天頂から少し高度を下げつつある太陽と真っ青な快晴のもと、ついにみずづきと第5遊撃部隊はじかに邂逅した。だが、社交辞令で用いる大人の笑顔を浮かべているみずづきと吹雪・金剛以外が仏頂面のため、お世辞にも雰囲気は良好といえない。いつも通りの笑顔でいる金剛がなんとか場の重苦しさを中和していた。少しの時間、お互いがお互いをまじまじと観察し合う異様な空間が出現する。みずづきはそれを自覚しつつも、6人いる少女たちの容姿・艤装を目に入れる。艦外カメラで見たときは幻覚ではないかとも疑ったが、ミサイル主体の現代兵装とはかけ離れた、大艦巨砲主義を具現化したような艤装を確かに身に付けている。一方の吹雪たちは自分たちがまじまじとみずづきを見つめている自覚なしに、彼女の隅々まで観察していた。どこに機動部隊を無傷で葬れる武装が、力があるのか。気になって仕方がない。しかし、やはり見えるのは天山の報告通り右手に持っている中口径の単装砲が1門と艤装にまるで飾りのようにつつましくのっている対空機銃が2挺のみ。第5遊撃部隊の中で最も軽武装な吹雪よりも頼りないことこの上ない。瑞鶴は眉間にしわを寄せ、視線をフル走行させているが、どれだけ探しても見えるものは変わらない。吹雪も瑞鶴や冷静を装いつつちら見を連続射撃している加賀ほとではないが、純粋な好奇心からついみずづきを観察してしまう。吹雪がふと艤装から目を離したとき、苦笑を浮かべるみずづきとばっちり目が合う。
「はは・・・ははは・・・」
「あ・・・・・」
そこで吹雪は自分が思わずとはいえ、何もしているのか気づき慌てて姿勢を正す。
「こ、これは失礼しました! ほら皆さんも、失礼ですよ。ちゃんとして下さ・・・大井さん怖いですよ」
北上を含めて指摘したからなのか、観察を邪魔されたことに対する怒りか、大井が吹雪を睨みつける。同じ部隊になってからしょっちゅうあることなので、苦笑しながら抑える。
「お見苦しいところすみません。私が貴艦の救助を命じられた第5遊撃部隊旗艦の駆逐艦吹雪です」
「ということは、さっきの通信・・・」
「はい。あれを行っていたのは私です」
「ああ、どおりで。しかし・・・・」
「ん?」
今度はみずづきがまじまじと吹雪を見つめる。典型的なセーラー服を着て、黒髪のセミショート。どこからどう見ても、可愛い女子中学生にしか見えない。通信機越しで話していたときは少し大人びた声で聞こえていたので自分と同年代かと思ったが、実際は年下だった。
このような少女が旗艦と名乗る光景には、違和感しかない。日本では昨今の情勢を受け徴兵制と中・高校での軍事教練が採用されているが、さすがに中学生、しかも女子を戦場に出すほど血迷ってはいない。
「あ、あの・・・・」
「ああ!! すいません、随分お若い方だと思いまして・・・・」
「まあ、駆逐艦だからね~」
吹雪以外が会話を黙って聞いている中、吹雪の後方で空へ目を向けていた北上が何気なく二人の会話へ入ってくる。
「駆逐艦?」
みずづきは他国や旧軍では当たり前だが海防軍では使わない言葉に聞き、思わず聞き返す。だが、北上は違う意味にとったようだ。
「排水量も小さくて、小型・軽武装の駆逐艦はだいたい吹雪ぐらいの女の子なんだ」
「は、はぁ・・・」
北上はさも当たり前のように言っているが、みずづきにはいまいち飲み込めない。艤装にもそれほど厳格でないものの適正はある。それはDNAや性格で判断され、年齢も含まれる。だが、若い者は排水量の小さい艦、少し年齢を重ねたものは排水量の大きい艦のように法則性のあるものではない。みずづきの同期にも、特殊イージス護衛艦や特殊航空護衛艦がいる。
「みんないい子たちなんだけど、精神年齢も少し幼いからそこがたまにきず・・、別に吹雪のことを言ってるわけじゃないよ、全体的に、ね。全体的に」
北上が弁解し始めたので、何故かと思えば吹雪のほほが若干膨らんでいる。そこには戦闘中には決してない年相応の姿があった。それを見て、誰が重苦しい雰囲気の継続を望むのだろうか。瑞鶴や加賀も険しい表情を少し緩める。
「まぁそれはそれとして。初対面なんだから自己紹介だね。私は重雷装巡洋艦の北上、よろしくね」
「は、はい。いまさらかもしれませんが、日本海上国防軍第53防衛隊のみずづきです。こちらこそ、よろしくお願いします」
「じゃあ、次は大井っちだね」
「えっ!?」
流れ弾を全く予想していないかった大井は、いくら北上に話を振られたとはいえ即答できない。大井としても自己紹介しなければならないのは重々承知しているが、何分心の準備が全く整っていないのだ。だが、北上の純粋な瞳がマッハで大井の心を改造する。もはや整理と呼べる速度ではない。
「は、はじめまして。北上さんと同じ重雷装巡洋艦の大井です。・・・で、できるからって北上さんと上から目線で接したらただじゃおかないわよ!!」
何故か、ボルテージが上がってしまった大井。
「大井っち、それはさずがに・・。ごめんね、これでもいい子だから、ドン引きしないであげてね」
「は、はい・・・」
「大井はhotすぎネー、もっとcool! coolにいきまショー! 私は金剛型戦艦一番艦の金剛デース!! よろしくお願いしマース!!」
「どこが、coolなのよ」
「こ、こちらこそ。はは・・・」
ここぞとばかりのキメ顔で自己紹介する金剛に、大井は小さな、非常に小さな声で噛みつく。だた、小さいと思っているのは本人だけで周りにはバッチリ聞こえている。金剛はそれを耳にしても「ハハハッ」と豪快に笑うだけなので、大井は自分の失態に気づかない。未知の存在を前にしても第5遊撃部隊本来の雰囲気はそう簡単に四散したりしない。今では、みずづきも取り込まれつつある。それを眺めていた空母の2人はどちらが先に自己紹介するか目の会話で、互いに押し付け合っていた。それを察知した吹雪はじっと純粋な眼で2人を見つめる。
「・・・・・・・・・」
大人げないことは自覚しているが、これは既に自己紹介を通りこして加賀と瑞鶴が常日頃繰り広げている喧嘩という名のじゃれ合いの延長線上にあった。このままでは自身も瑞鶴と同じお子様と思われる事態を危惧した加賀が折れ、態度を改める。
「・・・はじめまして。航空母艦の加賀よ。よろしく」
加賀が先に行ったため躊躇する必要がなくなった瑞鶴は素直に追随する。
「航空母艦の瑞鶴よ。よろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
大井と金剛の前例があるためどんな人たちか構えていたが、ごく普通でみずづきは胸を撫で下ろす。
(それにしても、金剛に加賀に瑞鶴・・・・・。偶然にしては出来すぎのような)
みずづきは軍人であり歴史も若者にしては好きなタイプだったため、戦史マニアほどではないが、ある程度第二次世界大戦の知識は有している。金剛、加賀、瑞鶴といえば非常に有名な艦艇であり、自衛隊時代そして海防軍でも同名の艦艇・艦娘が存在している。それと同名の艦娘がここにもいた。・・・・謎だ。
それを考えていると、航空母艦という単語から吹雪たちの通信を受信する前に出会った零戦とおぼしき航空機のことを思い出す。
「あの・・・・」
「ん? なにかしら」
「いえ、私、吹雪さんから無線で呼びかけられる直前、零戦とおぼしき航空機の接触を受けたんですけど、あれって加賀さんや瑞鶴さんの機体ですか?」
みずづきは加賀に尋ねるがお世辞にも話しやすい人とは言えない雰囲気をたたえているので、少し緊張してしまう。
「零戦? ・・・ああ、あれは天山っていう艦上爆撃機よ。あなたの思っている通り、接触したのはこの艦隊の、私の機体よ」
「あんた、艦娘なのに天山と零戦の区別もつかないの?」
瑞鶴が少しご立腹な様子で話しに加わる。彼女は正規空母。自分たちの機体を間違えられたのが気に入らいないようだ。みずづきもその気持ちがよく分かるため、反論はしない。自身もイージス艦と間違えられたらそれなりに気にするし、外国人にF-35と日本の総力を挙げて開発されたF-3 ステルス戦闘機を間違えられたら頭にくる。
「すいません。私、そういう知識は疎くて・・・・」
「気にしなくてもいいわ。よく間違えられたり、区別がつかないって言われるの。あの五航戦が固執しすぎなだけよ」
「あんたはよく平気でいられるわね。栄えある正規空母でしょ?」
「お互いさまって言葉を知らないようね。聞くけどあなたは帝国陸軍や瑞穂陸軍の戦車、区別つけられるの?」
「え・・・・。そ、それは・・・・」
急に威勢の良かった瑞鶴の目が泳ぎだす。
「そういうことよ。だから、五航戦はいつまでたっても五航戦なのよ」
「な、なんですって!! ちょっと、かっこいいこと言ったから調子に乗って・・・」
みずづきをほっぽりだし、いつものじゃれ合いが始まった。2人の様子から学習したみずづきは下手に関与しない。
「すいません。いろいろとご迷惑をおかけして・・」
他のメンバーが自己紹介している間に鎮守府への報告を終わらせた吹雪が、みずづきにフォローを入れる。
「いえいえ、艦隊の仲がいいってことは素晴らしいことですよ」
「そう言ってもらえると、旗艦として嬉しいです」
大井にちょっかいをかける金剛と北上。静かに受け止める加賀と勢いよく突っかかる瑞鶴。みずづきとの邂逅前に抱いた不安は取り越し苦労だった。
「これから、水月さんには私たちと一緒に横須賀へ向かっていただきます。どれぐらいの速力なら大丈夫ですか?」
「30ノットなら余裕です」
吹雪たちの所属する瑞穂海軍なる組織の基地へ連行されるのは予想していたことなので、特に驚きはしない。喧騒を収めた吹雪の命令を受け、陣形を整えた第5遊撃部隊はみずづきという新たなメンバーを加え、一路母港の横須賀を目指す。
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横須賀鎮守府 1号舎 提督室
日が傾きかけ、人々が仕事や学業から帰宅や休息に目を向け始めているが、ここにはそのような外界の甘い雰囲気はない。
「・・・・もう一度聞くぞ。この情報は本当に、本当なんだな?」
百石は耳の変調と情報の伝達ミスを疑っているが、それを目の前に立っている長門は認めない。
「はい・・・。心中お察ししますが、吹雪からの報告は先の通りです」
「そうか。にわかには信じられないが、吹雪が嘘を言うとは思えない。だが・・・・」
手に持っている冊子に再び視線を落としページをめくる。報告書をつくった情報課と通信課も信じられなかったのか、字がところどころ汚く読みづらい。だが、それよりも内容が問題だ。すぐに報告書から目を離し、こめかみを押さえる。そこには、「光る矢が敵航空隊を一方的に殲滅」、しまいには「敵機動部隊全滅、損害なし」とさえ書かれていた。
「しかし、提督。吹雪を疑う気はありませんが、真実だと仮定した場合、水月という艦娘は・・・・」
「ああ・・・。前例のない艦娘ということになる。なにせ、1隻で機動部隊を葬ったんだ。
・・・・・・・備えあれば患いなし、か」
そんな艦娘が横須賀に向かっているのだ。なにが起こるかわからない。百石は執務机も上に置いてあるダイヤル式電話で、ある部署に電話をかける。すぐに意中の相手が出た。
「もしもし、百石です。例の件はもう・・・・・・そうですか。まもなく、その艦娘がこちらへ・・・・・はい。・・・・・え? 準備の方は・・・・さすがですね、仕事が早い。では、はい、お願いします。配置や編制、武装についてはそちらに一任します。万が一の時は、府内での発砲も許可します。では」
通話を終え百石が受話器を下した直後、鎮守府内にけたたましいサイレンが木霊する。しかし、その理由を知っている2人は全く動じない。
「長門は彼女をどう思う?」
「吹雪をはじめ他のメンバーとも特段のいさかいはなく、ごく普通の艦娘だそうです。そこまで好戦的な存在ではないかと」
「そうか。なら、ひとまずは安心だな。流血の事態にはならないで欲しいのだが・・・」
突如の事態を受け、外の怒号や車両の走り回る音がサイレンに負けることなく、ここまで聞こえてくる。横須賀鎮守府は明確に日常から非日常へと変化した。
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穏やかな相模湾・浦賀水道を通り、横須賀に近づくにつれてみずづきの動揺は大きくなる一方だった。吹雪たちや傍受した暗号電文からここが自身の地球でないことは分かったつもりでいたが、目の前に広がる光景のインパクトは比べ物にならない。心の中にあった「もしかしたら」は見える人工物によって容赦なく破壊されていく。
プ、プ―――――、プ―――――。
突然響く汽笛。なにごとかと思い、音の聞こえる方向を見ると太平洋へ向かおうとしている1隻の漁船がいた。乗っている2人の漁師が笑顔でこちらへ手を振っている。吹雪たちもそれに応え、手を振る。ここはみずづきも応えるべきなのだろうが、その視線は漁師ではなく漁船そのものに集中していた。今まで艦娘という身分上必然的に海上が作戦行動範囲となるため、みずづきは多くの漁船を目にしてきた。2033年でも日本海・オホーツク海・瀬戸内海の制海権は健在であり、シーレーン途絶によって飢餓が蔓延する日本の食糧事情を少しでも改善するため、各地の無事な漁船は燃料の許す限り全力出漁している。だが、目に映る漁船は記憶に刻み込まれている日本の漁船とどれも異なっていた。外見は似ている。パッと見ただけでは分からない。しかし、現代では標準装備のレーダーや無線アンテナなどの電子機器が全く見当たらないのだ。見たことないはずなのに、なぜか既視感を覚える。遠い過去の記憶。まだ幼かったころ、母方の祖父母の家へ遊びに行った際、若かりし日の祖父の白黒写真を見たことがあった。笑顔で漁船に乗っている祖父。
その何十年も前の漁船と今、目に映っている漁船はそっくりだった。もちろん、現代の日本にはあのような古い漁船はいくらなんでも存在しない。その漁船だけでなく、多くの船とすれ違うが親しみのある船影は全く見受けられない。どれも時代遅れの船ばかり。
「まもなく横須賀に到着します」
吹雪の声を受け、第5遊撃部隊は進路を変え横須賀本港を目指す。みずづきは横須賀が近くなってきたことを踏まえ、陸上の様子を観察しようと艦外カメラを向ける。海上のみが異次元ということはなく、沿岸部も目を疑うような光景が広がっていた。この辺りも深海棲艦の爆撃で壊滅し、日本政府の避難命令を無視した人々のみが居住する完全な廃墟だった。だが、そこには破壊された近代的なビルや商業施設はなく、かわりに戦前・戦中のような低層木造家屋が立ち並んでいた。今では歴史の1ページとなった日本の原風景。レトロな車が走り、人が歩いている様子も確認できる。この街は生きていた。あまりの違いに呆然としていると、見慣れた地形が現れてくる。それがどこが気が付いた瞬間、そこへカメラを向ける。
かつて世界最強と謳われたアメリカ海軍第7艦隊の本拠地、アメリカ海軍横須賀基地。ここと海防軍(旧海自)横須賀基地は、日本と在日米軍の要衝にして太平洋側唯一の大規模な海上戦力が集結する基地であったため、神奈川県内では横浜などの大都市と並んで最も苛烈な爆撃を受けた場所だ。特に米軍基地は深海棲艦出現初期に第7艦隊が事実上壊滅してしまったため、海防軍の横須賀基地と異なり対空防御がおろそかにされ比喩ではなくもう何も残っていなかった。あるのはクレーターとコンクリート片ぐらいだ。だが、どうだろうか。強烈な存在感を放っていたクレーターや廃墟はなく、無傷のレンガ倉庫が所狭しと並んでいる。
「入港よーい! 減速」
いよいよ横須賀本港に入る。戦前は大日本帝国海軍の一大根拠地として、戦後は海上自衛隊と新たに進駐したアメリカ海軍の要衝として栄えた港。そして、対深海棲艦大戦では
なにごともなく建物が整然と立っている光景を見ると、それが幻であったかのように思えてくる。かつてアメリカ合衆国の国力の象徴だった原子力空母がその巨体を休めていた場所には、歴史の教科書に出てくる旧軍艦艇のような軍艦が代わりに停泊している。それは多数の護衛艦が大破着底していた海防軍吉倉桟橋などに相当する地区にも複数見受けられる。基地だけではない。ここからも見える横須賀の街並みの一変していた。ビルもなければ山から突然出てくる有料道路もない。
「水月さん、着きました。ここが私たちの母港、横須賀鎮守府です」
吹雪はアメリカ海軍横須賀基地があった敷地を指し示す。見覚えのあるものは何一つない。
(ここは・・・・・日本じゃ、ないんだ・・・・夢じゃなくて現実・・・・)
同時に自身の立場を思い知る。なぜなら、艦娘専用の桟橋と思われる場所に見たこともない銃を持った多数の兵士がこちらを、みずづきを待ち構えていたのだから。
「え? なにこれ・・・・どういうこと」
事態が飲み込めず、慌てて兵士に声をかけようとした吹雪の肩を加賀が優しくつかむ。
「仕方ないわ。彼女は正体不明の艦娘。得体のしれない存在に無警戒では軍隊として失格よ」
「でも、私は長門さんにきちんと報告を・・・・」
「私たちはじかにあの子と言葉を交わして、少なくとも敵でないことは分かっている。でも、長門や提督、基地の将兵たちにとって彼女は、完全な未知の存在なの」
みずづきを睨む横須賀鎮守府警戒隊の兵士たちは明らかに臨戦態勢だ。銃口は向けていないものの、引き金に指をかけいつでも撃てるようにしている。加賀もそういうものの、少しやり過ぎではないかという思いはぬぐえない。あからさまに表情に出ている瑞鶴をはじめ、金剛・大井・北上も加賀と同意見だ。
警戒心むき出しの視線を一身に受けさぞ萎縮しているだろうと思いきや、みずづきは表情を1つも変えることはなかった。万一を考えさりげなく腰に手を回す。ごつごつとした冷たい感触。目当てのものが健在で一安心だ。みずづきにとってこのような事態は想定済みであり、驚くほどではいない。銃口を向けられないだけましである。もしここが日本ならば確実に歩兵からは小銃を、装甲車からは機関銃を、護衛艦や艦娘からは主砲を向けられる。下手をすれば、歩兵や装甲車を吹き飛ばす覚悟でミサイルをロックオンするかもしれない。それに比べたら優しいものだ。
吹雪たちと共に上陸し歩きやすいよう足の艤装を外す。久しぶりの陸に感動したいところだが、満ちる空気がそれを許さない。金属製のヘルメットを被りカーキ色の軍服を着て、手に89式小銃とは異なる、銃本体の左側面に湾曲マガジンをつけた異様な銃を持った中年男性が歩いてくる。その後ろには、銃床が木製で全長が長いスナイパーライフルのような銃を持った2人が続く。どちらも銃剣をつけている。
「か、川合大佐!?」
吹雪が先頭を歩く中年男性を見て声を上げる。彼は川合清士郎。階級は大佐で、横須賀鎮守府の警備・防衛を担う警戒隊の隊長だ。通常の案件なら、隊長の生死が部隊の指揮命令系統に直結するため最前線に出しゃばってくることはないのだが、今回は特別だ。川合は心配そうにしている吹雪に一瞬笑顔を向け、みずづきの前で立ち止まる。
「私は横須賀鎮守府警戒隊隊長川合清士郎大佐です。あなたが水月さんでよろしいですか?」
「はい、私が水月です」
(まるで旧軍の陸戦隊みたい・・・・)
防弾チョッキもなければ、ヘルメットに付けられる小型カメラもない。色彩も全体的に緑色で、海防軍の水色とは大きく異なる。
「我が鎮守府の最高司令官である百石提督がお呼びです。ご同行願います」
「・・・分かりました」
それを聞くと川合はみずづきの後ろでことの成り行きを見守っている第5遊撃部隊へ百石の命令を伝える。
「君たちも来てくれるか? 提督は君たちからも話を聞きたいそうだ。・・・・ああ、艤装はもちろん外してからだ」
第5遊撃部隊は静かにうなずくと、少し急ぎ気味で艤装着脱室へ向かっていく。いつもは騒がしい彼女たちも、今は空気を読んでいた。
「では、こちらへ」
周囲を完全武装の兵士に固められ囚われた宇宙人の気持ちを想像しながら、川合の背中についていく。あまりの息苦しさに外へ顔を向けると、建物の窓や路上から物珍しそうにこちらを見る大勢の人々がいた。袖をめくり上げたカッターシャツ姿、作業着、白衣、真っ白な軍服など服装に身を包んだ人々。みずづきをじっと見る者、近場の同僚と話し出す者、反応は様々だ。どうやら、みずづきの存在は思った以上に広まり、一躍時の人となっているようだ。だが、みずづきの認識は甘かった。実のところ、みずづきの存在は瑞穂中の軍部隊に伝わり、半信半疑の大騒ぎになっているのだ。
しばらく年季の入ったコンクリート製の建物を脇に見つつきれに舗装された道路を歩いて行くと、眼前に他とは趣が全く異なる建物が出現する。まるで明治時代にタイムスリップしたかのような赤レンガ造りの荘厳な建築物。建てられてから時間が経っているにも関わらず、新築のような輝きだ。それが歴史と瑞穂海軍の几帳面さを感じさせ、思わず息を飲む。こういう建物にお偉いさんがいるのはここも同じらしい。中は少々薄暗いが、ピカピカに保たれている木目の廊下に窓から差し込んだ日光が反射し、絶妙なコントラストだ。歩く人間をかき分け、階段を上ると川合はある扉の前で立ち止まる。この扉は高級そうな木製でいかにもお偉いさんがいそうだ。案の定、壁についている札を見ると「提督室」と書かれている。ここが目的地だ。
「高崎と新田は門番、西岡と坂北は俺と来い。ほかは1階正面玄関で待機だ」
「はっ」
正面玄関で待機を命じられた兵士たちは軍靴の音を響かせながら去っていく。
「ふぅ~」
みずづきは一度深呼吸。この中にいるのはここの最高司令官。これからの話しだいでみずづきの運命が決まるのだ。予想していても緊張するのは当然だ。そんなみずづきを横目に入れつつ、川合はドアをノックする。
「どうぞ」
若い男性の声。いることは分かり切っていたが、一応在室を確認しドアを開ける。ドアの正面にある机にはおおよそ大部隊の最高司令官とは思えないほど若い青年がつき、彼の隣には武人然とした女性が立っていた。
相変わらず、瑞穂側はピリピリしています。
ようやく横須賀に到着しました。旧海軍時代の様子が分からないため、横須賀鎮守府の建物配置や構造は拙者が妄想で構築しています。
そして、日本側の横須賀はもれなく在日米海軍ともども深海棲艦にボコボコにされています。横須賀に行ったことある人間としてはあまり考えたくなかったのですが、・・・まあやられますよね。
あと、いまさらかもしれませんが、熱中症には注意ですよ!!
なってからでは遅い。備えあれば患いなし、です。