水面に映る月   作:金づち水兵

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日本側での物語も最後です。

1話の時点で「ここから本編です!」と言いましたが、ここまでの3話は本編の中の前哨戦といった位置づけです。

それにしては長いと思われるかもしれませんが、思うままに書いていたらいつもまにかこんな文量になっていました。

では、どうぞ。


3話 5.26 日向灘事件 後編

太陽が水平線に近づき、星たちが登場を準備している空。そして、夜が一足早く訪れたかのように黒々としている海。みずづきはそこで、抑えても流れてくる涙をぬぐっていた。

 

 

結果から言おう。奇跡は、起きた。しかし、奇跡によってもたらされた現実は残酷だった。

 

 

頭の中で、知山の言葉が何度も何度も反響する。それと同時に、知山と出会ってからの思い出も・・・・。

 

 

“みずづき、最後の命令だ。必ず生きて故郷に家族のもとに帰れ。絶対に死ぬんじゃないぞ・・”

 

“今までこんなむさ苦しい男の指示によくついてきてくれたな・・・。ありがとう。そんで約束守れなくて

ごめんな。どっちも・・・”

 

 

約束。

 

 

“俺は絶対先に逝ったりしないし、裏切ったりもしない。こう見えてもしぶとい。精神は外見通りなんでとても部下をおとしめるような図太さは、ない! だから君が退役する姿を見届ける。約束だ。・・・ん? これ、もしかしてフラグか!?”

 

“今度の作戦が終わったら、俺の持っている配給券でお前たちの好きなものおごってやるよ。だから、絶対成功させてここに帰ってくるぞ、いいな? 但し、誰かさんみたいに俺を猫型ロボットと勘違いしているような真似はすんなよ。・・・・って、こら! おきなみ!! 舌打ちするな!!! お前は俺の配給券をなんだと思ってやがる~!!!”

 

 

昨日まで当たり前だった、日常の光景。それをこんな風に思い出すことになるなんて、全く考えていなかった・・・・ 

 

それに、言えなかった。今までことあるごとに思っていたのに、素直になれずほとんど伝えていなかった言葉。

 

ありがとうございました・・・・っと。

 

ついに、伝えられなかった。

 

 

みずづきはここが戦場であると分かっているのに、涙で目がかすみ、悲しみで心が支配される。いくら人の死を見ても、いくら親しい人の死に直面しても、こればかりは慣れない。

 

 

 

 

 

それが、彼女の運命を決める。

 

 

 

 

 

 

敵がこの機会を逃すはずもない。潜望鏡を下げ、命中の確信を抱いて魚雷を発射する。

 

「っ!?」

 

(ソナーに感。数2.魚雷がまっすぐ本艦に向け・・・!!!)

まぶたに溜まる涙を強引にぬぐい、意識の切り替えを図る。しかし、時すでに遅し。戦術情報システムが各種センサーの情報から直撃すると判断し、警報を鳴らす。回避しようとするが、もうすぐそこだ。

 

「なんで・・・・」

 

魚雷が命中する刹那、みずづきは当然の疑問を口にする。さきほどの戦闘で敵は殲滅したはず。撃ち漏らしがいたなら、その後の捜索で見つからないはずがないのだ。変音層も消え、捜索も順調だった。しかし、敵は、みずづきの真後ろにいた。船底ソナーなら探知できない可能性もあるが、曳航ソナーも探知していなかった。

(いや、待って・・・・。まさか・・)

ソナーには自艦が放つスクリュー音などの騒音やセンサー表面と水との摩擦音をカットし、探知精度を向上させるため、近距離反射低減(TVG)機能が備わっている。敵が想定以上に近い位置にいると、ソナー自身が探知していたとしてもノイズとして処理されるのだ。また、このような状況下では、味方のソナーが例え敵の反応を探知していたとしても最寄りの味方の音紋と判断され、敵と識別されない。仮に至近で潜望鏡をあげていたとしても、まいかぜ型のように潜望鏡探知レーダーを装備していないみずづきにはレーダーによる発見は困難であり、夕暮れ時という時間帯では目視による発見も厳しい。

 

しかし、そうだとしてもどこから敵がわいてきたのか。そして、みずづきは思い出す。敵の反応がunknownだったことを。それを考慮し、一つの推測が浮かぶ。

 

「2隻が1隻に化けていた?」

 

敵もヒト型。身を寄せ合えばそのような芸当も不可能ではない。1隻がおとりとなり、こちらが回避と攻撃に集中しているごく短時間の間にもう1隻がみずづき搭載ソナーの近距離反射低減(TVG)機能が有効な距離まで近づく。

 

「やっぱり、こいつら・・・今までの敵と全然格が・・・」

 

違う。そう叫びかけた途端、全身を衝撃と激痛が襲う。魚雷の爆発音が周囲に轟き、水柱があがる。しかし、みずづきは海底に引き込まれることなく、二本の足で立っていた。しかし、その姿はボロボロだ。制服は焼け焦げ、至るところから血がにじみ、わずかに残っている無事な制服を赤く染めていく。艤装もかなりの損害が見受けられるが、とりあえず沈みはしなかった。

 

「くっ・・。よ、よかった・・・・」

 

敵の放った魚雷は2発。しかし、みずづきに命中したのは1発だけ。深度の調定が甘く、みずづきの足元をかすめていったのだ。もし、2発とも命中していれば魚のエサになっていただろう。装甲がないに等しい現代の戦闘艦は何発もの魚雷やミサイルには耐えられない。それは、艦娘たちも同様だ。

 

みずづきは全身を駆け巡る激痛に耐え、被害を確認するが状況は最悪だ。被弾による衝撃でセンサー類や精密機器が破損し戦闘指揮システムがエラーを吐き出しているため、自律攻撃が可能な主砲と20mmCIWS以外の武器が使用不能に陥っていた。加えて、機関も損傷し速力が大幅に低下していた。このままでは航行不能も時間の問題だ。

 

「大破、か・・・・。このままじゃ・・・ただの、的じゃない・・・」

 

もはや、みずづきだけで敵に反抗することは不可能だ。頼みの綱のロクマルやがげろうとも通信機器が全てダウンしたため連絡が取れない。ロクマルには人工知能(AI)が搭載されているが完全自律型ではなく、あくまで行動の前提には母艦の命令が必要なのだ。そのため、ロクマルは今も真面目に離れた海域で哨戒活動を行っているはずだ。そんな孤立無縁の状態で再び攻撃を受ければ待つのは、死。しかし、大切な上官の危機をかげろうが気付かないはずがない。時間の経過とともに傾斜を増している「たかなわ」の後部、その奥から一筋の光が噴煙を上げつつこちらへ飛翔してくる。それに思わずみずづきは目を見開くが、同時に絶体絶命の危機に歪んでいた表情が少しばかり緩む。

 

「あれは・・・・VLA!? かげろう・・」

 

VLA、07式対潜ロケットは目標上空に達すると空中で分離し、搭載されている12式魚雷はパラシュートによってゆっくりと着水し、すぐさま己の目標へ向かって突き進んでいく。こうなれば、こっちのものだ。逃走を試みる敵に12式魚雷はたやすく追いつき、爆薬を起爆させ海の藻屑へと変える。海面にたちのぼる水柱。それを見つめていると、遠くから聞きなれた声が聞こえる。

 

「み・・・・・隊・・・・・!!」

 

その方向に顔を向けると血相を変えてこちらへやってくるかげろうの姿が見える。応じたいのだが、大きな声が出せない。

 

「みずづき隊長!! 大丈夫ですか!?」

「かげろ、う・・・ありがとう・・おかげで助かっ・・た」

 

みずづきは痛みに負けじと無理な笑顔を浮かべ、部下の心配を少しでも緩和させようとする。しかし、それは逆効果にしかならない。かげろうはみづずきの笑顔とボロボロになった姿を見て、更に表情を硬くする。それに気付きつつも、今は自身の状態に構っている暇はないのだ。12式魚雷の爆発によって発生した水柱はすでに収まっている。至近のためロクマルを呼び戻さず目視での確認を行う。

 

「多数の浮遊物・・」

「ソナーにも敵潜水艦の圧壊音収束以降、反応はありません」

 

敵潜水艦は撃沈したとみて間違いない。しかし、まだ気は抜けない。

 

「そっちはうまくやったみたいだけど・・・どうだった?」

 

みずづきは痛みと格闘しながらも、自身の抱いた確信が正しいのか確かめる。もし、それが正しければ至近で残骸となり浮かんでいる敵も含めて新手が3隻いるはずなのだ。

 

「ご推察の通り、私にも1隻仕掛けてきました」

 

かげろうはそう言うと、その時の状況を報告する。どうやら敵はみずづきと同じように超至近距離からの必殺一撃を狙っていたようだ。だが、かげろうがほぼ停船してしまった「たかわな」を迂回するように右へ舵を切り速力を上げたため、TVG(近距離反射低減機能)で処理される範囲外から出てしまい、ソナーがばっちり捕捉したらしい。くしくもそれはみづずき被弾の報とほぼ同時となってしまったが、きちんと敵は葬ってくれた。

 

「と、いうことは・・・」

「はい。私たちの推測が正しければ、確実にあと1隻います」

 

かげろうも敵の常識破りな戦闘行動を目の当たりにし、みずづきと同様の結論に達していた。今回の敵は明らかにこちら側の戦術・兵器の性能を熟知している。実際、ソナーの性能を担保する機能が逆手に取られ、みずづきが大破してしまった。

 

敵の「進化」に冷たい汗を流していると、哨戒を行っているはずのロクマルが一直線にみずづきへ向かってくる。

 

「ん? ・・・しまった。燃料がやばいんだった・・どうしよう」

 

ロクマルは燃料が危険領域に近づくと、母艦の命令に関わらず高性能なお掃除ロボットのように燃料補給へ戻ってくるのだ。燃料が尽きて墜落する事態をさけるための防御機構なのだが、みずづきは大破状態。幸い、飛行甲板と格納庫は無傷だが、損傷により艦の安定性が確保できず着艦は心もとない。

 

「じゃあ私が代わりに隊長のロクマル、引き受けますよ」

 

みずづきが対応に苦慮していると、かげろうが助け舟を出す。そうすれば、艦娘とって重要な捜索・攻撃種手段であり、またラジコン大とはいえ庶民感覚からは逸脱した高価なロクマルを失うことは避けられる。しかし、着艦は予想以上に神経を使う作業だ。みずづきが戦闘不能の今、かげろうに着艦作業をさせるのは敵潜水艦のことを考えればリスクが高い。

 

「でも・・・」

「大丈夫ですよ。今、波の穏やかですからそんなに時間はかかりません。いざとなれば、受け入れはは中止します」

 

みずづきの言葉を遮り自信を感じさせる声で言うと、かげろうは受け入れ準備を開始する。みずづきは万一に備え、右手に持っているMk45 mod4 速射砲を確認する。最悪この主砲を海面に撃ち、その衝撃で魚雷の信管を誤作動させ起爆させるしかない。訓練すらしない荒業だが、艦娘だがらこそできるやけそく攻撃でもあった。がげろうの準備が完了したことを確認し、ロクマルはゆっくりと飛行甲板へ近づき海風に若干機体を揺らされながらも無事に着艦を果たす。拘束具に固定され、そのまま格納庫へ移動していく。

 

敵の攻撃はない。

 

「ふぅ~」

 

はりつめた心が少し緩むみずづき。

 

「やっぱり、ここまで減ってると補給にちょっと時間がかかりますね」

 

かげろうのメガネに棒グラフと数字で視覚化されたロクマルの残燃料数が表示される。それは警告を示す赤色で、もう少し飛行していれば危ないところだった。普段、ここまでロクマルを酷使はしないため、補給時間の伸びは予想外だ。現状を鑑みればすぐにでも出撃させたいのが本音だが、そう上手くは進まない。

 

「以後、私のロクマルはあんたに預けるわ・・・・。補給が完了しだい捜索を行わせて」

 

みずづきも出来ることなら自身でやりたいのだが、ロクマルを指揮する機能はもう残っていないのだ。かげろうもそれを重々承知しているため、真剣な表情でみずづきの命令を受け取る。

 

「・・・・・分かりました。隊長の大切な機体、お預かりします」

「うん・・・」

 

みずづきが悲しげな頷きをした直後、かげろうのメガネに警告が表示される。自身のロクマルの燃料が欠乏しつつあるというのだ。なんというタイミング・・・・・。

 

(マジですか・・・・。今、隊長の機体がいるし・・・)

 

まいかぜ型も他の汎用護衛艦と同様にSH-60Kを2機格納することは可能だ。しかし、それはあくまでメインローターや後部にあるテールローターを折りたためばの話。かげろうはみずづきのロクマルを即応体制のまま給油しているため、無論格納準備は行っておらず、2機格納は無理だ。一瞬悩むが、この表示が出てもすぐに海へ真っ逆さまということにはならない。戦場では現在のように何が起こるか分からないため、残量表示に関しても少し余裕がとってあるのだ。かげろうはみずづき機の補給完了を待って、自身の機体を回収することに決める。

 

「ん? かげろう・・どうしたの?」

「えっ!? いや、なんでもないですよ・・・」

 

かげろうはみずづきに心配をかけまいと嘘をつく。彼女が様々なことをすぐ自分の責任と思い込んでしまう性分であることをかげろうはよく知っているのだ。

 

「ふーん。ならいいけど・・・・」

 

みずづきはかげろうの反応を不審に思うが、すぐに打開策の検討へ思考を向ける。しかし、それは周囲へ衝撃波とともに広がる激しい爆発音によって遮られる。二人は思わず身をかがめ、悲痛な表情で音の発信源へ視線を向ける。「たかなわ」だ。まだ甲板上にいた乗組員たちが慌てて海に飛び込み救命イカダや作業艇が一斉に船体から離れる。敵潜水艦のとどめかと思い身構えるが、そうではないらしい。主砲下部の弾薬庫がとうとう誘爆したらしい。大小の爆発が断続的に発生し、そのたびに黒煙が薄暗くなった空へただ黙々とたちのぼる。金属のひしゃげる音が「たかなわ」の悲鳴に聞こえる。そして、あっという間に被弾した右舷側から転覆し、本来は見えない赤色の塗装が施された底部を空にさらしながら、ゆっくりと海中へ没していく。

 

幾人もの防人と共に・・・・・・・・。

 

2人は涙をこらえ、退艦した乗組員と同じく「たかなわ」へ敬礼する。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

沈没する船から離れた上級中型潜水艦はこれを好機と捉え、のうのうと立ち尽くしている艦娘への雷撃体制に入る。人間側のソナーと呼ばれる水中走査機器はこういう風に水中に雑音がばらまかれる状態では性能が低下するのだ。これでお預けは終わりだ。中潜は戦闘本能のおもむくままに、敵へ魚雷を発射する。その後、お決まりの回避行動へ移行。しかし、これは生き残るためではない。潜水艦のような低級の深海棲艦は生存本能が著しく低い。彼らの本能はただ一つ。

 

一発でも敵に多くの攻撃を見舞うこと。そして、一人でも多くの人間を殺すこと。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「たかなわ」へ意識を向けていたかげろうのメガネに、いかにも危機感をあおる刺々しい警告が表示される。

 

 

・・・・・魚雷だ。数は4、目標は、みずづき。敵はみずづきの状態を把握し、放射状に撃つのではなく全弾命中を狙って、4発すべてを一直線に発射している。当の本人はソナーを含めたセンサー類が壊滅しているため、全く気付いていない。

 

かげろうは顔を真っ青にしてみずづきに報告しよう口を開きかけるが、やめる。報告したところで、魚雷の速度とみずづき・かげろうとの距離、そして機関の状態を考えれば、どのみちみずづきへの直撃は避けられない。そして、4発もの魚雷を受ければどんな奇跡が起ころうとも魚のエサだ。

(一体、一体どうすればっ! このままじゃ、隊長がっ!!)

時間は止まらない。刻一刻と魚雷はみずづきの命を刈り取ろうと距離を縮める。確実にみずづきを助けられる方法・・・・。

(あ・・・・・)

そして、かげろうは一つの方法を思いつく。この雷撃から絶対にみずづきを救える方法を。だが、それは誰も“救われない”。それどころか、助けられた人間に一生後悔の念を抱かせるかもしれない。

 

 

 

瞬間、こっそり聞いていた通信が甦る。

 

 

 

 

“必ず生きて故郷に、家族のもとに帰れ。絶対に死ぬんじゃないぞ”

 

 

 

 

(司令官・・・・・・)

聞いた事がないほど必死に自分の純粋な願いを知山は口にしていた。それはみずづきだけでなく、かげろう自身にも向けられたものだということは痛いほど自覚している。

 

 

 

しかし・・・・・。

(このままじゃ、隊長が死んじゃう・・。もうこれ以上、仲間には死んでほしくない。

そんなのもう見たくないっ!! 前の隊から追われた私をここに温かく迎え入れてくれた隊長には絶対にっ!!!!)

かげろうは、覚悟を決める。死ぬのが怖いかと言われれば、当然怖い。かげろうにも帰る場所がある。待っている家族がいる。だが、それでも・・・。

 

“物事の善悪なんて、簡単に判断できるような代物じゃない。判断する方も、判断される方もいろんなモノを抱え込んだ人間なんだから。でも、そこで他者からの判断という名の批判を覚悟の上で、自身が正しいと信じた道を堂々と歩く。いきすぎれば大変だが、俺はそういうことが出来る人間こそ、まっとうだと思うんだよ。軍人ならなおさらな”

 

(・・・・)

 

“だから、君のしでかしたことは正しかったと思う。いや、社会的にも人間的にも正しかった。君はまっとうな人間だよ。そんなこともできず、私腹を肥やすことしか眼中にないクソ共の言葉なんぞ気にする必要はない。自分の信じる道を行く。胸を張って・・・。そうすれば、結果はおのずとついてくる。”

 

(っ・・・)

 

“そうだろ? かげろう”

 

(はいっ)

 

この部隊に配属されたばかりの頃にかけかれた言葉を思い出す。心に大きな葛藤を抱えていたかげろうにとって、それは曇天の間から地上をほのかに照らす光のようだった。

(私は日本海上国防軍第53防衛隊まいかぜ型特殊護衛艦かげろう。大切な仲間を守るために、信じる道を行く!!)

かげろうは機関をフル回転させ、一直線にみずづきへ向かう。急な機動にもガスタービン機関は特徴的な甲高いエンジン音を響かせながら、かげろうの意思に応える。

 

この行動は“軍人”としては正しくない。大破した艦を助けるために、無傷な艦が犠牲となる。非合理なことこの上ない。しかし、軍人といえども人である。大切な人を守りたい、たとえ困難に見えてもわずかな可能性にかける。その意思を誰が、否定できるだろうか。

 

できまい。口先だけでそれを両断する輩でも、心の中では正誤の判断はつけられない。つけられるのは、感情のないコンピューターだけだ。そして、かげろうは機械の思考よりも、人間の心を優先したのだ。

 

(お父さん、お母さん、お兄ちゃん・・・・・、バイバイ)

最後に、自身のロクマルへみずづきの援護を命令する。

(頼んだよ・・・・必ず化け物どもを沈めて・・・)

 

 

カスタービンの機関音を耳にしかげろうへ視線をむけたみずづきは驚愕する。もともと、そこまで離れているわけではないため、すぐにかげろうの姿が大きくなる。

 

「ちょっと、何やってるの!? あん・・・・」

 

思わず声を荒げるが、全てを言い切る前にかげろうのタックルが見事に決まり派手に突き飛ばされ、わずかな時間に宙を舞う。その一瞬に、偶然かげろうと目が合う。かげろうはとびきりの笑顔で何かを言った。声は聞こえない。しかし、何をいっているのか口の動きで分かった。

みずづきはかげろうの真意を察する。

 

 

そして、かげろうは爆音と共に大きな水柱に包まれる。

 

 

「え・・・・・・・・・・・・・?」

かげろうの“いた”方向に目をくぎ付けにしたまま、重力に従い宙から海面にたたきつけられる。痛くないはずがない。しかし、おかまいなし立ち上がり、さきほどの光景が現実か確かめる。そこには、かつてかげろうだったものや艤装の破片とおぼしきものが浮かんでいた。

「そ、そ、んな・・・・そんな・・・・・・・・・」

激情に染まりかけた心を抱え、ただ海面を凝視する。そこには、誰もいない。

 

 

“今までありがとうございました。お元気で・・・・”

 

 

みずづきはついに膝を屈し、無限と思えるほどに涙を流す。知山、おきなみ、はやなみ、整備班の人々。そして、かげろうまでも目の前からいなくなってしまった。しかも、自身がそばにいながら。心の中に自身への激しい怒りがこみ上げる。

 

 

 

 

“私は・・・私は・・・・・。また・・・・・目の前で・・・・・”

 

 

過去の忌まわしい記憶。

 

 

「し、しっかり、しっかりして!!」

「はぁ・・はぁ・・う゛・・・」

「絶対、絶対助かる!! だから頑張ってー!!!」

「きぃちゃん・・・・わたしこんなところで・・・・死にたくない」

「助かるって・・・」

「わたしの考え・・間違ってたのかな・・・・やっぱり、現実はうまく・・いか・・ないなぁ・・・・・・・」

「ゆうちゃん?」

「・・・・・」

「・・・・・?! ゆうちゃん・・? ゆうちゃん!! ゆうちゃん!!!!」

 

 

“私は・・・私は・・・・・。また・・・・・・仲間を・・・・・”

 

 

「そんな!! あけぼのさん、それは聞けません!!」

「いいから!! 上官命令に従いなさい!」

「でも!!」

「でも、ではありません!! あなたはあきづき型なのよ、分かってるの!!」

「だから、どうしたって言うんですか!!」

「あなたは必要な艦なの!! 敵の航空部隊にいためつけられている日本には!!」

「くっ・・・」

「だから、あなたは絶対に死なせない。死なせてなるものですか。後輩を守るのは、先輩の務め・・・」

「あけぼのさん」

「早く行きなさいっ!!」

「・・・・了解。今まで・・・・ありがとうございました・・・!!」

「命を大切にね。生きて日本を・・・ふるさとを・・・お願い」

 

 

(・・・・・また、ひとりになっちゃった・・・・・)

絶望。しかし、彼女の心に彼の言葉が浮かぶ。

 

 

 

“必ず生きて・・・・”

 

 

1人になってしまった。だが、ここで生きることをあきらめるわけにはいかない。あきらめれば、知山の言葉もかげろうの犠牲も無駄になってしまう。そして、この4年間に須崎基地で紡いできた思い出も消滅してしまう。それが叶わないとしても、せめて敵を倒して仇を取らなければならない。

 

 

(今、くじけるわけにはいかない)

 

 

敵潜水艦が健在な状況で無力な的に何ができるか分からない。しかし、みずづきの瞳に光が戻る。みなぎる闘志を敵が潜んでいる海へと向け、主砲を構えて神経を集中させる。敵の魚雷は第二次世界大戦時の欧米列強のものと酷似しているため、雷撃されれば海面にわずかな変化が現れる。それを捉えられれば、五分五分の引き分けに持っていける。

 

「っ!?」

 

反射的に主砲の引き金を引く。直後、着弾地点付近で砲弾とは異なる爆発が起きる。敵の放った魚雷だ。これはこれですごいことなのだが、あまりにも至近だったため爆風と衝撃がみずづきの体を蝕む。

 

「くぅ!!」

 

メガネに限界を告げる警告が表示され、足が海の中へ沈み込んでいく。ついに艤装の負荷が頂点に達し、浸水が始まったのだ。ダメコンも力尽き、もう手立てがない。

 

「まだ・・・私はまだ・・・!!」

 

しかし、みずづきはある存在を完全に忘れていた。トリを約束され張り切る飛行物体がさっそうとみずづきの頭上を通過する。独特のエンジン音を響かせ、攻撃態勢に入る。その正体は・・・・・。

 

「かげろうのロクマル!!」

 

かげろう機は自身の母艦を葬り、僚艦を死に追いやろうとしている化け物へ脇に抱えた12式短魚雷をお見舞いする。対潜ヘリの存在を感知した中潜は最大船速で回避行動に移るが、もう終わりだ。12式短魚雷が海へ潜ってすぐに腹に響く爆発音と水柱が発生する。足元に飛ばされてきた敵の破片が、みずづきに闘いの終わりを告げる。

 

「や、やっーたぁぁ・・」

 

敵を仕留めたかげろう機は機首を反転させ、みずづきの前方に滞空する。その動きはさきほどのみずづき機と同様だ。

 

「ま、このままにしておいても墜落するだけだし、どうせならちょっとでも休ませてあげないと」

 

みずづきは浸水し、不安定化する自身の身体を最後の力を振り絞って安定させ、かげろう機を着艦させる。そして、奇跡的に被害のない格納庫へ移動させる。

 

「完了ぉ・・・」

 

一気に張りつめていた気が緩む。

 

「ありがとね・・・」

 

ポンポンと艤装の格納庫あたりを優しく叩く。

 

 

 

そして・・・・・、バランスを崩し海面に倒れ込むとゆっくり沈んでいく。空気とは別種の冷たさが全身に染み渡る。特に患部には容赦ない。

 

(あぁ・・・・。ここまで、か・・・・。みんな、ごめんね・・・私、無理みたい。

みんなともっと一緒にいたかった・・・。こんな世界でもみんなといる時間は本当に楽しかった・・・・。)

 

全身が水に包まれ、漆黒の世界へ吸い込まれていく。

 

(父さん、母さん、はるき・・・・もう帰れないや・・・・・・・・・。

命令、守れなくてごめんなさい・・・・・・司令・・・・)

 

急速に薄れゆく意識のなかで、最後に捨てきれない、隠しきれない想いを吐露する。

 

(ああ・・・でも・・・、やっぱり、もっと生きていたかった、なぁ・・・・・)

 

そして、意識は完全に閉じられ、肉体は闇の中へ姿を消していく。海上も太陽はとうに沈み、月や星たちが昨日と同じように輝いていた。




次話から本編の中の本編です。
みずづきは一体どこへ・・・?


最初は周りの作者さんたちが書かれているように、前哨戦は1話かさわりだけにしようかとも思いましたが、それだと日本をはじめとするみずづきたちのおかれている状況がうまく書ける自信がなかったのでやめました。

地球の状況も今後の進行にかなり関わってきますから。

途中、ちょびっとだけみずづきの回想が入りましたが、彼女の過去もいつになるか分かりませんがおいおい書くつもりです。

では、また。
(戦闘シーンがすごく不安・・・・)

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