水面に映る月   作:金づち水兵

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じえいt・・・国防軍や会話シーンの描写が不安な今日この頃。




2話 5.26 日向灘事件 中編

みずづきは船底ソナーをアクティブモードにし、捜索を続けるが敵の反応はない。早くどこかに行ってくれ、と願っていた変音層も海流により四散しはじめ、捜索の確度を大幅に改善させていた。

 

いくら敵の運動性能がこちらの予測を上回っていても現代の潜水艦より劣る以上、アクティブ捜索をやり過ごすことは変音層を巧みに利用しするしかない。そして、その変音層もこちらの捜索を妨げないレベルにまで落ち着いている。

 

みずづきは、敵が潜んでいる可能性は低いと考え捜索を行いつつ、現状確認に意識を向ける。雷撃を受けた「たかなわ」は黒煙を上げつつ、右舷側へ傾斜しつつある。小規模な爆発音や乗組員の怒号がここまではっきりと聞こえてくる。視線が後部ウェルドックに向いた瞬間、知山との会話が急浮上する。

 

 

“俺はこれからおきなみとはやなみの様子を見にウェルドックへ行ってくる。何か・・・・・”

 

 

「司令・・・」

 

心に広がる不安を必死に抑え込み、かげろうへ通信を行う。

 

「こちら、みずづき。かげろう状況は?」

「こちら、かげろう。はい、目標を短魚雷で攻撃、ロクマルを通して撃沈を確認しました」

 

報告を行う声はいたって冷静だが、みずづきと同じ忸怩たる思いがにじんでいる。それに隊長として責任を感じつつも、データリンクにより知り得た情報と同様で胸をなで下ろす。

 

「了解。新手の反応は?」

「いえ、こちらもありません。しかし隊長、今回の敵は・・・」

 

深刻な声で言いよどむ。かげろうもまたみずづきと同じ懸念を抱いているようだ。

 

「ええ、あの噂は本当だったみたい」

「だとしたら、大変ですよ。ここ領海内で本土は目と鼻の先です」

 

かげろうの言う通りだ。もし彼女たちの懸念が的を射ていれば、日本の国防戦略に多大な影響を及ぼすとこは必至だ。度重なる戦闘と軍民のおびただしい犠牲の果てに、ようやく日本は周辺海域の制空権・制海権を確保し、沿岸漁業の再開や復興へ歩み出したばかりなのだ。しかし、そこをこちらの手の内を知り尽くした敵潜水艦によってかき乱されれば、たちまちこれまでの努力は水の泡だ。国力が疲弊しきっている日本にとって、それは滅亡へと進む一歩になる。2人はそれを十分に認識しているからこそ、危機感を抱いているのだ。

 

「ともかく、今はどうしようもない。それより、“たかなわ”に連絡を取らないと・・」

 

2人はついさっきまでの勇猛さを失った「たかなわ」を悲痛な表情で見つめる。

 

「そうですね」

 

みずづきはCICやFICではなく、直接艦橋への通信を試みる。「たかなわ」とのデータリンクが切断される前の状況を見るに、CICやFICが機能を喪失してしまったことは明らかだ。もはや戦闘の続行も不可能だろう。それにとどまらず、2人の頭に「沈没」という最悪のシナリオがよぎる。

 

「こちら、みずづき。たかなわ艦橋、応答せよ」

「・・・・・・・・」

 

無音。全く反応がない。更に声を大きくする。

 

「こちら、みずづき。たかなわ艦橋、応答せよ」

「・・は、はい、こちらたかなわ艦橋」

 

不安が少し弛緩するが、通信員の背後から鳴り響く警報音や怒号が絶え間なく聞こえてくる。状況は深刻だ。

 

「こちら、みずづき。戦闘報告、敵は掃討。新手の反応はなく、損害皆無です。」

「り、了解。しかし、よかったぁ」

 

彼だけでなく、艦橋全体に安堵の空気が流れる。「たかなわ」はCICやFICの機能停止に加え、各所で火災や浸水が発生し、情報も錯綜。みずづきやかげろうとのデータリンク途絶も相まって、戦況把握に支障をきたしていたのだ。

 

「そこはご安心下さい。それで、そちらの状況はどうなっていますか?」

 

おそるおそる尋ねる。かげろうも黙って交信を見守る。

 

「・・・・・・。被弾箇所は後部ウェルドックと艦橋下部第三甲板。隣接する区画で浸水と火災が発生。火災はほぼ鎮火したものの、隔壁閉鎖が間に合わず浸水域が拡大中で艦の傾斜も増しています。さらに機関が損傷により停止。復旧の見込みは絶望的で航行不能状態です。加えてCICやFICの喪失により、FAJ(投射型静止式デコイ)、MOD(自走式デコイ)、主砲は使用不能に陥りました。・・・・・・壊滅的です」

 

彼から語られた現実に2人は絶句する。これでは海上に浮かぶ鉄塊だ。そして、いつ退艦命令が発令されてもおかしくない。傾斜が激しくなれば、転覆の可能性も出てくる。

 

「救援は?」

「現在、須崎の第54防衛隊が出撃準備中です。まもなく、救援に向かうとのことです」

 

第54防衛隊。それはみずづきたち第53防衛隊と同じ須崎基地に所属している艦娘部隊だ。これまで幾度となく同じ作戦に参加し、激戦を潜り抜けてきた戦友たちでもある。由緒ある基地にいるガリベンたちと異なり、全員親しみやすく、司令官同士が仲良しということもあり関係は極めて良好だ。そんな気心の知れた仲間たちが救援に来てくれる。位置関係上当然だが、それでも頼もしさは大きい。

 

だが、ふと二つの疑問を抱く。

 

「ん? 佐伯の第21・22防衛隊は?」

 

宿毛基地の対岸、大分県佐伯湾の佐伯基地にも艦娘部隊が配備されており、彼女たちは第53・54防衛隊より実戦経験が豊富で、なによりエリート集団だ。それに距離を考えると、佐伯の方が須崎よりずっと近い。わざわざ、遠い基地から救援を向かわせるなど非合理的だ。

 

「横須賀や市ヶ谷は今回の事象に危機感を抱き、また陽動も警戒してるようです。場合によっては呉も動かすと・・」

「えぇっ!? く、呉を!?」

「は、はい・・・」

 

広島県呉市にある呉基地には、エリート中のエリートたちで構成される防衛隊群が3個艦隊配備されている。防衛隊群とは、護衛隊群の艦娘版であり特殊航空護衛艦を旗艦とした空母機動打撃群だ。これは鉄か人かを抜きにすれば、あの敗戦以来長年の悲願だった戦後日本初の正規空母を有した機動部隊でもある。これを動かすかもしれないとは、どうやら上層部は本気のようだ。

 

「了解・・・」

 

(だから、出撃が遅れてるのかな・・・・・)

二つ目の疑問。それは救援部隊の動きが明らかに遅いことについてだ。こちらが攻撃を受けたことは、高速通信を通じ一瞬で、須崎や佐伯・宿毛はおろか横須賀の自衛艦隊司令部や防衛省の中央指揮所まで共有される。そして、それからかなりの時間が経過しているにもかかわらず、いまだ当部隊は出撃すらしていない。

 

みずづきはモヤモヤしつつも、通信を行った目的を果たすため意識を切り替える。「たかなわ」の状況はおおかた把握した。だが、それだけではない。もう一つの目的。

 

それは、第53防衛隊のメンバー、知山・おきなみ・はやなみと整備隊班員たちの安否だ。それを聞こうとしたところ、突然通信員が「えっ!?」と声を上げ誰かと話し始める。それに既視感を覚えるも、あり得ない考えを自ら否定する。そして、相手には悪いがそれは正解だ。

 

「こちら、岩崎だ。みずづき聞こえるか?」

 

先程の通信員にかわり、交信を始めたのはここで一番偉い「たかなわ」艦長、岩崎友助一等海佐その人だった。厳格な雰囲気と低い声。みずづきとっては予想外の人物で驚きのあまり悲鳴を上げかけるが、なんとか気合で飲み込む。

 

「か、艦長!? はい、こちらみずづきです!! ご無事でしたか・・・」

 

艦長は基本的に戦闘状態へ移行すると、CICやFICに移動し指揮をとる。「たかなわ」の損害状況から艦長の安否も気になっていたが、とりこし苦労だったらしい。

 

「ああ、なんとかな。だが、聞いての通り本艦の現状は厳しい・・・」

 

奇襲によって岩崎が艦橋からCICへ移る前に被弾したことが、結果的に彼の命を救っていた。だが、その幸運は奇跡であり、艦内は死傷者であふれている。それは、当然岩崎の耳にも入っていた。

 

「艦の現状を鑑み、私は艦長の権限をもって退艦命令を出そうと思う。ひいては君たちに引き続いて哨戒と生存者の護衛をお願いしたい」

「っ!?」

 

みずづきやかげろう、そして通信を聞いていた艦橋要員全員に衝撃が走る。しかし、それに異を唱える者はいない。誰も艦長の判断が正しいことを理解していた。喧騒に包まれていた艦橋は静まり返り、声にかき消されぎみだった警報音が場を支配する。みずづきは再び拳を強く握りしめ、第53防衛隊隊長として返答する。

 

「了解。哨戒と護衛の任、謹んで引き受けさせて頂きます」

「ありがとう・・・・」

 

安堵したかのような雰囲気が通信機越しでも伝わってくる。その純粋な謝意に、被弾の責任を感じているみずづきは表情を暗くするが、決して声色には反映させない。ここは戦場。今は嘆く時ではない。それを自身に言い聞かせ、少し迷うが残された目的を果たすため行動に移る。

 

「艦長、失礼ながらお聞きしたいことがあるのですが・・・・・」

「・・・・なんだね?」

 

少し間をあける岩崎。さきほどの口調と全く同じだが、どこか違和感を感じる。艦橋の雰囲気も、だ。静まり返っているのに、何かが変わっている。

 

「知山司令官と私の部下たち、整備班員の安否についてです。」

「っ・・・・・」

 

うすうす予測していた質問がついに投げかけられ、岩崎は息を飲む。周りの乗組員も視線が自然と下へ落ちてしまう。無線越しのみずづきにその様子は、当たり前だが伝わらない。しかし、雰囲気は伝播する。心の中にある可能性が浮かび上がる。考えたくもない、可能性が・・・・。

 

「岩崎艦長?」

 

続く沈黙に耐えられず、自身の考えを振り払うかのように返答を促す。おきなみやはやなみ、整備班の人たちがおり、知山が向かっていた場所は、被弾したウェルドック。外から見ても悲惨なのだ。もし、もし中にいたなら

・・・・・。

 

「第53防衛隊員おきなみ、はやなみ、第20整備隊第1班員など被弾時ウェルドックにいた隊員の多くが・・・・・行方不明だ」

 

行方不明。みずづき・かげろうの頭にハンマーで殴られたかのような衝撃と共に、その言葉が反響する。戦闘時乗組員1人ひとりが重要な役割を果たす軍艦において、被弾すれば物的損害状況と共に人的被害の報告が最優先され特定部署の担当士官から、艦の最上位に情報が伝達される。ましてや今回搭乗している第53防衛隊と第45整備隊は、戦略的に重要な艦娘部隊と整備部隊であり、「たかなわ」にしてみれば顔見知りとはいえ、お客さんだ。身内よりも真っ先に安否確認が行われるだろう。それなのに、これだ。オブラートに包んではいるが、つまり・・・・。

それはくしくもオブラートに包んだはずの「たかなわ」が証明していた。気を使ってくれているのだろうが、いたたまれない空気がその場にいるかのように感じ取れる。

 

「・・・・分かりました。引き続・・」

 

震えそうになる喉を必死に抑え、出来る限り平静を保とうとする。岩崎たちもそうしているのだ。ここで泣き出すわけにはいかない。

 

「引き続き行方不明者の捜索お願い致します。あと、知山司令官もその時、ウェルドックにおられたのでしょうか?」

 

言った瞬間、自身に嫌気がさす。岩崎は「ウェルドックにいた隊員の多くは・・・」と言ったではないか。その中に、知山が含まれていることは状況的にほぼ間違いない。しかし、それでも認めたくなかったのだ。明確に知山の名前が出て、はっきりと言われるまであきらめる気は、ない。

 

「っ!? いや、その時知山司令はウェルドックにはおらず、FICへ向かったと聞いている。しかし、その後が分からないんだ」

「えっ!?」

 

全く予想していたかった言葉に驚てしまう。しかし、よくよく考えてみれば、例え乗せてもらっている身とはいえ、戦闘時に指揮官がFICなどに向かうのは当然のことだ。

 

「確か知山司令は通信機を所持していたな? 我々はそのコードを知らない。こんな状況で通じる保証はできんが・・・、一度試したらどうか?」

「ありがとうございます! 早速やってみます!!」

 

艦橋との通信を切ると、見守っていたかげろうが明るい声で通信機を使い話しかけてくる。

 

「隊長、私が哨戒を引き受けますから! し・・・司令との通信を試してみ・・・てくださ、い・・」

 

表情とは裏腹に、声は震え目には涙が浮かんでいる。

 

「ありがとう・・。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね、よろしく」

 

かげろうとの通信を切り、一旦付近の状況を確認する。先程と打って変わって穏やかだ。それに安心するみずづき。知山の通信機を呼び出しにかかる。しかし、彼女は気づかなかった。すぐ後ろで極小の人工物が顔をのぞかせていることに・・・。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

みずづきとの通信を終えた艦橋は、再び喧騒に包まれていた。岩崎が全艦に総員退艦命令を下令したのだ。それを受け通信員は全艦に伝えるべく、緊迫した声で放送を行う。無論、これは全艦放送のため、ずでに放棄された区画にも放送されている。スピーカーが生きていれば、だが。

 

「総員退艦用意!!本艦は自力航行不能および浸水拡大により傾斜角増大中。繰り返す。本艦は・・」

 

放送や現場指揮官の指示に従い、乗組員たちは訓練通り混乱もなく甲板上に整列していく。しかし、皆の顔は暗い。中には青色の作業服や灰色の救命胴衣が赤色に染まっている者もいる。艦橋では乗組員があわただしく動き、退艦の準備を進めていた。その中、岩崎は静かにたたずみ、眼前の窓から海を眺めていた。そこへ航海長の坂下芳樹三等海佐が複雑な表情で歩み寄り、斜め後ろで立ち止まる。

 

「良かったんですか? 彼女にあんなこと言って」

「ただ一人で死を待つのは残酷すぎる・・・。彼だって最期は誰かと言葉を交わしたいはずだ」

 

岩崎はいつもと変わらない大海原を瞳に映し続ける。

 

「奇跡が起こるかは分からないが、起こそうと行動しなければ可能性すら生まれない」

 

2人は、閉ざされた区画で絶望の淵にいるであろう1人の男を想う。

 

「私みたいな老いぼれがのうのうと生き残り、彼のような未来ある若者が次々と死んでいく・・・。

この世はなんて・・・・」

「艦長」

 

岩崎は嘲笑を浮かべながら、坂下へ振り向く。

 

「まただ。また私は・・・・」

 

脳裏に過去の忌まわしい情景が甦る。

 

 

怒号。悲鳴。叫び声。発砲音。爆発音。・・・・・・・・・・・・化け物の恐怖を駆り立てる雄たけび。

 

 

 

 

 

海上に現界する地獄を。 そして、仲間や家族の死に泣き崩れる人々の姿を。

 

 

 

 

 

「艦長、それでも」

 

岩崎の想いを理解しつつ、坂下の言葉は強い信念を感じさせる。

 

「あぁ、分かっている。この命、決して無駄にはしないさ・・・」

 

そうしているうちに艦橋が静かになり、1人が敬礼しながら報告する。

 

「退艦準備が完了しました。艦長も退艦を」

「分かった」

 

岩崎は彼と整列している乗組員を見渡し、命令を下す。

 

「各人、速やかに退艦を開始せよ」

 

最後に敬礼。全員それに答礼し、艦橋後方のタラップから下へ降りていく。それに岩崎と坂下も続く。岩崎は最後、艦橋を目に焼き付けタラップを降りていった。

 




どれだけ見直しても、やっぱり誤字ってあるもんですね。
(ついさっき、1話の誤字を修正・・・・)



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