転移と思い出と超神モモンガ様   作:毒々鰻

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 キャラクターを書き手よりも賢く描写するなど、不可能と痛感……。
 この話では、かつてのアインズ・ウール・ゴウンで、ベルリバーさんも軍師だったようです。


砕けて

 ーーありのままに今起こった事を話そう。明日は4時起きだから早く寝ようとサーバーが落ちるのを待っていた俺はアバターのまま、気付いた時には見たこともない怪しげな場所に立っていた。ヤバイよ骨だよオーバーロードのモモンガだよ。ログアウトも出来ないし、GMコールも通じない。そもそもコンソールまで表示されやしない。おまけに、いかにも邪神教徒っぽい格好をした連中が、目の前で次々に死んでいったんだ。最後の奴なんて顎が動いて話すし、涙まで流すし……。なっ、何を言っているのか解らないと思うが、俺も何が起きたのか解らない。頭がどうにかなりそうだ。サービス終了の延期だとかシステムエラーだとか、そんなチャチなものじゃ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気がするぞ!

 ナザリック地下大墳墓の表層中央霊廟から、エ・ランテルの墓地にある地下神殿へ。あまりに唐突かつ想定外な周辺状況の変化が、モモンガ様を混乱させます。

 眦が裂けるほどに見開かれた眼や、泡を噴き歪み広げられた口など。周辺に転がる死体の浮かべる死への恐怖と苦悶と絶望の形相が、ゲームたるユグドラシル内では見られなかった要素が、モモンガ様を困惑させます。腐敗や損壊といったグロとは些か方向性が異なりますけれど、この手の死ぬことそのものを強調しすぎた描写の類いも、ややこしい議論の対象となり得ますれば。

 

 ーーんっ?

 モモンガ様の視界が、フィルターでもかかったかのように、一瞬だけ青緑色に染まりました。混乱も困惑も消え去り、思考能力が役割を果たそうと、活動を再開します。

 ーー急に頭がスッとした。これは都合が良いことなのか? 思いもしなかった出来事に遭遇した時こそ、冷静にならなければならない。情報の収集・整理・分析を怠ってはならない。そうでしたね、ぷにっと萌えさん。でも……。

 かつてのアインズ・ウール・ゴウンで、今孔明と称えられたメンバーの言葉を思い出しつつも、モモンガ様は御自身の心理に違和感を覚えました。焦燥で熱くなってしまった頭が冷えるのは、大いに結構です。しかし、頭と同時に心まで、冷えてしまった気もします。

 ーー冷静なのと冷淡なのは全く違う。どれほど勝利の条件を満たしても、勝利を掴む意欲無き者に、勝利の女神は絶対に微笑まない。バトルで勝利者たるためには、クールな頭脳と熱いハートを併せ持て。そうでしたね、ベルリバーさん。

 ぷにッと萌え氏に対抗して今士元と自称していたミスター風呂好きを思い、モモンガ様は苦笑なさいました。やはり風呂には一家言あった腐れゴーレムクラフターに、自称の事をからかわれては怒っていたなと。

 

 判断の前には情報収集が不可欠だからとモモンガ様は、手始めに地下神殿の床に倒れ動かなくなった男達を調べます。

 ーーこのキャラクターは特に、俺を神とか言ってたけど……って、キモイな。

 モモンガ様は、足下でうつ伏せのままピクリとも動かなくなった男の体を、おみ足の先で左側からコロリとひっくり返しになられました。媚びるようでいて希望に満ちる泣き笑いのまま、白目を剥いたカジットの死に顔が露になります。その無毛ぶりとの相乗効果で、実に不気味です。

 もしも、至高のオーバーロードに表情があったなら、盛大に顔をしかめておいでだったでしょう。

 ーー最後の最後に運営がやらかした演出にしては……。

 ワールドアイテムのゲームブレイクな仕様は、今更語るに及ばず。プレイヤー達から「頭がおかしい」と評され続けたユグドラシル運営を、モモンガ様は試しに疑って考えます。

 しかし、その疑念は強いものではありませんでした。現在の異状すぎる事態をユグドラシル運営による失態ないし悪意ある所業と考えるには、技術的にも経済的にも無理があると思われます。英明なる御方は、御気付きになられ始めておいでなのでしょう。

 まあ、鈴木悟に対する拉致・監禁等の刑事的な問題であれ、不当行為によって発生した損害に対する賠償といった民事的な問題であれ、法的な問題は、極端な富裕層が絡んでいた場合、圧倒的な社会的な力で消し去られてしまう可能性もありますので、思考から除外致しましょう。

 

「何だコレ?」

 改めてカジットを見下ろしたモモンガ様は、その右手が死してなお離さずにいる物を御覧になって、呟きました。

 やや歪な球体が、淡く明滅しています。有り難みを感じる訳ではありませんが、只の石と捨て置くのは無思慮でありましょう。

 ーー鑑定前に、攻勢防壁の強化と何か掛けられていないか調べるんだけど、コンソールが……おっ!

 死体として置かれたオブジェクトの懐からアイテムを拾おうとして、爆発するケースやバッドステータスの呪詛的なものが掛かってしまうケースは、ユグドラシルにおいては珍しくありません。

 初歩的な用心を試みたモモンガ様は、御自身の中で何かが繋がるのを、感じ取りました。言うなれば、意思と力の連結でありましょうか。ゲーム内ではコンソールの操作でしたが、今は意思を込めた言葉を紡げば、魔法を使えるのだと解ります。

 ーーロケート・オブジェクトだけか? それにしても、魔法の使用がこんな風になっているなんて。ここはユグドラシルでは……っ、まだだ! 判断するには、何も知らなすぎる。

 探知魔法対策をなされたあとで、死後硬直で硬くなったカジットの右掌から球体をもぎ取り、モモンガ様は《道具上位鑑定》の魔法を御使用なさいました。

 

 ーー死の宝珠? インテリジェンス・アイテムだと? 聞いたことの無かった類のアイテムだが……。

『お初にお目にかかります。偉大なる死の王よ』

 メッセージでも使っているのか、球体が脳裏へ話しかけてきます。モモンガ様を王と呼び、そのシモベになりたいと懇願してきます。

「死の宝珠よ」

『ははぁ』

 放っておくと何時までも続きそうな追従を断ち切り声をかけたモモンガ様に、球体は可能なら平伏しそうな応えを返しました。

「お前は私を王と呼ぶが、その理由は何か?」

『それは無論、あなた様の絶対なる死の気配に、無尽の敬意と崇拝を捧げ申し上げからに御座います』

 ーー会話が成立するのか?!

 驚愕のあまり、モモンガ様の視界が再び一瞬だけ青緑色に染まりました。

『この場に屯せし者共を御身に纏いになられる気配のみで滅し、しぶとく足掻く者へも触れたのみで死を御与えになられました。王に相応しき御振る舞いを拝見し、わたくしめ感動に打ち震えております』

 ーーええと。つまり倒れてるキャラクター……じゃなくて人達は、俺の《絶望のオーラ》や《負の接触》で死んじゃったのか? どっちも嫌がらせ程度の代物なのに……。

 モモンガ様は、立ち上るままになっていたオーラを止め、少し迷ってから《負の接触》を一端オフになさいました。

「……宝珠よ。我がシモベになるを望むなら、先ずは我が質問に答えよ」

『王よ、何なりと』

 思い込みではなく本当に会話が可能なのか確認するため、ついでに情報収集のため、モモンガ様は質問を重ねていきました。

 

「死の宝珠よ。存外……知らぬ事が多いのだな」

『もっ、申し訳ございません王よ。己が無知すら弁えずにいたわたくしめを、どうか御許し下さいませ』

 モモンガ様は、落胆を隠せませんでした。ここまでのやり取りから、掌中で弱々しく明滅している球体が、話し相手となり得ることは認めています。ついでに、会話の最中に御自身の顎を擦すって、骨だけのそれが動いていることも確認しています。

 問題は、得られた情報が質量ともに満足のいくものではなかった、という点です。

 ーーここはリ・エスティーゼ王国の城塞都市エ・ランテルにある広い墓地の地下神殿らしい。王国の東にはバハルス帝国があるらしく、南にはスレイン法国があるらしい。……ユグドラシルには、存在しなかった名前だ。やっぱりここは、ゲームでは……ユグドラシルでは……。

 深い溜め息が流れました。

 ーー問題なのはこの玉っころが、それらの国々の概要だけで、細かい事とかましてや機密事項とかは殆ど知らないって事なんだよな。所詮はアイテムだからか。

 

 いちど頭を軽く振って、モモンガ様は質問を変えました。

「お前の先程までの持ち主、カジットだったか? どのような男だったのだ?」

 いくらアイテムでも元の持ち主へは多少の関心があったろうと、期待されたからです。

『畏れながら持ち主ではなく、運び手でございました。人としては魔術の才にそこそこ恵まれ、故国ではひととき特殊な部隊に属しておりましたが、遠の昔に死んだ母親との思い出に拘泥し、取り戻せる筈もない過去を取り戻すのに必死な、実にくだらぬ男でございました』

「くだらない……か?」

 死の宝珠は気付くべきでした。モモンガ様の声が低くなられました事に。

『はい。そのくだらなさ故、思慮を操るに容易く済んだ面は、確かに御座います。されど人が口にする“思い出”など、己にとって都合の良い記憶の継ぎ接ぎで御座いましょう。人が大事にしているらしい“思い出”など、不正確な記録の極みで御座いましょう。そのようなものに……おっ、王?!』

 ペラペラと人の思い出と言うものを嘲笑していた死の宝珠は、己を握る骨の指に恐ろしい力が入り始めたのを感じ、言葉を止めました。

 しかし、遅すぎたのです。モモンガ様の眼窟に宿る赤い光は、既に煮えたぎっています。時折、青緑色がさすような気もしますが、全く問題にならぬほど、地獄より熱く煮えたぎっています。

 

「お前は、我が前で、思い出をくだらないと言うか! 思い出を嘲笑うか!」

『王よ、御待ち下さい! 御許し下さい、王よ!』

「糞が!」

 死の宝珠は、モモンガ様の前では“思い出”と言う言葉を嘲笑ってはならなかったと、知りました。悲鳴とともに弁明します。

『くっ、くだらぬは、カジットでありまして、わたくしは偉大なる死の王たるあなた様を謗る意思など、意思などけして、けっして……ォオオオオッ!』

「糞がぁ!」

 モモンガ様の指は宝珠の表面を罅割り、さらに内部へ食い込んで行きます。

「糞がぁああああああああっ!!」

 哀れ飛び散る破片はキラキラと、断末魔をあげる暇なく、死の宝珠は砕けてしまいました。

 

 無知にして無礼な球体を握っていた手を握り締め、骨の拳を振り上げて。

 モモンガ様は繰り返し吹き上がる憤怒のまま叫び、地下神殿全体を震わせ続けました。




 おお、死の宝珠よ。砕け散ってしまうとは情けない!
 ……次回、あの男の悲願が……。

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