水面に映る月   作:金づち水兵

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と、いうわけで「演習」は3分割致します! 今話は「35話 演習 前編」ですか、中編と後編が控えています。コンパクトにまとめたかったんですが・・・・・・書き終わってから気付きました。


35話 演習 前編

横須賀鎮守府 小海東岸壁

 

わずかに日光が顔出す曇天。季節も6月に入り梅雨の気配がゆっくりと、そして着実に近づいている。気温も高いせいなのかいつも爽やかさを運んでくれる清涼な海風が、今日は湿り気を帯び、じめじめとした不快感さえ速達する有様だ。しかし、今この場にはそんな不快感を抱かせもしない緊張感が溢れていた。日本で言うところのアメリカ海軍横須賀基地12号バース。かつて全世界の制海権を握り超大国アメリカ合衆国の国力の象徴である原子力空母が停泊していた港。そして、横須賀を母港としていた世界最強の名を誇った第7艦隊が太平洋に没してからは、海洋生物の肥やしになっていた悲壮感漂う場所。空母が停泊していたときは長大な岸壁がいかにも短いように見えたが、むろん今、目の前に空母はいない。日本では空母の停泊地となっていた岸壁には、空母はおろか現在のありとあらゆる戦闘艦とは趣を全く異にした軍艦が停泊していた。全長はあきづき型護衛艦やまいかぜ型護衛艦とそこまで変わらない印象だが、それ以外は全くの別物だ。艦首前部に見える2門の中口径連装砲。ステルス性など眼中なしの角ばった艦橋やクレーンをはじめとする構造物。ところどころ見える空を睨んだ連装高角砲に3連装機銃。護衛艦の飛行甲板に見えなくもないが、かつて大日本帝国海軍艦艇が装備していたような水上機発艦用のカタパルトに水上機。そして、灰色ではなく、薄い黒色の船体。艦娘を疲労させることなく前線に運び、かつ前線でも臨機応変な作戦行動が取れるよう臨時司令部機能を持たせ艦娘運用に特化した軍艦。艦娘部隊が配備されている各鎮守府・警備府・基地に必ず1隻は配置されているこの艦が艦娘母艦である。そのうちの1隻たる船が今、ここ横須賀鎮守府小海東岸壁に接岸していた。艦名は、なんたる偶然か大隅型艦娘母艦1番艦「大隅」。

 

数え切れないほど行われた呉空爆の1つで爆沈し、現在はサルベージによって姿形もないおおすみ型輸送艦1番艦「おおすみ」と同様の名前だった。これを聞いた時、昨夜のことで若干テンションが低めだったみずづきですら声を上げて驚愕してしまったほどだ。

 

それを思い出し心の中でいまだに驚いているみずづき。だが、すぐに意識を体の内から外に向ける。今日は遂に来た演習日当日。いつもならちょうど眠たい目をこすりながら食堂で朝食を食べている時間だが、全艦娘と横須賀鎮守府幹部はそんな雰囲気を微塵も感じさせず小海岸壁に整列していた。あの初雪ですらそうなのだ。それだけで驚愕ものだが、全員が全員演習に対して真剣になっているわけではない。真剣な人たちがほとんどだが、十人十色の艦娘たちの全員が真剣な表情になり、緊張感を生み出している理由。それはまさに今、みずづきたちの眼前に立ち、対面する形になっている人物にあった。日本的な価値観で言えば、男性として平均的な身長だが、肩が広く体つきも頑丈なため少し実際より高く見える。真っ白な制服に工廠長たる漆原には負けるが焼けた肌。それぞれが対比しお互いの色の光度を高めている。そして、厳格な雰囲気と胸に付けられ溢れそうになっている勲章の数々。それを見れば、一般人でも彼がかなり偉い軍人であることが一目瞭然で分かる。そして、その後方にも彼ほどではないが多くの勲章を胸で輝かせている軍人の姿が見える。

 

軍服ではなくサラリーマンのようなスーツに身を包み、緊張感が漂うなか数え切れないほどの刺すような視線を受けている人間もいるが・・・・・。

 

彼、瑞穂海軍軍令部総長的場康弘大将は艦娘たち、そしてとある1人の女の子を見ると真正面に目を向け、百石から奪ったといっても過言ではない訓示のため、口を開く。内心、自身が目を向けた瞬間ビクついていたとある少女の反応に微笑みながら。

 

「本日、諸君らが常日頃から邁進してきた努力の成果を発揮し、確認する場が設けられた。まずは、私からの臨席要請を快諾してくれた百石提督、そして鎮守府の諸君に感謝を伝えたい。私たちが今、この場に立てていられることも諸君らの寛大な精神の賜物であろう。ありがとう」

 

にこやかに微笑みながら、一点の汚れもなく清潔な白に保たれた軍帽を取る的場。抱腹絶倒必至の見事なスキンヘッドがこの世に晒されるが、その頭がこちらに躊躇なく下げられれば、誰も心の中ですら笑う余裕はない。彼だけでそうなのだ。的場の後ろに控えている軍令部の幹部たちまでもが、一斉に頭を己よりも階級が下の者たちに下げる光景は一種の迫力さえ感じる。固まっているみずづきたちとは裏腹に、百石たち鎮守府の上層部は青筋を立てて「とんでもない」と制止しようとしていたが、ここは訓示の場。結局、その場で静かに慌てることしかできなかった。

 

「いよいよ、長らく準備されてきた演習の本番である。諸君らはこの時、そしてその先にある来るべき時を見据え、訓練と勉学に励んできたことと思う。しかし、それが諸君らの努力と認識に見合うものかどうかは蓋を開けてみなければ分からない。ただ、どんな結果であろうともそれが諸君らの実力である。納得いかない結果かもしれない。それが実力なのである。問題は、ここからどうするかである。失敗を許容し困難を克服してこそ、前進があるのだ。我々は今、人類の存亡をかけた戦争をしている。この瞬間にも、世界各地で数多の防人が祖国の、民族の、己の家族のため、そして失った平和を取り戻すために戦い、散っている。我々には前進しか許されないのだ。停滞・後退は即ち、瑞穂に戦火が及ぶことを意味している。そのことを今一度、心に刻み込んでほしい」

 

ここで一旦言葉を切ると、怒っているかのようにさえ見える厳格な顔を緩め、口調も少し普段の調子に戻る。

 

「長々しい訓示も諸君らの体力を消耗させるため、最後に1つ。皆も重々承知の通り、今回の演習は特別である」

 

特別であると的場が言った瞬間、みずづきたち艦娘・横須賀鎮守府幹部と対面している視察組が一斉に真正面へ向いていた視線をみずづきただ1人に向ける。ザッという効果音が聞こえたような気がするが、あえて気にしない。というかできなかった。本人たちに悪気はないのであろうが、その視線から感じる威圧感は半端ではないのだ。心拍数が面白いように増加する。

 

「だが、その特別にあぐらをかいたり、気を取られ自らの責務を忘れるようなことがないように注意してもらいたい。・・・・・以上で訓示を終わる」

「敬礼っ!!!」

 

百石の掛け声に合わせ、訓示を受けている側が見事に一致した敬礼を見せる。ずれないか心配していたものの、なんとかみずづきもその輪の中に紛れ込めていた。それに続いて的場の敬礼。

 

「これより、光昭10年度第1回横須賀鎮守府演習を開始する。総員、出港準備にかかれ!」

 

的場に再度敬礼した百石が号令をかけると、艦娘・将兵問わず全員が行動を開始する。ばらばらに動き出す周囲の人々。艦娘たちは「大隅」へ乗船するべく移動を開始していた。だがみずづきはある単語が頭に突き刺さり、その場で固まっていた。何度も反響する、みずづきが慣れ親しんだものとは違う言葉。

 

「光昭、10年・・・・。継明じゃ、ないんだ」

 

印象が強烈だったためか、いつもは心の声で収まる内に秘めた感情が誰にも感じられる言葉として、外界に解き放たれる。数秒遅れで自分が無意識の内に独り言を吐いたことに気付き、辺りを見回すがこちらを凝視している者はいなかった。ホッと胸を撫で下ろす。

(歴史や社会が違えば元号も・・・・。そりゃ、当然か)

瑞穂では、深海棲艦が出現する直前の2024年に永安天皇が崩御。それを受けて、今上天皇が即日即位し、約53年間続いた永安から、元号は「光昭」へと変更されたのだ。まだ10年しか歴史は無いものの、この「光昭」は既に瑞穂建国以来の激動を象徴する元号となり始めており、既に歴史において確固たる地位が確約されていた。

 

ちなみに日本は平成天皇の「ご意向」を受け、2017年西日本大震災直前の臨時国会で「天皇の退位に関する特別法」が成立。これによって皇室典範の特別法を用い当時の皇太子殿下への譲位が実現。西日本大震災発災の翌々年にあたる2019年1月1日から元号は平成から継明へと変わった。現在、2033年は「継明」15年である。そのため、平成は30年でその歴史に幕を下ろした。

 

元号の衝撃を呑み込み、みずづきは今の状況を思いだし慌てて周囲を確認する。意識を飛ばしていたのがそれほど長くなかったため、置いてきぼりなどにはなっていないが、「大隅」へと移動している艦娘とは相応の距離が空いていた。艦娘たちの背中を追いかけようとして、足が止まる。

(ん?んんん? ちょ、ちょっと、私この先聞いてない・・・・・。えっと、みんなについていけばいいのかな?)

今日の演習はこれまで開かれた演習と同じように、艦娘同士の模擬戦闘や海上に設置された的への砲撃・雷撃・爆撃、そして航空機の機動飛行訓練などの演目も行われる。だが、なんといっても今回の目玉は視察組の反応からも分かる通り、みずづきとの戦闘演習である。つまり、今日に限ってはあまり思いたくないものの、みずづきと艦娘たち、特に第1機動艦隊と第3水雷戦隊の艦娘たちとは敵同士なのだ。果たして、一緒に行ってよいものなのか。悩んでいると肩が優しく叩かれる。驚いて振り返ると、そこにはみずづきの心中を見透かしたように笑う長門がいた。

 

「案ずるな。お前も艦娘だろ? なら、彼女たちと行動だ」

「いいんですか、その・・・・」

「案ずるなっと言っただろ? 大丈夫だ。提督もこのことには何もおっしゃっていない」

 

そういうと長門は百石に視線を向ける。それにつられてみずづきも。2人の視線の先には、先ほどまでみずづきたちと対面していた視察組たる軍令部の上層部、そして的場にへこへこと頭を下げる百石の姿があった。あまりに自然かつ必死に頭をさげているため、つい吹き出してしまう。普段は見せない焦りや緊張からくる苦笑を張り付けている姿は、つい同情してしまうほどだ。

 

「提督が的場総長の気を引いているうちに早くいくぞ。総長はかなり気さくな方だが、話し好きでな。捕まるとえらいことになる」

「え・・・・・」

「だから、ほら。行こう」

 

歩き出す長門。捕まった時を想像し顔面蒼白となったみずづきは旧式のロボットのようにぎこちなかったものの、全速で長門の後を追いかける。

 

適当に同僚たちと言葉を交わし、みづずきに話しかける機会を窺っていた的場がその様子を見て「百石も策士になった~」といい、百石が本気で「え? な、なんのことでしょうか?」と答えているとも知らずに。

 

 

~~~~~~~~

 

 

「大隅」艦内 司令室

 

50人以上の司令部要員が入れるよう設計された司令室は、艦内としては他の区画より断然広い。また、蛍光灯に照らされた区画内は非常に明るく、若干地上の建物より低い天井と幾つも張り付いている配管に気付かなければ、艦内と分からないほどである。そこには現在横須賀鎮守府参謀部の士官たちが詰め、演習の最終確認が行われていた。中央の大きな台の上に広げられた相模湾の海図。複数設置されている机の上には、様々な書類や冊子が置かれ、士官たちの手によって頻繁に別の机や人の手に移動を強いられている。室内は詰めている人数、それらが纏うせわしさの割には静かだ。しかし、ここにいるのは横須賀鎮守府参謀部の士官だけではない。海図が広げられた台より少し離れた場所。長方形で大勢の人間が席につけるテーブルには、緊張した面持ちで4人が座っている。そこに参謀部員が醸し出す忙しさは一切なく、静寂に支配されていた。最も階級が高いと見られる白髪混じりの男に至っては、しきりにハンカチで額に浮かんだ汗を拭いている。そこに横須賀鎮守府各所や演習会場付近の哨戒、そして第6水雷戦隊とともに「大隅」の護衛を行う第5艦隊と通信を行う通信課士官の声がときおり聞こえてくる。瑞穂海軍第5艦隊は既に横須賀鎮守府を抜錨。横須賀湾沖にて「大隅」の到着を待っている。

 

日本とは違い、巨大なハイビジョンスクリーンもパソコンやタブレットなどの情報端末が皆無の旧世紀の風景。と思いきや、司令室の中には瑞穂世界においては開発段階で、政府・軍を含めまだ一般化していないはずのものが2つあった。1つ目は映画館や学校など幅広い場所で使われる白いスクリーンのようなものと、日本人が知っているものよりレトロ感が半端ではないがプロジェクターである。それが幾つも設置されているのだが、士官の誰1人としてそれに驚かない。そして、顔を強張らせている4人も。

 

「詳しい話はこちらで。お入りください」

 

予兆なく開く扉。次々と入ってくる人物たちを確認した瞬間、座っていた者は立ち上がり書類に目を落としておた者は目をあげ、直立不動にて敬礼を行う。

 

「ご苦労。みな、自分の職務に戻ってくれ」

 

その言葉。総長たる的場の言葉を受け司令室の士官たちは、再び動き始める。とある人物のせいか少し空気が悪くなったように感じるが、そこにぎこちなさはない。参謀部ともなるとこうして軍上層部と接する機会が多い。今年度に配属された新人士官は濁流のような汗をかいているが、回数を重ねると慣れてしまうのだ。その中、参謀部員と同様に起立した4人は、姿勢を崩さず的場たちに真っ直ぐ視線を向けている。

 

「的場総長」

「おお!」

 

的場と視線が交差した瞬間なされる、見事な敬礼。誰一人として見栄えを崩すことのないそれは見るものに一種の力強さを感じさせる。もう少し堂々としていたらさらに良かったのだろうが。予想外の人物たちを見て驚く的場。だが嫌悪感は皆無で、嬉しそうな笑顔が浮かんでいる。もちろん、感情にかまけて答礼を忘れるようなへまはしない。

 

「お久しぶりです」

「あのとき、東京であって以来だな。体の方はどうだね? これから体力的にも精神的にもくる梅雨だが」

「お心遣い痛み入ります。ですが、私はまだまだ現役の海軍軍人です。総長にも、彼にも負ける気はございません」

 

白髪混じりの男は、的場や百石の後ろにいる黒髪の男性に不敵な笑みで視線を送る。額が広がったり頭皮が露出したりすることもなく髪がふさふさであるが、顔には皺が目立つため、白髪混じりの男と歳はそう違わないように見える。

 

「ほうほう、頼もしい限りだ。軍令部の階段で息切れしている小原作戦局長も見習ってほしいものだな」

「からかわないで下さい総長。それに私には正躬司令にない威厳がありますので」

 

的場の言動に心の中で冷汗をかきつつ軍令部作戦局局長小原貴幸(おはら たかゆき)は、第5艦隊司令官正躬信雲(まさみ しんうん)と対照的に堂々と胸を張る。お互い同期であるために行われる和やかなやり取り。普段は何の因果か誰かの上司になったせい、かつ自身の作戦局局長という立場を愚弄する傍若無人なふるまいを受けため息ばかりつき、胃薬が手放せなくなってしまっている小原の笑顔。それに触発されとあるスーツ姿の男を除いて場が笑いに包まれる。

 

「相変わらずだな。して、何故ここに君らがいるんだ? 私は一切聞いた記憶がない。まぁ、おおかた推測はつくが」

 

的場はゆっくりと首を回し、隣にいる百石へ顔を向ける。笑顔のままで。形容しがたい圧迫感に思わず愛想笑いを浮かべてしまう百石。正躬は百石の代わりに説明しようと口を開くが、あがり症の性格が邪魔をし言葉が出ない。その隣で自身の上官にため息を吐く男性。いつものことで慣れたのだが、もう少し堂々としてほしいものだ。

 

「待って下さい的場総長。ここに我々がいるのは我々たっての希望で百石司令がこちらの希意向をくんで下さっただけなのです。ですから百石司令は・・・」

 

第5艦隊参謀長、掃部尚正(かもん なおまさ)はぎこちない笑みで百石へ掩護射撃を行う。それを聞き「やっぱり」かと肩をすくめる的場。百石は「あはは・・」と歯切れを悪くしながら弁解を始める。

 

「独断、申し訳ありません。ですが、正躬司令官らは横須賀鎮守府所属であり、またあの悲劇を生き残った歴戦の艦隊です。今後、単独作戦・艦娘との共同作戦双方でこれまで以上に要となります。また、横須賀に錨を降ろしている以上は、みずづきとの共同作戦も考えられます。そのような点から、戦略そして国益上有意義と判断し、彼らの要望を受け入れました」

 

瑞穂海軍第5艦隊。瑞穂海軍で唯一、深海棲艦との壮絶な戦闘を経験したにも関わらず、海底に引きずり込まれることなく大戦初期を生き残った艦隊である。第5戦隊と第10戦隊で構成され、前者には旗艦因幡、因幡より少し小さい6600トン型巡洋艦である若狭、駆逐艦の白波、氷雨が所属している。後者には若狭と同型艦の伊予、海月型防空駆逐艦の霧月、河波と秋雨が所属する。白波と河波、氷雨と秋雨はそれぞれ艦名からも察せられる通り、同型艦である。

 

かつて、瑞穂には5個の艦隊が存在していた。他にも戦闘艦を有する部隊はあったが、彼らが実質的に瑞穂海軍の主力部隊であり、瑞穂の海を守っていた。だが、2033年現在、実働状態にある艦隊は第5艦隊のみである。第1、3、4艦隊は深海棲艦との戦闘で全滅。第2艦隊も所属する8隻のうち5隻を失い壊滅していた。艦娘がいるからこそ軍事戦略や戦術的作戦が上手く回っているものの、艦娘抜きでの国防を考えれば現状の打破は不可欠。そのため、瑞穂政府は海軍の再建と軍備拡張を急ピッチで進めていた。大戦が始まってから8年。途方もない時間と国民の税金をかけて築き上げた戦力の一挙喪失は瑞穂史上初で紆余曲折もあったが、ようやく戦力の再建に目処がついたのだ。だが、それでも実戦投入にはまだ時間がかかると見込まれていた。船は出来たのだ。しかし、それを操り真価の発揮に不可欠な人員の育成が難航していた。理由は経験豊富な指導員の不足。大戦で優秀な人員を軒並み失ったことに加えて、今は戦時真っ只中である。前線で活躍してもらわなければならない貴重な将兵を、おいそれと教官として訓練基地に送る余裕はないのだ。第5艦隊、そして旧式艦艇を有するが故に前線に投入されず生き残った第2線級の部隊の戦略的価値は非常に高い。それは第5艦隊の配備先変更にも象徴される。第5艦隊はもともと青森県にある大湊鎮守府所属であり、第5と言われるだけあって主力艦隊の中でも格下の存在だった。だが、艦娘の登場によって戦局が落ち着いたあと、太平洋や伊豆・小笠原諸島、そして関東防衛の重要拠点である横須賀鎮守府の所属となったのだ。本土の基地や司令部勤務の将兵に比べ、艦隊勤務者やあの悲劇を生き残った者は艦娘排斥派の比率が高い傾向にある。もちろん大多数が擁護派であることに変わりはないのだが、自分たちが死を覚悟し全身全霊で挑んでも勝てなかった深海棲艦を、見事に蹴散らした年端もいかない少女たちに恐怖と嫉妬を抱く者もいた。だが第5艦隊は指導部、一般将兵共に擁護派が圧倒的多数を占めている。横須賀鎮守府に配備された理由にはこれも含まれていた。

 

「・・・・本当にそれだけか?」

 

的場の一言。それに動揺する百石であったが、それ以上に動揺している者たちがいた。第5艦隊の面々、特に百石たちから見て掃部の左に控える2人の中年男性たちがもろに動揺している。それに再びため息を吐き、これ以上の抵抗は不可能と判断した掃部は、百石が語らなかったもう1つの理由を口にする。

 

「単純な好奇心ですよ」

「ちょっ!?」

 

掃部の言葉に2人の中年男性は動揺を大きし、視線を激しく泳がせる。

 

「私や正躬司令もあのような報告書を見て多大な興味を抱きましたが、私以上に好奇心を爆発させていたのが、第5艦隊第5戦隊司令結解(けっけ)大佐と第10戦隊司令花表(とりい)大佐だったのですよ」

「私も彼らの気持ちが痛いほど分かったものですから・・・その・・」

 

苦笑しつつ正躬は視線を下に反らす。彼はあがり症であるため緊張する事柄を、常に避けようとする性格だ。だから、百石に負担をかけることを危惧した掃部と共に面倒事を避けるために防衛戦を展開したのだが、中年とはいえ自分達に比べて活力が段違いの結解と花表に情熱でもって押しきられた。

 

「まったくどいつもこいつも」

「め、面目ありません・・・・・」

「返す言葉もございません・・・・」

 

笑いながら頭を抱える的場。掃部の口から状況が自身の記憶と酷似していて、既視感を抱いてしまう。それは小原たち視察組も同様のようだ。その視線の先で結解と花表はただただ低頭するばかり。

 

「彼らも私たちとまったく変わりませんな。百石の演説は彼らの要望を聞き入れるための方便だった、と?」

「ま、待って下さい!! 小原中将!! あれは決して方便などではありませんよ。 明確な判断理由です!! まぁ、彼らの決意も大きな比重を占めていましたが。私も正躬司令と同様、その好奇心は持っていましたし。そのような理由から彼らの視察を許可したのです。的場総長やみなさんにお伝えしなかったのは、その方が喜ばれるかと思いまして」

 

策士のような顔をする百石に「やれやれ」と肩をすくめ苦笑する視察組。

 

「何が喜ばれるかと思いまして、だ。軍隊は仲良しこよしのお友達グループではない。いつにならったら、学生気分が抜けるんだ。片腹痛しにも程がある」

 

小声でぶつぶつと文句を言っている一人を除いて。小声と言いつつもわざと百石に聞こえるように言っているのだが、全く反応されない。いや、刺すような威圧感を向けられる辺り、反応しないようにしているのだろう。対抗して威圧感を飛ばそうとすると、自身の前方にいる百石。その先、テーブルを隔てたむこう側にいる結解、花表の2人と目が合う。他の人間には感ずかれないよう、ほんのわずかだけ申し訳なさそうに会釈する二人。

(そういうことか・・・・)

頭の中に浮かぶ腑に落ちない事柄。それに対する男の納得を感じ取ったのだろうか。2人の雰囲気がこの場では、それこそ男しか分からないほどわずかに弛緩する。

 

「長々と申し訳ありません。どうぞ、お掛けになってください」

 

予想通り的場たちから正躬たちの件について異論が出なかったことに安堵しつつ、百石は着席を促す。的場の性格を熟知しているとはいえ、視察を受ける立場に加え独断専行を行うは非常に精神力を使うのだ。一悶着を終え、きれいに整頓された席につく視察組。昔、どこかの誰かがやったように、こちらの案内をはなから無視して一目散に我がもの顔で座るような無法者はいない。正確にいえばいるのだが、衆人環視とあの件が彼の自制要因になっているようだ。そんな彼らがついたテーブル。すぐ近くの、全員から見られる位置には違和感の塊が堂々と設置されている。だが、誰一人としてそのスクリーンとプロジェクターの存在に意識を向けない。まるで見慣れているかのように。

 

それもそのはず。その2つをここにいる全ての人間は見慣れているのだ。これは妖精たちが作った装置で、演習海域に展開している偵察機、それに搭乗している妖精によって手持ちカメラで撮影した映像がリアルタイムで投影される。これよって艦内に閉じこもろうとも、演習の状況をまるでその場にいるかのように捉えることが可能だ。しかも画質は少し粗いがなんとカラーである。そのため、これを知っている軍人たちは街中で吹雪たちが夢中になったテレビを見ても感動しなくなってしまうという悲劇が発生していた。科学がまるで暇つぶしにさえ思えてくるこの状況に、もう1つの「あり得ないもの」とあわせ、これらを見せられ説明されたみずづきは酷い頭痛に悩まされたものだ。日本でこれをやられたら、科学者のみならずかなりの数の人間が半狂乱に陥ること間違いなしである。但し、これは妖精が作ったものであって人間が作ったものではない。妖精が直に操作しなければ使えず、人間が下手に操作しようとすると壊れるどころか跡形もなく消滅してしまうのだ。神の御業とはよく言ったもので、この話を聞きつけた兵器研究開発本部や大手企業開発班はこの技術をわがものにしようと様々な策を施し、惜しみないチャレンジ精神を発揮した。だが、結果は凄惨たるもので、普段はライバル同士で仲が悪い大手企業が揃いもそろって「神の御業を人間が模造することは不可能」と判断し、お互いの健闘を称えあったほどだ。そのため、よく見るとプロジェクターの周囲には数人の妖精たちが小さい体をフル活用し、時には士官の助けを借りながら準備を進めている。

 

いつもは席につくと多少の雑談を交えながら作戦の話になるのだが、今日は違った。着席した視察組はスクリーンの隣に設置された、見たこともない黒い板、まさしく黒板と言えるものに視線をくぎ付けにしていた。百石・筆端はそれを見て笑っている。どうやら彼らはこれがなんだか知っているようだ。それをおちょくられていると感じたスーツ姿の男は、「黒板」の近くで可愛らしく作業していた妖精を睨みつける。百石たちでも良かったようだが例の件もあり、的場もいる中で話しにくいと感じたのだろう。

 

「おいっ!! 人の気配に敏感な神モドキなら気付いているのだろ? にも関わらず見て見ぬフリをするとは・・・・・・この私を侮辱するのもたいが・・・・・・い、に・・・し・・・・・・ろ」

 

男の容赦ない怒号に驚いた妖精は涙を浮かべて、黒板の後ろに隠れる。一気に険悪化する空気。殺意すら籠っていそうな視線が刺さる。それは悪名高い男でもたじたじにする威力があった。必死に顔を下に向け、笑いを誤魔化そうとする視察組と百石たち。だが、肩が震え、声が口の間から漏れている時点で隠せていない。それに顔を上気させ、声を発しようとしたその時、柔らかくとも残酷なまでの冷たさを感じさせる声が男の耳に入る。瞬間、男は横須賀鎮守府でのお話(という名の素養教育)を思い出し、固まる。

 

「御手洗中将・・・・、いえ御手洗殿、大変失礼致しました。こちらの不手際、お詫び申し上げます。ですが、近くにいたからといって我々と異なる存在である妖精に対して、いささか度がずぎるような態度ではありませんか? 彼女たちは善意で手伝いを買って出てくれているのですよ」

 

笑顔を張り付けたまま的場たちに近づいてくる比較的若い男性。もしかすると百石たちと同じぐらいではないだろうか。横須賀鎮守府参謀部長緒方是近が姿を見せた瞬間、恐怖に目をつぶっていた妖精は、顔を希望で輝かせる。そして、御手洗に対してあっかんベー。

 

「き、貴様・・・・・・・艦娘から派生した妖精の分際で・・・・」

 

それをもろ見てしまい御手洗は緒方の視線など関係ないとばかりに怒りで拳を力いっぱい握る。声をあげようと口を開くものの、それは的場によって阻止された。

 

「はいはい、そこまで。御手洗、お前もほんとに凝りんな。いちいちお前に場をかき乱されると話が進まんし精神衛生上よろしくないから、大人なしくしていてくれ」

「なっ!? お、俺はただ・・・」

「でないとお前、甲板に出た瞬間、艦娘たちの()()な誤射で魚のエサになるぞ。知らんぞ、俺は」

 

冗談に聞こえない台詞。御手洗は自分のあだ名や評価をよく知っているので、背筋が寒くなる。爆笑する視察組。それだけならまだいいのだが、百石と筆端の不敵な笑みが御手洗の恐怖を増大させる。的場に手で再度座るように促され、御手洗はものすごいスピードで席に着いた。

 

「場も温まったようなので、これについては私から説明させて頂きます。こちらは・・・・実際に見てもらった方がいいですね。大変恐縮ですが、少しお待ちください」

 

そういって緒方は通信員にかけよると、あるところへ通信を依頼する。首をかしげる視察組。だが、それほど待つこともなく結果は現れた。突然、光を放つ黒板。どよめきが起こったのも束の間、側面の大半を覆うガラス板のような部分にすぐには信じられないような光景が映し出された。

 

「こ、これは・・・・・・」

 

そこには雲の合間から覗く海岸線が映し出されていた。しかし、驚くべきところはそこではない。的場たちの驚嘆。それは映し出された映像の美しさにあった。

 

「な、なっ!?」

「すごい・・・・・・なんという鮮明さ。この高さから走っている電車まで見えるぞ!?」

「自分の目で見たまんまだな」

「私のように目が悪い者は、自分の目で見るよりもきれいに見えますよ。いや~、感動しますな」

 

口々に感想を漏らす視察組。的場でさえ映し出された光景に圧倒されている。

 

「妖精たちが今回の演習で皆様に見て頂きたいと思っていたものは、これっといっても過言ではありません。大変驚かれていますが、これ、皆様も知っている代物なんですよ」

 

わずかな沈黙。だが、視察組を代表して御手洗が緒方の発言に応える。

 

「テレビ、か」

「はい、そうです」

 

重苦しい言葉。緒方はそれに嫌悪感を示すこともなく普通に答える。いくら御手洗といえども今は彼の中に他人を侮辱する感情は一切含まれていないのだ。

 

「しかし、これは・・・・・あり得ない。いくら妖精の技術といえども、これは日本をも超えているのではないか。こんなものを作れ・・・・・・まさか!」

「御手洗殿のご推測はおそらく当たっているかと。確かに、日本世界において今から90年近く前に活躍した艦娘たちの艤装を解析したところで、このような未来の産物としか思えないようなものは例え妖精たちでも作れません。彼女たちは艤装の解析で得られた()()()()()を基に様々なものを創り出しています。ですが、例外が1人だけいます」

「みずづき、か」

 

染み出るように吐き出された的場の言葉。それに緒方がゆっくりと頷く。

 

「これはみずづきの艤装を解析して得られた情報を基に妖精たちが、不眠不休で遊んだ結果なのです」

「みずづきもそれそれは、驚いていましたよ。なんでこんなところに液晶テレビがあるんですかっ!?、と。妖精たちの能力を話したところ、ものすごく脱力してましたが」

 

当時の状況を思い出し、苦笑する百石。ここにある「あり得ないもの」。2つ目は妖精たちが作った液晶テレビとそれをフル活用できるこ高彩度カメラだった。視察組はそれを聞き、もう一度黒板、もとい液晶テレビに目を向ける。それは淡々と、さも当たり前のように雲を、海岸線を、街を、海を、山を映し出していた。

 

「ということはつまり・・・」

「はい。日本では今私たちがもてはやしているのは、骨董品とされ博物館に収蔵。一般家庭でもこの薄型テレビを複数台保有しているそうです」

 

衝撃。百石の言葉に的場ですら目を丸くする。富の象徴となりつつあるテレビ。ここにいる視察組ですら持っていないというのに、日本では庶民が持つ当たり前の家電となっているのだ。先端技術搭載の家電を大衆化可能にする大量生産、大量販売体制、そして家電の大衆化に必要な国民全体の所得水準の高度化。技術水準どころか経済規模も格が違うのはこのことだけで一目瞭然だ。百石たちと異なり初めて現在の日本世界を目の当たりにした視察組は、あまりの違いに乾いた笑みを浮かべる。

 

「私、あの報告書に対する疑念が少し消えてきましたよ・・・・」

 

海軍の白とは異なるカーキ色の軍服を着た男性は思わずメガネを取り苦笑しながら額の汗をハンカチで拭きとる。それに向けられる同情の視線。

 

「あ、ちなみに。2033年の日本には紙のように折りたためるテレビもあるそうですよ」

 

百石の不敵な言葉に固まる一同。もはや言葉もない。この中には理系に通じている人間もいるが彼らでさえ、なにをどうしたらそんな芸当が可能なのか見当もつかない。

 

2033年の日本。自分たちとは隔絶した世界から来た艦娘、みずづき。彼らはこれから行われる演習、みずづきの戦闘能力に想いを馳せるのであった。

 

 

 

~~~~~

 

 

 

相模湾  「大隅」艦内 待合室

 

 

司令室と同じように白い蛍光灯で照らされた室内。今日は波が穏やかなようで相模湾上に来ても揺れは全く感じず、そういう意味でも地上にいるときと何も変わらない。室内にいくつも並べられた背もたれのない長椅子。比較的広いとっても船内の広さはたかが知れている。それでもできるだけ多くの人間が座れるようにしているためか、椅子と椅子の間隔が狭いところが多々あり歩きづらい。その椅子たちの正面に置かれたとある液晶テレビ。いや、モニターと言った方が正しいだろう。みずづきは長椅子に腰を降ろし1人でそのモニターを見ていた。初めてこれを見たときはさぞ驚いたものだが、日本ではそれこそ当たり前の家電であったため、慣れるのにそう時間はかからなかった。それには、「もう考えても無駄だ」というあきらめも入っていたが・・・・・・。

 

4分割された画面。お金持ちが持っているような特大サイズではないため、そこまでされると細部の詳細が分かりづらいが、見る分には全く問題はない。画面に映される4つの映像。すべて別々のカメラによる映像だが、それは今まさにみずづきがいる「大隅」から少し離れた演習海域で行われている演習を捉えていた。海上に設置された的に向かって装備している主砲を発射する駆逐艦たち。次々と砲弾を撃ちだしているが・・・・・・・・・全然当たっていない。

 

「うわぁ~、私がやったら大目玉確実・・・・・。でも、仕方ないか・・・」

 

みずづきは的から離れたところに大きな水柱を立て、地団駄を踏んでいる艦娘たちに苦笑を漏らす。撃てども撃てども当たらない砲弾。だが、みずづきの中に彼女たちをバカにする感情は微塵もない。それどころか尊敬の念を抱いていた。みずづきは確かに、絶対ではないが音速の目標にも砲弾を当てられる。それ以下の目標ならほぼ100%で命中は可能だ。しかし、それはみずづき「腕」によってなされる業ではない。それはコンピューターによって初めて実現する奇跡なのだ。現代兵器はコンピューターなしにその驚異的な力を発揮しえない。もし、みずづきがレーダ管制をオフにしや主砲に内蔵されている光学照準器さえも切って、撃ったなら彼女たちと同じようになるだろう。

 

自分自身の腕で決める。機械の力なしでは戦えない、戦えなくなってしまった世界の人間として、その潔さには憧れるし、すごいと思うのだ。

 

「お、命中~。ようやく当ててきたわね。前回より吹雪、少し上達してるじゃない」

「Wow!! さすがブッキーネッ!! 他の駆逐艦ズたちもみんな腕を伸ばしてるではありまセンカ! ウゥゥ、感動デース、感動しまシタッ!! 砲撃戦の女王たる戦艦として、これほどの喜びはありまセーン!!」

「はぁ~。さっきまであんなに憔悴していたのに・・・・その元気はどこからきたの? その切り替えの良さは是非、私に負けて現実逃避している若輩者に伝授してあげてほしいものだわ」

「なんですって?????? 負けたこの私が???? 現実逃避しているのはどっちよ。確かに空中戦では私の方が多く落とされけど、護衛対象の損耗率はわたしのほうが・・」

「こんにちは、みずづき。ごめんなさいね、大事な演習前にお邪魔して」

「ちょっ、ちょっと、無視すんじゃないわよ!! 私にケチ付けられたからって・・」

「ohhhhhhhh!!! 惜しい! 惜しいデース!! 今日は絶好のconditionですからもっと、もっといけマース!!」

「ちょっと金剛静にして!! あいつ、金剛の声を利用して聞こえないフリしているから!!」

「は、ははは、ははは・・・・・」

 

感傷に浸っていたみずづきの心を完膚なきまでに現実まで引きずり出す喧騒。その容赦のなさ、そしてブレのなさには感服するしかない。しかも毎回毎回同じようなやり取りをしているにもかかわらず、末恐ろしいことに話題が一切被っていない。それらにはもはや苦笑しかでない。

 

「いえいえ、お気遣いなく。みなさん、演習お疲れさまです。いや~、加賀さんや瑞鶴たちの模擬戦闘や金剛さんの砲撃訓練は圧巻でした!!」

 

胸元でぐっと拳を握りしめ、みずづきは目を輝かせる。演習が開始されてから既に数時間。旧日本海軍の艦戦や艦爆、艦攻が乱舞し、みずづきとは比較にならない衝撃波と爆音をもって砲弾が放たれ、現在と用途が違う魚雷たちが海面スレスレの海中を猛進する。どれもこれも21世紀では白黒の写真や映像そして書籍のなかの文字でしか見られない、感じられない光景だけにみずづきにとっては新鮮なことこの上ない。

 

「そ、そう? まぁ、いつも通りのことをしただ・・」

「ありがとう。でも、まだまだよ。空中戦ではどこかの誰かさんに艦戦を落とされたし、護衛対象にも被害を出してしまった。これからも精進が必要よ。あなたもそう思うわよね?」

 

いつも通りの表情、いつも通りの口調で加賀は瑞鶴に語り掛ける。だが、そこには有無を言わさぬ迫力が込められている。みずづきに褒められ少し高くしていた瑞鶴の鼻が簡単にへし折られる程度には。

 

「と、当然じゃない!! 私は翔鶴型の2番艦よ。まだまだやれるし、どこぞのおいぼれ空母なんてすぐに追い越してみせるわっ!!」

 

「ふっ」と不敵な笑みを浮かべる瑞鶴。本人は本人なりに上手く言ったつもりなのだろうが、加賀はさも聞いていなかったかのように無視し、みずづきに振り返る。「無視!? ちょっと、あんた最近私の扱い雑過ぎない?? これじゃあ調子が狂う・・・・・って、何も言ってない、何も言ってないからね!! 金剛!! なに笑ってんのよっ!!」という瑞鶴の叫び声を加賀は背中に浴びているが、みずづきはもろ真正面から食らっているので精神的に大ダメージだ。あんな口調ながら寂しそうな顔の瑞鶴を見ると何とも言えなくなってくる。

 

「はぁ~全く。反応しなければわめくし、反応してもわめく。五航戦にはどちらかにしてほしいものだわ」

「はははは・・・・。瑞鶴さんも加賀さんにかまってほしいんですよ。ほら、言うじゃないですか? 好きな相手にはちょっかいをかけたくなるって」

「あの子が私を? ・・・・・・・・あり得ないわね。だいだい万が一そうであったとしても、迷惑だし願い下げね」

 

そう言いつつも耳を若干、本当に若干赤くして瑞鶴の方に、これまた若干意識を向ける加賀。その強情さにはみずづきも少し肩をすくめてしまう。金剛や赤城がからかいたくなる気持ちも分かる。加賀と瑞鶴の顔を交互に見て笑っていると落ち着きを取り戻したモニター画面が目に入った。砲撃をやめ整列しだす駆逐艦たち。どうやら砲撃訓練が終わったようだ。

 

佳境に入る演習。加賀と瑞鶴のコンビネタを拝める要因となった模擬戦闘など様々な演目が行われたが残すところはあと1つ。

 

「いよいよね」

 

同じくモニターを見た加賀が呟く。他の2人も加賀と同じ心境なのかさきほどと打って変わって神妙な表情だ。長椅子に座っていたみずづきはゆっくりと、しかし一切のブレなく立ち上がる。その時、待合室に設置されたスピーカーから抑揚のない男性の声が発せられる。

 

「駆逐艦砲撃訓練終了。次は特別演習。繰り返す、次は特別演習。参加者及び関係者は至急所定の区画に集合せよ」

 

艦内放送終了後に訪れる静寂。一際大きな音を聞いたせいか、それはいつも以上に静かに感じられる。

 

「みずづき? 手加減しろ、などと言うつもりは毛頭ないけど・・・・・・赤城さんたちをよろしくね」

 

まっすぐみずづきを見つめる加賀。そこには恐れも不安も、そして楽観もない。ただただ真剣な表情があった。それは金剛と瑞鶴も同じであった。

 

「私の親愛なるい妹もいますから、よろしくお願いしマース! ビシビシっ鍛えてやってほしいネ! それがあの子のためでもありますカラ」

「私は全然心配してないけどねっ!! 翔鶴姉は自慢の姉だし、赤城さんも榛名もいる。それに提督もちゃんと作戦を考えてくれてる。だから、そこの弱腰なお二人さんとは違って、翔鶴姉をよろしくとはいわない」

 

その発言が気に入らなかったのか、加賀は眉を一瞬つり上げると瑞鶴に視線を合わせ口を開こうとする。だが、それを瑞鶴のまっすぐな視線が押しとどめる。2人の間では珍しいパターンだ。

 

「ただ・・・・1つだけ言いたいことがあるわ。あんたなら重々分かっていると思うけど・・」

 

一旦言葉を区切り、目をつぶって深呼吸をする瑞鶴。それが終わり目を開けた彼女は見惚れるほどきれいで、勝ち気な笑みを浮かべてこういった。

 

「大日本帝国海軍をなめんじゃないわよ!」

 

それに目を大きく見開きみずづき。加賀と金剛も一瞬、瑞鶴がそのようなことを言うとは思わずみずづきと同じ表情になるが、すぐに瑞鶴と同じ不敵な笑みをみずづきに向ける。

 

「参りましたね~」

 

一本取られたと首に手を当てるみずづき。心の中で熱いものが沸き上がってくるのを感じる。こう言われては、言わなければならないことがあるだろう。

 

「では、私からも・・・・・・・日本海上国防軍の力、お見せしますよ」

 

自信にあふれた不敵な笑み。それを3人におみまいすると一礼してみずづきは歩き出す。目指す場所は「大隅」の外に広がる大海原。事前の打ち合わせでは、もう既にみずづきの対戦相手となる第1機動艦隊、第3水雷戦隊は演習海域に向かっているはずだ。駆逐艦たちは砲撃訓練のあとという事もあって少しかわいそうな気もするが、致し方ないだろう。

 

大日本帝国繁栄の礎となり、数々の伝説・武勇伝を残しアジア・太平洋戦争を戦った艦娘たち。対するは彼女たちが必死に守り抜き再び繁栄を手にした日本国からやってきた、遥かに進んだ科学力を体現する艦娘。本来、出会うことのなかった存在同士の本気がもうまもなく交差する。




・・・・・・あれ? 戦闘シーンは?

大変申し訳ありません! 出てくるのは中編からです(汗・・・汗)

にわかなりに頭をひねって書かせて頂いたので、もう1週間待っていただけると嬉しいです。

そして、1つお知らせです。
本作を読んで下さっている読者の方々からは多くのご感想やご指摘をいただき、作者として非常に心強く思っております。また、激励の言葉などには大変励みになっています。

今後ともご感想やご指摘をお待ちするしだいですが、私情により3月からリアルが非常に忙しく、また大変なことになります。(もしかすると読者の方々の中にも、私と同じ試練に遭われている方がいらっしゃるかもしれませんね)

なので、お寄せ下さったご感想やご指摘への返信が長期にわって遅れたり、現在週一の投稿間隔が伸びたりするかもしれません。

ただ、メッセージには必ず目を通しています。また、書きためもあるので投稿がぱったり止むということはありません!!

ご迷惑をおかけしますが、今後とも「水面に映る月」をよろしくお願いいたします。

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