転移と思い出と超神モモンガ様   作:毒々鰻

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PKKに因んだ客

 

 

 仕事であれ趣味であれ他の何かであれ、これが最後だと考えると、人間の本質が行動に顕れるもののようで御座います。

 有終の美を飾ろうと、退職間際に大きな成果を上げてみせる人物。

 立つ鳥跡を濁さずとばかりに、使っていた部屋とパソコンの中身を整理整頓する人物。

 太陽系の外へ旅立つ訳ではないのに、気取って「アバヨ!」と言いたい為だけに、タイミングをはかり続ける人物。

 何かがキマリ過ぎたのか、白目をむいて「終わりだ終わりだ終わりなんだ、ヒャッハー!!」と走り回る人物。

 皆様、個性豊かに輝くもので御座いましょう。

 

 体感型大規模オンラインRPG『ユグドラシル』のサービス終了日。午後11時50分。

 ナザリック地下大墳墓の表層にて、なかなか変わった光景が見られました。

「最後の最後に押し掛けてしまって、申し訳ありませんでした。モモンガさん、どうか御元気で」

 深々と御辞儀をしていた1体の異形種が、踵を返して大墳墓の外へ向かいます。ずっと気にしていた事を解決できて、それは軽い足取りで。周囲の毒沼も気にせずに、それはそれは軽い足取りで。

「……さようなら、名前を覚えてさえいなかったキミ。そして、ありがとう」

 気だるげに手を振り去り行く影を見送るのは、傍らに贈られた品を山積みし、豪華なローブと装飾品を身に付けて正に魔王然とした1体のオーバーロード。アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターたる、モモンガ様に他なりません。

 

 

 プレイヤーが社会人であることと、キャラクターが異形種であることとを参加条件としたアインズ・ウール・ゴウンは、数千に及んだユグドラシル内ギルド群の中で、ランキング第9位のギルドとして、名を馳せていました。それ以上に、容赦無い悪のギルドとして、名を轟かせていました。

 

 しかし、今では栄光も過去の話。所属したプレイヤーの大多数が引退し、活動し続けているのはモモンガ様のみという惨状。

 1ヶ月前にユグドラシルの運営がサービス終了の発表をしても、かつてのメンバー達が帰って来る気配はありませんでした。

 1週間前に、モモンガ様ーー正確にはプレイヤーである鈴木悟ーーが、迷惑をかけてしまわないように不快な気分にさせないように、それでも最後の集結を期待して、脳細胞をフル活用して綴り送ったメールにも、殆どのメンバー達は反応しませんでした。

 特に親しかったメンバーが、仕事で都合の付かない事を旨とする謝罪のメールを送って来たのみでありました。なかでも、たっち・みー氏は深い謝罪と、今後も友人として連絡を取り合いたいと記していました。ペロロンチーノ氏や弐式炎雷氏などは、お疲れさまのオフ会をしようと具体的な内容を含んだ提案をしています。

 それらはモモンガ様への友情を示すものでありましょう。されどそれらは、彼等がユグドラシルを既に終わったものと考えている証左でありましょう。

 

「ふざけるなっ! ここは、皆で作り上げたナザリック地下大墳墓だろう。どうしてそんな簡単に、俺たち皆のアインズ・ウール・ゴウンを捨てられるんだよ!」

 ユグドラシルの最終日には強引に休暇を取り、朝からメンバーの帰還を待ち続けたモモンガ様でしたが……。引退したメンバーは、やはり帰って来ませんでした。

 ヘロヘロ氏のように、まだ引退“は”していなかったメンバーも、インしたかと思えば、モモンガ様へ慌ただしく感謝の言葉を口にすると、直ぐに立ち去ってしまいました。

「……ちがうよね。皆、簡単に去っていった訳じゃない。どうしようもない理由があって、断腸の思いで辞めていったんだ。皆にもリアルがあるんだから……」

 1人きりになってしまった円卓で、やり場の無い怒りに激昂した後。モモンガ様は、じっと座り込んでしまっておられました。

 

『あのすいません、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスター、モモンガさん。聞こえますでしょうか?』

 聞きなれない声でメッセージが飛び込んで来たのは、モモンガ様が、地下10層の玉座の間へ移動しようかと考え始められた時でした。

『はい? モモンガですが、どちらさまでしょう?』

 疑問と警戒心をブレンドしつつモモンガ様が対応すれば、相手はこんな時刻になってナザリック表層の正門(?)前にやって来た異形種と答えました。さては終了日記念の、特攻覚悟な侵入者かと思いきや

『突然ですいません。自分は過日、貴方様にPKから救って頂いたマミーだった者です。あの節はろくに御礼も申し上げられず、大変失礼致しました。……今日を逃してしまえば、二度と御礼も叶いませぬゆえ、ぶしつけながら参上致した次第です』

と微妙なメッセージが続きました。

 

 軽い頭痛を覚えつつモモンガ様は、表層中央に建つ霊廟の入口で待つように告げ、指輪を使って転移なさいました。勿論、御自身に各種バフをかけた後で。訪問者のふりをした襲撃者など、珍しくないのですから。

 結果、

「これはまた、かなりの荷物ですね」

「あっ、モモンガさん」

 待ち合わせ場所の霊廟入口に贈り物というか貢ぎ物というかを、次々と積み上げるマミー系の最上位種。そんなシュールな光景を目撃し、モモンガ様は頭痛が酷くなりました。

 

「こっ、この2つはワールド・アイテム! こっちにはシューティング・スターが1ダースも!」

「ええ。3日前からアイテムの値崩れは加速してますからね。リアルなマネーをちょっと積めば、あっさり買えました」

「…………そぅ……」

 些か不快な会話も有ったものの、暫しの会話でモモンガ様は、相手が誰なのかを思い出しました。

 二年ほど前、過疎化の進んだナザリックで久方ぶりに行われていた蛮行。即ち、異形種狩り。ナザリック維持の為に黙々と活動し続けるモモンガ様は、目撃したものの介入するつもりなどありませんでした。

 気が変わったのは、会話を耳にして狩られそうなマミーが初心者と知れたから。ユグドラシルを止める否か、迷っていた昔日の自分を思い出してしまわれたから。まぁ、狩る側の人間種が、以前PVPで倒した相手であり、充分な勝算があったからでもありますが。

 

「あの時、あいつらを蹴散らしたモモンガさんに憧れました。誰かが困っていたら助けるのは当たり前って言われて、感動しました」

「あの台詞は、元々……」

 気恥ずかしさと小さな胸の痛みに悩みつつ、モモンガ様は話されました。今はいない、素晴らしい仲間達との思い出を。

 

 

 去り行く客人を見送りつつ、モモンガ様は呟かれます。

「たっちさん。俺、あの時ユグドラシルをやめてしまわなくて良かったって思います。皆に会えて、本当に楽しかったから。本当に楽しかったから」

 呟き終えたモモンガ様は、霊廟に佇み続けます。じっと、佇み続けます……。


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