水面に映る月   作:金づち水兵

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27話 補給・整備 前編

横須賀鎮守府 第6宿直室

 

 

星と月、そして闇が支配する世界に終わりを感じさせるように、ゆっくりと空が白みはじめ東の空が茜色に染まりだす。波と風の音しか聞こえなかった世界に、鳥たちの鳴き声や人の息遣い、自動車の駆動音など生き物・機械双方の存在が混じりだす。暁から曙へいつも通り変化する現実。水平線から顔を覗かせた太陽は、横須賀を、鎮守府を照らしていく。それは少しばかり夜更かしをし、かけ布団を蹴飛ばして爆睡しているみずづきのいる第6宿直室も例外ではない。だが、昨日の疲れが相当溜まっているのか、窓から差し込む日光を浴びても反応はない。それどころか先日長門から受け取った艦娘たちの寝間着、薄いピンク色をした作務衣のような服の上から気持ちよさげにおなかをかいていたりする。見るからに睡眠を堪能しているが、そんなみずづきにも昨日までと同じように、不偏の旋律が訪れた。

 

現在の時刻、0600。起床ラッパの軽やかでそして力強い音色が、みずづきの脳を盛大にノックする。この世界に来た次の日と異なり、みずづきは欲望のままに手で耳を塞ぐ。が、それではまずいと思った本能がみずづきの意識を覚醒へと導く。ゆっくりと嫌そうにまぶたを持ち上げるみずづき。

 

「あ、朝~。眠い・・・・・」

 

再び落ちそうになる瞼、しかし、それは自分の存在に関心を持たれなかった太陽の容赦ない光によって妨げられる。容易に瞼を通過し、瞳に達する光にみずづきは遂に降伏した。

 

「はぁ~~~ん」

 

欲があくびを出して悪魔の誘いを行っているが、それに構わず起き上がり背筋を伸ばす。眠たい目をこすりつつ、今まで通り顔を洗い制服に着替える。何気なしに視線を移動させると窓から差し込む日光が当たらず、少し本来よりも塗装を濃くしている玄関口のドアが目に入る。ドアの鍵は閉まっているが、そこに今までの圧迫感はない。そして、みずづきはこの世界に来てからの「いつも通り」を破り、ドアへ足を向ける。もう、長門が朝食を運ぶ必要もなければ、それを待つ必要もない。朝食は本来、食堂で食べるものだ。ここでは、昨日突然連れていかれたあそこだ。みずづきは施錠を解きドアノブを回す。

 

“もう君は仲間なんだから、行動制限はなしだ。だから、改めて言わせてもらう。ようこそ、横須賀鎮守府へ”

 

昨日かけられた言葉。それを胸に抱きつつ、ドアをゆっくりと開ける。キーンという独特の音を立てながら、外界との薄く分厚い壁が開かれる。ドアの重みはこれまでよりも軽い感じがした。

 

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

 

食堂

 

いつも通りの賑わいを見せる室内。配食口にある朝食は目にも留まらぬ速さで、朝食の受けとりを行列にならんで待っていた将兵、艦娘たちのお盆の上へ運ばれていく。それだけも見れば「いつも通り」という表現が正しいが艦娘・将兵たち1人ひとりの顔を覗くと、大半はいつも通りだったがそこに非日常を抱えている者も相当数見受けられた。気分が悪いのか、無表情の者、顔面蒼白の者、苦しそうに顔をしかめている者、寝不足が祟ったのか隈を作っている者。昨日のどんちゃん騒ぎの余韻が、半日経った今も色濃く残っている。

 

「うわぁ~、昨日にもましてすごい人・・・・。須崎基地とは大違い。並ばないといけないなんて・・・・」

 

人の多さに圧倒されつつ、日本・瑞穂問わず大きな基地に務める人間を敵に回しかねない発言。須崎基地では人員が少ないこともあり、それに比例して食堂も小さかったが配食を並んで待つ、という事態は一度も経験したことがなかった。

 

「なに言ってんのよ、いつもこんな感じ。ここは日本と変わらず有名な横須賀鎮守府よ。今日は昨日のせいでガタついてる人が多いからあれだけど、あのせわしさっていったらすごいものよ」

 

食堂の雰囲気に思わず身を固くするみずづきの隣。橙色の髪の毛をツインテールにした活発気な女の子があきれた声を出す。

 

「うちらがちょいと遅かったからピークはこれでも過ぎとるんやで。多い時は座る椅子すらのうなるから」

「ほ、ほんと・・・。こんなに席がたくさんあるのに」

 

関西弁を話す黒髪の女の子が唸り声をあげるみずづきに同情を含んだ笑顔を見せる。だが、少しだけみずづきの口調が標準語へ戻ってしまったことに不満を抱いていのか、悲しげだ。

 

「それより一緒にさせてもらって、本当に良かったの?」

 

みずづきたちの優に2倍の背丈はあろうかという筋肉質の屈強な男たちの後ろに3人は並ぶ。そして、すぐに3人の後ろにも前ほどではないががっしりとし、太陽によって黒く焼けた肌を持ついかにも軍人らしい男女混合の集団が列を作る。前後双方の将兵ともみずづきたちの存在には気付いているが、もはや彼女が風景の一部というように特段の反応を示さない。それは机で食事をとったり、食器返却や列に並ぶためみずづきの横を駆け抜けていく将兵たちも同様だ。今までハレモノ扱いされていたとは全く想像できない日常への融合に、みずづきは戸惑いと、そして嬉しさを感じる。

 

「なに無粋なこというとるんや!! 途中でばったり会ったのも何かの縁やし、気にせんでええって!」

 

黒潮は少し表情を曇らせるみずづきの肩をバシバシと叩く。少し痛いが笑顔の黒潮を見てしまえば、それは嫌な痛みではない。宿直室を出て1号舎から黒潮たちに出会うまで、記憶の中にある食堂を思い出し、そこに1人で乗り込まなければいけない状況に足がすくんでいた。だから、黒潮・陽炎いう2人の強力な援軍と会えてみずづきも非常に嬉しいのだが、艦娘たちの行動パターンや交友関係を知らない以上、邪魔になったのではないかと気になってしまうのだ。

 

「黒潮の言う通りよ。私たち、その・・・・と、友達なんだし・・・・だからそういう気遣いはいらない。2人より3人のほうがご飯も美味しいし!」

「おおおっ!! 陽炎が久しぶりにええことゆうとるわ~」

「久しぶりってどういうこと!? ちょっと、黒潮!!」

 

心へ染み渡る言葉。それに目の前の微笑ましい光景と相まってつい笑顔をこぼしてしまう。まるで、あの頃に戻ったかのようだ。

 

「ありがとうね、2人とも。で、ずっと不思議に思ってたんだけど、白雪たちは一緒じゃないの? あと川内さんも。てっきり、同じ部隊だからご飯も一緒かと」

 

みずづきは陽炎と黒潮の隣を見る。そこにはおしとやかな白雪も、けだるげな初雪も、元気ハツラツな深雪も、夜戦大好き川内もいない。ここにはみずづきもいれて3人しかいない。

 

「初雪が素直に起きんときはいつもこんな感じなんや。あの初雪を起こすのはなかなかに難儀でな。さすがに姉妹を置いては行きづらいみたいで、白雪と深雪は今も壮絶な戦いをしとるんやがな」

「川内さんがいないのもいつも通りよ。今も絶賛爆睡中。理由は・・」

「夜戦で夜更かししてるから、ですか」

 

みずづきの思わぬ言葉に、陽炎は渾身の発言を妨害され目を丸くする。だが、考えてみればみずづきでも川内が起きてこない理由は当てられる。昨日の歓迎会では、川内はいなかったものの、自分たちの説明には彼女の語るうえで欠かせない「夜戦バカ」要素を多分に含んでいた。夜戦が睡眠不足を招くのは常識の範囲だ。

 

「さ、さすがみずづき、頭がいいわね。川内さんが夜戦好きっていう私たちの言葉から、結論を導き出すなんて」

 

陽炎は動揺を必死に抑えながら、足を進める。屈強な男たちがお盆を手に次々と並べられていく朝食の入ったお皿を凄まじい速さで取っていく。次は陽炎たちの番だ。

 

「いやいや、そんなことないよ。ただ、昨日の夜なかなか寝付けなくて、外で海を眺めてたら川内さんに偶然お会いして。結構遅い時間で夜戦だぁぁ!!って言われてたから睡魔に敗北したのかなっと」

 

苦笑を浮かべながら、みずづきは陽炎たちと同じく慣れた手つきで朝食をお盆に乗せていく。あまり手こずると後ろに並んでいる人たちの迷惑になるため、手際よく行わなければならない。問題の朝食だが、どれも日本ではめったに口にできないものばかりだ。涎が出そうになるのを必死に抑える。

 

「なんや、川内さんともう会ってたんかいな。それなら察しがつくのも納得やな。・・・・・にしてもみずづき、まるで昔からここにいたような手つきやな。内心、教えてあげんなアカンなっと思っとったのに」

「実はこの方式、海上国防軍と全く同じなんだよね。昨日、食堂に来たときはもしやと思ったけど」

 

みずづきはお皿で埋め尽くされたお盆と、今まさに将兵たちがお盆をお皿で満杯にしている配食口を見る。

 

「そういうところは、世界と時代が違っても同じなのね」

 

感慨深げな陽炎。それは2人も抱いている思いだ。手近な席につき、落ち着いたところで改めて朝食を見る。わかめの味噌汁に、白ご飯、アスパラガスの胡麻和え、4分の1カットのオレンジ。そしてお盆の中央で強烈な存在感を放つ鶏カツのタルタルソースかけ。ここだけ見れば、夕食かと勘違いしてしまいそうなほどボリュームとカロリー満点だ。

 

「今日もまたすごいなぁ・・・。みずづき、これからどうするん?」

 

朝食に目をくぎ付けにしていたみずづきは、黒潮の言葉にはっとなり急いで顔をあげる。2人は特段の反応を示さない。それにみずづきは安堵する。

 

「百石司令から提督室に来るようにって言われてるんだよね。補給と艤装の整備について、つめたいって」

 

黒潮に顔を向けつつ、ちらっと下に目がいってしまう。鼻腔をくすぐり胃を刺激するいい匂いが、絶えず上昇してくる。

 

「ふーん。ここにいるって決めた後は、さっそく現実的な問題の処理か~」

「世知辛いなぁ~。まぁ、さっさと食べようか。誰かさんは待ちきれんようやし」

 

その言葉に一瞬、時が止まる。ニヤニヤと笑う陽炎型2人。みずづきの希望に輝く心は全てお見通しだったようだ。その事実を理解した瞬間、みずづきは顔を真っ赤に染めるのだった。

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

1号舎 正面入り口

 

ほんの少しだけ日が高くなったころ合いのためか、朝のせわしさがひと段落。低い階段から車が横付けできるスペースを越えて庁舎に入る士官たちや左右に設置されているスロープを使い、入り口に横づけする車は見られない。だが、庁舎内が人で満ちていることは窓やいかにも高価そうな木製扉が開きぱなっしの入り口から容易に見て取れる。今までは宿直室に籠っていて分からなかったが、ここ瑞穂海軍も海防軍と同様に大半の人間は勤務開始時間よりも圧倒的に早く出勤しているようだ。陽炎たちと別れた後、百石の連絡通り提督室に足を運ぶため、ここにやってきたみずづき。自由に外出できるようになった感傷に浸りながら1号舎全体をくまなく見渡せる位置に来たとき、正面からみて右側。自動車進入用のスロープの手前部分に昨夜見た特徴的な人影を発見する。彼女が昨日通りなら、みずづきの手をあげ気兼ねなく声をかけただろう。しかし、みずづきは彼女を見かけた瞬間、足を止めてその異様な姿を凝視してしまう。その視線に気づいた彼女は「やぁ、みずづき・・・・おはよう」と声をかけるが、その後に「あははははっ・・・・・」と小鳥の鳴き声にさえ完敗しそうな苦笑を漏らす。

 

「ど、どうされたんですか・・・・? それ」

 

少し戸惑い気味に声をかける。状況が全く理解できない。

 

「これ?」

 

彼女は両手にもっているブツの内、右手のものを掲げる。あまり急機動を取ると中身がこぼれてしまうので慎重に、だ。掲げる手が小刻みに震えだす。それだけでブツの重さが察せられた。

 

「あんたがらみもこれには含まれてる・・・」

「あぁ~。昨日の夜、おしゃってましたね・・・・・。つまり・・・」

 

みずづきはブツを持たされている理由が分かり、ご愁傷様ですと手を合わせる。それにただただ苦笑の彼女。

 

「歓迎会をほっぽりだした罰ってわけ。朝からいつも以上に長門が不機嫌なもんだから、そりゃもう怖いのなんのって」

 

第三水雷戦隊旗艦川内は両手にバケツを持たされたまま、ついさきほどの恐怖を思い出し歓迎会時、夕張に拿捕されたみずづきのように体を震わす。いつも以上に不機嫌な理由を知っているみずづきは複雑そうにほほをかくしかない。徐々に提督室へ行くのが億劫になってきた。おそらくかの地は、極寒となっているであろう。

 

「はぁ~。んで、提督室に用?」

「はい。百石司令から来るように言われてるんですよ」

「そう・・・・・・。なら、私は何も言わない。みずづき・・・」

 

まっすぐとみずづきを見据える川内。昨日のように自由でところどころに活発さを感じる姿なら様になるのだが、両手に遅刻した小学生のような罰を受けている姿ではどうしても威厳に欠ける。声だけはそれを帯びているのだが・・・・・。

 

「頑張って」

 

それだけでなにもかもを察してしまう。自身の予測は完璧だったようだ。

 

 

 

~~~~~~~~

 

 

 

横須賀鎮守府 1号舎 提督室

 

川内の警告。自身の正確な、発揮場所を間違えている予測。それがあったからこそ少し動揺するだけで済んでいるが、ここに心構えなしで訪れたら精神的にきついだろう。いや、きつい。みずづきは今、執務机の前に立っている。だがそこから見える光景は別次元のものだった。横須賀鎮守府最高司令官であり、この部屋の主たる百石が冗談ではなく見えない。確かに声は聞こえるしペンの疾走音しかりで、気配もきちんと捉えられる。だが、姿が見えないのだ。

 

「あ、あの、百石司令。この冗談みたいな書類の山はなんですか?」

 

おそるおそる尋ねる。執務机を覆い尽くし座っているであろう百石の姿が完全に見えなくなるまで高く積まれた書類たち。漫画のように並行世界へとやってきたが、それだけにとどまらず漫画のような書類の山を見ることになろうとは、人生何が起こるのか分からない。知山も書類の処理に忙殺されることがあったがさすがにここまでの量はなかった。もし、あれば文字通り戦死していたであろう。

 

百石からの返答はないが意識がとある方向に向けられる。その方向にはいつにもまして仏頂面の長門が腕を組み、百石の隣で被疑者監視の任についていた。あのような雰囲気で怒られれば、肝が冷えるのも納得だ。昨日のツケが盛大に到来している百石。長門が処理する書類、そして今はまだ期限があり今日中に処理する必要がないものまで書くハメになっていたのだ。

 

「あ、あの・・・・、私お邪魔でしたら、また後に伺いますけど」

「・・・・・いや、その必要はない。もうすぐ今書いている書類が終わるから、少し待ってくれ」

 

朝にも関わらず憔悴しきった百石の声。それになんの反応も示さない長門。提督室からこれだけ立ち去りたいと思ったことは初めてだ。応援の言葉をくれた川内の気持ちが、身に染みて分かる。

 

「ふぅ~、お、終わったぁぁ~」

 

全身の力を解放するように吐息を出した百石は、椅子から立ち上がり今日初めてその姿を見せる。数分が室内に充満する緊張感によってとてつもなく長いように感じられたが、それももう終わりだ。百石と同じようにみずづきも全身の力を抜くように吐息をだす。

 

「待たせてしまってすまないな。立ったままもあれだから、ソファーに座ってくれ」

 

ソファーにどっぷりと腰を下ろすと百石はみずづきに向かって手招きをする。それを受け歩き出したが、みずづきよりも長門が素早く反応しソファーの執務机側、百石の対面に陣取る。みずづきは一瞬どちら側に座ろうか迷ったが、自分の立ち位置を考え長門が座っている方に腰を下ろす。百石は長門から視線を逸らし気まずそうにほほをかく。だが、このままでは埒があかないと思ったのか、1度ほほを叩くと真剣な表情になり、みずづきをしっかりと見つめる。長門もそれを受けて小さくため息を吐くと、漂わせていた不穏な空気を少しばかり緩和させた。

 

「ま、話を始めようか。 今回君を呼んだのは君が纏っている艤装について詰めなければならないことがあるからだ。補給しかり、整備しかりだ。これは私の専門外だから、専門家たる工廠側には既に話を通してある。ここで話が済んだら工廠に行ってもらうが、その前に、確認していきたいことがある」

「確認、ですか?」

 

ゆっくりと頷く百石。その表情で百石がこれからどんなこと言おうとしているか薄々分かってしまう。

 

「その顔だと君も感じているみたいだな。確認は2つある。まず1つ目。それは補給に関することだ。君はこの世界に来た当日の戦闘で弾薬をそれなりに消費しているだろ? だが、主砲弾や機銃弾は艦娘たちが使っている弾薬で代用できるかもしれないが、この光の矢? 噴進弾? のようなものは我々にとって未知の兵器であり、どういう構造をしているのかどういう材質なのか、はっきり言って全く分からない。それに君の武装にあった単装砲も日本世界との技術格差を考慮すると、我々の知っているものと同様のものなのかすら不明なんだ。そんなものの補給など不可能だ。しかし、工廠側は実物が手に入るのであれば可能かもしれないと言っている」

 

ここで百石は一旦言葉を区切る。久しぶりに感じる提督室での緊張感。みずづきは百石が言おうとしていることを明確に感じ取るが、百石の言葉を待つ。

 

「みずづき? 君には主砲、機銃、噴進弾の実弾をそれぞれ数発、我々に提供して欲しい」

 

みずづきは一切の変化なくその言葉を受け取る。

 

「これの意味はしっかりと理解している。兵器はその国の科学技術の結晶であり、それ故に国家機密だ。君たちの世界では、この意味は私が思っているより様々な事象において重いことも。しかし、だ。少しひどい言い方だが、君が提供してくれなければ君が使用した弾薬の補給は100%不可能だ。弾薬がない軍艦など鉄くず同様。もちろん艦娘も。我々は君の協力が是が非でも必要なんだ」

 

百石は表情も声色も真剣さに染めてみずづきを直視する。そこに偽りはなく、あるとすれば「瑞穂を守り、仲間を守る」という軍人としての信念だけだ。

 

みずづきはそんな百石は見てつくづく彼のお人好しさを感じる。百石は常に低姿勢で主導権をみずづきが持っているかのような口調だが、この場での、この世界での主導権は常に瑞穂側、百石側にある。この()()も、そしてもう1つもみずづきに断るという選択肢はない。みずづきは瑞穂なしでは生きていけないが、瑞穂はみずづきがいなくても存続していける。

 

みずづきには受け入れる選択肢しかないが、受け入れるとしても消極的ではなく積極的な前かがみの姿勢で、だ。みずづきは、戦うと決めたのだ。戦えばもちろん弾薬は消費するし、補給は必要不可欠。弾薬の補給も、そのための弾薬提供も承知の上で、みずづきは、戦うと決めたのだ。だから、この要請を断る気は毛頭ない。しかし、百石の言った通り、兵器は機密の塊である。特に、第2次世界大戦以降、各種兵器は高性能・高価格化し相応の技術力がなければ開発すらできない時代となった。ミサイルなどはその典型である。同じ世界の、同盟関係を有する国家間ですら技術の提供は細心の注意をもって行われる。そして、みずづきが今その21世紀の技術を提供しようとしている相手は、第2次世界大戦後の技術力しか持たない、いわば「遅れた国」なのだ。

 

ここで最も注意しなければならないのは、提供した弾薬の使われ方である。単純にみずづきへの補給弾薬製造のためなら良いが、それには詳細な分析が必要不可欠だ。そして、みずづきの持っているミサイルはこの世界において計り知れないインパクトを待つ。それだけのものの情報を瑞穂海軍が資料室の片隅に置いておくとはどうしても思えない。遅れているとはいえ、この世界の科学技術でも初歩的なミサイルやロケットを作ることはそれほど難しくないだろう。人間は力を持てば使いたくなる生き物だ。

 

 

それを日本世界は散々証明してきたのだ。戦争という最悪の形で・・・・・・。

 

 

「百石司令の要請に依存はありません。もともと、戦うと決めた時にこれは織り込み済みでしたから。但し、こちらも確認なのですが・・・・・・・・・・・・・どのように使用されるんですか?」

「・・・・・・・・・」

 

みずづきの揺るぎない瞳が百石も心を射抜く。それを見て百石もみずづきが聞いていることの真意を理解する。みずづきが望んでいるであろう答えを言いたいが、それを言えない事情が当然ながらあった。

 

「弾薬は工廠に渡され、そこで分析及び可能ならば複製が行われる。工廠は鎮守府隷下、私直轄の組織だから当面の間、他の場所に漏れることはない。だが、このことは上層部も承知していて、すでに兵器研究開発本部、名称の通り兵器を開発する組織からは情報をよこせと突き上げが来ている」

 

みずづきは表情を険しくする。既に自分の懸念が動き出しているのだ。

 

「今は突き上げだけだが、いずれ軍令部・・・海軍の最高司令部でも君の技術について議論されることになるだろう。上からの命令では私も逆らえない。だから、今は来るべき時までは大丈夫としか・・・・すまない。だが、君の懸念が結実しないように私も善処する。・・・・・そして、そうは言ったが、海軍の中にも私と同じ考え方の人間はかなりいる」

 

みずづきを安心させるよう百石は固く真剣な表情を崩す。その効果は大きい。

 

「それに現実的な話、君が持つ技術を使った兵器の実戦配備はハードルが高すぎる。開発コストは莫大になるだろうし、深海棲艦撃滅のためと配備しても他国がそれを単純に受け取るわけがない。他国も同じ兵器の開発を急ぎ、結果、軍拡競争に発展するのが目に見えている。これは諸刃の剣だ。世界の均衡を壊してまで持つものかといえば疑問だな。政府も国民も世界の安定を望んでいる。そして、国益も世界の安定があってこそ、だ。深海棲艦相手も艦娘出現以降なんとか優勢を保っているものの、絶対不変と大口を叩けるほどの甘い情勢でもない。君との関係をぶち壊してまでやるべことではないな。それをなしたら私や海軍は未来永劫、世界中の研究者から“人類と真理探究の敵”として睨まれるだろうし・・・・」

 

苦笑しながら次々と懸念を緩和さる情報を出していく。みずづきは1つひとつを冷静にかみ砕いてくかどれも強い説得力を持っていた。権利欲や支配欲よりも、他国との協調、世界の安定を目指す精神には感服するしかない。研究者たちへの畏怖もある意味、だ。

 

 

そして、みずづきはそれと同時に自分の世界と瑞穂世界を対比させ、心の中で大きなため息を吐く。同じ人間が住む世界なのに、真逆の状況。このむなしさと悲しさはなんだろうか。

 

 

「・・・・・分かりました。正直言って少し不安ですが、それを打ち払えるだけの希望も聞くことができまし、弾薬提供の件、承知しました」

「ほ、ほんとか!!」

 

どこか悲しさを抱えていた笑顔はみずづきの言葉を受け、本物の笑顔に変わる。

 

「はい、有効に使っていただければ幸いですけど・・・・・。どれぐらいの確率で成功するとかは聞かれてますか?」

 

若干上目づかいで聞きにくそうに聞く。せっかく、ここまでの覚悟をもって提供に踏み切ったのだ。それでデータだけ取られて「失敗しました」じゃ本当に笑えない。

 

「その点については心配しなくても大丈夫だ。なんでも実物さえあれば99%複製できると向こう側が言っているんだ。かなり自信満々の様子で」

「えっ!? 99%ですか!?」

 

予想以上の高確率にみずづきは目を大きく見開く。

(瑞穂世界と日本世界の技術格差は圧倒的なのに・・・・・・・・どうして? しかも私の艤装は長門さんたちの艤装とは違ってれっきとした科学。そう簡単にいくものなの?)

急速に膨らむまっとうな疑問。それを感じ取った百石は、自分たちにとって当たり前となっているためそこまで深く考えず、ある存在のことを含んだフォローをみずづきに入れる。だが、それはみずづきにはあまりにも衝撃的だった。

 

「不思議に思うのも分かる。だが、我々には無理でも()()には可能なんだな、これが。()()たちの自信には工廠長も苦笑を浮かべていた、よ・・・・・・・。って、おーい、みずづき。ど、どしたんだ?? 口をあんぐり開けて・・・・・」

 

完全に銅像と化したみずづき。百石はその訳が分からず、声をかけたり目の前で手を振ったりするが効果は皆無。百石は割と本気で戸惑うが、みずづきの混乱はその比ではなかった。百石の言った一単語が戦闘機並みの速さで頭を飛び回る。

(よう、せ、い・・・・・?)

まさか横須賀鎮守府最高司令官からのそんなお言葉が出るとは思わなかったが、文脈上陽性でも要請でも養成でもないことは明らかだ。ということは百石が言った“ようせい”とは。

 

 

 

つまるところ、妖精だ。

 

 

 

「あ、あの百石司令? 妖精ってまさか・・・・」

 

苦笑いを張り付けながらおそるおそる聞く。しかし、それに答えたのは、頭を抱えていた長門だった。

 

「みずづき、すまないな。妖精とは、お前が言っている意味で間違いない。提督が舌足らずすぎた」

「な、なんと・・・・・」

 

思わずうめいてしまうみずづき。長門に睨まれた百石は首に手をあてながらみずづきに頭を下げる。この状況は、みずづきが初めて提督室に来て、百石に「君は神様だろ?」という衝撃発言をされたときと全く同じだ。

 

「すまんな、説明が足りなかった。妖精とは艦娘の艤装や装備に宿った神様みたいなもので、艦娘同様きちんと実体があり意思疎通が可能だ。彼女たちは艦娘たちのように前線では戦わず、工廠などで私たちと一緒に艤装のメンテナンスや新装備の開発を行っているんだ。ちなみに妖精といわれるだけあって、人の手に乗るほど小さいぞ」

「は、はぁ~」

 

分かったようで分からない。だが、艦娘たちがいるのだから妖精もあり得るのではないかと思う自分も存在していた。何気に超常現象への耐性が薄くなっている気がしないでもない。

 

「まぁ、これは実際に見た方が飲み込みも早いだろ。どのみち、これから工廠に行くからな。そのとき思う存分驚いてくれ。それで1つ目が片付いたから2つ目にいくが・・・」

 

おちゃらけた口調から一変、百石は先ほどと同じような真剣な口調を再び纏う。それを受けたみずづきも緩んだ表情を引き締める。

 

「これも1つ目と似たようなものだ。今後君にはおそらく・・・・・・いや確実に生死が交差する最前線に出てもらうことになると思う。君の覚悟についてはいろいろな機会に聞かせてもらったから、何も言うつもりはない。だが、戦闘を行えばどんな力を持つものであろうといつかは傷づく。君の身しかり、艤装しかりだ。今は艤装の話をしているからあえて最も重要な身の話はしないが、艤装は修理しなければならない。しかし、補給と同じく君の艤装は艦娘のものとは異次元の存在であり、修理に必要な情報も皆無だ。今の状態では、君の艤装がもし損傷したら、おしまいだ。そこで艤装の修理を可能にするため、君の艤装を工廠で解析したい」

「か、解析ですか? しかし・・・・」

 

分かっていたとはいえ、他者からその言葉を聞かされるとどうしても動揺してしまう。心の中に補給の時と同じような不安が粘着力を持って広がる。ミサイルや砲弾などより秘匿性の次元がそれこそ異次元の艤装が対象なのだ。しかし、それを見越してか百石は再び緊張を解き、優しい聞くものを安心させるような口調に変化する。

 

「なに、心配することはない。艤装の解析はさっき君が仰天していた妖精たちが行う」

「えっ!? よ、妖精が・・・・?」

「言っただろ? 彼女たちは艤装や装備に宿ってる、と。言い換えれば彼女たちのもう1つの体のようなものだ。だから、艤装の修復などはほぼ100%彼女たちに任せっきりだ。そもそも私たちではどうにもできない代物だしな」

 

またもみずづきの常識をつき崩すような現実が百石からみずづきにもたらされる。科学文明の申し子には、相当なダメージだ。心なしか頭痛がしてきような気さえする。

 

「でも、妖精って艦娘たちと同じように意思疎通できるんですよね? だったら、脅しすなり洗脳するなりして情報を引き出すことは容易じゃ」

「おぞましいことを言うな君は・・・・・・。だが、艦娘たちを見ていればその懸念も納得だ。しかし、彼女たちは艦娘と完全に一緒ではない。分かりすく言えば、頑固な職人オヤジだ」

「はっ??」

 

いきなり出てきた頑固なオヤジ発言に思わず、瞬きを繰り返す。それが面白かったのか、ついに百石は笑顔を見せ始める。

 

「オヤジといったが妖精たちはれっきとした女の子だぞ。彼女たちは職人としてのプライドが高くてな。話さないことは絶対に話さないんだ。もうそれは機械の範疇といっていいほど強固なものだ。そして、艤装の持ち主に心の底から忠誠心を持っている。示し方はそれぞれ個性があるが・・・・」

 

あははははっ、とまるで過去を思い出しているように百石は乾いた笑みをもらす。好奇心に駆られてつい口が開きそうになったが、本能がそれをあと一歩のところで確保する。「知らぬが仏」、その諺が頭を駆け巡る。聞かない方がよさそうだ。

 

「だから、君が艤装のことを絶対に話さないでくれ、といえば解析、整備問わず君の艤装に触れた者は絶対に口を割らない。それこそ、例え命を落とすことになっても、な。ある意味、世界で一番信用できる存在かもしれない」

 

みずづきはその話を聞き、百石を見る。彼はまっすぐとみずづきを見つめている。いつもと変わらない、笑っていても澄み切った瞳で。それを見て嘘は言ってないと判断したみずづきは、大きくため息をつくと心の中に湧きあがる懸念を片隅に追いやる。

 

「・・・・・・・分かりました。そこまで彼女たち、その・・・・妖精さんたちが信用にたる人物? 存在? なら、私の艤装も預けられそうです。艤装解析の件も承知しました」

 

妖精さんの部分だけ妙にみずづきは顔を赤らめ、緊張したような口調になる。それを笑顔で見届けると百石は安堵し、少し前かがみになって姿勢を戻す。そして、ソファーにどっしりと身を預ける。これでみずづきとの協力を次のステップに進めることが可能になった。その拍子にある言葉を吐きそうになるが、それはみずづきによって代わりに放たれた。

 

「一件落着、ですね」

「全くだ」

 

お互い思っていることが同じだったようで、顔を見合わせ笑い合う。その笑顔にいまだ不機嫌の塊と化してしまう長門もつい微笑をもらしてしまう。しかし、直後自身が笑っていることを自覚し、すぐさま顔をそむけ表情を引き締める。ほんのり赤くなるほほ。誰にもばれてないと思っているようで、顔は無表情ながらも得意げだ。だが、そんな可愛らしい動作を2人が見逃しているはずがないのだ。




水がタプタプに入ったバケツを両手に持って直立不動。子供の頃、廊下に立たされたことはあります(ドラ○もんの世界に入ったみたいで楽しいと思ったのは秘密です)が、果たして自衛隊や警察含めて現実に存在するのか、そんな罰。まぁ、このご時世じゃ普通の学校でやると「体罰だぁ!!」って騒がれるかもしれませんが(笑)

26話目にしてようやく妖精を登場させることが出来ました。今回は言葉だけでしたが百石もいったように、次回には本物の妖精が姿を現します。

「遅すぎんだよ」と思われている方もいらっしゃると思いますが、ご容赦を。


そして、ここでお知らせを一つ。
次回は本話の続きである『補給・整備 後編』に加えて、もう1話投稿しようと考えています。

現在、「水面に映る月」は第2章「過ぎし日との葛藤」に入っていますが、この章では世界観設定の明示も含めて、日本世界の「過去」をとある視点から時おり語っていきます。その第1弾を来週投稿しようと思っています。

ただ投稿するのになぜこんな次回予告とも色彩が異なる堅苦しい説明しているのかといいますと、その話はご覧になる方にとっては、多大な不快感及び心的負担を抱かれるかもしれない内容だからです。

ですが、筆者としてはあの悲劇から過度に目を背けのはなにか違うと感じ、そしてこれから先、いつかはあの危機が再来するであろうという観点から、あえて描かせて頂きました。

そのため、一応29話は閲覧注意とさせていただきます。

次回は『28話 補給・整備 後編』と『29話 夢-西日本大震災-』をお届け致します。

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