転移と思い出と超神モモンガ様   作:毒々鰻

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注意その1
 拙作ではアパトサウルスを参考に、スケリトル・ドラゴンの大きさを「前足の付け根までの高さが3メートル」と、考えております。

注意その2
 拙作ではブリタの名前を、ブリタ・バニアラと致します。 ブリタを溶かすか焼くか散々迷って、結局は生存させてしまう御都合主義。彼女は“ラノベ主人公なみの幸運”って《異能》を持ってると思う。

注意その3
 魔法《翡翠輝石の大駒》は、《黒曜石の剣》ないし《モルデンカイ○○ズソード》を元に捏造した魔法です。




 リアルの世界ならば6階ほどの高さから、人間態のモモンガ様は共同墓地の様子を見下ろしていらっしゃいます。

 御方は《完全不可知化》の魔法を使用中ですので、地上のスケリトル・ドラゴンが至高の存在に気付くなど、あり得ません。何やら地面をしきりに気しているらしい骨製で有翼のデカブツを、モモンガ様は不機嫌そうに眺めます。

 ーースケリトル・ドラゴンは大きいだけの的だから、白兵戦の練習相手に丁度良さそうだけどさ。

 標的を打ち砕くまでの過程に研鑽を織り込むのは、強者ならではの特権でありましょう。そして、モモンガ様は言うまでもなく強者であります。不馴れな人間態になっていても、転移後の世界では無双の戦闘力を御持ちです。スペックデータから言って間違いありません。

 ーーこの身体では初戦闘なのだから、先ずはウォー・ウィザードとしての経験を積むべきだ。……さてと、バフだバフ。

 あらかじめバフを自身へ掛けるのは、プレイヤーにとって第二の本能で御座いましょう。然れど単独行動中におきましては、連闘用であれ逃亡用であれ、余力を残しておく必要も御座います。

 ーーこんな所に他のプレイヤーが潜んでいるとは考えづらいが……。装備アイテム“英傑の褌”で《上位物理無効化III》と《上位魔法無効化III》が発動中とは言え、何もバフしないのは無用心すぎるからな。

 モモンガ様は、使用頻度の高い《敵感知》などの魔法に続けて、人間態での戦闘用に修得した魔法の中から《負属性防御》などを選択して使用なさいました。

 ーー今は《虚偽情報・生命》に意味がない。《飛行》は引き続きアイテムを使用。……こんなところか? バフを掛けすぎちゃ、訓練にならないもんな。

 しかしながら、MPを浪費せぬためとは言え《生命感知》の魔法を抜かしてしまったのは、モモンガ様らしからぬ失策であったと言わざるを得ません。

 

 ーーあの程度の相手なら《連鎖する龍雷》で充分だけど、ここは今後への投資を兼ねて……。

「たのむから、金貨の無駄遣いにはならないでくれよな。トリプレットマキシマイズブーステッドマジック・ジェダイトラージピース!」

 三重化し、最強化し、そのうえ位階上昇化までした魔法で作り出されたのは、翡翠輝石の色艶を持つ3個のオブジェクトでした。形状は、チェスのクイーンそのものです。全高は人間態となったモモンガ様の背丈ほどもあるので、大きさは全く異なりますが。

 右前方と右後方そして左前方の2メートル程離れた宙で、それぞれ浮かぶ巨大な駒達に、モモンガ様は軽く首を傾げました。

 ーー形状はポーンになると聞いていたのだが? ひょっとして《魔法位階上昇化》のせいでプロモーションしたとか?

 《翡翠輝石の大駒》の魔法は、術者の命じるままに宙を舞って敵を殴打する巨大な駒を作り出す魔法です。駒を一個作るたびにユグドラシル金貨40000枚を消費するので、コストパフォーマンスの面に難があると言えるかも知れません。

「それでも《剣》と比較すれば……」

 モモンガ様の仰います《剣》とは、おそらく《黒曜石の剣》でありましょう。似通った効果を発揮する魔法ですが、あちらの“剣”は魔法の持続時間終了とともに消滅してしまいます。対してこちらの“大駒”は、術者自身が魔法を取り消すか、他者の《魔法解体》の魔法で解呪されるか、何らかの手段で破壊されるまで、存在し続けるのです。勿論、これらの駒は攻撃にしか使えませんが。

 ーー大駒の本質を見抜ける奴はプレイヤーだろうし、現地民に対してなら少しはブラフになるだろう。視覚的効果を考えると、左手の短杖は要らなかった……寧ろ、邪魔か。

 短杖はアイテムボックス送りと相成りました。

 

 勿体無いオバケに憑かれて《完全不可知化》を解いた人間態のモモンガ様を、スケリトル・ドラゴンが見上げました。エルダーリッチなどと異なり知性のないアンデッドゆえ、突然に感じ取り得た人間の気配へと、頭を右に向けたのでしょうが。

「良し、チェックメイト!」

 両手を空けて軽妙に、大きく然れど隙がなく、モモンガ様は腕を振ります。獲物を屠れ、成敗せよと。

 応えた大駒達は、唸りを上げて降下。轟音を立て、滅するべきスケリトル・ドラゴンに激突しました。ひとつはモモンガ様へ向けられていた頭部に正面から、もうひとつは右前脚の付け根に、残るひとつは右後脚の付け根に。それぞれ打ち当たり、粉砕し、突き抜けたのです。

 もしも意思や痛覚があるなら、泣き叫びたかったであろうのがスケリトル・ドラゴンでした。宙に浮かぶ人間を視覚するや否や、恐るべき衝撃に長大な身体が右から突き上げられ、頭部を叩き潰され、胴体を破られ裂かれ、この世に存在する為の力を根こそぎ奪われたのですから。

 憐れなるかな。スケリトル・ドラゴンは、消滅して逝きます。

 ーーやれやれ……。こっちを認識してからなら、多少は鍛練になると思ったんだけどなぁ。無駄に時間を掛けてしまったよ。

 月光に煌めく骨の粉が舞う中で、三つの大駒は、深くも爽やかな緑色に照らし出されています。

 ーーこの世界のスケリトル・ドラゴンも、ユグドラシルと変わらない強さだと知れたから良しとしよう。……げっ?!

 何の気なしに地面を眺め、モモンガ様は気付いてしまいました。

 やや左の前方斜め下45度、ちょうどスケリトル・ドラゴンが右後足を着いていた位置に、大きめの窪みがあったことに。中には赤髪の……おそらくは冒険者が1名、仰向けに横たわっていることに。怪我でもしているのか起き上がれず、必死に藻掻いていることに。

 ーー人がいたなんて、俺としたことが何て凡ミスを! 門を堂々と通る前の段階で、今ここで、都市の住人と知り合うのはマズイ。……このミスを知るのは、あの者だけ。口を封じるか?

 人間の青年姿をしたモモンガ様は、サングラスで隠した眼に、剣呑な光を灯しました。

 

 鉄級冒険者である赤髪の女、ブリタ・バニアラが窪みの中で倒れていたのは、実に単純な不幸の結果と言えましょう。共同墓地内での巡回中にスケリトル・ドラゴンと遭遇してしまっただけなのですから。

 ブリタの属する冒険者チームは、街道に関わる依頼を選ぶことが多いです。しかし、その手の依頼ばかりではなく、共同墓地における夜間巡回の依頼も、時おり受けておりました。

 日没から夜明までは墓地を囲む城壁上や詰所で警戒にあたる衛兵に代わって、ゾンビやスケルトンを探して歩き回り、2体か3体を討伐する仕事です。簡単なだけに依頼料も安く、チーム全員が参加すると実入りが悪すぎるので、チームの中から希望する半数でこなす程度の仕事でした。

 ーーイヤっ、イヤっ、イヤっ、死にたくない! どうしてっ、どうしてこんなことに!

 スケリトル・ドラゴンの足の裏を、恐怖で見開いた目に焼き付ける事態に陥ったブリタ。彼女が胸中で叫んだ内容に対しては、不幸の予兆を見逃したからとしか言えません。

 街道から戻ってきた時刻との関係で、今夜の巡回を受注する直前に……。

 3日ほど前に共同墓地でスケルトンが大量発生し、今日の昼間に大規模な掃討が行われたと聞き、ブリタ達のリーダーである魔法詠唱者は、この依頼を避けようと考えました。命あっての物種ですから。

 しかし、昼間の掃討で大活躍したと自称するミスリル級冒険者チーム“クラルグラ”のリーダーが、彼等の杞憂を笑い飛ばしたのです。

「心配するこたぁねえんだよ! 何しろ俺様……俺様達が、元凶のエルダーリッチを打っ潰してやったんだからな!」

 とある地下神殿から流出した負のエネルギーこそが原因であり、エルダーリッチは偶然に発生していただけです。それに当該アンデッドの討伐は、他のミスリル級冒険者チームである“虹”や“天狼”と連携しての成果です。

「卑怯なアンデッド野郎は魔法を連発してきやがったが、俺様……俺様達は」

 スケルトン群の掃討など役不足だと愚痴っておきながら、エルダーリッチ討伐後は己一人で果たしたかのように自慢しまくる“クラルグラ”のリーダー。そんな自慢話野郎へ、ブリタなどは不信の目を向けてしまったものです。

 しかし、強力なアンデッドが消滅した途端、まるで何かに吸いとられたかのように大量のスケルトンは消え去り、当面の危機は去ったと思われました。

「今夜は慎重に慎重をかさねて、共同墓地の安全回復を確認して貰いたい。万が一の事態に遭遇した場合には、全力で撤退し報告してくれ」

 エ・ランテル冒険者組合の組合長プルトン・アインザック氏から直接声を掛けられ、ブリタ達は引けない気分になってしまいました。

 

 繰り返しになりますが、結果はブリタ達にとって不幸そのものです。

 他のアンデッドには遭遇しなかったものの、今夜はこれで最後の巡回中に、スケリトル・ドラゴンと遭遇してしまったのですから。

 チーム内では最も装甲の厚かった戦士は、空から急降下してきた骨のバケモノに一撃で踏み潰されました。自慢のチェインメイルアーマーは今夜、何の役にも立ちませんでした。

 条件反射でターン・アンデッドを試みてしまった僧侶は、あっさり上半身を噛み千切られました。少しだけの咀嚼で骨の大顎から血や肉汁が滴り落ち、人骨どころか脳も肺も心臓もブレンドされた粗挽き“物”が吐き出されました。

 巨大な鉤爪で腹を割かれた軽装戦士の男は、地面に広げられた己の腸を絨毯にして息絶えました。

 スケリトル・ドラゴンの長い尻尾で薙ぎ払われたブリタは宙を舞い、仰向けで地面に叩き付けられました。全身がバラバラになりそうな衝撃を受け、右の太股から激痛が脳天へ突き抜けました。

 それでも、ブリタは未だ生きています。偶然にも魔法詠唱者の身体が、尻尾と彼女との間に挟まったからです。リーダーであった彼は即死でしたが。

 チームの中で唯一人、野伏の男が離脱に成功したのは、スケリトル・ドラゴンがブリタに気を取られたからなのです。

 痛みで朦朧とし、右脚も折れてしまったブリタは、逃げるどころか身を起こすことさえ出来ませんでした。もしも地面が陥没しなければ彼女は、降り下ろされた骨の足に踏み潰されていたでしょう。偶々その中身が何処かへ行ってしまった元墓穴に落ちたから助かったブリタですが、もはや彼女に逃げ場は有りません。

 ーーヤダ……ヤダヤダ……! こんな所で死にたくない! まだ死にたくない!

 大量の涙と少量の鼻水で顔がグチョグチョになったブリタの眼前では、骨の足が苛立ったように動いています。あと少し力が加わったら、鉄級冒険者の身体など窪みごと潰されてしまうでしょう。

 ーーゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! 死にたくないの! 死にたくないの! 悔い改めるから助けて下さい神様! 助けて! 助けて! 助けて! 誰か! 誰か! 誰かっ、助けて!!

「チェックメイト」

 その時でした。

 轟音と共に、恐るべきスケリトル・ドラゴンの巨体が吹き飛んだのは。

 

 最初はブリタをアンデッドと誤解したらしく、宙に浮かんだ不思議な青年は彼女に殺気を向けました。しかし、必死の訴えに生存者と認識し直してくれたようです。

「あっ、ありがとうございます。ええとその……飲ませていただいたあのポーションは、物凄く貴重な物だったんじゃ……」

 動けないブリタの傍らに降り立った青年、人間態のモモンガ様は、“赤いポーション”を彼女に与えたのでした。

 ひと瓶飲んだだけで重傷を癒してくれたポーションに、ブリタは驚きを隠せません。立ち上がり、モモンガ様へ感謝の言葉を口にしようとすると、今度は不安が迫り上がって来ました。

「ポーションの御礼だけでも直ぐに返したい……いえ、御返ししたいのですけど。わたし……ごめんなさい、わたしあまりお金なくって……」

 しどろもどろになっているブリタに戸惑ったのか、それとも呆れたのか。

 人間態のモモンガ様は、指先でサングラスのズレを直すふりをなさいました。神器級アイテムにズレなど生じませんが、雰囲気に則した仕草は様式美でありましょう。

 ーー使える使えないは別として、手駒は多い方が良いからね。

「礼を欲して飲ませた訳ではないのだがね。それでもキミが礼を返したいと言うならば、身体で返して貰おうか?」




 ブリタ達、鉄級冒険者チームの御仕事について、少し捏造しました。
 ブリタを助けたモモンガ様の心理は次回で(汗)

 《翡翠輝石の大駒》で、1個の駒を作成するのに必要なユグドラシル金貨の枚数を訂正しました。……何で0をひとつ書き忘れたんだろう(汗)

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