水面に映る月   作:金づち水兵

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今回はいつも並みの文章量です。


31話 負けない為に

????????

 

 

あわただしく額に汗を浮かべ、注文取りや料理運びに奔走する店員。腹ごしらえや1日のストレスを発散するため、飲みに来る客。彼ら・彼女らが走り歩く廊下から一枚の木製引き戸を隔てた、4畳ほどの和室。中央に畳と相性抜群の座卓が置かれ、闇を映すのみとなった窓は障子によって覆われている。ウグイス色に塗られた土壁が少しオレンジがった照明を適度に反射し、室内に風情ある空間を創り出している。響くにぎやかな喧騒が、それをさらに際立出せる。つい落ち着いてしまう空間。

 

「はぁ~」

 

それを百石の悩まし気なため息が容赦なく破壊する。彼は運ばれてきた水をちびちびと飲みながら、ここに来て以来ずっとこの調子だ。そうなる理由を筆端の口から聞かされた吹雪をはじめとする第5遊撃部隊のメンバーは同情しつつも、聞く側としてはいい加減うんざりしてきたので、ここに来た本来の目的を百石に思い出させようとする。

 

「テートク、ため息ばかりついてても始まらないネー。もう、終わったことデース」

「そうそう、そりゃ私たちだって納得した訳じゃないけど、これまでは処分すらなかったこともあったじゃない。それに比べればはるかにマシよ。もう1つ件については・・・もう割り切るしかないわよね」

 

それぞれ注文したサイダーとオレンジジュースを飲みながら提督の姿を苦笑しながら直視する金剛と瑞鶴。それ気付いた百石はゆっくりと悔し気な顔をあげる。彼がこうなっている理由。それは・・・・・・・・。

 

「例の軽い処分に、的場大将の補佐人という名目で視察に来る中将・・・・。なんであんな忌々しい顔を何度も思い出して、ため息つかなければならないんだ!」

 

語気を荒げ、コップの水を一気に飲み干す。そう、みずづき欲しさに無断でいきなり横須賀鎮守府に押しかけ、罵詈雑言を吐いた挙句みずづきにお仕置きの一撃を食らい、あまつさえ百石たち鎮守府幹部のありがたいお言葉をいただき、東京へ逃げ帰った御手洗についてだ。百石や筆端たち。いや全鎮守府将兵・艦娘がまだかまだかと待ちわびていた、といっても過言ではない横須賀鎮守府侵入を受けた御手洗の処分がさきほど東京の軍令部から送られてきたのだ。結果は百石に言った通りである。

 

 

 

 

大本営統合参謀会議委員、解任。

停職、2週間。

減俸二分の一、3ヶ月。

 

 

 

 

これが御手洗実中将に言い渡された処分である。

 

だが、それを聞いて歓喜するどころか百石はやり場のない悔しさと無力感を味わっていた。今回を機に今まで散々働いてきた悪行の清算も行われると思っていただけに、それに対する落胆ぶりは大きかった。そして、極めつけは処分の通達と共に送られてきた演習視察参加者名簿だ。そこには的場大将や軍令部作戦局局長小原貴幸中将など、顔を想像しただけで胃が痛くなってくる海軍重鎮たちの名前が列挙してあり、見た瞬間めまいを起こしてしまったほどだ。電話を受けて覚悟していたものの、正式な書類の衝撃は凄まじかった。だが、それはあらかじめ的場から聞いていたためよかった。そう、それだけで終わってくれたのならどれほど良かったことか。名簿に記載されている最後の名前に目を通した百石は報告に来た通信課の士官がいるにも関わらず叫び、いきなり押し寄せてきた疲労感にソファーへ倒れ込んでしまったほどだった。

 

「東京から、総長と中将が密かにあってる!?なんていう噂は聞いてきたが、まさか本当だとは。総長はいったい何を考えておられるのやら」

「あ、はははははっ・・・・・・・・」

「いや~、いい飲みっぷりだね~。提督、もういっちょいっとく?」

「き、北上さん!? ・・・・・私も最近なんだか疲れが、提督よりも私の方に入れて下さいませんか? 提督なら殿方なので自分でお入れになりますよ」

「ん? 大井っち、水まだたっぷり入ってるよ。それなら必要ないじゃん」

「え・・・・。はっ!! わ、私としたことが、ま、待ってください北上さん!! 今! いま空にしますからっ」

 

少しやけくそになって情緒不安定の百石の右斜めに座っている吹雪はほほに汗を浮かべながら苦笑を漏らす。だが、それはいつものコンビネタを相変わらず見せつける大井・北上を前にして、どちらへ向けられたものなのか、はたから見ると分からなくなってくる。

 

「はぁ~」

「提督、ため息ばかりついていては幸せが逃げるっという言葉もあります。お気持ちは痛いほどお察ししますが、珍しく五航戦がまともな言葉を言っていることですし、どうかお気を確かに」

「はいぃぃ?」

 

今まで無言かつ瞑目して提督や吹雪たちの会話を聞いていた加賀だったが、目を開けると困ったような表情を浮かべる。提督に励ましの言葉を送ったつもりのようだが、いつもの如く火種をばらまき、瑞鶴の怒りを買う。隣から発せられる本気ではない怒気。それを受けても平然と麦茶を口にする加賀。そして、苦笑を続ける吹雪。

 

今日も第5遊撃部隊は全く持って平常運転だ。

 

それを見るとなんだか可笑しくなってくる。同時に励まされている気がするのだ。彼女たちは彼女たちで今回の件に関し当然思うことはあるだろう。御手洗の暴言は百石などの擁護派に向けられることも多かったが、それ以上に多くそして辛辣な言葉を艦娘たちにかけてきたのだ。あの時もそう。だが、それでも彼女たちはいつも通りの表情を浮かべている。

(彼女たちを見習わなくてはな・・・・・)

百石は北上に注がれた水をもう一度、一気に仰ぐ。またため息の連射が始まるのかと吹雪たちは肩を潜めるが、飲みを終わりコップを座卓の上に置いた百石の顔はどこか吹っ切れたような顔をしていた。

 

それに顔を見合わせると睨み合っていた瑞鶴と加賀も含め、一同は笑い出す。そこを見計らったかのように、木製の引き戸は開けられた。一気に様々な音が侵入してくる。そこには強面の雰囲気が型なしに感じるほど少し申し訳なさそうに眉を落とした浅黒い肌を持つ大柄の男性が立っていた。

 

「お待たせして、すいません。少々、工廠の事務処理にてこずりまして」

 

男は履いている靴を既に並べられている靴たちの隣に置くと、畳の上に上がり引き戸を閉める。外界からから隔絶され先ほどの落ち着いた空間が戻ってきた。

 

「いえいえ、私たちもいろいろ話し込んでいたので、お気になさらず」

「っと言っても、テートクが愚痴を言ってただけデスケドネ!」

「それを私たちが励ましてました。提督の言い方には少し語弊があります」

 

百石の事実改変は、金剛と加賀の一撃によって会えなく崩壊する。気まずそうに後頭部をかく百石。それを見た男は、工廠で聞いた話を思い出し、笑みをこぼす。御手洗と散々やり合ってきた百石の反応は手に取るように分かるのだ。

 

「こんばんは、漆原工廠長。ささ、こちらへどうぞ」

 

苦笑ではなく年相応の笑みを浮かべた吹雪が、漆原をいまだ空席になっている座布団の上に手で案内する。それに笑顔でお礼を言い、もう怖がられなくなったことに対する感動を噛みしめながら、百石の対面、右斜めに瑞鶴、左斜めに大井がいる位置に腰を下ろす。昔、まだ艦娘とそこまで深い間柄でなかったときは、それももう怖がれたものだ。面と向かって話してもびくびくしながら目を合わせてくれないし、声をかけようとしてもさりげなく避けられる。まだ、戦艦や空母の子たちはましだったが、吹雪をはじめとする駆逐艦の反応にはそれはもう泣けてきたほどだ。だが、時が経ち、漆原は外見が怖いだけの心さやしいおじさんということが浸透し、今ではどの艦娘とも普通に会話ができるようになった。初対面や付き合いが薄い人間には、ほぼ確実に怖がられるが・・・・・・。

 

「よしっ。これで、全員そろったな。いろいろ紆余曲折はあったが、本題に入りたいと思う」

 

本題、という言葉を聞いた瞬間、室内の空気がそこまでではないが引き締まる。北上がリンゴジュースを飲む様子に涎を垂らしていた大井が涎を吹き、表情を普通に戻す程度には。

 

「既に言っているが、改めて言うと今日ここに集まってもらったのは、3日後に行われる演習、みずづきとの実戦演習において活路を見出すためである。みずづきの力をまじかに見た第5遊撃部隊と先進的技術に明るい漆原工廠長。私1人ではみずづきに対抗する作戦は立てられない。みずづきに勝つため、いや・・・・・・ぼこぼこにされないため、みなと突っ込んだ議論を交わしていきたい」

 

冒頭部分は勇ましい限りだったが、言葉が重なるにつれて声量が小さくなっていく。それに比例して、一度引き締まりかけた雰囲気が残念な方向に弛緩していく。吹雪たちは百石の気持ちを察し、困ったような苦笑を浮かべてしまう。

 

みずづきとの演習。前代未聞の相手、そして軍令部上層部の視察もあるということでどのような演習形態にするか第5遊撃部隊や参謀部と慎重に話し合った結果、正真正銘のガチンコ演習となることが決まったのだ。当初、百石はみずづきから武器や性能など、軍事機密に触れない程度の大まかな情報を得た上、横須賀鎮守府どころか瑞穂で唯一みずづきの戦闘シーンを目撃した第5遊撃部隊を対戦相手とする方向を考えていた。しかし、これはぼこぼこにされることを恐れた吹雪たちと、出来レースとなりせっかくの作戦を立てる機会が失われてしまうことを危惧した参謀部、特に作戦課の反発によって立ち消えとなっていた。もう少し正確に言えば第5遊撃部隊でも吹雪・金剛・北上・大井は演習に前向きであった。しかし、自分達でも容易に撃破できない敵機動部隊、空母艦載機をハエを叩き落すかの如くあっという間に殲滅したみずづきの得体のしれない力から、自分たちが精魂込めて育成してきた航空隊がその力を発揮する暇をなく海の藻屑となることを想像していた加賀・瑞鶴が難色を示したのだ。それに彼女たちの艦載機を操る妖精たちも、だ。別に拒絶しているわけではなかったのだが、空母としての誇りと艦娘として妖精たちを想う気持ちの狭間で揺れる2人の複雑な表情を見て、吹雪は旗艦として演習相手を断ったのだ。また、参謀部作戦課は、作戦を立てることが存在意義であり、作戦を立てることが異常なほど大好きな将兵が集まっている。平時は訓練日程の作成や有事における作戦立案の訓練・勉強などを行っており、自分たちの本領を発揮する機会は演習ぐらいしかないのだ。だから、彼らの張り切り具合は半端ではない。そして、飛び込んできた1個機動艦隊を殲滅したみずづきとの演習を行うとの情報。彼らは横須賀鎮守府の中枢であるため、みずづきの戦果は重々承知していた。しかし、いや。だからこそ、彼らは燃えていたのだ。

 

自分たちの力、これまでの努力が試される時が来た!っと。

 

その情熱は梅雨時期に入りつつある今日にあって耐え難いほど熱く、百石の考えを聞いた作戦課課長五十殿貴久はすこし薄くなった髪の毛が乱れることをものともせず、提督室に直行し百石に「作戦立案」はなんたるかを熱弁したのだ。思考した作戦の有効性の証明、ノウハウの蓄積・発展及び継承、未来志向の作戦立案の重要性、今回で得られるだろう情報と教訓。そして、作戦立案はいかに熱く、人間臭く、有意義で、価値のあるものかを。

 

そして、それは結果的に報われた。簡単に言えば、百石のその熱に浮かされてしまったわけである。

 

 

絶対に勝てないと思う相手に挑む。熱く、軍人魂を触発されたのだ。

 

 

そして、結果みずづきとの演習は彼女の武器・船体の性能を事前にすり合わせることなく、こちらが現在2033年で考え得る戦術をもってあたることが決まったのだ。しかし、何のなんの情報もなければ作戦の立てようがない。やるからには百石と作戦課は勝利、もしくは引き分けを狙っていた。

 

無理だと分かっていても・・・・・・・・。

 

そのため本日、ここ横須賀鎮守府にあり、みずづきの歓迎会時に料理やお酒を用意してくれた居酒屋「橙野」、そこの個室で集まることになったのだ。

 

「みんなの気持ちはよく、よ~く分かる。だが、みずづきはお前たちから見て未来の存在でも、過去であるお前たちの世界、そこにあった技術を基にしている。80年という時間の差は埋めがたいが、少しでもその差を小さいものにすることはできるはずだ。・・・そうしないと絶対勝てない・・・」

 

下を向きながら現実を語る百石。だったら、ガチンコなんかにするなと言いたいが、自分たちの拒否が結果的にこの状態を生み出していることを知り、若干の責任を感じている吹雪たちは誰もツッコまない。それに、吹雪たちが対戦相手を拒否したということは、他の部隊、戦力的に赤城、翔鶴の2空母を有する第1機動艦隊があてられることは想像に難くない。だからこそ加賀と瑞鶴は渋い表情なのだ。ここでまともな議論にならなければ、それこそ大事な戦友や姉を有する一機艦は文字通り殲滅されるだろう。

 

「でも、そうは言ったって、私たち戦闘をまじかで見た訳ではないし・・・・」

「見たのは、噴進弾みたなものが敵の航空機の命中するところと~」

「聞いたのは、北上さんのおっしゃったものが敵機に命中したときの爆発音」

「偵察に出した天山搭乗の妖精から、敵機動部隊が光る矢によって短時間で全滅した、と・・」

「加賀が私たちに気付かれないように、妖精に向かって怒鳴ってるところも見まシタ!」

「ちょっ! あ、あなた、今それは関係ないでしょっ!!」

 

突然の暴露に加賀は血相を変え、金剛を睨みつける。「イヤー、怖いデース!!」と棒読みで叫ぶ金剛。いつも通り全く反省の色は見えない。それへ不敵な笑みを浮かべる瑞鶴。ばれたら、また騒々しくなるだろう。

 

「もう、金剛さん! 今真面目な話をしてるんですから、少しは自重して下さい!」

 

ビシッという旗艦吹雪。それに「I’m sorry!」といいつつ金剛は舌を可愛らしく出す。一応は反省していると見ておいた方がよさそうだ。ほほを膨らます吹雪。百石は笑みをこぼしながら、いかに効率よく吹雪たちから情報を引き出し、それを基にしたみずづきがもっている武装の推測を行うか真剣に考えていた。彼女たちはああ言って何も情報を持っていないと思っているが、どれだけの情報を自分たちが持っているのか自覚していないのだ。噴進弾の一言でも、専門家がいれば様々な方面の技術水準、それから推察される相手の戦術を明らかにできる可能性もあるのだ。

 

百石は漆原を見る。そのために彼を呼んだのだ。漆原は百石の視線に気付かず、口を開き始める。

 

「ざっくばらんに話していても埒があかん。ここはそれぞれ議論するテーマを絞りましょう。まずは、お前たちが一番語る噴進弾のようなものについて。彼女たち、そして吹雪の報告書を読む限り、みずづきはこの噴進弾のようなもの、言いづらいからもう噴進弾ってことにしますが、これを対空戦闘の主兵装としているようです。百発百中かつ猛スピードで殺到したとありますが、吹雪? 具体的にどれぐらいのスピードだったんだ?」

 

漆原は工廠で働いているときのように真剣に、吹雪を直視する。そこに、遅れてやって来た時の柔らかさはなく、強面のため恐怖すら感じられる。しかし、吹雪は昔と異なり怯えることもなく、平然と応対する。彼女も漆原がどうような人物がすでにしっかりと把握しているのだ。

 

「具体的にですか、うーん・・・」

「具体的な速度は分かりませんが、明らかに敵、そして私たちの艦載機より圧倒的に早いものでした」

 

唸る吹雪に、加賀が満を持して代わりに答える。申し訳なさそうな吹雪になぜか瑞鶴が「いいの、いいの」と手を振る。加賀は完全に空母モードになっている。

 

「本当に全弾が命中したのか?」

「はい。少なくとも、私たちが見た範囲は。みずづきの噴進弾はまるで個々か意思を持っているように、敵機に命中するまで追尾していました。もっとも噴進弾の速度が速すぎて、一瞬で命中してましたが・・・。後、敵船を沈めたのもそれと酷似しています」

「誘導装置付きの噴進弾、か・・・・・・・・」

 

漆原は加賀の言葉を聞くと顎に手を当て、何かを考え込むような口調になる。それを不審に思った瑞鶴が声をあげる

 

「どうしたの? なんかものすごく意味深な言葉に聞こえたけど」

 

うんうんと頷く一同。

 

「いや、実はな、昔まだ深海棲艦が出てくる前、革新的な兵器をテーマにした兵器開発本部の講演会のなかで、このみずづきが持っているような追尾する噴進弾のアイデアが出たことがあったんだよ」

『えっ!?』

「これから、いつになるか分からないが空はせいぜい5、600kmしか出せないレシプロ機ではなく、音速を軽々と超えるジェット戦闘機が乱舞する時代が来る。こうなった場合、現在のような人の目で照準をつける対空砲火では全く対応できないし、戦闘機に関しても機銃を目標に当てられない。そこでロケット推進を利用した音速越えの革新的噴進弾に、自律的に飛行可能な誘導装置を取り付けた、()()()()が必要不可欠になってくると、な」

 

漆原以外は開いた口がふさがらない。そんな空想科学小説かぶれとこの世界では受け取られかねない話が過去に出ていたこともそうだが、それよりも特筆すべき事柄がある。誰か知らないが彼は、日本世界が歩んだ道を恐ろしいほど正確に言い当てているのだ。ここにいる全員、並行世界証言録に目を通しており、また瑞鶴や金剛は1944年まで北上は戦後まで生き延びていたため、第二次世界大戦後空の覇者が見慣れたレシプロ機から、音速越えのジェット戦闘機に変わったことは知っていた。ただ、雪風や響が並行世界証言録作成の際に、社会や経済、政治、文化などを重点的に語ったため、世界情勢に大きな影響を与えた核兵器などは別格を除き、それ以外の一兵器や武器に関する事柄はあまり詳細に記されていなかった。だが、彼の言った通り音速の世界では、これまでの対空戦術、対空・空対空兵器は全く持って意味をなさない。

 

 

彼女、みずづきの姿が徐々に明らかになってきた。

 

 

「これはまだレシプロ機が全盛でジェット機が研究段階だった頃に出されあまりに突飛すぎたのもそうだが、現在の科学技術では誰でも開発不可能・・・噴進弾は可能だが、それに乗せられるだけの誘導装置の小型化と性能の向上が困難だったことから、全く相手にはされなかった。俺も聞いた時は未来に生きてんなっと笑ったもんさ。でも・・・・・・・、俺は彼に謝らないといけないな。みずづきは俺たちより遥かに科学が進んだ並行世界から来た」

 

その続きを百石が言う。

 

「私たちに不可能なものは、みずづきの世界にとっては可能、ですか。なるほど。つまり彼女の世界は既に音速の世界で、ジェット戦闘機を打ち落すためにミサイルを使った戦術に転換していると・・・」

「これなら、彼女が何故中口径の単装砲1門に対空機銃が2挺だけなのか、それも説明できます」

「撃っても、当たらないから・・・、いらない、と?」

 

大井が浮かんだ疑問、そして漆原が考えていた理由の1つを述べる。今回に限っては大井も真面目だ。

 

「ご名答。音速の目標に大砲を当てるなんてそれこそ不可能だ。当たらないものを置いてたって艦内の貴重なスペースと予算の無駄だ。だが、みずづきも持っていることは持ってる。あまり考えたくはないが、彼女の砲は音速の目標にもあたるのかもしれんな」

 

漆原の当然の結論に個室はこれまでもそうであったが重苦しい空気に覆われる。時速300kmほどで飛行する目標にもなかなか当たらないのに、音速なんかに当てられるわけないのだ。というかそんな目標に大砲を撃ったことも撃つことになると考えたこともない。

 

一同に2033年の日本には、時速600kmで走る鉄道がありますと伝えたら気絶するのではないだろうか。

 

「だが、もう1つ考えられる理由がある。音速になれば絶対に目標を見つけてから対処するまでの時間が圧倒的に短くなる。俺たちが考える数kmやせいぜい十数kmの戦闘範囲じゃ、それはもう一瞬だ。加賀よ。もし深海棲艦が音速とはいかないまでもこちらを凌駕する速さの攻撃機で一撃を狙っている場合、どう対処する?」

 

いきなり話を振られた加賀は今までの衝撃の影響か、いつものように動揺を隠しきれていない。だが、それでもすぐに頭を切り替えまともな戦術を考えるあたり、さすが加賀というところだ。

 

「撃墜は困難で私が損害を被る可能性を考慮しなければなりませんが・・・・・・・私なら対処する時間を稼ぐため、より遠方に策敵機を飛ばし、出来る限り遠い距離で戦端を開きます」

「そう。おそらく加賀の言ったことが日本世界の発想だろう」

 

それに砲撃戦や雷撃戦を主体とする金剛・吹雪・北上・大井はいまいちわかってないが、それに瑞鶴が反応する。彼女が知っているアウトレンジ戦法とは全く趣旨は関係ないが、それによって広い戦場にイメージが湧き、頭がついてきていたのだ。

 

「つまり、対処する時間を稼ぐために迎撃場所が遠くなって、戦場が広大になっていったのね」

「それに伴って艦船同士の交戦距離も拡大。対空・対艦目標とも主砲の飛距離を越えたからますます大砲の必要性が薄れた、と・・・。あの主砲や機銃はもしもの保険、といった感じかしらね」

 

うんうんと納得する空母勢。だが、いまいち納得できない4人を代表して金剛が声を上げる。

 

「ちょっと、待って下サイ! もし漆原や加賀・瑞鶴の言う通りだとシテ、戦場が広くなったとしマース。ジャア、そもそもどうやって敵を見つけるんデスカ? 目視や索敵機では、もう限界デスヨネ」

 

敵を視界に捉えて初めて戦闘を行うことが常識の者にとって当然の疑問。他の3人も同意を示すかに思われたが、金剛の発言を聞いて吹雪があの時のみずづきの交信を思い出す。そして、みずづきのあり得ない言葉に示した自身の反応も・・・・。

 

「そっか、電探・・・レーダー!!」

「ど、どうしたんだよ吹雪・・・・」

 

戸惑う北上。その隣の大井も、北上を守ろうとはせず同様の表情だ。思わず今までのモヤモヤが解けたことにする喜びから、吹雪は立ち上がってしまった。一斉に集中する視線。吹雪はほほかきながら耳を赤く染め、静かに座布団の上へ小さな身体を下ろす。ただ、向けられた視線の中には驚きもあったが、「ようやく気付いたか」という感心が含まれているものもあった。いや、それの方が多かった。

 

「なに、簡単なことだ。目で見えないのならその範囲すら捜索できる機器を乗せればいい。吹雪? みずづきは約25km離れた敵の詳しい位置、数までを対水上電探で補足してたんだな」

「はいっ、そうです。私もかなり驚きましたからよく覚えています。日本で実戦配備された電探や瑞穂で開発中の電探とは、探知距離・正確性が段違いでしたから」

「つまり、25kmの範囲はみずづきに丸見えってことデスネ?」

 

あの時の会話を思い出し、顔色を悪くする金剛。あの時はみずづきが電探を持っていることに対する驚きに意識が持っていかれていたが、こうやって落ち着いた環境でじっくり考えるとみずづきの言っていたさりげない台詞に恐怖を感じる。つまり、どれだけこちらが無線封鎖して近づこうとも、25km圏に入った瞬間みずづきには位置から数までばれてしまうのだ。そして、こちらはみずづきに探知された事実に気付きようがなく、一方的に叩かれるだけだ。訳も分からずこちらの射程外から。これではお話にならない。

 

「いや、実際はもっと広いだろう。電探は電波を放って、目標をはじめとする障害物にあたって生じる反射波などを捉えて位置を捜索する装置だ。そして、電波は直進しかしない。跳ね返ることはあっても曲線を描いて曲がることはない。対水上電探は水上の目標を捜索するためにあるが、どうしても地球の丸みに影響されてどれだけ電波の出力があがろうとも一定の範囲しか探知できないんだ。その一定距離が理論上30kmとされている。みずづきが電波の直進性を変え得る技術を持っていないことを祈るが・・・・」

「つまり、みずづきは少なくとも30km圏内に入ったものは探知可能という事ですね、恐ろしいことに」

「ただ、これは対水上電探に限った話だぞ。さきほど言ったように電探のシステム上、対水上は地球の丸みに影響されるが、空は何もないため電探の出力が高ければ高いほど探知距離を延ばせる。ここで、先ほどの戦場の話が出てくる。おそらくみずづきは広大な範囲、水上電探の倍に相当する空域を探知範囲としてるだろうな。あまりに凄すぎて私も疲れてきたが・・・・・・」

 

漆原は一息つくために、目の前に置かれた水を一気に飲み干す。話続きでからからに乾いたのどに流れる清涼感。「うまい」と短くも的確な反応をこぼすと、各々の顔に目を向ける。みな、衝撃で顔をこわばらせていた。百石も例外ではない。だが、それは漠然とした感情的な畏怖ではなく、頭で理解しみずづきの正体を知ったうえでの理性的な畏怖だ。

 

自分たちからは、何もかも・・・戦略も戦術も技術も隔絶した相手。だが、彼女も人間である。そして、世界に「絶対」の2文字はない。あるであろう隙を的確に突けるかがこの演習の勝負だ。

 

「だが・・・・・どうすれば」

 

百石は自身の心を奮い立たせるものの、いい案が浮かんでこない。苦渋の表情で頭を撫でまわす。

 

「私たち空母じゃ、艦載機使ってみずづきにミサイルの消費させることしかできないだろうし・・」

「空と海上がだめなら、海中を走る魚雷で! っと言いたいところだけど、さすがに30km先からはあたんないな・・・・」

 

百石を見て瑞鶴と北上の肩を落とす。暗い雰囲気の中、明るささえ感じる声が耳に届く

 

「みんな、まだまだ可能性はある」

 

ただ、1人だけ絶望に顔を染めていない人物がいた。漆原だ。彼はみずづきのとんでもぶりを明らかにし確かに驚いていたが、使われているであろう技術を明らかにしたからこそ、その技術の欠点も見えてくる。

 

「対空電探は確かに探知範囲内の空域、全領域を捜索できる。だが、電波は直進しかしない。だから、30kmを越えると地球の丸みに影響され、探知できない範囲が出てくる。そして、ここが重要なのだが、百石司令? 対水上電探の開発が何故うまくいかいないかご存知ですよね? 予算とか政治的な面ではなく技術的な面で?」

 

百石はそれを受け、以前漆原と交わした会話を思い出す。

 

「それは発信機からの電波を海面が乱反射してしまって、それを抑えたり乱反射と目標の反射波を区別することが難しいからで・・・・・・・・。あっ!!」

 

百石はなにかに気付く。それに一筋の光を見たかのように顔が明るくなっていく。漆原が言いたかったことに気付いたようだ。

 

「電波を使っている以上、どれだけ技術が発達しようと海が波打っている以上乱反射は必ず起こります。ここからはもう完全な推測でしかありませんが、彼女の世界の電探は対水上であれ対空であれ、その乱反射を自動的にカットする仕組みになっていると思います。俺達には真似できない芸当ですがね」

 

笑い合う2人。それに第5遊撃部隊の5人は訳が分からず首をかしげる。1人足りない。その1人、加賀は2人が何を言いたいのか理解し、瞳にわずかな希望を映す。

 

「漆原工廠長。その電探に映らない範囲はどれぐらいのものなのですか?」

 

漆原はにかっと笑うと加賀を試すような挑発的な口調になる。

 

「普通の機体じゃ不可能なかなりの低高度、海面ぎりぎりになるだろう。よほどの練度を持つ艦娘じゃなきゃ、無理だ。加賀よ。お前の相棒は死神に一直線の進路かつこの馬鹿みたいな高度を飛んでいける練度を持っていると思うか?」

「はいっ! 赤城さんならきっと」

 

断言する加賀。そこには有無を言わさぬ、絶対的な信頼に基づいた固い自信があった。

 

「でも、それだけじゃ、足りないんじゃないの?」

 

瑞鶴を睨みつける加賀。それはいつも以上に鋭さを持っている。しかし、瑞鶴はひるまない。彼女も赤城の腕に文句をつける気はないだろう。赤城はおそらく瑞穂の空母で一番の練度を持っている。だが、いくら探知を遅らせたところで、みずづきとこちらが感じる時間は全く違う。探知されれば問答無用で瞬殺されるのがオチだ。

 

「瑞鶴の指摘はもっともだ。いくら赤城の艦載機でも探知された瞬間、おわりだ。だが、みずづきの戦術は電探を基本にしている。電探が使えなければ、おぞましいミサイルはおそらく飛んでこないだろう。百石司令? 試作段階だった対深海棲艦の戦術を使う時がきたようです」

 

不敵に笑う漆原。その真意を察し、百石も同様の表情となる。それに疑問符を浮かべる彼女たちだったが、百石・漆原双方から説明を受けると目を見開き、絶望から希望を含ませた表情に変わっていく。

 

勝てるかどうかは分からない。だが完敗しない施策が徐々に形になっていく。

 

努力に見合う成果が得られるかどうか分からない。だが、こうして悩み、考察し、推測した経緯は絶対に無駄にはならない。

 

ふけていく夜。「橙野」にはいまだに客が溢れ、心理的な暗さとは無縁の世界がいまだに紡がれ続けていた。




果たして、横須賀のとる戦術はいかに・・・・・・・。

今話の中で出てきた対水上レーダーの探知範囲ですが、どこかの本で見かけた値を参考にしています。これもれっきとした軍事機密なので実際にはもっと探知範囲は広いと思いますし、レーダーが設置されている場所・捜索時の気象や電波状況によって、一概に30kmではないと思います。自衛隊関係者でも、物理系の詳しい教育を受けてもいない筆者にははっきりと結論を下せません(苦笑)。ですが、一応計算+イメージしやすいこともあり、この数字を採用しています。あらかじめご了承下さい。(きちんとした根拠がある詳しい数字を見つけた場合は修正いたします)

しっかし、ここまで物理やら化学やらの知識が必要とは・・・・。もう少し理系をかじっておけば良かったと今更ながら後悔しています。

ちなみに皇居を起点に半径30kmの円を引くと、北はさいたま市(市内すっぽり)、東は習志野市(市内すっぽり)、西は所沢市(市役所付近)、南は横浜市(市役所付近)までが入るらしいです。23区はすっぽりもすっぽりですね。・・・・・・技術の進歩って、すげぇぇ~~~。

これだけだと西日本が不利なので、大阪駅を起点に考えると北は大阪府豊能郡豊能町(町内すっぽり)、東は奈良市(JR奈良駅付近)、西は神戸市(神戸市役所付近)、南は岸和田市(市役所付近、もう少し行くと関西国際空港が)までが入るらしいです。

まぁ、日本で考えるとこうですが、ただ広い太平洋とかで考えるとまた違った尺度感覚になるんでしょうね(苦笑)。

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