水面に映る月   作:金づち水兵

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昔の人って、どれぐらい英語を知ってんでしょうか・・・


8話 みずづきの力

戦闘を終えた吹雪たち第5遊撃部隊は加賀と瑞鶴の艦載機収容を待ち、一路三宅島へ向かっていた。目的は無論、みずづきと合流し彼女を横須賀鎮守府へ連れて行くことだ。しかし、完勝したにも関わらず、全員が今回の戦闘に違和感を抱いていた。

 

「今回の敵、なんか手ごたえなかったわね。あっという間に片付いちゃったし・・・」

 

瑞鶴は加賀の反応を気にしつつ、重い口を開く。加賀は特段の反応を示さないが、反論しないということは瑞鶴と同意見なのだろう。

 

「瑞鶴もデスカ? 私も同じデース! わざわざ、こちらの庭へダイブしてきたわりにはあっさりしすぎマース・・」

「私たちはほとんど何もしてないからあれだけど・・・なんかね~」

「北上さんもですか!? 私もですよ!! やっぱり私たちは運命の赤い糸で結ばれているんですよ!!!」

「何回も同じこと聞いた気もするけど・・。私も大井っちと同じっていうのは嬉しいな」

「北上さん!!」

 

ここにきても相変わらずの大井。一同はもう慣れっこなので海風のように流す。だが、それでも関心事項は変わらない。

(大した損害もなく、戦闘を終わらせられたのは良かったけど・・・・。敵は一体何のために・・・・)

行動には必ず目的が存在する。例え、深海棲艦であろうともその大原則は変わらない。

首をかしげ唸っているとみずづきから通信が入ってきた。

 

「こちら、みずづき。吹雪さん応答願います」

 

みずづきは第5遊撃部隊など吹雪たちの正体が特定されないよう具体的な情報を飛ばし、名前で呼びかける。吹雪は不思議に思ったが、みずづきは既に敵とおぼしき艦隊を捕捉しているため、盗聴を警戒しているのだ。それを聞いた瞬間、一同の視線が吹雪に集中する。あまりに息が合い過ぎていて、苦笑しそうになるがそんな雰囲気ではないため抑える。

 

「こちら吹雪。みずづきさん、どうされました?」

「つい5分ほど前、私のFCS-3A多機能レーダーがIFF応答のない艦隊を捕捉したのですが、この艦隊について何かご存知ですか?」

「ん? え・・?」

 

みずづきは何も考えずに話すが、話された側の吹雪は未知の言葉が連続し内容がうまく理解できない。ここに壮大なジェネレーションギャップが発生した。

(エフシーエーなんとか? アイエムアフ? ・・・・英語なんだろうけど分からない)

吹雪は戸惑い、再度みずづきに確認する。

 

「あの・・・水月さん? よく聞き取れなかったので、もう一度おっしゃってもらってもいいですか?」

「?? え、えぇ・・・。つい5分前にFCS-3A多機能レーダーが」

「ちょ、ちょっと待って下さい!!」

 

戸惑いの元凶が再出現したところで待ったをかける吹雪。話を止められたみずづきは理由が分からず困惑気味だ。

 

「ど、どうしたんですか? いきなり・・・」

「そのエフシーエーなんとかやアイエムアフってなんですか?」

「え?」

 

みずづきはそこである考えに思い当たる。よくよく考えれば第二次世界大戦期と瓜二つの艤装を持つ吹雪たちに、FCS-3A多機能レーダーやIFFの話をしたところで分かるはずがないのだ。両者は第二次世界大戦後に主流となった装備。大体、彼女たちの技術水準が見えてきた。だが、今は一刻を争う状況だ。記憶のページをめくりながら、英語に慣れていない人でも分かるように言葉を選ぶ。

 

「ええっと・・・・・FCS-3A多機能レーダーは・・・・・た、対空電探と対水上電探のことで、IFFは・・・・・敵と味方を識別する装置のことです」

「えっ!? 水月さん、対空電探と対水上電探を持ってるんですか?」

 

ようやく話が通じだしたが、吹雪はみずづきの言葉に驚き一同と顔を見合わせる。加賀が放った天山からは電探の類が装備されているといった報告はなかった。貧弱な武装から鑑みて、高価で貴重な装備品である電探を持っているとは全く考えていなかった。無論、瑞穂にもレーダー、通常艦艇・艦娘のどちらにも電探は存在している。ただそれは一部の大型艦や戦略上重要視されている艦へ優先的に回され、第5遊撃部隊には装備する話すら来ていないのが現状だ。

 

「ええ。あ、はい。そうですけど・・・・・・」

「・・・・・・・」

それを聞き、第5遊撃部隊にはなんとも言えない空気が流れる。

 

「軽巡ごときがなんで・・・・」

 

ツインテールを風に揺らしている艦娘が、鎮守府だと大騒乱確実の言葉を吐く。ようは自分が欲しいと再三にわたり掛け合っている装備を、格下で正体も分からないみずづきが持っていることに嫉妬しているだけだ。ただ、彼女は艦種で相手との上下関係を決める偏狂な艦娘ではない。ここの「軽巡ごとき」は仲間の軽巡たちを全く指しておらず、単にみずづきをさしている。そのため、元軽巡の大井と北上は何の反応も示さない。

 

「そ、そうなんですか・・・・。・・・・・・・・っということは」

 

衝撃を飲み込み、吹雪はみずづきが言っていた言葉、聞き取れなかった英語の後ろに続いていた箇所を思い出す。その内容は、電探を持っている持っていないで動揺していることが馬鹿らしくなるほど鬼気迫るものだった。

 

「えっ!? そ、その艦隊の現在位置は!?」

「本艦、進行方向より140度、距離25000。数は6。輪形陣でこちらに向かってきています」

(距離25000って・・・・・・2、25km!?)

ここに日本を含めた地球側と瑞穂側の技術格差が顕著に現れていた。吹雪たち帝国海軍艦艇がもとから装備していた、また瑞穂が開発した電探とは全くの別次元だ。彼女たちが知っている電探は、そこまでの遠距離を陣形まで把握できる代物ではないのだ。

 

「・・・・・。それは確かですか?」

「はい。目標は人間大です。私はこれが瑞穂海軍かどうか判別できません。そこで吹雪さんに確認を取ったわけです」

 

またもや恐ろしいことを聞いたが、事態はそれの追求を許してくれるような状況ではない。これで、心の中のモヤモヤが解決された。さきほどの敵は、囮だ。本命は・・・・・。

 

「水月さん、それは間違いなく敵です。私たちはまんまと敵の陽動作戦に引っかかってしまたみたいです」

「!?」

「その海域を今日、輪形陣で航行する部隊はありません。南方から北上し本土へ向かう予定の部隊もいません。・・・・・水月さんはもう三宅島に着かれましたか?」

「いえ、さきほど別れた海域にいます・・・・・」

 

まるでつまみ食いを発見され弁解する子供のような声が聞こえる。

 

「えっ!? なんでまだとどまっているんですか?」

 

予想外の反応に吹雪は顔色を変える。みずづきから伝えられた敵艦隊の位置を考えると、非常にまずい。後ろからも「なにやってんの?」というため息が聞こえる。

 

「いや~、その・・・・・」

 

みずづきもただボーっとしていたわけではないのだが、情報収集のことは絶対に言えないのだ。例え嘘をついても、関係がこじれるような発言をするよりは遥かにマシだ。

 

「・・・・。分かりました。とにかく、現海域からすぐに離脱して三宅島へ下さい。その艦隊は私たちで対処します。もし、敵に追いつかれても極力戦闘は避けて! 私たちが全速力で救援に向かいますから!!」

 

それを最後に無線を切ると、第5遊撃部隊は最大船速でみずづきがいる海域へ進路を取る。敵艦隊との距離は吹雪たちよりみずづきの方が近い。敵は、さきほどの通信でみずづきと吹雪たちの位置をおおまかに把握したはず。ならば、わざわざ艦隊の位置を露呈してしまう可能性がある策敵機を出す必要もない。作戦目標は本土爆撃で間違いないが、付近に敵がいたなら容赦なく襲い掛かるだろう。そして、あの軍艦といえるかどうか怪しい貧弱な武装では、敵航空隊の猛攻をしのげまい。みずづきへの攻撃を阻止できるか、無理を承知で駆けつけても微妙だ。

 

「くっ・・・・・。加賀さん、瑞鶴さん、収容していない策敵機を水月さんを見つけた海域に飛ばして下さい! 敵艦隊を発見しだい叩きます!!」

「了解」

「了解! ったく、あの子、やってくれるわ」

「無駄口を叩く暇があったら、発艦準備」

「わ、分かってるわよ!! てか、加賀さんも実はそう持ってるんでしょ?」

「・・・・・・」

「図星?」

「・・・・違う。攻撃隊、発艦準備完了。いつでもいけるわ」

「ふ~んだ!」

 

加賀から顔を背けた瑞鶴の頭上を、加賀の指示を受けた天山が駆け抜けていく。目指すは敵及びみずづきがいる海域。一同は彼がいち早く両者の詳しい位置をつかめるよう願う。

(ここで沈められるわけにはいかない(デース))

 

しかし、彼女たちは知らない。あきづき型特殊護衛艦の能力を。第二次世界大戦後も果てしなく続いた戦争・軍拡競争と驚異的な経済発展による技術革新が生んだ21世紀の兵器の実力を・・・・・・・・。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「ふぅーーーーー、はぁーーーーーーー」

 

みずづきは一度、深呼吸を行う。何度経験しても慣れない戦闘前の緊張感。今回はそれにあるものが加わっている。紆余曲折はあったが、吹雪への通信で得られた事実。それは・・・。

 

“unknownは――――――――― 敵”

 

既にコンピューター上では、「unknown」ではなく「enemy」と呼称変更され、各システムと兵装の戦闘準備はばっちりだ。

 

しかし、敵と断定するのが遅すぎた。敵空母は既に航空隊を発艦させ、矛をみずづきへ向けていた。数は20、距離25000、速力180ノット(時速333km)。会敵まで約4分30秒。

 

「できれば、あがる前に攻撃したかった・・・・」

 

空母との戦闘では、攻勢のタイミングが勝敗を大きく左右する。航空隊が発艦してからでは、なぜか接近戦が大好きな空母の護衛艦艇がいるため対水上・対空の二正面戦闘を強いられる。通常の艦艇なら朝飯前だが、艦娘は1人でこなさなければならないので可能な限り避けるのが常道だ。だが、あがってしまったものは仕方ない。問題は、現実よりもみずづきの心だ。みずづきは気持ちを引き締め迫りくる戦闘に備えようとするが、手足が小刻みに震えている。手で無理やり足の震えを抑えようとするが、効果はない。敵が今、この一瞬にもみずづきの命を刈り取ろうと向かっているのに、頭は昨日の戦闘情景で覆い尽くされる。

 

 

夕暮れのなか、自分が力不足だったばかりに消えていった人々の笑顔が、声が脳裏に甦る。自身のかけがえない拠り所はもうない。背中を預けられる仲間も、自分の言い訳を嫌々だったが毎回必ず最後まで聞いてくれた上官もいない。その事実に、隊長として仲間として部下として、どうしようもない罪悪感と責任感が湧き上がる。心が押しつぶされそうになるが、ある言葉が響く。

 

“みずづき、最後の命令だ。必ず生きて故郷の、家族のもとに帰れ。絶対に死ぬんじゃないぞ”

 

最後まで、自分たちの身を案じてくれていた知山。その時に限らず、いつもそうだった。上層部から昇進を盾に圧力をかけられても、他の部隊から素養を疑う身も蓋もない悪口を叩かれても、知山は決してそれに折れたり同調したりせず、みずづきたちの不利益なる事柄は拒否していた。

 

「どうして、そんなに私たちを庇ってくれるんですか?」

 

ある日、目を充血させゲッソリと疲れ切って東京への出張から帰ってきた知山に、いたたまれなくなったみずづきはそんな言葉をかけたことがあった。自分たちは艦娘であろうとも、1人の軍人だ。“日本を守る”という大義の前に個人の命や意思はあまりにも軽い。しかも、みずづきたちは全員それぞれ複雑な事情を抱え、軍内ではハレモノ扱い。そのような存在を庇うのは、知山自身の立場を危うくするだけだ。そこまでされるほど、みずづきは自分自身を価値ある人間だとは、全く思っていなかった。

 

「なんだ、いきなり・・・・。庇う? 違うよ。俺は上官として当然のことをしているだけさ。理由を聞かれるほど大層なもんじゃない。・・・・・だから、お前が何か気にする必要はない。これは・・・・・俺たちの問題だ」

 

明らかにこちらへ気をつかった言葉。だが、みずづきが聞きたいのは、そのような上っ面の言葉ではない。

 

「だったら、なんでそんなに疲れ切った顔してるんですか? 司令の言う“当然”はそんなに自身を酷使するものなんですか!? なんで、そこまでして私たちを・・・・」

 

みずづきは気付けば、拳を逃げりしめ自分でも驚くほどの真剣な目を知山に向けていた。いくら、疲れ切っているとはいえ知山はそれが分からないほど鈍感ではない。その様子に彼は観念したのか、ため息を吐くと座っていた椅子から立ち上がり近くにある窓から外を眺める。

 

「もう、自分の近くにいる人が悲しんだり苦しんだりしているところを見たくない。そんな想いはさせたくない。過ちを繰り返すのはもう2度とごめんなんだ。・・・・・・・お前も分かっていると思うが、個人の、人間の力なんぞちっぽけなものさ。自衛隊に入ってやれる気がしていたが、それはただの幻想。やっぱり、俺は俺だった。だが、ちっぽけでも俺には守れるものがある。俺は・・・・・ただ・・・・自分の信念に基づいてやってるだけだよ。だから、褒められることでもなく、“当然”なんだ。こんな疲れ、後悔やらなんやらに比べればどうってことない」

 

そういって、向けられた笑顔。そこに嘘、偽りは全く介在していなかった。

 

(・・・・・司令官は私の見えないところで、いつも戦っていた。今ここで、私が死ねば、司令官の努力は、かげろうの犠牲は一体なんだったの? 私はそれを無下にできるほどひとでなしじゃない! 例えみんないなくなっても、それを背負うのは生き残った者の宿命。多かれ少なかれ、誰もそれを抱えていたんだから、私だって・・・・!!)

 

みずづきはうつむいていた顔をあげ、敵が迫りくる空を鋭い眼光で睨みつける。もう手足の震えは止まり、代わりに戦意がみなぎっている。生き残ってしまった罪悪感や守れなかった責任感は消えない。一度死んだと思ったが生きていたのだ。それに固執しすぎて失敗を繰り返せば、全てが無駄になってしまう。無意味なものに成り下がってしまう。それだけは絶対に認められない。

 

「みんな見てて。こんな冗談としか思えない状況でも、このみずづき、敵を殲滅します!!!」

 

 

 

 

 

 

 

“さすが、みずづきだ。 お前ならやれる。・・・・・・・・・・・・・がんばれよ”

 

 

 

 

 

 

 

「えっ・・・・・・?」

 

一瞬、知山の声が聞こえた。気のせいかもしれないが、それにしては声がやけに残っている。

 

「ふっ」

 

それに動揺するどころか、みずづきは小さな笑みを浮かべる。精神的にも戦闘準備完了だ。

 

みずづきは力強く、戦闘開始を号令する。

 

「対空戦闘よーい! 目標敵航空機群!! ESSM発射よーい!!!」

 

命令を受け、FCS-3A多機能レーダーと連動した火器管制レーダーはレーダー波を照射し目標をロックオン。VLSの蓋は解放され、中に収められているESSS(発展型シースパロー)は弾頭部が蒼空をにらむ。こちらも準備完了だ。みずづきはそれを確認するとMk45 mod4単装砲の持ち手にある、ミサイル発射ボタンに手をかける。各システムは昨日の損傷、そして今朝の不可思議な復活がなかったかのように作動している。

 

 

 

 

さぁ、21世紀の、日本海上国防軍の戦闘の始まりだ。

 

 

 

「発射っ!!」

 

ボタンが押された瞬間、背負っている艤装のMk41 VLSからESSMが勢いよく飛び出し轟音と凄まじい光を放ちながら一気に加速していく。発射されたのは1発だけではない。次々と新たな光源がVLSから出現し、計16発が敵を海の藻屑に変えるため、慣性航法システムや母艦とのデータリンクを使用し猛進する。超音速目標の撃墜を主眼としているESSMにとって、時速300kmを少し上回る程度の速度で飛行している航空機はただの的だ。彼我の相対距離が短いため、ESSMはすぐさま目標に肉薄。みずづきの火器管制レーダーからの照射波を最終誘導とし突入する。誤作動を起こすこともなくESSMは自らの役割を全うし、蒼空に黒い花が咲く。それに数秒遅れてやってくる衝撃波と爆発音。他のESSMも次々と敵機を撃墜していく。いきなりやってきた光の矢としか形容できない常識外れの物体に半数を撃墜された敵航空隊は急降下を開始し、数機単位の編隊に分散。正面、右、左からの3方向同時攻撃を試みる。しかし、FCS-3A多機能レーダーとESSMの前には、滑稽な戦術でしかない。いくら散開し高度を下げ視認性を低めようが、国産のFCS-3A多機能レーダーからは逃れられない。

 

「第二次攻撃。ESSM発射よーい! ・・・・・発射!!」

 

敵が大空を自由にできたのも束の間。再び、ESSMの舞が始まる。みずづきからESSMが発射する様子を確認した敵航空隊は一気に散開を開始する。だてに初撃で味方が手も足も出ずやられていく姿を見ていたわけではないようだ。しかし、どれだけ飛び回ろうと結果は同じ。ESSMは優秀な旋回性能を生かし、音速ジェット機では困難な急旋回にも難なく追尾する。必死に回避行動を取る敵機のエンジン音がまるで彼らの悲鳴のようだ。だが、それも数秒で爆発音に変わる。

 

敵残存機はあと6機。敵機はみずづきのSAM防空圏を突破する。もっと早くに攻撃を実行していれば主砲迎撃圏に侵入されることはなかったが、今愚痴を言っても仕方ない。

 

ESSMの残弾数は40発。まだまだ余裕だが、補給のことを考えれば無駄弾は絶対に撃てない。それに敵の編成が不明である以上、切り札であるESSMが多いことに越したことはない。ミサイルが主兵装であるみずづきにとって、ESSM残弾ゼロは戦闘能力の激減を意味するのだ。みずづきはMk45 mod4 単装砲による迎撃を選択し、上空を睨む。

 

「右対空戦闘、目標4! 弾種、調整破片弾。主砲、撃ちー方はじめ!!」

 

右手に持っているMk45 mod4 単装砲を敵機へ向け引き金を引く。砲身から凄まじい砲撃音を轟かせ砲弾が一直線に敵機へ、正確には目標の未来位置へ飛翔していく。Mk45 mod4 単装砲は対地重視といわれ毎分16~20発と速射砲にしては連射性能が低い部類になるが、それでも迎撃性能には文句のつけようがない。そして、その対地重視砲にとって、敵は止まっている的に過ぎない。3秒に1回の砲撃でまた1機、また1機と命中し海面へ突っ込んでいく。右舷の目標を消し去ると、次は左舷だ。

 

「左対空戦闘、目標2! 主砲撃ちー方はじめ!!」

 

レシプロ機並みの速度と性能しか有しない敵機がなせることなど、もうない。2機はやけを起こしているのか味方の末路を気にすることもなくみずづきに肉薄を図るが、それは絶対に叶わない。発射された調整破片弾は情けをかけることもなく、破片を敵機に浴びせズタズタに引き裂く。あとは爆発四散するのみだ。

 

「周辺空域に対空脅威なし。対空戦闘用具収め」

 

最後の爆発音が響く。

 

上空には黒い爆発煙やESSMの飛翔煙が至るところに漂い、まるで子供の落書帳だ。

 

 

 

深海棲艦航空隊30機は、あきづき型特殊護衛艦みずづきの前にものの数分で全滅した。

 

 

 

 

だが、喜ぶのはまだ早い。敵航空隊を葬ったもののまだそれの元凶である空母と護衛艦艇からなる機動部隊が残っているのだ。空母級の艦載機数はだいたい40~50機。機種の配分は場合に応じて様々だが、まだ10~20機が残っているはずだ。仮にこれが全てみずづきに殺到しESSMで迎撃すると、最悪を想定すると20発、残弾の半数を消費してしまう。これはさすがに痛い。それに、どうやらレーダーの反応をみるに敵艦隊には戦艦級1隻がいるようだ。戦艦級の射程距離は大口径の主砲を持っている分、他の艦種より圧倒的に長い。そして、みずづきは戦艦級の射程圏内にバッチリと入ってしまっている。そうそうにかたをつけなければ、航空戦に加え深海棲艦の土俵である砲撃戦に持ち込まれる。装甲がないに等しいみずづきにとって、航空爆弾だろうが砲弾だろうが1発でも命中すれば海の底だ。

 

「対水上戦闘よーい! 目標、敵機動部隊6隻! SSM 2B blockⅡ諸元入力はじめ 」

 

即座にFCS-3A多機能レーダーで得られた電子情報が戦術情報装置で解析され、4連装発射筒に収められているSSMへ目標情報が入力される。P-1哨戒機や他の護衛艦、艦娘、SH-60K、そしてGPSがあればレーダー解析より詳しい情報が入手できるのだが、現在はないものねだりだ。しかし、それだけでもこの対艦ミサイル(SSM)は正確に目標へ飛翔する。

 

17式艦対艦誘導弾Ⅱ型(SSM 2B blockⅡ)。2012年に制式化され陸上自衛隊に配備された12式地対艦誘導弾を2017年に艦載化し海上自衛隊に配備されたものが17式艦対艦誘導弾。SSM1-Bと比較し命中精度や目標識別機能の向上、射程距離の伸長が図られ日本製の名に恥じないミサイルであり、対水上戦闘の切り札だった。やつらが現れるまでは・・・・。

SSM-2B は他国と同様に装甲がないに等しい現代の軍用艦を想定して開発された。弾種はHE(高性能爆薬)。駆逐級や軽巡級など低装甲目標にはそれなりの効果があったが、重巡級や戦艦級などの重装甲目標には数発、下手をすれば十数発当てても撃沈できないというひどい有様であった。また、これは“当たれば”の話であり、そもそも人間大の敵を艦載の対水上レーダーやミサイルに内蔵されているアクティブ・レーダー装置、赤外線識別、画像識別装置で判別するのは非常に困難であったため、SSMによる敵の撃沈率は目を覆いたくなるほど悲惨だった。そこで人間大の目標にも対応でき、なおかつ重装甲目標も一撃で沈められるように開発されたのが、このSSM 2B blockⅡだ。誘導装置のプログラムに改良が施され、弾頭がHEから対戦車弾などで使用される成形炸薬弾へ変更された。これの効果は絶大であり、艦娘のみならず通常艦艇でも深海棲艦の戦艦級に一泡吹かせられるようになった。もっとも、開発が完了し実戦配備されたのは、海上自衛隊が壊滅し、シーレーンが寸断され、艦娘が活躍しだした頃だったが・・・・。

 

諸元入力が終わると、搭載されているSSM8発中6発の攻撃準備完了を知らせがメガネに表示される。一回の攻撃で6発ものSSMを使うのは非常にきついが、背に腹はかえられない。

 

「発射用意・・・・。SSM-2B一番、撃てぇ!!」

 

誤射を防ぐためESSMとは異なる形をした独特の発射ボタンを押した瞬間、ESSMとは比べ物にならない、まさしく轟音を響かせ4連装発射筒からSSM-2Bが発射される。固体燃料ブースターで加速し充分な速度に達した後、ブースターを切り離しターボジェットでの飛翔に切り替え海面スレスレを亜音速で突き進んでいく。

 

「・・・・2番、撃てぇ!!」

 

その後も連続して6発のSSMが放たれた。どれもすぐに肉眼では見えなくなるが多機能レーダーで捕捉しているため、行方に気をもむことはない。SSMはESSMと異なり、母艦の誘導を必要としない自律型であるため、後は命中と敵の撃沈を確認するだけだ。しかし、こちらが完全に関与しないからこそ、緊張するのも事実。また、これだけのSSMを一回で発射するのは初めてなのだ。みずづきは気を緩めることなく、メガネの対水上レーダー画面を見つめる。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

その頃、たった1隻の軽巡洋艦掃討に向かった航空隊からの連絡が途絶えた深海棲艦機動部隊は混乱の極みにあった。旗艦であるヲ級が必死に僚艦の動揺を鎮めていると、聞いたこともない重低音が周囲に響き始める。なにごとかと思い外洋へ目を向けた瞬間、ヲ級の斜め右にいた駆逐ハ級が突然爆発する。黒煙が晴れハ級がいた位置を見ると、そこにはハ級の残骸とおぼしき破片のみが波に揺られていた。一瞬の出来事で信じられなかったが、状況から察するに轟沈したようだ。いきなりの爆発で仲間が悲鳴をあげる暇もなく沈んだことに、動揺を通り越し大混乱に陥る。これだけなら事故と考えられるが、悲劇は始まったばかりだ。また、あの音が聞こえる。すぐさま音のする方向へ目を向けたヲ級は確かに捉えた。海面スレスレを飛翔する人工物を。ハ級の轟沈は事故ではなく敵の攻撃と確信したヲ級は全艦に対空戦闘を命じるが、いかんせん早すぎる。彼女たちの常識を遥かに超える速度で接近した“それ”は重巡リ級の目前まで進むといきなり急上昇し、頭上から突っ込む。急上昇で対空火器を封じられたリ級はなすすべなく、文字通り成形炸薬弾にとって体をバラバラにされ消滅する。

 

もはや、混乱の収拾は不可能だった。また1隻、また1隻とこちらの対空砲火をあざ笑うように、“それ”によって沈んでいく。頼みの綱だった戦艦タ級も、その重厚で人間の攻撃をやすやすと跳ね返す装甲がまるで薄い鉄板でるかのように貫かれ、下半身のみになった亡骸はゆっくりと海中に沈んでいく。それが異様にゆっくりに見える。最後の1人になってもヲ級は目の前の現実を受け入れられずにいた。敵の姿は確認できず、攻撃方法すら分からない。得体のしれない恐怖。タ級の蒼い返り血で染まった体を震わせられるのもあと少しだ。あの音が聞こえる。ヲ級は最後に自前の対空火器で応戦するが、もちろん当たらない。“それ”はヲ級のささやかな抵抗を気にすることもなく急上昇し、真上から迫る。

 

ヲ級が最後に見たものは、SSM-2Bの白い弾頭部と、それに反射して映し出された自身の恐怖に歪む哀れな表情だった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「空母級反応消滅。全隻撃沈と推定。周辺に対水上目標なし。対水上戦闘用具収め! お、終わったぁーーー!!!」

 

みずづきは緊張から解放され、歓喜しながら背伸びをする。

 

「うーん!! はぁー!! CIWSを使うこともなかったし、完全勝利! SSMが誤作動しなくてよかった」

 

まだ遭遇したことはないが、敵の中にはECMのような電波妨害装置を持ち電子戦を仕掛けてくる個体も確認されているのだ。現在の段階では、各種ミサイルの誘導に全く影響はないが、敵も進化しているため油断はできない。ただ、今回の敵はある意味純粋だった。

 

「ロクマルを出して確認したいんだけど、燃料が・・・。ま、いいかな。第5遊撃部隊の偵察機も飛んでることだし」

 

多機能レーダーには2機の国籍不明機が映し出されているが、発信位置から第5遊撃部隊所属と分かる以上、もちろん攻撃は加えない。2機は敵艦隊がいた海域を何度も飛行している。最終的な撃沈確認を任せ、みずづきは再び体の凝りをほぐすため背伸びを行う。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

緊張がほぐれ笑顔のみずづきと対照的に第5遊撃部隊には、重苦しい雰囲気が漂っていた。

彼女たちは見たのだ。自分達では苦戦必至の航空隊が、光る矢によってハエのように叩き落される驚異の光景を。そして、知ったのだ。加賀が放った天山によって、敵本隊が全滅したことを。

 

今日は快晴で空気も澄んでおり、視界は良好だ。そして、第5遊撃部隊は敵機動艦隊からみずづきを守るべく、両者に接近していた。このような状況下ならば、必然的に視認性の強烈な光や煙を発生させる戦闘は中・遠距離からも捉えられるのだ。

 

「やっぱり、あの子だよね・・・・」

 

いつも陽気な北上にしては歯切れが悪い。だが、それほどまでに衝撃的なのだ。光る矢はまるで意思を持っているかのように敵をこともあろうか追尾し、しかも見えた限りでは全弾命中。飛翔速度も零戦どころではない。あのような攻撃を行える艦は、世界中探してもいないだろう。

 

「そうとしか考えられないわ。光の矢が撃ちあがった方向と水月の現在位置はぴったり重なってる」

「けど、どうにも信じられない。あの子の武装は単装砲1門に対空機銃2挺だけだったんでしょ? 一体どこにあんな攻撃を行える武装が・・・」

 

正規空母である瑞鶴にとって敵とはいえ自身も運用し育成している航空隊が手も足も出ずやられる姿をそうそう認めるわけにはいかないのだ。認めてしまえば、自分の航空隊も雑魚と宣言しているようなもの。加賀はどう思っているのか分からないが、ただこの前代未聞の事態に動揺していることは確かだ。

 

「問題はそれだけじゃないわ」

 

加賀は天山の報告を思い出す。加賀は敵機動部隊とみずづきの動静を知るため、現在も飛行している天山2機を索敵に出した。その彼らが伝えたのは敵機動部隊全滅という、これまた信じられないものだった。しかも、正体不明の攻撃により全艦が反撃する暇もなく瞬殺されたとういうおまけ付きだ。さすがに加賀もこれでは苛立つばかりであり、また他のメンバー、特に旗艦の吹雪へ正確な情報を伝達しなければならないので、天山に有無を言わさない気迫でさらなる報告を求めた。それで、帰ってきた答えは「光る矢のようなものが高速で敵艦隊に殺到した」というものだった。キレかけている母艦に催促されれば、天山に乗る妖精であろうと嘘は言えない。

 

「光る矢・・・・・、私たちが目撃した攻撃と同様の方法で敵本隊も葬られている。ろくな反撃もできず一方的に」

「つまり・・・・」

 

金剛がそのあとを促す。この中で唯一笑顔を浮かべているが、それは純粋なものでなく無理につくった苦笑だ。

 

「みずづきは1隻で敵機動部隊をろくな損害も出さず殲滅したということよ」

「・・・・・・・・」

 

全員状況から分かってはいたが、改めて聞くと頭が真っ白になる。たった1隻で一国の海軍力に匹敵する艦隊を葬る。現実離れしすぎて、航空機が叩き落される瞬間を見たにも関わらず、実感が湧かない。だが、現実だ。

 

「とんだ艦が現れたものネ・・・・」

 

それは全員の心境そのものだ。

 

最大戦速でみずづきのもとへ向かっていたため、案外早く水平線上にみずづきの姿が見えてくる。その姿は吹雪たちとなんら変わらない。しかし、あれの後では純粋に見ることは叶わないだろう。一同の警戒心は無線で通信したときよりも確実に高まっている。一連のやり取りを無言で聞いていた吹雪は、すぐそこにまで迫ったファーストコンタクトが上手くいくか若干の不安を抱くのだった。




人生で初めて戦闘シーンを見る側でなく、書く側に回りました。
やっぱり、難しい・・・・。ご不満を抱かれるかもしれませんが、作者にはこれが限界です!
敵味方の複数隻を同時に動かしている方々には頭が上がりません。

冒頭にも書きましたが、昔の人ってどれくらい英語を知ってたんでしょうかね?
いろいろ見てると海軍では太平洋戦争が始まったあとも英語がある程度、使われていたようですし、軍に限らず頭のいい人たちはもちろんペラペラでしょうし・・・。


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