻むかのような、厳つさを含んでいる。

 

「明朝出港なんだが、何か雑誌でも借りて持っていこうかと思ってな。置いてある場所を探していたんだが、君たち知らないか?」

「大戸艦長って、結構資料室に足を運んでるって聞いたけど・・・どうして?」

 

純粋な疑問。

 

「なんだか、書架の場所が移動したようでな。前の場所にないから、探し回ってたところ君たちに出会ったというわけさ。ちょうど、一旦受付に戻って、相川司書に聞こうかと思っていたところだったんだ」

「ああ、なんか言ってたわね。でもそれ、だいぶ前の話よ? えっと、確か、受付の真正面あたりにあったはずよ。ほら、新聞とかが置いてある場所」

「ああ! 曙の言うとおり、そのすぐ近くに雑誌が置いてありましたよ。記事集を探してるときに見ました」

 

申し訳なさそうな笑みから、明るくなる大戸。曙も同じような経験があり、また大戸は上位の軍人なのでいつもの辛口発言は控える。

 

「そうか。あそこか・・・・・。まったく見当違いのところを探していたっということか。ありがとう。2人とも。では、私はこれで失礼する。みずづき?」

 

向けられるまっすぐな視線。みずづきは自然に背筋を伸ばす。

 

「君たちの奮闘を期待する」

「ありがとうございます!」

 

交差する敬礼。それを見届けると大戸は背を向け、林立する本棚の間に消えていく。

 

「・・・・そうだ。曙、さっきなんて言いかけてたの? なにか重要そうなことだったけど」

「あ、えっと、その・・・・・。な、なんでもないわよ!!」

 

大戸の予期せぬ登場によって乱されたペースでは到底言える訳がない。しかし、それを口にした瞬間、濁流のような後悔が押し寄せる。気合を入れ直し、もう一度口にしようとするが自身の性格が邪魔をした。吹雪たちなら自身の発言を撤回することなど造作もないだろうが、不器用で、素直ではない曙には踏み出せない領域だった。

 

 

 

~~~~~~~~~

 

 

 

横須賀鎮守府 1号舎 提督室

 

「こ、これは・・・・・・・」

 

薄暗い室内。一見しただけではあまりの光の無さに薄暮かと錯覚してしまいそうになる。そのためか、照明がいつも以上に頼もしく思える。だが、今は昼から夕方に移ろう時間帯。決して、日が落ちた薄暮ではない。空にかかった分厚い灰色の雲が、日光を遮っているのだ。いつ雨が降り出してもおかしくない天気である。梅雨なのだから仕方ないのだが、この天気には、この時期に訪れるもう1つの厄介者が関わっている。

 

台風だ。

 

関東の遥か南東沖を北に進む台風8号が南方の湿った空気を瑞穂列島に運び、天気を不機嫌にさせている。明日は、みずづきを含む第3水雷戦隊が護衛任務で出撃する日のため、天気が気がかりだったが天気予報曰く、今日の未明には天候が回復するそうだ。

 

ほんの少し前までそのことに安堵していた百石だったが、現在は険しい表情で視線の先、執務机の前である紙に視線をくぎ付けにしている長門を見ていた。紙を持つ手は小刻みに震えている。

 

「これで、この任務に市ヶ谷が再三にわたってみずづきをつけろと言ってきた理由が分かっただろ?」

「はい。しかし・・・・・・」

 

喉から絞り出すような声。まだ、文書の衝撃から立ち直れていないようだ。

 

「私も積荷の中身を聞いたときは驚いた。前から大宮の部隊がブツを確保して本土への輸送を目論んでいることは知っていたが、なにせ、これほどのものだ。もしやつらに感づかれて船団が集中攻撃を受け失われたりすれば、それこそ取り返しがつかない。発見できたのは奇跡のようなものだからな。そのため、輸送計画の作成は入念に行われた。かなりの時間がかかってしまったが、結果的にそれが功を奏して計画の半分は成功した。しかし、まだ半分だ。保険はかけるに越したことはない」

「提督、よろしかったのですか? このような特定管理機密をわたしなどに・・・」

 

特定管理機密。国家情報保全法によって定められているこれは、国家機密の中でも漏洩すれば著しく瑞穂の国益が損なわれかねない最高レベルの情報のみが総理府の国家安全保障局によって指定される。開示が許されるのは適性検査を受けた人間と、軍令部などの許可が出された人物に限られており、もし上官や所属組織の許可なく漏洩させた場合、最高刑は平時には終身刑。大戦の真っ只中である現在が該当する有事の際は死刑である。そのため、扱いは爆弾を触るかのように慎重に慎重が期される。

 

「安心してくれ。軍令部に許可は取ってある。積荷の件についても私の知っていることは全て話して良いというお達しだ。ただ、このことは他言無用にな。もし、流せば・・・・あとは分かるな? 君のことだから、心配はしていないが」

 

雰囲気が豹変する。それだけを見ても、これがどれほどの重みをもっているのかが分かる。

 

「ご心配には及びません。それに、この身が信頼されているということですから、大変光栄です」

「さすが、長門だ。長い間黙っていてすまなかったな。俺も前々から市ヶ谷に開示を要請していたんだが、事の性質上・・・・な」

「心中お察しいたします。しかし、よくも手に入れられましたね。こんな代物を」

 

長門は再び、手に持っている文書―特定管理機密指定文書―に目を落とす。右上にでかでかと押された「特管秘」の判子が見る者に果てしない緊張感を与えるが、肝心な部分はそこではなく、本文だ。そこには、ここでなければ戯言と思えるようなことが至って真面目に書かれていた。

 

「なんでも、大宮島を奪還したときに偶然前線の歩兵連隊が発見したそうだ。最初は何か分からず、同行していた専門家の検分によって正体が分かったらしい」

「なるほど。して、例のものは現在どこに?」

「今朝、那覇港に入港したそうだ。さっき、君が持ってきてくれた書類はそれと積荷の状態を伝えるためのものだよ。あちらも相当ぴりぴりしてる」

 

封が切られた封筒とB5サイズの紙を持ち上げる。長門がここへ来るときに持ってきてくれた那覇基地からの状況報告書だ。

 

「第3水雷戦隊とみずづきの状態は?」

「7人とも体調に異常はなく、艤装の整備・補給も終了。あとは、明朝の出撃を待つのみです。あと、護衛対象船ですが、五美商船によりますと3隻全て今夜中に積載物の積み込みを終えられるそうです」

 

長門の気の利いた報告に大きく頷くと、百石は椅子をずらし、窓から外を眺める。引く垂れこめた灰色の雲。

 

「予報通り、回復してくれればいいのだが・・・・・」

 

そこにはいまだ絶好調の曇天が、見る人々に雨への危惧を惜しみなく振りまいていた。




ついに春イベの開始日が公開されました。人によっては休みであったり休みでなかったりする5月2日(火)だそうです。(・・・・かなりの確率でいろいろ手こずり、日付をまたぐような事態に発展する気が)

・・・・まぁ、とにかく新規実装艦の情報も出てきましたし、この季節がやってきましたね~。 ロシア艦? ソ連艦?の誰かが実装されるそうで。少し小耳にはさんだところによると、時期は分かりませんが「海防艦」も実装予定だそうです。

開始から4年。どういった展開を見せていくのか気になっていたところではありますが、まだまだ艦これが元気なようで一安心です。


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