水面に映る月   作:金づち水兵

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今回は2話連続投稿でいきたいと思います。

今話は作者のにわかっぷりが暴走してるかもしれませんが、どうぞ。



32話 試射

相模湾

 

少し曇った空。雲の合間から覗く淡い初夏の日差しに照らされているものの、天日干しになるようなことはない。波も穏やかで、冷たくもなく熱くもない快適な風が髪を、制服を揺らす。時折上空を鳥が飛翔し、海面にトビウオだろうか魚が飛び出してくる。360度見渡す限り海が続く。レーダーにはいくつかの反応があるものの視界に捉えられる範囲には自分たち以外、人はおろか船舶や航空機もいない。広大すぎる大海原で自分たち以外の人の気配を感じないことは日常茶飯事だが、これにはもう1つ理由がある。ここは一般船舶の航行や航空機の飛行が禁止された海軍、しいていえば横須賀鎮守府の訓練海域なのだ。みずづきがこの世界に出現したあの日、みずづきと初めて接触した第5遊撃部隊が訓練をしていたのもここである。横須賀鎮守府から少し距離があり利便性には疑問符を付けざるを得ないが、その分広大な面積を有するため戦艦のような大口径の砲を使用しても漁船などの民間船舶に間違って当たったりすることはまずない。そしてみずづきの主砲、Mk45 Mod4 5インチ単装砲は射程が最大37kmと戦艦並みで、対艦ミサイルであるSSM-2B block2に至っては150km超の射程を誇る。故にみずづきは、夕張がここ相模湾を提案したときに2つ返事で同意したのだ。

 

彼女たちがここに来た理由。それは工廠で複製した弾薬が正常に作動するか、不具合はないかを調べるために試射を行うためだ。

 

そんなみずづきは今、身に付けた艤装に予想外の懐かしさを感じながら意識を周囲に一切向けず、とある一点のみをMk45 Mod4 5インチ単装砲を構え捉えていた。少しみずづきから離れた海上。そこに3つの的が置かれていた。だが、射的場にあるような円形で中央に赤点がついている単純なものではない。浮きによって浮力を得られている的はそれぞれ異なる形をしている。いや一見しただけでは的に見えない。2つは四角形の金属板が取り付けられ、ぺらぺらと表現できるほど薄いものと、子供の天敵たる分厚い辞書ほどの厚さを持つものがある。それ以外の的は10個の小さな木製の円形の的がひとかたまりとなった形態をしている。それがみずづきに対して横一線に並んでいた。

 

 

 

 

この場に漂う緊張感。あまりの静けさに自身の心臓の音がいつも以上によく聞こえる。夕張はみずづきの右斜め後方で、身に付けた艤装の上に弾薬複製を担当した妖精たちを乗せながら、そのときを今か今かと待っていた。ついに来た、待ち遠しかった瞬間。複製が上手くいっているのか確認したかったことも理由だが、あまり心配はしていない。ここにいる妖精たちの腕は、人間の職人と同様に確かなものなのだ。それよりも未知の、そして未来の兵器の力をこの目で見たかったのだ。

 

決して見ることも、認知することもできなかったはずの存在。

 

それが今、目の前にいる。この奇跡は、尋常ないほどの奇跡。だから、それを生かさなければ実験軽巡としての誇りが廃る。

 

 

 

 

「教練対水上戦闘! 目標3、弾種、調整破片弾、発射弾数1。主砲撃ちー方はじめー!」

 

みずづきは一度閉じた目を見開くと、今まで散々口にしてきた台詞を久しぶりに放つ。そして、手に持つ単装砲の給弾装置が指定した弾種の装填を終えると、主砲下部にある引き金を引く。目標は10個の小目標で構成される的。

 

 

ドンっ!!

 

 

発射と同時に周囲へ広がる衝撃波と重低音。発生した灰色の発射煙は海風に流され即座に拡散していく。それは夕張にも到達するが、軽巡の20.3cm連装砲にも及ばない駆逐艦と同口径であるため、特段の反応はない。夕張に乗っている妖精たちは艤装の陰に急いで退避し、衝撃波によって海水浴をすることがないようにしているが・・・・。火薬の力によって狭い砲身から解き放たれた砲弾は分厚い大気をものともせず突き進んでいく。そして、一定の距離を飛翔すると信管を作動させ爆発。航空機撃破を志向する対空弾は黒煙を生じさせると同時に四方八方へ破片と金属玉をまき散らす。超高速のそれらによって例外なくズタズタにされる木製の的。海上には的の破片がむなしく波に揺られ、海中に消えていく。

 

次だ。

 

「弾種、半徹甲弾、発射弾数1。主砲撃ちー方はじめー!」

 

効果を確認すると素早く弾種を変更し次弾を装填、発射する。

 

ドンッ!!

 

再び巻き起こる衝撃。それは耳だけではなく、衝撃波という形で実体の存在にも影響を与える。それよって、わずかに巻き上がるみずづきの艶やかな黒髪。セミロングのためそれほど動いたように見えないが、髪が長ければ長いほど影響の視認性は高まるだろう。次は調整破片弾によって無残な姿と化した的の隣。ペラペラの薄い金属板が取り付けられている的だ。海風を受けて少したわんでいる。

 

なぜ、これを的にしたのか。

 

半徹甲弾は低装甲目標、走行がないに等しい現代の軍用艦や深海棲艦の駆逐艦、地上の軽車両の撃破を目的とした弾種であり、目標に命中すると薄い装甲なら貫通して爆発し、内部で破片をまき散らすのだ。そのためきちんと、貫通して、爆発するのか確かめなければならない。貫通しても爆発しないのならば、言ってしまえば銃弾と同じで機械や化け物相手では使いものにならない。

 

突進する砲弾。それはあっという間に金属板に到達しやすやすと金属を後方へひねり曲げ貫通する。金属板が薄すぎたと思った刹那、空中で爆発。破片の落下により海面に数多の白い水しぶきが上がる。これも成功だ。

(よしっ!!)

心の中でガッツポーズを決めると、その隣の的に目を向ける。3つの的の中で最も重厚感と強敵感を放つ分厚い金属板。最後の的をみずづきは射抜く。

 

「弾種、多目的榴弾! 発射弾数1。主砲撃ちー方はじめー!!」

 

ドンッ。

 

再び舞い上がる黒髪。今回はなぜか海面にも衝撃波でほんの一瞬人工的な波が発生する。三度目になると妖精たちもこつを掴んできたようで、器用に隠れ艤装のわずかな隙間から結果を見守っている。一直線に突き進む砲弾。レーダーにより管制され、コンピューターによって風向き、自艦の揺れ、的の揺れを計算して撃ちだされた砲弾は相手も、そして自分も完全にではないが止まっている状況では百発百中の性能。外れることなどめったにない。分厚い金属板に吸い込まれた砲弾はこれまでとは異なった盛大な爆発を引き起こす。だが、貫通することは叶わず、金属板に大きな弾痕を残しただけに終わる。

 

失敗したと見えなくもないが、これでも成功だ。多目的榴弾は弾頭にHEAT(対戦車榴弾)と呼ばれる成形炸薬弾を使っている。これは重装甲目標、深海棲艦の重巡や装甲が比較的薄い三級戦艦、地上の戦車・装甲車を撃破するための砲弾だ。これはノイマン効果によるメタルジェットで金属を突き破る原理。そのため、その核心たるノイマン効果が発揮されているかを確認するためわざと貫けないほど分厚い金属板を使ったのだ。弾痕を見ると確かに強固な金属に穴が開いており、時折波しぶきがかかるとジュッと海水を一瞬で水蒸気に変えている。

 

「目標の撃破を確認、主砲、撃ち方やめ・・・・やった! 夕張さん! 全部成功ですよ」

 

右手に込めた力を抜くと、今まで感情を伏せていたみずづきは爆発したかのように喜びを惜しげもなく開放する。両手でガッツポーズをしながら、夕張へ振り向く。艤装の上に立っている妖精たちはみずづきと同じように歓喜し飛び跳ねていた。夕張も同じく笑顔でみずづきにグッドサインを決める。ただ、夕張の笑顔はみずづきや妖精たちのように単純な喜びだけを内包したものではない。そこには別の感情、純粋な感動が含まれた。心はただ、すごいの一言で埋め尽くされている。みずづきや日本世界にとって艦載砲が止まっている目標に初弾から全弾命中させることは常識であり、特筆すべきものではない。しかし、夕張たちの常識はそうではない。主砲は人の目で照準をつけるため、高度なコンピューターによって管制された現在と異なり、ほとんどが外れるものなのだ。初弾から命中などまぐれもいいところで、全弾命中など神業なのだ。その神業をみずづきは、未来の世界は人のなせる業に変えている。夕張は常識が崩れる音を聞きながら、これからどんな光景が目の前に現れるのか楽しみで仕方ない。まだ、試射を行わなければならない武装はあるのだ。

 

「よかった。そして・・・・すごいわみずづき!!! さぁぁぁ!! 次、次、行ってみましょう!! まだまだ見せてくれるものがあるでしょ!!」

 

少し抑えめの笑みから、なにが起こったのか歓迎会の時のような狂気が混じった笑みへ急速に変貌する夕張。安心した束の間の出来事に、みずづきは血相を変え即座に夕張を視界から外す。甦る歓迎会の悪夢。好奇心という名の精神攻撃から身を守り、どれだけの労力を使って脱出したか。今でも明瞭に思い出すことができる。だが、それが再び降臨しそうな気配を後ろからひしひしと感じる。みずづきはネガティブ思考を振り払い、次の試射に意識を集中させる。だが、単装砲の試射の時のような緊張感は、時折聞こえる上気した声のせいもあってかもう完全に四散していた。

 

次の目標は視認圏内に設置されていないため、レーダー画面において確認する。画面上に映し出される1つの小さな光点。その目標の上空にも1つの反応が示されている。戦果観測用に飛んでいる観測機だ。

 

「こちら、みずづき、カモメ1応答せよ」

「こちら、カモメ1。みずづき、どうぞ」

 

みずづきが無線で観測機に呼びかけるとすぐさま返答が帰ってくる。が、少し複雑な気分になる。女性の社会進出が叫ばれて久しい日本でも、女性パイロットが増えきているとはいえまだまだ男性の方が多かった。パイロット=男性。そういう固定観念があったため今回も当然渋い男性の声が返ってくるかと思いきや、なんと応答の声は可愛らし女の子の声だった。場違い感がものすごく一瞬、言葉に詰まるが平静を装い務めて冷静な交信を行う。

 

「・・・まもなく対艦ミサイルの試射を行う。安全圏まで後退せよ」

「了解。安全圏まで一時後退する」

 

なんとも場違いな声を最後に途絶える無線。本当にもう緊張感を取り戻すことは不可能なようだ。みずづきは自分の状況と観測機妖精の可愛らしい声のギャップに複雑な心境を抱きつつも、メガネに目をやる。複製された17式艦対艦誘導弾Ⅱ型(SSM-2B)が入っている4連装SSM発射筒一番管の発射準備は既に完了している。思考を切り替え、目標があるであろう方向を鋭い視線で一瞥する。主砲の様子から失敗するとは思えないが、ここからは夕張たちにとって未知の兵器でありみずづきの主武装であるミサイル。失敗する確率が低い分、失敗してしまった時のダメージは半端ではない。

 

これがなければ敵艦船を沈めることができないのだから。

 

「・・・目標、訓練用浮遊物1。SSM-2B 1番・・・・・撃てぇぇ!」

 

号令と誤射を防ぐためESSMと異なる形状で設置されているSSM用の発射ボタンを押した瞬間、2つある4連装SSM発射筒の内、1つから風雨によるミサイルの劣化を防ぐため発射筒をフタしていた保護板を突き破り、加賀の天山妖精が「光る矢」と形容したSSM-2Bが轟音を発しながらどこまでも続く大空を進んでいく。新たに形成される一筋の細長い雲。その凄まじさに飲み込まれたのも束の間、目にもとまらぬ速さで飛翔するSSMはあっという間に視界からその姿を消し去る。残滓として発射煙がみずづきの周囲に漂うのみ。

 

 

 

 

それは妖精のみならず例え夕張であろうと言葉を奪うに十分すぎるものだった。興奮しすぎて気絶したとか、そういう事ではない。そこにあったのは純粋な驚愕、そして感動だった。みずづきから事前にざっくりとした説明を受けて今まで様々な兵器を試作・実験・運用してきた夕張なりに理解したつもりだったが、彼女は実際にこの目で「21世紀」を感じ肌で次元の違いを知った。

 

「目標の破壊を確認。対艦ミサイルは命中。繰り返す、対艦ミサイルは命中。爆炎も確認。みずづきさんが言ってらした情報と全く同じです! 実験は成功!!」

 

無線機から聞こえる観測機妖精の嬉しそうな声。それと同時に左斜め前方にいるみずづきも再びガッツポーズを決め、胸を撫で下ろしている。こちらへ向けられる笑顔。それを見て夕張は今更ながら気付いた。みずづきは確かにこちらがどれだけ背伸びしても爆走しても追いつけない存在。持っている武器も抱えている戦術も・・・・・。

 

 

だが、時代がどれだけ移り変わろうと1つ変わらないものがあった。

 

 

例えどんなにかけ離れた存在でも人間である以上、支える人が、組織がいなければならないということ。

 

 

夕張はそれを改めて胸に刻みこむと自身の使命を重しにしてすぐに暴発しそうになる興奮を抑え、冷静さを取り戻す。これを発露するのは横須賀に帰ってから。みずづきが聞いたら涙目で逃亡しそうなことを微笑しながら呟くと、彼女に次の指示を出す。次はみずづき、あきづき型特殊護衛艦の本領である対空戦闘だ。

 

 

 

 

レーダーに映っていたいくつかの反応の内、3つがみずづきとの接触コースに入る。大きさはラジコン並み。速度は約200ノット、時速では約370km。ふらつくこともなくまっすぐとこちらへ猛進している。間違いない。今回、みずづきの試射のために撃墜確実の敵役を引き受けてくれた工廠に所属している教導隊だ。操っている機体はあの零戦である。

 

「教練対空戦闘よーい! 目標、工廠教導隊3機! ESSM発射よーい!!」

 

照射される火器管制レーダー。目標を3機ともロックオンしたことがメガネに表示される。近づく目標。発射ボタンに乗せられるみずづきの指。だが、彼女はもう十分ESSM(発展型シースパロー・ミサイル)の射程圏内に入っているにも関わらず、撃たない。敵なら絶対に撃っているのだが、今は試射である。みずづきはESSMの機動と爆発を確認する観測機たちが展開する空域に、教導隊が到達するのを待っているのだ。ESSMは音速越えの目標を想定した対空ミサイルである。この世界の兵器ならば、ほぼすべてが肉眼で補足可能なためいちいち観測機を展開せずとも目標となったパイロットの証言だけで十分な情報を収集できる。だが、音速ともなると正直、パイロットはほんの一瞬でしか目標を捉えられずきちんとESSMが作動したかどうかは分からずじまいに終わってまうのだ。

 

少しの間待機していると、教導隊が当該空域に進入した。みずづきは指に力をこめる。試射の話を聞き実際に機体を撃墜してもいいと言われたとき、みずづきはそれもう焦った。彼女はそれぞれの機体に妖精たちがじかに搭乗して飛行していることを、妖精たち自身の口から聞いていたのだ。そんな状態で撃墜されれば人間なら待っているのは当然、死だ。だが、夕張曰く大丈夫らしい。妖精たちは撃墜されても死ぬことはなく、原理は不明だが撃墜されると空母艦載機などの妖精ならその艦娘が所属している基地に、工廠の妖精なら所属している工廠に、瞬間移動の要領で帰ってくるらしいのだ。

 

もうなんでもありなような気がして形容できないほどの脱力感を覚えたのは、至極当然の帰結だろう。

 

だが、今回その脱力感は大いに役立っていた。例え撃墜されたとしても妖精たちに被害が及ばないと分かっているからこそ、みずづきは躊躇することなくESSMの発射を号令できるのだ。

 

「発射!」

 

みずづきの艤装にあるMk 41 VLSからSSMと比較してかなり小さな轟音を立てて、大空へ突進していく3つの矢。それらは滑らかに機動を上昇から水平に変えると、おのが目標に向けて母艦の誘導に従い進んでいく。観測機の展開している空域が近傍であったためESSMは本当に一瞬だった空の旅を終え、回避行動をとることもなく悠々と飛んでいる零戦に肉薄する。あまりの急展開、そして速さにこれまで幾度となく演習相手や新兵器の実験に選ばれてきた歴戦の妖精たちもなすすべがない。ほぼ同時に爆発する3機。気付いた時にはもう撃墜され3人とも工廠だった。もはや驚愕を通り越し笑うしかない。

 

上空に咲くあの日以来の黒い花。少し遅れて小さな爆発音と注意していなければ分からない衝撃波が体にあたる。レーダーから対空目標が3つ消えた。

 

「目標の撃墜を確認。教練対空戦闘用具収め。ふぅ~。後はロクマルだけか・・」

 

ESSMの試射も大成功だ。レーダー画面だけでもそれは十分確認できるが、無線機にもそれを補強する報告がもたらされる。ただ、その声はみずづきの晴れ晴れした心境とはずいぶん異なるものだ。

 

「し、信じられない!? あいつらが、い、一瞬で・・・・・・。こ、こちら観測機1番機、全機の撃墜を確認。ミサイルの機動はみずづきの情報通り、全く異常なし。試射は成功。繰り返す試射は成功。・・・・・・・・すげぇ」

 

最後は思わず本音がでてしまったようだ。それに誇らしげな笑みを浮かべると、みずづきはロクマルの発艦準備を開始する。

 

「航空機即時待機。準備できしだい発艦!」

 

無音だった格納庫が一気に機械音で騒がしくなる。次はみずづきが持っているもう1つのミサイルの試射だ。

 

30式空対地誘導弾、AGM-1。第3次世界大戦と生戦によって、使用してきたアメリカ製の空対地ミサイルヘルファイアが入手困難となったため、ヘルファイアミサイルの代替・後継、そして対深海棲艦戦闘でも重要な攻撃手段となることを目的に開発された日本初の国産空対地ミサイルである。一部の専門家からはヘルファイアを丸パクリしている模造品と酷評されたりもしたが、そこまで言われるほどの欠陥品ではない。日本が実戦配備していたヘルファイアはAGM-114Mと形式番号が付されたタイプで、これはセミアクティブ・レーザー誘導という弾頭が命中するまで母機が目標にレーザーを照射し続けなければならない誘導方式であった。またその弾頭は爆風破片弾頭であり装甲の薄い地上の装甲車や小型艇への攻撃を念頭に置いていた。それらと共に、射程が9kmと短いこともあって、AGM-114M ヘルファイアⅡは対深海棲艦戦闘において全くと言っていいほど役に立たなかったのだ。本来これは、駆逐艦や巡洋艦に対しての使用を想定したものではなかった。しかし、敵があまりにも大部隊で来襲してくることが多く、護衛艦が搭載していた旧式の対艦ミサイルSSM-2Aはそもそも当たらず、新型のSSM-2Bも8発しか一隻に対して搭載できない。そのため対艦ミサイルを撃ち尽くしても敵が残っているという状況が多々起こり、効かないことを覚悟し最後の手段としてSH-60K搭載のヘルファイアに頼らざるを得ないこともあったのだ。

 

それを教訓とし最後の手段でも切り札となれるよう開発されたのが、30式空対地誘導弾である。誘導方式は母機の安全が格段に向上するアクティブ・レーダー誘導、撃ちっぱなし式であり、弾頭は重装甲目標を念頭に置いた成形炸薬弾頭が採用されている。これによってこのミサイルでも、戦艦は無理だが重巡洋艦クラスまでなら戦闘不能にさせることが可能になったのだ。ただ、急ピッチで開発が行われたため射程の伸長は見送られ、9kmのままなのが玉に瑕である。

 

ガラガラと艤装後部にある格納庫のシャッターが開き、中から風にメインローターを揺らしながらSH-60Kが飛行甲板に姿を見せる。脇にあるミサイルランチャーにはしっかりと胴体が太い30式空対地誘導弾が備え付けられている。いつよりどっしりとした感じだ。まるでこれから大空を舞うことに気合を入れているかのような・・。ロクマルが完全に姿を現すとメガネに発艦準備完了を知らせる表示が映し出される。

 

「これよりSH-60Kを発艦します。そちらの準備はいいですか?」

「いいですよ! いつでも来いです!」

 

またしても聞こえる場違いな声。ESSMを観測していた妖精は人間でいえば男性に相当し、渋くいかにもパイロットという感じだったのだが、今回はさきほどと同様に女の子の妖精。完全に気を抜いていた。少しばかり動揺して「了解しました」と返答し、メガネに映っているロクマルを一瞥し声を上げる。

 

「航空機、発艦!」

 

最初はゆっくりと回転しだすメインローターとテールローターだが、時間が経過するにつれて回転数が上昇、周囲に人工の突風を巻き起こす。同時に空気を人間が作った機械でたたきつける音が鼓膜を激しくゆさぶってくる。海面には飛行甲板を中心にして同心円状に白波が立ち、メインローターによって発生した下降気流は海面だけでなくみずづき自信にも影響を与える。髪が乱れるだけではない。飛行甲板に圧力がかかり背負っている艤装の重みが増すのだ。しかし、それも一瞬。ロクマルはメインローターの回転によって浮力をえて、戦闘機などの飛行機よりも非常にゆったりとそして力強く空中にその身を浮かべる。並行世界の空を、飛ぶよりも浮く。今のロクマルはまさにそんな状態だ。重力を感じさせない挙動で徐々に高度を上げていくロクマルは、機首を的がある方向に向け速度を上げていく。SSMやESSMと比べてはるかに速度は遅いがそれでも視界から消えるのにそう時間はかからない。機体が白に塗装されているのもそれを助長している。

 

それの一挙手一投足を肉眼で艦載カメラでとらえる。あの頃のように、並行世界の空だと全く感じさせない「いつも通り」、それより少し張り切っているように何の支えもない空気中を飛ぶロクマル。姿が見えなくなっても多機能レーダーは、しっかりと光点としてあの子のロクマルを常に映し出している。

 

「隊長っ!!」

 

清楚で物静かな雰囲気の中に、誰にも負けない熱いものを秘めていた声。それがあの頃と何も変わらない声色で、聞こえてくる。この間まで当たり前に聞いていた、向けられていたもの。自身に純粋で尊い好意を抱いてくれていたあの子の声が・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻聴でも回想でもなく、実際に彼女の声が聞こえた、聞こえたような気がしたのだ。一気に血の気が引き、真っ青な顔で声の聞こえた方へ振り返る。

 

・・・・・・・当然誰もいない。

 

「き、気のせい・・・・・・・・・?」

 

震える声で呟く。そうだと頭の中が叫ぶ。その声に全く疑問の余地はない。2033年5月26日、みずづきがこの世界に来る直前の戦闘で第53防衛隊は全滅。みずづき以外の隊員は全員・・・・・・

 

 

 

 

 

 

死んだのだ。

 

 

 

 

 

 

だから、聞こえるはずがない。いるはずがない。在りし日の記憶が、あの子の、あの子たちの、あの人の顔が脳裏に点滅する。それを全力で頭を振り、消し去る。彼女らの記憶を無下に扱っているわけではない。大切だからこそ、胸の奥深くにしまっているのだ。今のように唐突に思い出さなくてもいいように。決して忘れた訳ではない、決して忘れる気などないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、隊長? 大丈夫ですか? ・・・よかったらこの私が、相談に乗りますよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なのにどうして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び声の聞こえた方へ振り返るみずづき。先ほどとは逆方向から聞こえた気がする。視線の先には、ポケットにしまい込んでいた資料だろうか、鉛筆かペンで何かを真剣な表情でかき込んでいる夕張の姿。それを「見して見して!」というように、夕張の頭の上や襟元に昇り同じように覗きこんでいる妖精たち。何人かがみずづきに気付き、人懐っこい笑顔で手を振る。怪しまれることを避けるため固い偽物の笑顔を張り付けそれに応えると、顔をもとの位置に戻す。鳴りやまない心臓の鼓動。過呼吸と認識して相違ないほど、早いままの呼吸。みずづきは邪念を振り払おうとレーダー画面、そしてロクマルの機外カメラ映像に意識を集中する。

(今は、大事な試験の真っ最中・・・・、きっとこれは幻覚・・・いや幻聴。そんなことあるはずがない。きっと、あの子の機体を見たから思い出しちゃっただけ。そう、きっとそう。だから、落ち着け)

今まで一直線に飛んでいたロクマルが旋回を始める。多機能レーダーや機外カメラを見るにどうやら目標を発見したらしい。みずづきの事前指令に基づき、ロクマルに搭載されている人工知能(AI)は自己判断で攻撃態勢に入る。そのため、みずづきは今ただただメガネに映し出される情報を見ているだけだ。だから、かもしれない。何かしていたらいつのまにか消えている邪念が、頭にこびりついたままだったのは。

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

「お疲れさま! みずづき!」

 

元気ハツラツに夕張が声をかけてくる。実験が成功したため、こちらも高いテンションであろうと予測しているようだが、みずづきは意外にも普通のテンションである。

 

「はい。お、お疲れ様です。はぁ~。全武装の完全動作を確認っと・・・・・。良かったです! 正直、少し不安でしたが妖精さんさまさまですね」

 

さきほどの幻聴がいまだに耳に残っているが、それを悟られないよう気丈に振舞う。無理にテンションをあげていることを気取られてないか心配になるが、妖精たちはみずづきの言葉に、胸を張ったり鼻の下をこすったりといつも通りの反応だ。問題は夕張だった。彼女も艦娘であり人間と何も変わらない感性を持っているので一瞬、訝し気な表情を見せるがすぐに先ほどの笑顔に戻る。どうやら大丈夫だったようだ。

 

「あんまり褒めちゃダメよ。この子たちすぐ調子に乗るから。でも、今日同行できてほんっっっっと、良かったわ! いろんな意味で!!!!!!」

 

色んな意味でがやけに引っかかる。その時、みずづきは見た。主砲を撃ち終わってからなりを潜めていた夕張の狂信的好奇心が瞳に映し出されてたのを。思わず身構えるが、杞憂に終わる。みずづきを質問攻めにするわけでもなく夕張はまっとうな言葉を放ったのだ。

 

「じゃあ、終わったことだし。的を回収して帰りましょうか・・・はいっ、そこ! いやな顔をしない!」

「な、なんのことでしょうか?」

 

指を迷いなく向けられみずづきは視線を泳がせる。嫌な顔をしたつもりはなかったのだが、恐ろしいことに心の声が顔に出てしまったようだ。今回の試射で使った的は全てみずづきと夕張が用意したもの。横須賀鎮守府の訓練海域であるため使用するのはみずづきだけではない。横須賀鎮守府の艦娘や艦船はもちろんのこと、他の鎮守府や基地に所属する艦娘・艦船、そして陸軍を含めた航空隊すらここを使用しているのだ。今日は誰も見かけないが広いと言っても、その広さが十分に発揮されるほどいつも誰かが使っている。そんなところに的を置いたままにすれば事故の元だ。日本でも訓練で発生したゴミはきちんと回収していたため、行わなければならないのは重々承知しているのだが・・・・・正直めんどくさい。魚雷やアスロックの試射に使った的は、水中に沈んでいた部分に限ると爆発によって木端微塵となり、水上に顔を出していた浮きの部分しかなかったのだが、他はそうもいかなかった。主砲の試射に使った的には金属板などがあるため、浮きに使っていたドラム缶を有効活用し、その中に残骸を入れて海上を滑らす。とはいえ持ち運びは結構きついのだ。

 

「あからさまな嘘・・・・・・。もう! すべこべ言わないで、とっととやるわよ。あっ! そうだ」

 

夕張は妖精が昨日、自信満々に見せてくれたあるものを思い出す。みずづきの艤装を解析し、試験的に作ってみたら、できちゃった代物。それを見た時の興奮は凄まじく、今でもそれがぶり返しようだ。

 

「ねぇねぇ、みずづき?」

「な、なんですか?」

 

恐怖が甦る。引っ込んだと思っていた狂信的好奇心はまだ健在だったようだ。しかし、少し様子が違う。

 

「帰投したらあなたにどうしても見てもらいものがあるの! きっと、見たら驚くと思うわ。この子たちが作ったものなんだけど、みずづきにも関係のあるものだから」

 

的回収と聞いて艤装の隙間や制服のポケットなどに入っていた妖精たちが夕張の言葉を聞いた直後、いろんな場所から頭や上半身だけを出してみずづきに輝く視線を送る。それから察するに夕張を興奮させ、自身も気に入る・・・・というか驚くものを作ったということだろう。その様子から武器の類ではないようだ。

 

「ほー、そうなんですか? みなさんの様子を見てるとなんだか、気になってきました。ここは、一肌脱ぎますか!」

「おおお! みずづきがやる気になってくれた! それじゃあ、ちゃっちゃと片づけて、鎮守府に帰投しましょう!」

 

やる気になった2人。

 

的や飛び散ったごみを回収し鎮守府へ帰投後、みずづきは工廠で妖精たちが作ったものを見せてもらった。艤装解析の成果だという目の前の代物。どうやって作ったのか聞くと、なんかがんばったら出来たらしい。つくづく妖精のはちゃめちゃさに、驚きを通り越してみずづきはただ苦笑いするしかなかった。




試射も終わって、本番へ・・・・・・といきたいところですが、もう少々お待ちください。

なんでこのタイミング?と思われるかもしれませんが、次話は『夢』の2話目です。表題から内容をお察しの方もおられると思いますが、一応暴力? 過激?なシーンがありますので、閲覧注意をお知らせいたします。

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