水面に映る月   作:金づち水兵

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歓迎会もいよいよ佳境です。


25話 歓迎会 後編

「えっと、みなさんが第1機動部隊の方々・・・ですよね」

「そうだ。彼女たちは正規空母で一航戦の筆頭、赤城を旗艦とする、横須賀鎮守府唯一の機動部隊で、察しのことと思うが我々の要だ」

「そ、そうですよ・・・・ね」

 

長門の言葉に若干緊張していた心がさらに引き締まる。直立不動になりかけるみずづき。はたから見ても緊張していることが丸わかりの姿に曙を除いた5人はつい笑顔を浮かべてしまう。曙は笑っていなかったが決してみずづきを嫌っている訳ではない。それが彼女の顔を見れば一目瞭然だ。真っ赤な顔で胸を張っている曙。要するに長門に褒められ「我々の要」などといわれて、舞い上がっているだけだ。

 

質疑応答の前段がようやく終了し、いま歓迎会のスケジュールは後段に移行していた。だから、こうして一機艦のテーブルに足を運んでいるわけだが、1つ予定外のことがあった。本来、みずづきを各部隊に案内する役目は進行役たる百石の仕事だったのだが、現在隣には長門がいる。

 

では、百石はどこへ?

 

「いぇぇぇぇーいぃぃぃぃ!!!!」

 

喧騒に紛れて聞き覚えのある声が、みずづきの耳にはっきりと届く。みずづきにも届いているのだから長門にも確実に聞こえているだろう。上半身の制服を脱ぎ、半袖のTシャツ姿でビール缶片手に爆笑している猛者たち。日頃の業務で理不尽なストレスにさらされ続けているためか、酒が入ったテンションは普段から考えられないほど高く、時折奇声が聞こえてくる。顔を真っ赤にした幹部たちのはっちゃけぶりに、顔を青ざめていたみずづきだったが、艦娘たちがその光景を憐れみが感じられる視線で見ていたため、察してしまった。

 

いつもこんな感じなんだ、と。

 

それでも、と思い1度猛者たちの輪に突撃し百石に案内を頼んだのだが、とても同行できるような状態ではなかった。それを見かねた長門が案内を買って出てくれ、空なのにビール缶を懸命に仰ぐ百石へ懸命にずれる話の方向を修正し話しかけ、許可をもらったのだ。だが、正直あの場での会話は寝て起きたら百石の記憶には残っていないだろう。

 

「はぁぁ~」

 

誰のものか分かる奇声を聞き、こめかみを指で押さえる長門。それを見た赤城は苦笑を漏らす。

 

「相変わらずね、提督も筆端副司令たちも。明日大丈夫かしら?」

「いつもとは違うから大丈夫かと思ったんだが、やっぱり海軍軍人はどこの世界でも同じらしい。しかし、いくら無礼講だといってもみずづきの案内を放棄するとは・・・・」

 

長門から放たれる黒い影。それを感じたみずづきは少し震えながら目を泳がせていると、艶やかな黒髪を持ち、加賀と色違いの服装をしている女性に目が合う。みずづきの姿を見て、口に手を当て、小さく笑う。長門の黒い影は眼中にない。これも彼女たちにとっては慣れっこのようだ。

 

「そんなに怯えなくても大丈夫よ。長門は基本的に優しいから。ただ、初めて見た子はやっぱりそう思うのね。今は平気そうにしてるけれど、曙さんだって初めて見た時は目に涙を浮かべて、潮さんに泣きついていたほどですもの」

「なっ!?」

 

みずづきを前に腕組みをしていかにも格上の雰囲気を醸し出していた曙だったが、赤城の予想外すぎる言葉に顔を上気させる。それを見て当時の状況を思い出し、ほほを赤らめる潮。様子から察するに曙には伝わっていないものの嫌などころか、少し好評だったようだ。

(あけぼの・・・・・)

彼女たちとは対照的にみずづきの心はその名前を再び聞いた瞬間わずかだ暗い影がさす。だが、曙と初めて会ったときほどの衝撃はない。彼女はみずづきが知っている「あけぼの」とは違う。それをしっかりと認識しているため、すぐに現実へ目を向け直す。

 

「ちょ、あ、赤城さん!? なに事実無根なことをっ!」

「え? 私なにか間違えたこと言ったかしら?」

「いや、間違ってないけど間違っているというか・・・・・事実はあってるけど、そこに込められた意味が違うと言うか・・・・・と、とにかく私は怖くて、潮の温かみを感じたかったとか、そういうことじゃないからね!! ふんっ!!」

「曙ちゃん! せっかくみずづきさんがお見えになってる前なんだから抑えて抑えて。わ、私は別に嫌とかそんなことは、ゴニョゴニョ・・」

 

事実ではなく真実を自らに口から出す曙。しかし、隣で嬉しさと恥ずかしさでじもじしている潮に気付くことなくみずづきにビシッと指を向けた後、顔をそむける。その動作にすごい既視感を覚えるのだが、何故だろう。

 

「ふふっ。やっぱり曙さんは可愛いわね」

「曙さんだけじゃありませんよ赤城さん。潮さんもなかなか・・」

「そんなことより、自己紹介っ!! 自己紹介するんでしょ! 私はみずづきと前に会ってるからいいかも知れないけど、みんな初対面でしょ! だから、自己紹介!!」

「そ、そうですっ! 皆さんそろいもそろって、みずづきさんに失礼ですよ!」

 

赤城の言葉に頭から湯気が出そうなほど曙はさらに赤くなる。それだけにとどまらず艦の頃から親交がある翔鶴からふざけているのか素で言っているのか判別できない言葉をかけられた潮も全く同様の反応だ。性格は違えど姉妹艦。反応は瓜二つだ。空母勢の猛攻を受けた駆逐艦2人は、これ以上は赤城たちのおもちゃにされるだけだと本能的に察知し、まだからかいの常連である摩耶が参戦していない今のうちに無理やり話をもとに戻そうとする。表情から考えが透けるようにに見えるので誰もその攻勢を止めようとはしない。

 

「ふふっ。お2人さんの言う通りね。みずづきさんをここで足止めするわけにもいかないし。はじめましてみずづきさん。私は赤城型航空母艦1番艦の赤城よ。よろしくね」

 

それを皮切りに赤城と曙のやりとりを温かいかついつ介入しようか狙う狩人の目をしていた3人が、声を上げる。既に自己紹介を宿直室で済ませている曙、そして曙と同じ宿直室と質疑応答で顔を合わせている榛名は、傍観だ。

 

「はじめまして。私は翔鶴型1番艦の翔鶴です。第5遊撃部隊の瑞鶴がいろいろお世話になりました」

 

大和撫子を体現したかのように、おしとやかにお辞儀をする翔鶴。それに一瞬、目を奪われるが、瑞鶴の名前と瓜二つの制服から記憶の糸がつながる。

 

「瑞鶴さんは翔鶴さんの妹さんなんですね。お世話なんてとんでもないです。むしろ、私がとてもお世話になりましたから」

 

やんわりと事実を伝えるが、それでも「いえいえ」と低姿勢の翔鶴。勝ち気で明るい性格の瑞鶴とは大違いだ。人間の姉妹や兄弟でよくある、兄弟・姉妹同士では性格が真逆になりがちという謎の法則が彼女たちにも適用されているようだ。これは神様にも通用するらしい。

 

「あ、あの・・・」

 

などと思っていると曙の横から聞いただけで少し怯えていることが分かるか細い声が聞こえてくる。目をやると先ほどまで現在からは想像ができないほどの声を出して、ほほを赤くしていた少女、潮が立っていた。あまりの落差にみずづきのほうが怯えてしまいそうだ。

 

「あの・・・潮さん? そんなに緊張しなくても・・・あはははっ」

「す、しゅみません!」

 

可愛らしく、小さな子供のようにかむ。それに萎縮していた心が若干癒される。癒されたのは表情を窺うに、曙を含めた一機艦の5人も同様のようだ。ふくれっ面のほほを赤く染め潮をチラ見している曙は印象的だ。だが、とうの潮は相当緊張しているのか、自分が噛んだことにすら気付いていない。ここは指摘しない方が無難だろう。

 

「・・綾波型10番艦、吹雪型20番艦の潮です。曙ちゃんは私のお、お姉ちゃんになります。こ、これから、ふつつかものですがよろしくお願いしますっ」

 

勢いよく頭をあげる潮。目の前にテーブルがなくてほんと良かった。あったら、確実に行動不能だろ。頭をあげても潮は潤んだ目でこちらを窺ってくる。決して見る、ではない。

(わ、私って、そんな怖い外見してるのかな・・・・)

強面でも幽霊のような暗いオーラを纏ってもいないみずづきは、あまり経験したことがない反応に困惑してしまう。潮をこれ以上怖がらせないようにと、苦笑していたらいきなり肩を叩かれる。叩かれるという表現になってしまったが、決して暴力的な意味ではない。乗せられた手には親しみが込められていた。振り返ると頭に妙な装飾をつけ、一見すると女子高生に見えなくもない制服を着た少女が勝ち気な笑みをたたえて立っていた。

 

「そう、気にすんな。潮はちょっと人見知りで、初対面どころか艦だった頃に会ってた艦娘にだってあんな感じだったんだぜ。今は普通に話ができるけどな」

 

少女と共に潮へ目を向ける。彼女は少し慌て上目づかいでこちらをものすごく控えめに見てくる。少々怯えすぎとも思わなくないが先ほどの微笑ましいやりとりも見ているため、潮がいい子であることは疑いようがない。だが、同時に翔鶴と言葉を交わした時に思った姉妹における性格相違の法則は彼女たち2人にも、あまりにはっきりと表れていた。

 

「まぁ、時間がたてばあいつも慣れるさ。ん? ああ、わりい。自己紹介がまだだったな!」

 

今更ながら大事な過程をすっ飛ばしていることに気付いた少女は、みずづきから全身がみえるように眩しい笑顔のまま少し距離を取る。

 

「はじめまして、だな。みずづき! あたしは高雄型3番艦の摩耶! これからよろしくなっ! ところで聞いて驚いたぜ。みずづきって神戸出身なんだろ?」

「あっ、そうそう。それ、私もですっ! 聞いた瞬間、思わず自分の耳を疑ってしまいました」

 

みずづきと初対面である3人の邪魔をしないように、と曙と同じく傍観者に徹していた榛名であったが、この話題には自制心よりも好奇心が勝ったようで、顔を輝かせる。

 

「はい、そうです、超ど田舎の神戸ですが・・・・」

 

摩耶や榛名の想像している神戸とみずづきの実家がある神戸の1地区にギャップがありそうで、つい声量が小さくなる。

 

「あの辺りは山を越えると一変するからな。21世紀になってもそこは変わらねぇんだな」

 

妙に神戸に詳しい摩耶。みずづきは地元のことを話すたびに抱く心構えを外し、安堵していく。そこでふと、摩耶の名前が引っかかる。六甲山系、神戸都心部の背後、神戸市の中央を東西に貫く山々に摩耶山という名前の由緒正しいお寺が建立する山があるのだ。そして、その山は旧軍の重巡洋艦と海上自衛隊のイージス艦に与えられた艦名の原典として、非常に有名な山だった。みずづきはそこで摩耶がいかにも神戸を知っているような口ぶりだった理由を看破した。

 

「お詳しいと思ったら・・・・摩耶さんの名前、摩耶山から名付けられたんですよね」

「おお、おおおっ!! あたしのこと知っててくれたのかっ!!! めちゃくちゃ嬉しいぞ! そうそうあたしの名前は、摩耶山からきてるんだよ!!」

 

思わぬ反応に摩耶は顔を輝かせる。

 

「あたしは神戸の山から名前をもらって、神戸の造船所で造られたんだ! だから、あたしの故郷は神戸さ。黒潮とのやり取りを聞いた時はめちゃくちゃ驚いたぜ! まさか、みずづきの故郷が同じだなんて。後から、黒潮にはきっちり言っとかないとな。お前は大阪生まれだけど、あたしは正真正銘の神戸生まれってな。榛名も群馬の榛名山から名前をもらってんだけど、造られた場所はあたしと同じ神戸にある造船所なんだ」

「はいっ! 榛名も摩耶には敵いませんが、れっきとした神戸生まれなんですよ」

「そ、そうだったんですか・・・」

 

笑顔の榛名と今にもみずづきを抱きしめてしまいそうなほど感動する摩耶。それを見れば否が応でも、2人がどれほど嬉しがっているかよく分かる。だからこそ、自身の無知にみずづきは表情を曇らせる、。

 

 

「すみません。神戸市民なのに摩耶さんや榛名さんとことこうしてお話するまで気付かなくて」

「なに辛気臭い顔してんだよ、いいっていいって! 80年近く未来の、しかも同郷の人間があたしのことを覚えてくれてるってわかっただけで、あたしはすごくうれしいんだ」

「摩耶の言う通りです! 私は同じ故郷を持つ仲間が増えただけで感無量ですから」

 

そこに他意は一切見受けられない。

 

「で、どうなんだ?」

 

はちきれんばかりの笑顔から一転して、摩耶は真剣な表情を見せる。摩耶が聞こうとしていることをその口調から瞬時に理解した榛名も同様の対応を取る。それで、みずづきは分かってしまった。これから、摩耶が聞こうとしていることを。そして、自分がひどい嘘をつかなければならないことを・・・。

 

「2033年の神戸はどうなってるんだ? 戦後、戦前をしのぐ大都市になったっていうことは知ってるんだが、その先を知りたくてな」

 

真剣な表情のまま摩耶は恥ずかしそうにほほをかく。榛名もそれに頷きつつ、みずづきを揺るぎない瞳で直視する。2人の想いを見て、誰が真実を語れるだろうか。兵庫県の県庁所在地として国内6番目の人口を誇った大都市は、他の都市と同様、その繁栄が過去のものになってしまった、などと。だから、みずづきは生戦が始まる前の、2027年以前の故郷を思い浮かべる。

 

「以前と変わらず、兵庫県の県庁所在地そして国内有数の都市とてとても栄えていますよ。夜になると、街の明かりが作り出す夜景が最高で! 大阪人を毛嫌いする人たちがいまだにいますし、私は神戸人ですけど同じ関西人ですからそんなしょうもないいざこざはどうでもいいと思うんですけどね」

「ふはははっ。神戸と大阪のいざこざは未来も変わらねぇんだな! ほんっと、あいつらはどうしようもないな。でも、よかった。なにも変わっていなくて・・・・」

「変わるものがあれど変わらないものもある・・・・。時間の流れって不思議、ね・・」

 

安堵した笑顔を浮かべ、摩耶と榛名は感慨深げな声を出す。だが、榛名は涙声だ。摩耶も感動のあまり泣きそうになっているが、意地で涙を止める。無理に止めなくともいいのだが、摩耶には泣くという選択肢はなかった。自身の失態を今か今かと待ちわびている仲間がすぐそこにいるのだ。曙には今までからかってきた前科が存在するため、これみよがしに反撃の材料を与えることになる。からかい返されるのは確実だ。だが、そんな格闘を誰にも悟られず行っていた摩耶の耳に、すすり泣く声が聞こえてくる。驚いて声のした方向を向くと、焼酎とおぼしき透明の液体が入った湯呑を片手に赤城が鼻を赤くして・・・泣いていた。そして、赤城の背中を翔鶴が優しくなでている。彼女の目にも、涙が浮かんでいた。

 

「よかった・・・・よかった・・・・よかった・・・」

 

手で何度ぬぐってもにじみ出てくる涙。一機艦のメンバーにとって、これが初めて見る赤城の涙ではない。戦場はともかく、こういったお酒が入る場では、赤城は酔いが回るとよく泣くのだ。しかし、ハイテンションで泣くため悲しさなどは微塵も感じず、逆に泣きつかれると非常に面倒なので、みな赤城の涙を面白半分に取られていた。

 

しかし、今日の涙は違った。

 

普段の凛々しいく、食いしん坊な彼女からは想像できない姿がそこにあった。このような安心から生まれるきれいな涙は、一機艦もそして長門も初めて見た。みずづきも含めて驚く一同。しかし、榛名・摩耶・潮は赤城の気持ちを察し、驚きから同情へと顔に宿る感情を変えていく。赤城の涙は喧騒に溶け、今このテーブルにいる者以外、気付く者はいなかった。

 

 

 

 

涙をながしつつも笑顔を浮かべる赤城を筆頭に暖かい雰囲気で送りだされたみずづきは次の部隊へ向かう。その中に若干1名腕組みをし、刺々しい空気を堂々と醸し出している者がいた。だが誰も気にしていないふうだったので気にしない。次は第3水雷戦隊である。

 

「今ふと思ったのだが、みずづきは昨日吹雪たち4人と共に買い出しへ行ったのだったな?」

「はい。吹雪、白雪、初雪、深雪と一緒に・・・」

「そうか。なら、自己紹介はもう済んでるようなも、の? ん? その呼び方は・・・・」

 

長門はみずづきの口調がつい昨日の朝までと異なっていることに気付き、問うように前方へ向いていた顔をみずづきに合わせる。

 

「えっとですね、これも昨日のことなんですけど、吹雪さんにその、友達になりませんかって言われまして」

 

少し気恥ずかしく、みずづきは耳を赤く染める。それを見た長門は、どういう経緯で吹雪たち4人を呼び捨てにするようになったのか、大体の察しをつける。

 

「友達ならさん付けや敬語は他人行儀です、とも。なので私も奮起して呼び捨てで話すようにしたんですが、鎮守府へ帰る道中吹雪からその話を聞いた白雪たちも同じようなことを言い出して、結局・・・」

「吹雪のみならず白雪たちにも押し切られた、か。ふふふっ、あいつららしいな」

 

輝く目で迫る吹雪たちと照れて挙動不審になるみずづきの姿が容易に想像でき、つい長門は笑う。吹雪たちの包容力は、並行世界からきた未来の人間も容易に包み込んでしまうらしい。

 

「となると、第3水雷戦隊の中でみずづきと面識がないのは川内だけになるのか。陽炎や黒潮ともさきほど話していたし」

 

陽炎という言葉に一瞬、心拍数が上がる。このまま心拍数へ意識を向けていてはろくなことにならないので長門へ話しかけようとしたとき、喧騒の中でもはっきりと分かる独特の言葉が聞こえてくる。

 

「おっ、みずづきやん!? ついに私らの番やな! さ、はよぅはよぅ!!」

 

初雪・深雪にもてあそばれた陽炎に慰め、という名のちょっかいをかけている最中にみずづきと長門を見つけた黒潮は、第3水雷戦隊のいるテーブルから大きく手を振る。それでみずづきたちの存在に気が付いたほかのメンバーも声を上げる。

 

「よっ、みずづき! 昨日ぶりだな」

「みずづき? 眠いから、帰っていい? 良い子は寝る時間・・・」

「お疲れ様、みずづきちゃん」

「・・・・・・・あっ、みずづき」

 

メンバーの中に明るい雰囲気を蝕みそうなネガティブ思考を持つ者たちが紛れ込んでいるが、ここはあえて無視した方が賢明だろう。特にツインテールの、今は亡き部下と同じ名前を持つ艦娘は、さきほどの修羅場の余韻が残っているのか白雪をチラチラと伺い、複雑な表情をしている。だが、それを見て、みずづきは安堵する。陽炎の姿が非常に面白く、心に闇の入り込む隙間ができなかったのだ。

 

「どうも、みんな。めいいっぱい楽しんでくれてるようで、私安心したよ。前段は話がいろんな方向に飛びまくってたから」

「ほんっとお疲れ様だな! っと言っても俺、聞いても分かんない話が来たら目の前の料理に集中して聞こえないようにしてんだよな。だから、何話してたかは全く覚えてません!!」

 

「すげぇだろう~~」という内心が丸わかりの顔で、深雪は大きく胸を張る。ため息を吐く白雪と長門だが、それに同意するものがいた。

 

「やんな、さすが深雪! それでこそ深雪や!! うちも司令はんの話は全く聞いてなかったわ。みずづきもすごいなぁ、あんな高度な話をエリート筆頭の司令はんとするなんて。うちやったら絶対轟沈やわ」

「そうそう。私もみずづきちゃんが、全く別の女の子に見えちゃったよ」

「べ、別の女の子って・・・・。そんなにすごいことじゃないですよ。百石提督もなんか私の学力レベルを探ってた感があったし、高卒なめんじゃねぇよってね、あはははっ。それもこれも陽炎さんの質問がきっかけですし」

 

笑いながら陽炎の方を向くが、そこにはまだ本調子に戻り切っていない陽炎の姿があった。それを見てみずづきは黒潮が質問中、彼女の裏で起こっていた出来事を思い出す。

 

「まだやってるんですか?」

「いや、ちっと面白くてな。初雪とタック組んでいろいろ引き延ばしてたんだが、みずづきが来たことだし終わりにすっか。おーい陽炎~、元気出せよ。初雪も白雪も怒ってねえぞ」

 

みずづきが来てから少し視線が泳ぎ気味の陽炎だったが、深雪の言葉にバシッと視線が止まり、フォークを口にくわえたままゆっくりと視線だけ初雪、そして白雪に移動する。そのしぐさは小動物のようで非常に目の保養になるのだが、本人の心にそんな幸せオーラはない。

 

「陽炎ちゃん? もう怒ってないよ」

「っ!?」

 

 ビクつく陽炎。それに込められた意味を明確に感じ取った陽炎はフォークをテーブルの上に置き、今いる場所の反対側、みずづきたちが集まっている場所にやれやれっと言った感じでやってくる。

 

「あんたたちね・・・・・、人をもてあそぶのもいい加減に」

「これで、駆逐艦は、集合完了。あとは川内だけ・・・」

「って、人の話聞きなさいよ~~!!」

「みずづきちゃんも来たことだし、川内さんとも顔あわせてほしいんだけどな」

「無視っ!?!?」

 

陽炎の怒りを完全に無視する吹雪型3人。あまりの意気投合ぶりに、陽炎の心は急速冷凍されがっくりと肩を落とす。それに苦笑を浮かべた3人は明るい笑顔を陽炎に向ける。

 

「さすがにやりすぎたか。冗談、冗談だよ陽炎」

「私たちが、そんな、ひどいことをするわけがない」

 

何の迷いもなく親指を立てる初雪。それを見た陽炎は「どの口がほざいてんの?」っとお怒りの様子だ。それを見て初雪は即座に汗を一筋流し、視線を外す。先ほどとは立場が逆になっている。その様子にみずづきや長門もも含めて他の3人が笑い出す。それにつられた初雪と陽炎も笑顔に染まる。みずづきはほんの一場面しか見ていないが、黒潮たちの絆の深さをしっかりと感じ取ることができた。

 

「んで、川内さんは? 私が恐ろしい視線で拿捕されてる間にどっか行ったみたいだけど」

 

陽炎は周囲を見回すが、川内の姿はない。時刻はもうすぐ9時。それにもしや、と思った陽炎は確認を求める視線を白雪たちに送る。全員、苦笑いだ。

 

「まさか、あいつ」

 

ただの酒飲みオヤジと化した百石たちの奇声を聞いた時と同じく、長門は駆逐艦たちの様子を覗いこめかみを押さえる。それを受けさらに深い苦笑を浮かべる黒潮たち。だが、長門や黒潮たちのテレパシー通信についていけないみずづきは頭の上に疑問符を大量発生させる。

 

「えっと、どういうことなのでしょうか?」

「うちら第3水雷戦隊は川内っていう軽巡洋艦が旗艦を務めてるんやけど、この人が変わった人で・・」

 

(変わった人?)

反問しようとしたみずづきを初雪が制する。

 

「夜戦が、大好き・・・」

「はい?」

「川内はなにかと夜戦が好きでな。業務時間が終わりこうして鎮守府が眠りにつこうとする夜間によく単独訓練をしているんだ。みずづきが来るから席についておけってかなり念押ししたから今日ぐらい控えると踏んでいたんだが、まさか・・・・・・」

 

そこまでいうと長門は再び大きなため息をはく。

 

「提督といい、川内といい、なんでこうも・・・」

「ほぉぉぉっぉ―――!!!!」

 

絶妙なタイミングで聞こえる奇声。それと悩む長門のコントラストは非常に憐れで、小規模な部隊ではあったものの以前、隊長を務めていた身として、その姿には同情を禁じ得ない。

 

「まったく・・・・」

「いや~、盛り上がってるね~。やっぱりこういう雰囲気が俺の性にあってるんだよ!! そういやぁ、黒潮?」

「ん、なに?」

「さっき、質問してた時、みずづきになんかしてもらうって言ってなかったか?」

 

その問いに、黒潮は待ってましたと言わんばかりに顔を輝かせる。どうやら忘れていたわけではないようだ。黒潮は一気にみずづきに近づく。あまりの勢いにみずづきは若干後ろへ引いてしまう。

 

「な、なんです・・・・・?」

「そうやそうや!! いつ言おうか迷っとったけど、機会が来たようやな! みずづき? あんたも関西出身なら一度、うちの前で関西弁話してみてや」

「え? 関西弁を、ですか?」

 

思いもよらむ提案に、何度も瞬きをしてしまう。

 

「ほら、まわりは標準語ばっかりやろ? 艦娘のなかにはうちみたいに関西弁しゃべる子もおるんやけど、横浜生まれの偽もんやし・・・」

「龍驤さん怒りますよ・・・・・」

 

ジト目の黒潮に白雪が苦笑しながら、当該艦娘の名誉のためにあえて指摘する。

 

「怒ったって、かまわへんわ! だって、偽もんやもん! だから、うちは関西弁で話をしてみたいんや! 兵隊さんの中にも関西出身者はおるんやろうけど、よう分からんし。なぁ、みずづきお願いや!」

 

子犬のようなウルウルした瞳がみずづきを捉える。「藪から棒に」と思わなくもないが話しても特段みずづきの不利益になることでもない。そして、黒潮たってのお願いでる。ただ少し懸念材料があるのだ。

 

「うーん・・・ま、いっか。分かりました。久しぶりにこの堅苦しい口調を捨てますか!」

「ほんまに、やったぁ! あんた、ええ子やな~」

「ただし、私ここ4、5年ぐらいずっと標準語の中で過ごしてきたので、おそらくかなり引っ張られてると思いますよ」

 

みずづきが少し躊躇した理由はこれである。みずづきは軍、当時の自衛隊に入隊してからずっと関西弁とは全くの無縁ではないものの、程遠い生活をしていた。言葉の適応力とは凄まじいもので関西弁バリバリの人間でも、標準語の中で長い間生活すると自然に普段の口調が標準語になってしまうのだ。みずづきは標準語を話さなければならない環境下に数年間も身を置いていた。その間、唯一故郷の言葉と触れ合うことができる実家に帰省したのは片手で数えられるほどでしかない。

 

「ええって、ええって! あと、吹雪たちとため口になっとるんやから、うちともそんなんでええで。要するに友達や! 陽炎も同感やろ?」

 

つい嬉しくなってしまう言葉に目を見開きながら、みずづきは陽炎の方へ目を向ける。陽炎は黒潮の洞察力に驚き、耳を赤くしながら視線を泳がせている。しかし、みずづきの少し潤んだ視線に観念したようでゆっくり頷く。さきほどのみずづき―黒潮間の状況がみずづき―陽炎間でも成立していた。

 

「私も同じくち・・・・そういえば排水量聞いてなかったわね・・・まぁ、いいわ。とにかく私たちとそれほど大差ない見た目のあんたに敬語を使われるのは、なんか嫌なの。その、仲間であり友達でもある子にそれやられるとなんか壁を感じるというか・・・あんたも分かるでしょ? れっきとした人間なんだから!」

「素直やないな~、私も友達になりたいのよっ!? って言ったらええのに」

 

さらりと普段は聞けない標準語の口調&陽炎のものまねをかます黒潮。あまりに自然すぎて白雪たちや長門も「ん? んん!?」っと我が耳を疑っているが、それはみずづきも同様だ。加えて、うますぎる。正直ほんの一瞬陽炎自身がしゃべりだしたのかとさえ思ってしまった。みずづきたちでもそうなのだ。自分を真似られた立場の陽炎にしてみれば、その衝撃は半端ではないだろう。そして、その口調ではたからでも分かる本心を暴露されたのだ。陽炎は面白いように顔を急速に赤くしていく。もう耳だけではなくなった。

 

「なっ!? な、なに言ってんのよ!? 別に、別にそんなこと!! しかも、私の真似して~~!!ぜんっぜん、全然似てないからね!! やるんならもう少しまともなのしないさいよ!」

「悪いな、つい出来心で・・。でも、こんな時ぐらい本心ださんとすれ違うで。みずづきはうちらと今日あったばっかりなんやし」

「そ、それは、そうだけど・・・・・・・」

 

黒潮の口調が諭すようなものに変わる。冗談を言っているときと変わらない笑顔でが、紡がれる言葉の重みは段違いだ。それは真正面から受けた陽炎は、一気に大人しくなる。

 

「こんな姉やけど、よろしくな。素直やのうて、すぐ突っ走る癖があるんやけど、めっちゃ頼りになるから」

 

その言葉に陽炎は目を点にすると、照れたように鼻の下をこする。いい笑顔だ。そんな姉妹愛を見せつけられた深雪・初雪はニヤニヤと茶化すような笑みを向ける。ここにも艦娘同士の固く、そして深い絆がある。それを見ているだけで心が温かくなってくる。これなら、陽炎のことを、「かげろう」と同じように呼ぶことも可能だろう。彼女は、かげろうとは容姿も性格も、存在も異なる。彼女と、そして目の前で最高の笑顔を見せている少女。どちらも別人であり、混同することはどちらにとっても彼女たちに失礼極まりない。みずづきは陽炎を明確に()()と認識した。

 

「いえいえこちらこそ、よろしくお願いしますっ! お二人にそんな・・」

「お2人?」

「あっ、てへへ・・・。黒潮と陽炎にそういってもらってほんとにうれしいよ!」

「みずづき~、そこは関西弁だろ?? それたちもみずづきが関西弁でしゃべるところ、めちゃくちゃ聞きたんだぜ~?」

 

いつの間にか深雪のニヤつきはみずづきにも向けられていた。深雪だけだはない。白雪も初雪も、そして駆逐艦たちのやり取りを母親のように優しく静かに見守っている長門までもが興味を示している。さきほどの言葉を実行するしかないようだ。

 

「もう~、分かったよ。・・黒潮、陽炎、そう言ってくれてほんまに嬉しいわ! おおきにな! この世界に来て右も左も変わらず不安やったけど、こうしてたった数日でいろんな友達が、仲間ができたっ。こんなに心があったこうなるのは久しぶりやで」

「おおおおおっ!!! 感動や!! うち、昔を思い出して涙でてきそう・・・」

「ええっ!? そこまで!? んな大げさな・・・」

 

関西弁で言い合うみずづきと黒潮。みずづきは標準語なまりを警戒していたようだが、今どき標準語と関西弁が融合したような言い方もあるので、特段気になるレベルではない。正直、2人で大阪へ行っても、全く違和感はないだろう。

 

「うわぁ~、新鮮。正直、口調だけ聞いてると、一瞬みずづきどうかわっかんいよな」

「完全な、別人。テンションがまるっきり違うように聞こえるのは、何故なんだろう・・」

「みずづきちゃんも、この歓迎会を楽しんでるみたいで、よかった」

「まったく、同感だな」

「・・・・なんか、妹をとられた気分・・・・」

 

そのやりとりは本人たちだけではなく、周囲にも温かさをもたらす。1名だけ物騒なことを言っているように聞こえるが、口だけで表情は非常に穏やかだ。局所的に発生する日だまり。歓迎会も終盤に突入し、講堂内のあちこちにそれができているがみずづきの来訪を待っていた者たちは待ちきれず、その日だまりに自然と吸い込まれていく。

 

「ずいぶんと盛り上がってるじゃない! 私たちも混ぜてよ」

 

第3水雷戦隊のテーブルに突然投げかけられる声。全く予期せぬ事態に、この場にいる全員がマッハで声のした方向に向く。黒潮たちは誰の声が判別したうえでの驚きだったが、みずづきとっては初耳の声だった。振り向くとそこには、先ほどの質疑応答でみずづきに質問した響。その彼女とそっくりな3人の女の子。そして、見た目がみずづきと同年代ぐらいの少女たち・・・・緑色のリボンで髪をポニーテールにしている子と茶髪でアホ毛がよく目立つ子の2人が立っていた。彼女たちを見た瞬間、長門が申し訳なさそうな声を出す。

 

「すまんな。随分と待たせってしまって・・・」

「いえいえ長門さん、お気になさらず。私たちのテーブルすぐ近くですから、三水戦の子たちとみずづきのやりとりはかなり見させてもらいました」

「なんだよ夕張、遠慮せず入って来たらいいじゃんか」

「別に気を遣ってたわけじゃないのよ。今乱入したら面白いやり取りが中断しちゃうじゃない」

 

そういいつつ、夕張と呼ばれた子は陽炎を見て微笑する。その反応から、夕張のいう面白いやり取りに自身と黒潮のやり取りが含まれていることを知った陽炎は、再び顔を染める。陽炎の反応が予想通り過ぎて、夕張たちや黒潮たちは笑い出す。しかし、状況が上手く把握できていないみずづきは困ったような笑みで長門に説明を求める。

 

「ふふっ。あ、すまない。みずづきは彼女たち、響以外とは初対面だったな。本当は彼女たちが陣取るテーブルに行くつもりだったのだが三水戦と一緒でもよかろう。絶対に行う理由もないしな」

 

長門はそういうと右手で柔らかく彼女たちを示す。それに心なしか背筋を伸ばす夕張たち。

 

「彼女たちは第3水雷戦隊と同じく、対潜哨戒、対潜戦闘、船団護衛、物資輸送など海上主力戦力の円滑な作戦行動に必要不可欠な第6水雷戦隊の艦娘たちだ」

 

荘厳な口調とは裏腹に、内心ひやひやしながら「第3水雷戦隊と同じく」という言葉をさらりと付け加える長門。ちらりと周囲にいる艦娘たちの表情を覗うが不審に思っているような子は1人もおらず一安心だ。長門は今更ながら、川内や百石に気を取られ第3水雷戦隊の説明をしていないことに気が付いたのだ。そのため、夕張たちがこちらへ来てくれてわざわざ足を運ぶ必要がなくなっただけでなく、自分の失態を隠すにはとても好都合だった。

 

「みなさんが第6水雷戦隊の・・・」

 

そんな長門の内心など露知らず、みずづきは紹介された6人の少女たちを見る。口調は当然ながら通常に戻っている。黒潮は不満そうだが。

 

「まずは、お約束の自己紹介からだね。はじめまして、みずづきさん。私は夕張型軽巡洋艦一番艦の夕張。よろしくね! そして、隣が・・」

「球磨型軽巡洋艦一番艦の球磨だクマー。よろしくクマー」

「ん? クマ!?」

 

とある英国生まれの戦艦と初めて会った時は「ま、ありかな」と無反応を貫いたみずづきだがさすがにこれは許容範囲外だった。しかし、言った瞬間、自分の失態に気付きすぐさま口を押える。だが、明らかに手は言葉を発した後、口をふさいだ。そのため、みずづきの声は球磨と名乗ったおっとりしている少女に容赦なく聞こえている。漫画やアニメに出てくる空想上のキャラのような口調につい出てしまった言葉だが、後悔しても後の祭りだ。どうような反応をされるか、不安になるが、それは予想したものよりもはるかに優しいものだった。

 

「ぷ、ははははっ」

 

腹を抱えて笑い出す夕張。その隣では球磨が怒ることなく、かといって悲しむこともなく複雑そうな苦笑いを浮かべていた。

 

「気にしなくていいクマ。みずづきみたいな反応はよくあるクマ。だから、気にしなくていいクマよ」

「見事に予想通りの結果よ。ふふふっ。あ~おなか痛い・・。はぁ~。みずづきがあいさつに来るっていうから2人で、球磨の口調がどんな反応されるか予想してたんだけど、ビンゴよ。やっぱり、誰もこの口調には耐性ないみたいだね」

「し、仕方ないクマ! この姿になったときからこうだったんだクマ!!」

 

少しほほを膨らまして、球磨は夕張の爆笑に抗議の意を示す。その姿にはかなりの愛嬌がある。

 

「あの、すいません! 私反射的に、つい・・・」

「いやいや、気にしてないからいいクマよ。夕張のいうとおり球磨も予測してたクマ」

 

球磨はひらひらと笑顔で手を横に振る。どうやら本当に気にしていないようだ、それにみずづきは深く安堵する。

 

「じゃあ、次は・・・」

「し、仕方ないわね。私が紹介を・・」

「夕張、この子たちの紹介は私にやらせてくれ」

 

夕張が響たちに目を向けた瞬間、響は響に瓜二つで黒髪を持つ女の子を遮り名乗り出る。その行動に黒髪の子は驚きを隠せない様子だ。

 

「ちょ、ちょっと響!! 私がお姉ちゃんなんだから、みんなの紹介するのは当たり前でしょ!? おとなしく引っ込んでて」

「暁はお姉ちゃんだ。これは否定しようのない事実。でも、暁はみずづきと初対面で自己紹介する必要があるだろ? 僕はさっき自己紹介してるから、その必要はないんだ。だから、そんな僕だからこそ、紹介役に向いてると思うんだけど、どうだろう?」

 

いつもの如く背伸びをしようとした暁。それを響は「暁はお姉ちゃんだから」というお姉ちゃん心をくすぐる言葉をわざといれ、やんわり辞退させようとする。見た目からは想像できない賢さだ。みずづきも思わず目を丸くする。

(そんなに紹介役ぐらいでむきにならなくても・・・・・ま、可愛いいからいいかな!!)

2人のやり取りをまじかで見て、みずづきが長門たちと同じ境地に至るのにそう時間はかからなかった。長門もいつもの威厳はどこへやら。面白いぐらいにほほをゆるめっぱなしである。

 

「わ、分かったわよ! レディたるもの、他人のへの思いやりも大事なんだから」

 

まんまと響の策に引っかかる暁。暁や響と違い帽子をかぶっていない子たちも苦笑いだ。だが、その仮初めの笑顔も、苦笑も見る者にこの上ない幸せをもたらす。みずづきは今更ながら、子供パワーの恐ろしさを身にしみて感じていた。

 

「じゃあ、僕から同型艦の子たちを紹介するよ。まず、僕といいあったこの子は」

「暁型1番艦の暁よ。子供じゃないんだからね! よ、よろしく」

「それで暁の隣にいるのが・・」

「同じく暁型3番艦の雷よ! みずづき、これからよろしくね!!」

「そして最後に、少しおどおどしているのが・・」

「あ、暁型4番艦の、電です。どうか、よ、よろしくなのです! って、響ちゃん、おどおどはひどいのです。私、いつも通りなのです」

 

全員破壊力抜群の自己紹介。そして電が焦りながら響に抗議する姿に一瞬みずづきは昇天しそうになるが、なんとか持ちこたえ2本の足を力強く床につける。

 

「みんな、丁寧な自己紹介ありがとう!! これから、よろしくねっ!!」

 

満面の笑みでお礼をいうみずづきに、4人は眩しいほどの笑顔を向ける。眩しすぎて思わず目を閉じてしまった。

 

「ふふふっ。みずづきさんもすっかり落ちちゃったわね」

「純粋な可愛さには勝てないクマ」

 

ある意味達観した立場で、この世の摂理を口にする球磨。それを笑顔で受け取った夕張は自身の好奇心を必死に抑え、機械的な笑顔を張り付けた上でみずづきに話しかける。

 

「みずづきさん? ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」

「ん? なんですか、私に答えられるものなんでも大丈夫ですよ」

 

みずづきは夕張に何の警戒心も抱かず、純粋に答える。彼女が夕張の趣味、というか大好きなものを知っていたらおそらく、回答を煙に巻くか、即逃亡を図っていただろう。しかし、時すでに遅し。夕張はニヤリと口角をあげると一気にみずづきとの距離を縮める。あまりの速さにみずづきは一歩も動けなかった。

 

「夕張さん!? いったいどうし・・・って、近い近いですって!?」

 

バランスを崩せば確実に夕張の顔がみずづきの顔と衝突するであろう距離まで夕張は接近していた。衝突するならまだしも、この状況は不慮の事故が起きそう気がしてたまらない。ちなみにみずづきは、ファーストキスはまだである。

 

「危ない! 何かが!! なにかが起きそうですよ!?」

「みずづきったら、なにいってんのかしら?」

 

料理をつまみつつ、ただただみずづきと夕張を見つめる陽炎。みずづきの抱いている危機感は微塵も伝わっていないようだ。いつもなら夕張の暴走を存在しているだけで牽制する長門はすでに響たちに篭絡され見る影もなし。夕張はこれも見込んで行動しているのだろうか。

 

「ずっと、あなたに聞きたかったのよ―!!! あなた2033年から来たんでしょ!?」

「そ、そうですけど・・・・」

「私、軽巡は軽巡でもいろんな最新装備を積んだ、いわば実験艦的存在なの! だから、新しい技術には軍事用も民間用も目がなくて!! 科学に基づく技術の進歩は凄まじい。80年近く経ってるのなら、私の想像できない技術がそれはもう数え切れないほど出現してるに違いないわ。その証拠にあなたの艤装は私たちの艤装とは根本的に違う! なんとっ、なんとっ、我々と同等のものを、自分で言うのもあれだけどあんなオカルトじみたものと同じようなものを、人間の科学力で作り上げている。もう、私にとったら驚愕でしかないわ。まずはあの艤装。詳しいところはいいから概説でも教えてくれないかしら!? それとも、あの拳銃についてがいいかしら!! あの拳銃もフォルムがまた・・・・」

 

みずづきが見えているのか、速射砲並みに言葉を連射する夕張。みずづきは防弾性能が限りなく低いものの、F-3戦闘機でも真っ青の弾幕をなんとか脱出しようとするが、濃すぎてうまくいかない。夕張の目を見る。その目には見覚えがあった。横須賀の街へ買い出しに行った日。あの時見た目とそれは全くの同種であることはすぐに分かる。しかし、あの時の深雪や初雪の目がきらきら光っていたとするならば、今の夕張の目はギラギラビームを放っているようなものだ。前回はうまく誤魔化せたが今回は雰囲気的に不可能だろう。なんとか脱出方法を考えていると、まだ第5遊撃部隊へ行っていないことに気付く。もうお互い顔見知りで今更改まって自己紹介する必要はないのだが、夕張がそれを知っていない可能性の方が大きい。

(これだぁぁぁ!!)

みずづきが自慢の対艦ミサイルを発射しかけたその時、夕張の弾幕がやみ神妙な声でみずづきに話しかける。

 

「あっ、ちなみに第5遊撃部隊へのあいさつは必要ないよね? 仲良しなんだし。というか今の状態じゃ無理だよ」

 

勝ち誇ったかのような笑み。それに氷を背中に押しつけられたかのような悪寒を感じながら、夕張が指さす方向を見る。

 

そこには現実があった。

 

「こ、金剛さん!! 一体どれだけ飲むんですか!? いい加減この私でも限界です!! 今日という今日は、駆逐艦戦艦云々を越えて説教します! 覚悟して下さい!!」

「ふへ~、ブッキーなに怒ってるデスカ。いつものスマイルがみたいデース、フニャ~。そういえばぶっきーこのあいだ、パンツを・・・・」

「ちょ、金剛さん!? いくら酔ってるからってそれはダメぇぇぇぇ」

 

「北上、この間は世話になったな。部下も喜んでいたよ。雷撃戦に関しちゃお前さんたちには敵わないからな。また機会があったら是非」

「ん? あれぐらいで喜んでもらえるなら、お安い御用だよ。考えておくね」

「き、北上さんの隣に殿方が!!! いくら幹部とはいえ許すまじ!!!!」

 

「大体ね、ヒクッ! いつもいつも五航戦五航戦って、なんなのよ! ヒクッ! 五航戦には翔鶴ねぇもいるんだし、少しは瑞鶴って呼んだらどうなのよ、ヒクっ! ねぇ、ちょっと? 聞いてる??」

「聞いてるわ、相変わらず騒々しいわね。瑞鶴って呼んでほしいですって? 何回も呼んでるじゃない。私はかなり気合を入れて呼んでるのに・・・・・・悲しいわ」

「うっそだぁぁ、ヒクっ。私全然覚えてませんよ」

「・・・・・・・・ここに艤装があれば」

 

「よっ、出ました!! 愛ゆえの怒り!! 今は宴会宴会、普段言えないことを言うには今しかないぞ!!」

「来た!? 来たのか瑞加賀がついに!!」

「お前、んなこといって大丈夫かぁぁ。明日から瑞鶴と加賀の顔見れんのか???」

「てめぇ、瑞鶴と加賀じゃない!! 加賀と瑞鶴だ!! これは譲れん! 明日になればみんな記憶飛んでるさ! あははははっ」

「確かにそうだな。だが、お前の加賀優先はどうにも気に食わん。この機に瑞鶴の人柄をじっくり聞かせてやろうじゃないか!」

 

(あっ・・・・・・・もう無理だ。みんな、完全にいってる)

みずづきの表情が絶望に染まる。希望は完全についえた。

 

「さぁ、私との話に戻りましょう!! やっぱり、1970年代でもかなりの技術進歩が・・」

 

みずづきがおとなしくなったことに歓喜しながら、再び大量の砲弾投射を行う夕張。みずづきにはもう弾切れを待つしかないが、果たしてそれはあるのだろうか。

 

それを少し距離を取って見つめる第3水雷戦隊の駆逐艦たち。そこにはみずづきへの同情と共に、誤爆や巻き添えを食らわないか、ひやひやしている緊迫の表情があった。時刻はあと少しで10時になるところ。狂気と正気が複雑に入り乱れる宴の幕引きまで残りわずか。どんちゃん騒ぎになっていた鎮守府の他の場所も少しずつ、夜の世界に飲まれるつつあった。

 




この3話で出てきた艦娘たちが、横須賀鎮守府に所属する全艦娘です。モブみたいに台詞だけが出ていた艦娘たちも、ようやくきちんと出すことが叶いました。(みずづきの関西弁も含めて口調が不安ですが・・・・)

今回は3話連続投稿となりましたが、次回からは週に1話のペースで投稿していこうかと考えています。もしかしたら、週に2話となったり、2週間に1話となったり変動する可能性もありますが、あらかじめご了承下さい。

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