銀の星   作:ししゃも丸

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最後らへんにチャレンジコーナーがあるんで頑張って当ててみよう(難易度低)


ifルート346編

 

 

 2019年 ××月××日

 

 とあるマンションの前を走る道路の脇に一台の車が停まっていた。車種はトヨタのクラウンで色は白。型式から見て今年に出た新型だ。たしかにここの周辺は中級あるいは高級マンションがある場所なので、富裕層の人間がいてもなんら不思議ではない。

 ただ不釣り合いなのが車の傍に立っている男だろう。服装はスーツで身長もあって体格もいいが、どう見てもこのクラウンの持ち主とは思えなかった。

 男の名は武内。〈346プロダクション〉のアイドル部門所属のプロデューサーだ。彼は車の後部座席側に立っており、ただマンションを眺めている。

 時計を見て、今は午前9時55分を過ぎたあたり。ここに来たのはほんの数分前。待ち合わせ時間は10時を予定していた。

 するとマンションの入口である自動ドアが開くと、一人の男とその隣に一人の女性が並んで出てきた。

 武内はその二人を知っていた。待っていたのは男の方であったが、隣を歩く女性は彼のみならず日本中で知らぬ者はいないアイドルだからだ。

 戸惑いながら後部座席に座っている上司である美城に報告した。

 

「専務、来ました。ただ、その」

「どうした?」

「見てもらった方が早いかと」

 

 正確に報告をしない彼を咎めることはせず、美城は窓を開けて武内が言うようにそちらへ目を向けた。そこには久しぶりに見る元346プロのチーフプロデューサーであった男がいた。以前との違いは、彼はサングラスをしておらずスーツは着ているがネクタイは締めていない。むしろ、シャツのボタンを外してラフな格好であった。

 問題は隣の女性だ。先の〈アイドルアルティメイト〉を準優勝ではあるが、事実上いまのアイドル界におけるトップである〈Sランクアイドル〉四条貴音である。

 二人が驚くのも無理はなかった。なにせ、このことを知っている人間はごく一部なのだ。それでも、いまは平日で人通りは多くない場所ではあるのにも関わず、彼女は変装もせず表に出てきているのだ。それも男と一緒に。これには驚かないことの方が無理だ。

 二人と距離とはほんの数メートルなのだが、不思議なことに会話が武内と美城の耳に聞こえてきた。

 

「じゃあ、行ってくる」

「大丈夫ですか? 忘れ物はありませんか? ハンカチは……先ほど渡しましたし。あ、ネクタイ」

「いい。話をしてくるだけだから」

「それでも、再就職という大事なお話なのですから、そこはきちんとしませんと」

「平気だって。知らぬ仲じゃないんだから」

「もう。最近はわたくしの言うことを聞いてくれると思ったら、こういう時は変わらないんですから」

「気にし過ぎなんだよ」

「あなた様のことだから心配なのですよ。あ、そうでした。あなた様、これを」

「……貴音、サングラスは」

「これがないと、あなた様らしくありませんから」

「ふぅ。わかった」

 

 彼は貴音からサングラスを受け取るとそのままかけた。武内と美城にとっても、慣れ親しんだ彼の姿であった。

 

「それでは、お気をつけて」

「ああ」

『……』

 

 言うと二人は唇を重ねた。堂々と、道の真ん中で。

 その光景を目の当たりにした二人は、声を出すことすら忘れてしまったようでただ目を大きく開いて硬直しており、彼がこちらにきて声をかけるまで固まっていた。

 

「待たせた」

「あ、はい。お久しぶりです、先輩。どうぞ、こちらに。専務がお待ちです」

「わかった」

 

 後部ドアを開いて彼は車に乗り込む。武内は慌てて運転席に乗り込み、安全確認をしたあと車を出した。ふと彼はサイドミラーとバックミラーの両方を確認した。

 ミラーには最後まで四条貴音がこちらに向けて手を振っており、彼女が映らなくなるまでその光景は続いていた。

 

 

 

 

 

 車を事務所に走らせて少し経つ。後部座席に座る彼と美城は特に顔も合わせず、無言で座っていた。彼に至っては足を組んでドアに肘をついて外を眺めているだけ。運転手である武内はこの場に於いて発言権はなく、ただ運転に集中していた。

 この重たい空気を破ったのは、誰でもない美城であった。

 

「正直、驚いた」

「何を?」

「今の君にだ。私が知る君とは、とてもかけ離れているような気がする。人はこんなにも変わるのだと、とても驚かされているよ」

「……あいつらは、これが本来の俺だって言ってた。まあ、その通りかもしれん。色々と背負って、塞ぎ込んでたからな。いまは、物事をすんなりと受け入れられるようにはなったよ」

 

 彼は彼女と問いに振り向くことなく答え、美城も話を続けた。

 

「だから私の話を承諾してくれたのか?」

「別に。貯金はこれでもある方だがさすがに無職は不味いかって思っただけだ。来年で40になるが一人ならともかく、将来を考えると再就職は必要だと判断しただけ。深い意味はないよ」

「そうか。それでも、君がこの話を飲んでくれてよかったと思っている」

「まだ決まったわけじゃない。話をしに行くだけだ」

「ふ。そうだったな」

 

 美城は苦笑した。久しぶりの彼との会話に彼女はどこか嬉しそうに見える。懐かしいとも言えるかもしれない。ほんの少し前は当たり前のようにこのような会話をしていたというのに。

 

「しかしもっと驚いたのが、まさか四条貴音と一緒に出てきたことだ。どういう関係だ? なに、ただの好奇心だ。別に答えたくないならいい」

「……いいさ。貴音は、そうだな。俺の女だ、前から一緒に暮らしてる」

『……』

 

 目の前の信号がちょうど赤になった。武内からすればとてもタイミングがよかった。そうでなかったら思わず急ブレーキを踏んでいたころだ。彼はバックミラーで美城を見た。彼女はにやりとした笑顔のまま硬直していた。

 

「そ、そうか。女か、女……。ちなみに、いつから暮らしてたんだ?」

「765プロにいたときから」

「ぶふぅ!」

「専務⁉」

「あ、ああ。問題ない、大丈夫だ」

「どうした。今日のあんた、どこか変だぞ」

「そ、そうかもしれない。つくづく君は私を驚かせる」

 

 彼女の言葉に彼は首を傾げた。車内では他愛もない会話が続きながら事務所へと走っていった。

 

 

 

 

 

 346プロにつくと、彼はオフィスビルの比較的下層にある客室へと案内された。てっきり美城専務のオフィスかと思ったが、自分に配慮してのことだとあとで気づいた。アイドル部門はビルの上層階に多く密集しており、その逆ならアイドルやその関係者とも遭遇する確率が低くなるからだ。

 彼としても346プロ、というよりアイドル部門を気持ちよく辞めたわけではないことは自覚しており、だからこそ余計にまだ会うべきではないと判断していた。別にそのことについて何かの責任を感じているわけでも、謝罪などする気は毛頭なかった。自分の夢のためにやったことだ、とやかく言われる義理はない。

 思考を切り替える。

 客室には自分と美城の二人のみ。武内はどうやら運転手だけらしいがおそらく、話は彼女からすでに聞いているのだろう。それに自分と違ってあいつには仕事があるのだ、ここには居たくても居られないのだろう。

 部屋に入った時にはすでに用意されていたコーヒーを口にして、一口飲んだあと彼は美城に声をかけた。

 

「率直に言うが、なんで俺を呼んだ? 話だったら車の中でもよかっただろうに」

「ここに呼んだのは、君が話を受け入れた際に細かい書類を書いてもらうためと、念のための保険だよ」

「保険? なんの」

「一部のアイドルがここ最近あの手この手で嗅ぎまわっていてな。理由は話の内容にも関係していて、それを偶然なのかはわからんが知ったらしく、私と彼がマークされているんだよ」

「アイドルに? ふ、笑いしかでない」

「君にも責任があるのだがね。君のことだ、『だから?』で終わらせてしまうだろ」

「その通り。ただその話なら、わざわざあんたと武内が迎えにくる必要はないのでは?」

「私と彼でなければ君はここに来るどころか、話に聞く耳を持たないからだ」

「たしかに。で、その話とは?」

 

 美城もまた一口コーヒーを飲んだ。まるで心を一旦落ち着かせるように。

 

「予想はついていると思う。我々346プロダクションは、もう一度君を雇いたい」

「我々? あんた個人じゃなくてか?」

 

 彼女はうなずいた。

 

「アイドル部門の役員全員および346プロ全体の役員会議で協議した。この依頼は346プロの総意と受け止めてもらいたい」

「なぜだ。別に俺なんてもう必要ないだろうに」

「あの〈リン・ミンメイ〉を見つけだし、わずか一年足らずで〈アイドルアルティメイト〉で優勝、さらに伝説のアイドル日高舞も打ち破ったアイドルをプロデュースしたプロデューサーがもう必要ない? 笑えない冗談だ。自分で思っているより、君の存在は安くはない」

「で?」

 

 興味もなそうに彼は言った。態度からして呆れているようにえ見える。

 

「結論だけ言おう。私はいずれ、ここのトップ立つ」

「だろうな」

「今は専務という役職と一緒にアイドル部門も統括をしているが、トップになればそれもできなくなる。なので、将来的には私の後釜として常務取締役になってもらう」

 

 これには彼も驚いた。てっきり、再びアイドル部門に配属させて、適当な役職に就かせる気なんだろうと思っていたからだ。それが一気に段階を超えて常務取締役ときた。

 常務取締役といっても、会社にとってはその役目や立ち位置は様々。それでも立場は企業経営側であるし、そのための仕事や業務をすることになる。特に常務取締役は役員の中では下に位置することから、従業員と一番近い距離にあるため、彼らの監督や指導も行うこともある。特にこの役職に就かせるということは、取締役として会社の意識決定にも参加していくことになる。

 一介の元プロデューサーの再就職先としてこれ程のものはない。

 

「どうしてそこまでのことをする」

「言ったではないか。君の存在は安くない。君の力はいち個人が持つには大きすぎる力。だから君が欲しいし、将来私を補佐してほしいのだ」

「……なるほどな」

「すぐに返事をしてくれと言わない。君にも考える時間が必要だろう」

「いや、構わない」

「つまり?」

「その話を受けよう」

「そうか。ありがとう」

 

 美城は安堵したのか深くソファーに腰かける。顔もどこかほっとしており、柔らかい表情をしていた。

 

「訊きたいんだが。その間の俺の立場はどういったものになる?」

「簡単に言えば、アイドル部門の裏の管理者だな。部屋もアイドル部門から離れたところを用意する」

「そうか。なら一つ頼みがある」

「なんだね」

「一人、ゆくゆくは俺の秘書として雇ってもらいたい奴がいる」

「それは構わないが、できれば有能な人材だと助かる」

「能力は保証する。最初は新入社員として適当に総務部かどっかに配属すればいい。ある程度会社の雰囲気になれたら、俺の専属として使う。連絡もそいつにやらせる」

「君がそこまで言うのであれば信じよう」

「ありがとう」

 

 礼を言いながら彼はソファーを立ち上がると背を伸ばし始めた。体が窮屈だったのか、あちこち骨が鳴る。するとふと何かを思い出しかのように彼は言った。

 

「それともう一つお願いがあるんだが」

「ふぅ。驚かんがなんだね」

「再就職するの、一か月後ぐらいにしてもらいたい」

「何か用でもあるのか?」

「ああ。忙しくなる前に三人で旅行にでも行こうと思ってな」

「……三人?」

 

 彼の言葉の意味を彼女は最後まで理解することはなかった。

 ただ――

 その時の彼の顔が、今まで見たことのない笑みをしていたのは印象に残ったようだ。

 

 

 

 

 

「命ちゃん、おはよう」

 

 アイドル部門所属の事務室のような部屋で隣に座る新人事務員の飯島命に、彼女の教育係である千川ちひろは彼女に挨拶をした。

 

「あ、ちひろさん。おはようございます。今日もきれいですね」

「ふふっ。おだててもお菓子は出ないわよ」

「ちぇー。あ、そうだった。実はここの書類のことなんですけど、これって誰に判断してもらえばいいんですか?」

「どれどれ。あ、この案件の担当は……田所Pね。これがどうかしたの?」

「打ち込んでたら計算が合わなくて。たぶん、記載漏れだと思うんですけど」

「そうね。一度本人に確認してもらって、再度提出してもらった方がいいかも。私が行こうか?」

「いえ。自分で行くんで大丈夫です。じゃ、行ってきまーす」

「廊下は走っちゃだめよー。ほんと、元気がいいんだから」

 

 飯島命。彼女は時期外れの新入社員だ。ここに配属されてから約3か月が経過し、そろそろ研修生の肩書も取れて、再度正式にどこかの部署に配属されることになる。

 ちひろは彼女の教育担当として付きっきりで面倒を見ていた。なにせ最初は不安があったからだ。この時期の就社ということもあるし、年齢が今年で21になることから短大あるいは専門学校を出たということになる。つまりは就活に失敗したということだ。それに履歴書も見せてもらったが、専門学校は製菓で卒業はしておらず、その割には資格だけは自分にも負けないほど持っていた。

 まあ、はっきり言えばよく分からない子だから、私が面倒を見なければという思いがあったのだと思う。ただそれも最初だけで、彼女は素直だし優秀だった。一度教えれば大抵のことはすべてできたし、あとは自分でどんどん仕事をこなし始めていた。

 ちひろからしても命の評価は高い。最近の子にてはよくできた子であるし、なにより優秀。彼女のみならず、他の職員からの評価も悪くはなかった。

 そんな彼女も、近いうちに正式な部署へと異動だ。寂しくもなる。

 できればこのまま此処に居てくれないだろうか。そんな未練さえ抱いていた。

 あの光景を見るまでは――

 

 

 

 命が異動してから早1か月が経過した。最初はオフォスビルのどこかで偶然会うだろう、ちひろも最初はそう思っていた。しかし今日まで一度も彼女を見たことはなく、それは他の職員も同じ。まさか首になったのではと少し噂にもなったのだが、ある一人が彼女を見たと言ったのでその線はなくなった。

 色々と不安が積もりつつも、ちひろは目の前の仕事を片付けなくてはいけないのだ。ただ今日は意外と早く仕事が片付き、上司からも許可が出たのでいつもよりも早く退社することができた。

 

「お先に失礼します」

 

 事務員専用の更衣室で着替えて外へ向かう。オフィスビルを出て旧346プロの事務所を通って出口へ。そんなとき、ふとこの建物の二階へ上がる階段で命らしき人物が目に入った。

 

「命ちゃん?」

 

 服装は自分達と同じような緑の事務服ではなく、他の職員と同じような一般的なスーツを着ていた。なるほど、これでは見つからないわけだ。けど、どうしてここに?

 旧事務所はそのほとんどが機能していない。何かの物置かこちら側の警備員専用の部屋があるぐらい。

 ちひろは気になって後を付けた。彼女は建物の一番奥の部屋の前で止まり、そこへ入っていった。彼女はゆっくりとその部屋の前までいき、扉についているプレートと張り紙が目に入った。

 

「情報分析室……関係者以外立ち入り禁止? そんな部署あったかしら」

 

 仮にあったとしてもなぜここなのか。オフィスビルには空いている部屋もあるだろうに。

 なによりも彼女の服装も気になる。346プロで働いている女性の事務員はみな事務所が支給している緑のスーツが義務付けられている。対して先程の命の服装はビジネススーツ。それを着ているのは事務所内でも上の立場の人間か、常務以上の立場である人間の秘書ぐらい。ということは、彼女は誰かの専属の秘書になったということになる。

 だけど誰? しかも、わざわざこんな人目を避けた場所で。

 ちひろは立ち聞きすることも考えた。けど、突然彼女が出てきて鉢合わせする危険もあり、ひとまず今日はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 それからちひろはいつも通りの業務をこなしていた。命のことが気にならないわけではないものの、生憎一介の事務員としては多忙な立場にあるからだ。

 アイドル部門は多忙である。その最もたる理由はその所属しているアイドルにある。約100名を超えるアイドルがいるのだ。その数だけ仕事はあるし、書類の数も多い。担当のプロデューサーの下へ行っては書類の確認とサインをもらい、または彼らか仕事を頼まれる。休憩時間はもちろんあるけど、彼女を探す余裕はないのだ。

 現在もある書類を受け取りに武内Pの所へ来ていた。ちひろから見ても、今の彼は昔と比べると表情が柔らかくなったように思える。仕事ぶりは今のアイドル達の活動を見ればわかるし、そのアイドル達とも良好な関係を築いている。

 ふと、ちひろはそのアイドル達のことであることを思い出した。いつだったか、少し前に一部のアイドル達が数日程休むという異例の事態が起きたのだ。これでもアイドル達とは近い距離にあると自負しているが、さすがにその原因までは自分を聞いてはいなかった。噂ではYouTubeが関係しているらしいのだがその真相は知らない。

 まあ今では全員問題なく活動しているので、ちょっとそんなことがあったな程度でのことである。

 

「では千川さん。これをお願いします」

「はい。わかりました」

「あと申し訳ないのですが。この書類を美城専務の下へ届けてはくれませんか? 実はこれから外に出なくてはいけなくて。専務には私から連絡しておきますので」

「ええ、構いませんよ」

 

 追加で渡された書類を手に持ってちひろは答える。

 彼のオフィスを出ようと振り返る。が、ある事を思い出して彼にたずねた。

 

「そう言えば武内P」

「なんでしょうか?」

「ここ最近調子がいいですよね」

「そう、でしょうか? 自分としてはそんな感じはしないのですが」

「いや、個人的に思ったことなので気にしないでください。あとアイドル部門全体と言うんでしょうか。仕事柄書類に多く目を通すので、今のアイドル部門がまるでプロデューサーさんが居た時みたいに活気づいているように思えるんです」

 

 プロデューサーさん。

 かつて存在したアイドル部門のチーフプロデューサー。武内Pをはじめとしたプロデューサー達は彼の辞職を知っていたらしいが、私は彼が居なくなって少し経ったあとにそれを耳にした。たぶん、アイドルのみんなと同じくらい悲しんだと思う。だって、ちゃんとした別れすらしなかったのだから。

 彼との出会いは346プロに入社して一年目の時だ。暇だったのか、総務部に顔を出していたときに自分に仕事のやり方を教えてくれたのだ。おそらくそれが恋のはじまりだったと記憶している。我ながらもっと積極的にいけばよかったと、あとで後悔した。

 しかしそれも過去のことだ。いまは彼のことなんてきっぱりとケジメをつけた。あの人は酷い男で、最低な人なんだと自分に言い聞かせて。

 

「たしかにそうかもしれませんね。ですが、それは良いことなのかもしれません。先輩がいなくても、我々だけでこれだけのことが出来るようになったと思えば」

「そうですね。では、失礼します」

「はい。お願いします」

 

 彼のオフィスを後にして美城専務のオフィスへ向かう。彼女の下に行くのはこれが初めてではないので特に緊張とかはない。むしろ、気に入られて専務付きにでもならないかなと夢を見たりする。

 専務のオフィスはこの階から上に向かう必要があるのでエレベーターを利用する。人が多い346プロであるが今日はすんなりとエレベーターがやってきた。そのまま一度も止まらず目的のフロアにたどり着いて彼女のオフィスの前に立つ。ノックをしようとしたその時、部屋の中から聞き覚えのある声が聞こえて思わず端に避けた。

(それでは専務。失礼しますね)

 同時に扉が開いて出てきた人物と目が合った。

 

「み、命ちゃん?」

 

 そこにいるのは紛れもなく飯島命であった。服装もこの間見たスーツ姿。顔をよく見ると、以前の時よりも化粧がしっかりとしている。仕上げが丁寧というのか、例えるならプロの仕事だ。ライブなどでアイドルがしてもらっているのをよく目撃するためかそれに気づいた。

 

「あ、ちひろさん。お久しぶりです。専務に用ですか?」

「え、う、うん。命ちゃん……も、だよね?」

「はい。異動してからあちこち動き回ってるんで大変ですよー。それじゃ私はまだ仕事があるので、これで失礼しますね」

「う、うん。頑張ってね」

 

 互いに手を振って別れる。

 結局ただちょっとした会話をしただけで別れてしまった。異動した部署はどこなのかとか、何をしているのかと話題はあったのに、ただ動揺していただけで終わってしまった。

 彼女の背中をなんとも言えない気持ちで眺めていると、横から声をかけられた。

 

「千川か。話は聞いている、入りなさい」

「は、はい! すみません!」

 

 まさか扉が開いたままだったとは。

 ちひろは命が扉を閉めずにいたことすら気づかない程、意識が彼女に向いていたらしい。慌てて部屋に入っては美城に武内から渡された書類を渡した。

 

「ふむ、これか」

「……」

 

 書類に目を通している美城にちひろは疑心の目を向ける。本人には聞けない上、彼女について知っているのはおそらく彼女しかいない。しかしそれを訊こうにも自分の立場は一介の事務員でしかなく、雲の上の存在である彼女においそれと聞ける勇気など彼女は持ち合わせていなかった。

 しかしそんなちひろを見抜いているのか、美城は書類の方に顔を向けたまま言ってきた。

 

「何か聞きたいことがあるのでないか?」

「え! い、いえ。特にそのようなことは……」

「遠慮しなくていい。大方、飯島命についてなのだろう?」

 

 戸惑いながらも彼女はうなずいた。

 

「別に気にならないというのが無理だろう。君はあの子の教育担当だったからな」

「は、はい」

「いま彼女は、ある役員の秘書として働いてもらっている」

「情報分析室……のですか?」

「……なぜ知っている?」

 

 書類に釘付けだったのがこちら鋭い目を向けてきた。言わなければよかったと後悔したが時すでに遅し。美城の雰囲気からして細かく追求してくるのが容易に想像できた。

 隠しても意味がないと観念し、正直に答えた。

 

「その、偶然彼女の姿を見つけて……。後を付けたらその部屋に入るところを目撃したんです」

「そう、か。情報分析室というのは旧事務所からそのままになっているだけで、その通りのことをしているわけではない」

「ではなぜ、彼女はあそこに出入りを?」

「本来ならいち事務員である君に聞く権利などないのだが。まあ知ってしまったからには教えよう。あそこには極度の人見知りと言えばいいか、変わり者がいるんだ。最近346プロが雇った人間で優秀だが一癖あってな。ここは人が多い、もっと人がいないところにしろと要求してきた」

「それで、あそこなんですか?」

「そうだ。ちょうどその人間との連絡係として彼女を任命した。これで納得したかね?」

「は、はい。お騒がせして申し訳ありませんでした」

「いや、こちらにも君への配慮が足らなかった。……話はこれで終わりだ。下がりなさい」

「失礼します」

 

 一礼してちひろは専務のオフィスを後にする。

 疑問点は残るものの、あれ以上訊いても何も教えてはくれないのは明白で、これで納得できるかと言われれば答えはノーだ。

 優秀だけど変わり者で、尚且つ役員に口を出せる人間。

 正直言ってこれを素直に受け入れろというのが難しい話だ。優秀な人間という部分では間違いないことは確かだろう。残りはその場で考えた作り話にしか思えない。

 専務は、いや、346プロ自体が何かを隠している。あそこには彼女らにとって重要な場所か、あるいは知られては困る人間がいるのではと。ちひろは妙なことにそれに絶対的な自信を持ち始めた途端、彼女の行動は早かった。

 その日の午後。天が我に味方したと言わんばかりに仕事が片付いたちひろは、仕事場を後にして旧事務所付近をうろついていた。生憎ここら一帯は身を隠す場所がなく、ただ立っているのも不自然なので一定の間隔で旧事務所とオフィスビルを行き来しては、通りかかるに人間に目を光らさせていた。

 何分、旧事務所の出入りは出社と退社の時間帯を除けば少ないので特定の人間を見つけるのは比較的簡単である。

 ただ問題もあって、確実に例の情報分析室に通う命が訪れるのかが不安要素。

 こんな日は滅多にないんだから来てよ!

 ちひろは声に出さず命に駄々をこねた。そんな彼女の思いが通じたのか、タイミングよく命がオフィスビルから出てきてきた。

 離れた位置から尾行してそのまま彼女が旧事務の2階に行くのを確認するとちひろもそれに続く。通路に出るとすでに命は部屋に入ったらしく、彼女は再び扉の前に立つと耳を当て始めた。部屋自体がそこまで広くないのか、思ったより声が聞こえてくる。

(これ、頼まれてた資料)

(助かる)

(あと〇×との会合に出てほしいって専務が)

 その企業の名には覚えがあった。大企業であるそこと噂ではあるが契約するらしく、アイドル部門か女優部門の誰かがそれに任命されるという話が持ち上がっていた。CM契約だけで大金が動くし、事務所にとっては大きい話で失敗は許されない。

(あそこと? 伝手はあるが俺が行くほどか?)

(アイドル部門の実績にしたいんでしょ。専務は何だかんだで、アイドル部門寄りの人だから。それと相棒の実績を作るのもあるんじゃない?)

(決まってることなんだから、別にいいのにな)

 相棒?

 思わず首を傾げた。声からして相手は男性で、それを相棒と呼ぶ命。互いに面識があるのだろうか。彼女の話し方からしても親しい間柄のように思える。

 さらに情報を得るためにちひろは集中する。

(あと、ちょっと言わなくちゃいけないことが……)

(何だ、言ってみろ)

(怒らない?)

(怒らないから、言え)

(もう怒ってるじゃん。はぁ。えーとね、午前中に専務の所に行ってたら、見られちゃった)

(誰に?)

(ちひろさん)

 何故か自分の名前が出てきた。どうして見られたら不味いのだろうか、そう思っていた時予想外の言葉が聞こえた。

(ちひろちゃんにか……)

 え、それって。

 私を男性でそう呼ぶのはただ一人。

 それは――

 

「ちひろさん。いつになったら入るんですか?」

「――!!」

 

 突然背後から声をかけれて振り向く。そこには〈アイドルアルティメイト〉で準決勝まで勝ち進んでアイドル、島村卯月がいつもの笑顔で立っていた。

 

「う、卯月ちゃん⁉ どうしてここに!?」

 

 ちひろはできるだけ声を下げて卯月にたずねた。

 

「いや。ちひろさんを見かけたら、まるで誰かを見張っているようなことしてたものですから、気になってずっと後ろから見守っていたんですよ」

「ず、ずっと⁉ そもそも卯月ちゃん仕事はどうしたの⁉」

「え? 何故かこの時間は何もないんですよね。あ、私だけじゃなくてみんな(・・・)

「へ?」

「それにしても、ここ何かあるんですか?」

「い、いいから。いまはとにかく――」

『そこにいるのは誰だ!』

 

 離れよう。そう伝える前に部屋の中から叫び声が聞こえた。

 ちひろはすぐに逃げようとした。今なら間に合う。なんとか上手いこと逃げきれば姿を見られずに済む。

 だがおかしなことに、目の前の彼女。島村卯月はドアノブに手をかけていた。

 

「あ、バレちゃったみたいですね。じゃあ、入りましょうか」

「ちょ、卯月ちゃん⁉」

 

 彼女を置いて逃げるのも間に合わず、無慈悲にその扉は開けられた。

 

 

 

 

 

 扉の前に人の気配がして思わず叫んだ。普通ならこれで逃げるはずなのだがどういう訳か、扉が開いた。

 

「あれ、プロデューサーさんじゃないですか。お久しぶりですね」

「え? や、やっぱりプロデューサーさん……⁉」

 

 そこには島村卯月と千川ちひろが居た。先ほど命の報告で嫌な予感がしたが見事それはすぐに的中してしまった。

 彼はため息をつきながら頭を抱えた。

 

「なんでこんな所にいるんですか? あと、その人誰です? プロデューサーさんの女ですか?」

「なあ。やっぱりお前、性格変わっただろ」

「えー。そんなことないですよ。いつも通りの島村卯月です、ぶい!」

 

 笑顔でピースする彼女は、たしかに島村卯月なのではあるが、何処か不気味なオーラというか雰囲気があった。

 

「ごめん、相棒……」

「お前なぁ。尾行ぐらい気づけんのか?」

「無理でしょ! 相棒じゃないんだし」

「あ、あの……」

「ん?」

 

 震えた声でちひろが言ってきた。その姿はまるで生まれたての小鹿のようにプルプルと震えている。

 

「ほ、本当にプロデューサーさんなんですか?」

「そうだよ。ま、現職はプロデューサーじゃないがね」

「え? な、なんでですか?」」

「申し訳ないが答えられない。はあ、バレたのが二人なだけでマシというべきか。とにかく専務に連絡だ」

 

 スマホを取り出して直接彼女に連絡を取る。耳に当てて視線を正面に向けると、同じように卯月が手にスマホを持って何かを打ち込んでいる。

 彼はさらに嫌な予感がしてきたのを悟り恐る恐る訊いた。

 

「卯月、お前何してる」

「え? 何って、LINEで拡散してます」

「一応訊くが、何をだ?」

「何ってプロデューサーがいることに決まってるじゃないですかー。あ、何故か今日はみんなこっちにいるんで、よかったですね!」

「……ファック」

「あ、相棒。これって、もしかしてヤバい?」

「もしかしてじゃない。ちょーやべー」

 

 頭の中で警報がフル稼働。

 エマージェンシー、エマージェンシー。至急その場から退避せよ。物凄い速度で敵機が急接近している。このままでは包囲されて逃げられなくなるぞ。

 そんなこと言われなくても分かっている。

 どういうわけか地響きも聞こえてきた。幻聴ではないのかと思いたくても、現にドドドっと建物が揺れているのだ。

 糞。お嬢は何をやっているんだ。電話は繋がっているんだから早く出てくれ。

 彼の願いが通じたのか、部屋の中にさらなる侵入者と美城との電話が通じたのはほぼ同時だった。

 

『私だ。……おい、聞こえているのか?』

「……」

 

 彼女が聞こえた頃には、ここはもう地獄になっていた。

 

「はぁ~。本当のプロデューサーさん。まゆ、ずぅーっとプロデューサーさんのことばかり想ってたんですよぉ? だからリボンも……」

「はぁはぁ。プロデューサー! 本物のプロデューサー!」

「あ、ほんなこつプロデューサーしゃんだ。えへへ。夢やなかよね?」

「もぉ、パパったらどこ行ってたんですかぁ?」

「О, нет, я ждала.」

「あー、本当にプロデューサーさんだぁ。もぉ、今までどこに行ってたんですかぁ?」

「写真じゃない本当のプロデューサーさんだぁ。えへへ……」

「ふ、ふふ。そ、そうだよね……死んでたらわたしのとこに、来るもんね……」

「あ、こ、この部屋、親友の匂いがする……きのこたちも元気になってる……」

「あめよこせよ、なぁ、あめ持ってるんだろぉん⁉」

「………………怒ってないよ」

「プロデューサー……プロデューサー? あ、元気になってきました!」

「PくんPくん! アタシもうJKだよJK! ちょー成長期なんだ! しかももう16歳だから……」

「机……プロデューサーの、机の下に……」

「アハハ。昨日まで大凶だったのに、今日は大吉だったのはこのためなんですねぇ」

「プロデューサーさん去年のプレゼントはどうでしたか? あれ、私の――(自主規制)」

「あ、ダメだわ。私もう死ぬ、これ死ぬよ。誰かがキスしてくれれば治るのになあ?」

「これ、覚えてるか? あの雨の日にプロデューサーさんが使ってた傘なんだ……」

「うふふ。本当、意地悪な人なんだから……」

「これ、わたしとプロデューサーの本なんです……ジャンルはラブストーリー……うふふ」

「名前……怒らないですから……わたしの名前を呼んでください……」

「Pちゃまったら、このわたくしを置いてどこに行ってたんですの?」

「コーン。狐を怒らせるとどうなると思う? アハハ!」

「そなたー、一緒に故郷に帰るのでしてー」

「プロデューサーさん、あの時私と交わした約束は嘘……だったんですか?」

「あ、本当にPちゃんだにゃ。元気してかにゃ?」

「フンフンフフーン。あ、プロデューサーじゃん。やっほー」

「どう? 貴音とはうまくやってる?」

「ちょ、のあさんまずいですよ!」

「あら? あなたミ――(急に飛行機が通過する音)」

「プロデューサーじゃないですか! 見てくださいよ、わたしのサイキックパワーが遂に極限に至りましたよ! Xフォースの面接に受かったんです! どうです、ちょーすごいですよね⁉」

 

 すでに最初の方から耳に入ってきても受け入れずに、そのまま聞き流すという芸当を身に着けていたため精神的ダメージは軽微ですむ。ただ最後らへんは『変わらんな』と妙に安心している自分がいた。

 しかし現状はまだ続いている。漫画のように入り口でドミノ倒しのごとく、どんどんアイドルの山が出来上がっている。それのおかげでそれ以上部屋に入ってくるものはいないが不幸中の幸いで、それでどういうわけかアイドルの達の声が聞こえてくる。

 控えめに言ってホラーだ。

 

『……君。その、なんだ』

 

 最近のスマホは性能がいいらしい。彼女達の声を拾っていたのか、それが彼女まで届いていたようだ。

 

「専務、悪いがしばらく俺と命は無期限の有休を取る。異論は聞かん」

『いや、元々は君が――』

「以上。交信終了」

 

 電話を切ると彼は、棒を折るような仕草でスマホを折り曲げたあと念入りに踏みつけた。これは私用ではなく支給品であるので問題はない。

 

「命、逃げるぞ」

「え、私は関係ないじゃん」

「なら、ここで死ぬんだな」

 

 彼の言葉を聞いて命はアイドル達の方を振り向いた。

 

「……ヒェッ」

 

 あの命ですら怯えた声を出した。あれは、獣だ。まるで飢えた獣。人の形をしているがそれは仮初に過ぎない。人間の皮を被った獣に違いない。なにせ、目だけが光っている。

 背中を見せないように彼女は彼に下へゆっくり移動する。

 

「で、でも、逃げ場所なんかどこにも」

「あるだろ。すぐに後ろに」

「へ? 後ろって……きゃぁ!」

『あーーー!!!!」

 

 突然命を肩に担ぐと、それを見たアイドル達が叫ぶ。簡単に人を担いでいることよりも、彼に担がれていることの方が羨ましいようだ。

 彼は窓を開けると、当然のようにそこから飛び降りた。ちなみにここは2階である。普通なら下手したら骨折かもしれないが、今はその肩に人間一人を担いでいる。

 命は驚いたことに叫ばなかった。いや、逆にその顔は驚くことに疲れているようであった。そして彼は何食わぬ顔で平然と着地。降りた場所は建物の一番角付近。そこから迂回すればすぐに正面ゲートがあった。

 

 

 

 

 

 身動きが取れていた卯月とちひろは窓からそれを見ながら彼女達に言った。

 

「今からなら追いつけますねー」

「そうだけど……え、あれって……?」

「どうしたんです?」

 

 窓から乗り出して見てみると、彼は壁の前に何か覆いかぶさっていた布をはぎ取った。するとそこには大型アメリカンバイクが一台停まっていた。バイクに跨りエンジンをかけ、命もまたその後ろに乗った。

 

「あれって、ハーレイってやつですよね?」

「そうね。うん、そう……」

「あ、逃げた。みんなー、プロデューサー逃げちゃいましたけど、どうしますー?」

 

 卯月は振り向いてたずねた。

 が、そこには先ほどまでとは違い全員が部屋に押し入り立ちつくしている。全員が顔を下に向けていると思えば、一斉に顔を上げて目を光らせた。

 

『であえであえ!』

『プロデューサーを捕まえるのよ!』

『警察に通報して追跡させて!』

『裁判よ裁判!』

『そうよ! 何としても証言台に立たせる!』

『ていうかあの女誰⁉』

 

 などなど。来た時と同じよう大地を揺らす勢いで部屋を飛び出すアイドル達。一部のマイペースもしくはこの状況を一歩後ろで見ているアイドル達は気楽に言った。

 

「Pちゃん、大丈夫かにゃ」

「まあ、プロデューサーだし平気っしょ!」

「面白しろそうだから貴音に教えましょうか」

「だからのあさんまずいですって!」

「いやぁ、この感じ久しぶりですね。ね? ちひろさん……ん? ちひろさん?」

「そもそも命ちゃんが何でプロデューサーさんの秘書なの? そこは普通私のはず、ていうか本当だったら私がそこのポジションに立つはずだったのに……!」

 

 今までは彼と出会うことだけで思考が麻痺していたらしく、今は冷静になったのか他のアイドル達と同様に顔を曇らせていた。

 

「ま、卯月ちゃんがみんなに言わなきゃ、こんな大袈裟にはならなかったってみくは思うにゃ」

「えー? 私じゃなくてもきっと他の人もしますって」

「ほんと、卯月ちゃんは人生を謳歌してるにゃー」

「えへへ。でもみくちゃん」

「なんだにゃ?」

 

 卯月はいつもの笑顔を浮かべながら嬉しそうに告げた。

 

「これからまた、楽しい日々の始まりですよ」

 

 

 

 

 

 

 346プロからざっと離れて数キロの地点。彼の運転するバイクは信号で停まっていて、彼の腰に手を回している命はすでに冷静さを取りもどし、今日から仕事をしなくていいのだとすでに浮かれた様子。

 まさか自分も標的になるとは思っておらず、今後の方針を彼女は彼にたずねる。

 

「で。これからどうするのさ」

「しばらく海外にでも逃げるか。その間に専務がなんとか手を打ってくれるだろう。たぶん」

「じゃあヨーロッパ行こうよ、ヨーロッパ」

「それまたどうして?」

「え? そういう気分だから」

「相変わらず適当だな。と言っても行先はどこでもよかったし、それでいいか」

「貴音ちゃんと美希ちゃんはどうするの? まさか置いていくの?」

「いやまあ、それは……。ま、まずは二人に説明しなきゃな。うん」

「とりあえず、逃げる準備しよっか」

「同感」

 

 有言実行とはまさにこのことであった。

 数時間後、帰宅した貴音と美希に事情を説明した彼は、あの手この手を使って二人のスケジュールに空きを作り、翌日にはすでに日本を発っていた。

 すべての後始末を強引に背負わされた美城は、数日かけてアイドル達を説得。色々あって彼女達から無茶ぶりな要求もあったものの、そこは断固譲らず今後の彼の活動に支障が出ないように丸く事を治めた。

 それが終わって、彼が日本に戻ったのはその一週間後であった。

 ただ――

 

「いやぁ、楽しかったー。相棒の金で行く旅行はさいこー!」

「安心しろ。給料から少しずつ引いておくからな」

「それだけはお慈悲を! ……って、相棒」

「ん? どうした?」

「気づいたら貴音ちゃんと美希ちゃんがいないんだけど」

「は?」

 

 振り向くとそこには二人がおらず、先ほどまではたしかに後ろを歩いていたはずなのに一体どこへ消えたと言うのか。

 ピコン。タイミングよくLINEの通知が来て、相手は貴音。

 

「なになに。先に帰っておりますね……頑張ってねハニーby美希より? あいつら何を――」

 

 突然命が服の裾を引っ張るせいで言葉が途切れる。視線を向けるとかつてない程震えていた。あの命が、あのミンメイが恐怖している。

 

「あ、相棒……あれ、あれ……!」

「……」

 

 彼女が指す方向に目を目を向けて絶句。そこに一般客はおろかスタッフさえいない。

 いるのは……見知ったアイドル達だけ。

 どうやら何故か帰国する日時が漏れており、まさか空港で待ち伏せされる目に遭うとは、あの彼でさえも予想できなかったのである。

 

 

「命。提案なんだが」

「なんだい相棒」

「今からアメリカに行こう。きっと毎日が楽しぞー」

「私は相棒が行くところなら喜んで付いていくさ! なんてったって、運命共同体だからね!」

「じゃあ……走るぞ!」

「スタコラサッサ!」

『待てやこらぁあああああああああ!!!』

 

 この日、羽田空港で起きた出来事は国際メディアにも取り上げられるほどの大事件になるのであった。 

 

 

 

 




最後は絶対こち亀のBGM流れてる。

はいでは邂逅してから上から順にその台詞のアイドルを当てよ。
たぶん数人ほどまったく作中に登場した覚えがないアイドルがいますがどこかで私のデレステでの押しキャラを書いたような気がするのでそれがヒント(書いてなかったらごめんちゃい)
まあそれ以外全部当てるだけでもすごいと思うよ、うん。一応そのアイドルに関する台詞を選んだつもりなんで簡単な部類だと思われ(全部がそうだとは限らない)

え、全問正解したら?
願いを一つ叶えてあげるよ。きっと、たぶん、メイビー。

ここから解説
といってもこっちは特に深く考えてない。復職?した彼が将来的には346の役員としていずれは社長になるであろう美城を補佐しながら事務所を経営していく感じです?

アイドル達との仲直りは……まあ上手くいったんじゃないですかね?

次回は765編なのですがちょっと時間かかります。

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