銀の星   作:ししゃも丸

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今までは最低でも一万文字を心がけていましたが今後はかなりばらつきがあります
本当申し訳ないです


ふぁんでぃすく編
分岐点 彼を手にしたのは誰だ


まぶしい。

鮮烈な光が彼の少し開いた瞼の隙間から網膜に突き刺さり、朦朧としていた意識が覚醒しはじめる。けど彼はそれに抵抗する。

寝かせてくれ、別にいいだろう。カーテンの隙間から差し込んでいる朝日から逃げようと体の向きを変えようとするも、動かない。何かに固定されているのか、体の自由がきかないらしい。顔は動くので、反対側へ。

そこには小さな寝息を立てながら眠る、天使がいた。

そうだった。美希が寝てるんだった。

寝ている彼女の安らいだ表情が目に入り、覚醒を拒んでいた意識がようやく動き出した。体が動かないのも、隣で美希が腕と足に……いや、右半身に覆いかぶさる形で抱き着いていた。昨日は仕事で夜遅くに帰ってきたので、帰ってくるまでは起きていたけど寝るのは別々だったのを思い出す。そういう時は今のように、獲物を逃がさんとする構えをしてくる。

ただ最近は、その攻略法も見つけた。

何とか体を捻って、顔をさらに美希へと近づけて。

 

「おはよう、美希」

 

そっと頬にキスをする。すると拘束されていた体が動くようになる。けど、それもほんの一瞬。彼女を起こさないように素早くベッドから脱出する。

彼は寝ている美希に笑みを浮かべて、リビングへと向かう。

扉を開けると電気がついていた。ダイニングテーブルにはまるで来るのが分かっていたかのように、コーヒーが淹れられたマグカップがあった。視線が自然と台所へと向かう。そこにはプラチナの髪が綺麗な女性の後ろ姿が。

彼は、いつものように彼女の名を呼んだ。

 

「おはよう、貴音」

「あはようございます、あなた様」

 

フライパンを持ちながら振り向いて貴音は言う。

そう。これが、新しい毎日の風景だ。

 

 

 

 

 

一緒に暮らそう――

それが、彼の出した二人への回答だった。

〈アイドルアルティメイト〉から数日後。かつての日常に戻ったように三人で朝食をとっているときに、それを伝えた。あの夜、貴音にああいった手前色々と考えたものの、やはり今すぐにはやりたいことなんて見つからなかった。まあ当然かとも。けれど、今までの贖罪とまではいかないが、誤魔化していた二人への想いに報いるために、これだけは決断した。

結論から言えば二人は喜んでくれた。俺も、無性に嬉しかった。たぶん、やっと自分に素直になれたからだと思う。

ただその所為で食事は一時中断。さらに二人はこの日の仕事を仮病を使って休んだ。〈アイドルアルティメイト〉が終わったからといっても二人はトップアイドルで、貴音に至ってはミンメイが引退したことにより〈Sランクアイドル〉になったのだからそれはもう忙しいだろうし、美希についてもアイドル活動を休止する理由がなくなったいま、活動を再開しなければならない訳で。つまりは全部自分が悪いのだと彼自身も認めていた。

結局その日は三人でいつも以上に愛を深めた。

後日。貴音と美希の私物のほとんどが彼の部屋にあるため、移す荷物は少なく済んで引っ越しはすぐに終わった。貴音の部屋も解約して、念願の三人の同棲生活が始まったのである。

 

 

 

食後のコーヒーを飲みながら新聞を読む。

一部の記事、というよりは他の新聞も似たような話題がまだ続いているようだ。『リン・ミンメイとはいったい何者だったのか⁉』、『彼女の正体に迫る!』、『ミンメイの所属事務所、忽然と姿を消す……』などなど。最近どっかの誰かが言った〈ミンメイショック〉がまだ続ているらしい。まあその例え方は言い得て妙だとは思ったが。

かつて日高舞が引退した直後、アイドルブームは長い氷河期に入ったのは当然覚えている。当時とは違うと言っても、ミンメイが引退すればかつてと同じような状況に陥るのではないか、そんな他人事のような感覚で予想はしていた。

だが、結果はその逆だった。

氷河期になるどころか、ある意味ではさらに盛り上げを見せ始めているのだ。これを炎上と言っていいのかは悩むところではある。彼は落ち着いたいま、そのことについて冷静に考えた。要因は多くあれど、もっともシンプルな理由としては、今の時代のアイドル達は昔と比べてガッツがあったということ。勝手に盛り上げて逃げ出したミンメイに、彼女達はきっと中指をたてながらフ〇ックと叫んでいることだろう。

なので、我が国におけるアイドル文化はますます盛んになっているのだ。

その諸悪の根源たるリン・ミンメイこと飯島命はというと。年が明けるまではここに入り浸ってはタダ飯を食らいに来ていた。今は実家に帰って就活中とのことだ。その割には暇なのか、LINEでメッセージが届く。こちらも暇なので返事はしているが、素直に心配だ。

あれから数か月経ったというのに、いまだに無職なのだ。印税や今までの給料のおかげでしばらくは平気だろうがそれもいつかは限界がくる。コネを使って職を紹介しようと思ったことはあれど、彼女の性格からしてしっくりこないと意味はないだろう。

それに、現在同じ無職である自分がとやかく言える権利はない。

彼は肩をすくめながら苦笑した。

 

「あなた様、変な所はないでしょうか?」

 

扉を開けながら貴音が出てきた。服は仕事着に着替えていて、いつもの変装をしている。

 

「ないよ。いつものように綺麗だ」

「ふふっ。無理をしなくてもよいのですよ」

「別にそういうわけじゃないんだが」

 

彼は立ち上がり玄関まで彼女を見届けるのが最近できた日課である。

貴音が靴を履いて振り向くと、可愛げに首を傾げて彼に向けてある視線を向けると、彼は慣れた動作で彼女の肩を掴みそっと抱き寄せ、唇を重ねる。

 

「昼食は作っておきましたから」

「わかってる」

「今日はどうなされるのですか?」

「美希が出ていくまでは家にいるよ。そのあとは……適当に時間を潰してるわ」

「わかりました。では、行って参りますね」

「ああ。行ってらっしゃい」

 

貴音が出ていくのを見届けたあと、またリビングに戻る。

その後、美希が起きてきて、彼女の身だしなみを整えてあげ、貴音と同じように玄関でキスをしてから美希が仕事へ行くのを見送った。

多少の違いはあれど、これが一日の始まり。今の俺の生活だった。

あれから数か月。現在の彼の仕事は……特にない。二人がいない時間に部屋の掃除を済ませ、午後のロードショーを見て、気が向いたら夕飯を作る。たったそれだけだ。

いくら今までの貯蓄があると言っても無職は無職。同棲している二人はトップアイドルで収入は言うまでもない。二人は特に何も言ってこなかったのだがやはり彼にも思う所があるのか、いまのままではいけないと思い職を探そうとした。探すには探したのだ。ただ、自分に合う仕事が見つからなかっただけで。

あの日、貴音にそれっぽいことを言ったはいいが未だに無職は不味い。それに彼氏……旦那? としてどうなのかと自問して得た答えが――ギャンブルだった。正確には自分を追い込めばきっとやる気を出すだろうという作戦。

我ながらナイスアイディアだ。

そう彼は意気込んでは早速近くのパチンコ店に足を運んだ。ジャラジャラとあちこちの色んな台から音が鳴り響く。久しぶりに訪れたがやはり五月蠅い場所だし、タバコ臭い。今は非喫煙者である自分にとっては、まさに拷問のような場所であった。とにかく適当な台の前に座ってやり始めた。

結果、どういうわけ勝てた。大勝利とはいかないものの、けして負けてはいないものとなった。これは偶然だ。店側がきっと初めての客である自分を勝たせたに違い。そう勝手に思い込み、翌日も店に訪れ――買った。その次の日も、また次の日も、勝った。

そこで初めて違和感を覚えた。おかしい、これはいくらなんでも不自然だと。加子が居ればこれも当然だと納得するのだが、自分一人となれば話は別となる。大勝ではないが小さな勝利を重ねていけば、これはたしかに悪くない。ただそれも、一度も負けていないということを除けばだ。

彼はその日からパチンコにいくのをやめた。他のこと、宝くじなどに手を出したのだが結果は似たようなものに。

なのでそれ以来ギャンブルはやめて他の方法を考えた。

最近、バーチャルユーチューバーなるものが流行っているらしい。3Dモデルあるいは2Dモデル版のユーチューバーで、暇ということもあるが広告収入で稼げると聞いたので手を出してみた。パソコンはちょうど新調しようとしていたので、知り合いに高性能のパソコンを選んでもらって、それらを行うための機材も買った。モデルは2Dモデルを自作した。首から下はスーツ姿の男のボディに頭にPの形をしたものをくっ付けた。頭部と胴体のバランスには苦労したがなんとか完成し、YouTubeのアカウントを作って色々と調べたのち、ユーチューバーデビューをした。

名前は『通りすがりの元プロデューサー』略して『元P(もとぴー)』であり、活動内容は現状のアイドルの解説やライブの生放送を実況して解説したり、芸能界の裏話をこぼしたりするものだ。

まあ現実のアイドルのようにこちらも群雄割拠みたいな感じで、無名のユーチューバーがすぐに話題になるわけはない。ないのであるが、自己紹介動画なるものを投稿しから数分後で登録者が二名になっていた。

正直、怖かった。

しかしそれだけは終わらなかったのである。わずか一日で登録者数が100を超え、翌日には4桁になっていた。一応Twitterも開設していたのだが、そっちのが恐ろしいことになっていた。

なにせ、そのアカウントをフォローしているのが見知った名前ばかり。当然のごとく貴音と美希のアカウントもあった。なぜというよりも、一体どうやって自分がユーチューバーをしだしたことに気づいたのであろうかという疑惑のが大きかった。けれど、怖くてすぐに考えるのはやめた。

結論からすれば、大物アイドルや有名芸能人がフォローしているので、その効果で登録者数と再生数が増えたのだと思う。嬉しいことなのだがそれ以上は気にしないようし始めた。

中には動画の内容を面白いと思って登録者も増えたのだと思う。例として挙げると、生放送中に無名のアイドルが出てきて、それを伝手を使ってリアルタイムで聞き出してそのアイドルの情報を教えたりとか、先も述べたような業界の裏話とかの方が大きかったと気がする。なにせコメント欄に「Pさん、まずいですよ!」と書かれたコメントが多数寄せられたのが大きいのだろう。あとは本物のアイドルのコメントとか。もちろん、怖くて触れてはいないが。

そして最終的に登録者数が10万ほど超えたころ、彼は飽きはじめた。活動自体もそうであったがやはり、知っている人間に身バレしているのが恐ろしくて続けることができなくなってきたからだ。なので、最後の生放送に彼は盛大な爆弾を落とした。

『えー、あと一分で生放送終わるけど。最後に一言。……リン・ミンメイのプロデューサーは俺だ。では、チャオ』

生放送のコメント欄が阿鼻叫喚になると同時に、彼はアカウントを抹消した。それからしばらくはネットでも騒がられてニュースにもなり、なぜか一部のアイドルが「生きる気力を失くした」なんて言って活動を休止したりと色々あったが、自分にはもうどうでもいいのだと言わんばかりに彼は二度と活動することはなかった。

そのこともあって、今は本当になにもすることがない彼は今日もどうやって時間を潰すのかで忙しいのだ。ある時は急にガンプラが作りたくなって、近所のお店に行っては自宅に戻って一人で黙々と作る日々が続き、なんでも小さな大会があるとかでスミ入れ程度のガンプラを持って参加したらなぜか優勝してしまったり。ガンプラからちょっとワンランクアップしたものを作りたいと思ったら、謎の営業マンにコトブキヤのFA:Gのアーキテクトなるものを無理やり買わされてしまい、しかも人工知能搭載で驚いたりと、退屈するようでしない日々を過ごしていた。

そんなある日のことである。

この日は貴音も美希も仕事が早く終わり、しかも休日の午後を三人で過ごしていたときに滅多にかかってこない電話が鳴った。

 

「おや。珍しいですね」

「そうなの。まあ、いつもの詐欺に決まってるの」

 

彼の自宅の電話番号を知っているのはごく一部。親しい友人かあるいは所属していた事務所、それ以外なら美希が言ったような悪戯か詐欺の電話で。しかし出なければ五月蠅くて仕方がないので、彼は渋々いつものように受話器を取った。

 

「はい、もしもし……あ、久しぶりですね」

 

受話器の向こう。

声の主は久しく聞いていなかったあの人からだった。

 

 




次も近いうちに更新できると思います。

あと限定伊織出ました(隙自語)

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