水面に映る月   作:金づち水兵

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おかげさまで、本作のUAがいいい、1万を越えましたぁ!!

書いている側としては嬉しい限りです!! 


19話 お出かけ 前編

横須賀鎮守府 正門

 

昨日、例の三人組が悠々と駆け抜け、そして背中に殺意を連射されながら追い出されていった正門は、いつもの静寂かつ若干の緊張感が漂う雰囲気に戻っていた。

 

「暑い・・・・・・帰りたい・・・・・」

 

そんな中、雰囲気にそぐわない嘆きが響く。門柱の陰。人の背丈より少し高いそれは空の直上に達した太陽からの日差しを受け、一時的な涼の提供場所を作っていた。そこに退避している3人の少女たち。詰所の門番たちが「暑いからこちらどうぞ」と詰所の中に案内しようとしても、彼女たちは「仕事に邪魔になるから」の一点張り。こうして彼女たちは暑さに耐えつつ、とある人物を今か今かと待っていた。

 

「苦しい・・・・・死んじゃうかも・・・・・」

 

日光と5月の暮れにしては高めの気温に活力を吸い取られた初雪は、少しでも涼を得ようと門柱に露出している肌をくっつける。しかし、門柱もすっかり日光に屈していた。

 

「・・・・・・・・冷たくない」

「あったりめぇだろう。さっきまでそこ、太陽にあたってたんだから。しっかし、吹雪のやつ遅いな。こりゃ、手こずってんのかね」

 

初雪とは対照的に額に汗を浮かべつつも、元気オーラを放っている深雪。しかし、それでも日光に容赦なく焼かれる気はないらしく、いつも通りバテている初雪にちょっかいを出している。

 

「司令官とも結構話してたもんね。でも、吹雪ちゃんのことだから、必ず水月さんを連れてきてくれるよ。だから、もうちょっとの辛抱だよ、初雪ちゃん、深雪ちゃん!!」

 

初雪のナーバスぶりはいつものことであるが、それを勘定しても少し暗くなった雰囲気を持ち直そうとする白雪。

 

「・・・・・・・・・・・帰りたい」

「もうっ!! 初雪ちゃん!!」

「まぁ、俺も心配しちゃいないけどな。むしろ、俺たちのこと忘れておしゃべりしてる可能性の方が大きいと思うぜ」

『・・・・・・・・・』

 

沈黙。ここに三者が意見の一致を見た。吹雪は真面目でお人好しだが、少々というか天然の気があることはもはや妹の枠を超えて横須賀鎮守府内の常識である。

 

「みんなーーー!!」

『ん? この声は・・・』

 

噂をすればなんとやら。声のした方向に目を向けるとそこには小走りで向かってくる2人の人影が見えた。前方に位置する人物はこちらに手を振っている。それを見た瞬間、白雪と深雪も手を振る。初雪は・・・・・・けだるそうに下へ行こうとする視線を吹雪たちに固定する。

 

「吹雪ちゃーん」

「吹雪! 遅すぎて、くたびれちまったぜ。まぁ、どうせ俺たちのこと忘れてなんかしてたんだろうけど」

「えっ!? い、いや、そんなことないですよ。ないよ、うん、しっかり覚えてたよ・・・・うん」

 

どんどん小さくなる声量。嘘だと丸わかりだ。

 

「・・・・・・・・・忘れんぼ」

「うっ。ご、ごめんなさい」

「いいよ、いいよ。私たちも覚悟してたから。それにきちんと目的は果たしてくれたしね」

 

4人のやり取りを見て場違い感をひしひしと受け止めていたみずづきに、3人の視線が向けられ、思わず心拍数が上がってしまう。だが、自分で一緒に行くことを望んだ以上、ここで怖気づくわけにはいかない。みずづきにとって吹雪の妹にあたる白雪・初雪・深雪とはこれが初対面であり、姿を見るのも初めてだ。一方、白雪たちは初対面である点はみずづきと変わりないが、姿は昨日拝見済みだ。思い出される昨日の情景とあの時抱いた感情。そして、詰め寄った吹雪から聞かされたみずづきの正体。それらがないまぜになった視線でまじまじと見つめる。みずづきも艦娘の正体を思い出しながら、3人を見つめる。

 

「ふふっ」

 

目の前の光景が、初めてみずづきと第5遊撃部隊が接触したときとよく似ていて、吹雪はつい笑みをこぼしてしまう。

 

「はいはい、お互い見合ってないで自己紹介をするよ。じゃあ、まず白雪ちゃんから」

 

吹雪の声を受け、白雪は慌てて居ずまいを正す。

 

「はじめまして水月さん。私は特型駆逐艦2番艦の白雪です。川内さん隷下の第3水雷戦隊に所属しています。どうか、お見知りおきを」

 

中学生のような外見からは想像できなき丁寧な自己紹介に、みずづきは少し動揺してしまう。しかし、みずづき・白雪以外の3人は知っていた。白雪が大人びて見えるのは今のように緊張感がある場限定であり、普段は外見相応になることが多々あることを。自己紹介を終えた白雪は後ろで門柱にくっついている初雪に視線を送る。はたから見れば何も感じないありふれた視線。しかし、向けられた方にはたまったものではない迫力が伝達される。それを受け、初雪は嫌々ながら門柱から離れ自分の足で立つ。そして、気力を振り絞り・・・。

 

「・・・・・・初雪です・・・・・よろしく・・・・・」

 

以上で終了。

 

(短っ!!!)

初雪の気だるげな様子に苦笑していたみずづきであったが、これにはツッコミを入れざるを得ない。吹雪たちも額に手をやりやれやれといった様子だ。どうやら今に限ったことではなく、いつもこんな感じの子のようだ。だが、そこに悪意や敵意などは微塵もない。少し赤くなった耳を見るに、むしろ恥ずかしがっているだけではないだろうか。

 

「んじゃ、次は俺だな。おっす、水月っ!! 俺は特型駆逐艦4番艦の深雪だ。所属はこいつらと同じ第3水雷戦隊。姉貴ともどもよろしくな!!」

 

気のせいだろうか。周囲の温度が若干上昇したように感じる。初雪の自己紹介の後では余計にそうだ。みずづきはその熱さに一歩引きそうになるがなんとか踏ん張った。3人の自己紹介が終わったところで、みずづきは再び彼女たちを凝視する。吹雪の妹たちと聞いてどんな子たちなのか興味を抱いていたが、現実は想像の斜め上を言っていた。外見は、似ている。制服の影響もあるのかもしれないが、「妹です」と紹介されても違和感はない。しかし、問題は性格だ。3人とも三者三様で、初雪と深雪の性格は雲泥の差がある。第5遊撃部隊を通して、艦娘がそれぞれ個性的で十人十色であることは承知していたが、姉妹間でも同様なようだ。

 

「最後は私ですね。いまさら感はありますが、はじめまして。おとといからいろいろお騒がせしているみずづきです。今日は誘っていただきありがとうございます」

「いいって、いいって! 俺たちもあんたと話してみたかったんだよ。なぁ、白雪、初雪?」

 

ぺこりと頭を下げたみずづきの肩を叩き、豪快に笑う深雪。

 

「うん! 私たちがこの世界に来た奇跡と、水月さんがこの世界に来た奇跡。奇跡なんて言葉が軽く感じるぐらいのあり得ないことが積み重なった結果が今の状況だもの。昨日の一件で水月さんの人柄を少しでも知りたいとも思いましたし」

「あはは、はっ」

 

強烈な既視感が頭をよぎる。この展開、白雪は()()()と違い純粋な気持ちを語っているが、昨日とほとんど同じではないか。反射的に初雪たちの顔を見る。

 

「・・・・・・・・・・・・・・」

 

そこには捉えようによって対処しがたい感情があった。そう、駆逐艦たちは純粋だったのだ。からかうなどという小賢しい考えは微塵も感じられなかった。だが、この後の展開が読めてしまった。

 

「あれは名演説・・・・ここにぐっと来た。格闘戦も見事・・・・・あの爽快感はめったに味わえない」

「そうそう! 初雪も分かってんじゃねぇか! くぅぅ~!! 久しぶりに身体がしびれたぜ。あれで俺はピンってきたんだ、頭に頭っ! あんたに対するよからぬ憶測がいろいろ流れたたが、あんたはいいやつだってさ」

 

前言撤回。展開は読めたが結果は分からなかった。ここ最近は艦娘たちの人柄に圧倒されるばかりだ。加賀に深雪。言葉に込められた想いは全く違う。しかし、直感的で多少幼い思考から生み出されたその純粋さも、かけがえのないものに変わりはない。

 

「あの土偶野郎を精神的にボッコボコにして、取り巻きどもと遊んだんだ。そんな人が悪者のわけないじゃんか!!」

 

・・・・・・最後の言葉がなければ、感動の度合いはもっと高かったであろう。純粋さは何色にも染まってないが故に、時には凶器にもなるのだ。

 

深雪から土偶野郎、もとい御手洗が出てきたのであの方々がどうなったのか説明しよう。例の三人組は川合を筆頭とする警備隊に取り囲まれた後、更なる取り調べ(っという名の素養教育)を行うため警備隊本部に連行された。その憐れな姿はみずづきですら同情を禁じえなかったほどだ。それで終わりかと思いきやそうではない。今度は百石をトップにしたそうそうたるメンツの横須賀鎮守府幹部たちとのお話だ。彼らの眼光は一瞥しただけで相手の肝を瞬間冷凍させるほど強力で、特に苦汁を舐めさせられた参謀部長緒方是近は般若と化していた。そして、満を持した憲兵隊の登場、と思いきやそうではない。3人は軍の憲兵隊に拘束されることなく絶対零度の満面の笑みと殺意丸出しの視線に射抜かれながら追い出され、東京へ逃げるように帰っていった。その雰囲気ではいかな御手洗でも罵声を吐くことは許されなかった。もし少しでも言葉を荒げるような真似をすればどこからともなく鉛球が飛んできそうだったのだ。実際に川合がみずづきにアッパーを食らった小池の態度にブチギレ、腰にあった16式9mm拳銃で発砲しそうになり、西岡と坂北が血相を変えて止めたこともあったのだ。

 

では、なぜ憲兵隊が手を出せなかったのか。答えは簡単。

御手洗は軍規に違反した可能性がある、だけで、明確に違反したわけではないからだ。軍人で一定以上の階級、そして役職についている者なら、視察や報告・命令確認のため許可を得た上で自分の勤務先以外の部隊・機関へ出向くことは全く持って問題ないのだ。今回、御手洗は百石の許可を得ず鎮守府に侵入した。しかし、入府する際、鎮守府の正門警備及び管理を一任されていた警備隊の許可を得て、入府したのだ。軍規には誰の許可を得なければならないか、正確に記されていない。また、例え違反したと解釈されても、これは単なる努力規定であり罰則は存在しない。そもそも、軍規はこういった事態をはなから想定していないのだ。軍規の規定が甘いうんぬんより、それだけ御手洗が奇天烈な行動をしたということだが。

 

そんなある意味運のいい御手洗達が帰った後の横須賀鎮守府は平和そのもの。昨日、百石にしこたま怒られた詰所の門番たちも心機一転、仕事に励んでいる。

 

「自己紹介も終わってので、さっそく出発しましょう。時間はあっというまに流れます。買い出しの量もかなりのものですから、手際よくいかないと」

「よっしゃぁ!! 出~発っ!!」

 

話が変な方向にそれだしたことを察知した吹雪は、半分無理やり話しの腰を折り曲げる。深雪がこういう風に面白がって話し始めたら長いのだ。そんな時間的余裕はなかった。幸いに深雪も吹雪の進路変更にノリノリでついてきてくれたので、ねほりはほり聞かれなく済んでほっとしているみずづきも含めた5人はスムーズに足を進める。目の前に広がる未知の世界。それに身を置くまであと数歩。

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

さすが海軍のお膝下、と言わざるを得ないアスファルトで舗装された立派な道路。そこを日本では燃料統制によって姿をめったに見なくなった自動車たちが我が物顔で疾走していく。清楚な服装に身を包み、様々な表情で己の目的地に足を運ぶ人々。それらが発するうるさいとも感じてしまう音。無音が当たり前となってしまった国で長らく暮らしていた者には、一際大きく聞こえる。音、だけではない。決して嗅ぐことのなかった、嗅ぐことができなかった匂いたちがあちこちから漂ってくる。腹の虫を叩き起こす食べ物の匂い。その在りかを示す、風によってはためいているのぼり。そして、周囲に響き渡る威勢のいい声。

 

「へい、らっしゃいっ!! らっしゃいっ!! 採れたて、採れたてっ!! どうだい!!」

「さぁ、うちご自慢のセールだ、セールぅ!! そこの奥さんや、ちょっと見ていかねぇか? 値切るよ!」

「今朝あがったばかりの上物! 目を見りゃ鮮度は一目瞭然っ!! そこいらの店ではなかなかお目にかかれないよ!!」

 

そこに戦時中の面影は一切見られない。人々の顔に絶望と、希望を探そうとする必死さは見られない。その中をみずづきたちは進んでいく。吹雪たちはさも当たり前のように周囲に気を止めることもなく、姉妹の会話に華を咲かせている。それに時々相槌を打ちつつ、みずづきはただただ圧倒されていた。人の声が、足音が、エンジンの駆動音が、耳につく。レトロな自動車、昭和情緒あふれる家屋、スマホやテレビ、電光掲示板を全く見かけない街。だが、いくら時代の違いを感じようがここにはあった。日本人が、地球人類が戻りたいと取り返したいと切に願ってやまない過去の日常。それが今、目の前に広がっている。

 

 

あまりに違いすぎる。2033年の日本、そして地球と・・・・・・・・・・・・・。

 

 

街の至る所に掲げられ日常の一部と化していた、「臥薪嘗胆」「堅忍持久」「生戦完遂」「栄日滅怪」「神州不滅」などの四字熟語。「欲しがりません勝つまでは」「前を向け振り向くな」といったスローガン。どれも、戦意高揚を目的とした、さながらアジア・太平洋戦争中のような光景。耳を澄ませば必ず聞こえてくる勇ましい軍歌や歌謡曲。その中をロボットのように下を向いて無表情で歩く人々。それらが醸し出す形容しがたい閉塞感と不安感。

 

それのどれもここには、ない。聞こえない。感じない。五月晴れに相応しい朗らかな表情を浮かべるここ(瑞穂)の人々。みずづきはふと立ち止まり、目の前へ手を伸ばす。

 

 

 

 

 

掴めそうな気がしたのだ。自分も戻れそうな気がしたのだ。2度と拝むことすらできないと思っていた、あの日常に・・・・・。

 

 

 

 

 

「水月さん?」

 

急に立ち止まり、何もないのに手を伸ばすような行動を不思議に思った吹雪が声をかける。それに他の3人が気付かないわけなく、お互いに顔を合わせ首をかしげる。

 

「・・・・・・はっ!? ご、ごめんなさい。ちょっと目の前を虫が飛んでて、あはは・・」

 

適当にごまかし手を慌てて引っ込めると、少し距離が生じていた吹雪たちの元へ速足で駆け寄る。何事もなかったかのように笑うみずづき。しかし、4人は見逃さなかった。みずづきが隠そうとしても隠しきれず、浮かべていたひどく切なげな表情を。

 

「・・・・・・なら、いいんだけどよ。ここいらは人通りが多いから、ちゃんと前見てないとぶつかるぜ。・・・・ふっ。例えば、こんなふうに」

 

意地悪げな笑みを浮かべ、突然立ち止まる深雪。直後、重量を持った同士が衝突する鈍い音が発生し、「うぐっ」と言ううめき声があがる。

 

「・・・・・・痛い・・・・・」

 

深雪の後ろで、鼻と額を涙目でさすりながら、深雪を睨む初雪。

 

「だろ?」

 

それとは対照的に、深雪はどや顔を浮かべながら再び意地悪げな笑み。そこには勝者の雰囲気が漂っていた。しかし、それがなんだと言わんばかりに初雪はむすっとむくれる。その光景が微笑ましく、みずづきは先ほどの表情と打って変わって周囲の人々と同様に朗らかな笑顔を浮かべる。それに呼応する吹雪と白雪。

 

「ふっ」

 

 

 

 

 

その中で何かに安心したような鼻笑いが聞こえたのは、気のせいだったのだろうか。

 

 

 

 

 

「なんじゃ、ありゃ?」

 

ついには初雪も加わり5人でひとしきり笑い終わると、感情によって遮断されていた外界の情報が瞬く間に本来の流れを取り戻す。そして、それによって気付かなかった状況に最も早く気付いたのは深雪であった。

 

「ん? どうしたの深雪ちゃん?」

「ほら、前。すごい人だかりができてるぜ」

 

深雪が示した方向に全員が目を向ける。確かに、何かの店の前で数え切れない人々がある一点を凝視していた。

 

「うわぁ・・・、ほんとですね、すごい人。一体、なにしてるんでしょうか?」

「・・・・・・・・・人ごみ、嫌い」

 

あまりの熱気に思わず感嘆するみずづき。とにかく引き込み事案で人見知りが激しい初雪はそれを見た瞬間、表情を歪め進路の変更を試みるが、純粋な疑問を浮かべている無垢な吹雪がさりげなく、本来の航路に誘導する。その自然さは、行使された側に畏怖を植え付けるには十分すぎる威力だ。時間が経過しても、集団の大きさと熱は変わらない。立ち去っていく人々もいるが、それと同じ数の人々が新たに集団の仲間となっているため、全体の数は一向に変化がないのだ。その集団のためか、はたまた彼らが凝視しているなにかのためか、通りがかる人のほとんどがその店を視界に納めている。ちょうど進行方向にあるため、4人は徐々に近づいていく。集団の外輪に到着し、ようやくここの正体が分かった。ここは電気店の正面。しかし、集団が防壁となり肝心のぶつが全く分からない。この中で一番長身のみずづきでも確認に手間取る中、さきほどのげんなりした様子とは一変した初雪が目を輝かせながら、興奮気味に口を開く。

 

「あれって・・・・・テレビじゃない、テレビっ!! 絶対間違いない!!」

「「「うそっ!?」」」

「ん?」

 

とある単語を聞いても表情を一切変えないみずづき。それを尻目に初雪の叫びを受け、吹雪・白雪・深雪はさすが姉妹艦、と拍手喝采を送りたくなる見事な共鳴を成し遂げる。初雪はうんうんと自信ありげな様子だ。初雪が人ごみのわずかな隙間から見た映像を映す箱形の物体。それが人々をこの一電気店に釘づけにしている最大にして唯一の要因だ。目を輝かせ、必死に背伸びをして周囲の大人たちに勝とうする吹雪たち。その光景を見た大人たちが1人、また1人と吹雪たちに場所を譲っていく。誰も優しい柔和な表情だ。大人たちにとってこれからこの社会を築いていく子供たちが、未来において社会を変えるであろう技術に興味を持つことは嬉しい限りだ。気付けば4人は特等席たる集団の最前列で、未来の技術を思う存分堪能できる立場に至っていた。

 

無線機ほどの大きさしかない箱形の物体から映し出される映像。それは見る者に人類の英知と技術の発展可能性、それに伴う文明の昇華を例外なく思い知らせる。

 

―――――――テレビ。

 

一時は大戦の影響で普及が完全に停止していたが、戦局の好転とそれに伴う経済の復興を受け、徐々にではあるが町中にその姿を戻しつつあった。

 

「すごいすごいっ!! 私初めて実物見たよっ! ほんとにあんな小さな箱で画が動いてる!」

「ラジオしか知らないから、とても不思議な感じ・・」

「科学の進歩、すごいっ! ・・・・・こんなのを拝める日が来るなんて思いもしなかった。感謝、感謝」

「うへ~ 俺が言うのもいろいろ変だが、科学ってすごいなっ!! 常識がころころと塗り変わっていくじゃねぇか、おもしれぇ!!」

 

いつも以上にハイテンションな吹雪たち。結構やかましいのだが、大人たちもめちゃくちゃ興奮しているので、吹雪たちの気持ちはよく分かるのだ。そこで生じる妙な一体感。しかし、吹雪たちとは全く別のべクトルで負けず劣らず大興奮している者が1名だけ存在した。

 

「す、すごいっ!! 白黒テレビじゃないですかっ!? こんなのが街頭においてあるなんて!! 今じゃ博物館かすっごい古い家に行かないと拝めない代物やから、めっちゃ得した気分っ!!」

 

あまりの興奮ぶりに軍人の間はめったに見せない地の口調が出てしまうみずづき。だが、その何気ない言葉は、一語一句ぶれることなく吹雪たちに突入する。よく咀嚼して得られた結論は戦艦の砲撃をくらったかのような衝撃をもたらした。

 

「えっ!? そ、それは一体どういうことですか? このて・・」

「今、なんていったの、水月!? テレビだよ、テ・レ・ビっ!! こんな革新的な家電が骨董品って、なんで、どうしてっ??」

 

吹雪の言葉を強引に遮り、テレビに目をくぎ付けにしていた初雪が目に炎をたぎらせみずづきに詰め寄る。そのあまりの豹変ぶりにみずづきは我が目を疑う。吹雪たちは、また初雪の悪癖が始まったと仲良く苦笑している。

 

「初雪さんっ、いきなりどうしたんですかっ!? 顔!! 顔が近いですっ!!」

「そんなことどうでもいい。それより、早く、説明」

 

みずづきが身を下げただけ、ズンズンと身を乗り出し初雪は聞くまで逃さないとばかりに距離を維持する。これはもう観念するしかないのだが、説明は説明で骨が砕かれること間違いなしである。

 

「何からはなしたらいいか・・・・・・。 初雪さん?」

「・・・なに?」

「あまり大きな声では言えないですけど、私がどこから来たか、もう知ってますよね?」

「当たり前」

 

初雪は、間髪入れず即答する。そんな大事なこと、いくらいつも飛びそうな意識を必死になって体に括りつけている初雪であっても忘れるわけがない、聞き逃すわけがない。目の前にいる彼女は、未来の日本から・・・・・。

 

「あっ・・・」

 

そこで初雪はみずづきが言わんとしていることを理解する。それはなにも初雪だけではない。他の3人も同様だ。

 

「気付いてもらえたのなら話が早いです。私が暮らしていた日本では、テレビは一家に複数台は当たり前の存在で、特に何か感傷を抱くような家電ではなくなっていました。今、目の前にあるこのテレビ、私たちにとってもはや歴史になってるんですよ」

 

目が点になる、大まか戦後しか知らない戦前・戦中組。そうなるだろう。あまりの先進ぶりに感動してた代物が、「歴史」などと言われてしまったのだから。

 

「じゃあ、1つ質問。私たちが生きてた時代から80年ちょっと?さきの日本じゃ、どんなテレビになってるの?」

「ああっ!! それ俺も興味ある!! 艦のころから今まで散々科学には驚かされてきたかんな」

 

駆逐艦の中ではまだ論理的な思考をする吹雪と白雪が衝撃から立ち直らない中、深雪だけでなく初雪も即座に頭の切り替えを行って、聞いていいのか迷ったものの結局自身の好奇心に勝てなかった疑問を投げかける。興味のあることには気が済むまで真理に迫る初雪の一面が発露した。みずづきも輝く目を向けられれば答えないわけにはいかない。もし、断れば大きな罪悪感に襲われるだろう。

 

「そうですね・・・。私たちの時代のテレビはもう白黒ではなく、フルカラー・・・って言っても知りませんよね。ええっと、つまり私たちが今自分の目で見ているままの映像を映せる色付きのテレビになってます」

「い、色付き・・・・・?」

「想像できそうで、想像できない・・・」

 

やっと衝撃から再起動は果たした吹雪と白雪の耳にまた信じられない情報がもたらされる。しかし、初雪の反応は少し違った。

 

「色付き・・・。確かに、80年もあればあり得る話・・・」

「性能だけじゃなくて、形も多く変わってますよ。あのテレビは箱形ですけど、現代のテレビは薄型、・・・う~ん・・・テレビの奥行き、厚さが10cm以下のものしかもうありませんし、中には薄い鉄板のように曲げたり紙のように折り曲げられるタイプのものもありますよ」

「・・・・・・・・・・・・・」

 

沈黙。

 

「あ、あれ? みなさん? おーい。しっかりして下さーい」

 

目が点になり固まった初雪の前で手を勢いよく振るが効果はなし。他の3人も同じく固まっている。その様子に、苦笑を浮かべるみずづき。生きた時代、存在すら異なるがあまりの突飛さに立ち尽くす4人の気持ちはよく分かる。科学の進歩は凄まじい。みずづきが生まれた時にはすでにブラウン管は廃れ薄型テレビが主流となっていたが、その後出てきたプラスチック版のような極薄テレビや紙のようなテレビはそのような時代の人間でも、目を疑ってしまうのだ。ましてや彼女たちは第二次世界大戦中までの世界しか知らない。思考停止になるのは仕方ない。

 

「すごい・・・・・・すごいすごいすごいっ!!! カラーになっただけじゃなくて、存在自体がそこまで進化するなんてっ!! まるで空想小説を語られてる、みたい・・」

「今回ばかりは俺も初雪の仲間入りだぜ! 詳しいことはさっぱりだけど、とにかくすごい!! ってことだけは分かった。・・・テレビ一つをとってもこれなんだ。つつけば出てくるでてくる、そうだろ? み・ず・づ・きっ!!」

「へ・・・・」

「深雪の言う通り。もっと話聞かせて。悪いようにはしないから・・」

 

純粋が変貌、邪悪な笑顔で迫る2人。今のように少しぐらいなら話してもいいのだが、2人の雰囲気から察するに、とても“少し”で収まるようなのもではない。80年という時を語るには、みずづきの体力は弱すぎる。それに、何かの拍子で()()()()()()()()()()を口走ってしまう可能性もある。ここは回避の一択だ。

 

「いや、そうです、そうですけど、ね。今、外出といっても任務があるわけですし、私も百石司令にいろいろ言われてますから、また・・・・また、今度の機会に」

「吹雪? 司令官、なんか言ってた?」

「う、う~ん、どうかな・・・。ばたばたしてたから、私は良く覚えてない・・かも」

「言ってたんだ・・」

「えっ?? う、うんっ!! そ、そうじゃないかな。あははは・・」

「その反応は、言ってないんだね」

「え・・・・」

「ふ、吹雪ちゃん・・・・・」

「まんまと、ひっかけられましたね・・・」

 

茫然とする吹雪を前に、ニヤリと笑う初雪。味方になってくれる重要人物が早々に陥落し、つい頭を抱えてしまう。知識を渇望する濁流を前に、生身では流されること確実。ましてや1人など自殺行為だ。

 

「あっ!? みなさん、もうこんな時間ですよ!! 吹雪さん? 結構多くのところを回らないといけないんですよね??」

「そ、そうです!! 時間は有限っ! みんなのんびりしてないで、さっさと行くよ!!」

 

強引に話を変え、そそくさと歩き出すみずづきと吹雪。それにワタワタと白雪もついていく。その薄情な対応に、残された2人は抗議の声を上げる。

 

「おいおい。逃げようって言ったってそうはいかねぇぞ」

「・・・・・・・・こればかりは、譲れない」

 

闘志を燃やし、駆け出す2人。合流した途端、攻防戦が開始される。だが、それは仲良しの女の子たちがじゃれ合っているようにしか見えない。4人+1人の5人組もすっかり、横須賀の日常の一部となっていた。

 




今回は日常編です。前編とついている通り、来週は「おでかけ 後半」をお届けします。

本話では初めて白雪・初雪・深雪が登場しました。作者なりにお気に入りの艦娘たちなので口調には気を付けているのですが、少し自信が・・・(苦笑)、特に深雪が・・・。

途中初雪が暴走気味でしたが、某4コマ漫画のように時々博識なる初雪もありだなと思い、採用させていただきました。
思えばまだ小さかったころブラウン管が全盛だった作者にとって、電気量販店で初めて薄型テレビを見た時の感動はいまだにはっきりと覚えています。
「て、テレビがぺったんこになってるぅぅ!!」と(笑)。今ではその薄型テレビしかありませんから、ほんと科学の進歩には驚かされます。(それが平和利用されたらいいんですけど・・・・・)

ここで1つ重要なお知らせ事項がございます。
投稿させて頂いている「水面に映る月」は本話19話の次次話、正確には次次次話にて1章「時空を超えて」が完結いたします。

そのまま2章へっ!! っといきたいのですが・・・・・・。
作者は書きだめ方式を採用しており、それは1章分までしか用意してません。
そのため1章完結と同時に、しばらく更新をお休みさせて頂きたいと思います。

毎話読んで下さっている読者の皆様には大変申し訳ありません。
(続けての投稿でもいいんですが、それだと伏線管理と文体が崩壊しちゃうんですよね・・・)

現在、2章の製作はだいだい3割程度といったところで年内には再開したいのですが、詳しいことはまだ分かりません。

遅くとも年明けには再開したいと考えているので、それまでお待ちいただきたく思います。
(フラグではありませよ!!)



そして、最後に一つだけ。


なか卯って、なんやねんっ!!!   

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