「すまん…今、地上に居る」
エレベーター前に戻って来た連合チームに届いたのは、ニゲラからのそんな連絡であった。
慌てて地上に戻り、何があったか問いただすと、ふらふら飛んで行ったスードゥドラゴンのドラちゃんを捕獲しに行った所で、ピットの罠に引っかかり、地下10階へ落ちていったらしい。
…そこで運よく地上に戻るルートを見つけ脱出したとの事だ。
「褒めるべきか叱るべきか…」と〝黒壺〟モナークは頭を掻きながら大笑いだった。
実際見つからなかった地下10階への道を見つけ出した事は功績と呼んでいいのだろう。
…最下層への挑戦は後日へ持ち越された。
戦利品を分け合い、装備を整え、最後の決戦に備える。
◆
「くそっ…舐められてるな」
最下層に向かった一団を迎えたのは、金の額縁に掲げられた伝言。
〝お前たちは我が主であるアインズ・ウール・ゴウン様に任されたエリアを侵している、
お前たちが我が守りを破る事はできぬだろう、ましてや偉大なる魔導王に仕える私に勝とうなど夢にも思わない事だ お帰りはあちら ← 〟
墓室のような最下層を1歩1歩突き進むと玄室と思われる部屋に繋がった…
「ここが管理人とやらの部屋か?」
「1個目にボスってのも風情が無いですし…門番とかじゃないですか?」
「そうね、どちらにしても戦闘準備しましょう」
3チームのリーダーが打ち合わせをし、支援魔法をかけて【要塞】の武技を準備したオレガが扉を開く。これは雑魚との連戦がある場合、主戦力である白金級の〝黒壺〟と〝鉱石〟を残すためだ、その分報酬の取り分は多めに貰うように話は付けてある。
手付金として押し付け…貰った、地下9階のドロップ品である、押すと先端が回転する変な剣は何か微妙だったが、深層でのドロップ品だし価値はあるのだろう。
扉を開くと魔素が固まり魔物に変わっていく…通常の雑魚戦闘と変わらない状態に安堵する。
だが眺めていた魔素はみるみるサイズが大きくなり固定化していく…これは巨人…いやドラゴン…赤い…ファイアドラゴンか!
竜のブレスを警戒し後衛を散開させる、迷宮産モンスターとして弱く設定されているものの、〝竜〟は地上では強さの代名詞のように呼ばれる存在だ。
実体化と同時に叩きつけてくる竜の前足を【要塞】で耐える、体格差による圧力に吹き飛ばされそうになるも、支えの盾と呼んでいる相棒の魔法の盾で何とか踏ん張る事ができた。
「ブレスを吐かれる前に処理をしろ!」
人間風情が自分の巨体から繰り出される攻撃を防いだ事を驚く竜に、パーティメンバーは間髪入れず総攻撃をかける、白金級の冒険者集団が繰り出す破壊力は当然のごとく強く、後衛の支援魔法無しに、いとも容易くファイアドラゴンを魔素に還した。
「ったくよぅ、偽物とは言えこれは火竜だぜ?外なら英雄だ。
…この修練場に潜りだしてから自分が超人にでもなったかと錯覚しちまうな」
「これは魔導王が冒険者の訓練向けに模造して作った劣化品ですからね…
増長は駄目ですよ、外で増長は死に繋がります」
戦闘が容易に終わったせいかリーダー格が軽口を叩く。だが、たしかに超人になっていくような錯覚はオレガ達にもあった…オレガは衛兵時代に、スケルトンの大軍に押し切られ英雄の活躍を見ているだけだった頃の自分を思い出す。今の〝シードリーフ〟なら、彼の背中を守るくらいはできるようになったのだろうか…そう思い、拳を握る。
その後も順調に通路を進める、氷の巨人の1団を潰し、ハタモトを名乗る南方の侍を下し、毒の巨人を退治する。数が多い敵に対しては先制して、第三位階魔法を使える〝鉱石〟の高位魔法使い、フローライトの【火球】の大火力で敵全体を焼き尽くす。
彼女が居なければ黄金の騎士の率いる1団との戦いでは苦戦を免れなかったはずだ。
◆
六個目の大部屋に到着した時、ふと部屋の中から違和感を感じた…
「…臭うな」と〝鉱石〟の野伏が告げた後、鼻の良い連中が中から漏れ出す異臭に気が付く。
「血と臓物の臭い」〝黒壺〟のギーゴが中の異臭の臭いを特定する…
魔法使いと神官が前衛に支援魔法を重ね、吟遊詩人が士気向上の呪歌を唱えるのを確認すると、ニゲラが慎重に扉を開く。中で見た物は惨殺された〝炎赤〟のメンバーの5名の惨殺死体。それを確認したのと同時に「ヒーッヒッヒッヒッ」と奇怪な笑い声が部屋に響き渡った…
惨殺死体に気を取られた前衛に、天板に張り付き潜んでいた道化師から吐かれる、凍てつく氷のブレスが襲う。オレガは反射的に【要塞】の武技を使い受けようとしてしまった…
それは〝炎赤〟の惨殺死体を見た動揺のせいか、それとも今までの魔物が扉を開けてから魔物になると言う固定概念か…または養殖とも言える冒険者学校での教育ドーピングが齎した弊害、実戦訓練の不足が招いた事か、当然のごとく【要塞】で魔法効果のブレスを防ぎきれず膝を付いた。
この時点で幸運だったことは、部屋に入ったのが前衛のみで後衛にまで凍てつく風が届かなかった事だろう。この威力のダメージを後衛が受けたら致命傷になる恐れがあったのだから…
だが幸福は続かない〝鉱石〟の軽騎士の視界が赤く染まる、その顔には〝炎赤〟のメンバーから抜き出しただろう人間の臓物がくっついていた。
「ぐえっ…前が…」
男は視界を塞ぐ臓物を引きはがそうとした所を狙われ、道化師の杖に喉を貫かれ即死した。
道化師の追撃はまだ続く、「ヒホホホホ」との掛け声と共に、氷のブレスから立ち直れていない〝黒壺〟のギーゴに攻撃をしかけ、左手を石化させる。ギーゴは左手を代償にして右手の悪のサーベルで道化師を切り付けるが、致命傷には遠く、掠り傷に終わってしまった。
ギーゴの攻撃に慌てて後退した道化師を確認した〝黒壺〟のモナークが「防御陣形!」と叫ぶ。その声を受け、不意打ちを受けた前衛も冷静さを取り戻し体勢を整え、後衛への守りを固める。
【マジックミサイル】【マジックミサイル】【マジックミサイル】
3チームの魔法使いが魔法を使って牽制する。
素早い動きで翻弄してくる相手には、定番の自動追尾機能がある【マジックミサイル】だ。
半数が道化師を貫くが、半数は〝鉱石〟の軽騎士の遺体を盾にされ防がれる。
仲間の遺体を撃ってしまった事に対して魔術師のソレルとフローライトは動揺するが、〝黒壺〟のシィルは「追撃!動きが止まった今がチャンス!必ず仕留めて!」と間髪入れず追撃の指示を入れる。
その声に即座に反応したのは〝黒壺〟のモナーク。渾身の1撃で仲間の遺体ごと道化師を両断した。
◆
「おおっ…やられちゃったっすねー、うんうん意外とやるっす」
謎の赤髪の三つ編み褐色美女メイドがモニターを見ながら呟く、もう1人くらい始末するつもりだったのに…と少し反省する。味方の遺体を盾にしたら攻撃を躊躇うだろうと人間を甘く見たのが敗因だ。
「この迷宮の管理人として呼ばれている以上は、抜かせるわけにはいかないっすよ!」
謎の駄犬は勘違いしていた…管理者として呼ばれたのが迷宮を攻略させないためだと。
冒険者を始末する→救助して金を稼ぐまでは理解していたが、それ以上の事は意図的に意識から外していたのだ。…だってそのほうが玩具で遊べて楽しそうだから。
「ポチッとな」 謎のルプスレギナは迷宮の最終兵器を投下するのに躊躇は無かった。
◆
部屋に残るは〝炎赤〟の惨殺死体、〝鉱石〟の両断された戦死者が1、そして道化師の落とした宝箱の中から出て来た1個の魔法の鎧。紛れもなく高価なアイテムだとわかるのに、全体の士気は上がらないままだ。この鎧は事前の取り決めから〝シードリーフ〟のオレガが貰い受ける。
だがその顔に喜びは無く、先ほどの戦いでのミスを引っ張ってしまっているようだ…
仲間の遺体を攻撃してしまったのもあるが、先が見えないのが心を削る。終わりの見えない戦いが絶望を呼び込む。このまま迷宮の主の元に届いても戦えるのだろうか?
撤退を考えるほどに士気がガタガタの中、後方の通路から大型の生き物の足音が聞こえて来た…気力を振り絞って戦闘準備をした冒険者達の前に姿を現したその怪物は…伝説の魔神を連想するような邪悪なオーラをまき散らす黄土色の巨大な悪魔だった。
次回多分最終回です