水面に映る月   作:金づち水兵

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ますますやる気が出てきますが、毎回出来に不安を覚えているのはここだけの秘密・・。


15話 厄介な来訪者

「諸君、おはよう」

『おはようございます!』

 

百石のあいさつに艦娘たちがそれぞれの個性に応じてあいさつを返す。だがバラバラになったりはせず、息はぴったりで威勢もいい。それが艦娘たちの力をわずかに感じさせる。ついに始まった朝礼。さきほどまで艦娘たちそれぞれが様々なものを抱えていたとはいえ、全体的に和やかな雰囲気に覆われていた。しかし、今はどうだろうか。数分前とは打って変わり、重い緊張感がここを支配している。部隊ごとに整然と並んでいる艦娘たちの表情もいつも以上に固い。金剛とじゃれていた暁たちも例外ではない。百石は一通り艦娘たちの表情を伺い、慎重に口を開く。

 

「今日、ここに集まってもらったのは、みなもだいたい見当をつけていると思うが、昨日発生した所属不明艦水月との接触に関して、である」

 

一気に場がざわつく。隣近所で話しているわけではないが、息をのむ声や身じろぎする音がいつもにもまして静かなこの場では予想以上に大きく聞こえる。また、百石へ一直線だった視線が、当事者である吹雪たち第5遊撃部隊にも向けられる。だが、それもすぐに収まる。ようやく横須賀鎮守府で最も今回の事象に精通している人物がなんらかの説明を行うのだ。昨日から様々な憶測を語ってきた艦娘たちにとって一語一句聞き逃せないほど重要だ。

 

「まず、先に断っておくがこの場で話したことが全て、ということではない。諸君らが最も分かっていると思うが、これは非常に混乱を生んでいる。これ以上の混乱を防ぐため、そして瑞穂の国益を鑑みて公開する情報は私が取捨選択させてもらった。そこは了承して欲しい」

 

昨日から続く混乱は収束の気配など微塵もなく、広がる一方だ。夜間は軍内だけとどまっていたが、さきほどついに国防省からじきじきに問い合わせがあった。また軍令部からの情報ではようやく総理大臣をはじめとする政府首脳や与党の幹部にもみずづきの話が出回り始めたらしい。だが、やはり信じられず情報の確度を求める要求が噴出し、東京ではみずづきに関する情報が省庁間、要人間で錯綜している有様だ。東京に届けられた第一報はもちろん百石が深夜に製作した報告書である。それを基に官僚や政治家が右往左往しているわけだ。百石もこの展開を明確に予測していたが、嘘をつくわけにもいかない。その中で上が容易に飲み込めない情報は複数あるが、最も百石が神経を使っているのがみずづきの戦闘力に関する部分だ。みずづきは既に戦闘を行い敵の一個機動部隊を殲滅しているが、その驚異的な戦闘能力を知っているのはじかに確認した第5遊撃部隊の6人と百石や筆端、川合などの横須賀鎮守府幹部、そして百石の報告書が閲覧可能な高位の軍人など比較的少数にとどまっていた。敵発見から殲滅までの時間があまりにも短く、それを不審に思った百石の根回しによってあの戦闘自体が一種の機密と化していた。そのため、今回の取捨選択にはこれも該当する。みずづきが百石たち瑞穂側と共に闘うのであれば開示しなければならないが、もし否ならばみずづきの安全確保のため、法的な機密に指定される。いくら日本側より戦争による惨禍が少ないとはいえ、物理的な力を欲する者はここにもうじゃうじゃいるのだ。

 

「昨日の正午過ぎ三宅島観測所が国際救難周波数にて救難要請を受信した。発信者は自らを日本国海上国防軍所属の水月と名乗った。周囲と同じように私も初めて聞いた時は耳を疑ったが、それは確認及び救助に向かわせた吹雪指揮下の第5遊撃部隊からの報告によって真実と分かった」

 

第5遊撃部隊の名が出た瞬間、周囲の意識が吹雪たちに向くのが分かる。

 

「吹雪たちは私の命令に従い水月を横須賀鎮守府へ連行するよう命じ、提督室で彼女と直に会談した」

「っ!?」

 

吹雪たち以外に驚きが走る。府内の艦娘や将兵たちはみずづきが横須賀鎮守府へ来たことは知っていたが、その後どうなったのか、今この鎮守府にいるのかも知らされていない。但し、ある程度噂として様々なことが出回っているため、百石が口にしていない情報を持っていることもある。だが、それでも会談の件は一切漏れていなかった。この場にいる全員が百石の言葉に意識を引きずり込まれている。

 

 

だからかもしれない。艦娘たちの左側、中央区画と運動場に隣接する道路を1人の青年がものすごい速度で血相を変えて走ってくる。誰もそれに気付かないのだ。

 

 

「そこで彼女とさまざまな話をし、そこで多くことを知ることができた。まず、諸君が最も気にしているであろうみずづきの正体だ。もったいぶったって仕方ないから言うが彼女は、君たちが艦として存在していた日本の約90年後、この世界と同じ2033年の日本から来た存在だ」

『えっ!?!?』

「表現が微妙に正しくないがもっと分かりやすく言えば、君たちの子孫にあたる」

 

ついに我慢ができなくなり、艦娘たちが一斉に隣近所と話し出し、厳粛だった雰囲気が瞬く間に喧騒に覆われる。

 

これがまた狙ったかのように、必死で酸素を取りいれ筋肉の酷使によって生み出された二酸化炭素を排出する青年の呼吸音を見事にかき消してしまう。また、誰も今聞いたばかりの情報に手いっぱいで例え気付いたとしても青年の存在を意識しない。

 

だが、それはあくまで艦娘。この場に百石のほかに筆端もいる。彼は百石のすぐ後ろに控え艦娘たちの反応を見ていたが、みずづきの正体も既に知っているため周囲への気配りは平常通りだ。そのため、彼が真っ先に青年の存在に気が付いた。

 

「西岡?」

 

筆端は青年の正体に首をかしげる。彼は警備隊の青年将校、西岡修司少尉だ。ただ、その表情からなにかマズイ事態の匂いを察知する。筆端の前で急停止する西岡。早く報告したいという衝動を抑え、西岡は若干上がった息を急速に整える。そして、運動によるのもか報告しなければならない内容によるものか分からない額の汗を右腕で拭うと、筆端のみ聞こえる程度の声量で話し始める。

 

「ご多忙のところ失礼いたします。本日、御手洗中将がお見えになるご予定はございますか?」

 

名前を聞いた瞬間。筆端の表情が歪む。

 

「は? いや、そんなの聞いていないが・・・・・。どうした? なにかあったんだろ?」

「はい。そ、その・・・・・」

 

西岡はうつむき、言いよどむ。その言葉は少し震えて、動揺していることが明らかだ。心に浮かぶ不安感。筆端は言葉の続きを促す。

 

「どうしたんだ?」

「さきほど、正門詰所から、御手洗中将が車でお見えになり、入府を許可したとの連絡がありました」

「なっ・・・・・・!? ば、馬鹿野郎ぉぉぉぉ!! なに勝手に許可だしてんだぁ!! お前ら警備隊のどこにそんな権限があるんだ!! ふざけるのも大概にしろ!!!!」

 

西岡の言葉を聞いた瞬間、筆端は激高する。顔面を熟れたトマトのように上気させる筆端に西岡は胃がきりきりと痛み、全身から冷や汗が吹き出す。突然の怒号、そして普段は温和で笑顔を絶やさない筆端がその源という意外性から、ざわついていた一同は静まり返り筆端と直立不動で震えている西岡に視線を向ける。その雰囲気からなにかただごとではない深刻な事態が起きていることは容易に想像がつく。

 

「も、申し訳ありません!! 訪問理由を伺ったところ、百石司令と面会の予定があると答えられたため・・」

「そんな予定ないだろ!! しっかり確認したのか!? お前らは予定の照会もできんのかぁ!?」

「た、大変、大変申し訳ございません!!」

 

何度も頭を下げる西岡。そのたびに滝のように流れ下る汗が地面に黒いしみを創り出す。その不憫としか形容できない姿を見て、筆端の灼熱が徐々に沈静化していく。この事態はどうあがいても、横須賀鎮守府の安全を司る上で非常に重要な外界との出入り口である門の管理を担う警備隊の失態だ。だが、だからといって彼らを怒りに任せて怒鳴り散らすことはできない。彼らも筆端の大切な部下であり、日々の職務を真面目に励む立派な将兵ばかりであることは、いまさら確認するまでもない。職務を適当にこなし倫理観のかけらもないクソどもとは違う。おおかた、御手洗がお得意の罵声と権力にものを言わせ無理やり通行許可をもぎ取ったのだろう。それが往々にして分かるため、筆端も鼻息を荒くするだけでさらなる怒号を西岡にあびせるのは控える。しかし、こうなってしまった理不尽さへの怒りはやはり収まらず、周囲に隠すこともできない。西岡は筆端の鼻息を聞くだけでも怯えている。

 

「どうしたんですか、筆端副司令?」

 

筆端の怒りが少しクールダウンした機会を見計らい、百石は昨夜と打って変わり場の雰囲気を読んで険しい表情で話しかける。西岡は再びうつむいてしまう。

 

「さきほど、正門に御手洗中将がお見えになったため詰所が通行を許可してしまった、だとさ。なんでもあいつに百石と面会の予定があると言われたらしい」

「なっ!?」

 

百石は筆端と同じくすべてを悟り、西岡に真偽を確かめる視線を送る。西岡は地面からゆっくりと百石に視線を合わせる。だいぶ、やつれているように見えるのは気のせいではいないだろう。

 

「・・・・はい。事実です」

「なんてことを・・・」

 

昨夜話した、常軌を遥かに逸脱し事あるごとに百石を妨害する張本人がここ横須賀鎮守府に来ている。それに頭を抱え込み、つい怒りがこみあげてくるが西岡に当てるわけもいかない。最もこの怒りをぶつけなければならない人間は、いつものようになんの連絡もなく、まるで我が家に訪れるかのように堂々と非常識行為を行う上官様だ。

 

御手洗 実中将。

 

今、百石と筆端を悩ませ、西岡が憔悴する原因となっている人物の名前だ。瑞穂海軍軍令部作戦局の裏のトップにして、瑞穂軍全体の戦略・作戦・部隊配置・兵器開発・装備配備など人事以外のほぼ全ての軍業務を統括する瑞穂軍の最高意思決定機関、大本営統合参謀会議の委員だ。その名前は東京の国防省、大本営、海軍軍令部、陸軍参謀本部のみならず海軍ならば辺境にある基地の一兵卒ですら知っている。知名度は抜群だがもちろん悪い意味で、だ。軍規を無視した自己中心的な法外行為は当たり前。既に決定されたことでも自身が気に入らなければ文句を声高に叫び、自分以外の方針を無視して自身の主観を作戦や部隊運営に持ち込む。年下や階級が自身より低い者はもちろん、年上や階級が高い者であっても自身より劣るとみなした者には容赦なく噛みつく。このような軍人云々を通り越して人としての素養を疑われる不届き者は、通常ならば即有罪確定の軍法会議行きだ。そう通常ならば、だが。彼の傍若無人ぶりは百石が入隊したときから既に有名だった。彼は長い時間、それを続けているにも関わらずいまだにおとがめなし。何故か。答えは簡単。彼が百石のように普通の人間ではないからだ。彼が属する御手洗家は代々瑞穂の政・経・軍界に多数の人材を輩出してきた旧士族の名家なのだ。その力は国会議員を凌ぐとさえ言われる。そして、彼の父親は海軍の要職を歴任した大物軍人であり、現在の海軍上層部の誰もが一度は関わったことのある人物なのだ。要するに家の力と親の七光りが好き放題の源泉というわけだ。このような背景があるからこそ、上層部にとって御手洗実は目の上のタンコブという表現が生易しく感じるほど、対処に困る人間だ。なにか処分を下そうにも裏世界の力によってがんじがらめにされ結局はおとがめなし、というのが今まで繰り返されてきた無限ループだ。

 

そんな御手洗と百石・筆端は犬猿の仲だ。顔を合わせるたびに罵詈雑言の応酬が始まる。もっとも、暴言を吐きまくっているのは中将である御手洗だが。その両者の関係には艦娘を巡る歴然とした立場の違いがある。現在、瑞穂には艦娘との友好関係を維持・発展させ積極的な登用を図る艦娘擁護派(擁護派)と、艦娘を深海棲艦並みの脅威とみなし軍からの排除を主張する艦娘排斥派(排斥派)の2派閥が存在している。政府、国会、国防省、軍、経済界とも艦娘たちの活躍とそれを受けた国民の支持により擁護派が実権を握っており、表立っての混乱はない。しかし、そうとはいえ少数派である排斥派もそれなりの人数がいるため、内部では艦娘絡みの決定事項があるたびに紛糾しているのが実態だ。それのリーダー格の1人が御手洗なのだ。一方、百石と筆端は根っからの擁護派であり、また瑞穂海軍の制服組トップである軍令部総長、的場大将の派閥に属している。的場派は艦娘出現当初から艦娘の有用性に着目していた、海軍における擁護派の中心的存在である。

 

これほどの条件がそろえば、両者の衝突はもはや必然である。

 

「正門を通行したのはいつだ?」

 

百石は過去から未来に視点を変える。西岡もそう思ったのか、少しだけ顔に生気が戻っている。

 

「いろいろ押し問答があったようですが、7時50分すぎだったそうです」

「おいおい、もう20分近くたってるじゃないか」

 

筆端は左手首にある腕時計を見て、顔をしかめる。これだけの時間があれば駐車場に車を止めてから1号舎がある横須賀鎮守府の中心区画へ足を進めることは十分に可能だ。

 

「今も刻々と時間が流れている・・・・。まずは、警備隊に拘束命令を出さなければ」

「そうだな。西岡を見るにやつの動向は把握してるが、命令がないから傍観。警備隊の現状はそんな感じだろ」

 

問うような視線に、西岡は肯定とばかりに目を泳がせる。推測だったが図星のようだ。

 

「だが、拘束したとして、問題はやつの狙いだ」

「おっしゃるとおりです、昨日の件がありますから・・・」

 

2人の脳裏に昨夜の電話が浮かび上がる。最後の捨て台詞。それが耳によく残っていた。ある懸念を抱つつ、西岡に御手洗の拘束命令を出そうとしたその時。

 

 

 

 

「なんだその反抗的な目はぁ!?!? 人間に対する礼儀も知らんのか!?!?」

 

 

 

 

突然、周囲に響き渡る怒号。もちろん、百石や筆端ではない。2人には全くない他人を見下す不快な響き。そう感じるのは小鳥たちも同じなのか、声を避けるように一斉に木から飛び立っていく。この場にいる全員が例外なく怒号の発信源に目を向ける。その瞬間、艦娘たちは驚愕に目を丸くし、百石たちは自身の懸念が見事に的中し思わず舌打ちする。そこには御手洗と大本営付きの軍令部将校2人に囲まれ、連行されていくみずづきの姿があった。

 




いつもに比べ、少しだけ短かった15話です。その理由は14話のあとがきでお話ししたように、もともと14話+15話で1話分と考えていたためです。さすがに1万を超えると、読みづらさが・・・。といいつつもこれまでで1万字越えてた話もありますがね(汗)

ついに、あの人物の正体が出てきました! 典型的な唯我独尊、他人無視、主観第一の軍人さんです。現実にこんなやついる(いた)んですかね・・・・いますね(いたでしょうね)、絶対。

次話では、彼が暴れます。が、彼以上に暴れる方がいます。それは一体・・・・・。

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