転移と思い出と超神モモンガ様   作:毒々鰻

4 / 14
万が一にもヘロヘロさんが一緒に転移して来ていたら、この二次文中ではヤバかったかもしれない(汗)


ゲンコツ

「ああ、解ってるさ。ふざけた玉っころは、俺を馬鹿にしてた訳じゃない」

 幾度も拳を振り上げた後で、幾度も床を蹴りつけた後で。そして、幾度も眼窟に青緑色の光をちらつかせた後で。モモンガ様は、少しだけ落ち着いた声を発しました。

 途中で、誰かが何処からか探知魔法を使ったのか、強化済みの攻勢防壁が発動したようですが、脇に置いておくべき話でしょう。

「だけどな、奴は思い出を抱く事そのものを嘲笑いやがった」

 せっかく冷え始めた表面を破り、ドロドロのマグマめいた感情が、再び顔を除かせます。

「思い出に価値が無いのなら、俺がやってきた事は全て無価値だったとでもぬかすのか!」

 またも視界が青緑色を帯びるものの、頭が冷え心が沈む現象は、改めてモモンガ様を憤激させます。

「ヘロヘロさんは、まだナザリックが残っているとは思いませんでしたって、悪意なく口にしていたけど。……俺は頑張ったんだよ! 言いたくないけど頑張ったんだ! 皆がインしなくなった後もひとりっきりで、ギルドの維持に駆けずり回ったんだよ! ナザリック地下大墳墓は、皆との……皆の思い出が詰まった場所なんだからさ!」

 

 ーーたっちさんとウルベルトさんの喧嘩は洒落にならなかったけど、超一流の攻防から学ぶ事は多かった。弐式炎雷さんと武人建御雷さん……“炎ちゃん建やん”コンビの掛け合いがマニアックすぎて、やまいこさんに説明して貰うまで解らなかった。るし★ふぁーの口車に乗せられたペロロンチーノさんが、茶釜さんと餡ころもっちもちさんの2人に、PVPで折檻されてた。あれは怖い。本当に怖い。やまいこさんからリアルの映画鑑賞に誘われたのを断った俺も、何故かあの2人に折檻されたから解る。立会人を務めてくれた死獣天朱雀さん……、若さゆえの誤りなんて笑ってないで、もっと早く止めて下さいよぉ!

 ナザリックでの出来事に思いを馳せれば、恐怖体験や恨み言もちょっぴり含有しつつ、モモンガ様の胸中は懐かしさで満たされます。ギルドメンバー全員が力を合わせ万難を排して、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをやっと完成させた日。その感動は、今でもモモンガ様の骨の芯を熱く震わせます。

 

 しかし、それらの思い出さえも……。

「いい加減にしろっ! 何度も何度も、さっきからいったい何なんだっ!」

 怒りであれ、懐かしさであれ。心が大きく動いた途端、視界が一瞬だけ青緑色に染まり、精神も感情も強制的に空虚なものとされてしまうのです。オーバーロードは骨の身体ゆえ、空っぽな胸中こそが相応しいとばかりに。

「ふざけるな! 俺は、アンデッドになりたかったんじゃない! 俺は、ゲームのキャラクターになりたかったんじゃない! 俺はアインズ・ウール・ゴウンを、あの仲間達との掛け替えない時間を抱き続けたいんだ!」

 視界が忌々しい色で汚されるたび、心が奪われそうになるたび、モモンガ様は憤り、激発せずにいられませんでした。

「あの輝かしい思い出を奪えると思うなっ! この俺の存在理由を奪えると思うなっ! アインズ・ウール・ゴウンを奪えると思うなっ!」

 モモンガ様は、只のオーバーロードではありません。データで示せば事足りてしまう、薄っぺらなキャラクターではありません。

 個性的すぎたギルドメンバー達とともに笑い、ともに苦しみ、ともに怒り、ともに楽しんだモモンガ様なのです。未だ魂ではギルドの旗を高々と掲げ続ける、モモンガ様は至高のギルド長なのです。

 そのようなモモンガ様から誰が、思い出を奪えましょうか。思い出を掛け替えなしとする心を、誰が奪えましょうか。

 

 イイエ、オリマセン……。イテハナリマセン……。

 

「アイテムボックスは……随分と仕様が変化したものだが、使えるな」

 長い時間をかけて気持ちを落ち着かせたあと、モモンガ様は状況整理に努めます。

 念のために機能するか試したリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを外し、傍目には空中に出来た裂け目へ手を突っ込むようにして、アイテムボックス内へ確りと収納なさいました。

「ユグドラシルや他の体感型大規模オンラインRPGの中に閉じ込められた。この可能性で現状を捉えるには、幾つかの無理がある」

 周囲に誰もいませんが、敢えて言葉を紡ぎ、思考の堂々巡りを予防します。

「極端な手間とコストを消費した上で、俺をバーチャル世界に監禁し、行動を眺めている奴ないし奴等がいる? 俺なんかを眺めて楽しむ人間なんて、存在する訳ないだろ」

 監禁対象が有名人なら、例えばリアルでは人気声優の茶釜さんなら或いは等と考えた途端、シャドウボクシングを始めるやまいこさんが脳裏に浮かびました。背筋と言うか、背骨に冷たいものを覚えたモモンガ様は、あくまで例え話にすぎないと思考を正します。

「これは、ユグドラシルの終了で大きなショックを受けた鈴木悟が、妄想している夢である。身も蓋もないけど、いちばん可能性の高い気もする。しかし、いずれは醒める夢ならば、考察の必要すら無いよな」

 そこまで口にした後、モモンガ様は意味もなく周囲を改めて見回しました。御自分の思い付きを恥じるように、モソモソと照れ臭そうに御呟きになられます。

「可能性を考えるのも馬鹿馬鹿しいし、100年以上前のラノベみたいな話だけれど……。ここは、リ・エスティーゼ王国だのスレイン法国だのが存在する異世界であり、俺は何故かユグドラシルで使用していたアバターの姿と能力をもって、異世界転移してしまった……。まあ正直、そういう事態であってほしいと願う妄想なんだけどさ」

 

 解答しようのない問題に頭痛を覚えつつ、骨だけの利き手を、モモンガ様は凝視なさいました。

 ーー早まったかな。酷くムカつく玉っころだったけど、この場では唯一の情報源には違いなかった。情報から切り離された知将は情報を使いこなす凡百の徒に劣る……でしたよね、ぷにっと萌えさん。

 虚しく握った右拳から視線を外したモモンガ様は、神殿の床に転がったままになっていた男達の遺体を見詰めます。

 ーー必要ならば投資を惜しんではならない……解ってはいるんです、音改さん。確かに《蘇生の短杖》なら余分に保有してますけど。

 再び空中の黒い裂け目に手を突っ込んだ至高のオーバーロードは、悩ましげに唸ります。アイテムの消費を避けたい気持ちもありますが、それ以上に懸念なさっている事項があります。

 ーーカジット・デイル・バダンテールの願いは、遠い昔に死に別れた母親を生き返らせること。こいつを蘇生したら、ほぼ間違いなく母親も生き返らせてくれって懇願してくるよなぁ。何年前に死んだんだよ!

「蘇生し情報を聞き出し終えてから、改めて殺せば済むことだ。私は、とても我が儘なんだよ」

 いかにも魔王然とした言葉を、モモンガ様は腕を組み口にしたものの、直ぐに頭を振って否定なさいました。

 ーー駄目だな。こいつにとって母親との再会を熱望する心は、掛け替えのない“思い出”だろう。この俺が、思い出を否定してどうする!

 それでも蘇生は専門外なんだよなと、嘆息するモモンガ様の視界の端で何かが動きました。

「ん?」

 それは酷く薄まっていてフワフワと頼りない、弱い光が生み出した錯覚と思えてしまえそうなもの。死の超越者たるモモンガ様の知覚をもってしても、なかなか捕捉できないほど微弱な存在でした。

 ガジットの亡骸に纒わり付いているらしきそれを、モモンガ様は暫く眺め、フフッと苦笑を漏らされました。

「なんだ。ずっと側に居たのではないか。これならば……」

 ーー要求は、要求者の欲求に必ずしも等しくない。真に欲する内容を正確に把握すれば、値切るは容易い。そうでしたね、音改さん。

 

 暗闇へ沈み拡散しつつあった意識が不意に引き上げられ、ガジットは地下神殿内で人の肩ほどの高さに浮いている自分に気が付きました。視覚も戻ってきて最初に見えたのは、白目を剥いたまま床上に転がっている自分の死体でした。

 呻き声が溢れました。

 嗚呼、せっかく神が降臨なされたというのに、自分は死んでしまったのだろうか。不用意に神に触れて、罰が当たったのだろうか。こんなことになってしまっても、神は願いを聞き届けて下さろうか。

 混乱し取り乱し、嘆き始めたカジットでした、しかし。

 ゴツン!

 突然、脳天のやや左側に覚えた衝撃に我に返らされました。殴られたではなく、ゲンコツを落とされたとしか表現しようのない、何処か懐かしい衝撃。

 驚き左を見上げたカジットが視覚したのは。

「おっかあ?!」

 息などしていないのに鼻息荒く右拳を振り上げる、幼かったカジットが悪戯をした後では決まって見せていた形相の、あの遠き日に死に別れた優しい母のゴーストでした。まあ、今はどう見ても激怒中でありますが。

「お、おっかあ……」

「こんのっ、ばかたりゃああああっ!!」

 涙は流せずとも泣き出しそうな表情を浮かべる、ゴーストとなったカジット。その脳天を、怒れるおっかあゴーストのゲンコツが、今度はジャストミートいたしました。

「こんのっ、馬鹿息子が! ガキんちょだったおみゃあが心配で、死んでも死にきれんかった母ちゃんが見とりゃあなんじゃい! ねじり鉢巻で勉強して、水の神さんとこの神殿に入ってくれたときゃ、嬉しかったど。ああ良かった、デキのワルい鼻垂れ小僧だった息子も、一人前になってくれた。やれやれこれでもう思い残すことはなか……と思った途端、あげな怪しいガラクタにたぶらかされてからに! おみゃあ、どんだけ悪さ重ねてきただぎゃあ! 悪さ重ねて、悪さ重ねて、ほんに情けない! 母ちゃん情けなくって、涙でてくりゃあ!! ちょっと、おみゃあここに座れ! すっかり曲がりきっちまったおみゃあの根性、母ちゃんが叩き直しちゃるから、ここに座れ!!」

「ごっ、ごめん! ごめんよ、おっかあ……」

「いまさらごめんですむかい、ばかたりゃああああっ!!」

 

 涙声でゲンコツを振り回す母親のゴーストと、痛そうに……でも何処か嬉しげに叩かれ続けるカジットのゴースト。

 ーーう、うわぁ。訛りが混ざりすぎだろ。

 モモンガ様は、ゴースト達のドタバタを見守っておいでです。いまにも顎が外れてしまいそうなほど、大きく口を開けて、見守っておいでです。




ご都合主義、爆発……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。