魔導王の試練場   作:とし3

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魔導王のちょっとムリゲなダンジョン

 ―――魔導王の試練場と呼ばれる迷宮がある。

 

 それは魔導王アインズ・ウール・ゴウンが作り出した、冒険者を育成するための迷宮だ。

その地下迷宮を突破で来た者は、魔導王の出す懸賞金と共に、無条件でミスリルのプレートが

与えられると、ギルド長がお墨付きを与えている。

 

 偉大なる魔導王の魔法で生み出されたその迷宮には、罠や魔物が犇めきあい。

更には冒険者達を深淵へと誘う誘導灯のごとく、貴重な魔法の装備が収納された宝箱までもが

迷宮の中に幾多も配置されていると噂される。

 富と名声を求めて魔導王の支配領全土から数多くの冒険者が迷宮に挑んでいった。

 

 しかし試練場が作られて半年、攻略が確認された冒険者はまだいない…

 

 

 

「はぁ…」 

 

 

 

 アインズが溜息を吐く。

 中級冒険者の実践支援のために作成した、迷宮の攻略者が今だ現れていないからだ。

 

(1から作るのがめんどくさくて、何年か前にWizardry150年記念ガチャで手に入れた、

迷宮セットを使って手を抜いて作ってしまったのが失敗だったのだろうか?おかしいなぁ…

難易度はVery Easyに設定してあるし、即死やレベルドレイン、致命的な転移事故もOFF…

 レベルも17~18程度の冒険者チームなら十分クリア可能なはずなんだけどなぁ…)

 

 「大変申し訳ありません、陛下。多額の投資をして頂きながら、半年の期間が経過しても攻略者が出ないのは想定外でした」

 ギルドマスターのアインザックが渋い顔をして頭を下げる。

 

 「頭を上げよアインザック、これは想定の範囲内だ。…現在攻略はどこまで進んでいる?」

 「現在は白金級冒険者の〝黒壺〟が金級冒険者チーム2個と連合を組み7階層まで攻略済み、

8階層で救難信号を出して陛下の手の物により救助されています」

 「そうか…まあ攻略自体が目的ではない、冒険者の腕が上がればそれで問題は無い」

 

 あと1歩2歩って所まで攻略は進んでいるようだ。アインズ自体がWizardryもプレイしたことが無い事もあり、原因の特定ができない。時間が許せば自らがモモンとして攻略に参加したかったのだが、中級者用として告知した事もあり困った事になっていた。

 

(うーん、事前にテストプレイしておけばよかったなぁ…でもなぁ…色々忙しかったし。

いや、当面の課題は一般的な冒険者の視点を身に着けるべきか、その点で言えば漆黒の剣の存在は惜しかった)

 

 アインズが追憶に浸っている間もアインザックが報告を継続する、アインザックはこちらの報告でも申し訳なさそうに頭を下げる。未知のエリアの探索速度が想定以上に遅いだからだ。

 しかしこれもアインズは問題ないと考える。

 続いて上位冒険者の未知のエリアの探索率に応じて支払われる報奨金、功績において支給される魔法の武具、冒険者達の死亡率と蘇生状況が奉告される。そして冒険者学校の1期生の卒業の話が来た所で、アインズはここに興味を持ちアインザックに目を合わせる。

 

 「1期生は陛下が提案なされたレベリングの成果で、短期間で戦闘力だけなら金冒険者並に育っています。俄かに信じられない速度ですな。卒業を迎えた1期生は、しばらく銀級冒険者として経験を積み重ねてもらう事になります。…ただ」

 「冒険者の仕事が少ない…か」

 

 アインザックが黙ってうなずく。

 アインズもそうなるだろうなぁ…と予想しながら手はうってなかったのだ。

 現実問題、対モンスター用の傭兵としての銀冒険者の需要は大幅に減っている。当然ながら魔導国による治安維持活動のせいだ。

 更に魔導国の統治下に置かれた国の騎士の大多数が職を失い、冒険者として転職する者も増えたために下位の冒険者の層が無駄に増え、少ないパイを更に奪うあうことになってしまっている。

 

 「ふむ…1期生か、今回の件に利用できるかもしれんな」

 

 心配そうなアインザックを横に、アインズは鋭利な顎に手をやり、そう呟いた。

 

 

 

 

 魔導王の冒険者ギルドの改革は、様々な支援体制を冒険者に齎した。

 代表的な物の一つが冒険者学校の設立だ、魔導王の試練場が中位冒険者の支援の目的に作られたとすれば、こちらは低位冒険者の支援となる。

 

 エ・ランテル冒険者学校。

 今までも冒険者としての最低限の説明程度の講習はあったが、魔導国の冒険者学校は違う。

銅(カッパー)や鉄(アイアン)級の初心者に毛が生えた程度の冒険者を、半年の間ミスリル級の講師の元で学ばせ、最低限の技術を体に叩き込ませる事によって、新人冒険者の7割以上が最初の1年で死ぬか引退だと言われる悲惨な事態を改善する取り組みであった。

 英雄モモンが推薦し、魔導王アインズ自ら講師役に勧誘した、チーム〝虹〟を講師に据え。

 魔法学、植物、鉱物の判別、各種魔物の特徴、ギルドシステムと依頼人との応対方法の座学。

 実技としては、森の歩き方から植物採取の仕方、野営や獲物の解体、不死者を使った戦闘訓練。

 本来なら秘匿され、高い金を支払ってでも得たいレベルの教育が無償に近いレベルで提供される。

 

 無論、誰もが入学できるわけではない。

 集団面接を行い、合格した者だけがエ・ランテル冒険者学校の一期生として入学ができるのだ。

「面接だけか」と甘く見ること無かれ、面接に挑んだ若手冒険者や冒険者志望の大半が、この面接で冒険者の道を諦め実家に戻ることになる。

 後の世に最大の難易度、この時点で精神力は英雄級と語り継がれる一期生を面談する相手は、

ギルド長のアインザック、漆黒の英雄モモン、そしてかの魔導王アインズ・ウール・ゴウンだったのだから…

 

 彼らが入学して地獄のような訓練を受ける中、世界は大きく変化しようとしていた。

 予想もしなかった帝国の自主的な属国化、現在ではバハルス領域と呼ばれるようになったかの地が、正式に魔導国の版図に組み込まれていた。

 また王国も、若手王国貴族によるランポッサⅢ世の殺害から始まる大規模な内乱が発生し、地獄絵図になっていた。

 

 終わりの見えぬ内乱に、ラナー王女が魔導王に軍事介入を求め、魔導王がラナー王女に助成し軍勢を差し向ける。魔導王の武力を借り、犯罪組織〝八本腕〟の主であり、悪魔王と呼ばれる反乱の首魁、フィリップを打倒した後、ラナー王女は混乱の責任を取り王位を返上する。

 壊滅状態の王国を魔導国に併合してもらうように願い、リ・エスティーゼ王国はリ・エスティーゼ領域として魔導国に併合される。

 

 慈悲深き魔導王は併合した皇帝や王女を領域守護者として任命し、騎士団こそ解散させられたものの、大きく自治権を認められ、安定した統治が実施された。

 それにより混乱は最低限に抑えられ、更には魔導国の支配領域では魔導王の配下による不眠不休の治安維持が行われ、都市部近郊であれば護衛も無しで安全に出歩ける環境になり。支配領域の魔導王に従わぬ魔物には、冒険者と合同で害獣狩りが実施された。

 偉大なる守護者の統治。帝国、王国、魔導国の国境撤廃による交易の活発化。冒険者達による人類の勢力圏の拡大。

―――人類は今こそ黄金時代を迎えようとしていた。

 

 そんな激動の時代の中、冒険者学校の1期生徒は卒業の時を迎えようとしていた。

無事に冒険者学校を学園を卒業できた生徒に対しては、魔導国の刻印入りの【銀】ランクのプレートと共に、副賞として、英雄モモンをイメージして作られた〝死を切り裂く双剣〟が縫い込まれた真紅のマントが授与される。

 

 

 「「「乾杯ー!」」」」

 

 

 乾杯をするのは冒険者学校の卒業を終えた生徒たち、技術訓練で同じ班になったことが縁でチームを組む事となった、生まれたばかりの新人冒険者チーム〝シードリーフ〟の4人だ。

 彼らは地獄のような半年の訓練を終え、定宿に決めた安宿、〝野バラ咲く路〟でなけなしの金を出し合い、細やかな卒業パーティを開いている。

 酒も料理も質が良いとは決して言えなかったが、今日ばかりは憧れていた英雄達の世界へ1歩踏み出せたと心を満たしていた。

 

 「無事卒業できましたが今後はどうします?我々は訓練を受けたとは言え、経験の浅い名ばかりの銀級…探索が許可された行動範囲は既知のエリアのみ。魔導王陛下の掲げる未知を既知に変えるような仕事はできませんぞ。」

 

 良い感じに酒が入り、気分が高揚して来た所で生真面目な【神官】のマシュー・マロウが現実に戻すような発言をした。現実問題、魔導王配下が治安維持をする今、対モンスター用の傭兵としての仕事は大幅に減少している。

 低位冒険者では高位冒険者のように未探索エリアを調査して報酬を得ることもできず。

中位冒険者のように、上位冒険者が調査たエリアを走破し地図を埋めていく作業にも参加ができない。

 

「そうだね。しばらくは地道に薬草を採取して売るか、行商人の護衛をするか…魔物退治?」

 

「俺は魔物駆除に1票、魔物を狩る事で力を取り込み、能力が上がるって説を実践したいぞ」

 

「…今はコツコツ信用と実力を積み重ねる時期」

 

 リーダーで【戦士】なオレガ・オレガノと、元鉄級冒険者で【盗賊】なニゲラ・サティバ

そして紅一点の【魔法使い】ソレル・リトルヴィの3名が今後のビジョンを示す。

 彼らは手に入れた力に溺れず、今は地道に力を付けるべきだと考えていた。

地に足をつけ1歩1歩進んでいく姿勢、それは少しのミスが死に直結する冒険者の心得としては、とても大切な事である。

 

「…魔導王の試練場に挑むと言うのはどうだ?」

 

 そんな中、無謀としか言えない発言と共に、チームの会話の中に入り込んで来た男が居た。

全員が訝し気な顔をしてその男を見ると、反射的に飛び上がり、直立して最敬礼をする。

 

 「「「「お疲れさまです!モックナック教官!」」」」

 

 現れた男はチーム〝虹〟のリーダーであり、冒険者学校の担当教官のモックナック。

 何故こんな場末の酒場に上位冒険者が来るんだ!?とか、なんて無茶な事を言い出すんだとか混乱していたが、半年間みっちり鍛えられた彼らは反射的に上官に対する姿勢を取っていた。

 …調教済である。

 

 「モックナックでかまわんぞ、敬礼も不要だ。君達はもう学校を卒業した独立した冒険者だ。

 

そう言って皆を席に座らせる。

 

 「教官…いえ、モックナックさん。流石に今の提案は無茶ですよ。僕らはまだ銀級の冒険者ですし実力不足です。」

 

 リーダーが代表して無謀な提案に拒否反応を示し、他の3人も同意するように首を振る。

 皆も内心ではいつか挑戦したいと言う気持ちはあったんだろうが、ベテランの白金や金が攻略できない難度の迷宮では、今の自分たちでは役不足だと言うことは十二分に理解していた。

 

 「ふむ、まあ…私もそうは思ったんだが、君たちに指名で依頼が来ててな…」

 「指名依頼ですか?冒険者学校を卒業したばかりの僕たちに?」

 

 モックナックが見せて来た指名依頼の用紙に〝シードリーフ〟の全員が凍り付く。

依頼者の名前は〝アインズ・ウール・ゴウン〟それは魔導王直々の指名依頼であった。

 

「こ…これは断れないな」

「で、でも無理だろ…あの白金級もリタイヤしてる迷宮だぞ!?」

「…無理、2階以降の凶悪さは良く耳にしてる」

「無理でしょうなぁ」

 

 死刑宣告のような指名依頼に冒険者チーム〝シードリーフ〟の全員が絶句する。

 指名依頼は強制では無い、強制ではないが相手が悪い。今では超大国となった魔導国の支配者であり、冒険者達の庇護者である〝アインズ・ウール・ゴウン〟直々の指名依頼なのだ。

 新人冒険者チーム〝シードリーフ〟は動揺を隠せずモックナックを縋るような目で見つめる。

 

 「落ち着け…内容をよく見ろ、攻略依頼ではなく探索依頼だ。魔導王陛下は試練場の調査報告書を求められている」

 「調査…ですか?」

 

 魔導王の指名依頼は攻略依頼ではな調査依頼だった、落ち着いて考えてみれば当然である。

自ら金と時間をかけて育てた冒険者を無駄に死なせるような理由は流石に無いだろう。指名依頼の内容は意外なものだった。

 

 『冒険者達の攻略が停滞している原因を調べたい』

 

 なるほど、魔導王のような超越者にしてみれば羽虫の苦悩はわからないのかもしれない。

 全員がそう納得する。配下のアンデットはどれも一騎当千、街中で衛兵をしているデスナイト単体でもアダマンタイト級の冒険者チームに匹敵する強さを持つのだ。

 更に魔導王陛下が一番知っている冒険者は、かの英雄モモン。彼を基準に難易度を設定したと考えるなら攻略者が出ないのも不思議ではない。魔導王陛下の中で冒険者と言うものの実力を高く評価しているのだろう。

 報酬は出来高制、レポートの良し悪しで報酬を決定する。最低でも銀ランク冒険者相当の金額は支払われる。冒険者学校では調査報告書の書き方も授業であったために、卒業生へのテストなのだとこれも全員が納得した。

 

 迷宮探索に必要なものを買う準備金、経費として貴重な治癒のポーションが数点、

更には死亡時の蘇生1回無料券などの信じられない好待遇。

 モックナックの「魔導王陛下は次世代のモモン殿を見据えて動いておられる、その候補生に選ばれるとは幸運な事だ」との発言にコロッとやられ、新人冒険者の一団は心を決め指名依頼を受けることにした。

 

 ―――未知を既知に変える冒険者の卵たち。

 そんな彼ら1期生にまず求められたものは未知なる土地への探索では無く。

 今だ攻略者の現れない、未知なる魔導王の試練場の攻略だった。


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