水面に映る月   作:金づち水兵

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今回は2話連続投稿でいきたいと思います。

理由はもうお分かりの方もいらっしゃるかもしれませんが、あの話が後ろに控えているからです。


41話 打ち上げ

居酒屋 橙野

 

 

「では、演習の無事完遂及び艦娘たちの健闘を讃えて、乾杯ぃ!!」

『かんぱーいぃ!!』

 

日も完全に落ち、街灯をはじめとする照明たちの出番が訪れる中、とある典型的な瑞穂家屋から元気ハツラツという表現がぴったりの声が聞こえてくる。どこかの料亭のように玄関の軒先に吊るされた提灯と軒天に設置された照明の淡橙色が、闇の中で一際存在感を放っている。次々と訪れ、去っていく客たちもその引き立て役である。

 

今日ここでは一階の奥にある大広間を貸切り、先に行われた「光昭10年度第一回横須賀鎮守府演習」の打ち上げが催されていた。座卓の上には和・洋・中の様々な料理がところ狭しと並べられている。飲み物と思われる瓶も多く置かれているが、全てジュースやお茶などの非アルコール飲料である。一部の艦娘や百石などはこれに猛反発したが、腕組みをし清々しいほどの笑みを浮かべながら、額の血管を隆起させる長門には誰も逆らえなかった。長門曰く「歓迎会のような失態は絶対に容認できない」らしい。それも百石たちが原因なので、自業自得だった。

 

「うは~~~!! 訓練終わりの一杯はうまいわ~~!!」

 

居酒屋のオヤジや百石たちのように満開の笑顔で、コップを握りしめる黒潮。飲んでいるのは、オレンジジュースである。

 

「黒潮・・・・、時間や性別を超越しすぎじゃ・・・」

 

その姿にみずづきはツッコミを抑えることが出来なかった。今、みずづきは第3水雷戦隊と共に座卓を囲んでいる。大広間には五つの座卓があり、部隊別になっている。1つは百石や筆端を中核として、顔を出す幹部たち専用だ。今は2人に川合と額に雨粒のような汗を浮かべた、明らかに緊張気味の西岡が座っている。着席場所の話が出た際、当初どこの部隊にも所属していないみずづきの着席位置が問題となった。百石ら幹部たちと同じ座卓を定位置とすることも考えられたが、どうせなら艦娘たちと共に座った方がいいという事で、くじ引きを敢行。その結果、みずづきは何かと縁のある第3水雷戦隊にお邪魔することになったのだ。

 

「みずづきは、知らない、だろうけど、黒潮はいつもこんな感じ・・・」

「そうそう。ほんの少し前までみずづきと同じように陽炎がツッコミの入れてたんだけど、あきれちゃって、今はもうこの通り」

 

川内が自身の隣を指さす。そこにはバツが悪そうな陽炎がいた。

 

「な、なによ。別にいいじゃない! ツッコもうがツッコまいが私の勝手でしょ。・・・・・・そんなことより、今日の趣旨分かってるの?」

「そらしたな」

「ち・が・う!! もう! 深雪はほっといて、はいっ、白雪!!」

「わ、私!? えっと・・・・・演習のお疲れ様会だけど・・・・・・違う、かな・・・・・?」

「その通り! でも、不正解!!」

「えぇーーー!? どうして!!」

「私も実際に参加したし、大はしゃぎするのもありだけど、せっかくみずづきもいるのよ。少しはまともな会話しなくっちゃ!」

 

陽炎はビシッとみずづきを指さし、コップを仰ぐ。今度はみずづきがバツの悪い想いをする番だ。第3水雷戦隊の面々は演習用に編成された特別艦隊に属していた。要するにみずづきが17式艦対艦誘導弾Ⅱ型(SSM-2B block2)でボコボコにした艦隊である。そんな彼女たちと演習の話をもろに行うのは、正直気まずい。みんなが陽炎の思惑に乗らないようダメもとで祈るが、推測通り好奇心旺盛な艦娘たちは「陽炎に誘導された」と認識しつつも、素直に陽炎の言葉に乗ってしまう。

 

「そうだな。俺ら見事にやられたわけだしな。何も言えなくなるほど・・・」

 

遠い目をする深雪。初めて見た彼女の大人しい様子に罪悪感が湧いてくる。

 

「う・・・・・。ご、ごめん。なんかトラウマを植え付けちゃったようで」

「あ? ・・ああ!! き、気にすんなって! あれは演習だったわけだし、俺もトラウマってほどには感じてないぞ!」

「そうやでみずづき。初見で撃たれてたらみずづきの言う通りになったかもしれへんけど、事前に吹雪たちから説明もあったし」

「心の準備はある程度できてたよね~」

「ああ、すいません! わざわざ注いでもらって」

 

「いいのいいの」と朗らかな笑顔で、半分ほどに減ったみずづきのコップに川内がオレンジジュースを注ぐ。先ほど、黒潮が仰いでいた中身と同じものだ。今日は前回絞られたのが余程聞いたのか、欲求に駆られずきちんと打ち上げに出席していた。溢れそうになりぎりぎりとところで瓶からコップへの大移動は止まる。「なにやってるんですか」と川内の失態を指摘する駆逐艦たち。

 

 

 

いつもの通りの光景。

 

 

 

そこにみずづきを断罪しようなどという空気は微塵もなかった。

 

心に出来たつっかえ。

 

大隅で将兵と艦娘に迎えられてからも残っていたそれが、彼女たちの自然な笑みを見て、今完全に取り払われたような気がする。自然と笑みがこぼれるのは仕方ないだろう。

 

「しっかし、吹雪から聞かされたときはあいつの気がおかしくなっちまったのかとも思ったけど、まさかな。あんなものが俺たちの目の前に現れるとは・・・・・」

 

言葉の内容とは裏腹にコップを持ちながら明るい表情でとある方向に視線を向ける深雪。その先には当然と言うかなんというかみずづきがいた。そして、こちらを見ていたのは深雪だけではなかった。彼女たちを見て自然に笑顔をこぼしてしまったのは、仕方ないことだろう。

 

なぜなら、深雪たちは全員、親しい友だちとふざけ合うような・・・・純粋で温かな笑顔を浮かべていたのだから。

 

 

 

「ふふ。この様子だと私たちの懸案は解決したようね」

 

 

 

 

深雪たちの笑顔を見て、心に染み渡るような感傷を抱いていると唐突な声が鼓膜を揺さぶる。それが予想外の事態であったのはこの場にいる全員の共通認識だったようで、聞こえた方向に顔を向ける。

 

「赤城さん」

「翔鶴さんも。それに・・・・・」

「加賀さんや瑞鶴まで。横須賀空母勢、全員集合だね」

「・・・・・ヤバくない? この光景。大日本帝国海軍の主力空母が4隻も一堂に会してますよ」

 

思はず出てしまったみずづきの独り言。一瞬顔を出しかけた罪悪感は、あまりの壮観さに押し込められてしまった。何気に4人が一緒にいるところを見るのはこれが初めてである。

 

「ちょっと、座らせてもらっていいかしら」

「どうぞ、どうぞ。みずづき、そこにある座布団取って」

「り、了解!」

 

陽炎に言われ、壁際に固められている座布団の山から4枚を持ち上げ、最も近くにいた翔鶴に手渡す。「ありがとうね」という言葉と同時になびく清楚な白髪。ここまで近くで見たことがなかったので、あまりの美しさに一瞬目を奪われる。

 

「よいしょっと。はい、みなさんも」

「失礼します」

「分かりました。ほら、あなたも」

「・・・・・・・」

 

加賀に促され、意気消沈といった様子をまといながら瑞鶴が腰を降ろす。うるさいほどの活発さは完全になりを潜めている。それに首をかしげた者はみずづきだけではなかった。

 

「こんばんは。みずづきさん。あなたとこうするのは歓迎会の時以来ね」

 

だが、瑞鶴ばかりに気をとられているわけにはいかない。なにせ、今、みずづきへ話しかけているのは、あの赤城である。それ以前に、人から話しかけられているにも関わらず、別の人物に意識を向けるなど失礼もいいところである。演習での出来事、そして「赤城がどんな感情を抱いているのか」という疑問を脇におき、いつも通りを意識して口を開く。

 

「こんばんは、赤城さん。そうですね。あの日からこの方、なんだか色々あって・・・・・まだそう日も経っていないのに随分昔のことのように感じます」

「なになに? どうしたの2人とも? 年寄り臭い会話なんかしちゃって。まあ、実際には臭いじゃなくてほんとに年寄りの・・・」

「川内さん????」

「っ!?」

 

ギギギと壊れたロボットのように向く赤城の顔。笑っている。きれいに笑っている。何も知らない純粋無垢な将兵たちが見れば、一瞬で目を輝かせてしまうほどの美しい笑み。だが、不純物のないその美しさが、今は恐怖を駆り立てる最凶のスパイスと化していた。川内はあまりの恐怖に手が震え、あわやコップを落とすところだった。

 

「冗談!! 冗談ですよ!! 私たち、日本にいたころとこの世界に来た年数を足し合わせても、人間的・船的にもまだまだきれいな年頃でしょう? それに赤城さんより私の方が年上って重々承知してますから、ね?」

 

必死に取り繕う。それが功を奏したのか、赤城の威圧感がみるみるうちに消えていく。「はあ・・・・」と川内の安心しきったため息。

 

「川内? あなたももう少し思慮深くなったらどうなの? 赤城さんだけじゃない。みずづきに対してもそう」

「か、加賀さん。私は別に気にしてませんから、川内さんも反省というか教育というか、十分言動の結果を分かっていると思いますから・・・・・・ねぇ? ・・・・・・・・・・・・川内さん?」

「はい!! もう十分すぎるほど理解しているであります!!」

 

加賀に対する慈悲深さ満天の笑顔はどこへいってしまったのか。川内に向けられる氷点下の笑顔。それでも美しいのだから、同じ女子としては複雑な心境にもなるが、川内の恐怖した苦笑とおかしな口調を目の当たりにすると同情心の方が強くなる。

 

「みずづき・・・・・」

 

捨てられた子犬のような雰囲気。あまりにも憐れで、必死に少しでも川内の気分を浮上させようと言葉を重ねる。

 

「川内さん、気にしてませんから。そんな顔しないでください。らしくないですよ? わ、私だってもう23ですか・・・・・華の時代はとっくの昔に・・・・・」

『えっ!?』

「ど、どうしたんですかみなさん! 突然・・・・・・みなさん?」

 

目を点にした赤城から黒潮までの一同。忘れてはいけない元気までどこかに忘れてきたのかと問いたくなる瑞鶴までもが周りと同じ反応をしている。予想外の事態。その理由が分からずただただ動揺するばかりだ。

 

「あ、あの・・・・」

「みずづき。さっきの発言は本当なの?」

「へ? さっきって・・・・」

 

みずづきに迫る加賀。思わず、言葉を飲み込む。迫力はさすが正規空母といったところだ。物静かな雰囲気がさらに物々しさを際立出せている。

 

「みずづきの年齢が23っていう・・・・」

「ああ、そのことですか。私2010年生まれですから、今年で23です。てっきり、私は何か皆さんの感に障ることを言ったのかと・・・・・・・・演習のこととか」

「そのことは気にせんでええっていゆたやろ? それより、23ってほんまなん? その、失礼やけど・・・・・」

 

黒潮は申しななさげにみずづきの全身を見回す。それを見て、何故一同が戸惑っていたのか納得する。みずづきが理解した真実とは少し違ったのだが。

 

「23にはとても見えない、って?」

「いや、その、うん・・・」

「別の嘘をついているわけじゃない。私は本当に23歳。だけど、正直、外見は艤装をはじめて受領した19歳のまま。一見すると不可思議の塊に見えるだろうけど、これにわけがあるの」

「わけ? わけって一体・・・。あなた、人間なんでしょう?」

 

怪訝そうに首を傾ける翔鶴の問い。なんとなく誰かに「君は神様?」と問われた時と重ねてしまい、妙な感傷を覚えるが、今は脇に置いておく。翔鶴たちにとって、それは当たり前の疑問だ。人間の成長が止まるなど絶対にありえない。いくらiPS細胞などの再生医療や遺伝子治療が革新的発展を遂げたからといって人間の成長を止めるなど、ほんの少し前までは幻想、妄想の類いであった。だが、それも日進月歩と言われる驚異的な科学の発達、正確には艦娘システムによって常識ではなくなった。

 

「そうです。もちろん、そうですよ。神様なんかじゃありませんからね!!」

「はいはい。・・・・相当、トラウマになってるようね」

 

同じ艦娘たちに向けた陽炎の独白。ご愁傷さまといった感じのそれを聞き、深雪たちはニヤつくがみずづきは一切気付かない。

 

「ただ、詳しくは機密やなんやらで私も知らないんですけど、艦娘システムと同期すると装着者の老化を司る遺伝子の働きを抑制するらしくて、成長が止まるんですよ」

「遺伝子なんとかはさっぱりだけど、要するに日本の艤装を纏う軍人はみんなあんたみたいに年齢と外見が一致しなくなるってこと?」

「飲み込みが早いね、陽炎。まあ、その通り。これもきちんと科学的に証明された事象。副作用もないって話だから、艦娘やそれ以外の軍人もほとんど気にしてない。若いままでいられる期間が増えるって、喜んでる人もいるぐらいだから・・・・ははは・・」

「はあ・・・・。なんか、もう、すごいね、未来の日本」

 

白雪の感嘆。一同もうんうんと同調する。川内もしかり。さっきのしおらしさは何処にいったのかと問いたいが、場の関心が自身に向いて川内から離れたため、彼女にとってはこれとない幸運だったようである。

 

「時間の流れというものの威力を知ってたつもりだったけど、だかだか20年弱と80年じゃなにもかもが違うのね。・・・・・・ねえ、みずづきさん?」

「は、はい」

 

儚げな声色。赤城の醸し出す雰囲気が明らかに変わった。それを察知すると自然に背筋が伸びる。陽炎たちも同様だ。薄々感じていたが赤城たちは気分でここに立ち寄ったわけではないらしい。ついに赤城たちがここへ立ち寄った目的、本題に入る。

 

「あなたは演習で、こちらの作戦通り電探のかく乱を受け、低空飛行によって近傍から襲撃を受けたにも関わらず、私たち空母の艦載機101機の猛攻を無傷で防ぎぎったわ。結局、あなたを危機に陥れたのは、艦載機と11隻の犠牲を経て肉薄した榛名さんだけでした。耳にタコができるほど聞いているでしょうが、私たちにとってあなたの力は常識外れです。でも、あなたたちにとってはその力は常識。・・・・・・・・そうでしょ?」

 

揺らいでいる瞳から紡がれた真剣な問い。醸し出される厳粛な雰囲気はここ限定で、少し離れた周囲では今でも愉快な宴が続行され、時折なんの不安も疑問もない笑い声が聞こえてくる。

 

「はい」

 

その雰囲気に微塵も影響されることなく、赤城と同様真剣に答えるみずづき。彼女たちのとって残酷な答えのはずなのに赤城の揺らぎは少し和らいだように見えた。

 

「そんな世界で、私たち空母や航空機は一体どうなっているのかしら? あなたのミサイルや主砲を見るに、その・・・・」

「やっぱり、そのことですか」

「気付いていたの?」

 

目を若干見開く赤城。だが、すぐに温和かつ冷静な表情に戻る。

 

「薄々ですけどね。でも普通に考えたら気になりますよ。赤城さんたちの気持ちはよく分かります。私もミサイルが飛んでいるハエみたいに叩き落とされて、訳の分からない未知の・・・ましてや思想も原理も検討がつかない攻撃方法でやられたら、自軍や護衛艦の行く末を案じますし」

 

張りつめた緊張感を緩めようとコップを仰ぐ。笑顔のみずづきを見て張りつめた糸が切れたのか、瑞鶴を除いて空母の3人は体の力を抜いた。

 

「全てお見通しだったわけですね。実のところ私も空母の未来が気になってしまって」

「すみません、翔鶴さん。赤城さんも・・・・。大事な航空隊を」

「いえいえ、とんでもない!! 妖精たちもけが1つないですし、落ち込むどころか、赤城航空隊にできて我々にできないわけがないって、前よりも闘志が燃えてますから」

「私の航空隊も同じです。隊長に追いつけ、追い越せっ!!!て、もう・・・ふふっ。みずづきさんとの演習がいい刺激になったみたいで」

「それなら、良かったです。しかし、あの芸当が広がるのは恐怖ですね・・・」

「確かに航空機にも簡単にあたる砲をよけちまうやつは恐怖だけどよ。俺たちにしてみれば、みずづきの色んな芸当の方がもっと恐怖だぜ?」

「で、ですよね~。でも、赤城航空隊の隊長機がよけたあれ、音速越えの目標にも当たる代物なんだよ?」

「ぶっ! ゲホッ、ゴホッ!! お、おおおお、音速ぅぅ!?」

 

飲みかけたジュースが変に喉で暴れ、苦しみながら絶叫する深雪。演習前のあの日、漆原とここ橙野で打ち合わせをした加賀・瑞鶴は特段の反応は示さないが、他の艦娘たちは文字通り驚きのあまり固まっている。

 

「えっと、えっと、お、音速って確か、音が伝わる速さだから・・・えっと・・」

「だいだい時速1300km。秒速に直すと、約340m。私たちはおろか、長門や金剛が持ってる大口径主砲の初速より速い」

「・・・・・・・・・・・・は」

 

バタンっ。

 

「ちょ、ちょっと、うえぇぇ!! み、深雪ちゃん!! ちょっと、しっかりして!!!」

 

ジュースが入ったコップを絶妙に死守しながら、畳にダイブする深雪。「はははは」と満面の笑みでそれなのだから、あまりにもシュールすぎる。本人は気付いていないだろうが、動転しながら深雪にとりついている白雪もそのシュールさを際立てている張本人なのだが、深雪の姉である以上、心配でそんなことを思う余裕はないのだろう。そうこうしているうちに金剛のおもちゃとなっていた吹雪型駆逐艦の長姉である吹雪までもが「どうしたの!?」とコップを持ったまま駆け寄ってくる。

 

「・・・・・・・・・」

 

伝播する沈黙。少し真剣な空気になりかけての“これ”なのだから、その空気に向かい合おうとしていた身としてはなんだかすごく気まずい。そして、どうしていいか分からない。対応策の当てにしようと赤城たちを見るが彼女たちも同じようだった。

 

すぐ近くで繰り広げられる駆逐艦たちの一コント。周囲がそうで、みずづきたちもそれに意識を持っていかれていたため、少し気が緩んでしまったのだろう。

 

不意に瑞鶴が口を開いた。

 

「そんなのに勝ってこないのよ。同じ土俵に立ってたはずの、アメリカ軍の新型信管にすら同じ目にあわされたんだから・・・・・・。それとは時代も、思想も、次元も違う兵装の前に私たちなんて・・・・・・・」

 

打ち上げが始まってから初めて聞く瑞鶴の消え入りそうな声。そこにいつも加賀と仲良し漫才を繰り広げている活気はどこにもなかった。沈んだ声色に、いつもとは比較にならないほど小さい声量。室内の喧騒に紛れてしまいそうだが、その声は不思議とはっきり聞こえた。まるで別人のような雰囲気。加賀にも聞こえていたようで視線を向けるものの無反応。そんな瑞鶴には一種の奇怪さを覚える。何故そうなっているのか。それを考えていると「アメリカ軍の新型信管」という言葉が妙に頭に残る。その言葉と「瑞鶴」は無関係ではない。いや、むしろ因縁と呼べるほどの太く固い繋がりが存在した。

 

 

 

マリアナ沖海戦。

 

 

 

「皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ」。

 

 

アジア・太平洋戦争末期の1944年(昭和19年)6月19、20日。アメリカの規格外の経済力に押され戦局が急速に悪化する中、掲げられたZ旗が示す通り、この戦いは文字通り日本の命運をかけた天王山であった。大日本帝国の絶対国防戦を撤下せんとマリアナ諸島に侵攻するアメリカ軍とそれを阻止し、マリアナ諸島の死守を目指す日本海軍。絶対に譲れない目的を持ったもの同士が、総力をもって激突した。

 

しかし、結果は日本の惨敗。血潮と国民の血税を総動員して造り上げ、数々の激戦をくぐり抜けてきた主戦力の空母機動部隊を投入したにも関わらず、誤魔化しようもない、完敗であった。大鳳、翔鶴、飛鷹、そして作戦に参加した機動部隊・基地航空隊の航空機と搭乗員の大半を喪失。機動部隊はおろか基地航空隊さえも壊滅し、西太平洋の制海・制空権は完全にアメリカの手に渡ってしまった。また、マリアナ諸島が陥落したことにより絶対国防圏は崩壊。そこから飛び立ったB29はなんの罪のない一般市民の頭上から無差別に爆撃を加え、原爆を落とし、日本の都市を焦土へと変えた。まとまった戦力を失い国土を徹底的に焼かれた追い詰められた日本は結果、持久戦や特攻に活路を見出し「狂気」を「正気」にしてまで、絶望的な戦いへ・・・「死」を前提に突き進んでいった。

 

それらの悲劇を惹起する結果となったマリアナ沖海戦では、零戦の長大な航続距離を生かしたアウトレンジ戦法を取った日本のあまりの敗走ぶりが、レーダーによる対空迎撃態勢を構築し大した損害もなく快勝したアメリカ海軍から「マリアナの七面鳥落とし」と揶揄された。

 

それぐらいみずづきでも知っている「歴史」だ。それと今の瑞鶴になんらかの関係性を見出すことはかなり容易だった。彼女が艦だったころをどのように感じ記憶しているんか一介の人間には想像のしようもない。だが、彼女の様子を見る限り、かけがえのない存在が虫けらのように駆逐されていく光景の衝撃は人間と大差なかったのだろう。

 

「瑞鶴さん、どうぞ」

 

みずづきは座卓の端に置いてあったコップを瑞鶴に渡し、オレンジジュースを注ぐ。その次に自分のコップだ。

 

「・・・どうも」

「いえいえ」

 

飲めと言わんばかりにみずづきは勢いよく、ジュースを口に流し込む。それの影響か瑞鶴も、みずづきほどではないがジュースに口をつける。

 

「瑞鶴さん? 私たち護衛艦が、いや私たちの世界の軍艦があれほどの戦闘力を持つにいった理由はなんだと思いますか?」

 

瑞鶴の手がピタリと止まる。瑞鶴は答えない。

 

「単純な話ですよ。それだけの力を持たなければ、艦を守れないし戦闘に勝てなくなったから。ただ、それだけです」

 

そんなことは分かってる。瑞鶴は少しイラついた様子でそのような雰囲気を放っている。そりゃそうだろう。相手はエンガノ岬沖海戦にて没するまで激動の太平洋を駆け巡った正規空母。戦闘における知識は比較するのもおこがましい。だが・・・・・・。

 

「瑞鶴さんはなにか見落としてませんか?」

 

しっかりと合わせられる両者の視線。

 

「瑞鶴さんの頭の中で、私にやられてるのはどんな機体ですか? 間違っていたら全力で謝りますけど、零戦や天山・彗星みたいなレシプロ機じゃないですか?」

 

瑞鶴の目が大きく瞠る。心の中でなんと叫んでいるか、いちいち聞かなくても分かってしまう反応だ。

 

「はっきりいいますけど、21世紀にそんな時代遅れのレシプロ機を第一線で運用している国家はどんな貧困国でもありません。日進月歩の技術革新から飛行機のみが取り残されるわけがないでしょ。それどころか、飛行機・・・戦闘機こそそれが惜しみなく反映されるものと瑞鶴さんは身をもって知っているはずです。日本は明治維新まで近代科学とは無縁でいながら、あの零戦を開発したんですから」

「じゃ、じゃあ、マリアナのようなことは・・・・」

「ありえません! 逆に船の方が危ないですよ。現代の戦闘機は音速越えで対空・対地レーダーを装備し、ミサイルが主兵装となっています。かつて航空自衛隊が配備していたF-2支援戦闘機・・・まあ攻撃機ですが、これは赤城さんたちに撃った対艦ミサイルを最大4発搭載可能でした」

 

外野から驚嘆の声(ぶっ倒れた艦娘らしき声も)が聞こえるが、今は目の前に集中だ。

 

「一機で4発です。4発ですよ!! それは迎撃したり、妨害電波浴びせない限り、よほど馬鹿な部品を使った二流品でなければ絶対に命中します。そんなのや私のように百数十kmの射程を持つ対艦ミサイルを積んでいる軍艦とやり合うのが、21世紀の世界です。私ぐらいの能力がなければ、そもそも作戦を遂行すらできずハチの巣にされますよ。だから、決して航空機が廃れたとか、あのがそこかしこで再現される世界だということはありません。戦闘機は21世紀でも海軍の主要敵です」

「じゃあ、空母は? 空母はどうなってるの!!」

 

みるみるうちに瑞鶴の雰囲気が見知ったものに戻っていく。しなびていたツインテールも艶と張りを取り戻している。瑞鶴の精神状態をそのまま反映しているようだ。その様子に、隣で経過を見守っていた加賀があきれたようなため息。だが、憑きものがとれたように清々しい笑みを浮かべていることに気付かない者はいないだろう。

 

「空母も第二次世界大戦期から位置づけは変わっていません。海上でなされる作戦行動において、唯一無二の存在です。搭載する機体がレシプロ機からジェット戦闘機になって、ジェット戦闘機を発艦するために甲板が木からアスファルトになったり、レーダーがついたりと構造的は変わってますけどね。下手をすれば国家が傾くほどお金がかかる点も相変わらずです」

「そう、そうなのね。・・・・・良かったぁ~。な~~んだ、心配して損したかも」

 

肺から絞り出されるような安堵。それを見て、赤城や翔鶴も嬉しそうだ。瑞鶴の目元に浮かぶ光。さりげなくそれを拭う姿に悲壮感は微塵も残っていなかった。

 

「はあ・・・・。まったく、人騒がせなこと。あなたは大戦末期までいたんだから、それぐらい想像つくでしょうに。早とちりして、勝手に落ち込んで、みんなに迷惑をかけるなんて空母の恥さらしね。これだから、五航戦は」

「はい??? というか・・・・・、私がいつもの調子じゃないからって、散々言ってきたましたよね?? 全部聞いてたんだから!! 今日という今日は、老いぼれ一航戦に五航戦の力を!!!」

「やっぱり、こうなるんですね。初めて見た時は度肝を抜かれましたが、今となってはここの風物詩という感傷にすっかり染まっちゃいました」

「ありがとうございます、みずづきさん。妹を励まして頂いて」

「私からも加賀さんの分を含めてお礼を言わせてもうわ、みずづきさん。本当にありがとう」

「いえいえ、そんな大層なことはっ! あ、頭をあげて下さいっ!!」

「私たちも少なからず、瑞鶴と共通の懸念を抱いてましたから、いいお話を聞けました。ところで・・・・」

「ん?」

 

赤城が自身の真後ろを指さした。マッハで逃げ出したい欲求に駆られるが、逃げ出してもマッハで追いかけてくるだろうとほんの少しだけ残っている冷静な自分が、非情なツッコミを入れてくる。一理ありと頭では分かっても、あの地獄をしぶしぶ受け入れる気にはなれないのだ。しかし、無言の圧力が背中に襲い掛かる。意を決し、ギギギという効果音がぴったりの鈍い動作で真後ろへ顔を向ける。

 

「・・・・・・・・・・」

「彼女たちもあなたに聞きたいことがあるみたいだから、よくしてあげて」

「ありがとうございます、赤城さん!!! 今か今かと機会を窺ってましたけど、それが今、やっと、遂に来たぁぁぁ!! さぁ、みずづき? 瑞鶴さんにいったような熱い話を聞かせて!!」

 

そこには好奇心に目をぎらつかせた夕張とその配下の暁・響・雷・電、そしてみずづきに「クマ~」と合掌する球磨がいた。歓迎会の再来が確定した瞬間だ。

 

「・・・・・・・お気の毒」

「夕張さんもみずづきが好きやなぁ~」

「当然でしょ。あの実験・新しい物好きの夕張さんが、みずづきを見逃すはずがないわ。でも・・・」

「歓迎会の時と、全く同じ流れ・・・・・」

「こういうのなっていうんだっけな、今見てる光景に対して前も見たな~っていう感覚。えっと・・・・」

『既視感』

 

深雪以外の4人が見事な連携プレーを見せる。モヤモヤ感が消えたことと目の前で起こった奇跡に大興奮だ。

 

「すげぇ! すげぇ!! さすが第3水雷戦隊だぜ!! 俺たちの絆は砲撃でもちぎれないぜ」

「まったく、調子のいいことを・・・・・・・・さっき、みずづきの言葉ぐらいで卒倒してたくせに」

 

深雪を小馬鹿にしながら、さりげなくみずづきに向けられる視線。彼女は暁たちにまとわりつかれた挙句、壁際に追い込まれ夕張に迫られている。「死に行け!!」という上官に対し「いやぁぁぁ!!」と絶望に暮れる新兵のように無我夢中で抵抗する姿は素だ。どこにも影はない。

 

「この間のは一体・・・・・」

「どうしたの? 陽炎ちゃん?」

「いや、なんでも」

 

あまりに小さすぎる独白。喧騒に包まれている室内では、どれだけ近くにいようと本人にしか聞こえない。

 

 

――――――

 

 

 

「・・・・・・・平和ですね」

「ああ、平和だな」

 

大広間全てに広がる温かな喧騒。ある者は爆笑し、ある者はある者をからかい、ある者はからかいに怒り、ある者は血相を変えて逃げ回る。本人たちにとっては「何が平和だ!!」と決死の抵抗を示しそうな輩もごくわずかに存在するが、それを含めての平和であり、温かさだ。傍観者としてはつい笑みをこぼしてしまう。

 

「これから、どうする?」

 

周囲に警戒心を張り巡らせることもなく、ましてやとげのある口調でもない。「飯でも食いに行くか」程度の軽い雰囲気で筆端が問いかけてくる。主語がないため、傍から聞けば・・・・「恋人の有無」を川合に問い詰められている西岡あたりが聞けば、何の話か分からないだろう。しかし百石は十分彼の意図を理解していた。なので、すぐに答えたいのだが・・・・・・・。

 

「大佐・・・・飲んでませんよね?」

 

普段と同じテンションなのだが、若干高いようにも見受けられたので、苦笑しながら筆端に確認をとる。

 

「で、どうなんだ? 西岡? かわいい、これ彼女いるのか? いないのか?」

「ですから、何度も言っているではありませんか! 俺に恋人はいませんって!」

「本当か?? 兵学校あがりのやつはたいてい囲ってるもんだがな? 帰省するたんびに同じ高校の女子からたんまり恋文、もらったんじゃないのか?」

「俺だって、その・・・・欲しかったですよ、男ですから。でも・・・・・うぅ」

「何の話デスカーーーーー!!」

「うわ!! こ、金剛さん!! 一体どこから・・・・」

「ずっと、いたずらを仕掛けるガキみたいな顔して機会を覗ってたよ、お前の後ろで。まったく・・・」

 

等々・・・・。

 

「大佐は飲んでおられないだろうが、顔の赤さでいえば西岡の方が・・・・」

「あははは。そうですね」

 

いきなり、金剛が真横に姿を現したため、顔を真っ赤に染め上げ真下の畳に視線を固定する西岡。初心な反応にもほどがある。艦娘たちは美貌の持ち主も多く、それぞれに愛嬌があるため同情の余地もあるが、彼は海軍兵学校あがりの立派な青年なのだ。まぁ、奥手な性格であるが故に、艦娘たちと日常的に関わる横須賀鎮守府配属になったのかもしれないが。

 

その光景が、自身に課せられ、自身にしか担えない責務の重さを痛感させる。

 

「・・・・・・・私には、ますますの精進が必要です」

 

軽さなど吹き飛ばし、真剣な口調で、先ほどの筆端の問いに答える。筆端は金剛に弄ばれる西岡というコメディーを眺め、無反応。だが、彼が意識をこちらに向けていることは分かっていた。だから、言葉を続ける。

 

「みずづきという強大な力を手にしたことで、横須賀鎮守府は今後、大本営の南下政策に伴う攻勢作戦や戦略的に価値の高い船団護衛などへの参加をこれまで以上に求められるでしょう。ですが、演習で思い知らされましたが今の状態では私たちとみずづきの技術格差がありすぎて力をフルに活用できません。部下の状態、自部隊の状況を全て把握し、それを基に最良の指揮をとり、作戦を立てることが部下の命を預かる指揮官の責務です。それを全うし、この国に“本当”の平和を取り戻すために、私は・・・・・」

「お前の言う通りだよ、百石」

 

こちらへ向き、先輩らしい風格ある笑顔。だが、すぐに視線を金剛や西岡たちの方へ戻す。そちらの騒ぎはまだ続いていた。

 

「みずづきの力を目の当たりにして、恐怖に震えている輩もいる。だが、俺たちのやることはそうじゃない。・・・・・・・・彼女たちと共に歩んでいくこと。ただ、それだけだ。俺も当然ながらお手伝いさせていただきますよ? 百石司令長官殿」

 

ニヤつきながら、筆端はこちらに向かって力の抜いた敬礼をかます。それにこちらも答礼すると、筆端と同時に吹き出してしまう。盛大に笑い合う2人。それに聞きつけ、信頼する部下たちに囲まれるのにそう時間はかからなかった。

 

 

~~~~~~~

 

 

「ふう~。やっと解放された・・・・・・。長門さんには後でお礼を言っておかないと」

 

大広間と打って変わって、静寂と橙野の提灯や街灯に支配された世界。息も絶え絶えにやっと自由の身になったが数度にわたる攻防戦で火照った体に室内の熱気はきつく、こうして休憩がてら橙野の外に涼みに来ていた。座っているベンチの冷たさといい、海風の爽やかさといい、いつもなら不快に思うが今は幸福の調味料だ。空に一面の星空が広っていればさらに最高だったのだが、あいにくもうそろそろ梅雨入りという過酷な事実を感じずにはいられない空模様だ。時々雲の隙間から星が覗くこともあるものの、彼らと共に夜空を彩る月は現在、新月となっているため影も形もない。それに若干の寂しさを覚えていると、こちらへ近づいてくる気配を察知する。誰かと思い、顔を向けた先には曙がいた。

 

「曙さ・・・、曙? どうしたの?」

 

初対面の印象が他の艦娘たちより強いせいか、口調が一瞬昔に逆戻りしてしまいそうになる。この間もこれを一度やって、曙の機嫌を斜めにしたのだ。曙との会話も吹雪や黒潮たちと同じく以前は敬語であったが今はため口である。いつも不機嫌そうでひとたび怒れば厄介という先入観がいつの間に形成されていたためこちらから一歩を踏み出せず、先にため口を提案したのは曙だった。彼女としても周囲の駆逐艦たちとみずづきの親密化に置いていかれるのはさすがに寂しく、また自身と他の艦娘の間に壁ができることを嫌ったのだろう。

 

曙はみずづきに声をかけられるが反応を示さない。いつもならどんなに不機嫌でも何かしらの反応を示すのだが、今日は全くない。それどころかいつもの刺々しい雰囲気もレベルが低いように感じる。不思議に思い表情を窺うが、至っていつも通りだった。

 

再び声を上げようとするが、口は開かない。威圧感というほどでもないのだが、声をかけないほうが良いように感じるのだ。心の中で首をひねってると、曙の顔がみずづきに向けられる。直視されたため、不意に緊張してしまい、口のチャックが閉まる。

 

しばしの沈黙。

 

「あんた、楽しかった?」

「えっ・・・・」

 

唐突かつ突飛な言葉。あまりに突然だったので咀嚼に時間がかかり、一間が空く。

 

「だ・か・ら! 打ち上げ、楽しかったって聞いてるのよ!!」

 

反射的になんの思惑もなく「どうしたの? いきなり」と聞いてしまそうになったが、馬鹿にされたと受け取り叫び散らす曙がこれでもかというほど思い浮かんだため、気合で飲み込む。

 

「う、うん。楽しかったよ。・・・・・夕張さんの好奇心は勘弁だけど・・・」

「あ~」

 

脳裏に浮かぶ、ついさきほどまで繰り広げられていた決死の戦い。あれほど、その場にいながら真剣に会話の方向を明後日の方向に流そうとしたのは、この世界に来て初めてだ。それがいかに過酷であったか、実際に追い詰められるみずづきを視野の隅に置いていた曙も理解したようで、気まずそうにほほをかく。反応から察するに、曙もみずづきと同じ立場に立ってことがあるのではなかろうか。

 

その疑問を視線に乗せて曙を凝視するものの、彼女は目を逸らしつつ隣の空いているスペースに腰を降ろす。その衝撃でふわりと柔らかさを示すように舞う艶やかな髪に意識を奪われる。が、彼女がこちらの意図を理解しつつ無視していることは容易に分かった。

 

そして、再び訪れた沈黙。痛々しいものになるかと身構えたのも一瞬、これは落ち着くタイプの沈黙だ。

 

時折吹く風によって生じる木々の葉がこすれ合う音。全くの暗闇で聞いたなら不気味さを増すBGMと化すが、すぐ近くに煌々と闇を照らす「橙野」があり、気分が高揚した状態では心地よく感じる。自然のBGMを楽しんでいると不意に隣から声が聞こえた。

 

「どう、思う?」

「え?」

 

主語がないため、何を言いたいのかサッパリ分からない。曙は一瞬、眉間にしわをよしたが、すぐに次の言葉を発した。

 

「あの中で、騒いでる連中のこと、どう思う?」

 

相変わらずの厳しい表情のまま、橙野を指さす曙。あの中では今でも、どんちゃん騒ぎが続けられている。時々、壁や窓を突き破って、個人名を特定できる声が聞こえてくるほどだ。

 

「ど、どう思うって・・・・・・」

 

街灯と橙野によって曙の真剣な表情ははっきりと照らし出されている。有無を言わさぬ視線。主語が出てきたものの彼女の真意は全く分からなかったが、絶対に答えなければないらいということだけは分かった。同時に中途半端な誤魔化しや嘘は悪手であることも。曙にとって、これは大事な問いなのだろう。ならば、変な詮索などせず自分の素直な気持ちを伝えるだけだ。

 

「うん・・・・。すっっごく、いい人たちだと思うよ!!!」

 

 

 

だから、示した。自分が彼女たちを、彼らをどう思っているのか。満面の笑みで。

 

 

 

こういう答え方は予想外だったのか、目を大きく瞠る曙。

 

「この世界に来た時は、状況を把握するのでいっぱいいっぱいだったけど、やっぱりどのような扱いを受けるか不安もあった。研究所に連行された解剖なんて映画とかだとお約束だったしね。でも、そんなことは一切されず、その・・・・・・怒りのあまりぶっ放しても、おとがめなしで済んだ。ここの人たちには感謝してもしてもしきれないよ。もちろん、曙にもね」

「は? なに言ってるのよあんた。一体どうし・・」

「みずづきー!! 曙ー!! こんなところで何してるのよ?」

 

曙が訝し気な瞳でみずづきに発言の真意を確かめようとした時、橙野の方から声がかかる。

 

「見ないと思ったら、こんなところにいたのね・・」

 

短めのツインテールを上下させながら、近づいてくる。もともとオレンジ色の髪は「橙野」の軒先に吊るされている提灯の淡橙色を受け、明度をいつも以上に高めていた。

 

「陽炎。どうしたの? 白雪たちと話してたんじゃ・・」

「さすがにあれだけ騒ぐと暑くてね。涼みに来たってわけ」

 

服の胸元をつまみ、掌で風を送り込む陽炎。よく見ると額がきらきらとわずかに光っている。表情を覗うと本当に暑そうだ。

 

「みずづきは夕張さんの件があるから納得いくけど・・・・。曙はなんでこんなところにいるのよ」

 

陽炎の、それこそ何気ない問いかけに一瞬、視線を下げる曙。だが、それは幻覚とでもいうようにいつも通りの不機嫌さを見せる。

 

「・・・・・・別に、あんたたちが醸し出す空気に付き合いきれなくなっただけ」

 

そういうとまるでジャンプするかのように勢いよく立上り、その場を去ろうとする。全く予想外の行動に慌てて「待ってよ」と声をかけようとする。

 

陽炎が現れる直前に言おうとした言葉。それをまだ曙に伝えていないのだ。あそこまで言ったのだから、ここでお開きにするのは後味が悪い。

 

「待ちなさいよ。せっかく3人集まったんだからもう少しおしゃべりぐらい・・・」

 

そう思ったのだが、反応速度はわずかに陽炎の方が早かったため彼女が先に声をかける形となってしまった。陽炎としても、そういう反応をすることが解せなかったようだ。曙は決して人見知りなどではなく、ましてや普段の言葉通り心の中まで他人を卑下しているようなろくでなしでもない。ぶっきらぼうで扱いづらいとはいえ友人を大切に思い信頼している子が曙だ。みずづきも歓迎会時は少し警戒したのだが、彼女とふれあい、また吹雪や黒潮たちから話を聞く内のその無駄な警戒心は解いていた。

 

だから、陽炎の問いかけを邪魔するようなことはしなかった。ただ、静かにことの成り行きを見守るのみ。

 

しかし、二人が待っていた応答は返ってこない。その代わり、なのだろうか。

 

曙は、敵を・・・少なくとも味方でないもの見る目で、陽炎を睨んでいた。

 

睨まれた陽炎は分からないとばかりに、「な、なによ」と額の汗を増やす。潮の香りをのせた風が木々を、そしておのおのの髪の毛を揺らしてもなお、曙の視線は減衰しなかった。

 

「・・・・ふんっ」

 

呆然とするこちらに構うことなく背中を向けた曙。足早に立ち去る後ろ姿に二人とも声をかけられない。そして・・・。

 

「行っちゃった・・・・」

 

曙の姿は建物の陰に吸い込まれていった。

 

「か、陽炎? なんか、曙を怒らせるようなことしたの?」

 

必然的に浮かんだ疑問を隣で首をかしげる陽炎にぶつける。一瞬、「私、何かしたのかな?」と思ったりもしたが、陽炎を睨んでいたことから考えるとその線はなさそうだった。しかし、陽炎は「ないないない」と必死に全面否定。

 

「んじゃ、一体・・・・」

 

曙ならおふざけの領域でしそうだが、今回の反応はマジのような気がするのだ。

 

それにしても・・・・・・。

 

「あ~あ、最後まで言えなかったなぁ~~」

 

そうなのだ。あの言葉を最後まで言えなかったのだ。言えなかったから不利益になるなどはないが、心の中にモヤモヤが残ってしまった。

 

「ん? 何? 言えなかったって?」

 

興味津々といった様子で陽炎が耳を傾けてくる。なにも隠すようなことではないので、正直に心情を吐露した。

 

「いや、さっき曙にあの中で騒いでる連中のことどう思うかって、聞かれたんだけど・・・・」

「へぇー。曙にしてはまともじゃん」

「まともって、今の聞いたら確実に曙怒るよ? ・・・本当に、なにもしてないの?」

「だから、してないってば! 私、そこまでバカじゃないから!」

 

ドンっという効果音が付きそうなほど、大きく胸を張る。

 

「それでそれで、あんたなんて答えたの? 私もそれ聞きたいな」

「もちろん、すごくいい人たちって答えたよ? いろいろお世話になったからね。無論、陽炎にもね」

 

笑顔をたたえて言うと、陽炎は照れ臭そうに首を撫でる。顔を若干赤みを増していた。

 

「これを曙にも伝えようとしたんだけど・・・」

「なるほどね。私、タイミングが悪かったわね・・・・・。でも、それ、出来るだけ早くきちんと曙に伝えてあげて。・・・・・・きっと、あいつも喜ぶと思う」

 

笑顔の陽炎。そんな顔で言われたら、うやむやにすることなど良心が許さない。明日にでも会ったら伝えようと思うが、みずづきの頭には陽炎を睨む曙の顔がこびりついて離れなかった。




今話は久しぶりに艦娘たちが主体のお話となりました。(口調、あってるかな・・・・)

個人的にはこうした和気あいあいの話も好きなんですが、シリアスも捨てがたい・・・。

っと、先週投稿のお話について、読者の方から指摘があったので少しご報告させて頂きます。


”みずづきは、ただの護衛艦・・・・瑞穂側か見れば軽巡洋艦、非常に低く見ても駆逐艦なのだ。”

・・・の後で、百石たちが「みずづきの非装甲」に驚いている描写があります。第二次世界大戦当時の大日本帝国海軍の軽巡洋艦は阿賀野型を除いて、駆逐艦たちと同じく非装甲です。

・・・・これだけだと明らかに矛盾しますよね(汗)。なので、ご指摘をいただいたしだいですが、瑞穂海軍の軽巡洋艦は「装甲あり」です!
作者の頭の中で「瑞穂海軍がつくっている軽巡は阿賀野型のように装甲あり」と勝手に考えて文字にしていました。そのため、少々舌足らずな書き方となってしまいました。(指摘を頂くまで、軽巡には装甲があるものと認識していたことは秘密です・・・・・)

続きましては「夢」シリーズの第三段です。

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