――冒険者の卵たちは嘴打ちのために魔導王の試練場へ挑む。
割るべき殻は迷宮では無く、自分自身の籠る殻だ。
魔導王の試練場の入り口に真紅のマントを着込んだ4人と1匹の姿が見える。
〝死を切り裂く双剣〟が縫い込まれたマントを羽織る彼らは、新人冒険者チーム〝シードリーフ〟の4人。それと冒険者学校の新マスコットでスードゥドラゴンの〝ドラヤキ〟くんが1匹だ。
余談だが「お揃いユニフォームで団結力を高めるのはどうだろう?」と言うモモン殿の提案で、卒業生には真紅のマントが配られたのだが、これが実に評判が良く、冒険者学校の生徒たちは卒業しても変わることが無く、強い団結力を保ったと言われる。
ユニフォーム制度の成功を見て、魔導国も孤児院に導入する。子供達は共通の制服を用意され、戦闘訓練とナザリック愛を叩き込まれ〝アインズ・ユーゲント〟と言う次世代の魔導国を背負う人材が育成されるのだが、これはまた別の話。
「どうしてこうなった…」
オレガが極小サイズの真紅のマントを羽織り、楽しそうに騒ぐ竜を見てボソリと呟く。
ただでさえ不安な任務に、何でマスコットの面倒までみにゃならんのだ!と言う気持ちはあるがクライアントからの依頼は断れない。紅一点のソレルだけは「可愛い…」とご機嫌だが、本当ならば不安要素の追加は極力避けたかったのだ。
「同行させるように言われただけで、護衛するようには指示は受けてませんから」
「まっ、小さくてもドラゴンだからな、大丈夫だろ」
残りのメンバー2人がリーダーを慰める。
スードゥドラゴンはとても小さな竜だ。体長30cm、特徴的な長い尾を合わせても全長90cm、体重も3kg程度しか無くとても貧弱だ。しかし超小型の愛玩用の竜とは言え、野良ゴブリンの数匹程度は余裕で狩れる実力は持っている。
「…頑張ろう、ドラちゃん」
何故か一番の乗り気の〝ドラヤキ〟くんを右肩に乗せたソレルがそう呟き、冒険者達は迷宮の門をくぐった。
冒険者ギルドからは10階層まであると公言されている〝魔導王の試練場〟は、魔導王の大魔術により1瞬で創造されたと言われる。実際の所、ここは半年以上前には何も無い土地だったのだからこれは事実なのだろう。お伽噺のような馬鹿げた内容でも、あの魔導王なら可能だと、今では誰もが思えてしまう。
整備された石作りの迷宮なのに、内部は十分な換気がされており、一定期間で魔法の明かりが用意され、ああ、これは訓練なんだと思えるくらいに侵入者に対しては便利な作りになっている。
その反面、配置されている罠は凶悪な物が多く、半年が経過した今も攻略者が居ない。
「迷宮の中なのに臭いが籠ってなくて過ごしやすいな…」
「涼しく空気も清浄ですし、これも魔導王のお力でしょうか」
先輩冒険者から聞いた話では、地下1階は魔物は徘徊しておらず危険は少ないと教えられた。
ただし扉には召喚用の魔法陣が用意されて居るものもアリ、不用意に開けると魔物が召喚される仕組みだと言う。これは魔物が溢れないようにする安全対策の意味も含まれているのだろう。
新規の冒険者に大して格下と思わず先輩たちは協力的だ。魔導王の指示と言うのもあるが、攻略が停滞している現状を打開をするために、1人でも多くの冒険者が挑戦して欲しかった。
中堅冒険者達は攻略一番乗りを目指すより、迷宮の突破の方に意識を切り替えていたのだ。
「扉があるぜ…△のマーク付きだ」
「開けるしかないだろう、皆準備はいいか?」
リーダーの確認に全員がうなずく、△マークは先陣の冒険者チームが書き残した、魔物が出現する召喚魔法陣有りのマークだ。気持ちを切り替え戦闘の準備に入る。
扉を蹴とばして開けた瞬間、黒い煙が形を作り、3体の〝人間型の生き物に〟変形する。
「まずは牽制っと!」とニゲラはナイフを投げつける、投げたナイフは化け物1体の顔に突き刺さり、化け物は「ブヒィィ」と情けない声を出して顔を抑え込んだ。怯んだ化け物にマシューの追撃が入る。メイスの1撃が綺麗に化け物の顔にめり込み、化け物は壁まで吹き飛んで崩れ落ちた。
体制を崩したマシューの元に2匹目の化け物が攻撃を仕掛ける、しかし慎重に準備をしていたオレガに側面から攻撃をしかけられ、致命傷を負う。そのまま返す刃で3体目の化け物を切り飛ばし、後は倒れた魔物に全員で攻撃を仕掛けトドメを刺した。
「これは豚鬼(オーク?)」
倒れた魔物を見てソレルがぼつりと呟く。外見的特徴からして授業で教わった魔物の特徴に似ていた。詳しく調べようと近寄ると豚鬼(オーク)と思われる魔物は、再び黒い煙に戻り消滅した。
そこには少量の銅貨だけが残されていた。討伐証明部位の獲得が省略され一気に換金される仕組みのようだ。…あの魔導王の作り上げた事だからと、もう驚くことは無かったが、便利さに皆が感心した。
その後も探索は順調に進んだ、犬鬼(コボルト)や動死体(ゾンビ)が出現する魔法陣のある扉を傷を負うことなく余裕で突破。【この先暗闇、準備無きものは引き返せ】と書かれた親切な看板超え、持ち込んだ松明の明かりで問題なく暗闇通路を切り抜ける。先発の冒険者の先輩に感謝しつつ、地下1階の探索を継続した。
…そんな中、とある部屋に入った瞬間、4人は奇妙な既視感に襲われる。
「この臭いはどこかで?」
「おいおい、あの彫像って…」
「この部屋にも先生の祭壇があるんですなぁ」
「…折角だから挨拶する」
〝シードリーフ〟の一行は彫像の前に置かれた祭壇に向かい、迷いなく祈りを捧げる。
すると石像は鈍い金色の光を放ち、怪しい化物となって襲い掛かって来る。素早い動きだが、今の〝シードリーフ〟に反応できないほどではない。突撃をオレガが盾で防ぎ、押しかえす。
そこにソレルが第二位階魔法【蜘蛛の糸】を飛ばし、化け物は蜘蛛の巣に手足を取られ身動きが取れなくなっていた。
ニゲラが化け物のヘイトを稼ぎ牽制、オレガが体制を立て直せないように安定して傷を入れる。そこにマシューが狙った強力な1撃を叩き込む。ソレルは万が一に備え魔法の発動準備中だ。
化け物は「グァアアアアアアァ」と苦悶の声を上げながら両手を振り回し暴れるが、蜘蛛の糸は剥がせず、バランスの悪い攻撃は盗賊にかすりもしない。
驚異的なタフネスを見せた化物だったが地道に生命力を削られ限界値を超えて活動を止めた。
「「「「フィリップ先生ありがとうございました」」」」
黒い霧に戻り散っていく化け物を相手に、怪我の治療も後回しで一期生4人全員がそろって頭を下げる。倒した化物の名前は〝フィリップ・ゴースト〟と言って、冒険者学校の実戦訓練で卒業までに何十回と戦った戦闘教官であり、素早い行動と異常なタフネス、そして異常に低い攻撃力と、まさに初心者冒険者を育てるがために生み出されたような不死者だ。
新人冒険者のために倒されても倒されても何度も呼び出され訓練に付き合ってくれることから、生徒からは先生と慕われていた。
…ちなみに実際、実戦訓練で怪我の絶えない冒険者のために、魔導国の守護者統括と言う、美しい女性が用意してくれた化け物である。
次に部屋を使う人のために部屋を清掃し、備え付けの予備のお香を焚いた後は、再度お祈りをする。十分な休息を取って迷宮の探索を再開した。
探索中、『関係者以外立ち入り禁止』と壁に殴り書きがされている奇妙な部屋を見つけた。
これは調べるか否か迷ったが、迷宮内の情報は把握しておきたいと言う思いから、全員一致で
「最低限の確認をするべきだ」と言う事で話がまとまった。
スードゥドラゴンの〝ドラヤキ〟くんが嫌そうにグルグル鳴いていたのが気にかかったが…
ノックをし、中に人が居ないか呼びかける…反応が無い。留守なのか何もないのか…
気を取り直して「魔導王陛下の指令で迷宮の調査に来ました」と呼びかけた瞬間、物凄い勢いで扉が開かれた。
「おおおおお!師の使いの方でしたか…申し訳ありませぬ。
は、はぁああ…そっその、その恐ろしいまでの魔力は…やはり」
外見だけ見れば御伽噺に出てくる魔法使いのような立派な外見をしている老人。
だが異常なほど興奮し、血走らせた一人の狂人が目の前に現れた、パーティ全員はその熱狂さから何もできず膠着してしまう。冒険者としては致命的なミスだ。…だが誰が彼らを責められよう。相手は英雄の壁を超えた〝逸脱者〟の1人〝フールーダ・パラダイン〟その人だったのだから。
名前は知らなくとも、その溢れる剥き出しの熱量に耐えられる人間は少ない。
怯えたスードゥドラゴンがシュッと不快な驚きを持った威嚇音を鳴らすと、次の瞬間姿を消す。
驚いたメンバーが周囲を見渡すと…パーティ全員が魔導王の試練場の入り口に立ち尽くしていた。
「あ…ありのまま今起こった事を話すぞ!俺は狂人チックな老人に会ったと思えば何時の間にか迷宮の入り口に来ていた…何を言っているのか、わからないと思うが 俺も何をされたのかわからなかった…」
「いや俺らも体感したから理解はできるが…わかんねーよ!」
「罠か何かの1種ですかな?テレポーターなる罠が存在すると聞きましたが」
「…あれは多分魔法?でも何位階?理解できない」
『ドラヤキです、お疲れさまでした。次回探索日をギルドに伝えておいてください』
現状に理解が及ばず動揺している〝シードリーフ〟の一行を横に、首をフルフルさせて気持ちを整理した〝ドラヤキ〟くんが全員に念話を飛ばす。ふらふらとび去って行くスードゥドラゴンを眺めながら、全員が唖然とした顔をしていた。
◆
「ひいっ、怖っ!?」
エ・ランテルのパナソレイ都市長の住居を改造した、アインズの寝室から叫び声が聞こえる。
今日のアインズ様当番だったシクススが、護衛の配下を呼び寄せ慌てて主の安否を確認を急ぐが、感情抑制が働いたアインズは、支配者に相応しい声を取り繕い問題が無い事を伝え騒ぎを収る。
(はぁ…反射的に帰還の魔法を唱えてしまった…使い魔との共感的リンクは要注意だな。
こんな時は異形種の便利さを実感する。…冒険者受けを考えて竜にしたのが失敗だったかね?)
(いや…それより経費削減でフールーダの研究室を迷宮内に設置したのが間違いだったか。誰が来ても開けないように伝えておいたはずなのだが…)
冒険者学校の新マスコットである、スードゥドラゴンの〝ドラヤキ〟くん。
それは気分転換…迷宮視察用に【上級使い魔召喚】で呼び出した使い魔であった。
手持ち無沙汰になったシクススにお茶を入れるように指示をする、戻ってくるまでに再び使い魔に接続し、次回の調査日をギルドに報告するよう連絡を入れる。
最後こそ酷かったが、久しぶりに冒険らしいものに参加できて、気持ちは満足していた。
感情抑制に注意しながら、アインズは用意されたお茶の香気を楽しんだ。
◆
一方、取り残された冒険者チーム〝シードリーフ〟の4人は活動拠点にしている〝野バラ咲く路〟に戻り反省会が行われていた。
「会話できるなんて聞いてないですよ…」
「だよなぁ…部屋に入る前に嫌がってたよなアイツ」
「そうだな、あいつも仲間として考えるべきだった」
「…同意、愛玩用としか見て無かった」
大きな怪我も負わず、宝箱を拾って罠外しに成功し、鉄製のショートソードを1本手に入れた。
攻略に必要そうな意味ありげな鍵も入手し、1回目の挑戦としては成功と言っても良い内容だったのだが、最後の内容が全員の心に影を残していた。
あれが危険な罠だったり、恐ろしい化け物の場合、死んでいたのだから。
――実戦と言う名の光と、経験と言う栄養素で〝シードリーフ〟は静かに成長する。
マピロ・マハマ・ディロマト!