水面に映る月   作:金づち水兵

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本作の調整平均の色が変わってました!!
投票していただいた方々、お気に入り登録をして下さった方々を含め
本作を読んで下さっている方々には、感謝の言葉しかありません。

ありがとうございます。

調整平均はシステム上、色が変わることもあるようなので、これからも精進してまいります。


13話 前兆

横須賀鎮守府 1号舎 第6宿直室

 

久しぶりに畳の質感を味わいながら、いまだ大の字になって伸びているみずづき。睡魔にいざなわれ、必死に格闘しているとドアのノックが聞こえてくる。

 

「みずづき? 長門だ。夕食を持ってきた。入るぞ」

「はっ!? あ。はーい、どうぞ~」

 

ついに来た。その言葉に睡魔は一瞬で退散し、けだるかった体は一気に軽くなる。頭の中には「ご飯♪」の文字が踊るに踊る。勢いよく起き上がると玄関と一体化している調理スペースへ向かう。ほのかに香る、忘れかけていた食欲をそそる香り。だが、それに心を奪われながら、人の気配が多いことに気が付く。恐る恐る和室と調理スペースを隔てている障子から覗くと、長門と共に初見の少女たちがいた。雰囲気からして彼女たちも艦娘だろう。艦娘でなければ、それはそれで驚くが。腰まである髪の毛を大きな花の髪飾りでサイドテールにし、急須や茶葉などのお茶セットを持ってみずづきを食い入るように見つめる中学生ぐらいの女の子。その隣には香りの発生源をお盆に乗せて持つ、金剛とよく似た服装をした少女が立っている。彼女も横の女の子ほど堂々ではないが、それでもみずづきが気になるらしく控えめに様子をうかがっている。みずづきは視線で長門に、「これって、大丈夫なんですか?」と問う。当然、長門にも緘口令が敷かれているのだ。それを目の前で聞いていた身としては、命令違反の可能性、そしてそれによる罰の危険性を考えざるをいない。だが、そんなみずづきとは対照的に長門は涼しい顔だ。危機感など微塵もない。

 

「心配はいらない。ごく少人数なら私の独断で面会は許される。提督から承認済みだ」

 

涼し気を通り越して微妙にドヤ顔となる長門。緘口令を敷いているにも関わらず、面会を許すなど矛盾しているように見えるがこれには大きな理由がある。みずづきの出現という前代未聞の事象によって、横須賀鎮守府内では動揺が広がり、それは時間を追うごとに膨らんでいる。一般将兵なら百石の一喝でなんとかなるが、特に色濃く動揺や不安が広がっている艦娘たちは別だ。日本から来た者として、みずづきの救難要請文を知ればいろいろな詮索をしてしまうのは至極当然の話だ。もし、みずづきが大日本帝国海軍と名乗っていればここまで増幅することはなかっただろうが、彼女たちにとって初耳の「日本国海上国防軍」などと名乗ってしまったから、様々な憶測が流れていた。人間が未知のものに恐怖を覚えるように、彼女たちも未知のものには恐怖を抱く。ましてや彼女たちはそれぞれにトラウマを抱えている。未知なるものへの恐怖がトラウマの発現を誘発する可能性すら出てきたのだ。「一緒に戦ってくれ」と言っておきながら、この状況ではみずづきの受け入れは非常に困難だ。百石もこれほどの事態になるとはさすがに予想外で、会談終了時にその場にいた長門や吹雪たちに緘口令を敷いたが、方針を転換。ガス抜きを目的とした少人数との接触を許可したのだ。それを受けて長門は人選を考えつつ、食堂へみずづきの夕食を行ったところ、ちょうど頭に浮かんでいた艦娘がいたのだ。

 

「(それならそうとあらかじめ言ってほしかった・・・)ま、まずは自己紹介から、ですよね。はじめまして。いろいろとお騒がせしているみずづきです」

 

長門以外の3人は固まっていたが、いち早くみずづきが立ち直り自分の扱いが分かっているので苦笑しつつ頭をぺこりと下げる。それに2人は目を見開くが礼儀には礼儀を持って返す。

 

「はじめまして水月さん。私は金剛型戦艦3番艦の榛名です。お姉さまがお世話になりました」

 

お盆を持った少女が、可憐でおしとやかな自己紹介を行う。

 

「お姉さま? あ、あ~、金剛さんですか・・。どおりで同じ風貌されてるわけですね」

「はい! なんたって、金剛お姉さまの妹ですから」

 

微妙にずれていたがみずづきの印象は間違っていなかったようだ。ここでみずづきはなんとなくではあるが姉妹艦の位置づけを理解する。容姿は異なっても服装や雰囲気は共通らしい。となると、あからさまに警戒している隣の女の子は誰だろうか。セーラー服から見て吹雪にどことなく似ているが、妹には見えない。

 

「・・どうも。特型駆逐艦綾波型8番艦の曙よ」

 

みずづきの視線を感じ取ってか顔を明後日の方向に向けながらいう曙。榛名とは対照的だ。なぜ、この2人だったのか。それは艦娘への影響力を考えての結果だった。榛名は金剛・長門共に横須賀鎮守府に在籍する数少ない戦艦の1人だ。金剛と長門はみずづきのことをばっちり知っている。これで榛名もほんの少しこちら側へ引き込めば戦艦勢は事態を沈静化させる側へ回る。空母勢も在籍艦4人のうち、加賀と瑞鶴がこちら側。あとの2人も事態を悪化させるようなことはしない。問題は駆逐艦だった。一番在籍艦数が多いにも関わらず、事情を知っているのは吹雪のみ。ここで曙の出番だ。彼女は口が悪いことで有名だが、決して何の根拠もないデマカセを言っているわけではない。彼女なりの確信に基づいていることは艦娘どころか一般将兵も知っている。だから、彼女の悪態は完全に無視されず心に残る。その彼女が不安に基づいたみずづきに対する憶測を語らなくなれば、みずづきは不安を惹起するような存在ではない、ということを自然に広めることが出来るのだ。それに彼女はこう見えて、駆逐艦を中心にほとんどの艦娘と仲がいい。あくまで客観的な視点で見れば、だが。

 

「私1人ではどうも無理でな。彼女たちに助けを求めたわけだ。曙の持っているものがお茶道具一式だ。流し台の上にやかんがあるから、それを使って湯を沸かしてくれ」

 

みずづきは曙から道具を受け取るが、顔をそむけたままだ。

(あはは・・・まぁ、いきなりわけわかんないやつが来たら、そうだよね・・・)

理由は分かるのだが少し悲しい。道具を調理スペースの中央にあるテーブルに置くと、長門に言われたやかんを確認する。

 

「ここですか?」

「そこにあるはずだが・・」

「ああ! ありましたっ」

 

みずづきが近寄ってきたときはできなかったが、その様子を曙は見る。やかんの存在に笑顔を浮かべ、日本人では当たり前の黒髪をたなびかせる少女。どこからどう見ても普通だ。自分たちと何も変わらない。

 

「それで、分かっているとは思うが榛名の持っているお盆がお待ちかねの夕飯だ」

 

その言葉に見ている者がつい笑ってしまうほど、みずづきが笑顔になる。正直空腹で倒れそうなのだ。

 

「はいどうぞ。出来立てですからやけどに気を付けてくださいね」

「もちろんです!!」

 

みずづきの目は輝いている。それをみた3人は今のみずづきととある赤い艦娘を重ね合わせる。あの艦娘いつもそんな空腹に襲われているのだろうか。毎日3食+間食を食べているというのに・・・。3人がそんなことを思っているとは露知らず、みずづきはテーブルにお盆を置くと中央で絶大な存在感を放っている器の蓋を取る。そこには生戦勃発以降、匂いをかぐこともなく、今や一部の超上流階級にしか口に入れられないかつての庶民食があった。

 

「か、かつ丼じゃないですか~」

 

感動のあまり、ついうなるような声になってしまう。しかし、仕方ない。もしかしたらもう一生食べられないかもしれないと思っていたものが今、目の前にあるのだがら。だが、未来の発展した日本から来たと思っている長門、かつ丼など戦時中はともかくこの世界ではそれほど珍しくないと認識している榛名と曙はみずづきの姿に違和感を抱く。去来する過去の記憶。みずづきと同じような感動を抱く人々を3人は嫌ほど知っている。だから、すぐさま気のせいだと否定する。否定しても心の中には何とも言えないモヤモヤが残る。

 

「・・喜んでもらえて何よりだ。では、私たちはこれにて失礼する。体にさわらないようしっかり休んでくれ」

「お気遣いありがとうございます!」

 

長門は優しい笑みを浮かべながら、真っ先に宿直室の玄関から廊下へ足を進める。

 

「長居してすみません。よい夢を」

「ふんっ!!」

 

続いて榛名と曙が退室する。曙はやはり曙だ。みずづきはそれを見送ると、ドアが閉まらないうちにかつ丼へ目をやる。3人がいて我慢していた感動の涙が一筋流れ落ちる。それは室内の光を反射させ、きらきらと宝石のように輝きながらかつ丼へ落下する。

 

 

 

なんとなく気になって振り返った榛名と曙は、閉まりかけたドアの隙間からそれをしっかりと捉えていた。

 

 

 

 

 

「ふぅ~、美味しかったぁ~」

 

久しぶりに食べ物が入ったおなかを叩きながら、みずづきは押し入れから引っ張り出してきた布団の上に寝っ転がっていた。かつ丼のほかにみそ汁や漬物もついていたから、大満足だ。漬物はまだ食べていた方だが、みそ汁も本当に久しぶりだった。みそやしょうゆなど日本人の食卓に欠かせない調味料の原料である大豆は国内ではほとんど生産されておらず、大半を輸入に頼っていた。深海棲艦がおらず海を自由に航行できた頃は安い大豆を手に入れることが出来て恩の字だったが、シーレーン断絶後はそのツケが来た。大豆は国産の少量しか収穫されず、結果庶民に配給される品目から大豆が関わるものはすべて消えた。軍内では見ないこともなかったがそれでも年に1度出ればいい方だった。

 

「みんなにも食べさせてあげたかったな~」

 

日本の食事は決して満足のいくものではなかったがいやな思い出はない。第53防衛隊の面々との様々な会話を交わしながらの食事は楽しかった。かつ丼とみそ汁を出せばさぞかし喜んだだろう。

 

「ふっ」

 

実現不可能なことを思い浮かべている自分に嘲笑する。第53防衛隊はもう・・・。

そんな思考を脱ぎ払うかのようにみずづきは月光が差し込む窓の方へ体を向ける。窓からは日本となんら変わらない、丸く黄金色に輝く月が夜空に浮かび闇夜を照らしていた。

 

「月、か・・・・。きれい・・・・どこの世界でもかわらないんだね」

 

みずづきは月の美しさに包まれながら、深い眠りへと落ちていった。

 

 

~~~~~~~

 

 

横須賀鎮守府 1号舎 提督室

 

静まり返り人気がほとんどなくなった1号舎。1階と地下にある参謀部各課室と3階の提督室を除き、そのほかは闇が支配する空間と化している。鎮守府全体も既に消灯時間を過ぎているため多くの区画が人間と同様に眠りについている。しかし、もうまもなく日付が変わる時刻にも関わらず、ここでは2人の男たちが今日起きた出来事について疲れを垣間見せながらも話し合っていた。

 

「なるほどな。状況は分かった。しっかし、またぶっ飛んだ子が来たもんだ」

「心底同意します」

 

百石は執務机に座りながら、昼間にみずづきたちと座っていたソファーに腰かけている男性の言葉にうなずく。

 

「まさか、俺が造船部へ顔を出してる間にそんなことがあったとは」

 

ケラケラと笑いながら、百石と同年代の男性は天井を仰ぎ見る。

 

「笑いごとではないですよ先輩。事実、彼女に関連する報告やら書類やらを処理してたらこんな時間ですし」

 

百石の壮大なため息を聞いた先輩、横須賀鎮守府副司令官の筆端佑助(ふではし ゆうすけ)は再び深夜にしては豪快な笑い声をあげる。彼の役割は戦略的に重要な艦娘の指揮・管理に忙殺される最高司令官に代わり、在籍する通常部隊の指揮・監督を行うことだ、そのため通常部隊の実質的なトップは最高司令官ではなく、副司令官となっている。

 

筆端としても百石の気苦労は十分に理解している。自分もそれを負う立場だ。だが、ここで同情すればそれこそ白けた空気になってしまう。ここは笑い飛ばした方が緩い空気を維持できる。

 

「最高司令官様にしちゃ、らしくないじゃないか」

「先輩も東京、関東や中部・近畿の各部隊、警察・海保・漁協・民間運輸会社などからの問い合わせに対応してみて下さいよ。報告書も作成しないといけません。それに艦娘たちの反応も気がかりですし」

 

なんとか1日が終わったが、明日も続く激務を思うとうんざりだ。予想はしていだが、実際に体験するのとは別物だ。

 

「それは願い下げだな」

 

筆端は無表情で書類を書いたり、愛想笑いを張り付けた声で対応する百石の姿を想像し即拒否する。

 

「はぁ~。それで造船部の方はどうだったんですか」

 

筆端が代行しているとはいえ、横須賀鎮守府の最高司令官は百石だ。通常戦力の状況を把握しなければならないとは当然である。また艦娘主体の作戦を成功させるためには通常戦力も重要なのだ。

 

「現在の状況じゃ厳しいな。損傷をなおすのが手一杯で、大規模な改装は無理そうだ。上には資材の増強を申請してるんだろ?」

「はい。しかし、全国的に軍民問わず資材不足が深刻化しています。栄中やルーシからの輸入拡大で対応するようですが、時間がかかります。国内に残っている資材を回してもらおうにも、緊急性がないとして判子を押してもらえないんですよ」

 

2人は同時にため息を吐く。横須賀鎮守府在籍の部隊には複数の損傷艦がおり、制海権の維持・次回作戦準備のため、早急な修理を鎮守府上層部は目指していた。これは横須賀のみならず東京の意向でもあり、修理の次は老朽化した艦の近代化改修も模索されていた。だが、多温諸島奪還作戦後の供給バランス崩壊を機に東京はなんの躊躇もなく手のひらを返した。おかげで修理・改修後の訓練計画やら民間企業との取引交渉やらはすべてご破算だ。それだけならまだいいが、本来ならあってはならない軍部隊への資材供給の混乱までもが発生していた。これでは戦闘で新たに損傷し、速やかな修理を行わなければならない状況でも下手をすれば修理できない。作戦発動前に、偉そうに胸を堂々と張って自分たちの計画を自慢げに話していた頭でっかちの官僚どもを思い浮かべる。一発ぶっ飛ばして、いい加減平和ボケから目を覚まさせてやりたいと思っているのは彼らだけではないだろう。

 

「だが、こちらの心配をしている場合ではないだろ? 東京に話がいってるならあいつの耳にも入ってるはずだ」

「や、やめて下さいよ。噂をすれば・・・・・・・・・・って言いますし」

 

 

 

 

ジリリリリリリリィリリリリリリリリリィリリリリリリィ!!!!!!

 

 

 

 

まるで狙ったかのように執務机の黒電話が深夜の空気も読まず、盛大に呼び鈴を鳴らす。百石は頭を抱え、「言わんこっちゃない」と恨めしそうな視線を筆端に向ける。筆端もまさか本当に鳴るとは思わず、すまなさそうに顔の前で手を合わせる。時刻は少し前に日付が変わったところ。こんな時間に緊急の用もなく電話をかけてくる人間は2人が知る限り1人しかいない。百石は相手にも分かるほどの気だるさで受話器をあげる

 

「はい、も」

「一体どれだけこの私を待たせるつもりだぁ!!! それでも栄えある瑞穂軍人か、貴様ぁ!!!」

 

もしもしも言わず、電話に出るなりいきなりの罵声。大声すぎてまともに聞くと鼓膜が破れそうなので、一時的に受話器から耳を離す。人間の耳だけでなく電話にも悪いのでいい加減やめてほしいものだ。

 

「申し訳ありません。席をはずしておりまして」

 

悪びれもなく自然に嘘をつく。そこに「こんな時間にかけてくんじゃねぇ」と皮肉を込めるが、自身にとって都合のいいことしか聞こえない耳には全く通じない。

 

「真夜中だからか? ふんっ! 馬鹿らしい。まだ学生気分が抜けていないようならとっとと席を退いたらどうだ? だいだい、貴様は中佐だろ。中佐ごときがこの私にいい訳など不敬とは思わんのか?」

「今は、提督です。昔の話をいちいち引っ張り出さないでいただけますか?」

「私の問いに答えろぉぉぉ!! 全くなっていない。何の権威もない即席の階級を振り回すなど、まさしくガキではないか」

 

百石はあまりのストレスに頭をかきむしる。頭皮に悪いのは知っているが、1日の終わりにこの声を聞かなければならない理不尽さへの怒りは限界だ。

 

「それで、今日は一体どうようなご用件でしょうか?」

 

このままだと永遠に自身への悪口を聞かされ話が一向に進まないことを知っているため、1秒でも電話を早く切るべく百石から切り出す。だが、だいだい察しはついている。

 

「ふんっ!! 図星のようだな。なんでお前なんかが・・・まぁ、いい。さっさと水月とかいう艦娘をよこせ」

「は?」

 

みずづきについての部分は予想通りだが、あまりの突飛な言葉に我が耳を疑う。普通なら「は?」などといえば不敬だの無礼だのとわめき散らし罵声のオンパレードになる。だが、百石の反応が気に入ったらしく、上機嫌で勝ち誇ったような口調へ変化する。

 

「何度も言わせるな。水月とやらよこせと言ってるんだ」

「おっしゃってる意味がよく分かりませんが・・・・・」

「貴様はそんなことも分からんのか? 報告によれば水月はこれまでの人モドキとは違うそうじゃないか。貴重品を貴様のところにおいておくのはもったない。兵器は適切な指揮官の下で最大の力を発揮するのだ」

 

(こいつ・・・・・・・・)

艦娘をもの扱いする下品な言葉に激しい嫌悪感を抱く。相手は艦娘が瑞穂の安全を確保している事実から目を背け、完全なものと見做しているのだ。

 

「分かったか? ならさっさとわ・・・・」

「お断りいたします」

 

なんの躊躇もなく相手の言葉を一刀両断する。検討する価値もない。

 

「・・・・き、貴様ぁぁ!!!!!」

 

あまりの即答に一瞬沈黙が訪れる。しかし、相手の脳みそが事実を認識するとあまりにも小さい堪忍袋の緒が切れたようだ。だが、百石は予想通りなので全く動じない。逆にここでおとなしく引き下がった方が動揺をもたらすだろう。

 

「保護した艦娘に対する管轄権など一切の権限は、実際に保護した鎮守府に委ねられています。そして、今回の件においてその権限を有するのは横須賀鎮守府の最高司令官である私です」

「鎮守府の司令官ごときがでかい口を叩くなぁ!!! お前の首などいつでも飛ばせる大本営の意向に逆らう気か!?」

 

確かにこれが大本営の意向ならば、百石ではどうしようもない。いくら鎮守府最高司令官が強大な権限を持っているといっても、軍令部・大本営・国防省の指揮・監督下にある。いうことを聞かなければ、でっち上げの罪を擦り付けて刑務所送りにすることも可能だ。また、そのような非合法的手段を使わずとも、上層部が人事権を握っている以上、いつでも首を飛ばすことができる。

 

「勘違いしておられませんか? 仰っているのは()()()のご意向であって、()()()の意向ではない。従わせたければ、正式な命令書で大本営長官と軍令部総長の判子をもらってきて下さい」

「チッ」

「これは明らかな軍規違反です。大本営統合参謀会議委員ともあろうお方がこのような有様では、部下に示しがつきません」

「言わせておけば・・・・・・。上官に対する数々の暴言。憲兵隊に通報すれば豚箱確定だな。ふふふっ。だが、安心しろ、私は慈悲深い。豚箱の前にたっぷり後悔させてやる。覚えておけよ」

 

自分が不利になったと悟った瞬間、それを感じさせないように虚勢を張り、一方的に相手は電話を切る。いつもながら無様な引き方だ。プープーと電子音が鳴る受話器を置き、椅子の背もたれに深々と体を預ける。ほんの数分間のにも関わらず疲労感が尋常ではない。

 

「ほんっと、あのおっさんは変わらないな」

 

一連の会話を聞いていた筆端は百石に同情の視線を送る。彼もあいつと何度も交戦したことがあるため、戦闘中のイライラと完勝後の疲労感は体験済みなのだ。

 

「全くです。第1報を聞いただけでこれですから、さきほどの話を報告したらどうなることやら」

 

また、厄介ごとが増えてしまった。2人の肩が重くなる。

 

「だが、このままあいつがおとなしく東京にとどまっていると思うか?」

 

最後の恨めしそうな声。それが筆端の耳には強く残っていた。あいつは百石や筆端が軍の入隊したときから権力を盾にやりたい放題暴走する危険人物として有名だったのだ。今でもその悪名は健在で今後何かしらの行動に出てくることは容易に想像できる。

 

「確実になんらかの行動は起こすでしょうね。しかし、今すぐということはないと思います。この件は既に全ての方面に伝わっています。国防省や総理官邸の目が光る中、やつといえども傍若無人な振る舞いは取れませんよ」

「・・・それもそうだな」

 

百石と筆端は胸の内に芽生えた一抹の不安を摘む。しかし、彼らは重要なことを忘れていた。みずづきは今までの艦娘とは一線を画す存在。それを目の当たりにしたやつが今までの常識通りに動くわけがなかったのだ。




いつもの投稿ペースとの違い、そして冒頭のセリフ・・・・。
決してフラグではありませんよ!

ただ、これから一週間ほどパソコンやスマホを満足に触れなくなり、投稿が出来ないため、来週投稿する予定だったものを本日投下しました。2日連続は一か月ぶりですね。

さて、やってきました13話です。
百石がふらふらしているように見受けられるかもしれませんが、今回長門に少数の面会を許可したのも、彼女や彼女が選んだ艦娘を信頼しているからです。

そして、後半には新たな人物が出てきました。しかも、かなりヤバそう・・・。こんなのが近くにいたらストレスで倒れそうです。彼は一体今後、どう動くのか?

お待たせいたしますが、少々お待ちいただけたら幸いです。

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