転移と思い出と超神モモンガ様   作:毒々鰻

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間を空けすぎて申し訳ありません。
恥ずかしながら戻って参りました。


仮初めの絶望を

 またもや舞台となった共同墓地地下の神殿にて。

 ーー確かに体長が10倍なら、体積は1000倍になるけどさ。特殊な能力なんて付与しないんだけどなぁ。ともかく図体をでかくして、少しばかり防御力を高めたスケリトル・ドラゴンを作りたいだけなんだけどなぁ。どうしてアンデッド創造や作成のリソースが足りないことになるんだよ!

 余りにも計算違いな事態に、死の超越者たるモモンガ様は、頭を抱えてしまっておいでです。眼窟に宿る赤い光まで、些か元気を欠いていらっしゃいます。

 

 ーー体長10倍なだけのスケリトル・ドラゴンより、普通のソウルイーター12体の方が強力なのにな……。

 魂喰らい。骨の獣とでも形容するべきソウルイーターには、たった三体で十万を超すビーストマン達を殺戮した伝説があるのです。そのようなアンデッドを服従させるモモンガ様は、やはり至高なる御方であらせられましょう。

 それにも拘わらず、ユグドラシルでは低レベルなアンデッドでしかなかったスケリトル・ドラゴンの大型化は、儘ならないようなのです。バダンテール親子の際に見られた自由度の高さも、こうなると困惑の原因でしかありません。

 ーーでも、ソウルイーターは使いませんから。大丈夫ですよ、たっちさん。

 聖騎士殿の幻影が危惧する前で、アンデッドの身体に慈悲の心を宿す至高の君は、首を軽く横へ振ったのです。

 伝説が有ることと、誰もがみんな知っていることは、必ずしも等号では結べません。せっかくソウルイーターを目撃させても、エ・ランテルの住民達が、それを恐ろしく強力なアンデッドであると認識し、畏怖しなければ意味がないのであります。

 もちろん識者ならば、例えばエ・ランテル魔術師組合のテオ・ラケシル組合長ならば、ソウルイーターを知っている可能性があります。或いは無知な大衆も、都市住民の三割ほどが犠牲になれば、ソウルイーターの伝説を体感できるかも知れません。無意味すぎる仮定ですが。

 ーーアインズ・ウール・ゴウン神話の語り部を、この手で減らしてどうする。それに……。

 頭を抱えた悩めるポーズを解き、モモンガ様は、御自身の右手を御見つめなさいます。無駄を省いた故に、神々しき白さを誇る骨の御手を。

 ーーオーバーロードとして握手したなら、再認識できなかっただろう。人間態の手で触れたブリタ・バニアラには呼吸があり鼓動がある。キャラクターとして存在するのではなく、確かに生存している。この都市の住民すべてが、確かに生存している。

 背筋を伸ばしたモモンガ様は、両肘を脇腹につけ、左右の掌を上へ向けました。何故か、御方の右後方に出現したウルベルト・アレイン・オードル氏も、同じ直立のポーズを決めるのでした。

「だからこそオーバーロードのモモンガとして、仮初めの絶望を贈るに値すると言えるのだ! だからこそモモンガ・モモンとして、未来を手繰り寄せ得る希望を贈るに値すると言えるのだ!」

 エ・ランテルを、微々たる災厄と素晴らしき祝福が訪れようとしています。超神と讃えられもしたモモンガ様の御心に従うのが道理。それは運命なのです。

 災厄の具体的な訪問方法が、今のところ頓挫していますが……。

 

 ーー語り部候補達を、深刻な絶望へ突き落としてはならない。

 絶望とは何でしょうか? 辞書によれば、「ありとあらゆる希望を喪失すること」だそうで御座います。

 努力が踏みにじられるばかりなら、期待が裏切られるばかりなら、人間の心は、どこまで耐えられるのでしょうか。目標達成の見込みも無しに徒労感に苛まれるばかりなら、人の心は、いつまで折れずにいられるのでしょうか。

 ーー本当に絶望してしまった人間は、努力を放棄する。やまいこさんや死獣天朱雀さんの嘆きが、証明していたではないか。

 どれほど盛大な式で祝われようと、どれほど多くの親類縁者から寿がれようと、入学は始まりでしかありません。学問の舎に席を確保するのは目的ではなく、スタートラインに立った証でしかないのです。

 それにもかかわらず鈴木悟氏が暮らしたリアルでは、燃え尽きた雰囲気を纏う新入生ばかりだったそうです。期待と意欲と活力を欠乏した新入生ばかりだったそうです。

 ーー自覚していたか否かまでは解らぬにせよ、話題に昇った少年達はリアルでの未来に絶望していたのだろう。

 包容力に富んだギルドマスターへ、リアルでの愚痴をついつい溢しまくった過去のある、脳筋先生な半魔巨人卿と最年長者だったギルドメンバー殿。悲し気な溜め息を吐くモモンガ様の傍らで、異形の幻影同士が、ばつが悪そうに顔を見合わせています。

 ーーあくまでも絶望は仮初めに。エ・ランテルの住民達が、「絶望した! レベル上げしてなかった自分に絶望した!」と、叫ぶ元気を保てる程度に。

 絶望とは……本当に何でしょうか?

 

 ーー策略はシンプルに。そうでしたよね、ぷにっと萌えさん。

 ねじり合わさる蔦が人の姿を形作ったかのような異形、アインズ・ウール・ゴウンの今孔明、ぷにっと萌え氏。

 心中の問い掛けに、誰でも楽々PK術における師匠の幻影が頷きを返しても、モモンガ様は腕を組んで考え込んだままです。人間態であったなら、眉間に皺を寄せておいででしょう。

 ーーこの都市の住民が、一目見て腰を抜かすであろう大きさ。そんなスケリトル・ドラゴンにエ・ランテルの上空を飛び回させることで不安を煽り、頃合いを見て俺が、モモンガ・モモンとして討伐する。ペロロンチーノさんほど華麗には飛べなくても、ウォー・ウィザードとしての俺が空中で派手に勝利すれば、話題性には事欠かないし、無駄に大きな被害が出て恨まれるリスクも下げられる。単純だけど良い案だと思ったのにな。

 マッチポンプなどと評さないで下さいませ。モモンガ様……もとい、人間態のモモンガ・モモン氏が名声を手に入れたなら、エ・ランテルの住民達を手始めに、この世界の人類の生存能力は向上するはずなのですから。

 ーーこの世界の一般大衆は、知識が足りていない。

 例えば、異形種たるモモンガ様の種族であるオーバーロードを知る者は、この世界にまず存在しないでしょう。畏れ多いことながら、御方が全ての神器級アイテムを外し、純白の全身骨格を御晒しになったなら、多くの者がスケルトンとしか認識できないでしょう。

 残念なことに、モモンガ様のフルヌードの価値を正確に理解して、歓喜の余り血と汗と涙とその他諸々の体液を流す者は、この世界には皆無なのであります。

 ーーインターネットはおろか、充分な教養に触れる機会さえないから当然かもしれないけど、自分達が無知だという事実にさえ気付けていない。

 至高なるオーバーロードは組んでいた腕をほどき、頭上へ右拳を掲げました。

「なればこそ、私は人々の無知を糾弾しよう。彼等が無知ゆえに視野の外へ置き続ける危険を、敢えて突き付けよう。その上で、彼等に示そうではないか。私が偉大なる仲間達から学んだ知恵を! 未来を切り開く術を!」

 高らかな宣言の後、ゆっくりと右手を下ろしたモモンガ様は、振り返りになられました。無論そこには誰も居ない空間が広がるだけのはずです。しかし、至高なる御方は、知覚なさっておいでなのです。ユグドラシルで苦楽を共にした、掛け替えのないギルドメンバー皆の幻影を。

 

 ーー先ずはこのエ・ランテルから始めるに当たって、皆さんの御知恵を借りたいのです。出来れば、この世界での最初の知人であるカジットの遺産を活用する方向で。

 幻影達が顔を見合わせます。

 ややあってワールド・ディザスター殿の幻影が、粘体盾閣下や半魔巨人卿の幻影と、1対2での戦闘を演じて見せました。

 ーーすいません、ウルベルトさん。カジットの遺した2体を同時に相手するのは俺も考えたんですが……。こちらの世界にも、それが可能な冒険者はいるみたいなんです。それに空中戦で2体の相手をするとなると、観戦に足る動きは難しくて……。

 申し訳なさそうに返すモモンガ様に同調して、幻影とは言え空中戦について一家言ある爆撃の翼王が頷いて見せます。姉君に睨まれて、直ぐに青ざめてしまいましたが。

 三人が引き下がると、聖騎士殿の幻影と二足歩行の巨大蟹めいた異形種の幻影が、ほぼ同時に手を上げました。

 ーーあ、ええと、あまのまひとつさん御願いします。

 僅かに挙手が早かったギルド古参の鍛冶師殿は、前に進み出ると、複数の物を混ぜ合わせる仕草を始めました。

 ーーええ、スケリトル・ドラゴンの2体と墓地から回収した負のエネルギーを合成するのは、俺も考えました。でも、そんなに大きくはできなさそうで、……えっ?

 あまのまひとつ氏の幻影は、モモンガ様の眼前で四つん這いになり、それから徐に立ち上がると万歳して見せました。もっとも、氏の腕は二本ではないのですが。

 ーー?? それは、スケリトル・ドラゴンに後ろ足立ちさせるという意味ですか? 確かに地上戦なら迫力は出ると思いますが、……え? そうじゃない?

 鍛冶師殿は左右の蟹鋏を何かに見立てて、盛んに開閉しています。「赤蛇、来い。緑蛇、来い」とでも言いたげに。

 ーーなるほどっ! 空中戦なら四足に拘る必要はないし、前脚を廃する替わりに双頭、否、三ッ首にしても良いわけですね。無理なサイズ変更をしないなら、ある程度の《上位物理無効化》も載せられそうだし。そもそも都市住民を驚嘆させるのが目的だから、とにかく凄く強そうなモンスターにするのが大事ですものね。あまのまひとつさん、そのアイディア頂きます!

 嘗てのナザリック地下大墳墓では当たり前だった、気の置けない仲間達との会話。あの頃の楽しさが甦り、思わず親指を立てるモモンガ様。

 しかし、鍛冶師殿の幻影が親指を立てて返す光景は、視界を染める青緑色の光に遮られてしまいました。精神の鎮静を強制されて、仲間達の幻影が次々に掻き消されて、残ったアインズ・ウール・ゴウンは、モモンガ様ただ御一人。

「糞が!」

 両拳に音が鳴るほど力を込めてしまった後、オーバーロードのモモンガ様は努めて冷静に呟かれました。

「……理解している……理解だけは出来ている……。時間を掛けすぎたな。さっさと組み上げるとしよう。AI……じゃなくて行動の条件設定は、ヘロヘロさん達を見習えば……。骨の色は……目立つように金色にして……」

 

 ーーヤレヤレ。どうやら冒険者組合への到着は、夕方になってしまいそうだ。

 昼飯時。

 エ・ランテルの城門前。都市へ入ろうとする人々が作る列の最後尾にて。

 酷く騒々しくなった順番待ちの列を眺めつつ、モモンガ・モモン氏はうんざりしています。

 完成させたワンオフ物のアンデッドに行動開始の条件付けをすると、至高なるオーバーロードの君は《異界門》を使い贈られたピラミッド内へ帰還なさいました。

 想定外に費やしてしまった時間を取り戻そうと、人間態へ変身し、一時置きしてあった《翡翠輝石の大駒》三個の操作を再確認し、ピラミッドであるグリーンシークレットハウスをアイテムボックスに収納し、此処まで超特急で《飛行》して来ました。

 まさか外門前で、渋滞に捕まるとは思わなかったので。ちなみに、入門を待つ人々が騒々しいのは、突然モモン氏が空から降り立ったからであります。

 ーー時間にルーズな奴と思われたくないんだがね。

 リアルで社蓄たらねばならなかった鈴木悟の残滓なのか、30秒単位の時間厳守理論が鎌首をもたげようとします。

 ーーん?

「モモンさーん!」

 濃縮還元100%な強迫観念がモモン氏の表情筋を侵食する前に、女冒険者の呼び声が響きました。それはそれは嬉しそうな高い声が。

 ーーブリタ・バニアラは、それなりに話を通してくれたということか。

 見えない尻尾をブン回し利き腕を大きく振りながら走ってくる女冒険者へ、モモン氏は軽く手を振り返します。その口許は微笑んでいました。

 ブリタの後方に、歩いて近付いてくる人物を見つけたので。

 ーー中年痩身の男。ローブ姿で手には黒檀の杖。ほぼ間違いなく魔術師。身に付けている装備は大したことないが、この世界ならばそれなりか。冒険者組合からの使いと考えても良かろう。刺客ないし鉄砲玉の可能性もあるが、こっちはもう腹を決めているのでね。

 期待と警戒をサングラスで隠し、ブリタの熱烈な歓迎を受けるモモン氏なのでございました。

 今は人間態をとっているユグドラシルの非公式ラスボス陛下の後方で、ペロロンチーノ氏の幻影が不機嫌そうに腕を組んでいます。爆撃の翼王は嘴の上に皺を寄せています。しかし、気にする必要はないでしょう。その理由とは、有って然るべき御約束が発生しなかったからに過ぎないのですから。走るブリタのアレが大きく揺れる様子に少年の如く動揺してしまうモモン氏、という御約束がなかったからに過ぎないのですから。

「神話を始められるか否か。今夜は正念場だ」

 モモン氏の呟きは小さすぎて、誰の耳にも届きませんでした。

 やまいこ氏の幻影に殴り続けられる、ペロロンチーノ氏の幻影を含めて。




あと2話で完結させられるやら……。

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