「ガングニールだと?!」
叔父様、風鳴指令の声を聴いて、私は思考が急速に冷え込むのを感じた
第三号聖遺物ガングニール
二年前のあの日、私の力が足りなかったばかりに失われたはずだった。その装着者の命とともに
だが、モニターに映るのは紛れもないガングニールのデータだった。そしてそれをまとうのは、今日の昼、学校の食堂で語りかけてきた少女だった
それを見た瞬間、つい一瞬前まで冷え切っていた思考が、今度は加速度的に熱を帯びる
「(それは…奏のだ……!)」
彼女にどんな事情があるのかは知らない。だが私にとって、『奏のガングニールを他人が身にまとっている』という事実は、到底受け入れられるものではなかった
第三話 交わる運命(さだめ)
「な、なんで? 私、どうなっちゃってるの?」
響は状況が把握できず、思わず叫んだ
胸に浮かんだ、今まで聞いたこともない、歌詞の意味さえも分からない、不思議な歌。それを口ずさんだ瞬間彼女の意識は一瞬消えた。次に彼女に意識が戻った時、身にまとっていたのは今までのリディアン学生服ではなく、機械的なパーツをまとった不思議な格好だった。
「お姉ちゃんカッコイイ~!」
響を現実に引き戻したのは、ここまで一緒に逃げてきた少女の声だった
「(そうだ…今私がしなきゃいけないこと…。この子を助けなきゃ)」
胸に浮かぶ歌詞を、流れるメロディに乗せる。ノイズを目の前にした今の状況において、歌を歌うという行為は適切とはいいがたい。だが、響は本能的に、それが当然であると感じていた。何より、歌詞の一つを口にするたび、全身に力がみなぎるような気がした。
しゃがみ、そばにいた少女を抱きかかえる
「~~~~~~~!」
ノイズが一斉に襲い掛かる。響はそれを見据え、タイミングをとり地面をける
「う、うわあ?!」
響は駈け出したつもりだった。だが、その体は響の予想を超え、ビルの屋上から大きく飛び出る。つまり跳躍だ。もっとも、人間の跳躍とは距離も高さもかけ離れているが
何とか体制を立て直し、着地する。胸に抱え込んだ少女も無事なようだ。
「!!」
地面に降りた響を追って、屋上からノイズが降ってくる。なんとかかわすが、飛躍的に上昇した身体能力をコントロールしきれず、地面をけるたびにピンボールのように体が跳ねる
何とか壁からせり出したパイプをつかみ一息つく。しかし、視線を横に移せば、今までどこに隠れていたのか大型のノイズが自分を狙っている
「飛び降りろ!」
声が聞こえるのと同時に、響はパイプから手を離し壁をけり、地面に着地する。同時にどこかからとできた火炎弾のようなものが大型ノイズに直撃し、ノイズが怯む。
「今の声はいったい…?」
「立花さん、後ろだ!」
「!!」
聞こえてきた声に疑問を持つ響だが、同時にまた同じ声が聞こえる。後ろを見れば、ノイズが迫っていた。反射的に、右の拳を振り回す。
いったい自分の拳にどういう力があったのか響にはわからない。だが、その拳はノイズを砕き、炭へと変えていた。
「(わ、私が倒したの…?)」
混乱する響。だが、目の前にはノイズはノイズの壁。その壁の向こうから、光が見えた。
その光はバイクだった。逃げるでもなく、ノイズの群れを潜り抜けると、響とすれちがう。ヘルメットをかぶっていないその運転手のことを、響はよく知っていた
「(翼さん?)」
そのバイクの運転手、風鳴翼は響とすれ違った後も全く減速することなく大型ノイズへと突き進み、激突する寸前でバイクから飛び上がり、
~~Imyuteus amenohabakiri tron~~
短い歌を歌いながら着地する
「呆けない! 死ぬわよ!」
翼はそういい、一度高いビルのほうに視線を向け、
「あなたはそこでその子を守っていなさい!」
そう響に言い残すと大型ノイズに向け走り出す。瞬間、翼の姿が光に包まれ、その光が晴れたときには翼の服装は変わり、響と同じようなスーツをまとっていた。同系統だが、デザインは大きく違う。響がオレンジを基調としているのに対し、翼がまとっているのは青。それ以外にもいくつか違うところはある。何より目立つのは、両足の外側に装着されたブレードだった。
さらにもう一振り、脚部の走行から長刀を取り出し、ノイズの群れへと飛び込む。
翼の戦いは、見事というほかなかった。響が力に振り回されているのに対し、翼はその力を手足のように操っていた。生成された大小多少の剣を駆使し、堅実に、効率的にノイズを倒していく。
「立花さん、伏せろ!」
翼の姿を呆然と見ていた響は、後ろからの声で振り返る。すぐそばに、上から覆いかぶさるように響に襲い掛かる大型ノイズの姿があった
「……ッ!!」
とっさに、少女をかばうように響が抱きかかえ、衝撃を覚悟する
「どりゃああ!!」
目をつむった響の耳に力強い雄叫びとダダン!という打撃音、そしてザシュ!という斬撃音が聞こえてきた
「……?」
覚悟していた衝撃が来ないことに響は恐る恐る目を開けると、傷ついた大型ノイズの姿があった。胴体には大きな剣が突き立っており、頭部には何かで叩かれたような跡があった。そして、二種類の傷に合わせるように響の目に入ったのは、二人の人影だった。
一人は自分と似た服装の風鳴翼。そしてもう一人は…
「……お、鬼?」
響は『それ』を形容する言葉を持っていなかった。ただ、頭部からそそり立つ二本の角を見てそうつぶやいた。響自身、そんなわけはないと思った。鬼なんて、所詮創作の中の存在だと。
だが、その響の印象は正解であり、その呼称もまた、正しいものだった
ノイズが消滅したのを確認すると、翼はまるで重力を感じさせないような身軽さで剣から降りる。普段なら後のことを特別災害対策機動部のスタッフに任せて上がるところだが、今回はそうはいかない翼はその理由の一つを見る
第三号聖遺物、ガングニール
翼の以前のパートナー、天羽奏が身にまとっていたそれを身にまとう少女。見れば、昼に学校で話しかけてきた少女のようだ。こちらには個人的に問いただしたいことはあるが、さしたる脅威ではない。先ほどまでの戦闘でわかっている。問題はもう一方だ。
『翼、今緒川がそっちに向かっている。それまでそいつを逃がすな』
耳のインカムから、特委災害対策機動部二課の指令、風鳴弦十郎から通信が入る。翼は改めて意識を『それ』に向けた
既に日は落ちているものの、かすかな明かりさえも反射するその身体。顔を覆うマスク。そして頭部から突き出た二本の角
「(鬼、か…)」
翼は目の前にいる『それ』に心当たりがあった。以前、弦十郎から聞いたことがあった。世界中で出現するノイズに対し、そのほとんどが日本のみで見られる魔化魍と呼ばれる存在。そして、それに対抗する力である『鬼』
「(話には聞いていたけど、この目で見るのは初めてね)」
自分と同じ、脅威から人々を守るもの。だがその姿は、自分と比べるとより禍々しいものだった。姿だけ見れば言葉さえ通じるかどうかわからない
「あなたは、鬼ね?」
だが、翼はそれが化け物ではなく、極限まで鍛えた人間の行き着く姿の一つであるということを知っていた。だから話しかける。答えが返ってくると信じて
「(やっちまった……)」
一方、翼が刀を突きつけている『鬼』、快翔は困っていた
立ち上った光のほうに来てみれば、そこには『変身』した響がノイズに襲われていた。思わず声を出してフォローしてしまった。そこまではよかったのだが、次に来た人間が問題だった
「(風鳴翼……本物だよな)」
改めて目の前の翼に目をやる。今すぐに切りかかってくる様子は無さそうだが、もしこちらが逃げようものなら、容赦はしないだろう。
「(さて、どうするかな……)」
翼は先ほど、特異災害対策機動部と言った。政府の組織、つまりは公的機関だ。この街で活動するにはもめるのは得策ではないだろう。かと言って、進んで正体を明かすのはどうか
「あなたは鬼ね」
迷う快翔に、翼が静かな声で話しかける。その確信を持った言葉は、嘘をつくことは許さない、と言外に告げている
「……ああ。まあ、見習いだけどな」
ばれてしまっているのでは、隠しようがない。あきらめて快翔は答える
「そっちこそ、いったいその恰好は? それにあんた、風鳴翼だろ?」
務めて冷静に快翔は言う。翼はそれを予測していたように返す
「悪いが私の口からそれをこたえることはできない。しかるべき場所で説明したいのだけど、ついてきてもらえるかしら」
質問系ではあるが、その口調は拒否を許さないものだった
「…わかった。で、そこで腰抜かしてる子は? その子もあんたらの仲間か?」
快翔が言った途端、翼のまとう空気が一変する。今までの静かな威圧感から一転して、攻撃的な空気が翼を包む
「……この子は、関係ない。全くの無関係だ…」
その空気を抑え込むようにして、翼が言葉を包む
「ところで、顔ぐらい見せてくれないかしら? あなたも、それが本来の姿というわけではないのでしょう?」
翼に言われ、快翔は一瞬考える。この街を拠点として魔化魍と戦っていく以上、またどこかで風鳴翼とはニアミスすることになるだろう。そのたびにこんな問答をしていたのではらちが明かない。
「OK、わかった」
正体を明かす。それが快翔の判断だった。聞いた話だと、師匠であったヒビキも不可抗力で正体を明かすことはあったという。『猛士』にとって、正体の隠ぺいはそれほど重要ではない。快翔は、顔だけ変身を解除する
「ええ?! か、快翔さん?」
ここまで翼と快翔のはなつ緊張感にあてられていた響が驚いた声を上げる。
「やあ、立花さん。お互い大変なことになっちゃったね」
快翔は誤魔化すように、苦笑いで話しかけた。
投稿ペースが遅くてすみません。気長に待っていただけると幸いです