水面に映る月   作:金づち水兵

30 / 102
先週予告したとおり、今週は2話分を投稿します。


28話 補給・整備 後編

横須賀鎮守府 工廠

 

1号舎や食堂、灯の湯など、みずづきが主な行動圏としていた中央区画から少し北に行った場所。日本で言えばかつて世界最強を誇ったアメリカ海軍第7艦隊の艦船たちが修理・定期点検のためしばしの長い休暇を取り、そして現在では永遠の眠りについている場所。みずづきは今、百石・長門とともに艦娘たちが身に付けている艤装の修理・点検、そして新装備の開発を行う横須賀工廠へと来ていた。ちなみに通常部隊艦艇の修理・整備・点検を行う場所はここと、ここから昔半島だった島を越えた向こう側にある田浦町・長浦湾にある工廠隷下の横須賀造船部である。あたりには1号舎とは全く違う趣の、いかにも工場らしい建物が立ち並び中央区画の賑やかさとはまた別の喧騒がある。中央区画ではせいぜい自動車の疾走音ぐらいしか聞こえなかったのに対し、ここは正体すら分からない重・軽、高・低の様々な機械音が聞こえ、乗用車に限らずトラックなど様々な車両が行き交い、それに負けじと発せられる人の声はもはや怒号と化している。すれ違う人々も純白の制服やセーラー服ではなくカーキ色の作業服を着ており、その服は汗や油のような黒いしみで汚れている。百石への敬礼がなければ、海軍軍人ではなく町工場の従業員と勘違いしてしまいそうだ。まっすぐ終わりが見えない道路を作業員や機械的なものを満載したトラックに紛れて進んでいく。ずっと進んでいくかと思われたが百石は不意に今歩いている道路と接続している左側の道に進路を変える。曲がると正面に今までとは全く違う光景が現れた。建物たちの間から甲板上に数多の工作機械を置かれ、様々な場所に足場を組まれている入渠中の駆逐艦とおぼしき艦影。みずづきが第5遊撃部隊に連れられ初めて横須賀に来たときに見た駆逐艦だろう。そこでも作業員たちがそれぞれ動き回り、流れ落ちる汗を首にかけている白いタオルで拭い、手元に持つ資料と睨めっこしている。

 

「着いたぞ、ここだ」

 

百石が複数ある建物中でひときわ大きい、ではなく他の建物より小さな部類に入る一見工房のような建物の前で立ち止まる。比較的新しく作られたようで周囲に見える工場群よりはかなりきれいに見える。

 

「ここが、百石司令のおっしゃってた・・・・」

「そうだ。ここが、艦娘の艤装工場だ。修理や整備が主な任務で、新装備の開発はその裏手に開発工場で行っている」

「ん?」

 

目の前にばかり気がいっていたみずづきは、百石の言葉に驚き彼が指さす方向を確認するため、少しだけ歩き艤装工場の裏手を確認する。

 

「ああ、あそこですね」

 

そこには視界の右側にある艤装工場と瓜二つの建物があった。しかし、心なしか向こう側の方が何やら騒がしい気がしないでもない。

 

「いつもはもっととある艦娘のせいで騒がしいんだが、いないとこうも違うのか。留守を狙って正解だったな」

 

安堵しながら百石は魂胆を冷やすのに十分すぎる意味深な言葉を漏らす。何故だか、みずづきの頭は1人の艦娘を思い浮かべるが「噂をすればなんとやら」も同時に思い出し、ぶるぶると頭を振り邪念を消し去る。彼女が来れば場がかき乱されること間違いなし。来ないことを祈るのみだ。そんなみずづきを見て気まずそうに笑っている長門も同意見のようだ。

 

「えっと・・・あっ、そこの君。すまんが、漆原工廠長は今どこに?」

 

思考を切り替えた百石たち3人は開けっ放しにされている、人が出入りするには大きすぎる入り口から中に入る。天井近くまで達した鉄製の引き戸。とてもじゃないが人力での開閉は無理そうだ。横に目をやると壁に埋め込まれる形できちんと見慣れた人間大の開き戸がついている。中には外見のような真新しさは微塵もないが、あちこちにみずづきでは用途すら不明の工作機械らしきものが置かれ、その中を様々な表情をした作業員たちが歩き、時には駆けていく。その人間臭さに思わずみずづきは感嘆する。だが、何故だろう。誰もこちらに目を向けていないにも関わらず、なぜか視線を感じる気がするのだ。

(気のせいかな? ・・・・・・・そうだよね)

首をかしげるみずづきであったが、百石の言葉を受け意識を思考から現実に向ける。

 

せわしなく作業員たちが動いているため、誰に話しかけようか迷う百石であったが、またまた目の前を通りがかった若い、まだ高校生にも見える作業員に声をかける。

 

「っ!? も、百石司令!! こ、工廠長ならあちらにおられます。お呼びしましょうか?」

 

手に持つ資料と睨めっこしながら早歩きをして百石の前を通りがかそうとする少年であったが、百石を認めた瞬間、背筋を伸ばし見事な敬礼を決める。緊張しているのが丸分かりで、百石もつい苦笑してしまう。少年が視線を向けた方向には、太陽との激戦ぶりを物語る焼けた肌に作業服の上からも分かる屈強な体を持った、他の作業員と別格の雰囲気をもつ1人の中年男性が、少年と同じく資料と睨めっこしていた。正直、ほほのあたりに傷があればとある職業の方と見分けがつかない。

 

「ああ、あんなところに。気付かなかった・・・・・・。すまないな、些細なことで引き留めてしまって。自分の仕事をに戻ってくれ、ありがとう」

「!?!? はっ!! 了解であります」

 

百石からの温かい言葉を想像していなかったようで、彼の言葉を聞いた瞬間少年は目を白黒させる。だが、すぐさま現実に戻ってくると嬉しさが溢れている笑顔を浮かべ、これまた見事な敬礼を決め、自分の仕事に戻っていく。百石は彼の後ろ姿を見届けると、その工廠長に歩み寄っていく。もちろん長門も。だが、みずづきはその外見に影響され足取りが重い。

 

「漆原工廠長!!」

「おお、長官。待っておりましたぞ」

 

漆原といわれた強面の男性は、百石たちの方へ身体を向けるとにかっと爽やかな笑みを浮かる。それは強面から放たれる恐怖心を消し去るには十分すぎ、この一瞬でみずづきは再度「人は外見によらない」と痛感するのであった。しかし、それを感じ安堵しようとしたみずづきの表情は、漆原の姿を明確に捉えた瞬間、固まる。正確には彼の肩に座っている強烈な存在感を放つ小さな生物らしきものを見たからだ。

 

「すいません。少しお伝えしていた時間より、遅れてしまって・・・」

「なにお気になさらず。私も今日はずっとここにいるつもりですから。それで・・・」

 

漆原は目の前で苦笑する百石から、初対面の並行世界からきた少女へ視線を変える。一瞬、職人の、正体を探ろうとする目でみずづきを頭からつま先まで見る。その目は真剣そのものだったが、すぐに先ほどの明るい笑顔へ戻る。

 

「君がみずづきだな。初めまして、俺は横須賀鎮守府工廠を任されている漆原明人だ。君のことは常々部下や艦娘たちから話をき・・・・・ん? みずづき?」

 

ようやくみずづきの表情が驚愕に染まり、かつ自身の肩へ集中していることに気付いた漆原は彼女がそうなっている理由を見抜き、さらに笑顔を深くする。漆原の自己紹介を聞いていることには聞いていたがみずづきは、漆原の肩に乗りこちらを凝視している黒髪の妖精と睨めっこしていた。

 

「はははっ。そうか、嬢ちゃんはこいつらを見るのが初めてなんだな。おい、こらっ。彼女をからかってないで、お前も自己紹介だ」

「いてっ。もう!! なにすんの? いいじゃん、わたしだって興味があるんだもん!」

 

漆原は肩にのる黒髪の妖精を優しき人差し指ではじく。人間では赤ん坊であろうともノーダメージ確実だが、さすがに()()にはハイダメージだったようだ。それに抗議の声をあげる日本世界の科学文明を超越する小さく、そして強大な存在。これが日常といわんばかりの雰囲気をかます様子に絶句し、耳を疑う声に驚愕する。

 

「しゃ、しゃべったぁぁぁぁぁ――――!!!」

 

あまりの大きな声に、周囲にいた4()()だけにとどまらず見渡すかぎりに見える作業員たちも驚き、何事かとこちらを覗う。そして、ざわざわと何かの気配が増す。だが、みずづきには目の前しか見えていないため、それらに全く気付かない。

 

「なによ、あんた! 私たちがしゃべってるのがそんなに驚くことなの!!」

「はっ!! わ、私、つい・・・・・・」

 

その反応が気に障ったのか、黒髪の妖精は頬を膨らませ、そっぽを向く。可愛らしい存在がご立腹の様子を受けて、みずづきは自身の醜態に気付き反射的に頭を下げる。

 

「す、すみません!! 妖精さんたちがいらっしゃるとは聞いてましたが、どのような存在なのか全く想像できなく・・・・・その・・・・・」

 

言葉が重なるごとに段々と声が小さくなる。そこに偽りがないのはよく伝わってくる。黒髪の妖精もその小さな手で小さなほほをかきながら、みずづきに視線を戻す。

 

「いや、いいよいいよ。俺も初めてこいつらを見た時は声を上げて驚いたもんだ。俺だけじゃなくて、ここにいる全員、な。だから、気にしなくても大丈夫さ。彼女たちもそこまでろくでなしじゃないし」

「ちょっと、なんであんたが言ってんのよ!!」

 

いかにも自身へ向けられた言葉のように対応する漆原。自身の立場とみずづきの立場をはっきりさせる好機と内心ほくそ笑んでいた黒髪の妖精は己の企みを阻止され、声を上げる。

 

「まぁまぁ、そう拗ねるな。こんな反応、お前たちは散々受けてきただろう、いまさらどうこういうもんでもない。それに、お前の魂胆は丸わかりだ。あの都木でも失敗したんだから、もうやめるこったな」

「・・・・ふんっだ!!」

 

黒髪の妖精は、今度は漆原にご立腹のようで再びそっぽを向く。都木とはさきほど百石に声をかけられ、妖精たちの使いぱっしりにさせられそうになった純粋無垢な少年のことである。

(可愛いい・・・・)

そんな黒髪の妖精とは裏腹に、みずづきはその愛らしくも儚い姿に目を奪われる。それを見た漆原は不敵な笑みを浮かべると、工場内に響き渡る比較的大きな声で話し始めた。

 

「それに、嬢ちゃん・・みずづきはああは言ったももの、お前たちのこと随分と気に入ってるみたいだぞ? ほら、見てみろ。あの輝く瞳を」

 

漆原が指摘したみずづきの瞳に一瞬で機嫌を直した黒髪の妖精は、みずづきを純粋な瞳で凝視する。自分の感情が顔に出ていたことを知ったみずづきは顔を赤らめる。漆原の言ったことは純然たる事実だったようだ。

 

その瞬間、工場内がそれまでの控えめな喧騒が嘘であると言わんばかりに、一気に騒がしくなる。何が起こったのか分からず見渡した周囲のすべてに、驚きすぎて言葉も出ない光景が広がっていた。機械の裏、照明・梁の上、机の中、果てには作業員が被っているヘルメットの中から、数え切れないほどの妖精たちが、それこそあふれてきたのだ。みな一目散にみずづきへと向かってくる。小さいがあまりの人数に迫力すら感じられる。気付けばみずづきの足元、そして周囲にいた百石・長門・漆原の足元まで妖精たちに埋め尽くされる。あまりにも突然のことに動揺しっぱなしだが、上から迫りくる1つの気配を感じたみずづきは反射的に見上げながら、手を自分の胸の前に差し出す。そこへ落ちてくる妖精。妖精たちは全員、人間と同じく容姿、姿が異なっている。落ちてきた子は茶髪で後ろを黄色いリボンでポニーテールにしている。

 

「うっ・・・、いったぁ・・・」

 

ちょこっ、という効果音を鳴らし目に涙を浮かべながら立ち上がる妖精。その可愛さはみずづきを癒すのに十分すぎた。暁たちも可愛かったが、妖精にはまた別の可愛さがあることを肌で実感してしまった。そのためか、つい隠しておかなければ変な誤解を受けかねない心の声が出てしまった。

 

「・・・・か、可愛い・・・」

「えっ・・・その・・・・・ありがとう、ございます」

 

頬を赤く染め、茶髪の妖精は恥ずかしそうに身をくねらせる。自分たちの存在が受けれられたことを知った他の妖精たちは歓喜の声をあげる。

 

「みずづきさん、いい人~」

「艦娘たちと異質の存在だから、どうなるかと思ったけど、やっぱり世界は違えど人間は人間だね」

「みずづきの姉ちゃんもたいがい、可愛いですよね?」

「だから、隠れる必要なんかないって言ったのよ!」

「しょ、しょうがないじゃん!! こ、怖かったんだからよ!!」

「はいはい、そこ。お客さんの足元で不毛な言い争いをしない!! ご迷惑でしょうが」

 

口々に自身の想いを語りだす妖精たち。エッヘンと胸を張ったり、ツッコミを入れたり、肩を組んだりなど全員感情豊かで、自分が少し硬く構えすぎていたことを痛感してしまう微笑ましい光景だ。そして、妖精たちがなぜ隠れていたのか。足元から聞こえる妖精たちの様々な声を聞き、みずづきは妖精たちの行動の一片を理解する。そして、抱いた推測が正解ということは漆原の口から語られた。

 

「こいつらもこいつらで不安だったんだよ。そのくせ好奇心は強いもんだから、嬢ちゃんがどんな人か見たくて、隠れてたわけさ」

 

漆原に優しくなでられる黒髪の妖精。またそっぽを向けて怒っているふうに演出しているがほほがの赤みを隠せていない。

 

「だが、それは杞憂だった、俺は初めから分かっちゃいたがな。はははははっ! みずづき、ようこそ工廠へ。そして、これからよろしく」

 

漆原は男らしいごつごつとした黒い手を満面の笑みで差し出す。みずづきは手に茶髪の妖精を乗せているためどうするか戸惑うが、その子に「肩、いいですか?」と言われため握手する際にほとんど動かない左肩へ素直に乗せる。茶髪の子は自分で言っておきながら恥ずかしげだ。性格的に照れ屋なのかもしれない。

 

「はいっ。こちらこそ、これからよろしくお願いします!」

 

みずづきは漆原を見て、自分がここにも受け入れられたことを感じ、嬉しさをあふれさせながら彼の手を握る。男らしい固い手だが、そこに冷たさはない。百石や艦娘たちと同じ温かい手だ。

 

「さ~て、お前ら、歓迎の時間は終了だ!! というか、さっさと持ち場に戻って仕事しろ!! お前らが職務放棄したら工廠は回らねぇんだ!!」

 

漆原は一度手を叩くと笑顔から一転、その強面ぶりを存分に生かした本能的恐怖心をあおる表情に変貌し、妖精たちを怒鳴りつける。妖精たちは一気に血の気を引かせ、蜘蛛の子を散らせるように走り去っていく。実は今日、みずづきが来ることを漆原、工廠の作業員たちから聞いた妖精たちは朝から仕事が手につかず、みずづきの気配を感じると見えない位置に息を潜めてしまったため、仕事が全然はかどっていないのだ。それ故に漆原が怒っていることも知っているため、妖精たちは急いで自分の持ち場に戻り仕事を始める。工場内が来た時よりもにぎやかになっていく。

 

「ったく、もう・・・」

「妖精たちは相変わらずのようですね。最近顔を出していませんでしたから、安心しましたよ」

 

頭を抱える漆原に、百石は笑顔で声をかける。百石も妖精たちとみずづきが上手くいってご機嫌のようだ。もし、うまくいかなかったら補給から演習、そのあとにある前線投入までの全ての段取りが崩壊し、ストレスで胃に穴があいてしまうところだったが・・・・。

 

「まぁ、元気で人懐っこいところは、子供の用に思えていいんですがね。それ故にこうしてみずづきを見てすぐ懐いてくれたわけですし」

 

漆原はいまだみずづきの左肩に乗っている茶髪の妖精を見る。楽しそうに足をぶらつかせているあたり、かなり心許しているようだ。その視線に気づいた百石も同様の見解だ。

 

「さて、懸案が片付いたところで、本題に入りましょうか。嬢ちゃんには例のことは話したんですか?」

「はい。2つとも了承は得ています」

「そうですか・・・・。なら、俺たちはその期待と信頼に応えないといけねぇな」

 

不敵に笑い、みずづきの肩、自身の肩、そしてみずづきの足元に待機している複数の妖精に視線を向ける。みな、いい表情だ。それを見て、彼らがなんの話をしているのかみずづきは察する。

 

「あの・・・・・よろしくお願いします」

 

本当ならもっといろいろ言わなければならないのだろう。しかし、彼らには自身の気持ちが伝わっている。不思議とそんな気がするのだ。

 

 

彼らは職人。モノに命を吹き込む玄人たち。

 

 

だから、みずづきは簡潔な言葉にまとめて少しだけ頭を下げる。思いっきり頭を下げると茶髪の妖精が転落してしまうのだ。

 

「あいよ。その気持ちしかと受け取ったわ!! じゃあ、さっそくだけど、身に付けている艤装外してくれる?」

 

びしっと敬礼と決めた黒髪の妖精は、みずづきに指示を出す。それに呼応して動き出す足元の妖精たち。どうやら、彼女が妖精たちのリーダーらしい。みずづきは提督室を出た後、急いで戻った第6宿直室で久しぶりに艤装をつけここに来ていた。

 

1号舎を出た時、百石たちに気付いた瞬間、曲がりきっていた背筋をピンと伸ばし、さりげなく長門に睨まれる憐れな川内がいたが・・・・・・・・。

 

浮かんだ光景を隅に置き艤装を外しかけて、不意に疑問が浮かぶ。

 

「あの? 艤装を外すのはいいんですけど、ここでですか?」

「そうよ、なにか問題でも?」

「いや、その、ここで解析を行うんですか? 私がその場所に艤装を運ぶんでしたら、その近くで脱いだ方が効率的かなっと思って」

 

みずづきの言葉で黒髪の妖精は彼女がなにを気にしているのか察知する。

 

「いいえ、解析はわたしたちの極秘事項なんで、ここで外してもらった後、下にいる妖精たちが運ぶわ」

 

その言葉にみずづきは自身の耳を疑う。

 

「これ、軽いとはいえ結構重いですよ・・・・・大丈夫ですか?」

「わたしたちをなめないで。1人では無理でもみんなで力を合わせれば運べるわ。それに見立てだと、あなたの艤装は長門たちの艤装より断然軽いはず、どんな材質使ってるのか定かではないけど。いつもその艤装を運んでるわたしたちからすればお安い御用よ」

 

 

 

お前、運んでないくせに何言ってんだよ・・・・。

 

 

 

それを聞いた下にいる妖精たちはそんな心の声を顔に表した状態で、高い位置から大口をたたく黒髪の妖精を睨みつける。悪寒を感じたように黒髪の妖精は身を振るわえるが下を向かず、冷や汗を流しながらみずづきのみを直視する。

 

「と、とにかく! 気遣いは無用。時間がもったいないから早くはずして」

 

みずづきは上と下を見比べる。それでも艤装を外そうとした手をどうしようか迷うが、そのとき左肩に違和感を覚える。見れば、茶髪の妖精が胸を張ってみずづきの肩を叩いていた。

 

「大丈夫。」彼女はそう言っていた。

 

「・・・・了解。じゃあ申し訳ないけど、降りてくれるかな? このままじゃ、落ちちゃうよ?」

 

みずづきの言葉に一瞬寂しそうな顔をする茶髪の妖精だったが、彼女の気遣いを理解すると素直に肩へ差し出された手に飛び移り、降ろされた手から地面へ足をつける。それを見届け腰に掛けていた海面を走るための靴型艤装や背中の主要艤装、頭に付けていたカチューシャ型のレーダー艤装、メガネを順番に妖精たちへ渡していく。妖精たちは艤装を真下から力を合わせて持ち上げ、工場の奥に運んでいく。妖精たちよりも当然、艤装の方が大きいため、見方によっては艤装がわずかに浮いてひとりでに動いているようにも見える。次々と自分の目の届かないところに運ばれていく艤装。それには一種の寂しさを覚えざるを得ない。思えばみずづきがこの世界で艦娘として、日本海上国防軍人としての証はあの艤装しかないのだ。制服や拳銃、ナイフははっきり言って完全に同じものは作れないにしろ、この世界でも似たようなものはあるし作れる。しかし、あれは絶対に作れない。あきづき型特殊護衛艦の艤装は日本にしか作れないものなのだ。

 

 

 

 

 

「寂しいか?」

 

 

 

 

 

艤装が見えなくなっても運ばれていった方向を名残惜しそうに見続けていたので、長門は声をかける。このような穏やかな口調を聞いたのは昨日以来だ。少し機嫌が直ったのかもしれない。

 

「寂しくないっていったら嘘になります。日本にいたころはこんな風に思わなかったんですけど・・・・。少しの辛抱ですから」

 

心配をかけまいと笑う。当初はこちらの顔を凝視していた長門だったが、しばらくすると微笑をもらし話し込んでいる百石と漆原の元へ向かう。みずづきももう1度、工場の奥をじっと見た後、長門の背中を追った。

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

「みずづき、演習に出てくれないか?」

「えっ?」

 

工廠から帰る道すがら。みずづきは偶然、昨夜ベンチに座って海を眺めていた場所と同じところで百石から、唐突かつよく分からない言葉をかけられていた。百石や長門の表情的にかなり重大そうだが、話が見えない。

 

「演習って、あの演習ですよね?」

「そうだ。艦隊行動や戦闘訓練など日頃の訓練の成果を見せる場だ。実は君が来る前からこれの実施は決まっていてな。そのために本来はめったにない所属艦娘の全員集合が実現していたわけだ。だから、ある意味君は運のいいときに来た、という捉え方もできる。歓迎会に全員参加できたしな」

 

みずづきが来る前から決まっていた演習。本来それはこの世界、瑞穂の艦娘や部隊が参加するものであり、イレギュラーな存在のみずづきが参加するはずも道理もない。しかし、演習は時に、訓練の成果だけでなくその部隊の力を見せつけるまたは確認する場としても往々にして利用される。日本世界でも演習、訓練の成果を確認するためと称して紛争地域や仮想敵国の管轄領域の近くで、それが行われることは牽制や威嚇の一環でごく当たり前の常套手段であった。平和ボケしていた時代の日本ですら、単独または米国などと共に敵対する国家に対し行っていたのだ。

 

「力を見せろっと?」

 

だから、すぐに百石たちの意図を察することができた。この演習に参加させる理由はそれしかない。

 

「・・・・・まぁ取り繕っても仕方ないから言うが、ご名答だ」

 

百石は肩をすくめながら笑う。

 

「君も感じていたかもしれないが、伊豆諸島沖での戦闘状況には緘口令が敷かれている。ここで知っている者は私と長門、鎮守府の幹部、じかに目撃した第5遊撃部隊しかいない。私たちにとって、君のなした結果は正直言うと、とてもじゃないが信じられたものではない」

 

それに今度はみずづきが肩をすくめて笑う番だ。そりゃ、そうだろう。せいぜい有視界で砲弾や銃弾を打ち合い、爆弾を落とし合うぐらいまでがこの世界の戦闘方法なのだから。そして、みずづきは敵深海棲艦の機動部隊を一隻で殲滅したのだ。この世界でのインパクトを分かりやすく言えば、かつて存在した海上自衛隊の1個護衛隊群やアメリカ海軍の1個空母打撃群が、たった1隻の船にやられたのだ。そして、日本でごく普通に暮らしていれば分からないが、これはアメリカやらロシアやら中国やら、世界の軍事大国がひしめき合う東アジアにおいても、1国の海軍力に匹敵するほどの戦力である。極端な話、みずづきは1つの国家と戦争をして完全勝利を収めた、とも解釈できるのである。そして、日本世界の価値観ですらこれほどのインパクトがあるのだ。国家間の大規模戦争もその可能性もなく、もともと日本世界に比べて軍事力が低い世界での衝撃は半端ではない。

 

「私たちはこれから君の、その信じられない力を頼りにし使っていく立場だ。作戦を立てる上でも、そして相互理解、交流を深めていく上でも、君の力を知ることは有意義だ。だから・・」

「それは私もまったく異存はありません。だから、参加します。いや、させて下さい!」

 

いつもの如く頭を下げようとした百石を制し、みずづきが揺るぎを感じない口調で先に発言する。百石は目を丸くしていてつい吹き出しそうになる。彼は少し低姿勢過ぎるのだ。みずづきとしても、上官、しかも本来ならば自身とこうして口を聞くことすら困難なほど、上位の指揮官に頭をさげられるのはなんだかむずがゆい。

 

「これは私にも大きなメリットがあるお話です。自分の頭を21世紀から第二次世界大戦期、もう歴史となった時代の戦い方を学び、それに適応するいい機会ですから」

 

21世紀、科学技術の日進月歩によって生み出された戦闘方法は、たった1世紀あまりで20世紀の戦闘方法とは根本から異なるものへと進化している。それは巨大な内包空間を持つ、空中・海上・海中で特に顕著となった。ミサイルを主体とした視認圏外戦闘、高度な電子戦。みずづきをはじめとする現代の軍用艦の武器は例え第2次世界大戦期の戦略思想・兵器体系を持つ深海棲艦が出現し、一時的に劣勢を強いられようとて不変であった。むしろ進化・発展したと言ってもいい。だが、今みずづきは自身と同じ人間や艦娘がその戦法を使う世界にいる。闇雲に突っ込んでくる化け物とは違うのだ。70年の差に胡坐をかいて慢心していれば、いつか必ず後悔するだろう。

 

みずづきは海を背に百石をしっかりと見つめる。それに百石は胸を撫で下ろす。これで今日解決しようとしていた懸案は全て決着した。っと、ここで百石はみずづきに演習関連で伝え忘れていたことを思い出し、不敵な笑みでそれを伝える。

 

「みずづき? 一応黙ってたら後が怖いので言うが、例の演習、軍令部の上層部も視察に来るからそこも頭に入れておいてくれ」

「はい?」

 

海に背を向けているため海面の反射光が届かず薄暗いためか、みずづきの顔が一気に暗くなったように見える。その事実は長門も初耳だったようでみずづきと同じように、目を大きく見開いている。

 

「提督、それは事実ですか?」

 

おそるおそる聞く長門。それに対しての返答は、簡潔かつ明瞭だった。

 

「事実だ」

 

自身が上層部とのあいさつやご機嫌伺いを行っている確実な未来を想像し、長門はがっくりと肩を落とす。その肩に乗せられる手。百石も的場から電話でその件を聞いた時は同じような反応を示しただけに、その手と表情は同情心にあふれている。昨日以来初めて見る以前の微笑ましい様子。手を置かれた長門の眼光が鋭くなるが、それも一瞬。百石の柔和な表情に毒を抜かれたのか、拒絶することもなくもう一度肩を落とす。既に朝の刺々しさは消えていた。その様子に胸を撫で下ろすと、頭の中に容赦なく現実が進出してくる。

 

「ぐ、具体的にはどれぐらいの方々が・・・・・・?」

「具体的にはまだ言えんが、文字通り海軍のトップを占める方々、っと言っておこうか」

「「う゛」」

 

百石の言葉にみずづき、長門が同時にうめき声を出す。その絵に描いたような反応につい百石は声を上げて笑ってしまう。いつもなら、人の不幸を笑っている百石を睨んだりするのだが、今はそんな余裕すらなかった。考えてみてほしい。辺境の基地に飛ばされた一艦娘が行う演習を、海軍―日本で言うなら海上幕僚監部のトップ勢が視察に来るのだ。彼らは並大抵の努力では決して入学できない防衛大学校や超名門大学を卒業し、有象無象の魑魅魍魎たちを蹴落として昇進レースに勝利した化け物たちだ。想像しただけで目の前がくらくらする。みずづきは目に手を当てながらこの演習の重要性に気付くのであった。




新たなる動き。みずづきを前にした百石たち、そして百石たちと艦娘たちを前にしたみずづきはどう立ち回るのか・・・・・。


次話は一転して雰囲気が変わります。閲覧にはご注意下さい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。