水面に映る月   作:金づち水兵

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33話 夢 -阪神同時多発テロ-

「東京都心、横浜市中心部で発生し死者1万409人を出した人類史上最悪のテロ事件、京浜同時多発テロ事件からもうまもなく1か月となります。爆弾テロなどによって甚大な被害を受けた東京駅や新宿駅、横浜駅など東京都・神奈川県内の34カ所において、政府主催の追悼式が開催され、同時テロで最初とされる秋葉原駅前銃乱射事件が起きた時刻、18時3分に黙祷がささげられる予定です。政府は全国民に対して同時テロによる犠牲者への哀悼の意と示すとともに“テロを断固許さない”という固い意思を示すため、当時刻に黙祷を行うよう呼びかけています。これに対し同時テロの犯行声明を出し、一昨日発生した茨木市役所襲撃・人質事件の首謀グループと目されている『新倭建国団』は『祖国を二度にわたり侵略し、その醜い思想をいまだ堅持する日本民族への教化は引き続き実施され、己がどれだけ卑しく蔑まれるべき存在なのか同胞の血をもって知ることになるだろ』との声明をインターネット上に公開し、さらなるテロを予告しています」

 

妙に霞んだ視界。釈然としない意識。他人事のように聞こえる様々な音。重力から解放されたような浮遊感。それはこれまで生きてきた中で数え切れないほど感じてきた感覚。

 

これで二度目。もうこれの正体は考えるまでもない。

 

 

“また、夢か・・・・・・・・・”

 

 

何度も何度も見てきた夢。脳裏にこびりついて離れない、残酷な記憶。思い出したくないのに、もう2度と見たくない光景なのに。夢とは自身が関与できないが故に、冷酷だ。

 

 

「ふん! なにが、同胞の血をもって知ることになるだろう、だ。いかにも自分らのやってることが正義みたいな言い方しやがって・・・・・侵略者の残党どもが」

「あなた、ご飯飛んでるわよ。きたない・・」

 

 

前見た夢よりも、よく見る夢。比較的時間が新しいためか、それだけ衝撃的だったのか。

 

よく見る理由は分からない。

 

ただ、抵抗しても無駄だと分かっているので、おとなしく映画館のように席につき視聴を開始する。何故だろう。目を背けることができない。

 

 

「自衛隊の治安出動時の権限が大幅に拡大された改正自衛隊法が緊急施行されてから今日で4日。関西各地、そして兵庫県内の各地にも多数の自衛隊部隊が展開し、テロへの警戒に当たっています。では、阪急電鉄神戸三宮駅で取材にあたっている小野さんにつないでみたいと思います。小野さーん?」

「・・・はい。私は今、阪急電鉄神戸三宮駅東出口前で取材にあたっています。こちらをご覧ください。現在バス停裏の歩道を小銃を手にした自衛隊員が4人、周囲に鋭い眼光を向けながら歩いている様子が確認できると思います。また、こちらに移動して・・・・・見えますでしょうか? 国道30号線、片側4車線の非常に大きな道路なのですが、高架下の普段は客待ちを行っているタクシーの車が止まっている場所に、3台ほど自衛隊の装甲車が止まっている様子も確認できます。我々の取材によると現在神戸市の各地に展開している部隊は近畿2府4県の防衛を担っている第3師団、その隷下にある普通科連隊とのことです。しかし、詳しい取材は昨今の情勢を理由に拒否され、警戒に当たっている自衛官にも同様の対応が徹底されているようです。街で聞くと、今回の改正について評価する声が多い印象ですが、依然自衛隊の展開によってテロが過激化するのではないかという政府の急進的な政策に懐疑的な見方をする意見も聞かれます」

 

「まだ言ってるな。いつになったら平和ボケがなおるんだか・・・・」

 

テレビから流れてくる映像と聞こえてくる音声。そこにはついこの間まで、映画でしか見られなかった光景が広がっていた。それに興奮しているのか、今では否定されつつある自身の信念を多くの視聴者に語り掛けたいのか、少々的外れなことをリポーターは言い続ける。それに毒ずき、納豆と共に白ご飯をかき込む対面に座る中年の男性。飛んだ米粒の落ちた場所はしみにならずに済んだようで、その男性の横に座っている同年代の女性はほっと胸を撫で下ろしている。

 

それを視野の隅で見ながら、卵焼きをほおばった少女はテレビの画面を見て感嘆する。

 

「す、すごーい! 三宮の駅前に96式装輪装甲車がいる。それに89式小銃を持った自衛隊員も、こりゃ、スマホで撮らないと」

 

嬉しそうに微笑む少女。それに「あとで俺にも送ってくれ」と男性。その笑顔ははたから見てもよく似ている。だが、それに同調できない者が1人。

 

「本当に行くの?」

「前から言ってたじゃん! 今日はゆうちゃんと買い物に行くって。来月から高校生だし、いるものもそろえとかないと」

「そんなの分かってるわよ。でも、昨日だって、奈良でテロがあったばかりじゃない。ここは田舎だから私も心配してないけど、三宮って人がいっぱいで言っちゃ悪いけど連中にとって格好のターゲットでしょ? もしものことがあったらどうするの?」

「お母さんは心配し過ぎ! 三宮にいるのだって電車に乗り降りするときだけだし、主に行くのは別の場所だよ」

「私は、危ないところには行くなって言ってるの! 山の手なんてどこも危ないもんじゃない」

 

声を若干荒げる母。それに苛立つ少女。父は厄介ごとには首を突っ込まないとばかりに目の前の朝食とテレビに意識を向ける。

 

少女が口を開きかけた時、真正面にある木製の引き戸が開き、眠そうに目をこすって乱れ切ったパジャマ姿の少年が入ってくる。年は少女より少し幼い。

 

「ねえちゃん、ゆうちゃんが来たよ」

 

あくびしながらの言葉。それに光を感じ、少女は勢いよく残っていた朝食をかき込むと脱兎のごとく台所から出ていく。

 

「あっ! ちょっと、ちょっと待ちなさい! 澄っ!!!!!」

 

背中から感じる怒気。それに戦慄しながら澄は、親友が待つ玄関へと向かった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

 

「って、言うんだよお母さんったら! 心配性にもほどがあるもんよ。ったく、もうっ」

「ああ~、だからおばさんの怒鳴り声が聞こえたわけね・・・」

「そりゃ心配してくれるのは嬉しいけど、少し大げさ。私たちがいる間にテロなんて起きるわけないじゃん」

 

澄は隣に座る少女に比較的大きな声で愚痴を吐く。モーターの駆動音などでどうしても邪魔をされ小さい声だと聞こえないのだ。走っているのが地下のためか、走行音が反響しているようで地上を走っている時よりもうるさい。だが、あまり声を大きくし過ぎると座る場所がなく、目の前でつり革を握っている大学生らしい男性にも聞こえてしまうので注意が必要だ。

 

「どこの親も似たようなこと考えるもんね」

「ん? なにその訳知り顔。気になるんだけど」

「私も今朝、お母さんにおばさんと同じようなこと言われた・・テロが心配だから行くなって、きいちゃんちでゲームでしてなってね」

 

それに澄はつい爆笑してしまう。少女もつられたのか笑い出す。

 

「てかさ、だったらどこで高校に必要なもの揃えろっていうのかね~。近くの店じゃ、品ぞろえ少ないし」

「そうそう、完全同意。って、はぁ~。もうすぐ高校生かぁぁ~。勉強嫌だな~」

「あんた、高校の話になるとそればっかね。そんなに勉強、いや?」

「はいでました、優等生の台詞! ゆうちゃんはいいよ。頭いいから、私馬鹿だし、ついていけるか今から不安・・・・・・」

「きいちゃん・・・・・。その言葉、とてもクラス上位組の台詞とは思えない。あんたは少し自信持ちなさいって!」

 

肘で澄の右腕をつつく少女。優しくつつけばいいものを、何故か力を入れる。

 

「痛いって、もうっ!」

「あはははっ。ごめん、ごめん。ちょっと、いじわるしたくなちゃった。でもね・・・あんたは馬鹿じゃない。できるんだからかんばればもっと上に行けるはず」

 

その言葉に若干、ほほを赤らめる澄。いつもならからかっていると判断し反撃するのだが、今日はなぜか真剣な口調に聞こえたのだ。

 

 

 

 

いつまでも当たり前に続くと思っていた日常。あの震災でそれがどれだけ儚く、もろいものかを知っても、人間はすぐに日常に染まってしまう生き物。

 

澄は、例え中国と戦争をして世界が第3次世界大戦とさえ言われ始めた状況になっても、日常の不偏性に疑問を持つことはなかった。

 

 

だから。思うのだ。客席から思うのだ。

 

 

あのとき母からの忠告を聞いていれば、自分の日常が崩壊することはなかったのではないかと。深海棲艦との戦争で日常が崩れ去ろうとも、そこには別の未来があったのではないかと。

 

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

 

数え切れない人を乗せて、ホームを駆け抜けていく電車。それが巻き起こす風で、女子では比較的短い髪がなびく。もうすぐ4月。外はまだ肌寒いがここは地下にも関わらず、人や電車の熱気で快適な温度を通り越していた。ホームを埋め尽くす人々。三連休の中日とあって、私服姿がほとんどだ。澄たち2人もその中に含まれる。

 

「えっと・・・・・道順どうだったっけ?」

 

気まずそうに苦笑する澄。それにびくっと反応すると少女も似たような表情だ。

 

「私調べるよ。どうせ今日は時間いっぱいあるんだし」

「ごめんね。私も久しぶりだからうるおぼえ・・・・」

 

2人は自分たちより()()()()()()()()()()()()()()()。ポケットからスマホを取り出した時、電車の接近を告げる軽やかなメロディーと、駅員の放送が聞こえてくる。

 

「げっ・・・・」

 

スマホの画面には、今や日本人の大半が使用している無料通話アプリのメッセージが入っていることを知らせる表示が出てていた。

 

どうせ、お母さんだろう。

 

そう思い、その表示を消す。電車が進入してきたようで再び風で髪が舞い上がる。不意に少女へ目をむけるとさりげなく澄より断然長い髪を手で押さえてる。停車する電車。無意識に扉の開く空気音を予測する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ・・・・・・・・・・・・」

 

だが、それは聞こえなかった。その代りに聞こえたのは、今まで聞いたこともないような爆音。そして、感じたこともない強烈な衝撃が全身を直撃し、体が浮いたような感覚さえある。

 

 

なにが起こったのか。

 

 

一瞬の思考。だがその答えを認識する前に澄は闇に引き込まれていく。澄の意識は全身に走る強烈な痛みを最後に途絶えた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

 

「・・・・・・・ちゃ・・・・・・・・・きい・・・・・・・きい」

 

遠くから声が聞こえる。あまりにも遠いのか何を言っているのかはっきりしない。身を動かす。途端に走る激痛。

 

「う゛っ」

「きいちゃん!!! ねぇ、きいちゃんてば!!! 目を開けて!! ねぇっ!!」

 

それをきっかけに声が近くなり、はっきりと聞こえてくる。そして、かけられている声と全身の痛みが、記憶と結合した瞬間、思わず飛び起きる。

 

「っ!?!? って、痛っ・・・・・」

「きいちゃん!!! よ、よっかぁっ~」

 

激痛に悶える中、少女が感極まって抱き着いてくる。痛いからやめてと言いたいが、彼女のほほにつたっているものを見るとそんな恩知らずなことが言えるわけがない。頭に違和感を覚え手をやると布が巻き付けられていた。わずかに感じる冷たい感触。手にねっとりしたものが付く。

 

「大丈夫!? いくら声をかけて体をゆすっても起きないから、私、私・・・・」

 

駅構内は真っ暗で少女が手に持っているスマホの光だけが周囲の状況を照らしていた。それで分かるすすり泣く少女の顔。そして自分の体も。全身ほこりで汚れ、ところどころ切り傷があるものの、頭の傷が最大のようで骨折などは感じる分にはない。

 

「大丈夫・・・・。ちょっと気を失ってたみたい。ゆうちゃんは大丈夫?」

「私は平気、少し腕を擦りむいた程度」

 

腕には痛々しく血がにじんでいた。しかし、周囲を見て、うめき声や悲鳴、助けを求める声が聞こえる状況ではこれも軽傷に思える。

 

「一体何が・・・・・・・」

 

ポケットに手を突っ込みスマホを取り出そうとするが、そこで少女は気付く。さきほど、気を失う直前に使用していたことを。とっさに自分がへたり込んでいる周囲を手探りで探すが、あるのはコンクリート片ばかりでスマホらしきものはない。と、なにか冷たくわずかに粘り気のある液体に触れる。

 

「っ!?」

 

手には血がべっとりとついていた。自分ではない血が。今更ながら気付くが、ここは血の匂いで充満していた。何故、少女が自分の足元にスマホをおきポケットティッシュをライトの部分に乗せ光を抑えているのか。あたりには、見てはいけないものがごろごろと転がっているのだろう。

 

「きいちゃん、立てる? はやくここから出ないと」

「うん大丈夫。私どれぐらい気絶してた?」

「10分ぐらい・・・・・・。ほんとによかった。早くいこ」

「で、でもいいの? 周りにはまだ・・・・・・」

 

構内は地下ということもあるのか、怒号や助けを求める声、誰かを励ましている声、必死にがれきをどかしている音がすぐ近くのように聞こえてくる。

 

「私たち、子供だし。いても足手まといにあるだけ。ここでうじうじしてるよりも上に上がって助けを呼んだ方がいっぱい人が助かると思う・・・・・・・・・・だから、いこ」

 

悲し気に唇をかむと少女は澄の手を掴んで、まだ残っている階段へ歩き出す。途中、吐き気を催しそうになる光景があちこちにあったが目を背ける。少女も澄も、人を見捨てる罪悪感に押しつぶされそうだった。

 

 

そこからどうやって地上に出たのかよく覚えていない。表情を恐怖に歪める人、全身血まみれの人、必死に駅員と情報交換を行う警察官、仲間をおぶって走る自衛官。駅の中は大混乱だった。そして、やっとでた外。

 

全身に浴びる太陽。それに覚える感動・・・・・・・・・はなかった。そこに感動を覚える奴は人間ではない。一面、本当に人体から流れ出た血で赤く染まる駅前の小さな広場。全身に穴をあけ、血にまみれ、腕や足、首を飛ばされ、白目をむいて死んでいる人間の山。本当に山だった。駅の出入り口付近は人の死体が折り重なっていた。むせる血の臭い。そこに響く銃声と、もはや数すら数えられないほどのパトカーや消防車、救急車のサイレン、上空を飛び回るヘリコプターの轟音。

 

その中を歩く。

 

2人はそれが現実を受け止められず、恐怖に顔を歪めながらただ震えていた。

 

鳴り響く銃声。その方向に目を向けると、2人の親子づれが必死に走っている。

 

続いて鳴る銃声。血飛沫をあげて倒れる2人。それでも容赦なく浴びせられる銃弾。あまりの多さに着弾の衝撃で、体が痙攣しているように見える。銃弾が飛んでくる方向。

 

 

そこに彼女たちは見た。全身迷彩服と防弾チョッキに身を包み銃を構えている大柄の集団を。その先にはもう屍となった警察官が複数人見える。銃声がやむ。もやは原型をとどめていない親子の死体。

 

 

そして、その死神たちは澄たちを・・・・・・・・・・・・・・見た。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

恐怖に負けもはや声すら出なくなった口から、ただの音が出る。このとき澄ははじめて死を覚悟した。だが、その覚悟を覆すはっきりとした声が周囲に響き渡った。

 

「何してるっ!!!! 走れぇえぇぇぇぇ!!!!!」

 

それと共に目の前にあるビル。その窓や陰から銃撃が始める。それに少女は反射的に反対方向に逃げようとするが、澄はとっさに彼女の手を掴みそのビルへ向け足が取れそうになるほど走り出す。

 

「なにやってんの!!!! 向こうh・・」

「大丈夫!!」

 

聞いたことのある銃声。テロリストが持っている銃との違いは素人では分からないが、一回聞いたことがあるのなら分かる。国内唯一の実弾射撃演習に行けた幸運を噛みしめる。この銃声は・・・・・・・。

 

「早く!! こっちにっ!!!!!」

 

手招きする自衛隊員。敵からも銃撃がはじまった。耳元をひゅっとかすめる銃弾の音や、アスファルトに跳弾する甲高い金属音があたりのあちこちで巻き起こる。

 

 

それを気にせず走る、走る、走る、走る・・・・・・・・・・・!!!

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・。ゴホッゴホッ・・・なんとか助かった・・・」

 

ビルの陰に入り、交戦を続ける自衛隊員の後に回される2人。一瞬希望が見えたが、それは絶望にいとも簡単に塗りつぶされる。

 

倒れ込む少女。口からは苦しそうな吐息が漏れている。

 

「ゆ、ゆうちゃん!? どうしたの・・・・・って」

 

澄は見た。倒れ込んだ彼女の下に血だまりがものすごい速さで構築されるのを。

澄は見た。彼女の背中に2つ穴が開いているのを。

 

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

 

「ごめんね。治療してあげたいけど、もう私たちが持ってる薬がないの。だから、助けがくるまで・・」

「早川一曹! こちらもお願いします!!」

「了解っ!! ほんとにごめんね」

 

少女の容体を見ていた女性自衛官は悔しそうに顔を歪めると、声を発した隊員の元へ歩いてく。その足には、赤黒く変色した包帯がまかれていた。その後ろ姿に頭を下げると、澄は床に寝かされている少女の顔を見る。苦しそうにしわを作り、汗まみれだ。

 

「はぁ・・はぁ・・う゛・・・」

「ゆうちゃん、もう少し・・・・もう少しの辛抱だから・・・・・そうしたら助かるから」

 

震える手で血塗れの少女の手を握る。ビルの中、会議室と思われる空間に充満する死の臭い。それを必死に少女へ声をかけることで四散させようとする。

 

「絶対、絶対助かるから・・・・・・・だから、頑張って。ね?」

 

 

聞こえてくる音。

 

 

「・・・・・テロ発生から既に半日が経過しました。しかし、情勢は未だ緊迫しており予断を許さない状況です。政府の発表によりますと、現在三宮駅周辺・新神戸駅周辺・神戸市役所・神戸空港など神戸市を中心とした阪神地域、21カ所においてテロの発生が確認されたとのことです。しかし、兵庫県警には政府発表以外の地域からの110番通報が相次いでおり未確認のテロが発生している可能性があります。また、陸上自衛隊伊丹駐屯地・姫路駐屯地、海上自衛隊摂津基地が重火器を所持する武装集団に襲撃され、激しい銃撃戦が起きている模様です。日本政府は一刻も早くテログループを鎮圧し、占拠地域に取り残されている国民、警察官、自衛官の救出を急ぐ構えですが、各地の自衛隊駐屯地・基地また警察署が襲撃を受けているため、機動的な対処が思うように行えないのが現状のようです。現在、今回の大規模同時多発テロでの犠牲者は確認されているだけで1498人に上ります。テログループの襲撃を受けた地域では路上に多数の銃殺遺体が散乱、放置されているとの情報もあり犠牲者は今後増加するものと思われます」

 

「・・・敵は三宮駅を中心に半径1km圏内をほぼ制圧したとみていいでしょう。展開または投入されていた部隊で生き残った者は、1km圏より退避しているとのことです。・・・・・・・・・我々は敵のど真ん中で孤立した、ということです」

「敵の勢力はせいぜい数十人だろ? 昼間の戦闘で向こうもかなり数を減らしている。なのになぜ、半径1kmなんていう広大な哨戒線引けるんだ?」

「敵はそもそも哨戒線など引いてないんですよ。要所要所に歩哨を置いて外に展開している本隊を牽制してるだけです。ただ、それでも・・・・・」

「話は聞いた。どうやら上も相当混乱してるみたいだな。テロが本格化してから自衛隊の施設が攻撃を受けるなど初めてのことだ。海自の摂津基地も壊滅したと言うし・・・」

「それに、敵はその・・・・・・・・我々の装甲車部隊の進入を防ぐ為と思われますが・・・・道路に殺した住民の遺体を置いて、物理的・精神的な車止めにしているようです・・・」

「・・・なんたる・・・あ、あいつら・・・・・・おぞましい。同じ人間がすることとは思えん」

「しかも、その・・・・・第3小隊の報告では、車止めにされている遺体はどれも損傷が激しく、意図的に損壊されているとのことで・・・・」

「・・・・・・・野蛮人どもが」

「それとこれは大木から無理に聞き出したんですが、どうも中には生きたまま・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうさせられたとしか思えない状態の亡骸もある、と」

「・・・ここまで怒りを覚えたのは生まれて初めてだ。これが報道されれば、導火線に火がついている世論は爆発するだろうな。私も個人としていい加減、我慢の限界だ・・・・・。さすがに政府も大々的にこれを発表するだろう。権力者にありがちな法的理由や組織の体面からではなく、人として当然の道徳心に突き動かされて」

 

室内にあるテーブルに地図を広げ、深刻なそして尋常ではない怒りを宿した表情で話し合う自衛官たち。小さなペンライトに照らされた顔がそれを際立たせている。それを見ただけでも自分が、今どれほど危うい状況に置かれているかが分かってしまう。

 

「き、きい、ちゃ、ん・・・・・・・?」

 

以前の元気さが嘘のようなか細い声。澄は少女の顔を見る。暗いためよく分からないが、心なしか表情が柔らかくなったように思う。苦しそうな吐息が聞こえない。

 

「どうしたの? つらかったら無理には・・・」

「大、丈夫・・・・・・話し、たい、気分だか、ら・・・・・」

 

汗にまみれた顔で少女は弱々しい笑顔を作る。それを見て澄はなぜか、本当になぜか、目に涙が浮かんでくる。だが、必死に少女に感づかれないよう目の中で押し留める。

 

「まだ・・・・・あいつ、ら・・・・・いる、の?」

「うん・・・・」

「そっ、か・・・・・・。・・・・・ごめん、ね・・・」

 

鼻声になる少女。澄は意味が分からず目を大きく見開いた。

 

「言い出しっぺ・・・・・わ、わたしだ、から・・・・・。言わなかっ、たら、あんた、が、こんなこ、とに巻き込まれ、ることはなかっ、た、から・・・・・」

「違う・・・違うよっ! 私だって・・・私だって・・・・ゆうちゃんの言葉にのったんだもん・・・・・・・・ゆうちゃんが悪いなんて、そんなこと・・・・」

 

涙がボロボロとこぼれ、少女にまかれ赤く変色している包帯に黒いしみを作っていく。

少女は再び優しい笑顔。あきれ顔と言った方が正しいだろうか。

 

「ほんと、あんたは・・・・・・・。もう一度、あん、た、と馬鹿騒ぎ、してみた、かったな・・・・・・」

「へ・・・・・・」

 

少女の口調が急にはっきりしてきたこともそうだが、澄の耳にある言葉が、それだけがはっきりと明確に届いた。

 

「も、もう一度・・・・・・? や、やめ・・・・」

 

て。そう言いかけた澄の口が止まる。少女の顔を見て。薄暗くても分かる。

 

 

 

彼女は、泣いていた。

 

 

 

「き、きいちゃん? 私、私・・・・・死にたくない・・・。わたしこんなところで死にたくない・・・・・・」

 

震える声で紡がれる想い。

 

「もっと、生きていたい・・・・。もっと、みんなと、一緒にい、たい・・・・。お父さ、んと、お母、さんとおばあちゃん、と、兄貴、と弟と、ゆうちゃんと友達と・・・・・もっと、もっと・・・なの、にっ」

 

少女の手が強く握られる。その想いも強さを示すように・・・・・・・。周囲が静かになる。いつの間にか、ラジオの音はなくなり自衛官たちの話し声も聞こえない。

 

「な、なにいってるの? 大丈夫、助かるって! もっと、もっとみんなと一緒にいれるよ! だから・・・・・だから・・・・」

 

笑顔も一瞬。再び涙が出てくる。澄も内心分かっていた。この後に待ち受ける現実を。でも、それでも認める訳にはいかなかった、認めたくなかった。

 

澄の心に気付いていたのか、今となってはもう分からない。ただ少女は目に涙を浮かべた状態で微笑むと、一回の深呼吸。深く全身の力を、まるで命までも吐き出すかのような深くゆっくりとした深呼吸。涙は止まっている。

 

「わたしの考え・・間違ってたのかな・・・・やっぱり、現実はうまく・・いか・・ないなぁ・・・・・・・」

 

誰に向けられたものだったのか。ひどく切なげで悲し気な声。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが、澄が聞いた加島結衣の最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆうちゃん?」

「・・・・・」

 

独白と同時に閉じられた瞳。ついさっきまで頻繁に動いていた瞳。なぜだろう、あんあに小さなものがどうあっても、二度と開かない、そんな感じがするのだ。

 

 

それで、澄はその時が来てしまったことを知った。

 

 

「・・・・・?! ゆうちゃん・・? ゆうちゃん!! ゆうちゃん!!!!」

 

身体をどれだけゆすっても、どれだけ大きな声をかけても反応しない親友。体からは急速に温かさが消えていく。

 

 

心を覆い尽くす悲しみと喪失感。そして孤独感。

 

 

それに耐えきれず、澄は涙を決壊させる。室内に響く嗚咽。

 

「・・・・・クッソぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

テーブルを殴りつける大きな音。1人の自衛官がこの世の理不尽と自らの矮小さに怒りと悔しさを爆発させる。誰もそれを責めるようなことはしなかった。

 

 

 

響き続ける少女の泣き声。それをただただ大人たちは、様々な想いを抱え黙って聞いていた。

 

 

 

~~~~~~~~

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

真夜中。窓から見える空は真っ暗で、夜明けの気配は微塵もない。汗でびっしょりと濡れた寝間着。肌にぴったりとくっついて不快なことこの上ない。それに、こんな夢を見た後で眠れるはずもない。立ち上がり常夜灯をつけ、薄暗いなか部屋にある鏡で自身の顔を確認する。

 

「・・・・・ひどい顔・・・・・・」

 

かすれた声。寝起きにしてもいつも以上に枯れている気がする。もう一度、窓から外を見る。

 

人工の明かりしかない闇。

 

それに臆することなく、湿り切った寝間着を脱ぎ昼間来ている海防軍の制服に着替えると、玄関から外へ出る。

 

いつもなら働く罪悪感が、このときばかりは働かなった。

 

部屋から出たかったのだ。外の空気を吸いたかったのだ。

 

 

 

 

 

 

あの部屋には、夢の残滓が残っている気がしたから・・・・・・・・。




書いている張本人の作者がいうことではないかもしれませんが、前回同様このようなことが起こらないことを切に願うのみです。どこかで誰かを火あぶりにしたり、捕虜を戦利品とか言ってる反世界的組織や、どこかに工作員をのさばらせいている某国たちには思いとどまって欲しい限りです。

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