魔導王の試練場   作:とし3

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モンスター配備センター

 階層転移トラップの実験は成功だった。数回の実験で見た事の無いエリアに進めた。

転移の順番、出現する魔物の質、迷宮素材の雰囲気からしてここは地下4階だと推定する。

 

 「どうやらアタリを引いたようだな…未探索エリアだ」

 「でもよぅ、ここ多分地下4階だぜ?地下9階へ行く道なんて無いだろ?」

 「ですが必要な鍵とかがあるかもしれませんよ?」

 「…可能性はある」

 

 道を進むと「この領域は部外者立ち入り禁止 入るべからず 」と看板の貼られた扉が見つかる。

 この扉が魔導国が魔導国関連施設で重要機密がある部屋だったとしたら…そう考えると恐ろしさはあるが、実際の所その可能性は低いと見ている。少し反則だが迷宮関係者と思われるモモン殿との会話で、注意されたのが地下1階の立ち入り禁止区域の件だけだからである。

 

 「迷宮への立ち入り許可は受けているし、魔導王陛下の指令の件もある。

  もし問題になるようなら素直に謝って、穏便に済むように頑張ろう…最悪責任は俺が取る」

 

 そう覚悟を決め、扉を開く…その瞬間大音量のアラームが鳴り響いた。

そして黒い霧が出現してモンスターの形を取り襲撃してくる、甲虫型の魔物でボーリングビートルと呼ばれる魔物が3体出現した、これは話し合いの通用する相手では無さそうだ。

 

 「すまん…面倒な事になった」

 「落ち着け、これはただの警報トラップだ、問題ない」

 「普通に出てくる魔物と変わらない雑魚ですな」

 「殲滅する」

 

 回転し、体当たりを仕掛けて来たボーリングビートルを〝要塞〟を使うまでもなく盾で弾く。

 今愛用している盾は〝支えの盾〟と呼ばれる魔法の盾だ、バランスを崩すことなく攻撃に耐える。深階まで足を進めた〝シードリーフ〟には今では敵では無かった。

 

 

 今更引き返すわけにもいかず、迷宮を先に進む。

 冒険者学校で習った基本に従い右手法(右手側に沿って進む)で進むと、新たなる看板のある部屋を見つけた。そこには「モンスター配備センター」と記載されていた。…迷宮の運営に関わりそうな名前に流石に先に進むのを躊躇する。

 

 『魔導国及び冒険者ギルドは、この先に進むのを正当な攻略であると告げる、

  ただし自分の実力が十分と判断しない場合は進まない事を推奨する』

 

 念話を受け取ったパーティ全員がドラヤキくんを見るも、何も無かったかのように羽繕いをしていた。この小さなドラゴンが冒険者ギルドから派遣されていた事を思い出し、勇気を持って扉を開けた…扉をくぐると通った扉はスッと消滅し、先に進むしかない状況に追い込まれる…そんな中、奇妙な声が聞こえてきた。

 

「かわゆ…」

   「かわゆ…」

 

 扉の先には剣を握りしめ謎の言葉を呟いている異様な男が居た。

その目は正気を保っている感じはしなかった…服の下に蟲でも居るかのように全身を掻き毟り、

体中から血を流し、血に交じり細い虫が垂れ下がっている。

〝シードリーフ〟の一行は強烈な嫌悪感を抱くが、理性で押しとどめ交渉をしようと努力する。

 

「突然入り込んでしまって申し訳ありま…」

 

 声をかけた〝シードリーフ〟に帰ってきた返答は、武技<空斬>の1撃だった。

陽炎のような揺らめきを残しつつ、風の刃が後衛のソレルに飛ばされる。

 

「!?」

 

 反応できないソレルを、万が一の事態に備え控えてたニゲラが突き飛ばす。

間一髪ソレルは死から逃れるが、代償にニゲラが肩に致命的な1撃を貰ってしまう。

 

「戦闘準備!俺は後でいいからオレガに支援を全力だ」

 

【魔法盾】【判断力強化】【敏捷力強化】ソレルが敵に突撃するオレガに支援魔法を飛ばす。

【信仰の盾】【祝福】【腕力強化】マシューも治癒か支援か躊躇うも、オレガに支援をかける。

 オレガは相手が格上の剣士だと直感で理解していた、突撃するのも危険だと理解はしているが

<空斬>と言う後衛に攻撃できる技がある以上は後衛を守るためにも突撃せざるを得なかった。

支援魔法に合わせ、<能力向上>身体強化の武技を使い勝負を決めに出る。

 

 ――<能力向上><能力超向上>

 

 魔法と武技で強化した1撃は、身体能力を強化した男に余裕を持って相手に受け止められてしまった。オレガは驚愕する、相手が<能力超向上>を使う事ができるレベルの相手だと理解してしまったからだ。

 

 衝撃の事態に動揺するも攻撃の手を緩めるわけにはいかなかった、

 狂人にしか見えないはずの男の目に、こちらを見下す視線が混じる。

 

 「くひっ、くひひひひひひひひひひひ」

 

 高速の剣技がオレガを襲う、フル支援の状態のオレガでも防ぐのが手一杯だ。

「ふひひひひひひ」と言う奇妙な笑いをした男の剣が更に加速し、鎧の隙間から傷を増やす。

 相手の剣が魔剣なら、もしオレガに魔法の支援が無ければ結構な痛手になっていたであろう。

 

 【酸の矢】  【傷治癒】 

 

 ソレルが放つ酸の矢を受けた男が距離を取り後退し、その間にマシューが治癒魔術をかけ治療をする。男は使い物にならなくなった左手を忌々しく見つめ、尋常でない殺意をソレルに向けてくる。男の姿が1瞬ぶれると、転移したかと思える速度でソレルに隣接する。

 …だがその右脇腹にはナイフが突き刺さっていた。

 

「ぐるぁああああ、クソックソッ」

 

男は信じられないものを見る目で脇腹に刺さったナイフを見つめ、犯人を捜そうと視線を動かすと、ナイフを投げた姿勢で不敵な笑顔で固まっているニゲラが見えた。

 

ニゲラは敵の【縮地】を読んでいたわけではない。

ただあのドブ川の腐ったような目をした男が取りそうな行動を予想しただけだ。

 

〝左手を奪った憎い、弱そうな後衛の魔術師を狙う、仲間を殺された奴を嘲笑いたい、

 1回防がれた技は使わない、自らの手で殺してやりたい〟そのようなイメージを持っていた。

 

彼は悪人の取りそうな行動については絶対の自信を持っていた。

 

 ――<斬撃>

 

 オレガが腹部に傷を負った男に追撃を入れる、その1撃は見事に決まり相手の右腕を肩から両断していた。両腕を再起不能にした以上、勝敗は決まったものであろう。

 

 「うでっ、うでがぁあああ、またしても俺の腕がああああぁ」

 

 男は傷口を眺めながら初めて意味のある言葉を呟く、傷口からは多数の蟲が零れ落ちていた。

 

 「蟲の化け物か!」

 

 そう呟いたオレガの追撃の1撃は男の心臓を貫く、男は激しく痙攣し、そして動かなくなった。

 

 

 ニゲラは社会の底辺層に生きていた、王国のスラムに生まれ泥を掬い、ゴミ喰らって生きて来た。汚い人間も腐った人間も山ほど見て来たし、貴族の私欲を満たすために働いたこともある。

当時の彼はそんな生き方で良いと妥協していた、それ以外の行き方はできないと思っていた。

 

 そんな中、王都への悪魔が襲撃をかけると言う大事件が発生する。

 その時ニゲラは目撃をしてしまった、絶対に勝てないであろう化け物に立ち向かう兵士や冒険者達を、英雄の出現で死地に向かい反攻に転じる冒険者達の輝かしい姿を。

 

 ニゲラはそれを美しいと思ってしまった…泥や汚物に塗れ地の底に生きる自分もそうなりたいと願ってしまった。彼は自分を知る者がいないエ・ランテルに移住し、冒険者に登録し、カッパーの仕事に腐るでもなく頑張って働き。そんな努力を認められて鉄級に昇進、さらには新しくできる冒険者学校への推薦を受けていた。

 

 冒険者学校では死ぬほど(物理的に)頑張ったし、出会えた仲間たちと馬鹿みたいに夢を語ったりもした。仲間が蟲の化け物を倒した事を確認したニゲラは安心し、意識が消えかけていた。

 

 「ニゲラ、ニゲラ!しっかりしてくれ」 

  オレガが手を握りしめる…男に握られても嬉しくねえよ。

 

 「小治癒!小治癒!…頼む、頼む起きてくれ!」 

  マシューが必死に治癒魔法を唱えている…もう無駄だから大切な魔法は取っておけよ。

 

 「嘘…イヤそんなの…」 

  ソレルは杖を抱きしめるように座り込み泣いている…珍しいものを見たな。

 

 

 「へへ…泣くなよ、冒険者だろぅ?後は頼んだぜ」

  …ニゲラはそう言い残して息を引き取った。

 

 

 〝シードリーフ〟の一団は泣いた…皆が自分のミスだと後悔してまた泣いた。

 しばらくの間、ニゲラが死んだと言う現実に打ちのめされ、それでも立ち上がり先に向けて歩き出した…誰もが黙々と道を歩いた。

 

 マシューがニゲラを背負い前衛では動けない、戦闘力も半減したに近い状態だ。

 次に強力な敵が出たら全滅だろう…そんな思いも浮かぶ。

 先にある扉を開くとどこからか声が聞こえて来た。

 

 “おめでとう、わが魔導国の有能なる冒険者たちよ。

 今こそ諸君自らが真にこれからの冒険において、力となることを証明したのである。

 今日の諸君らの成果を評して、ブルーリボンを授けよう。

 これはこの階にあるエレベータの利用許可証である。

 これなしでは冒険者たちは最深部へ挑む事はできない。

 さあ、行け。そして試練場を乗り越えるのだ!〟

 

 〝シードリーフ〟はブルーリボンを手に入れ、地下9階へと向かう手段を見つける。

 魔導王からの任務を完全に達成したと言う事になるだろう。だが彼らの心は満たされなかった…ニゲラの死が心の大半を占めていたのだから。彼らは落ち込みながらエ・ランテルに凱旋する。

 

 

 モンスター配置センターに1匹残ったドラヤキを通してアインズは確認していたことがあった。

 エントマの仕掛けていた脳に寄生し意識を奪い自由に操る寄生虫〝皮癒蟲〟の性能試験だ。

 試験素体としては名前は忘れてしまったが、ナザリックへと侵入した愚か者の1匹で、たしか…あれはハムスケに武技の練習用として戦って始末された奴だったはずだ。

 武技の研究のために蘇生させたものの反抗的で、使い道がなかったせいでエントマの実験の材料にしたことは覚えている。

 

 実験はまず成功、蘇生の関係で素体の質は落ちていたが、蟲の体でも充分武技を使える事を確認。

懸念材料としては寄生元が興奮すると元の人間の意識が強くなってしまうと言う事だろうか?

 アインズが遺体と思われるものを眺めていると、蟲が巣を修復しようとくっつき傷一つ無いからだに再生する。…たしかこれは血仙蟲と言う種類のだったかな?

 

「かわゆ…」

 

再び虚ろな目をし、奇妙な言葉を呟きながら元帝国ワーカー・エルヤー・ウズルスは次の冒険者を待ち構えていた。

 

 

 迷宮を抜けた〝シードリーフ〟を待ち受けていたのは、赤く特徴的な三つ編みと浅黒い肌をした超美人であった。全員が美しさに見惚れていると、その女は「にしししっ」と楽しそうに笑う。

死んだ仲間を見て笑われた事に全員は少しイラッとするも、続いて信じられない言葉を聞く。

 

 「任務達成ご苦労様っす~」

 「アインズ様…あー魔導王陛下から報酬を先行して届けるように言われたっすよ」

 

 目の前の女性が魔導王陛下の使いの者だと理解する、膝を付いて礼をするか迷っていたところ「いいっすいいっす、そのままでー」と止めらた。

 何故このタイミングで報酬の話なんだろう…と考えるとソレルが報酬に付いて思い出す。

 

 「…蘇生1回無料券!?」

 

 〝シードリーフ〟の残りの2人が希望に満ちた笑顔で赤髪娘の顔を見る。

 

 「そうっす、蘇生しちゃうっす?成功率は100%じゃないから過度の期待は駄目っすよ」

 

 3人がうなずき、ニゲラの蘇生を願う。

 すると赤髪娘は青色の美しい杖を取り出しくるくる振り回しが胡散臭い呪文を唱える。

 

 「ささやき - いのり - えいしょう - ねんじろ!」

 

 不思議と魔力の高まりを感じない…これは失敗だろうか。そう思った矢先に赤髪娘の肩に、どこから飛んできたのかドラヤキくんがとまる。…驚いたのか赤髪娘がビクリとし再度呪文を唱えた。

 

 「さ、ささやき - いのり - えいしょう - ねんじろー!」

 

 青い杖から聖なる波動が生まれ、ニゲラに光が注がれる。…そしてニゲラが目を覚ました。

 

 「おはようニゲラ」

 「おかえりなさい!」

 「…よかった…ホントよかった」

 

 3人がニゲラに抱きつく、ニゲラは「なくなよぅ…」と力なく答えた。

 

 「死んだ事で身体能力が大きく落ちてるっすよ、今とか体が泥みたくなってるはずっす」

 

 褐色娘が現在のニゲラの状況を説明してくれるが、「はは、泥から抜け出すのは慣れてるぜ」とニゲラは気楽そうに答える。

 

 その後、正式に魔導王とギルドに今回の調査報告を提出し地下9階層への道を示す。

 今回の功績で〝シードリーフ〟は金級冒険者へ昇進することが決まった、これで正式に魔導王の修練場に挑める事になる。だが迷宮攻略については先行攻略者の冒険者達に託すことにした、それが筋だと判断したからだ。 

 

 ――〝シードリーフ〟は依頼を果たし、冒険者達に道を示し花を咲かせた。




次から迷宮攻略編になります。

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