水面に映る月   作:金づち水兵

18 / 102
おお、お気に入り登録が、140を越えました!!

前話あたりで確か、50を超えて驚いてます的なことを言ったと思うですが。
失礼を承知で言わせていただきますと・・・・・・・・・・どゆこと?
数字を確認した瞬間、本気で目がおかしくなったかと思いました(笑)

ですが、非常にうれしいです! みなさん、ありがとうございます!!


そして、一言。今回は少し長いです。


16話 怒りの銃口

周囲に轟いた不快極まりない怒号。小鳥たちが例外なく飛び去った運動場に異様な静寂が訪れる。永遠に続くかのような錯覚に陥りそうになるが、一つの足音がそれを解凍する。百石は怒りを心の中で沸騰させつつ、御手洗がいる方向へゆっくりと足を進める。彼らは百石から見て左側、1号舎など横須賀鎮守府の中枢がある中央区画から運動場のそばを通る通路にいた。ちょうど百石たちは中央区画に近い位置で朝礼をしていたため、すぐに歩み寄ることが可能だ。代償としてその見たくもない顔と聞きたくもない声を直接交える前から、脳に叩き込まれてしまうが。百石の行動に、同じく怒りや嫌悪感をあからさまに示している艦娘たちと筆端も続く。御手洗とその一派は、艦娘の間でも知らない者はいないほど有名な存在だ。理由は、排斥派の言い分を聞いていれば一目瞭然。いくら艦娘とはいえ自身の存在を完全否定する人間たちに、笑顔や優しさを振りまくことは無理だ。そんな姿をまじかで目撃し、西岡は一瞬自身の行動に迷うが、ほほを叩き百石の命令を実行するため全速力で警備隊本部へと爆走する。

 

「ん? ここはどこだ!? こざかしい砂場に出たではないか!! 迷っている暇などない。一刻も早くものを回収しここを出なければうるさい虫共が飛んでくる。・・・・・・・・・・チッ。貴様らここでやっていたのか。運がない、クソッ!!」

 

まるで独り言のように叫びまくっていた御手洗は、百石たちの姿を認めた途端、虫に見つかったと言わんばかりに顔を歪める。百石はそれに慣れているため逐一反応はしないが、御手洗の行動にはさすがに首をかしげざるをえない。これはあくまで鎮守府内での行動、に関してである。

(なんでこいつ、こんなところに来たんだ? 最寄りの駐車場は反対方向だろうに)

だが今は鎮守府内での些細な行動より、目の前の光景が最優先事項だ。手錠はされていないものの、屈強な男たちに取り囲まれ事実上拘束されているみずづきを目に入れた後、御手洗とまっすぐ対峙する。百石の顔は怖いほど満面の笑顔だ。

 

「これはこれは御手洗中将。お久しぶりです。いろいろ強引な手を使われたようですが、一体なんのつもりでしょうか?」

「貴様は痴呆か? 昨晩電話で言っただろうが!! そんなことも覚えていないのか?」

 

百石の顔の血管がピクリと反応する。百石だけではない。筆端や艦娘たちも嫌悪感のレベルをさらに引き上げ、表情がさらに怖くなっていく。

 

「大変失礼しました。中将のお言葉はしっかり記憶しています。ですが、あれは丁重にお断りいたしましたが・・・」

「貴様がこの私に命令? それをこの私が聞く?・・・笑止! いきがるな小僧、立場というものを理解しろ!! ったく、やはり貴様にはあれのお守は任せられん。私の判断は正解だったな」

 

勝利を疑わずゲスな笑みを浮かべた御手洗は、顔を少しだけ後ろに回し意識を後ろに向ける。なんの感傷も抱かない、ただ物を見るような視線だ。そしてのその視線は後ろにとどまらず、百石にも向けられる。いや、正確には百石・筆端の後ろに向けられている。

 

「フッ」

 

バカにしたような鼻笑い。それで御手洗の思考は丸わかりだ。本人は隠そうともせず、ゲスな笑みをさらに深くしていく。

 

百石の顔や腕の血管は浮かび上がり、手は拳となり小刻みに震えている。さすがの百石も我慢の限界だった。御手洗は、百石の部下を、瑞穂とこの世界の希望を侮辱したのだ。しかも、包み隠さずあからさまに。指揮官として我慢しなければならないのだろうが、はたしてこの世の中に御手洗のような侮辱を受け黙っていられる指揮官がどれだけいるだろうか。

 

「・・・・・・我々をバカにするのもいい加減にしていただきたい。そのようなお言葉は中将自身の素養を疑うには十分すぎ低次元の代物です。ご存じないようですが、いくら御手洗家出身とはいえ、軍規の適用に例外はありません。今までは散々ありとあらゆる手を使って逃げ回っていらしたようですが、人の道をはずれたお方にずっと幸運が付きまとうとは限りませんよ」

「こらっ、お前!! 御手洗中将になんたる口、を・・・・・・」

 

みずづきを取り囲んでいる軍令部付き将校の1人が激高し、唾を周囲にまき散らしながら百石に一撃を加えるべく声を荒げる。しかし、それはすぐに収束する。権力があってはじめてデカい態度を取れる金魚の糞に、射ぬかんばかりの百石や筆端・艦娘たちの視線に抗う度胸はない。

 

「軍規を堂々と破られたこともそうですが、一つ、中将に改めて申しあげておきたいことがあります」

 

百石は一度目をつぶると、強い意志をこめ御手洗を睨みつける。

 

「彼女たちはものなどではありません。私の大切な部下であり、私たちの大切な仲間です。いい加減、彼女たちをものと見做す不快極まりない言動は差し控えていただきたい」

 

その言葉は、筆端・艦娘たちと御手洗側では真逆に捉えられた。取り巻きの将校2人はさきほどの百石のように顔面の血管を痙攣させ殺意さえこもっていそうなドスの効いた視線を向けるが、百石は全く意に介さない。御手洗は無表情で言葉の数々を聞いた後、顔を下に向けていた。よく見ると、頭が小刻みに揺れている。うるさい虫の百石からあれだけ言われたのだ。怒りが爆発してもおかしくない。が、続く反応は予想外のものだった。

 

「ぷっ。ふはははははははは!」

 

ゲスな笑みのまま爆笑する御手洗。取り巻きたちは目を白黒させているが、百石は動じない。

 

「ははははっ、は、腹が痛い、くくくっ。貴様はまだそんな戯言を口にするのか? あれが部下だと、仲間だと??」

 

御手洗はそういうと表情を一変させ、身の危険を感じ存在感を必死に殺していたみずづきの腕を強引につかむと、力任せに自身の前へ放り出す。

 

「きゃっ」

 

そのような急展開を全く予想していなったみずづきはろくな抵抗もできず御手洗の思うまま、前のめりにアスファルトの地面に転ぶ。

 

「い、いったぁ~」

「水月さん!!」

「水月!! き、貴様・・・・」

 

みずづきは鈍痛が走る震源地に目をやる。制服に覆われていない左ひざのようだが、幸いかすって赤くなっているだけで出血などはしていない。だた、痛そうにひざを少女がさすっている光景は、お人好しであるが故に百石たちにまた別の激しい怒りをもたらす。御手洗たちにはとっては極上の光景かもしれないが。

 

「こいつらが我々と同等の存在だと? ふざけているのは、どちらだ? なんども同じことを言ってきたが、理解できてないようだからもう1度言ってやる。こいつらは兵器だ!!! そして、不純なるこの世に存在していけない化け物どもだ」

 

もはや言葉も出ない。

 

「ふふっ。よくよく考えれば貴様ら2人を相手にしてやったことはあったが、この場のように化け物どもがいる状態で、というのは初めてだな。・・・いい機会だ。貴様らにもそして化け物どもにも、現実を教えてやる。貴様らも見ただろ? 化け物どもが元いた世界を?」

 

最後の問いに、化け物どもという言葉にイラつきながら百石と筆端は「並行世界証言録」の記述を思い出す。なんとなく、御手洗がこれからいうことが想像つく。だが、彼の言動はそれを遥かに飛び越えた。

 

「それがどうした、そんな間抜け面だな。これだから成り上がりは・・・・。いいか? やつらの世界は血塗られた世界だ。同じ人間同士でむごい戦争を果てしなく続けている常軌を逸した世界だ。狂っているとしか思えん。いや、正直同じ人間なのかも怪しい」

 

その言葉に次は、艦娘たちが拳を震わせる番だ。

 

「そんな人殺しを笑いながらやるような狂人どもが作った軍艦の転生体が、やつらだ」

 

御手洗は右の人差し指でみずづきと吹雪たち大日本帝国海軍の艦娘たちを迷いなく指す。

 

「そんな、身に人の血が染み込んでいるようなやつらに、この神聖不可侵な神国たる瑞穂の国防を担わせるのは言語道断のこと!! それが何故分からない!! 我々は深海棲艦が出てくるまでこれほど平和な世界を築いてきたというのに、やつらの世界はどうだ? 他人のことを全く考えず、自己中心的で私利私欲にまみれ、いくら悲劇を経験しても同じことを繰り返す。これが我々とやつらを作った存在が同じ人間でないことを端的に証明しているではないか」

 

湧きあがる怒りと浮かび上がる反論を必死に抑え込み、艦娘たちは御手洗の土俵に乗ることだけは避ける。ここで声をあげては御手洗の思うつぼであり、何を言っても通じない存在に無意味な行動であることがありありと分かっているからだ。御手洗は彼女たちが浮かべる苦悶の表情を見て鼻をならす。しかし、それを知ってか知らずか御手洗の指摘という名の暴言はついに艦娘たちの最大の拠り所まで及んだ。

 

「これらの祖国は日本、だったな?」

 

挑発的な口調。それを聞いた瞬間、艦娘たちは一気に凍り付く。顔を見ずとも発言者がどのような表情をしているかは手に取るように分かる。この場で何度も見せているゲスな笑み。そんな雰囲気で話す内容がまともでないことは馬鹿でも分かるだろう。

 

「並行世界において我々瑞穂と対をなす国家。だが、やつらが典型例としては最適だ。崇高な瑞穂と酷似した文化を持ちながら、自滅戦争にまい進した愚かで救いようのない民族。やつらが起こした太平洋戦争こそが証明の究極だ。絶対に勝てない相手と分かっておきながら、先制攻撃により戦端を開き調子にのった挙句、無条件降伏。国家の指導者から国民まで思考回路が全く私には理解出来ない。これでもやつらが我々と同じ存在とほざけるのか? 文明すら持たない原始人の方がよほど賢明ではないか。そんな野蛮人共の存在もやつらが作りこの世界に流れてきた化け物どもの存在も認めるだけで、この世界に生きる全ての人間に対する最大の侮辱である。また、それの典型例が瑞穂と対をなす国家であることは、瑞穂に対する侮辱を超越し、冒涜に値する。日本?? 聞いただけで虫唾が走る」

『っ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 

何者にも限界は存在する。それは例え神様とさえ認識される艦娘でも適用されるこの世界の真理である。艦娘たちは理性を最大動員して感情を抑えに抑えた。しかし、その努力は御手洗によって水泡に帰した。なんの迷いもなく吐き捨てられた数々の言葉。これらは艦娘たちの理性を吹き飛ばすには十分すぎる威力があった。だが、彼女たちが足を踏み出す前に見たことがないほど怒りに表情を支配された百石が御手洗に肉薄を図り、一歩足を進める。

 

「て、てめぇぇぇぇぇ!!」

 

これほどの怒りを抱くのはいつ以来だろうか。指揮官たるものせめて部下の前では冷静沈着にふるまわなければならないことは重々承知している。だから、感情はなるべく穏やかに、理性は常に合理的な判断を心がけてきた。それもあってかここまで激情にかられた姿を部下に、艦娘たちに見せるのは初めてかもしれない。だが、そんなのにかまっている暇はない。御手洗の言動は同じ瑞穂軍人として、瑞穂人として絶対に許容できるものではなかった。やつは徹底的に侮辱、冒涜したのだ。資料だけ読み分かった気になって、彼女たちの世界を、彼女たちの祖国日本を。彼女たちがどれだけ祖国を愛しているか誇りにしているのか、そして太平洋戦争での出来事と葛藤しているのか、直接言葉を交わさなくても万国共通の防人として、その想いは痛いほど感じている。同時に彼女たちと接して、彼女たちを作った人々が自分たちと全く変わらない人間であることも、だ。やつは文字だけを見て、それを自分たちと日本世界の人間との差異の証拠とした。しかし、彼女たちそのものが、日本世界の人間が日本人が私たちと変わらないことを確かに証明している。なのに戦争をしている。日本世界の、この矛盾への葛藤は凄まじいだろう。それを考えようともせず、主観のみに基づいた罵詈雑言。自己中心的で他人を全く顧みないのは自身のことだろうに。

 

百石は肉薄した後のことを考えながら、2歩目を踏み出す。しかし、それ以降前進することはなかった。その瞬間、世界が一時停止した。

 

パッーン・・・・・・カラン、カララン・・・・・。

 

轟く炸裂音。薬莢によって響く軽い金属音。漂う硝煙の臭い。そして、この場で最も早く我に返った御手洗の無様な叫び声が木霊する。

 

「う、うわぁっ!! 血が、血がぁぁ!?」

 

それに百石たちも解凍され、御手洗の目の前に立つ1人の少女に目が釘付けとなる。瑞穂軍に配備されているものより遥かに洗練された形状と比較にならないほどの獰猛さを持つ拳銃を握るみずづき。銃口からは白い硝煙がかすかに立ち上っている。それは微動だにせず、ほほを銃弾がかすり少し出血した程度で大騒ぎしているふぬけのこめかみに向けられている。

 

 

 

一体、何が起きているのか。吹雪は目の前に光景が全く信じられず、妙に現実感が欠落している。周囲をみるに第5遊撃部隊のメンバーをはじめ、百石までもが吹雪と同じ状況だと推測できる。全員、みずづきに視線が固定されている。御手洗中将に向けて銃を発砲し、いまだに突きつけているみずづき。だが、御手洗の憐れな姿に歓喜する自分がいることも自覚している。吹雪ですら、御手洗には嫌悪感を抱いている。それが先ほどの言動でさらに強固なものとなった。

 

御手洗は、日本を、自分の乗組員たちをけなしたのだ。艦だったころも含め、最大のレベルで。今でもすぐに思い出す艦だった頃のかけがえのない記憶。自身に乗り、祖国のために過酷な訓練を耐え、他の艦とは比較すること自体おこがましいかもしれないが戦場をかけた乗組員たち。それはサボ島沖に身を沈めるまで途切れることはない。

かつて、日本は欧米列強から「極東のサル」「黄色いサル(イエローモンキー)」「人まねザル」と苛烈な差別を受けた。だが、そう言いつつも大半の欧米人は自分たちの祖国日本を侮れない存在として認め、ある程度の評価さえ与えていた。だが、御手洗は言ったのだ。存在自体が最大の侮辱である、と。

 

ふざけるな。なにも知らないくせに。

 

艦娘たちはこう思っただろう。御手洗は太平洋戦争まで引き合いに出したのだ。確かに自分たちは愚かだった。だが、だからといって馬鹿にされる筋合いはない。みんな必死で戦った。待ち構えているであろう未来を少しでも軟化させるため、来る時期を遅らせるため。結果は知っての通り、無条件降伏。だが、徹底的に叩きのめされた日本は立ち直った。それどころか凄まじい勢いで発展していった。

 

その姿が、侮辱?

自分たちの、かけがえのない人々の犠牲も、人々の血反吐を吐くような努力も、悲しみと憎しみを克服した心も、全部?

 

加速度的に増長する怒り。だが、抱くと想像できていなかった人物を目の当たりにした瞬間、一気に沈静化する。いや、意外性に塗りつぶされたと言う方が正しいだろう。みずづきの表情はこちらから伺えないが、背中のみでも彼女の心中は十分に察せられた。怒りに燃えていたのは彼女たち大日本帝国海軍の艦娘だけではない。2033年の日本から来た海防軍の艦娘であるみずづきも同じだ。

 

 

久しぶりに受ける火薬の炸裂による衝撃。だが、それに驚いて照準を狂わせる、などという新兵のようなへまはしない。銃弾は狙いより少し、ほんの少しだけ御手洗の隅を通ったが誤差の範囲。いつもなら「やっちゃったっ!!」と動揺することになるだろうが、今、心は一つの感情で支配されている。あの時、ノックされた宿直室のドアを素直に開けていなければ、腕を捕まれ問答無用で連行されることもなかっただろう。だが、状況が全くと言っていいほど飲み込めていなかったのだから、仕方ない。もはや後の祭りだ。御手洗たちは事前に参謀部を訪れ、百石から直々に事情を聞かされ第6宿直室の使用に同意していた参謀部長から情報を引き出していたのだ。この際も権力を盾にしていたとは言うまでもない。あの時の、百石にみずづきの救難信号受信を報告しに来た宇島も含めて参謀部将兵の顔といったら、仕返しが怖い。倍返しどころではすまなさそうだ。しかし、御手洗の思い通りにはいかない。念には念を入れて起きてすぐ腰に巻き付けた拳銃ベルト。そこに納められていた拳銃がみずづきの怒りを体現した。

 

「なんだ今の音は!? 幻聴じゃないよなぁ!?」

「発砲音?」

「どこからだぁ!? おい、警備隊に問い合わせろ!!」

「運動場の方じゃないか!?」

 

御手洗の声だけ聞こえていた運動場周辺は、1つの発砲音をきっかけにあちこちから緊迫感あふれる声が上がり、騒然となる。先ほどから雰囲気が一変しても、みずづきは微動だにしない。みずづきの心は、爆発していた。

 

「お、お前!! 正気かぁ!?」

「中将殿に発砲とは狂っている!! 所詮は野蛮人が住む世界の化け物。どうなるか分かっているのだろうなっ!?」

 

また、みずづきの心に燃料が注ぎこまれる。しかし、みずづきは身じろぎ1つしない。2人の将校は自分たちの言動の効果を全く察知することなく、腰に据えていた警棒を取り出し接近戦の構えを取る。こちらが銃を構えているのに、この対処。どうやら相手は3人とも銃を持っていないようだ。そして、明らかにみずづきをなめている。

 

「き、き、きぃぃさぁまぁぁぁ!!!!!! けだもの風情がこの、この私にぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

御手洗はようやく銃撃の恐怖から抜け出し、代わりに呪詛さえこもっていそうな怒りを容赦なくみずづきに向ける。血のついた手は激情のままにわなわなと震えている。

 

「どれだけ謝ろうが、泣き叫ぼうが、決して許さん!! けだものには教育が必要なようだ。私に、人間にたてついたその罪を刻み込んでやる!!! おいっ!」

 

充血しきった目を向けられた将校2人は御手洗と同様にゲスを通過した汚い笑みを浮かべ、みずづきにそれを向ける。教育を施し、泣きわめきながら地面に額をこすりつけて謝罪するみじめな姿を想像しているようだ。そこに、銃口を向けられて抱くはずの恐怖はどこにもない。御手洗をはじめ3人はこのごに及んでも、みずづきがこれ以上自分たちに危害を加えることはないと思っているのだ。さきほどの発砲は感情がある故のイレギュラー。そして、それはみずづきの詳しい正体をまだ知らされていない第5遊撃部隊と長門以外の艦娘も不本意ながら同じだった。艦娘は人に危害を加えることは基本的にない。様々な事情が折り重なり殴るだの蹴るだの、取っ組み合うだの、言ってしまえば小学生レベルのいざこざはあるものの、殺人などの重大な傷害事例はない。彼女たちは()()なのだ。その上に御手洗は、あぐらをかいている。自分のしくじりを知らずに。この件において勝者と言える者は百石かもしれない。なぜなら彼は今朝、何の因果か御手洗が東京を出発した後に、政府や軍中央を騒がせている報告書を送ったのだから。それを見ていたら御手洗もミスを犯さなかっただろう。艦娘は人を傷つけない。これが通じるのは艦の転生体であるみずづき()()の艦娘の話。

 

「まずいっ!!」

 

汚い笑顔を引っ込め、狩人の顔となった2人の将校がみずづきに向かって走り出した瞬間、どこからか自身を案じるような声が聞こえた。おそらく、百石だろう。だが、それを確認する余裕はない。慣れた手つきで拳銃を即座に腰にある収納フォルダーにしまう。銃を使うまでもない。第一、ここで誰かに重傷を負わせてしまえばそれこそここで勝ったとしても身の破滅だ。怒りに支配されて判断力を失うようでは、お荷物だったとはいえ、一部隊の隊長を任されたりはしない。地面を蹴って一気に向かってくる取り巻きとの距離を詰める。予想外の機動に2人は動揺し、あろうことか防御姿勢を取らないまま急ブレーキをかけ半歩後ろに下がる。顔に勝利を確信した笑みがついこぼれてしまう。対峙する相手にとってその笑顔は恐怖を駆り立てるには十分な威力を持っていた。みずづきはすぐに顔を引しめ、隙をついて1人の前方に突進。がら空きのみぞおちに下から情け容赦なく拳を振り上げる。

 

「はぁぁぁっ!!」

「うう゛っ!?!? がはっ、は、は、は、ごほげほっ、ああ゛っ」

 

全意識がみぞおちに集中し、持っていた警棒が手から自然に滑りおちる。アッパーをくらった将校は2歩、3歩とゾンビのような足取りで後ろに下がり、激痛と呼吸困難に耐えかねその場にうずくまる。

 

「こ、小池!?」

「なっ!?」

『っ!?!?』

 

またも発生した予想外の事態に、見ていた者は全員息を飲む。だが、当事者には関係ない。御手洗や百石たちの驚愕はどこ吹く風。みずづきはすぐさま目標を変え、警棒を頭めがけて振り下ろそうとしているもう1人に意識を向ける。

 

「あぶないっ」

 

誰かの声。しかし、それは杞憂で終わる。まるで踊っているかのように華麗なステップで当然と言わんばかりになんなく躱す。それは将校も予測済みだったようで動揺もなく、軽快に体を回転させみずづきに肉薄する。全く構えを取らないみずづき。百石や筆端が駆け出す。しかし、間に合わない。将校はみずづきのような笑みを浮かべる。勝利が見える。だが、それは一瞬の幻想。

 

「なにっ!?」

 

みずづきは加速し一気に相手の懐に入り込む。将校はその速さに全く対応できない。視界の端でうずくまっている小池。しかし、何度も同じ手は使わない。みずづきは相手の胸倉をつかむと走っていた将校の運動エネルギーも使って、思い切り自身より屈強で一回り大きい男を地面の上に背中からたたきつける。

 

「しまっ・・・、うぐっ!!」

 

見事な背負い投げが決まった。さすがに全力でやると骨折したり最悪の場合死んでしまうので、ある程度力を抜いて適度な痛みを感じられるように工夫する。みずづきは将校を離すとさきほどの威勢が嘘のように、現実に震えている御手洗のもとへ歩みだす。

 

「くっそ・・・・、まだ、まだ、やれる。・・・・・・・・うご、かない」

 

背負い投げをくらった将校はそれでも動こうと懸命に努力するが、体がいうことを聞かず、その場で置物となる。みずづきはそれを気に留めることもなく、それでも構えを取る御手洗に29式自動拳銃の銃口を向ける。

 

「まだ、やる気」

「ひぃぃ!!」

 

銃口とみずづきの冷酷な視線の前に、御手洗は情けない声を出す。だが、それだけ今のみずづきに迫力があるのも事実だ。百石や長門たちは昨日見たみずづきとの違いに一瞬、同一人物か疑ってしまうほどだ。御手洗のこめかみにある極小の赤い点。レーザー照準器の光が常にある。それを初めて見た者でも、その点が銃口から出ている以上銃弾の着弾地点を示すものだと推測することは容易だ。向けられている当の本人から見えないのは幸いかもしれない。

 

「ありえん! ありえんありえんありえんありえん、ありえん! なぜ艦娘が人間を組み伏せることができるっ!? なぜ、艦娘が銃を持っているのだ!!」

 

御手洗は自身の常識が崩れていく恐怖に震える。艦娘は()()で戦う存在。はじめからその術は身につけているものの、武術や小火器で近接戦闘を行う能力は知識として持っていても人間並み。そして、決して行使されない・・・・・はずだったのだ。しかし、御手洗は自分が圧倒的不利に陥ろうとも、虚勢を張ることだけは忘れない。

 

「・・・・・・・・・・貴様は私がだれか理解できていないようなだな。私は御手洗実中将であるぞ!! これは、これは・・・・反逆だ!! そう反逆だ!!! 人間にたてついた艦娘の末路を思い知らせてやるっ!!」

 

撃たれた直後と比べると、負け犬の遠吠え感が凄まじい。本当にあの威勢はどこにいってしまったのだろうか。だが、あくまでも上から目線だ。みずづきはそれを聞いて少しうつむく。それをおののいたとみたのか、御手洗は不敵な笑みだ。実際は逆だ。みずづきはこれ以上こめられない力を手と瞳にこめ、顔をあげる。

 

「なめないでください。私は日本海上国防軍の軍人です。この手は血で染まっています。いまさら1人や2人の血が増えたところで、なんとも思いませんよ」

 

静寂。御手洗などは目を()()()()()()、わずかに独り言が聞こえる。みずづきは防水・防触加工が施され、日本人の骨格でも撃ちやすく命中させやすいように開発された国産拳銃である29式自動拳銃をゆっくりと持ち直す。そこに人を撃つことへの抵抗は一切ない。だてに戦闘目的での射撃訓練を嫌になるほど積んできたわけではないのだ。

だが、周りには驚くほど効いている脅しははったりである。みずづきはこの手で人を殺したことはない。人が殺され、人を殺すところは何度も見てきたが。そういう意味では手が汚れているという表現は正しいかもしれない。

 

「それに・・・・・」

 

みずづきは、御手洗の言葉を思い出す。日本が、日本人が、家族が仲間が部下が、上官が馬鹿にされた。自分たちの歩んできたすべてが否定された。

 

「それに、私はあなたを許せないっ!!」

 

この世界にきてはじめて発露する激情。正直、こんなに早い時期にこうなるとは思わなかった。

 

「これが、この行為がどれほど重罪なのか、そんなこと言われなくても分かってる! これは下手すれば死刑にすらなりかねない罪。反逆? ええ、それもある意味正しい表現かもしれない。でも、でも・・・・」

 

拳銃が小刻みに震えだす。目には日光によってきらきらと光るものが浮かんでいる。その姿に、人間も艦娘も、擁護派も排斥派も関係なくただただ圧倒される。

 

「あなたはっ、あなたは日本を・・・!! 私、1人だけならどうでもいい。私は自分をそんなに価値ある人間だとはちっとも思っていないから。でも、それはあくまで私個人の話。でも・・・あんたは馬鹿にした! 侮辱した! 否定した!! 私の故郷を、大切な人たちをっ!!!! 私は日本人で、日本を守る軍人。何も知らない人間に私たちの全てを貶されてじっとしていられるわけない! 許せるはずがないじゃん!!! みんな、みんな、必死に・・・・」

 

 

 

 

誰もが必死に生きていた。絶望が支配する世界でも、周りの人間がいつの間にか消えていく世界でも、区別という名の差別が蔓延する世界でも、みんな血眼になって探し出したわずかな希望を糧に生きていた。いつか、あの日々が還ってくることを夢見て。

 

『繰り返しお伝えします。現在、番号3ケタの配給券を持っている方に配給を実施しています。それ以外の番号を持っている場合は、番号に準じた列にて開始をお待ちください。列への割り込み等の秩序妨害行為は、食糧配給法及び戦時特措法にて最悪の場合、死刑に処せられます! くれぐれも()()を乱す行為はやめて下さい!!』

「ねえちゃん! ねえちゃん!! あ、あれ。・・・・・・死体、だよな。地元にも餓死者がいるって・・・・・」

「ん? ・・・・・・まだ腐ってない。最近の、ね。・・・・・あんま見ちゃだめ。私たちだっていつああなるか分からないんだから」

『かわいそうに。まだ、小学生ぐらいじゃないか。戦災孤児かもしれんな』

 

『帰れ! 帰れっ!! テロリスト共!! 早く目の前から失せろ!』

『たべもの、ください、なにも、たべてない』

『日本人だって飢えて、そこらじゅうで人が死んでんだ! お前ら大陸の未開人にやるものなんて道端の草でもありはしねぇよ! 警察呼ぶぞ!!』

『そうだそうだっ!! 帰れ!! ここは俺たちの国だ! この人殺し!! 侵略者っ!! 物乞いする前にてめぇらが殺した人たちの墓前に行って、土下座しろ!!』

「いいか、家から出てくるんじゃないぞ。絶対に、だ。見ずに済むのなら見ない方がいい」

「お父さん・・・・」

「お前は優しいからな。・・・・・みんな分かってるんだ、こんなことしたって何の意味もないくらい。でも、殺されたんだ、奪われたんだ。大切なものを・・・・。そうそう割り切れるものじゃないな」

 

 

『航空攻撃警報、航空攻撃警報。当該地域に航空攻撃の可能性が・・・・』

『航空攻撃警報、航空攻撃警報です! たった今、全国瞬時警報システムJ-ALERT(ジェイアラート)にて近畿地方全域に航空攻撃警報が発令されました。当該地域にお住いの方々は直ちに防空壕・避難シェルター等に避難して下さい!! 直ちに避難して下さいっ!!』

「起きてるかっ!? 早くしろ!! 母さん、貴重品は?」

「持ってる! 晴樹! 早くしなさい!!」

「分かってるよ!! また深海棲艦・・もうっ! ねえちゃんは?」

「ここよ! 寝ぼけてるの? それより早く!! もう近所の人たち、家出て防空壕に向かってるよ!!」

 

 

『はい、私は現在海防軍呉基地にて取材にあたっています。ご覧ください。呉軍港は作戦に参加する軍輸送船や徴用された民間船で一面が埋め尽くされています。これだけの船が一堂に会する光景はまさに圧巻とし表現できません。作戦開始から25時間が経過しましたが、今のところ特段の変化はありません。政府関係者の話として「作戦は順調に進んでいる」とのことですが、首相官邸・防衛省ともいまだ詳細な説明は行っていません。しかし、一説によると・・・・・あっ、たった今、陸防軍の部隊が私たちの目の前を通過していきます。カメラさん、こっちこっち! 手元の情報にはありませんが、どうやら作戦に参加する普通科連隊のようです。通りがかった人々や軍の雄姿を一目見ようを集まった人々から、地鳴りのような歓声が上がっています!! ものすごい熱気です!!』

『日本、バンザーイぃぃ! 日防軍バンザーイぃぃ!!』

『化け物ども蹴散らして、帰ってこいよぉ!』

『今こそ、日本人の底力を見せるときだ!』

『へいたいさん、がんばってー!』

『あなたたちだけが頼りです。どうか日本をお守りください!』

『日の本の栄光を再びっ!!』

『先島諸島に日の丸をっ!!』

 

果てしなく続くと思ってしまう長く、そして暗い夜。どれだけあがいても、どれだけ進んでも闇。光など一切なかった。あきらめたくなるほど不条理な黒。しかし、それでもいつかは日が昇ると信じた。だから、進んだ。闇に閉ざされていても前に、前に。明けない夜はない。それを胸に深く刻み込んで。誰もあきらめなかった。

 

 

そして、その努力は報われた。ほんの少し、水平線が赤くなる空。わずかな光でも、暗闇に慣れてしまった人々にはすごく明るく見える。徐々に明るくなっていく。太陽が世界を照らし始める。人々が進むべき道とともに。日本人は自らの力によって、日本に日をもたらした。かつての先人たちと同じように。待ち望んだ、信じ続けた光を。

 

日本は進んでいる。前に、前に。あの日々に向け一歩ずつ。

なのに、それをこいつは!!!

 

「あなたも軍人でしょ? だったら、自身が言った言葉の矛先がもし瑞穂ならと、考えて下さい」

 

そういうとみずづきは29式自動拳銃をおろし、安全装置を入れて再び収納フォルダーへしまう。銃口がなくなりほっとしているかと思いきや、御手洗は微動だにせず茫然自失といった具合に固まっている。

 

「いたぞぉぉぉぉ!!!! あそこだぁぁぁぁ!!!!!」

 

怨念がひしひしと感じられる怒りを爆発させた声が、中央区画の方から聞こえてくる。全員あまりの迫力に思わずそちらに目を向ける。見ると般若のような顔をした警備隊隊長の川合を先頭に怒気の塊がこちらに向かってくる。自部隊のメンツをつぶされたためか、はたまた今回のミスに責任を感じているのか。川合以外の熟練隊員もえげつない表情している。その端で先輩の様子に恐れおののいている若年層集団の中に西岡の顔が見える。恐怖で引きつっているが、どうやら百石の命令を実行できたようだ。カオスな集団の目的は無論、やつらだ。しかし、それに構わず御手洗は深くうつむいて小さく、本当に小さく呟いた。

 

「すまなかった・・・・」

「えっ?」

 

みずづきは御手洗を見る。彼は顔をあげない。軍靴の凄まじい音が聞こえる中、その呟きは不思議とはっきり聞こえた。

 

 

腕組みをした屈強かつ怒りをあらわにしている集団に取り囲まれる不法侵入組。警備隊は誰も言葉を発しないが無言の圧力がここまで伝わってくる。あれだけ吠えていた御手洗もおとなしいものだ。百石はその横で、御手洗たちの憐れな姿に苦笑を浮かべつつ、警備隊の取り調べを受けるみずづきを見る。思い出す数々の言動。それによって痛感してしまった。みずづきを、彼女の世界をなめていた、と。この件でみずづきの見方は大きく変えざるをいないだろう。しかし、悪い意味で、ではない。彼女の本気は確かに百石・筆端、そして艦娘たちに届いていた。




ということで、暴走したのはみずづきでした。前話のあとがきで「~される方」と言ったので、「百石かな」と思われた方もいらっしゃると思います。横須賀に来たとき、腰を触って拳銃を確認していたくだりを無事回収できました。

っとここで1つ情報が入ってきました。来月長崎で進水し、2018年の3月に就役する新型護衛艦25DDのことです。本作では25DDのことをまいかぜ型護衛艦とし、まいかぜ型護衛艦をベースにしているまいかぜ型特殊護衛艦にもかげろうなど、その系統の名前を付けています。しかし、どうやら25DDは艦名が「3文字」のようです。ですが海自の欺瞞工作かもしれないですし、真実が分かるのは1か月半後なので本作では今のままでいきたいと思います。ご了承下さい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。