水面に映る月   作:金づち水兵

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23話とひとまとまりにしても良かったのですが、あまりにも長くなったので分割しました。


24話 歓迎会 中編

高度かつ難解な話のキャッチボール。永遠に続きかねないという漠然とした不安は、一瞬見せた暗い影を隠し、笑顔で感謝を述べた百石の言葉で四散する。みずづきから艦娘たちへ顔向ける百石。それを「お前たちの番だ」と受け取った艦娘は喜々とした表情を浮かべて再び一斉に手を上げる。しかし、難しい話に頭痛を抱えていた艦娘たちはほんの一瞬、反応が遅れる。結果、みずづきと百石のキャッチボールをしっかり聞いて、頭を動かしていた艦娘が熱いレースを制した。

 

「じゃあ、次は榛名! お前たち、もう少し勉強することだな」

 

ニヤニヤと意地悪げな笑みの百石に、反応が遅れた艦娘たちは悔しそうに唇を噛む。それに苦笑を浮かべる榛名。しかし、そこには質問の権利を勝ち取ったことへの嬉しさが隠しきれず現れていた。

 

「Wonderful!! さすが、高速戦艦といわれる金剛型、ミーの妹デース!! お姉ちゃん、感動してしまいマシタ。ドーンと質問するネ!! そして、みずづきっ。妹を、妹をよろしくおねがいじまず・・」

「?」

 

妹が激戦を制し歓喜する金剛であったが、後半からはハイテンションで涙を流し出す。みずづきもそして榛名もいつもと違うその様子に目が点になるが、よく見ると金剛の手には黄金色に輝く液体が入るグラスが握られていた。第5遊撃部隊がいるテーブルには濃い茶色の瓶も置いてあり、既に空になったものも見受けられる。要するに、金剛はもうできていたのだ。

 

「ヒックっ」

「ちょっと、金剛さん・・・まだまだこれからなのに、そんなに酔っぱらってどうするんですか? って、言ってるそばから飲んで・・」

「しょうがないじゃ、ナイデスカ。みずづきと提督がミーを置いて、難しい話をしだしたんだモン」

 

頭を抱える吹雪に頬を膨らませ、金剛は若干拗ねた様子を見せる。吹雪はもちろん酒は飲んでおらず、というか飲めず、また百石の話を聞いていた側なのでいつも通りの意識を維持している。それは酒・・ビールを酔わない程度に飲みつつ百石の話を真剣に聞いていた加賀、酒の有無にかかわらず少し飛びかけた意識を、料理をつまむことによってなんとかつなげていた瑞鶴、北上、大井も同様だ。この様子だと4人で金剛を介抱することになりそうだが、果たして吹雪が想像する甘い結果が訪れるかは今後のお楽しみである。

 

それに榛名は苦笑を浮かべつつ、姉の声援を受け気合を入れ直す。

 

「みずづきさん、こんばんは。宿直室に夕食をお届けに上がったとき、以来ですね」

「はい、あの時はありがとうございました。かつ丼、とってもおいしかったです」

「それなら良かったですっ! それで私の質問なのですが・・・・・1つだけ、1つだけ聞かせてください」

 

そういうと榛名はほんの一瞬だけ、曙に視線を向ける。それを受け取った曙は小さく、誰にも榛名以外には分からないほど、小さく頷いた。

 

 

 

 

 

「みずづきさんのいた日本・・・・・・・未来の日本は平和ですか?」

 

 

 

 

 

榛名の口からこの質問が出た瞬間、少し騒がしくなっていた講堂内が一気に静まり返る。艦娘たちはグラスを手に持ったまま、姿勢を崩したままなど様々な状態だったが、目は全員真剣だ。

 

未来の日本がどうなったのか? 

 

これは横須賀鎮守府にいる艦娘だけでなく、瑞穂に来た全艦娘が最も知りたがっている事項である。アジア・太平洋戦争を生き延びた艦はその目で、戦時中に海へ没した艦は艦娘になってから他の艦娘を通して自分たちが、自分たちの乗組員たちが必死に守ろうとした日本の末路を見た、聞いた。特に、敗戦を見ることなく沈んでいった艦娘たちの衝撃は凄まじかった。誰が、想像できるだろうか。5年前まで世界5大国の一角を占めていた先進国日本が、国内のあらゆる都市を焼け野原にされ、沖縄・小笠原・満州・千島列島・樺太を奪われ、果てには人類史上初めて原爆を落とされ、無条件降伏した、などということを。

 

だがそれは・・・軍民合わせて310万人の犠牲を払いアメリカの占領下に入った結果は、事実だった。

 

しかし、しかしだ。1970年まで戦後を見つめ続けた雪風と響からもたらされた情報は、自分たちのなした結果に苦しんでいた艦娘たちに大いなる光をもたらした。

 

彼女たちは泣きながら言ったのだ。

日本は復興した、と。自分たちの、あの人たちの犠牲は無駄ではなかった、と。日本は、自分たちの故郷はやっぱりすごい、と。

 

それに艦娘たちはただ、ただ救われた。それがなければ、今こうして瑞穂のために戦っていない艦娘もいただろう。だが、彼女たちは国防という世界の現実がまざまざと分かる非情な現場を駆け巡っていたのだ。世界は常に凄まじい速さで変化する。1970年まで、日本が平和だった。しかし、その後は未知数なのだ。みずづきが来たのは2033年、1970年からなんと63年も経っているのだ。

 

そして、みずづきの肩書とみずづきが陽炎、百石と交わした話。そこからは日本の安全保障環境が緊迫化している様子が明らかに伝わってきた。自衛隊を憲法解釈の変更で軍隊にした。一部の艦娘たちは、これを深刻に捉えていた。

 

固唾を飲んでみずづきの言葉を待つ艦娘たち。みずづきは、口を開く。艦娘たちの気持ちが痛いほど分かるからこそ・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「はいっ。日本は平和です!」

 

 

 

 

 

満面の笑みで、とてつもなく非情な嘘をついた。

 

 

 

 

 

 

「そうですか・・・・・・。本当に、よかった・・・。ありがとうございます、みずづきさん」

 

無意識にたまった肩の力を抜いた榛名は、涙声で安堵する。その目には、照明を反射させるきらきらしたものが浮かんでいる。他の艦娘たちも同様で、みな安心したかのように笑っている。それを見て、みずづきは胸に殴られたような痛みを感じる。吹雪の加賀の、白雪たちの笑顔が点滅する。わずかにかげる表情。しかし、それも一瞬。誰も今の一瞬を捉えていないとみたみずづきは、痛みを「これが正しいんだ!!」と言い聞かせ落ち着かせようとする。

(これは間違ってない・・・・・・、悲しみを乗り越え日本と私たち日本人を心から想ってくれている人たちをこれ以上苦しませるのは・・・・・)

 

だが、みずづきは甘かった。一瞬見せた影。それを誰も見ていないはずがない。誰もが笑う中、周囲に合わせ偽物の笑顔を浮かべる者。そして笑顔すら浮かべていない者が・・・・・・・・・・・・いた。

 

 

「次は、黒潮っ!」

「よっしゃぁ!! やったったで!!」

 

榛名の質問が終わり、講堂を包む喧騒。だが、それにも負けない独特のイントネーションを持つ言葉をとある艦娘が発する。みずづきは、本当に久しぶりに聞いた望郷の念を感じさせる言葉に少し驚く。

 

「さっすが、陽炎型3番艦っ!! 私ともども、陽炎型の実力をみんなに示したわけね!」

「偶然だろ? 金剛みたいなこと言って、陽炎も酔ってんのか??」

 

鼻を高くする陽炎を、第3水雷戦隊の仲間である深雪があきれ顔で一刀両断する。

 

「酔ってるわけないでしょっ!! これはオレンジジュースっ!! 飲みたくても飲めないのはあんたも知ってるでしょ。それより、偶然とは言ってくれるじゃない・・・」

「いや、まともに考えれば偶然だろって!! 陽炎まで雰囲気にのまれちまったか・・。これじゃあ、海出たときに大波食らったら即帰還になっちまうんじゃねぇか?? のまれるだけに!!」

 

決まったっと、どや顔を決め込む深雪。それを見た陽炎は腹を抱えて笑う。もちろん、深雪の言を上手いなどとは一切思っていない。

 

「ははははっ。何言ってんのよ、ぶふふっ。大波食らって、やられたのはあんたたち吹雪型でしょ? なにをい・・・・・ってるの、かし、ら・・」

 

爆笑から一転。陽炎は自分の失言に気付きとある方向を見て表情を凍らせる。同じテーブルの反対側。そこに自分の首を押さえ、震える艦娘が一人。

 

「・・・・台風嫌い、波怖い・・・・・・・外、嫌だ・・・・・・」

 

陽炎と同じ第3水雷戦隊の初雪は艦だったころを思い出し、恐怖ゆえか隣にいた姉の白雪に抱き着く。白雪は絶対零度で笑っていた。

 

「陽炎ちゃん?」

「ひっ!? ご、ごめんね、初雪、別に馬鹿にしてるとか、そういうんじゃないから、ね。つ、つい口が滑って、は、ははは・・・・」

 

蛇に睨まれたカエルのように堅苦しい笑みを浮かべる陽炎。講堂内はそんなに暑くないのに、額にはきらきらと光る汗が見える。何故だろうか?

 

「あーあ、初雪を泣かせた~」

 

意地悪げな笑みを浮かべながら、陽炎の悪事を広めようとする深雪。もし、吹雪にでも知られれば・・・・・・おしまいだ。ああ見えて、吹雪は妹・仲間想いの優しい子であるためか、彼女たちを泣かせると怒りの度合いは半端じゃないらしく、非常に怖い。

 

「陽炎・・・・・嫌い」

「んなっ!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ!! あんた、いくらなんでも・・・・」

「陽炎ちゃん??」

「・・・・・・・」

 

再び白雪に睨まれる。背中を丸める震える陽炎はその時、確かに見た。白雪に抱きつく初雪がニヤニヤと深雪に瓜二つな笑みを浮かべていることに。

 

「は、初雪~~~~~!! あんた面白がって・・」

「どうかしたんですか??」

「な、なんでもございません!!」

 

 

そんな仲間のコントに一切感知することなく、黒潮はみずづきだけを見る。みずづきもそうしたいのだが、睨みつける白雪、抱きつく初雪、凍り付く陽炎が見えるためなんとも言えない苦笑がついでてしまう。

 

「うちとははじめましてやな、みずづき! うちは陽炎型3番艦の黒潮や! ここで冷や汗かいてる陽炎の妹や! よろしゅうな!!」

「よ、よろしくお願いしますっ!」

 

明るい笑顔かつハイテンションで、関西弁を操る黒潮。金剛並みの個性あふれる艦娘の出現に、みずづきは冒頭から完全に押され気味だ。どんなことを聞いてくるのか、全く想像できない。

 

「どっかの誰かさんたちと違って、礼儀正しい子やな~」

 

黒潮は、視界の端っこで丸まっている姉や、別の鎮守府にいる艦娘を思い浮かべる。2人とも素直ではないところが姉妹故か似通っているのだ。その雰囲気を感じ取ったのか、何か言いたげにする陽炎だったが、白雪の怒りはいまだ健在でいつものように文句を伝えることは叶わない。姉をもてあそんでいる初雪と深雪には感謝だ。

 

「うちはみんなの質問を聞いたあとやから、ちいと趣向を変えた質問や! みずづきって、人間やろ?」

「そうです。決して神様とかではありませんよっ!!」

 

散々抱かれた誤解をこれ以上、再発させたいため、みずづきは半分むきになって即答する。みずづきに一種のトラウマを植え付けた最高司令官殿は、既に顔が赤くなっている筆端にビールをつがれ機嫌よくグラスを仰いでいる。

 

「やろ、そうやろ? だったら出身地があるはずなんやけど、どこなん? もうこの口調からお見通しかもしれへんけど、ちなみにうちは大阪や!!」

「ああ~、やっぱりそうですよね。ということはお隣さんですね!」

「お隣さん? ほんならみずづきも!!」

 

黒潮は「仲間を見つけた」といわんばかりに、顔を輝かせる。それについ嬉しくなるのは、同じ言葉、関西弁を話していた者ゆえだろうか。

 

「はいっ。私は兵庫県出身です。バリバリの関西人ですよ!」

 

その言葉に、何人かの艦娘たちが心なしか耳をみずづきに近づける。

 

「そうやったんか!! うちは大阪のど真ん中、大阪市の藤永田造船所っていうところで造られたんやけど、みずづきは兵庫のどこ生まれなんや?」

「神戸です、けど・・・・」

 

(!?!?)

耳を近づけていた艦娘たちの目が大きく見開かれる。その表情には驚愕だけでなく、歓喜も含まれている。

 

「生まれた地区は六甲山地の裏側で同じ兵庫県民にも“ここ神戸?”って言われるところです・・・・」

「ん? 六甲山地の裏っかわって、神戸とちゃうんやない?」

 

みずづきの苦笑に、当然の違和感を覚える黒潮。これもいた時代の相違が原因だが、それを承知しているみずづきは、苦笑のまま説明を始める。

 

「昔はそうだったみたいですけど、神戸は周りの町や村と合併を繰り返して、だいぶ大きくなってるんですよ。私が生まれた時には既に六甲山地の裏側も神戸市になってました」

「な、なんやて!? 時の流れっちゅうもんはすごいな~。技術だけやのうて、町の境界も変わるんやな。おおきになっ、みずづき!! まだまだ話したいことはあるんやけど、いっちゃん聞きたことは聞けたから、ここで止めとくわ。どうせ、これが終わったらみんなんとこ回るんやろ?」

「はい、そう聞いてます」

 

質疑応答は歓迎会の前段でしかない。今はそれぞれ部隊別に集合して料理をつまみ、飲める者は酒を飲んでいる状態だが、これが終わればおのおの好きに会場内を移動してよいことになっている。極端な話、当初は上司のありがたい話やあいさつやらでテーブルに固まっていても、酔いが回ってくると自然に発生する酒を片手に持った席移動をあらかじめ、後段として組み込んでいるのだ。しかし、同時にみずづきが艦娘たちとの親睦を深め、部隊構成を把握するためにそれぞれの部隊に顔を出すとも伝えられている。酒でできている艦娘もいるため、全員ではないだろうが大半の艦娘がみずづきに興味があるため残っているだろう。

 

「ほんなら、残りはその時に! 一つみずづきにやってもらいたいこともあるし、ふふふっ」

「え・・・・・・。な、なんか怖いですよ!!」

 

黒潮の不気味な笑みに、みずづきはいいしれぬ恐怖を感じ、思わずツッコミを入れる。その反応が面白かったのか、爆笑しながら「大丈夫、大丈夫やて」と黒潮はなだめにかかる。それに巻き起こる笑い声。堅苦しい話もあったが、講堂内は歓迎会という名にふさわしい喧騒を蓄えていた。爆笑する黒潮と同じテーブルに具現しているツンドラを除いては・・・・。




前章でもごくわずかに出ていましたが、本話で明確に特定の方言を話す艦娘が登場いたしました。「大阪生まれにも関わらず、言葉遣いがなんか京都より」と評されることもある彼女。言われたらそういう気もするのですが、正直作者はあまり違いが分かりません。そのため、「ん?」と思われる言葉遣いや表現があるかもしれません(汗)。

もしかしたら、筆者自身の方言が混じってしまっている可能性も・・・・・・・。

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