転移と思い出と超神モモンガ様   作:毒々鰻

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カジットの知識量を捏造(汗)
コミック版でも叡者の額冠や六大神の神器を知っていたりしましたから、転移後の世界ではかなり物識りの部類なのかもしれませんが……。
カジットの経歴を捏造。
アンデッドの創造と作成についても捏造。


額を押さえ

 ーー種族に由来するアンデッド創造と職業に由来するアンデッド作成。どちらもユグドラシルでのアクティブスキルだけど、まさかここまで自由度が高くなっているとはね。

 目前の仰角15度ほどで繰り広げられるバダンテール親子ゴーストの喧騒から後退り、モモンガ様は自身のスキルについて考察なさいます。御方は、叶わぬはずだった再会に水を差してしまう無粋な輩では、断じて御座いません。

 ーー死霊系アンデッドのゴースト。その《脆弱化の接触》と透過能力に期待して、ナザリックではヒット&アウェイ戦法主体の防衛戦力だった。でも、この2体には敢えて戦闘能力を欠片も持たせていない。……何なのだろうね、短期間限定のNPCでも創作したような、この感覚は。

 

 見守られていると意識する余裕はないままですが、ゴースト母子の会話は落ち着きを見せ始めました。

 カジットは、運命のあの日に道草をして帰宅が遅れたことを泣き、ひたすら詫びています。自分が道草などしなければ、おっかあは死なずに済んだのだと。

 母親は息子を諭します。早い遅いの違いはあれど、親が子よりも先に逝くのは摂理であると。穏やかな表情へと変わり始めた母親のゲンコツは、既に解けていました。

「せっかく立派な神官様になりょうはずやったによ。惑わされよってからに、ばかたりゃ……」

 カジットの重ねてきた悪行を考えたなら、子を庇う親の甘過ぎる発言でありましょう。カジットに命を奪われた犠牲者にしてみれば、許しがたい欺瞞でありましょう。

 しかし、バダンテール母子への批判など、屁の突っ張りにもなりません。モモンガ様の役には立ちません。

 

 ゴーストの親子が周りへの注意力を取り戻すまで、モモンガ様は考え事を御続けになります。

 ーーユグドラシルではコンソールに触れて選択するだけだった、アンデッドの創造と作成。対して現状では、明確な意思さえあれば選択を越えて、異常なほど自由に創造・作成を為し得る……。

 ようやくモモンガ様に見上げさせている無礼に気付き、2体のゴースト達は慌てて御方の足下へ平伏しました。揃って小さく震えているのは畏怖からでしょうか。はたまた敬意からでしょうか。

 ーー俺が留意した点は2つ。死にたてのカジットと、取り憑き続けていた母親の成れの果てを、素材として使用すること。情報源たらしめるために、作り出すゴースト達には生前の知識・知能を保持させること。特に後者は可能なのか疑わしかったし、この2体の存在中は上位・中位・下位すべてのアンデッド創造・作成が不可能になるとも思わなかった。リソースを限界まで使っている感覚かね?

「両名とも面を上げよ」

 モモンガ様は威厳を込めて命じました。恐る恐る顔を見せたカジット達を見据え、至高のオーバーロード様は思考を切り替えます。

 ーー継続時間を犠牲にしたから、存在していられるのは丸2日程度か。さて、貴重な情報源であってくれよ。

 魔法的な覗き見と盗み聞きへの対策や、発動済みのセンス・ライを、モモンガ様は密やかに再確認したのでした。

 

「嗚呼、大いなる神よ! いと慈悲深き神よ! 心ゆくまで母に詫び、叱られる願いを叶えてくだされし神よ! 寛仁大度を具現なさいます神よ! 讃えるべき御身の尊名を、知る術なき私の無能を御許し下さいませ!」

 ーーうわぁ、こいつ初っぱなから飛ばすなぁ。まあ、おっかさんが亡くなった直後だったら当人も子供だったろうし、あくまで生き返らせてくれって懇願されたろうけどね。

 発言を許した途端、迸ったのは感嘆符だらけの台詞でした。ゴースト化しても感情の高ぶっているカジットを、モモンガ様は面白そうに眺めます。

 ーー激しい感情は話し手から韜晦の余裕を奪う。それでも、母親との“再会”が俺によるものかを確認し、名前を知ろうとする言動は、不快じゃない。寧ろ好ましい。

 その程度の機転さえ利かない相手では話す価値もないと胸中で続けつつ、モモンガ様は考えます。

 名を教えるか否か。リアル世界における“鈴木悟”の名前を教える気は毛頭ないにせよ、魂の名であるモモンガを告げるか否か。告げるメリットは思い付けず、デメリットばかりが頭に浮かびます。

 しかし……。

「我が名を知るが良い。我が名は、モモンガ。アインズ・ウール・ゴウンのモモンガである」

 

 ーー下問を恥じず、教えを請うならば先ずは誠実であれ……そうでしたね、やまいこさん。誠実さを踏み躙られたなら、改めて全力で殴り飛ばせばいい。

 重々しく頷く半魔巨人を幻視しつつ、モモンガ様はカジットに断りを入れます。それで自分を侮るのなら軽く締める御積もりですから、断りではなく探りと言うべきかもしれませんが。

「お前たち親子が再び話し合えるかたちにしたのは、確かにこの私だ。しかし、私は自分を神などと考えてはおらん。私はな、ユグドラシルのプレイヤーなのだよ」

 リアル世界において営業職の平社員にすぎなかった鈴木悟氏の感覚では、「神よ!」と連呼されるのは、些か辛いものがあります。それに敢えてネタばらし的な行動に走ることで、此処がユグドラシルではないバーチャル世界であった場合の誰かによるリアクションを期待したのです。

 しかしながら、目論見は外れて足下にジャストミートと申しましょうか。モモンガ様の御言葉は、カジットをますます感激させてしまいました。

「おおおおっ! 御尊名、確と承りました! モモンガ様! やはり! やはり! やはり! モモンガ様は、真の神であられます! おおっ、慈悲深く偉大なる神、モモンガ様!!」

 ーーさらに感嘆符が酷くなったあ?!

 モモンガ様の視界が、また一瞬だけ青緑色に染まりました。

 

 ーーおっかあ=サン、貴女の息子=サンを嗜めてくれませんかね。

 会話は成り立つはずなのにまるで話が進まず、危機感すら覚え始めたモモンガ様は、貴女の息子を叱ってあげてよと、カジット母のゴーストを見ました。

「神様じゃ……モモンガ様じゃ……ありがたや……ありがたや……」

 ーーうん、あてにならないね。自分で仕切るしかないな。魔王ロールは流石に場違いだとして、支配者とか絶対的強者ロールしてれば、何とかなる?

 涙は流せなくても感涙に咽ぶカジットと、平伏し直して崇め拝み続けているその母親。まるでゴーストらしくないバダンテール母子へ向かって、モモンガ様は咳払いを一つ。

「これでは話が進まぬゆえ落ち着け。そのほう、カジットであったな。そなたが口にした“やはり真の神”とは如何なる意味か。否定の後になお、私を神と呼ぶ理由を述べよ」

「ははぁ、畏れながら申し上げます」

 御下問に答えるべく、カジットは居住まいを正し、表情も引き締めました。

「第一に、モモンガ様の御姿は、六大神の最強神たる“闇の神”の御姿、故国において伝え聞きましたる御姿に瓜二つで御座います。第二に、これは故国たるスレイン法国におきまして、私が水明聖典に席を置いておりました頃、一度だけ耳に致しました事柄で御座いますが、降臨されし六大神は神々の住まう地において“ぷれいやー”であらせられたと……」

「何だと!?」

 思わず大声の上がってしまう内容でありました。

「か、神よ……」

「……ぁ、うむ。驚かせてしまったな。許せ」

 あの忌々しい青緑色が視界を覆い、驚愕から覚めたモモンガ様は、咳払いをもう一度。

 身動き無く固まってしまったバダンテール親子へ、なるべく優しく語りかけなさいます。

「詳しく聞こう」

 

 六大神について。八欲王について。十三英雄について。カジットが知る全ての伝説について。

 スレイン法国について。バハルス帝国について。リ・エスティーゼ王国について。竜王国について。獣人について。エルフ王国について。アークランド評議国について。ドワーフの国について。アゼルリシア山脈について。トブの大森林について。カジットが知る全ての国々や土地について。

 ズーラーノーンについて。八本指について。六色聖典について。冒険者組合について。ワーカーについて。王国の御前試合について。フールーダ・パラダインについて。非合法・合法を問わず、カジットの知る全ての組織と制度と著名人について。

 魔法について。アンデッドについて。死の螺旋について。言語について。文字について。貨幣について。ユグドラシルには存在しなかった《異能》と《武技》について。カジットとその母親が知る全ての知識や常識について。

 時に憤慨し。

 ーー何故だ。独りになってしまったスルシャーナが、何故そんな仕打ちを受けなければならなかった!

 時に警戒し。

 ーー人類至上主義でユグドラシル由来らしいアイテムを秘匿し、プレイヤーの子孫までいるかもしれない法国か……。

 時に肩透かしを食らい。

 ーー人類の天敵なのにソウルイーターごときに殺されまくるビーストマンって……。

 時に落胆し。

 ーー冒険者は、名称とは裏腹に夢の無い仕事だなぁ。それでも、手っ取り早く擬装身分を手に入れるには好都合か。

 時に呆気にとられ。

 ーー第三位階魔法を使えたら一人前で、個人では第六位階が限界かよ。

 時に興味を示し。

 ーー生活魔法ね。胡椒を作り出せるなら、新大陸発見は考え付きもしないわな。

 時に冷や汗をかく思いをし。

 ーーやべぇ。俺、この世界の文字を読めないかも。

 一つのことを知れば、尋ねるべきことを三つは思い付き。質問し、答を聞き。答を聞いては、また質問し。

 勿論、質問によってはカジットの知識が及ばず、あやふやな返答しか得られない事案もありました。しかし、知識欲の充足は実に心地好く、時の経つのも忘れてモモンガ様は、バダンテール親子との質疑応答を御楽しみになられました。

 ーー遠くの異郷について伝聞内容になるのは仕方ないよな。ズーラーノーンについては、あの玉っころが話した内容と照らし合わせた。他の事柄は、この地下神殿を出てから、折々裏付けしていくとしよう。

 人の身であれば、喉の渇きや空腹に苛まれたでありましょう。睡魔に囚われたでありましょう。しかし、モモンガ様はオーバーロード。バダンテール母子はゴースト。渇かず飢えず夢に返りもせずに、ひたすら会話が続いたのであります。

「馬鹿息子が。にゃが~く住んどるエ・ランテルに出入りするんもよう覚えとらんちゃ、どぎゃあ了見じゃったい」

「おっかあ、それは仕方ないだろ。俺、正規の手続きを踏んで出入りしたことは、一度も無いんだから」

「いいはるこっちゃねえ! おみゃあがそったら言い訳ばっかで、モモンガ様にお答えできんことの増えて……」

 時々、話が脱線したのは余興で御座いましょう。多分……。

 

 尋ねるべきを尋ね尽くし、いいかげん質問も尽きたと思え始めた頃……。

 ーー馬鹿な、もうそんなに時間が過ぎたというのか!

 バダンテール母子のゴーストとしての身が、薄くなり濃くなりを始めました。存在し得る時間の限界が近づいた証拠です。

「お前たちっ」

 モモンガ様は、たかがゴースト2体のために、慌てている御自身に驚かれました。

 ーー話をすれば、愛着が湧くのも当然か。ペットのハムスターが死んじゃって鬱ぎ込んだギルメンも、こんな気分だったのかな?

「お前たちは世界に返ろうとしている」

 消滅の二文字を使い辛く思い、モモンガ様は咄嗟にそう仰いました。これは嘘ではありません。方便です。

「だが、お前たちが望むなら、多少摂理を歪めても、我が手元に留め置き得るぞ」

 いざとなれば贈られたシューティングスターの内から一個未満を使うだけだと、腹をくくるモモンガ様。されどバダンテール母子は顔を見合わせた後、至高の御方へ向かって躊躇いがちに、されどはっきりと首を横に振ったのでした。

「余りにも、余りにも勿体ない御言葉なれど」

「うらたち親子どもの」

「役割は果たし尽くせたと思えまして御座います」

 親子が言葉に込めるのは、モモンガ様へ真摯に向けた尊敬と崇拝の念であります。

「うらたちが風さ変わるなりゃ」

「吹き抜ける度に囁きましょう。モモンガ様こそが慈愛の神であると」

「うらたちが波さ変わるなりゃ」

「打ち寄せる度に告げましょう。モモンガ様こそが真の神であると。六大神をも越える神であると。即ち“超神”であると!」

 ーーごめんよ。言うべき言葉は違うのかもしれないけど、ごめんよ!

 モモンガ様に、拒絶の大罪を犯した母子を咎める御心など、欠片もありはしません。寧ろ清々しい気持ちにさせてくれた2体を、誉めてやりたい気分です。

 ですから……。

「そうか……、ならばお前たちに礼と祝福を。お前たちを、この我自身の消滅まで記憶し続けると、ここに誓おう」

 その身は透けるばかりとなり、満面の笑顔を浮かべたまま、カジット達は消えていきます。呆気なく消滅していきます。

 

 存在しないはずの涙腺が弛緩するのを覚え、モモンガ様は骨の額を、やはり骨だけの利き手で押さえました。

「ありがとう。そして、さよなら」

 オーバーロードの洩らした呟きを聞く者は、もはや存在しませんでした……。

 何も存在しませんでした……。




 カジットとおっかあ、完全成仏……。

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