魔導王の試練場   作:とし3

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渡り鳥に宿り木を

 

 アインズはどうしても試練場の、地下9階の件が気になって仕方なかった。

 優先順位は低いのだが、スッキリしない事への不快感が耐えられなかったのだ。

 

 「フィース、私は街に出るぞ」

 

 魔導王が護衛を引き連れ、自身の作り出した〝魔導王の試練場〟へと向かう。

試練場だけに向かうのも不自然な事から、途中、冒険者学校に向かい、1期生を育て上げた

〝虹〟のモックナックに、以前にギルド長に与えた程度の短剣を贈り激励をする。

 

 「さて、現在の迷宮の管理者は誰だったか…」

 「プレアデスのルプスレギナ様が現在監視ルームにいらっしゃると思われます」

 

 「ル…ルプスレギナか」

 

 正直、嫌な予感しかしなかった。

 

 アインズはメイドの先触れを止め、ひっそりと迷宮監視室に向かう。

 迷宮監視室は迷宮内部各所に仕掛けられた目玉の悪魔-アイボール-を使い、24時間体制で迷宮の監視ができる部屋だ。魔法で姿を消しこっそり中を覗いてみると、畳に寝っ転がり、座布団を枕にして、モニターを見ながら、右手でポテチを食べて大爆笑しているルプスレギナが居た。

 

「あー、楽しい!最高!もう、大好き!」

「地下9階への階段なんてないのに、延々と探してる光景は最高すね、うひひひひ」

 

 …アインズは大きくため息を吐いた。

 

 「ルプスレギナよ!」

 

 その声に反応して、ルプーは一瞬で寝転んだ姿から正座体勢に変化する。

 完全にだらけた体勢から、一瞬で何もなかったかのような顔ができるのは、正直大したもんだと無駄に感心した。色々言いたいことはあったのだが、先ほど聞いた『地下9階への階段が無い』と言う内容が引っかかっていたのだ。

 

「別にそのままで構わんぞ…それより先ほどの地下9階への階段が無いとの発言だが」

 

「あ、はい、流石はアインズ様っす。まさか地下5階~8階までが無意味と言うトラップとは…。

 存在しない地下9階への階段を必死になって探して、罠に翻弄され凶悪な悪魔に次々殺されていくの見るとゾクゾクしてくるっす!直接手出しができないのは残念っすけど最高の玩具っすよ!

…でも何でブルーリボン手に入れて関係者専用のエレベーターで進まないんすかね?」

 

 えっ、そんな仕掛けなの!ブルーリボンって何だよ!と動揺するが、それを表に出すことなく抑え込み、何百回と練習した支配者に相応しいカッコイイポーズを決め、ルプスレギナに問いかける。

 

「今の話を聞く限り、お前はブルーリボンを手に入れたのか?」

 

「遺体を簡単に回収するために手に入れたっすよー?

 ナザリックの人員でも所持して無いと、5階以降しか動かないっすから」

 

 なるほど関係者専用直通エレベーターか、たしかにそれっぽい部屋はあったが〝シードリーフ〟の連中は何故か触れて無かったな?地下9階へ進む道はエレベーター限定っぽいが、それはどうなんだ?思考トラップって奴か?普通は階段が正攻法でエレベーターは近道って考えるものな。

 …んっ?エレベーターの概念はあるのか?この世界?

 

 「ふむ、そうか…ブルーリボンを入手した冒険者は現れないのか?」

 

 「んー、前に何チームかが迷宮コントロールセンターの前まで行ったっすけど…

 『この領域は部外者立ち入り禁止 入るべからず 』の看板見て引きあげちゃったっすね」

 

 ぶ、部外者立ち入り禁止かー。放置された迷宮や敵対組織の迷宮じゃなくて、魔導国の国営施設だもんなー、そりゃ引き返すわ。何とかしないといけないなぁ…でも今更冒険者ギルドから告知させるのも問題だしなぁ。

 

 そう考えていると プアーッ プアーッ プアーッ と奇妙な音のサイレンが鳴りだす。

 これは?とアインズが問いかけると、ルプスレギナは顎に人指し指を置いて考えるように答えた。

 

 「んー、救援信号の音っすね、8階層で死者を出した調査団が戻ったのかな?」

 

 「そうか、私もそろそろ戻るつもりだったし、救助に行ってやるが良い。

  お前がこの迷宮を良く監視し、働いているのは理解した。これからも頑張るのだぞ」

 

 知りたいことの大半が聞き出せたアインズは、満足して迷宮監視室を去っていった。

 頭を下げてアインズを見送ったルプスレギナは、満面の笑みを浮かべて飛び跳ねる。

 

 

 「おほーっ、アインズ様に褒められちゃったっすよ!

  グレーターデーモンもどきを送り込んで正解だったっすー!」

 

 

 

 

「はぁ…」

 

 オレガは調査報告書を書くのを止め、溜息を吐く。

 悔しかった…化け物に追いかけられ、逃げるしかなかった自分の弱さが。

 悲しかった…先に進む道を見つけられず犠牲を出して帰還した事が。

 

 陰鬱な気持ちを振り払うために、赤マントを羽織り街に出かける。この〝闇を切り裂く双剣〟が刺繍されたマントを羽織ると、憧れの英雄の事を思い出し勇気が湧いてくるのだ。

 共同墓地の城壁に昇り中を眺める、ここはオレガにとって始まりの地だ。エ・ランテルに生まれ、家族のツテで衛兵に就職し、巡回業務を繰り返し、時々沸いたアンデッドの駆除する騒動はあったが平和な日々だった。…あのズーラーノンの起こしたアンデッド騒動が起きるまでは。

 

 当時の自分は城壁を閉ざしアンデッドが溢れないために祈るだけだった

異常な数のスケルトンが城門から溢れないように、必死で槍でスケルトンを叩き落とした。

 もう駄目なんだなと思った…その時、不思議な事が起こった。漆黒の全身鎧を着こんだ1人のカッパーの冒険者が1000を超えるアンデッドの波に突撃し、単騎で蹴散らして行ったのだ。

 

 その男が剣を一振りするごとに多くの化け物が薙ぎ払われた。巨大な双剣を振り回し進む様子は暴風のようであり…その姿はまさに漆黒の英雄と言うべき存在だった。

 

 後から知った事だがその男は〝漆黒〟のモモン。当時は最低ランクのカッパーであったが、短期間で冒険者の頂点-アダマンタイト-へと昇格して行った。

 

 英雄に憧れ、衛兵を辞職。…家族には馬鹿なことだと怒られた。

 無職同然のカッパー級冒険者になって、夢も希望も無い下積み労働を延々と繰り返していた。そんな折、魔導王陛下の立てた冒険者学校の募集があり、必死で入学を目指した。

 

 半年間仲間達と一緒に必死(物理的な意味で)の訓練を繰り返し、当時の自分と比べれば異常な強さは得られていると実感はしている。だけど俺はあの英雄に一歩でも近づけたのだろうか。そんな事を考え上を見上げると、雲一つない空がどこまでも続いていた…。

 

 クルルルルゥと鳴く声が聞こえる。…この声はスードゥドラゴンの〝ドラヤキ〟くんだ。

 

 数回空を旋回すると、スーッと滑空してきてオレガの肩に止まる。これは、もしかして慰めてくれているのだろうか?そうオレガが考えるが〝ドラヤキ〟くんは無言で羽繕いをしているだけだ。

…そんな中、不意に声をかけられる。

 

 「ここに居たのかドラヤキ、探したぞ」

 

 声の先を見ると信じられない人物が存在していた。身体全体から滲みだす英雄のオーラ、それを包む漆黒の全身鎧、真紅のマント、2本の巨大な大剣を背負った英雄モモンがそこには存在していた。

 

 

 「んっ?そのマントは…冒険者学校の1期生か?」

 

 

 英雄本人から言葉をかけて貰えた、冒険者学校の面接で会って以来なので緊張してしまい。「ハ、ハイ…」とカタコトになりながら返答をする。

 

 「あぁ、挨拶が遅れたな。面接で会ったと思うが、チーム〝漆黒〟のモモンだ」

 「も、もちろん存じています、チーム〝シードリーフ〟のオレガです」

 

 英雄は気軽に握手にも応じてくれた、甲冑の上からだが今日は手を洗わないと心に決める。更にありがたい事に「先輩冒険者として悩みがあるなら聞くぞ」との優しい言葉も頂けた…。流石に申し訳ないので断ろうとしたら『相談しとけ!』と〝ドラヤキ〟くんから強めの念話が飛んで来た。

 

 モモン殿が借り受けている魔導王の別宅の応接室で、探索の相談を受けられることになった。下手に有名になってしまったために外だと色々聞き耳を立てられて嫌だと言っていたが、あの英雄の私事なら誰だって聞きたいと思う。

 

 …アダマンタイト級の英雄は戦闘だけでなく洞察力も優れているのだと実感した。

 冒険者ギルドで聞いた事のある程度の伝聞と、オレガが伝える情報だけで内情を完璧に把握し、見逃しの可能性を何点か指摘してくれる。特に〝エレベーター〟と呼ばれる階層転移トラップでしか行けないエリアがあるかもしれないと言う話は、罠の心当たりがあって目から鱗だった。

 また「関係者以外立ち入り禁止の立て札があっても調査に必要なら進むべきだ」との冒険者としてあるべき心構えについても教えて頂けた。

 

 …ただ何故か地下1階の関係者以外立ち入り禁止には絶対に行くなと熱心に止められたが。

 

 英雄のオーラは心まで変えるものだろうか…今まで先が見えなかった迷宮も何故だか攻略できる気になってきていた。様々な仮説を教えられただけで、それが正解だと決まったわけでも無いのに先に進めそうな気がしてくる。今は〝シードリーフ〟の仲間達を集めて自慢…もとい教えて貰った話を相談したい。

 

 

 

 

 メンバーを集めて行われた反省会…と言う名前の飲み会は豪勢に行われた。全員の陰鬱な気分を吹き飛ばし明日に繋げるためだ。最初は沈んでいた連中も途中から吹っ切れたように盛り上がり、無関係な冒険者数チームを巻き込んで朝まで大騒ぎをした。

 

 流れが変わると運気も変わるのであろう、飲み会に魔導王の試練場で階層転移トラップを踏んだ男が混ざっていた。金級冒険者チーム〝笛吹男〟の【吟遊詩人】ハインツと言う。彼の話によると、とある個室の中でボタンを押すと地下1階から地下3階に転移していたと言う。

 法則性がわかれば便利なんだろうが、危険な物に触れることは無いと仲間に止められてしまい、その後実験はしていないそうだ。もしかしたら地下9階に飛ぶのかもなと笑っていたが…

 

 「明後日の探索で階層転移トラップに突撃してみたい、魔導王陛下への調査報告書は現段階でも出せるんだが、俺はどうしてもこのまま終わりたくない…すまない俺の我儘に付き合ってくれ」

 

 覚悟を決めて〝シードリーフ〟の仲間達に頭を下げる、無茶な事を言っている事は理解しているが、希望が見えている以上はどうしても挑戦してみたかった。

 

 「構わんぞ、斥候として俺が先行してやる」

 「勝算はあるのでしょう?もちろん行きますよリーダー殿」

 「…馬鹿ばっか。でもそれでこそ私のチーム、当然行く」

 『もちろん僕も行くよ』

 

 全員が即答で了承し、皆が顔を見合わせてにっこりと笑いあう。…本当に良い仲間達を持った。

 これで、もう何も恐くない――!

 

 ――〝シードリーフ〟達は大きな花を咲かせられるのだろうか。


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