銀の星   作:ししゃも丸

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第5話

二〇一三年 七月某日 765プロ 事務所内

 

「ん~、皆大丈夫かね。貴音君はいいとして他の子は初めてのテレビ出演だし……」

 

765プロにあるテレビの前で一人の男が行ったり来たりと同じことを繰り返していた。男はここ、765プロの社長である。そんな彼を近くで座っていた事務員の小鳥が呆れて注意した。

 

「社長、いい加減にしてくださいよ」

「そうですよ、社長。それにプロデューサーさんも付いてますし、赤羽根Pのフォローもしてくれますよ」

 

律子も小鳥のあとに続いて社長に言った。

 

「そ、そうかね? あ、音無君。録画は高画質で頼むよ」

「わかってます」

 

こんなにも社長が慌てふためいているのには理由があった。

それは赤羽根がとってきた初のテレビ出演の仕事が今から生放送で始まるためだ。

出演するのは春香、千早、響、貴音の四人。

貴音も他の仲間と一緒に仕事するのが嬉しそうにしていたのを三人もわかっていた。

 

「あ、番宣始まりましたよ」

「おお!」

 

そこにはカエルの着ぐるみを来た四人が写っていた。表情が別々で特定できるのはリボンをしているのが春香。女王をイメージしたのか小さい王冠をしているのは貴音だろうということは三人にもわかった。

 

『ゲロゲロキッチン、ニュースのあとに始まるゲーロ!』

『『ゲロゲーロ!』』

『げろっぱ!』

 

そしてすぐにCMが切り替わった。

それを見て律子が言った。

 

「千早大丈夫かしら……。最初の予定だと歌わせてもらう話だと聞いてましたけど」

「急遽変更になったみたいですね。千早ちゃん、それを聞いてかなりショックみたいでしたから」

「あの子、歌だけに拘ってるから。あまり乗り気じゃないでしょうね」

「それでもだ。きっとなんとかやってみせるさ」

 

社長の言葉に頷く二人。

 

「まずは実際に見てから考えようじゃないか」

 

三人は未だCMが続いているテレビをじっと見つめた。

 

 

同時刻 ゲロゲロキッチン 収録スタジオ

 

「はい、じゃあこのあとすぐ本番ね! プロデューサーさんもよろしく頼むよ!」

「はい、本日はお願いいたします」

「お願いします」

 

番宣終了後、スタッフと共に去っていくディレクターを見送りながら挨拶をする二人。

すぐさまプロデューサーは春香達の方を向いて言った。

 

「じゃあ、すぐに次の収録用の衣装に着替えるんだ」

『はい!』

 

そう言って貴音に視線を向けるプロデューサー。貴音もその意味を理解したのか、先導して春香達を連れて行った。

初めての収録で緊張しているのはアイドルだけではなく赤羽根も同じだった。

プロデューサーは歩きながら赤羽根にアドバイスをしていた。

 

「いいか、こういった番組だとすぐに着替えないと大変だからそこらへんは注意しとけ」

「はい、わかりました」

 

赤羽根は自分で買った手帳に言われたこと、気になったことを簡単にわかるように書いていた。それを見てプロデューサーも昔の自分と重ねたのか何やら懐かしく感じていた。

 

一方、用意された部屋で春香達は貴音に言われて着替えを始めていた。

春香が着替えながら貴音に聞いた。

 

「やっぱり、貴音さんもこういう経験あったんですか?」

「いえ、それに近いモノはありましたが……まさかこのような面妖なモノを着るとは思ってもいませんでしたので」

 

そう言いつつも、鏡の前でポーズを決めている貴音を見て一番に着替えを終わった響が言った。

 

「貴音、まだ着替えないのか?」

「ええ、私は最後で大丈夫です」

「でも、四条さん」

 

次に着替え終わった千早が聞いた。

 

「なんですか?」

「それ、気に入ったの?」

 

鏡から彼女達の方へ振り向いて、

 

「げろっぱ」

『(やっぱり、気に入ったんだ。それ)』

 

彼女達から着替えている部屋の前で二人はディレクターから説明を受けていた。

 

「まあ、四条さんは良いとして。他の新人さんに求めてるのはさ、こうガーッときて、グーとなって、バーンってなる感じなのよ。隣の新人君はともかく、プロデューサーさんはわかってるでしょ?」

「ええ、わかってますよ」

「……」

 

赤羽根は営業スマイルを絶やさずディレクターの言っていることに応えている先輩に疑問を抱いた。

 

(本当に先輩は理解しているのか? 俺はさっぱりだ……)

 

擬音ばかり使った表現に困惑する赤羽根。

 

「それじゃ、よろしく~」

「「はい」」

 

ディレクターが去るのを確認するとプロデューサーから笑顔が消え、いつものまるで映画に出てきそうな未来からやってきたサイボーグみたいに冷徹になり、すぐに愚痴を零しながら壁に向かって蹴りを一回入れた。

 

「いい年したおっさんが擬音語で説明なんかすんな!」

「ですよね……」

「まあ、言ってることはわかったが」

「わかったんですか?! あれで?!」

「ん? ああ、つまりな。新人だからこう派手に面白おかしくやってくれってことだよ。簡単に言えば、面白い絵が撮りたいってところだろ」

 

そう言われ赤羽根もあの意味を理解した。

プロデューサーは腕時計をみて時間を確認した。そろそろかと思って彼女達の控室の扉をノックして入る。

貴音を除く三人はすでに着替えていた。春香と千早は料理人が着ているようなやつのスカートバージョン。一方、響はメイド服。そして、貴音は未だにカエルの着ぐるみを着ていた。それを見てプロデューサーは呆れながら言った。

 

「貴音……」

「ぷ、プロデューサーさん? 私達も着替えた方がいいって言ったんですけど……」

 

春香が申し訳なそうに説明した。彼の後ろから覗いていた赤羽根も呆れた顔をしていた。すると後ろからスタッフが声をかけてきた。

 

「すみません。そろそろ準備お願いしまーす」

「あ、はい。先輩……」

「はあ、貴音。そろそろ切り替えろ、仕事の時間だ」

「まだ焦らずとも大丈夫ですよ。今から着替えますので、少々お待ちください」

「はいよ。じゃあ、赤羽根。三人を連れて先にスタジオにいってろ。俺は貴音が準備出来次第いくから」

「わかりました」

 

赤羽根の先導に三人はスタジオへと向かった。残ったプロデューサーは入口の壁にもたれ掛り貴音が着替え終わるのを待っていた。

待ってからものの数分で貴音は控室から出てきた。それを見て、

 

「あいつらより先輩なんだから、もう少し余裕があるところを見せて安心させたらどうだ?

「あら、余裕があるからこうしているのですが……」

 

それもそうだと思った。

まあ、こういった仕事に慣れてきている証拠かと勝手に納得した。

スタジオに向かう道中、彼は貴音に説明をしていた。番組の内容もそうだが、できれば他の三人のフォローをしてやれと。貴音はもちろんですと答えた。

 

スタジオに全員集合し、改めてディレクターから擬音を使った説明を受けて困惑する三人。貴音は先程説明を受けたのでだいたいの内容は把握していた。

そんな三人に赤羽根がプロデューサーから言われたことを自分なりに説明した。三人はそれでやっと理解した。

そして、本番が開始された。

 

「さあ、今週もやってきましたゲロゲロキッチン! 今回のゲストは……四条貴音とそのアイドル、765プロダクションの皆さんだケロ!」

 

一番貴音の名が売れているため彼女だけが名前を呼ばれた。しょうがないと思いつつも番組は進む。

ゲロゲロキッチンは二チームに分かれての料理対決番組。目玉と言えるかは疑問だが、ビーチフラッグタイムと言われるボーナスステージがある。代表二人が走って発泡スチロールがばらまかれているところにあるフラッグを先にとって宣言したチームにボーナス食材が支給される。負けたチームも貰えるがグレートは低い。

 

「ではまず最初のビーチフラッグタイム! よーい……」

 

ピーとホイッスルの合図とともに千早、響が走り出す。両者は互角。最初にフラッグを手にしたのは響だ。

 

「取ったゲロー!!」

「ぺっ、ぺっ……!」

 

四つん這いになっている千早の後ろからカメラマンがやけにカメラの位置を下げて千早を撮っていた。それをみて千早は凄く怒った表情をしたが声には出さなかった。

当然、それを目撃した赤羽根はスタッフに聞こえない声で、先輩であるプロデューサーに指示を仰いだ。

 

「先輩、いいんですかアレ」

「よくねぇよ。いいか、赤羽根。今は貴音がいや、俺がいるからいいが、今後お前が発言に力を持てるぐらいに成長したら言っても構わん」

 

正直に言えばああいった行動をとるカメラマン、というよりテレビ局自体のグレートが低いとプロデューサーは思っている。ああいったモノを撮って視聴率をとりたいと言っているようなものだった。

 

「とりあえず、今はいい。また同じことをしでかしたら俺が動く」

「わかりました」

 

こういう時の先輩は凄くカッコイイ、そして頼りになると赤羽根は思った。自分もこれぐらいできるようになりたいと憧れた。

 

その頃、番組は調理タイムに入っていた。

司会を務める某漫画の犯人みたいに全身を黒い衣装で身を包み、その手にカエルのパペットを使ってアイドル達に語りかけていた。

まずは響と貴音のチームだった。

響は先程手に入れたボーナス食材の伊勢エビを手に、

 

「よーし、自分はこの伊勢エビを使って――」

「おっと、我那覇選手。皆まで言うな。それは最後のお楽しみだゲロ」

「む、そうか」

 

今度は貴音の方にカメラと共に移動する。おそらく中の人が貴音に抱いていた印象をカエル風に言いだした。

 

「いやあ、四条選手は食べる専門かと思ったゲロ」

「意外でしたか?」

「だっていつも食べてばかりな気がするゲロ!」

「あら、目の前に丁度いい食材がありますね……そうです。カエルのから揚げなんていかがでしょう?」

「そ、それは勘弁してゲロ~!」

 

ふふっと笑いながら包丁を手にしてカメラ目線で話す貴音を見て、三人は驚きつつも流石だなと思った。

赤羽根も一人暮らしだとは聞いていたが、その手際が響や春香と同じように手馴れているのをみて彼女が料理上手だということを初めて知った。赤羽根は気になって隣にいるプロデューサーに聞いた。

 

「貴音って意外と手際がいいんですね、意外でした。先輩は知ってたんですか?」

 

赤羽根に問われ、なにやら困ったような何とも言えない表情をして、歯切れが悪そうに言った。

 

「まあな。最近、貴音のやつ料理に凝ってるんだ……と」

 

まるでいつも作ってもらっている言い方をしそうになり内心慌てた。隣にいる赤羽根は特に気にもせずと相槌を打った。

 

(ほっ……)

 

彼は安堵した。

なにせ言えるわけがない。目の前にいるアイドルが自分の隣の部屋にいて、最近は毎朝ご飯を用意してくれると口が裂けても言えない。

 

(夕飯もかなり凝りだしたモノを作り始めてんだよな。別にそんなに手間かけなくても……)

 

流石のプロデューサーもそんなことを言えば、誰であろうと怒られると思うので口には出していない。

 

(いかん、仕事に集中、集中)

 

頭を切り替えて再び目の前の撮影を見守る。すると、危惧していたことが起きて頭を抱えた。

 

「……あちゃー」

 

カエルが千早のところでトークを始めたのだが、彼女の対応の悪さで駄目だしされる。

すると今度は春香が鍋を開けようとしたら何故かタコが入っていてそれに驚き尻もちをついた。

赤羽根もそれをみて声をあげた。また、カメラマンが如何わしい行為をしたからだ。

いくら加入者が少ないケーブルテレビとはいえ、流石にアイドルのああいったモノが流れるのは見過ごせなかった。

 

「先輩!」

「落ち着け。あとで俺がディレクターに――」

『一体、何が面白いんですか?!』

『……あ』

 

静寂。コンロにある鍋が噴きだした音が響く。近くにいたスタッフがそれを消した。

そのあと料理は完成し、前半の部の収録が終わった。しばらく他のコーナーが始まるので少し休憩が入った。

プロデューサーはディレクターの下へお話に出向き、赤羽根は千早のフォローに入った。

 

「千早、大丈夫か?」

「赤羽根P……大丈夫です」

「そんな顔をして大丈夫って言われても納得できないぞ」

「……」

「やっぱり、歌が歌えなくなったからか?」

 

暗い表情で千早は頷いた。それを見て赤羽根は、

 

「もしかしたら今回の仕事でそういった仕事も回ってくるかもしれない。俺も頑張って歌関係の仕事を取ってくるし――」

「そうでしょうか」

 

赤羽根が言い切る前に千早が割って入った。先程よりも暗い顔をしながら言った。

 

「これが、歌の仕事に繋がるとは思えません……」

 

立ち去る彼女を赤羽根は止めることができなかった。

 

少し経って――

 

(やっぱり駄目だ。ちゃんと話さなきゃ)

 

赤羽根は先程の千早とのやり取りを思い出した。こういった番組でも歌えると信じていた千早を裏切ったのは自分だと言い聞かせた。

謝ろう――しかし、仕事はこなして貰わなければこの先、歌番組の仕事すら取れなくなってしまう。

 

――信用を失ったら終わりだ。

 

先輩の言葉を思い出す。

アイドルにしても、仕事先の相手にも信用を失ったら駄目だ。

赤羽根は千早を探すために歩き回った。

あちこち探し回る。

自販機の前で春香と響が台本を確認していた。二人に聞くと、

 

「控室にいませんでしたか?」

「ありがとう」

 

今度は控室へ。ゆっくりと千早の名前を呼びながら開ける。

そこにはプロデューサーと貴音がいた。

貴音はカエルの着ぐるみの頭の部分だけ被っていた。プロデューサーはその隣で椅子に座りながらスマホのカメラでカシャカシャと写真を撮っていた。

 

「やっぱ気に入ったんだろ」

「げろっぱ」

「まあ、試に交渉を……ん? ああ、赤羽根か。どうした?」

「い、いえ。千早を見ませんでしたか?」

「いや、見てない。俺も一緒に探そう。伝えたいこともあったしな」

 

プロデューサーは立ち上がり、赤羽根と一緒に部屋を出る。扉を閉める直前に貴音に振り返って、

 

「貴音、春香と響にさっきのこと伝えておいてくれ」

「わりましたケロ」

「頼んだぞ」

 

特に反応もせず扉を閉めた。

二人はそのあとテレビ局を探し回った。中々見つからず、テレビ局の資材搬入口と思われるところに辿りついた。重い扉を二人で押して開ける。

すると遠くから声が聞こえる。

 

「先輩」

「ああ」

 

二人は静かに物音をできるだけたてないように歩いた。角を曲がるとそこには〈青い鳥〉を歌っている千早がそこにいた。

素晴らしい歌声だと赤羽根は思った。

 

(だからこそ、千早は……)

 

千早が歌に拘る理由、それはまだわからない。けど、彼女が歌に対してとても真剣な気持で歌っているのだと心で感じた。

 

それから彼女が歌い終わるまで二人は静かに聞いていた。千早もそれに気付いたのは歌い終わって、プロデューサーが拍手をしてからやっと気付いた。

 

「お二人とも……。すみません、勝手に抜け出して」

「それはいいよ。千早は本当に歌が好きなんだな。俺、そんな千早の気持ちを知らないで軽はずみなことばかり言って……謝るのは俺の方だ」

「違うんです。私もそれはわかっいてます。赤羽根Pが頑張っているのは……でも、やっぱり歌が……私は歌を歌いたいんです」

「千早……」

(俺、邪魔だな……)

 

二人の輪に入るタイミングを失ったプロデューサー。このまま去ろうかと思ったが伝えなければならないこともあったし、なにより後輩に花を持たせてやりたいと思っていた。

コホンと咳払いをして、

 

「まあ、それに関しては……俺が原因でもあるしな」

「プロデューサー。それでもプロデューサーはミニライブといった仕事を私に与えてくれました。感謝しています」

「いいんだよ。ま、暗い話はここまでにしてだ」

 

パンと手を叩き両者を見る。

 

「喜べ、千早。エンディングの少し短い間だけど歌っていいことになった」

「え……!」

「こいつが色々と掛け合ってな」

「せんぱ――」

 

何か言おうとした赤羽根にプロデューサーは彼の肩に手をまわして小さな声で言った。

 

「いいから話を合わせろ」

「は、はい」

「二人とも?」

「あ、ああ。そうなんだ。だから、早く戻って打ち合わせをしなきゃな!」

「はい!」

 

先程までの暗い顔と違って千早の顔は生き生きとしていた。千早が駆け足でスタジオに向かった。二人もそのあとを追いかける。

その間に赤羽根は事の真相を聞いた。

 

「で、どうやったんです?」

「なに、ディレクターにお話をしただけさ」

(うわあ、いい笑顔してるよ。悪い意味で)

 

ニヤリとプロデューサーは笑っていた。サングラスも合わさって恐怖が倍増される。

 

(ちょっとやりすぎたか……? いや、別にいいか)

 

ディレクターと会話していた時のことを思い出す。

プロデューサーは本当にディレクターと話をしただけだった。ただ、そのやり方が脅し、脅迫といった手段にしかみえないのが原因なだけだった。

まるで壁に追い詰められてたかのようにディレクターは必死に作った笑みを浮かべ見上げる。プロデューサーは上から覗き込むようにディレクターと話をしていた。

 

「ディレクター、いくらなんでもアレはないでしょう? カメラマン、そうカメラマンですよ。流石にここの質が問われますよ? あんなことをされてはこちらとしても困るんですよ。わかりますよね?」

「あ、ああ。彼にはちゃんと言っておくよ。注意していや、指導しておきます」

「いや、わかっていないようですね。新人とは言え彼女達はアイドルです。そんなアイドルのああいったモノが放送されるのはこちらとしても遺憾にたえません。それにうちだけじゃなくて他のアイドル事務所も参加するのですから、そういったことをされては……」

「そ、それはその通り。プロデューサーさんの言う通りだよ。あはは」

「出演をオファーしても断られてしまっても仕方がありませんよね? この業界じゃ、小さな噂だけで広まってしまうものです。いやはや、怖い。お互い気を付けないと」

「そ、そうだね。で、でだ。プロデューサーさんはどうして欲しいんだい?」

 

覗いていた顔あげ、姿勢を正して笑顔を崩さず、

 

「別にそういうわけではありません。ただ、お願いがありまして。エンディングをね、うちの子達に歌わせてほしいだけです。音源もありますし、あとはマイクとその調整だけしてもらえればいいんですよ」

「わ、わかった。なんとかしてみるよ。だ、だから今回のことは」

「はて? なんのことですか。私にはさっぱり」

「そ、そうだね。うん、わかったよ。なんとかしてみる」

「はい、お願いしますよ。ディレクター」

 

そう言ってプロデューサーは去って行った。

きっとディレクターは、今夜は中々眠れないことだろう。

彼はプロデューサーのことを噂では知っていた。有能、どこへ行っても成果を上げるその手腕は見事で、テレビ局の関係者では彼のことを知らないのは新人ぐらいと言われるぐらいには有名だ。

そして、裏の方の噂も広まっていた。変な企画をしたプロデューサーがいたら気付いたら彼が乗っ取っていい企画を作ったとか。彼が担当したら番組がヒットしたとか。

彼がアイドルをプロデュースしている時に、その担当アイドルがどっかのお偉いさんからいけない話を持ちかけられた次の日には存在が消えていたりとか。

 

「と、とりあえずあいつらと打ち合わせしないと」

 

時間が押していることに気付きディレクターは走り出した。

 

「先輩、かなり怖い顔してますよ」

 

赤羽根の言葉で現実に戻ってきた。彼の言葉に反論して、

 

「笑顔の間違いだろ」

「ええ、怖い笑顔です」

 

自分でもよくわからず、結局確認できないまま二人はスタジオを目指した。

 

先にスタジオに辿りついた千早をまず迎えたのは貴音だった。

彼女は最初申し訳なさそうな顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻り千早に語りかけた。

 

「如月千早。私があなたに言う資格はないと思いますが――」

「四条、さん?」

 

765プロで一番歌う機会があるのは貴音だ。そんな自分が、歌が誰よりも好きで真剣に取り組んでいる彼女に言っていいのかと悩んだが貴音は、

 

「私は歌を歌う時、思いを込めて歌っています。それは料理にも言えることです。よく、料理の隠し味は愛情だと言います。それは、歌にも通ずるものではありませんか? 一生懸命相手に届けようとする思い。それは料理も歌も同じことだと」

 

すると貴音の後ろから響が飛びついてきた。そのあとに春香もやってきた。

 

「二人とも、今回作った料理は最後に食べてもいいらしいぞ! だから自分、千早と春香、貴音においしいって言ってもらえるように頑張って作るからな! な、ハム蔵」

「ちゅう!」

「我那覇さん……」

「千早ちゃん、ほらいこ!」

「春香……私、料理はあまりしたことがなくて」

「大丈夫、私料理には自信がある、の――!」

「春香!?」

 

振り向いて歩こうとしたそばから前に転ぶ春香。

転んだ春香に手を差し出しそれをとって春香は立ち上がった。

 

「いてて、また転んじゃった」

「春香」

「ん? どうしたの千早ちゃん」

「頑張りましょう」

「うん!」

 

そして、後半の収録が始まった。

作業は順調に進んでいたが途中、千早が醤油とソースを間違えてしまう。しかし、春香の機転により事なきを得た。

そして、後半戦のビーチフラッグタイムがいきなり開始。春香に呼ばれて飛び出す千早。出遅れた響は台所を飛び越えて追いかける。差はだんだんと縮まり……。

 

「……あ」

 

手にしたのは千早。嬉しかったのか春香に向かって叫んだ。けど、春香をふくめ三人があの言葉をと言う。言われて気付き、頬を染めながら叫んだ。

 

「取ったゲローーー!!」

 

それをスタジオの壁によりかかりながら二人はみていた。

 

「見ろよ、赤羽根。千早のあの顔。いい顔してるなあ」

「はい。あいつのあの顔を常に引き出せるようにするのが、俺のやらなきゃいけない事だと思います」

 

赤羽根を横から見ながら、

 

(いい顔をしてるよ、お前ら)

 

ある意味、今日は収穫が多い日だったとプロデューサーは思った。アイドルにしても赤羽根にしても今後の課題を得たのではないか。そう思うと悪い気はしなかった。

スタジオに目を向けるとボーナス食材を調理し始めるところだった。勝者がドリアンというのがおかしくて仕方がない。

台所の前に隠れているスタッフが棒でドリアンを突っつく。それに驚いた、春香と千早は後ろに倒れる。

そして、忠告したのにも関わらずあのカメラマンはやらかした。

それを見たプロデューサーはディレクターに近づき、

 

「ディレクター? 私、言いましたよね」

「ぷ、プロデューサーさん? ほら、結果的いい絵が撮れたし、ね?」

「少しお話、しましょうか」

 

色々あったが無事収録は終わった。

ディレクターも最後は最初と同じ感じに戻っており、今後も765プロに仕事を回してくれるとも言ってくれた。

 

帰り支度を整えて一同は集まっていた、プロデューサー以外。

数分後、プロデューサーが来ないと言っている内に慌ててやってきた。

 

「すまん、すまん。少し話し込んでてな」

「プロデューサー遅いぞー!」

「まあまあ、ちゃんと来たことだし、ね」

「じゃあ、先輩も来たことだしいくか」

 

本日の収録は車ではなく電車を利用していたので帰りも途中までは徒歩である。ちなみに赤羽根も含めた彼女達は、この時初めて貴音が変装しているのを目の当たりにした。事務所にいるときは普段通りで、変装しているときはオフで出かける際か遠出に収録に行くときぐらいなので意外と知っている人間は少なかった。

 

「へえ、変われば変わるもんだな」

「ガラリと印象が変わりますね」

「自分、遠目で見たら貴音だってわからないぞ」

「……」

 

千早だけ何も言わなかったが反応をみると驚いているようにはみえた。

道中、赤羽根が初のテレビ出演を祝って甘味処でもいくかとなった。それにはしゃぐ響達。

一番後ろを歩いていた千早が言った。

 

「すみません、私はここで失礼します。ありがとうございました」

「そうか。……そうだ、これ」

 

赤羽根が鞄から絆創膏を取出し、それを渡した。みれば千早の指先にいくつかの包丁で切った跡があった。

それを受け取る千早。

 

「ありがとう、ございます」

「あ、そうだ千早」

 

そう言って一番前を歩いていたプロデューサーは千早の下へ歩いて行く。少し聞かれたくないのか、皆と少し離れた場所で話始めた。

 

「プロデューサー、どうしたんですか?」

「なに、今日のお前はよかったって話だ」

「え?」

「これだよ、これ」

 

声に出さず、指で頬を上に押し上げる。笑顔だと言いたいのだろうが彼の笑顔は怖い。

千早もそれを笑顔だと一応認識できた。

 

「いい顔をしてたよ。今までみた中じゃ一番だ。少しずつでいいんだ、それにあいつも少しは信頼してやってほしい」

「……はい」

 

まるで大きな壁から覗くように離れてこちらを見ている赤羽根をみる千早。

頼りないと言えばそうだけど、あの人が一生懸命なのはわかったと千早はすこし笑みを浮かべた。

 

「俺はお前の事情を知ってるから強制的なことは言わないし、あいつにもさせるつもりはない」

「赤羽根Pは……知ってるんですか?」

 

その問いに彼は首を横に振って答えた。

 

「知っているのは俺に社長と会長の三人だけだ。安心していい」

「すみません。ご迷惑をおかけして」

「気にするな。アイドルを護るのも俺の仕事さ」

「そこは俺達、じゃないんですね」

「んー、まだ頼りないからな。それとな、俺はお前の歌が一番だと思ってる。あいつよりもな。あの星井がちゃんと『さん』付するぐらいなんだ。これ、あいつには内緒な」

「……」

 

千早も美希が自分にだけ「さん」付しているのには気付いていた。一度理由を聞いたら尊敬してるからと言われた。千早はまだその意味を理解はしていなかった。

プロデューサーは最後にと言いだして、

 

「貴音の言葉を借りるなら一歩前へ踏み出してほしい。時間がかかってもいい、いつか本当の笑顔で歌っていることころを見せてほしい」

「プロデューサー、私――」

 

答えようとした彼女の言葉を手で制止させた。

 

「その答えは今じゃない。じゃあ、気を付けて帰れよ。お疲れさん」

「はい、お疲れ様でした」

 

一礼して彼の前を通り過ぎて前にいる彼らに一言言って千早は先に帰宅した。

一人離れていたプロデューサーの下に蚊帳の外だった彼らがやってきた。

 

「プロデューサー、千早ちゃんと何話していたんですか?

「そうだぞー」

「なに、お前の代わりにディレクターに抗議しといたって話さ」

『?』

「あははは」

 

その言葉の意味を理解しているのは赤羽根だけだった。

 

「ま、そんなことより赤羽根の奢りでデザート食いに行くか」

『おお!』

「あ、先輩。貴音は先輩持ちですよ」

「え、プロデューサーさん奢ってくれるんじゃないんですか?(プロデューサーの裏声)」

「勘弁してください。それに貴音も先輩に期待してるみたいですよ」

「ん……」

 

赤羽根に言われて隣にいる貴音をみて汗をかいた。目をキラキラさせながらプロデューサーを見ていた。

 

「あなた様、私ばななぱふぇというモノを食してみたいです。あとらぁめんも」

「貴音、さっきあれだけ食べたのにまだ食べるのか?」

「響はアレで満足したのですか?」

「アレでって、結構量在りましたけど……」

「じゃあ、ファミレスなー。決定―」

「そうですね!」

 

金銭的な理由で赤羽根も喜んで賛成した。

それから近くのファミレスのあまり目立たないところに女子と男で別れて座っていた。

春香と響はデザート一品。貴音は今の所、パフェを食べていた。その内メニューと睨めっこの時間が来るだろう。

赤羽根はコーヒーを飲みながら思い出したように言った。

 

「千早のやつ一人暮らしだったんですね」

 

それに反応したのか赤羽根の反対にいた春香が乗り出し来た。

 

「はい、お家の事情で今は一人で暮らしてるって」

「俺、全然知らないんだな。皆の事」

 

静かにコーヒーを飲んでいるプロデューサーはただ無言に耳を傾けているだけだった。

話を振られると面倒と思ったのかカップを置いて、

 

「少しずつ知っていけばいい。あまり気にするな」

「はい」

 

そのあと春香と響は自宅へと帰宅。プロデューサーと赤羽根、それに貴音も一度事務所に戻り解散した。

一緒に帰る二人に赤羽根は何の疑問を抱かなかった。

 

 

同時刻 如月千早が住むアパート

 

コンビニでミネラルウォーターとカロリーメイトを買ってきてそのままお風呂に入る。

お風呂から出るといつもと変わらない風景がそこにある。開けていないダンボールの山、いつになったら開けるのだろうと自分に問うが答えは返ってこない。

唯一違うと言えばCDとデッキがちゃんとしてあるぐらいだ。

ヘッドフォンをつけ音楽を再生する。

歌は私が好きなモノだ。歌は私が真剣になれるモノだ。歌は私が……逃げた場所だ。

膝を抱えて蹲る千早。

頭の中では聞こえてくるのは流れている音楽のはずなのに声がする。

 

『俺、そんな千早の気持ちを知らないで軽はずみなことばかり言って……謝るのは俺の方だ』

 

違う、謝るのは私の方だ。

あの人はあの人なりに私のことを思っていてくれた。不器用でまだ頼りないけど、それでもその意思は伝わっていた。プロデューサーの言う通り信頼しても、信じてもいいのだろうか。私にはわからない。人付き合いが苦手な私にはまだわからない。

 

『俺はお前の歌声が一番だと思ってる』

 

嬉しかった。お世辞じゃないって思えるぐらいあの人の言葉は嬉しかった。

けど、まるで上書きされるかのように脳裏にあの子の言葉が遮る。

 

――僕、お姉ちゃんの歌が一番好きだよ

 

「っ……優」

 

もういない弟の名前を呼ぶ。答えてくれる人は、いない。

 

 

 

後日。

 

小鳥の仕事は事務仕事がメインである。今日も書類を慣れた手つきでさばいていく。

ふと、見覚えのない請求書が出てきた。

あて先は765プロプロデューサー様と書かれており、その金額をみて驚く。

それに目の前に座っていたプロデューサーが反応した。

 

「ん。小鳥ちゃん、どうした」

「ど、どうしたじゃないですよ! こ、これ!」

「請求書じゃないか……ああ、これね。あとで払うから」

「これはいくらなんでも経費じゃ……え、払う? プロデューサーが自腹で?」

「そうだよ。それ、俺が訳あって買ったやつだから」

「へ、へえ……。0の桁が多いんですけど」

「それでも値引きしてもらった方さ。さて、貴音を迎えて行ってくるから何かあったらよろしく」

「は、はい……」

 

小鳥はもう一度請求書をみる。小道具と書かれ値段は○十万と書かれていた。

 

その日の夜。

プロデューサーはソファーでくつろぎながら片手にビールを持ちながらある光景を目にしていた。目の前で舌を出して王冠が付いているカエルの着ぐるみを着ている貴音を見ながら聞いた。

 

「やっぱ気に入ったんだろ」

「げろっぱ、げろっぱ」

「そうかい」

 

適当に応えてビールを飲んだ。プロデューサーは満更でも無さそうな顔で貴音を眺めていた。

その日からプロデューサーの部屋にカエルの着ぐるみが増えることになったのは当然の流れであった。

 

 

 

 

 




あとがきと言う名の設定補足~

アニマス4話の千早回でよかったでしょうか。この回で貴音に着ぐるみどういうか被り物を好むような描写がされてましたね。
貴音の扱いに関してアニマス通りな感じに本作の雰囲気を混ぜて書きました。
担当アイドルが気に入ったからって自腹で買ってあげるなんてこれもうわけわかんね

大まかにですがアニマス本編であった問題があったシーンが、貴音が経験していることからそれがなくなっている感じでしょうか。

あとカメラマンとディレクターの扱いに関してはまあ妥当かなと。
リアルでもたまにありますよね。
まあ、俺達にとっては大歓迎ですけど!

あと前回でもそうでしたけど赤羽根Pの扱いは今の所こんな感じにです。踏み台と言われてしまうと否定できないんですけど、自分的には憧れる先輩と可愛い後輩を描ければと思っています。




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