水面に映る月   作:金づち水兵

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ここからが本編です。

これからもそうですが、作者の妄想が爆発しております。一応、矛盾がないようにしていますがご容赦ください。

前編云々なしに1話で投稿しようかと思いましたが、文字数が恐ろしいことになったので前・中・後の3つに分けます。




第1章 時空を超えて
1話 5.26 日向灘事件 前編


夕焼けが空とそこに浮かぶ雲、そして海上を行く者たちを茜色に染め上げる。足元の海は数刻のちの深い闇を先取りしたかのような漆黒に飲まれつつある。日本全域が高気圧に覆われたため、すがすがしい空模様が見渡す限り続いている。その中を一隻の艦船が、二人の少女たちに挟まれるようにして航行している。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・ん? 人が海面を走っている??

 

 

 

 

 

 

常識では到底受け入れられない光景。ひと昔前ならば、それを目にした者は自身の身体的・精神的不調を疑い病院に駆け込むか、半狂乱に陥るのが関の山だっただろう。しかし、これは幻覚などではなく、紛れもない“現実”だ。彼女たちの名は「特殊護衛艦。」 だが、それはあくまで堅苦しい書類上での公称に他ならない。国防軍人・一般国民、彼女たち自身は、一般的にこう呼ぶ。 「艦娘」と・・・・・・・

 

人類の英知と果てしない努力の果てに開発された、「特殊護衛艦システム」 従来の戦闘艦艇と遜色ない火力・機動を備えた超小型の艤装。それを身に付け、戦闘に従事する少女たちが「特殊護衛艦」、通称「艦娘」だ。

 

夕日を受け、赤く染め上げられている彼女たちは装着しているメガネ型戦術情報表示端末(グラス・ディスプレイ、通称:メガネ)に映し出される各種情報と透過ディスプレイの向こう側に広がる大海原を鋭い目で見つめている。その姿は緊張感に包まれている。彼女たちは警戒しているのだ。自分たちを、いや人類の生命を刈り取ろうとする強大な敵を。その名は―――――

 

 

 

 

深海棲艦。

 

 

 

2025年、世界各地で原因不明の海難事故が多発し、その件数は日を追うごとに徐々にあるが増加していった。深刻な経済不況と世界情勢の緊迫化に神経を尖らせていた各国は、それを敵対国の新たな挑発形態と見做し、世界はますます深い疑念と不信に覆われた。それがついに戦争という形で間欠泉の如く噴き出す。

 

そして、2027年初頭、第二次日中戦争を発端として勃発した第三次世界大戦により大混乱に陥っていた世界に突如未知の生命体群が出現し、人類へ無慈悲な全面攻撃を仕掛けてきた。彼らは軍民を問わずあらゆる船舶を撃沈し、あらゆる航空機を撃墜。都市に猛爆撃を行い、上陸し制圧した地域から人間を一人残らず駆逐、あるいは捕食していった。しかし、人類を殲滅せんとする敵を前にしても、結局人類は昨日まで銃口を向け合っていた相手と手を結ぶことはなかった。世界各国は第三次世界大戦を収束されられぬまま、果てしない戦いに突き進んでいった。

当初、各国軍は苦戦を強いられたものの、全く歯が立たないという絶望的な状況ではなかった。敵はミサイルもなければ、高性能レーダーもない第二次世界大戦レベルの兵装。90年も進んだ兵器群を持つ人類にとって勝てない相手ではなかった。

 

しかし、現代兵器が想定していない人間大かそれ以下の大きさの攻撃目標と圧倒的な物量の前に形勢は逆転。もし、第三次世界大戦がなく、2000年代初頭の経済的繁栄が続いていたなら人類にも勝算はあっただろう。しかし、戦争によって疲弊しきった世界に持久戦を続ける力は、たとえ先進国であろうともどこにも残っていなかった。奮戦むなしく各国海軍は壊滅し、人類は太平洋・大西洋・インド洋をはじめとする主要海域の制海権・制空権を喪失。そして、それらの大洋に浮かぶ各諸島も占領され、シーレーンは完全に破壊された。

 

これが何を意味するのか。

 

現代文明の血液たる化石燃料のほぼ全量と人間の生命維持に不可欠な食料の約6割を輸入に頼る日本人ならば、その後どのような地獄が日本を、世界を覆い尽くしたのか想像できるだろう。絶望と滅びへの恐怖。しかし、そこに一筋の光が差し込んだ。2028年後半、度重なる空爆によって全土が壊滅しつつあった日本が他国に先駆けて開発し、実戦配備した「艦娘」。彼女たちの登場によって、戦局は大きく転換。SF映画や小説・アニメに出てくるような無敵の存在ではなかったが、着実に敵の侵攻を食い止め、微々たるものではあったが戦線を押し返していった。その後、アメリカ・イギリス・フランス・ドイツ・イタリア・ロシアの6か国が特殊護衛艦システムの開発に成功し、人類は反撃と復讐ののろしを上げはじめた。しかし、各国が深海棲艦駆逐に向け歩調を合わせる一方、第三次世界大戦は「大戦」と呼べない規模にまで縮小したものの、終わりのない憎しみの連鎖を生み出し続けていた。

 

 

そして――――――――

 

 

西暦2033年5月26日  宮崎県沖日向灘

 

険しい視線で哨戒を行っている内の一人、「たかなわ」の右舷側を航行している第53防衛隊隊長のあきづき型特殊護衛艦みずづきは、足元から垂らしている曳航式ソナーの情報を見て、ため息を吐く。曳航式ソナーとは自艦のスクリューから発せられる騒音や海面付近によく発生する変音層の影響を受けない深度にソナーを沈め、探知精度の向上を図る対潜センサーのことだ。現在、敵潜水艦の反応はないのだが、捜索面の各所で変音層が発生しており船底ソナーや曳航式ソナーの能力を十分に発揮できないでいる。海面から前方の空へ目を向けると赤色の光を点滅させながら飛行しているみずづきの搭載機、SH-60K(愛称:ロクマル)が見える。後継機の開発・実戦配備に伴い正規部隊のみならず艦娘部隊からも退役しつつあるが、この場では進行方向の前と後ろに各一機ずつ展開。海面近くに滞空、ディッピングソナーを投下し捜索を行っていた。みずづきは何気に小さな機体で機敏に飛び回るロクマルを気に入っていた。あと数年でその姿が見られなくなると思うと、悲しい。

 

ふと、メガネの端に表示されている時間を見た途端、表情が固まる。

 

「ヤバい・・・!!」

 

額に汗を浮かべながら、急いで自身の左舷側を航行している「たかなわ」に通信をつなげる。

 

「こちらみずづき。たかなわ、応答せよ」

「こちら、たかなわ」

 

少し警戒してしたが、いつも通りの反応に胸を撫で下す。

 

「定時につき、現状報告を行う」

「了解。・・・ん? (ヒソヒソ)」

「??」

 

突然、通信員が誰かと話しはじめる。みずづきは疑問を浮かべるが、嫌な予感が心に広がる。

 

「・・・了解。FICより通信先変更の要請あり。FICへ送信を開始」

「ちょっ、待っ!?」

「大丈夫ですって、ではご武運を」

最初の淡々とした雰囲気はどこへやら。通信員は笑いを必死に噛み殺しながら通信機を操作する。操作音に交じり、他の隊員の抑えた笑い声も聞こえてくる。

 

「こちらFIC、定時報告を求める。・・・・・・まぁ時間過ぎてる時点で、もう定時報告ではないがな」

「う゛ぅ・・・・・・・・」

 

軽い電子音がなった後、少し怒気を含んだ若い男性の声が聞こえてくる。みずづきも軍人である以上、定時報告の重要性を理解しているため、ただ恐縮するしかない。

 

「一体お前は何枚始末書を書けば気が済むんだ・・? 読む方としてもなんだか悲しくなってくる。出撃前にもあれほど言ったろ?」

 

口調から男が無線の向こう側で頭を抱えているのが、手に取るようにわかる。もう怒気は感じない。上官としてこれはこれで問題なのだが・・・・・

 

「も、申し訳ありません・・・」

 

素直に反省の言葉を述べるみずづきだが、内心では男が自身のことをからかっているような気がしてならず若干・・本当に若干だけイラついていた。

 

「・・・・・・・・・ぶっ! ふふふっ・・・あっ!?」

 

そんな時に聞こえる必死に抑えていた笑いが限界を超え吹き出す音。みずづきは一発で正体を見破り、船体に阻まれみえないものの「たかなわ」の左舷側をにらむ。

 

「か~げ~ろ~う~!!!」

 

怨念を抱えた幽霊のような声で、共に哨戒を行っている部下の名前(任務名)で呼ぶ。ちなみに彼女たちの後方を飛行しているSH-60Kはかげろうの艦載機だ。

 

「おいおい、今の相手は俺だぞ、俺。ったくもう~」

「す、すいません! (・・・クッソォ~、かげろうめ!!!)」

 

みずづきは小さく、かげろうへの恨みを呟く。

 

「・・・お前のことだから、おおかた対潜哨戒に集中してたんだろ? まったく・・・。まぁ、いい。今回のことは不問にしてやるから、早く報告!」

 

それを聞いた瞬間、みずづきの表情が太陽のように明るくなる。なにせ、聞きたくもない説教をこんな海上で受けずに済んだのだ。嬉しくないわけがない。同時に、男―知山 豊三等海佐が自身の司令官であることに何度目かわからない喜びを覚える。これが艦娘部隊の多数を占めている頭でっかち・自己中心的な司令官ならば、場もわきまえず散々怒鳴ったあげく、絶対に不問では済まされない。その現状を鑑みれば、彼は少々変わっている。だから、出世もできず須崎なんていう僻地に左遷され、「駒」を後生大事にする変人と周囲からからかわれているのかもしれないが・・・・・。そんな知山とみずづき、かげろう、そして現在後部ウェルドックで艤装点検と休憩をしているおきなみ、はやなみの計5名により日本海上国防軍第53防衛隊は構成されている。

 

「不問」の一言に意識を持っていかれていたためか、みずづきは彼が意味深な言い方をしていたことに全く気付かない。

 

「ありがとうございます! では報告を・・・。現在付近の海域に対空・対水上・対潜水艦の反応はありません。ただ、おとといの大雨の影響か広範囲にわたって断続的に変音層が形成されていて、ソナーが探知できない箇所が発生しています」

「変音層?」

 

先程とは打って変わり、真剣に聞き返す知山。みずづきは知山の懸念を理解しつつ、報告を続ける。

 

「はい。しかし、ソナーが全く効かないというような深刻な状態ではありません。それに分布が完全なまばらで変動も激しく、これを利用して敵が私たちに接近するのは困難ではないかと・・・・・」

 

対潜装備の要であるソナーはパッシブ式もアクティブ式も音によって、視認不可能な海中の状況を探る装置だ。しかし、水中は大気中と異なり水温・塩分濃度・海流・海底地形などの諸条件によって音の伝わり方が日々変動するのだ。その為、いかにメーカー一押しの最新鋭ソナーであろうともその変動パターンを詳細に分析し、把握しておかなければ悲惨なことになる。ひと昔前なら、膨大な変動データを収集しソナーの性能発揮を裏で支える音響観測艦や海洋観測艦が日々日本の海を航行していた。しかし、深海棲艦が出現した後はそのような調査は満足に行われず、データ不足は前線の部隊、ひいては日本の軍事戦略に大きな影をおとしていた。

 

「・・・・」

 

知山はみずづきの推測を聞いても、口を開かない。雰囲気が一変している。

 

「司令官?」

「あ、あぁ・・・了解。しかし、厄介だな・・・・・。もう一度確認するが、周辺に敵の反応はないんだな?」

「はい。私たちのみならず、ロクマルのピッティング・ソナーにも反応はありません。ただ、それも変音層の影響を受けているようですが・・・」

「そうかぁ。まぁ、先に哨戒を行った部隊から音沙汰もないし、そこまで神経質なる必要はない、か・・・」

 

知山はみずづきではなく、自分に言い聞かせているようだ。

 

「分かった。引き続き対潜警戒を厳としつつ、哨戒を行ってくれ」

「了解」

 

先程の反応に一抹の不安を感じたが、知山の言葉に塗りつぶされる。上書きされた記憶はそうそう簡単には蘇らない。

 

「俺はこれからおきなみとはやなみの様子を見にウェルドックに行ってくる。何かあったら俺の個人インカムに通信を入れてくれ」

「了解しました。これにて定時報告を終了します。・・・・あ、あのぉ~」

「ん??」

「さっきの件なんですけど、寛大なご判断ありがとうございました」

 

みずづきは知山の優しさに再度お礼を述べる。いくら親しい上官とはいえ、礼儀はしっかりと示さなければならない。それを聞き、改まった言い方をすると思いきや知山は「いいよ、いいよ。次は何をやらかすのかな~」と悪戯心に満ちた言葉を呟きながら、通信を切る。

(あの、畜生司令官・・・・・・)

自身のイラつきの原因が明確に証明され、みずづきは「たかなわ」本体に恨みはないのだが睨む。今はなきヘリコプター搭載護衛艦やイージス艦と比較すれば頼りないが、それでも基準排水量3300トンの船体と海上自衛隊時代から続く灰色の塗装は見るものに勇気と感嘆を与えるには十分だ。

 

艦娘は機械ではなく人間であるため、いくら訓練を積み身体を鍛えたところで疲労からは逃れられない。腹も減るし、眠くもなる。しかも、常に波打っている海上を全方位に警戒を向けながら航行する為、著しく体力を消耗するのだ。この継戦能力の低さは艦娘の数少ない欠点だが、こればかりはどうしようもない。派遣先の海上でも休息や食事、また艤装の点検・補修を可能とするいわば臨時海上基地をコンセプトに開発されたのがこの「いず型輸送艦」だ。 船体はひと昔前まで絶好調だった隣国の脅威とゲリラ・海賊など多様化する任務に対処するべく、平成26年度中期防衛力整備計画(26中期防)で計画された「コンパクト護衛艦」である、なみかぜ型護衛艦をベースとしている。船体の後部に艦娘発着艦用ウェルドック、艦中央、艦橋下部の第二甲板に戦闘時の司令部となるFIC(司令部作戦室)を備えている。もちろん、艦の戦闘を担うCIC(戦闘指揮所)もすぐ隣に設置されている。武装は僚艦や艦娘との共同行動を大前提としているため、62口径76mm単装速射砲(ステルス・シールド版)や21連装SeaRAMなどの自衛火器しか搭載されていない。2033年現在、2個防衛隊(艦娘8人)に対して一隻の割合ですべての艦娘部隊に配備され、後継艦の開発も始まっている。

 

みずづきが罪もない「たかなわ」を睨んでいると、かげろうから通信が入る。先の失態が部下へ知られたことに羞恥心を覚えざるをえない。

 

「あんた、さっきの通信聞いてたんだね・・・・?」

「す、すみません。つい聞こえてしまって・・」

 

みずづきの気迫に押され、動揺しながら小さな声で話す少女。彼女がまいかぜ型特殊護衛艦のかげろうだ。かつて25DDと呼ばれた艦をネームシップとするまいかぜ型汎用護衛艦をもとに開発された艤装を身に付けている艦娘が彼女たちだ。彼女たちはまいかぜ型護衛艦と同様、あきづき型と艤装は近似しているが対潜能力が非常に高い。しかし、いかにかげろうといえども、現時点ではその能力を十分に発揮しきれていない。

 

「吹き出した音がばっちり聞こえたよ・・・。 いつも思うけど、このやり取りのどこが面白いの??」

 

恥ずかしい会話を聞かれた腹いせに、かげろうへの攻勢を強める。

 

「い、いやぁ~その~、なんかコントみたいで・・・」

 

だが、かげろうには慣れたもので、頭を抱える知山と冷や汗を流すみずづきを想像し再び微笑する。

 

「コントって・・・・。あれでも一応怒られてるところなんだけど・・」

「とてもそうには聞こえませんでしたよ? いつも通りの掛け合いに思えましたけど。相変わらずお二人は仲良しですね」

 

そう部下に指摘され少しうれしく思いつつも、口では「ど、どこが~??」と否定する。だが、誰が聞いても嘘と分かる言い方だ。

 

「ふふっ、まぁまぁそうおっしゃらずに。部下と司令官が親しいというのはいいことじゃないですか。私もその方が楽しいですし、安心です」

 

かげろうは他意のない純粋な感情を口にする。そこに込められた思いをばっさり両断できるほどみずづきも人でなしではないし、大いに同意できるのであえて反応しない。そして、これとは別にかげろうの声色が当作戦発動前の状態へ戻ったことに隊長として、仲間として安堵する。

 

一か月前に発動された先島諸島奪還作戦。同諸島は艦娘が実戦配備される直前の2028年9月に敵侵攻部隊の猛攻を受け陥落していた。その際に発生した戦闘はもやは戦闘と呼べるものではなく、虐殺であり人間狩りであった。政府や自衛隊、警察から流れてきた先島諸島での惨状は、その後の戦い、容赦のない空爆と合わせ日本国民の精神に大きな影響を与え、トラウマとなっている。

 

先島諸島の各島々からの疎開船が、護衛していた海自の護衛艦もろとも敵の潜水艦群の餌食となり全乗客・乗組員2万3491人が犠牲となった「宮古海峡の悲劇」。それが悲劇のはじまりだった。空爆によって滑走路やぺリポートを破壊され、交通路が海上しか残されていなかった島々にとって、敵潜水艦の跋扈は沖縄本島や本土、そして最後の望みであった自衛隊本隊との孤立を意味していた。与那国島・石垣島・宮古島には駐屯していた陸上自衛隊の沿岸監視部隊・警備部隊・地対空ミサイル部隊・地対艦ミサイル部隊と避難誘導のため本土から派遣されてきた普通科連隊の合計2000名が展開していた。しかし、各駐屯地は空爆により侵攻前に壊滅。各部隊にも甚大な被害が発生していた。お世辞にもまともな作戦行動がとれる状態ではなかった。また、普通科連隊も孤立は想定外で、本格的な離島防衛を行うには明らかに戦力不足。政府や自衛隊上層部もただ座って状況を見ていた訳ではない。しかし、当時の日本に制海権・制空権を失いつつある地域に住む10万人を救出する力はなかったのだ。敵爆撃機隊の猛攻にさらされていた国内は大混乱に陥っていた。敵の爆撃は東京や大阪などの都市部などの人口密集地をあらかた破壊し尽くすと、港湾や空港・鉄道路線・高速道路などのインフラに対しても行われるようになった。これでは円滑な住民の避難や部隊の展開などできるわけがない。先島諸島にとどまらず沖縄本島を含めた南西諸島全域への侵攻が現実味を帯びる中、沖縄本島や奄美大島からの住民の退避、防衛線の構築すらもまともに進んでいなかったのだ。また、敵の攻撃が奇襲となり、侵攻速度が政府の予測を遥かに凌駕していたことも大きい。政府首脳、自衛隊上層部、そして一般国民が、奇襲を受け右往左往しているうちに形成は決していたのだ。

 

そして、生起した83年ぶりの地上戦。本土や沖縄本島から完全に孤立した自衛隊展開部隊はそれでも島民を守るに奮戦。警察官や海上保安官、有志の島民も戦闘に参加したが、決まってしまった運命を変えるには至らなかった。結果は全滅。この戦闘だけで地方都市一つ分の尊い命が消えた。また、ユーラシア大陸東部、そこに付随する各海洋の最終防衛線であった第一列島線の一角が削られたことは日本・台湾・華南が死守していた東シナ海の不安定化、将来的には台湾の孤立、中国大陸・朝鮮半島への侵攻をいみしていた。しかし、これはその後に続く熾烈を極めた沖縄本島防衛戦(第二次沖縄戦)への足掛かりにすぎなかったのだが・・・・。

 

それ以来、5年間先島諸島は敵の手中にあったが、遂に今年奪還作戦が開始されたのだ。第53防衛隊の役割は船団護衛。鹿児島港―那覇港間を人員・食料・弾薬・装備品を満載し航行する貨物船や輸送船を道中、潜水艦や敵攻撃機から防衛する。今回の作戦もそれで、現在は作戦を終え鹿児島港から須崎基地へ帰還する途中だ。かげろうが動揺していた理由。それは今回の作戦が開始された直後、かげろうの実家がある徳島県徳島市を含めた中四国地方の数か所が、軍の警戒網をすり抜けた敵爆撃隊にとって空爆を受けたからだ。幸い実家がある地区は被害を免れ、数日後には家族の無事が確認できた。鹿児島港でそれを知ったかげろうの喜びようは、こちらまで笑顔にしてしまうほど強いものだった。悲しみに暮れ、絶望を抱いてる人々の姿が当たり前となってしまった世界では、それはなおさら輝いて見えた。

 

「はいはい、おしゃべりは終わり。長話してたらまた怒られるし・・・」

「そうですね。また、コントのアンコールが・・・」

(だから、コントじゃない!)

 

そう心の中でツッコミを入れると、みずづきは厳しい口調で命令を下す。

 

「対潜警戒を厳としつつ、哨戒を続行せよ」

「了解。対潜警戒を厳としつつ、哨戒続行」

 

がけろうの復唱を聞き通信を切ると、再び視線を海面とメガネの間で往復させる。本来みずづきの得意分野はあきづき型護衛艦と同様、対空だ。だが、今航行しているのは日本の領海内。いかに敵の航空機がラジコン大とはいえ、航空国防軍のレーダー網と海上国防軍の航空部隊・艦娘部隊によって制空権は確保されている。それよりも警戒すべきは潜水艦だ。特に海域が現在のような状況では、相手が時代遅れの産物でも油断は死を招く。実際、公海・領海を問わず多くの艦船や艦娘が潜水艦の餌食となっているのだ。現在、哨戒を行っているのは二人。通常ならば空母機動部隊のようにきれいな輪形陣を形成できる人数が護衛につくのだが、知山の再三の要請にも関わらず上層部は戦力不足を理由に拒否し、結局第53防衛隊のみ行うこととなった。

 

「ん? クッソ・・・」

 

ソナー情報を見ていたみずづきの表情が一層険しくなる。海中の状態がさらに悪化したのだ。先程まで、ロクマルが捜索していたエリアだが、これでは上手くいかないのも道理。そうこうしているとみずづきだけでなく、全艦が変音層領域に突入する。警戒心がおのずと高まるなか、メガネに新たな情報が追加表示される。そろそろロクマルの給油が必要、というものだ。

 

間の悪さにため息をつきつつ、いつ呼び戻そうか考えていたその時、みずづきに搭載されている船底ソナーおよび曳航ソナーが変音層に歪められてたいたが明らかな人工音を探知した。瞬間、反射的に通信機へ叫ぶ。

 

「ソナーに感! 方位272および142に注水音、敵潜水艦と思われる!!」

 

直後、かげろうからも鬼気迫る声で報告があがる。

 

「こちらもソナーに感! 方位195に同じく注水音、隊長被探知とは別の敵潜水艦と推測!!」

「うそっ!!! 敵が近くに3隻も!!」

 

驚愕し、頭の中でけたたましい警報音が鳴り響く。敵は「たかなわ」との中間地点、右斜め後方、そしてかげろうのほぼ真後ろに展開し、必中の一撃を放とうとしていた。

(どうして・・・なんで? こうも哨戒網をあっさりと・・・・)

第二次世界大戦当時とは別次元、そして技術大国日本の結晶である対潜センサーを用いた哨戒網。しかもみずづきたちは新兵ではなく、数々の実戦に参加しノウハウを身に付けた立派な軍人だ。こちらの技術と経験をやすやす潜り抜けられことに大きな衝撃を受ける。

(敵潜水艦の戦術が看過できないほど進化している、とは聞いていたけどまさかここまでって・・・・)

海流を利用しての長距離無音航行や潜望鏡を水面上に出さずに行う雷撃。戦争初期にはごく一部の個体にしか確認されていなかった攻撃行動も、最近では当たり前になりつつあった。

 

また、警戒すべき点はもう一つある。海防軍内でまことしやかに語られるとある噂。

 

 

“敵潜水艦の中には、こちらの兵器の詳細を把握している個体がいる―――”

 

 

海防軍に所属する者ならば一度は耳にする。もちろんみずづきも知っていおり、ついさっきまではほぼすべての海防軍人と同じく単なる噂だと思っていた。しかし、現状はそれの信憑性を必然的に高めている。今回、敵はこちらのソナーが十分な性能を発揮できない変音層で狙ったかのように攻撃を仕掛けてきた。ソナーも持たないまたはソナーと呼ぶにはおこがましい粗悪品を持つ敵にとって、変音層など脅威ではないのだ。偶然にしてはできすぎだろう。

 

二人が敵潜水艦を探知後、瞬時に「たかなわ」とデータリンクが開始され言葉で報告できない詳細かつ膨大な電子情報が送信される。それによって、「たかなわ」は自身の艦首ソナーでいまだに敵潜水艦の反応を捉えられていないにも関わらず、まるで捉えられているかのような指揮・対象が可能になる。刹那、「たかなわ」から号令が下される。

 

「対潜戦闘よーい!」

 

それを受け、「たかなわ」の艦内に甲高い警報がこだまする。それは海上にも響き、通信機を使わずとも二人のもとに届く。

 

「対潜戦闘よーい!!!」

「対潜戦闘用意!!」

 

復唱し、二人は戦闘態勢へ移行する、しかし、全ては遅きに失した。

 

敵潜水艦3隻はそれぞれの目標へ必中の雷撃を放つ。

 

「っ!? 魚雷発射音!! しかも全隻から!!! 先手取られたぁぁ!」

 

みずづき、かげろう、「たかなわ」はすぐさま回避行動を取る。みずづきは自身へ猛進してくる2本の魚雷に意識を集中する。他艦を気にする余裕は皆無だ。大急ぎで曳航ソナーを格納し、ソナーと戦術情報処理装置による通過予測を頼りに舵を切る。人間の身長では水平線までの距離が非常に短いため、敵の魚雷が二酸化炭素をばりばり出していても目視には頼れない。

 

 

回避成功。

魚雷はむなしくみずづきの左脇を通過していく。

 

誘導魚雷ならばこうも簡単にはいかなかっただろうが、猛進してきたのは無誘導魚雷。小回りが利く艦娘にとって回避は比較的容易な代物だ。しかし、それはあくまで艦娘に通用する話。通常艦艇にそんな芸当は不可能だ。至近で発射されたならばなおさら・・・・・。

 

みずづきがほっと安堵のため息をついたのと同時に魚雷が「たかなわ」に吸い込まれていく。

 

耳をつんざく爆発音が周囲を一時的に支配する。必死の回避運動も甲斐なく敵魚雷は後部ウェルドックと艦橋下部に命中し、付近の装甲および艦内をスクラップに変え、黒煙が立ち上る。

(・・・・・・・)

みずづきは悔しさのあまり強く拳を握りしめる。

 

“任務を全うできなかった”

 

“護衛対象を守れなかった”

 

軍人になってから数え切れないほど、抱いた言葉。もう抱かないと誓ったそれがまた心の中を支配する。後悔と罪悪感に耐えつつ、殺意のこもった視線を海に向ける。

 

「アクティブ捜索はじめ。対潜戦闘、短魚雷攻撃用意」

 

艤装側面にある小さなシャッターが開放され、中から三連装魚雷発射管が不気味なほどゆっくりと姿を現す。再び曳航ソナーを投入し、アクティブモードで敵潜水艦の捜索を開始するが、効きが芳しくない。それでも大まかな位置情報の収集に成功し、瞬時に発射管で待ちわびている魚雷へ諸元が入力される。敵の数は2。みずづきと・・・・「たかなわ」を攻撃した敵だ。どちらもその場に踏みとどまるつもりはないらしく、変音層を巧みに活用しながら急速潜航し距離を取りつつあった。みずづきはメガネに表示された敵の識別コードに首をかしげる。敵潜水艦の音紋がデータと合わなかったためか、敵がいまだに「unknown」となっていたのだ。

 

「新型・・・・?」

 

その考えは「攻撃準備完了」の知らせを受け、一時的に頭の片隅に追いやられる。メガネの画面には攻撃表示とは別にかげろうの戦況と「たかなわ」の損害状況も映し出されていた。

 

「っ・・・・・。一番・・、撃てぇぇー!!」

 

大海原へ旋回した三連装魚雷発射管から、掛け声と同時に待ってましたと言わんばかりの12式短魚雷が飛び出す。

 

「二番・・・、撃てぇぇー!!」

 

続いて、2番発射管からも12式魚雷が発射され、海に飛び込む。2つの短魚雷は探針音を放ちながら、海中を迷うことなく自らの目標へ向かって突き進んでいく。どうやら、変音層による影響はないようだ。敵潜水艦が脅威なのはあくまで発見するまでの話。発見・探知後はこちらの土俵だ。なんの防御手段を持たない敵が、90年進んだ兵器体系を有する人類側の攻撃を回避する事は不可能だ。

 

「命中まで・・・・・3、2、1」

 

数秒の間をあけ海上に2つの現れ、腹に響く爆発音がみずづきの体を揺らす。現場に急行していたロクマルから海面の状態が動画で送られてくる。

 

「多数の浮遊物を確認。両目標の撃沈に成功・・・・ふぅぅ~」

 

思わず体の力が抜ける。敵がこちらの攻撃を避けられないと分かっていても、戦場には絶対がないため緊張するのだ。映像に映し出されている浮遊物の特徴を見るに、敵はどうやら今まで何度も闘ってきた中型級のようだ。みずづきは敵の正体が分かったことに安堵し、残党がいないかロクマルも使って捜索を開始する。

 

 

みずづきの目よりも遥かに優れるソナーが、敵を「unknown」としていたことを忘れて・・・・・・・・・・

 




誤字・脱字がありそう・・・・。

途中出てきたまだ就役していない船については、完全なる勘です。正直、なにになるか見当もつかないので。

世界観についてですが、もし沖縄の人がおられたらすいません。ただ、もし深海棲艦が日本侵攻を目指すのなら、アメリカ軍と似たような行動をとると思うんですよね。またあそこがある限り、太平洋側から東シナ海や中国にちょっかいを出せませんから。

今日は2つ投稿しましたがこのようなこともあれば数週間更新なし、ということもあります。ご了承下さい。




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