水面に映る月   作:金づち水兵

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引き続き、横須賀をお散歩です。


20話 おでかけ 後編

「ありがとうございましたぁー! またのご来店、おまちしております」

 

年齢を一瞬、錯覚してしまうほど元気にあふれた老夫婦に、膨れた紙袋を持つ5人は笑顔で手を振る。ガラスの引き戸を開け、店の外に出ると西の空が茜色に染まりつつあった。

 

「よしっ!! これで作戦完了っと!」

 

吹雪は手に持ったメモ帳にペンで印をつける。見ると書かれている事項すべてに印がつけられていた。

 

「正直、もっとかかると思ってたんですけどね、みんながいることだし・・・。意外に早く終わりました。時間はまだあるから、どうしようかな~」

 

紙袋を起用に腕にかけ、思案顔の吹雪。一方のみずづきは、さきほどの店で調達した品物をもっているのだが、若干空いた紙袋の口から見えるブツをしきりにチラ見する。わずかに反射し、強烈な光をみずづきの目に届ける高級感あふれる瓶。それだけではない。見えないだけだが、この袋の中には大小様々な瓶が所狭しと入っている。そのため歩くたびに瓶同士が接触する甲高い音や液体の揺れる音がする。それを感じ聞くたびになんとも言えない気分になる。

 

「い、いいんですか? こっちの規則や法律知らないですけど、お酒をしかもこんなにたくさん買って・・・」

 

さっきの店は、横須賀で一、二を争う老舗の酒屋さんだ。その品ぞろえといったら、酒に疎いみずづきでも、酒豪たちの集う場所であることが容易に想像できるほどだ。諭すような口調に、顔色を変えた吹雪が必死に手を振りみずづきが抱いているであろう疑念を即否定する。

 

「みずづきさん、誤解! 誤解ですよ!! 艦娘のなかにもお酒を飲まれる方はいますが、私たちは飲みません。というか飲めません」

「飲めません??」

「艦娘の飲酒や喫煙に関しては、外見とそれに比例する身体機能によって、規制がかけられているんです。戦艦や空母など人間の成人と同じ身体機能を有すると確認された方にのみそれは許可されているんです。ですから、その・・・・・」

「外見、中身ともに子供の俺たち駆逐艦は問答無用で、ダメってことさ」

 

白雪がいいよどんだセリフを深雪が、率直に語る。はたからみれば完全に子供なのだが、彼女たちの境遇などを考慮するに、一筋縄ではいかないのだろう。

 

「なるほど、安心しました」

 

このように年齢や身体機能が関係する問題は法務省と国防省が共同で解釈や規定を定めている。それは軍規や省令にも取り入れられ、万一違反した場合は艦娘であろうと人間と同じく罰せられる。今でこそ体系だった規則が整備されているものの艦娘が登場した当初は法務省や各省の法律部門も大混乱だった。当然だが、この世界の法律は例外なく人間しか考慮しておらず、艦娘などという奇天烈な存在は概念すらなかった。しかし、艦娘も艤装を操る以外は人間と全く変わらず、法律の外に置くことは許容されない。それから始まった議論は紛糾を極め、常人には理解できない難解語の応酬だった。

 

「私たちが、お酒、飲んでるように、見える?」

 

初雪のお言葉。妙な重圧感がある。

 

「すみません。少し、早計でした。でも、だとしたらこれは一体、誰のために? ・・・まさか」

 

みずづきの脳裏に、何人かの顔が浮かぶ。彼らは今頃、みずづきと誰かさんが引き起こした騒動の後始末に奔走していることだろう。

 

「はい。百石司令官に筆端副司令、川合大佐に頼まれたものです」

「さっきも同じセリフ言いましたけど、大丈夫なんですか、それ?」

「お、おそらくは・・・。他の鎮守府を知らないのでなんとも言えませんが、昔から司令官のみならず、結構誰もやられてますよ。ああっ!? 公費じゃなくて、きちんとみなさん、自分の給料から出してらっしゃいますっ!!」

 

苦笑しつつも、横須賀鎮守府が健全であることを吹雪は強調する。というか、健全でなければ困る。ここで横領だの不正会計だの聞いてさらに厄介ごとに巻き込まれては、みずづきの寿命が縮んでしまう。

 

「それにこれがあったからこそ、この外出が実現したんですから」

「えっ? それはどういう・・・」

「吹雪ちゃん、またやったの?」

「さすが、第5遊撃部隊旗艦にして、俺らの長姉!! よっ! 特型駆逐艦のネームシップ」

「しょうがなかったんだよ! いくらいっても司令官渋るんだもん。最終手段使うしかなかったんだよ」

 

1人だけ蚊帳の外に置かれるみずづき。吹雪たちの会話を必死に拾い情報分析に努めていると、初雪がツンツンと背中をつつく。

 

「吹雪はお酒をダシに、司令官を篭絡した」

「ああ~、なるほど・・・・・読めました」

 

なにかを達観したような目。みずづきはここに至って、話の流れと手に提げた袋の意味を理解した。百石は酒に強いというわけではない。が、その立場上同僚、部下、上官をはじめ多くの人間と酒を飲む機会がかなり多い。加えて強い弱いと好き嫌いは別次元の問題である。百石は、酒好きの部類だ。そのため、親交が深い筆端や川合と3人でよくバカ騒ぎをしているのだ。これは常に多大なストレスにさらされ続けている百石にそれを発散させてくれる憩いの一時である。だが、みずづきの出現以降、激務が続きそれどころではなくなってしまっていたのだ。わずかに時間が空いて飲もうとしたこともあったが、そういう時にかぎって酒切れを起こしていたりするのだから世間は理不尽である。なければ買えばいい話。しかし、買いに行こうにも現状では街に行く余裕はない。鎮守府内の売店にも酒は売っていることは売っているのだが、鎮守府の長が酒を買っている姿はあまり体面が良くないし、暇をもてあまし獲物を探している憲兵隊に目をつけられれば厄介なことこの上ない。公費で買ったりすれば宴会用ならともかく、私用とバレれば東京の監査局のお出ましで、軍法会議行きだ。日々の仕事と、あの騒動と、発散できないストレスに頭を抱えた百石の前に、吹雪が現れたのはそんな時だった。百石ではなくても、頷かざるを得ないだろう。そして、それは百石だけではなかった。

 

 

「ちょ、ちょっと初雪ちゃんっ!? 人聞きが悪すぎるよ!! 私はただ、お酒買ってきましょうか? って提案しただけだよ!!」

「全てわかったうえでやってる。篭絡も同じ」

「全然違うよっ!!」

「吹雪さん、失礼ですけどさすが旗艦なだけはありますね。策士です」

 

まっすぐな目で吹雪を捉え、親指を立てる。みずづきの揺るぎない姿勢に「水月さんまでぇ!!」と慌てながら初雪の言葉を否定しまくる吹雪だったが、どう考えても事実だろう。

 

「前回やったとき、司令官、言ってたらしい。・・・・あんな純粋だった吹雪が・・・。時間の流れとは悲しいものだな・って」

「あ、あは、あははは・・」

「それ、誰から聞いたの?」

「長門」

 

初雪は、その時の様子を身振り手振りを交えながら、喜々として話す長門の姿を思い出す。長門も百石の反応を楽しんでいたのは確実だ。

 

「さっきの酒屋さん、結構親しそうに見えたけど、かなり来てるんですか?」

「ええ。私たち以外にもお使い頼まれて行ってる子もいますし、司令官たちが休みの時に直接買いに行かれることもあるそうですよ」

 

白雪の言葉にみずづきはもう笑うしかない。だが、一部隊の指揮官をまじかで見てきた者としては、規模は違えど仕事の大変さをよく知っている。あれだけ小さな基地でも徹夜をよく見かけたのだ。百石の心労も尋常ではないはずだ。

 

「これでも結構勇気出してやったのに・・・・。それでどうしましょうか。もう帰ってもいいですけど、時間ありますからどこかよっていけますよ」

 

冒頭部分は小さくて本人以外聞こえなかったが、後の言葉はいつも通りの声だったので、他の4人の耳にしっかりと入る。空が茜色に染まりだしたといっても門限はもう少し先だ。今日のように街へでかける機会はそうそうあるものではないし、ましてや今日は苦労してこの外出を勝ち得たのだ。このまま帰ってしまってはもったいない。それに4人も頷き、深雪が「はいっ! はーい!!!」とはりきって挙手する。

 

「海浜公園行こうぜ、海浜公園!! 今の時間帯でこの空なら、夕日がきれいだし風も爽やかで気持ちいいぜ。どうよ?」

 

海浜公園なるものを知っている吹雪たち3人は、異論なしようだ。

 

「決まりっ! なら、さっそく行こうぜ」

 

自分の案が即決定されますます上機嫌になった深雪は、手を大きく振って真っ先に歩き出す。それに他の4人が追随する形になったので、深雪が先導しているように見える。が、またしてもみずづきだけ思考的に置いていかれていた。

 

「あの、海浜公園って?」

「ええっと、海浜公園h・・・・・」

「いいからいいから、それは行ってのお楽しみ!!」

 

吹雪を後ろ歩きしながら深雪が遮る。深雪の顔を見て、みずづきは詮索をやめる。海浜公園とい言葉から大体の想像はつくし、なにより素晴らしいところであることは眩しい笑顔が証明していた。

 

 

 

 

国鉄横須賀駅を出てすぐの場所にある海浜公園。名前に公園という言葉がついているが、子供たちが愛用する滑り台やブランコといった遊具はなく、ベンチや欧米風の噴水があり各所にある花の咲き誇る花壇が優雅な雰囲気を周囲にもたらしている。上空から見るとその形はくの字に曲がっており細長く、公園というよりは幅の広い遊歩道といったほうが適切かもしれない。だが、遊歩道のようだといっても広さは十分あり横須賀本港を一望できるため、家族連れからカップル、高齢者まで幅広い年齢層が利用する憩いの場だ。また、ここからは横須賀鎮守府やそこに停泊している軍艦もかなりの至近で見えるため、観光スポットとしても定着している。今は夕方。深みをました茜色と一足早く漆黒に染まる海。そして、オレンジ色の日光を反射し、きらきらと宝石のように輝く海面。その中を行くいくつもの船。そのコントラストは博物館に収蔵される絵画にも負けない美しさと感動を有していた。それにみずづきも息を飲む。こちらに来て涙腺が緩くなっているのか、思わず涙が出そうになる。

 

みずづきはここに立つのは初めて、ではない。昔、この海浜公園と全く同じ場所にある公園から同じ景色を見たことがあった。そこに、目の前の感動はなかった。あったのは戦時中にふさわしい凄惨さる現実。ドックに入渠したまま船体をズタズタにされ、放置された米海軍のイージス駆逐艦。全ての建物が原型をとどめないほど破壊された米海軍横須賀基地。そして、船体を真っ二つに引き裂かれ艦橋のみがむなしく海面上に出ている護衛艦。いつも通りに波打っているはずの海は、一連の戦争が始まる前に比べ黒くよどんでいるように見えた。それを眺める知山や市民の顔には、悲しみ、恨み、悔しさ、あきらめなど様々な感情が浮かんでいた。それはみずづきも同じであっただろう。

 

だが、それは、日本の横須賀。ここには、そんなもの微塵もない。

 

「すげぇだろ? 眺めのいい場所はたくさんあるけどよ、ここもここで独特の味があるんだ。今日みたいに1日快晴で、空気の澄んでる日は最高さ。あんた、初めてでこれって、めちゃくちゃ運いいぜ」

 

深雪はからかうように指を立ててくる。だが、そこに悪意はなく純粋な羨望が込められている。それに相槌を打ち見とれていると、隣が騒がしくなる。顔を向けると深雪が自分担当の荷物を吹雪のあいている手にかけていた。

 

「わりぃな吹雪。おれちょっくらあっちに行ってくるわ。あれを見ると血が騒ぐぜ!!」

「み、深雪ちゃーん・・・」

 

吹雪の嘆きは深雪に届くこともなく、むなしく空へ解ける。深雪が指さした方向にはこの公園の象徴となっている噴水があり、小学生ぐらいの子供たちが服をびしょびしょにしながら楽しく遊んでいた。転落防止用の柵に体を預けていた身体を反転させ、吹雪の言葉を受け流しと深雪は珍しく日光を堂々と浴びている初雪の手を取る。

 

「?」

「ほら、初雪もいくぞ! 1人より2人さ」

「え? ちょっと、待って。疲れた、休みたい。私濡れるの嫌い、やだ」

「お前たちはどうすんだ?」

 

その言葉に3人は顔を見合わせる。できれば思い出作りも兼ねて遊びたいが、初雪の言葉が多かれ少なかれ3人も当てはまっていた。例外は、深雪だけだ。さすが、真冬に外で寒風摩擦をするだけはある。

 

「やわだね~、同じ艦娘としてちと悲しいぜ。・・・ん? 水月は違うんだっけ、ま、いいや。じゃあ、俺たちは行ってる。いつでも乱入歓迎だぜ」

「待って深雪ちゃん、私も行く」

 

手ぶらの白雪が名乗り出る。

 

「白雪、お前疲れてるんじゃないのか?」

「まぁ、少しは・・・。でも、しっかりと監督役がいないとね。なにかあったらそれこそ、お肌荒れちゃうし」

 

初雪と深雪の性格を十二分に把握している吹雪と白雪が、2人での行動を看過できるわけがない。深雪はご覧の性格だし、初雪もテレビのやり取りの時のようにスイッチが入ると日頃の消極性が嘘のように暴れるのだ。今まで散々この2人絡みでお小言を様々な方面から頂いてきた吹雪と白雪は、これ以上のお小言増加は全く望んでいない。そのためにブレーキ役が必要なのだ。

 

「信用ねぇな、俺たち・・・・。ちょっと、悲しくなってくるぜ。しくしく」

「そんなだから、言われる。ちなみに、私は、深雪とは違う」

「一緒だよっ。ったく、それじゃあ、とっとと行こうぜ。人数が増えることに異論はねぇ。吹雪と水月は?」

 

深雪は白雪から3人分の荷物を半分こにして、両手を袋のひもに占領されている2人を見る。・・・・重そうだ。

 

「私たちは荷物番してるよ。誰かが見てないといけないし」

「1人だけじゃ、心細いですし2人でここに残ります。みなさん、濡れて後から後悔しない程度に遊んでください」

「・・・・・了解。じゃあしゅぱーつっ!!」

 

吹雪の顔を険しい表情で凝視する深雪。しかし、それは一瞬のことで、すぐにいつもの明るい顔へと戻る。その変化に気付いた者は凝視された吹雪以外、誰もいなかった。

 

いやだいやだと叫びながら、連れていかれる初雪たちを見送ったみずづきと吹雪は、荷物の重さに耐えかね近くのベンチに腰を下ろす。

 

「さすがに疲れましたね。これほどの距離を歩いたのは久しぶりです」

「私も同感です。いくら瑞穂最大の鎮守府っていっても、私たちが行き来する区画はそこまで広くありませんから。それもこれも私たちに気を遣って中央区画に艦娘の施設を集めて下さった結果なんですけど」

 

身体の力が一気に抜け、疲労感が幾分マシになる。それはゆっくりと息を吐き出している吹雪も同様で、荷物によって酷使していた腕をさすっている。みずづきもそれにならい、凝った肩をもむ。すると、横から「ふふっ」と柔らかいほほ笑みが聞こえてくる。吹雪だ。彼女はある一方向に目を向けている。それを追うと、そこには楽しそうに走り回る幼稚園児ぐらいの男の子と、ちょっかいをかける両親がいた。見る側のほほまで緩んでしまう暖かい光景。周囲に目を向けると、それがあちこちにあった。みずづきたちと同じようにベンチに座り、思い出話に花を咲かせる老夫婦。制服の上着を肩にかけ、談笑する男子学生たち。半袖半ズボンの体操着で、公園内を疾走していく部活動中の女子高生。手入れされた美しく咲く花を見て笑い合う恋人たち。そして・・・・・。

 

みずづきは、自分から見て右手の噴水に目をやる。セーラー服を着た3人の少女たち。笑いながら白雪と初雪に容赦なく水をかける深雪。それをくらいつつ、闘志を燃やす瞳で反撃に転ずる初雪。もはや、ブレーキ役を忘れて遊びに興じてしまっている白雪。3人とも、みずづきの忠告はなんのその。もう遠目からでも分かるほど、ずぶぬれになっている。だが、とても楽しそうだ。

 

それらを見ると、心が温かくなってくる。

 

ひと昔前までごくありふれた、そして長らく感じることのなかった想いに、強い懐かしさと尊さを覚える。みずづきはそれを経て、()()()()を思い出す。()()()()などという言葉ではものたりないほどのことを。

(そうか、私は・・・・・・)

もう1度、周囲を見渡す。老若男女に例外なく浮かぶ様々な表情。喜怒哀楽。そこに不自然さは一切ない。誰もが()()()から、純粋に喜び、怒り、悲しみ、楽しんでいるのだ。そんな()()が、ここにあった。みずづきたちが失い、取り戻そうと手を伸ばし続けている代物。

(私が軍人になってまで、守りたいと思ったものは・・・・・)

 

「水月さん、今日は楽しかったですか?」

「えっ?」

 

思考の海を泳いでいたみずづき。聞き返したが、吹雪の言葉はきちんと耳に届いていた。どうしてと問われれば、違和感を覚えたから。吹雪の瞳は眼前の海ではなく、なにか遠いものを映しているかのように見えた。それは、こちらまで聞こえてくる深雪たちのはしゃぎ声で唐突に終わりを告げる。あまりに楽しげで、つい2人は吹き出してしまう。

 

「・・・楽しかったです。今日は、いろんなものを見ることができましたし、白雪さんや初雪さん、深雪さんともお話しできました。誘って下さった皆さんには、感謝の言葉しかありません」

「いえいえ、感謝されるようなことじゃないですよ。私も水月さんとご一緒できて楽しかったです! みんなも同意見ですよ、私お姉ちゃんですから、妹の気持ちはお手の物です」

 

えっへんっと胸を張る吹雪。その姿にみずづきは笑みをこぼす。

 

吹き抜ける、磯の香りを含んだ海沿い独特の風。

草木が風に揺られ、発生する葉っぱや茎がさすれる音。

 

それが収まった瞬間、みずづきは口を開く。

 

「私・・・・・・」

 

再び吹く風。歌う草木。しかし、それにも関わらず、みずづきの決意は吹雪にしっかりと届いた。

 

「私・・・・・・・決めました」

 

それだけ。それだけでも、そこに込められた想いの大きさは計り知れない。

 

「たぶん鎮守府で1人で考えてたら、ここまで来れなかったと思います。ほんの少しですけどこの世界を、瑞穂を見て・・・・・だから結論が出せました。本当に今日、ご一緒できてよかったです。ありがとうございました」

「水月さんは一歩を踏み出したんですね。それのお役に立ててなによりですっ!! 司令官とお話しした甲斐があったというものです!」

 

みずづきが頭を下げるより早く、まるでそれを遮るかのように口を開く吹雪。言い終えると、ベンチから立ち上がる。どのような表情をしているのか、背を向けているため分からない。みずづきがその背中を見ていると、吹雪がつややかな黒髪と真っ白なセーラー服をたびかせながら振り返る。その清楚さに言葉を失ってしまう。

 

吹雪の表情。彼女はその清楚に華を添える満面の笑みを浮かべていた。

 

「水月さん? また、機会があればご一緒にどうですか? 今回は買い出しのついでっていう側面が大きくて、仕方ないんですけどそれに時間がかなり使われてしまいました。今度は、遊びが主体で外出したいです!!」

「もちろんです! 吹雪さんたちとまた出かけられるなんて、願ったり叶ったりですよ」

 

吹雪に負けない明るい笑顔で断言するみずづき。それにますます吹雪の表情は輝く。笑顔の連鎖反応が、今ここで起きている。

(今なら、言えるかも・・)

吹雪は意を決して、笑顔を崩さず以前から考えていたことをみずづきに告げる。迷っていた背中をみずづきの笑顔が押した。

 

「水月さん? 1つ提案というか、なんというか・・・・そういうものがあるんですけど?」

「ん? 提案?? どういったものですか?」

 

最初は笑っていた吹雪だったが、言葉が重なるにつれて顔が赤くなり声量まで小さくなってしまった。そのため、みずづきはいまいち吹雪の言葉が聞き取れない。だが、その照れたように下を向く姿を見て、これは重要なことだと直感的に理解する。

 

「その・・・・もう、私たち・・・と、友達じゃないですか? 少なくとも私はそう思ってます」

「友達・・・・・」

 

友達。その単語をゆっくりかみしめるように呟く。

 

「あの、もし、ご、ご迷惑でしたら・・・」

 

照れた様子から一転、顔を蒼くし不安げにみずづきを見つめる吹雪。その表情に、自分が何をすべきか、その行動が思い浮かぶ。今すべきこと。それは、見栄も肩書も横において、自分の気持ちに素直になること。並行世界に来て2日。みずづきにとって、この世界は未知の世界だった。だが、この世界で生きる人々にとってみずづきが未知の存在であった。それは例え昔日本で、日本のために戦った艦そのものである艦娘たちも同じ。しかし、そんなわけの分からない存在を認め、想い、友達と、そう呼んでくれる子がいる。

 

 

 

“あなたは1人じゃない”

 

 

 

その言葉が、あの時とは違う、また別の感傷をもって身に染みわたる。

 

「迷惑なわけないじゃない・・・・」

「え?」

「迷惑なわけないじゃないですか。そんなこと言われたら、嬉しいに決まってます! 私だって、吹雪さんと仲間に、友達になりたいですよ」

 

顔を真っ赤にし、目が回遊魚のようにあちこちへ泳ぎ回る。その様子がかっこよく「決めた」と言っていた時と違い過ぎて、つい吹雪は腹をかかえて笑ってしまう。その顔にもう不安の影は全くない。

 

「すみません。水月さんの照れっぷりがあまりに可愛くて」

「かわっ!? な、なにいってるんですか!? 吹雪さん、お世辞はやめて下さい!」

「事実なんですけどね・・・・。でも、良かったです。私の気持ちが水月さんにも通じていて。提案っていうのは、その・・・・・。友達なんですから敬語っていうのは変じゃないですか? だから、普通に親しい人間と話すときみたいな口調にしませんか? っていう・・」

 

あははっ、とほほをかく吹雪。まっとうなことを言っているので、異を唱える必要はない。

 

「なるほど、そうことですか。よしっ、その提案乗りました。さっそく、実践っと・・・。吹雪さん? 吹雪さんのこと、なんて呼んだらいいですか?」

 

走り出そうとして、急ブレーキを踏む。相手の呼び方。これをあらかじめ決めておかなければ、最初から名前にばかり気を取られてしまう典型的なNGパターンにはまってしまう。

 

「別に、呼び捨てで構いませんよ。同じ駆逐艦でも、呼び捨てにする子いますし。私は、今まで通りの感じでいかしてもらいます!!」

「え? なんでですか? 別に私呼び捨てでも、ため口でも気にしませんよ」

「水月さん明らかに私より大人で、見た目は完全に私たち基準で行くと軽巡洋艦か、重巡洋艦に相当します。そんな人に呼び捨てやタメ口は・・・・良心が痛むというか・・」

 

いやいや、見た目はともかく吹雪さんたちは艦の生まれ変わり、と言いかけて口をつぐむ。吹雪たち艦娘は自分たちが人間と同じように扱かわれることを望んでいる。また、吹雪は控えめで優しい子だ。そんな子に謙遜を盾にして、無理やり敬語を捨てさせるのはあまりにもひどすぎる。彼女はみずづきのことを尊重してくれているのだ。この好意を無駄にしてはいけない。

 

「吹雪さんがいいなら、なんとでも。じゃ、じゃあ、いきますよ」

 

妙な緊張感。ふいに学生の頃を思い出す。新しい学校に入ったときやクラス替えの後などはこうして友達にづくりに奔走したものだ。

 

「ふ、吹雪? もうそろそろ日が暮れてきたけど、どうするの?」

 

言葉の端々が震えているが、上々の発進だ。その初々しさについほほが緩んでしまう吹雪。

 

「そうですね、水月さんの言う通りです。向こうで遊んでる3人を回収して戻りましょうか」

 

みずづきとは対照的に、吹雪の口調は少し、ほんの少し気軽な感じになっただけで変化はなく、余裕が感じられる。それに不公平感を覚え、若干ほほを膨らませるみずづき。それに気付いているのか気づいていないのか。吹雪は微笑みながら、両手を差し出す。

 

「さぁ、行きましょう。水月さん」

 

一瞬、真意が分からなかったが「掴んで立て」ということだろう。

 

「ごめんね、じゃあ、お言葉に甘えて・・・お願い吹雪」

 

それを聞くと「よいしょっと」と掛け声を出し、握った手を引っ張りみずづきをベンチから立ち上がらせる。それは重力とみずづきの体重に負けないよう固く握られていたが、同時に相手に痛みを与えないようにと、優しさも込められていた。空は一面オレンジ色となり、西から少しずつ月と星の舞台が広がってくる。太陽も水平線に身をうずめはじめ、1日の役目を終える。人々を照らす明かりが人工的なものになる刻限まで、あとわずか。




残すところ1章もあと1話、外伝的な話も含めると2話になりました。戦闘シーンが日本での戦闘を含めても2回になってしまい、それを待たれていた方もいらっしゃると思うので大変申し訳ないです。自分も戦闘は好きなたちですし。ただ、戦闘にもきちんと意味を持たせたい作者なので、文字数のわりに少ない点はご勘弁を(汗)

今話では「海浜公園」という名の公園が出てきましたが、横須賀に行かれたことがある方ならご存じかと。モデルはあそこです(笑)。初めて行った時の感動はすごかったですよ!!
日本海軍の敷地だった場所がアメリカになってる点は複雑ですけど(苦笑)。


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