転移と思い出と超神モモンガ様   作:毒々鰻

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 登場キャラの相対的強さは直感に従っています。


御慈悲を……

 流れ行く時の緩急は、主観によって甚だしく変わるもの。西暦1970年頃の言い回しなら、光の巨人がボクらのために闘ってくれる3分は手に汗握るほど短く、お湯を注いだカップ麺が出来上がるまでの3分は苛立つほど長いので御座います。

 

「うわっ、もう、こんな時間! 急いで玉座の間に……って、駄目だな……。慌てふためいて腰掛けたんじゃ、悪として然るべき姿になりませんよね、ウルベルトさん。荒れ狂う雷大王の品格も必要でしたよね、ベルリバーさん」

 物思いから我に返ったモモンガ様が時刻を確認すれば、ユグドラシル終了まで残り90秒ほどでした。

 コレクターとしての業深さなのか、素早いコンソール操作で贈られた品々をアイテムボックスへ収納なさいましたが、アインズ・ウール・ゴウンを誇るギルドマスターは、表層中央霊廟から移動しようとはされませんでした。

 ところで、荒れ狂う雷大王とはアレクサンダー大王の誤りなのでしょうか?

 

 ナザリック地下大墳墓の終着点、玉座の間。

 地下10層のそこは、ギルドメンバー全員が堂々と侵入者を迎え撃つ最終決戦の地として定めた場所であり、モモンガ様がユグドラシルの最期を迎えようと一度は考えた場所です。

 しかし、

「敵対プレイヤーは多すぎて数知れず。でも、ここを陥落せしめるプレイヤーは遂に現れなかった。それどころか忘れないと言ってくれたプレイヤーも存在している。だったら俺達は終わりませんよね」

 この場には誰もいませんが、心の中にいる仲間へ語り掛ければ、メンバー中で最も悪という言葉に拘った男が、モモンガ様へ力強い頷きを返したように思われました。ついでに、メンバー中で最も風呂と征服の両方に拘った男が、サムズアップしているような気もしました。

 だから敢えて表層で、至高のオーバーロードはゆっくりと腕を広げました。だから敢えて表層で、深情のオーバーロードは絶望のオーラを最大レベルで放ちました。

 

 ーー忘レナイカラ……忘レサセナイカラ……。

「確と見よ! 確と聞け! 我らアインズ・ウール・ゴウンに敗北は無い!」

 それは咆哮です。

 ユグドラシルの全ての世界を揺さぶらんと欲する、ユグドラシルに関わった全ての存在に忘却を許さない、モモンガ様の咆哮です。

「故に我らアインズ・ウール・ゴウンは、永遠に不滅なり!!」

 やがて、激情の余韻も消え行き……。

 灰をかぶる乙女に掛けられた魔法は解けて、時計がゲームの終了を告げたので御座います。

 

 

 

 ……ソシテ、異ナル何カガ始マルノデ御座イマショウ…………。

 

 

 

 過去とも未来ともつかぬ何時か。此処にあらざる何処かの世界。

 尋常の手段では辿り着き得ぬ異界の大陸にある、リ・エスティーゼ王国の都市としては最も南東にある城塞都市エ・ランテル。その外周部を、実に四分の一ほども占めている共同墓地。ご丁寧にも時折ゾンビやらスケルトンやらが発生するため、対応する人員を除けば、ほとんど人が立ち入らない墓地の奥にある霊廟。更にその地下に、隠された神殿が存在しておりました。

 

「ここは何処だっ! どういうことだっ!」

 

 唐突な重圧に曝されて、地下の神殿内で蠢動していた男達は、次々と薙ぎ倒されます。驚愕する暇も、断末魔を上げる余裕もありません。

 彼等の肉体その物は無事なのです。それでも、神経が焼け爛れるような感覚で呼吸は不可能となり、のし掛かって来る目に見えぬ物の重さで魂が圧潰していくのです。

 転倒しつつも、生命の土俵際で辛うじて踏みとどまったのは、左手で杖を掴み、右手に珠を握り締め、どこか不吉な色合いのローブを纏い、頭髪も眉毛も睫毛もない特異な風貌を晒した、酷く顔色の悪い男のみでした。

 

 エ・ランテルに暮らす人々が存在を知らないであろう神殿。知っていたら尚更近づかないであろう、不吉な地下の施設。そんな場所で集い、限られた光源しかない場所で密談する男達が、真っ当な人間のはずもありません。

 ズーラーノーン。

 それはカツラを否定して毛根の死滅した自らの頭を晒すのみならず、積極的に激しくハゲを広めようとする、傍迷惑な同好会……ではありません。

 禁忌たる邪法を用いて数々の悲劇を巻き起こしてきた、恐るべき秘密結社なのであります。

 周囲にいた弟子達が次々と息絶える中で、未だに生へしがみついている無毛の男こそ、結社の幹部“十二高弟”たるカジット・デイル・バダンテールなのでありました。

 ーーかっ、かみぃいいいいいっ?!

 舌が縺れる彼は、心の中で絶叫します。念のためですが、頭がフサフサになるように願った訳ではありません。

 

 エ・ランテルに密かに住み着き、この地下神殿を拠点として暗躍すること5年近く。カジットは、自らをエルダーリッチと化すべく忍耐強く暗躍し続けてきたのです。今宵も祭壇前で、己の弟子達から報告を受け、新たな指示を下すつもりでした。

 しかし、何の前触れも無く目前に御降臨なされたのです。絶望のオーラを最大レベルで立ち上らせるモモンガ様が!

 

 漆黒のローブを身に纏う御方は、顔も胴も手も骨だけです。こんな表現では、只のエルダーリッチと勘違いさせてしまいそうです。

 凡百のアンデッドが、真珠よりも艶やかな骨に、帝王の覇気を宿すでしょうか。人ならば鳩尾の辺りに納める宝珠が、ひとめ見ただけでカジットの母国の秘宝すら凌駕しそうだと思わせるでしょうか。そしてなにより、空虚なはずの眼窟に宿り揺らめく赤い光が、森羅万象を掌握し三千世界を支配するのも当然と教え知らしめるでしょうか!

 カジットが至高のオーバーロードを神と認識してしまったのも、無理はありません。

 

「かっ……神よ……御許しください……」

「ぇ?」

 カジットはうつ伏せに倒れたまま、杖を放した左手をモモンガ様へ伸ばします。

 彼も必死なのです。母国も信仰も捨ててズーラーノーンへ入ったのは、人であることを捨ててエルダーリッチになろうとしているのは、幼き日に死に別れた最愛の母を取り戻すため。母を取り戻せるなら、何を犠牲にしても厭わない気でいました。

「どうか……どうか……御慈悲を……」

 しかし、直感が本能が告げるのです。目の前の御方ならば、突然現れたこの御方ならば、容易く母を取り戻して下さると。30余年の艱難辛苦は、今この時のための布石だったのだと。

「どうか……どうか……」

 何ともどかしいのでしょう。腕をピンと伸ばせれば、触れられる距離なのです。そもそも立ち上がれたならばカジットは、全力で敬意を示すべく、モモンガ様の足の甲へ接吻をかましていたでしょうに。

「ぇぇ?」

 せめて言葉を届けようと力を振り絞ったカジットが無理矢理に面を上げると、宙に浮かぶ見えない板に触ろうとしていたモモンガ様の動きが止まりました。その尊い視線は、カジットの顎の動きに向けられているようです。

 

 ーー嗚呼、神は我が言葉に耳を傾けて下さる!

 嘗ては母親思いの少年だった男は、歓喜と希望を力に替えて、左手をモモンガ様の足下へと伸ばします。そして、感涙を滝の如く溢れさせたカジットは、遂に尊き御方のローブの裾に触れました。

 

 《負の接触》発動!

 

 宿願を叶える期待を抱いたままカジット・デイル・バダンテールの心臓は、その鼓動を停止しました。

 

「えっ? なに? ここはどこ、マジでなんなの、この状況?!」




 カジッちゃん、取り敢えず死亡確認(とある王大人の口調で)!

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