転移と思い出と超神モモンガ様   作:毒々鰻

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 嘗ての仲間達が、モモンガ様の中でイマジナリーフレンド化しつつあるかもです(滝汗)


邪にして悪だが卑ではない

 モモンガ様の自己評価は、著しく低いと言わざるを得ません。

「自分は、しがない営業の平社員でしかないから」

 これはモモンガ様≒鈴木悟氏の常套句でしたが、本当に“しがない”存在でいらしたのでしょうか? 貧困層は消耗品扱いの糞ったれなリアル世界で、少額と言えども“夏のボーナス”を受け取り得た人物は、ありふれた存在だったのでしょうか?

 愚民政策の進みきったリアル世界において、多少なりとも判断を任され得る労働者は、奴隷に等しい貧困層では勝ち組扱いです。鈴木悟氏の持つ優れた思考力・判断力・実行力を、富裕層は警戒しつつ利用していたはずなのです。過日のウルベルト氏が、「奴等はモモンガさんを奴隷頭にしてやがる。富裕層の腐裕層たる証左だな!」と毒吐いたように。

 鈴木悟氏≒モモンガ様を、しがない等と評するのは余りに不適当であります!

 ……ソレデモ、嗚呼ソレデモ……。刷リ込マレテシマッタ自己評価ハ、拭エヌノデ御座イマショウヤ!

 

 赤髪の冒険者を発見すると同時にモモンガ様は、それが未だ生きていると気付いていました。バンデッドアーマー越しでも解る胸の膨らみから、それが女だとも気付きました。

 御気付きの上で、傍らに戻って来ていた3個の大駒へ攻撃を命ずるべく、右手を振り上げたのでした。

 ーー本物の奇跡なんて、俺には起こせない。俺に出来るのは、時間の掛かる緻密な計算に基づいた演出だけだ。だから計算を破綻させ得る芽は、どんな小さな物でも早急に排除しなければならない。

 有った事を、無かった事に。誰も知らないなら、存在しないも同然。そう考えたくなる事態は、往々にして発生するものです。

「違うの……アンデッドじゃないの……わたし生きてるの……殺さないで……生きてるから殺さないで……」

 聴力を強化したモモンガ様は、動けぬ鉄級冒険者の命乞いに気付いておいでです。

 必死に生存を訴えるブリタの声が掠れていたのは、彼女が負傷していたからです。身体にまるで力が入らぬ彼女は、窪みの中で藻掻くばかりでした。

 ーー低レベルなのが悪い。だが、せめて苦痛なく楽にしてやろう。……なっ?!

 最強化し位階上昇化した《翡翠輝石の大駒》なら、鉄級冒険者を潰すなど一瞬です。3個全てを使わずとも、1個だけで充分だったでしょう。それはとても容易な事です。

 ーー何故ですか?

 しかし、右前方に浮かんで待機する大きな女王の駒へ、抹殺の命令を下すはずだった御方の右手は、振り下ろされませんでした。

「たっちさんの幻影が止めるなら、解りますよ。ええ、解りますとも。俺が知るたっちさんは、そういう方ですから。それなのに何故、よりによって貴方の幻影が止めようとするんです? どうして俺は、このシチュエーションで、貴方の幻影を見てしまうんですか?」

 幸いにして、驚愕と動揺の余りに溢れた呟きは非常に小さく、地上で怯えるブリタには欠片も届きませんでした。

「何故ですか、ウルベルトさん……」

 

 パフォメットのような山羊頭の悪魔であり、最強の魔法職たる“ワールド・ディザスター”でもあったウルベルト・アレイン・オードル氏が、アインズ・ウール・ゴウンで最も“悪”という言葉に拘ったギルドメンバーだった事は、先にも軽く触れました。しかし、彼の御仁を語るならば、それだけでは酷い片手落ちと言うものでありましょう。

 ナザリック地下大墳墓の最奥に存在した“玉座の間”には、敢えて一つの防衛策も施されていなかったと言う事実。それは、ウルベルト氏の主張が支持された結果であります。

『数多の防衛策を潜り抜けた勇者達を、我々は堂々と迎え撃つべきだ!』

 ウルベルト氏の主張は、甚だしく非効率だったかも知れません。ですが、そもそもアインズ・ウール・ゴウンは、効率性を追い求めたギルドであったでしょうか。自らの行動について、誹謗中傷を避けるための言い訳を重ねるような、情けない集団であったでしょうか。

 全盛期のユグドラシルにおいて、武力と権謀と容赦の無さとで突き進むアインズ・ウール・ゴウンは、DQNギルドの謗りを散々に受けました。直接に罵詈雑言を受けたなら、ウルベルト氏は傲然と胸を張って返したはずです。

『アインズ・ウール・ゴウンが、覇道を進むのではない。アインズ・ウール・ゴウンが進んだ跡こそを、覇道と呼ぶべきなのだ。故に我等は、退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!』

 そのような御仁だからこそ、ブリタを庇うとは思えません。

 

 ーーウルベルトさん。貴方が無益な殺生をやめろとか、可哀想だからとか言い出すとは考えられない。……いっそのことオーバーロードの身体に戻れば、冷静に判断できるのかな。

 動揺を苦労して押さえ込んだ人間態のモモンガ様は、フリーズしていた思考回路を強引に再起動なさいました。ついでに地上の女冒険者を観察し直します。

 ーー生かすべき理由は、やっぱり特に見当たらない。胸は……大きい方かもしれないが、幾らウルベルトさんがフェミニストでも、そんな理由で俺を止めたりはしないだろう。ロリっ娘を前にしたペロロンチーノさんじゃあるまいし。

 御方の背後では、弓使いとして特化したビルドのバードマンが、アイコンと動作で猛抗議していますが、放っておきましょう。

 ーーあの女冒険者にではなく、この俺に、ウルベルトさんの幻影を見てしまう理由はある……と言うことか。

 青年姿のモモンガ様は、腕を組んで考えます。

 ーー冒険者が死と隣り合わせの生き方なのは、疑う余地も無い。どんなに用心深くあっても、ほんの少し幸運が足りないだけで、あっさりと命を落としてしまう。低レベルなら尚更だ。仮に、スケリトル・ドラゴンと不幸な遭遇をした冒険者が奮闘虚しく全滅しても、俺の知ったことじゃない。もし俺が、このまま立ち去るならば……。

 人間態の御方が条件を仮定してウルベルト氏を見詰めると、悪に拘る御仁は肯定気味に肩を竦めたようです。

 ーーその時は止めない訳ですか。あの女冒険者は十中八九、助からないだろうけど。

 視線をズラして地上を見渡せば、軽装戦士風の男が、フラフラと立ち上がり始めていました。ぶちまけてしまった臓物をズルズル引き摺っており、どう好意的に見てもゾンビ化しています。

 ーーこの墓地は妙に負のエネルギーが濃いせいか、異常にアンデッドが発生し易くなっている。カジットの話では、死の宝珠に負のエネルギーを片っ端から吸収させた結果、アンデッドは発生しにくく……。

 宙に浮かぶ貴い青年は、自分の顔をピシャリと叩きました。

 ーー俺……あの珠を砕いたじゃん。うわああ……アンデッドが発生し易くしたの誰だよ? 私だよ!!

 思考を邪魔されないように、出来立てのゾンビを《翡翠輝石の大駒》で叩き潰しつつ、モモンガ様は意味の無い咳払いをなさいました。

 

 ーーとっ、兎に角だ。放っておけば、あの女は自然湧きするアンデッドの餌食になる可能性が高い。しかし、確実ではない。だからこそ、止めを刺しておこうと考えたのだけど……。

 再び視線を向ければ、ウルベルト氏の幻影が首を横に振りました。

 ーーあの冒険者を消すべき理由。それは、生存させた場合のメリットが根拠なき楽観による希望でしかないのに対し、デメリットが明白だからだ。最低でも二つのデメリット。俺はスケリトル・ドラゴンを魔法によって倒せる存在だと知られてしまったことで、一つ。俺が今夜の時点でエ・ランテルに存在した事実を知られてしまったことで、もう一つ。

 モモンガ様が顔を顰める様子は、神器級アイテムのサングラスを以てしても、隠しきれませんでした。

 ーーデメリットは、新たなデメリットを生み出す。それこそ鼠算式にだ。俺の失敗によって目撃者となった冒険者さえ消してしまえば……ん? 失敗による目撃者……。

 思考中のモモンガ様は御覧になっていませんが、ウルベルト氏の幻影は大きく頷きました。モモンガ様は気付いてくれたと。

 ーーこちらの失敗を突いて来る敵が現れたら、その時に叩き潰せば良い。アインズ・ウール・ゴウンの神話を語り継がせるべき相手は、この城塞都市の住人だけじゃない。エ・ランテルが俺達の敵になるなら、そうなってから堂々と消滅させれば良い。まあ、失敗を重ねる気は有りませんけど。

 そうです、仰る通りです。カジットから得た知識を過信するわけにはいきませんが、非常に弱小で無知な者も数多く暮らすのが人の世です。枝葉末節な反応まで気になさっていては、歩みを進められますまい。

 100万人の敵が現れるなら、その100万人を皆殺しにしてこそ、覇道を進む英雄と呼べます。塵芥な誹謗中傷を気にして、自分の失敗を必死に掻き消して回るなど、小悪党に他なりません。

 ーーウルベルトさん、有り難う御座います。危うく俺は、失敗を部下に押し付けて秀才面しているド腐れ上司と同じになるところでした。

「アインズ・ウール・ゴウンは……、邪にして悪だが卑ではない」

 青年姿のモモンガ様が小声で気合いを入れ直すのを見届けて、悪という言葉に拘ったギルドメンバーの幻影は、消えて行きました。

 

 腹を決めたなら、その後の行動は早くなるもの。

「本当に、生きているんだな?」

 地面に降り立つなり答の知れた問いを投げ掛け、痛みに震えながら頷くブリタに赤い色のポーションを与えたモモンガ様です。

 ーーサブキャラクターの装備を整えるのに費やしたのが、ユグドラシル金貨20億枚。《翡翠輝石の大駒》で金貨12万枚を追加消費。今こうして使っているのは最下位の回復アイテムとは言え、初期投資が嵩むなぁ。

 身動きさえままならないブリタの上体を注意深く起こし、ポーションを飲ませてやりながらモモンガ様が考えたのは、御自身の懐事情でした。一歩間違えるとケチ臭くなりそうですが、経済的な問題には慎重にならざるを得ないものです。

 とは言え、たった1本の下位アイテムで全快したブリタが御方に費やさせた財の心配まで始めたのには、軽く反省させられました。

 ーーサングラスでも隠せないほど、金に困ってそうな顔してたかな、俺……。

 なるべく鷹揚に見えるように、絶対に卑屈にならないように気をつけながら、モモンガ様はブリタに言葉を返します。

「礼を欲して飲ませた訳ではないのだがね」

 御心の内ではアインズ・ウール・ゴウンのために彼女の生涯を使い潰すおつもりですが、態々話して聞かせる必要などありますまい。

「それでもキミが礼を返したいと言うならば、身体で返して貰おうか?」

 それはあくまでも、御方の考えに従い身を粉にして働けという意味でした。しかし、ブリタは正確に理解できなかったようです。

「……ぇ……ぁ……」

 目の前の女冒険者は、その髪と同じほどに、頬や耳を赤く染めていきます。彼女がどう解釈したかに気付いたモモンガ様は、威厳を込めて誤解の解消を図りました。

「何やら勘違いをしているようだが、“身体で”とは“労働で”という意味にゃぞ」

 人間態のモモンガ様にはムスコも帰還済みでありまして、ある種の精神状態異常に陥り易い御様子にて御座候う。

 語尾で、しっかりと噛んでしまわれました。

 ーー違う! 俺は「だぞ」って言おうとしたんだよ! 肝心な所で、いったい何だよ「にゃぞ」って! どうして噛んじゃうかなぁああ!!




 次回は、共同墓地に漂う“負のエネルギー”対策開始……予定。

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