銀の星   作:ししゃも丸

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第37話 私の答え

 

 

 

 

 気づけば随分、遠いところまで来てしまった。

 用意された控室の椅子に座り、鏡に映る自分を見ながら島村卯月は自身が置かれた状況をまだ飲み込めずにいた。

 卯月は自問しながら状況を整理する。

 今日はいつ?

 12月〇日の、〇曜日。天気は、晴れだった。

 現在の時刻は?

 いまは……たぶん20時は過ぎてるはず。

 ここはどこ? 

 〈アイドルアルティメイト〉最終日の会場、そこの控室。

 なにしきた? 

 あの人に、プロデューサーに伝えられなかった答えを言うため。

 では、ここでなにを待っている?

 誰かが私を呼びにくるから、それまでここで待機している。

 どうして?

 それはライブをするため。

 なんの?

 〈アイドルアルティメイト〉の準決勝。

(ほんと、うそみたい)

 状況をようやく把握しても、自分がこの場所にいることを信じられずにいた。

 準決勝。勝てば決勝。

 そうだ。決勝までもう手前まで来ている。

 約一年という長い時間をかけて、私はここにいる。

 これまでは、勝つとか負けるとか考えていなかった。ただ、無我夢中でがむしゃらのように走り抜けてきただけ。名前だけ知っているアイドルとも競いあった。悲しくて、辛いけど同じ仲間であるアイドルとも競い、勝ちあがってきた。

 相手に同情とか、まして勝利して愉悦に浸ることなどはしなかった。

 大半のアイドル達は、トップアイドルの称号である〈Sランク〉を求めて参加したと思う。けれど、私ははなから〈アイドルアルティメイト〉での優勝と〈Sランク)なんて興味はなくて、欲しいとも最初から思っていなかった。

 ただ、プロデューサーに会って伝えたいだけだ。それは随分と回りくどいやり方だと自分でも理解はしていると同時に、こうまでしなければ彼は私を見てはくれないだろうということもあった。私のように、凛ちゃんを筆頭に多くのアイドル達はプロデューサーに会いたいがため、この大会に参加したものが大半で、ごく少数は自身の力量を試すためというアイドルもたしかにいた。

 その筆頭がヘレンだったと卯月は記憶している。

 ヘレンというアイドルについては中々言葉で説明しにくい人だ。女性と言い換えてもそれは同じで、たぶん彼女について答えられる人間はほとんどいない。外国人なのは嘘ではないが、出身国を知るものはいない。大人組同士でよく交流をしているアイドル達の間でも、彼女がどこに住んでいるかは知らない。346プロダクションにいるアイドルで、特に素性がわからないアイドルにランクインするぐらいだ。その中にはのあやイヴといった謎の多いアイドルが当然のようにいる。

 そんなヘレンは、一回戦がまさかのリン・ミンメイと当たってしまった。

 運が悪い。

 誰もが口を揃えて口に出していたのを卯月は聞きたくなくても、自然と耳に入ってきていた。周りが言うように、たしかに運が悪い。アイドル部門の役員達は優勝はできなくても、その準決勝ぐらいはいってほしいと期待していた。本選に出場するアイドルは346プロだけで6枠。可能性がないわけではなかった。けれど、初戦が〈リン・ミンメイ〉ならば早速1枠がつぶれたと落胆した。

 誰もがヘレンの初戦敗退を確信している中、当人だけは違った。負ける気など一切ない。彼女は、あの〈リン・ミンメイ〉に勝つ気でいたのだ。

 二人のライブはCブロックの最初。会場に来ていた人間全員がリン・ミンメイが勝つだろうという空気。

 一番手は〈リン・ミンメイ〉。彼女の歌を聴いて誰もが彼女の勝利を確信する。ミンメイ一色となった会場に、ヘレンはステージにあがる。

 その時、不思議なことが起こった。

 誰だ、あれは。

 彼女のライブは、言葉ではうまくいえないものだった。それはまるで、リン・ミンメイと同じようなものだと錯覚するぐらいに。

 ヘレンは会場の空気を、色を変えた。あの〈リン・ミンメイ〉が作り出した世界を。それだけでも凄いことだ。さらに凄いのが二人の点差はほとんど僅差で、勝ち上がったのは〈リン・ミンメイ〉であるものの、あのミンメイが初戦から激戦になるという信じられない光景に誰もが驚いていた。

 だが、それも最初だけであとは圧勝で〈リン・ミンメイ〉は準決勝に駒を進めた。

 他の346プロのアイドル達も初戦敗退はなかったが、二回戦目から次々と敗退。346プロの看板アイドルでもある高垣楓も、シェリル・ノームと当たり敗戦。

 そして、勝ち残ったのが卯月だった。だからこそ、彼女は自分がここにいることが信じられなかった。

 ヘレンのような会場を沸き立てるようなライブができたわけじゃない。楓のように白熱したライブをしてこれたわけじゃない。

 ごく普通に、いつも通りにやっただけだ。

 いや唯一違うというならば、私には自分でも驚くぐらいに強い意志をもって挑んでいることだろうか。

 絶対に負けない。

 短い人生の中で誰かに負けたくないないどと、たぶん一度もなかったはずだ。子供のころからきっといまでもそう。勉強や運動で勝ち負けに拘ったことはない。どちらも比較的自分の限界がわかりやすいものだ。ここが得意であれが苦手。走るのだって速くない。競う相手がいなかった、ということも原因の一つかもしれない。

 それでも劣等感だけはあの時、これ以上ないぐらいにぶちまけた。

 最初はこれといって何も感じてはいなかった。けれど、アイドルという特殊な環境でそれに気づくのはとても遅かった。遅かったから、あんなにも酷い有様と言えたのかもしれない。

 歌は上手でダンスも華麗に踊れて、なにより自分よりかわいい子なんてたくさんいた。仲のいい仲間たちは、自分にないものをたくさんを持っている。今思えば、我ながら不器用な女だと卯月は思った。

 他は関係ないし誰かと比べてもキリがない。アイドルとして見れば、自分のことだけを考えればよかったのだ。ステータスをあげるためにはどうすればいいかを考え、少しずつでも成長していけばよかった。

 そしてなによりも、自分だけの武器を磨く。そう考えると、あの人ははじめから見抜いていたのだと卯月は気づく。

 いや、自分が忘れていただけだ。

 その件に関しても経緯はともあれ、彼の審美眼は本物だと言わざるを得ない。アイドルとしての才能を見抜き、その子の魅力を引き出す。けど、すべてを口には出さない。それは彼なりの鞭で、そこはやはり自分で気づいてほしかったのだと思う。まあ何度もそこに行きつくので、自分が嫌になりはじめてきた。

 それにしても退屈だ。

 ライブ衣装にはすでに着替えているし、メイクや細かいところもアシスタントの人がとうに終わらせてしまった。そしたら部屋には自分一人で、武内Pはまだ帰ってこない。

 歌う曲でも確認しようかと思ったけど何度も歌ってるし大丈夫。あるとすればダンスの振り付けぐらいだろうか。いまでも稀に間違えてしまうことがある。けど、それも衣装に着替える前に何度も練習したし、この状態でやるのはよろしくない。

 不謹慎だけどスマホでもいじってようかと思った矢先、扉を勢いよく開けて私の名前を呼ぶ声が後ろから聞こえた。

 

「ヘロー、しまむー! 調子はどうだい!」

「未央ちゃん!」

「未央はさ、もう少し静かにできないわけ?」

 

 未央の背後から、呆れた顔をした凛がひょっこり出てきた。

 

「凛ちゃんも! でも、どうして?」

 

 ここは関係者以外立ち入り禁止で武内P のような人間はともかく、出場する以外のアイドルも極力控えるよう通達されていた。

 なので二人がここにいるのはありえなかった。

 

「武内Pが許可してくれたの。私たちはほら、ニュージェネだし、仲いいし」

「未央さんも忙しくて中々しまむーに会えなかったからね。気を使ってくれたんだと思うよ」

「そうですか。やっぱりその、来てくれて嬉しいです」

「これで邪魔って言われたら、あたしはショックでしょうがないよ……」

「まあ大事なライブの前だし、多少はね? けど、いいの? 邪魔じゃないかな」

「ううん。一人でいるのはちょっと退屈でしたから」

 

 二人は近くにあった折りたたみ椅子をもってくると、卯月の前に座って話を始めた。

 

「にしても、まさかしまむーが残るとはね。正直意外だったよ」

「意外とは失礼です」

「そうだよ。それ、一回戦で負けた私たちに向かって言える?」

「ごめんちゃい」

 

 手を合わせて謝罪する未央。二人はそこまで怒ってはおらず、やれやれと肩をすくめていた。

 

「凛ちゃんの初戦の相手ってたしか」

「うん、魔王エンジェル。思い返しても素直に完敗。なんていうか、アイドルとしての地力が違った。月並みな言い方だけど、何より強くて私たちなんかより『勝つ』っていう気迫が伝わってきた」

「配信で見てたけど、私もそんな感じがしたなあ。やっぱり先輩アイドル方は経験が違うのかな?」

「まあそれもあると思うけどね」

 

 凛は少し不満げに肯定した。

 卯月はなんとなくだが察しがついていた。

 未央と同じようにリアルタイムでライブ放送を見ていた卯月も凛と同じ印象を抱いていた。魔王エンジェルにはなによりも『勝ちたい』という気迫が伝わってきていた。

 凛達も負ける気がないのは重々承知しているが、彼女たちよりもはるかに勝利への執念というのが決定的に違う。動機が不純とまではいかない。けれど、それが勝利よりも勝ってしまったのが敗北の原因なのではと思っていた。

 それは凛も含めた全員が気づいていることだろう。〈アイドルアルティメイト〉に出場した多くの346プロのアイドル達の理由はプロデューサーが目的だ。

 未央もそれとなく察しはついているのか話題を変えた。

 

「でさ、肝心のプロデューサーに会えた人いるの?」

「それ、聞く?」

「いやね、舞台のお仕事であんまり事務所に顔出せてなかったから、状況とかいまになって把握したぐらいなんだよね。まあ雰囲気で察してはいたんだけど」

「私は見てない。というより、私はAブロックだったから。会場に来てるかもってみんな思って探したけど、結局来てなかったし。卯月はなにか聞いてる?」

「私も見てませんよ。ただ、武内PがCブロックのライブで、遠目だけど見たって聞きました」

「そっか」

「でも、どうしてそんなことを?」

「いやね、改めてプロデューサーについて考えてみると、私達って全然あの人こと知らないだなと。すごく有能な人だっていうのはわかるよ。でもそれぐらいしか言葉が出てこないし、誰だってあの人はああいう人なんだよって説明も難しい」

「じゃあ未央ちゃんは、今までプロデューサーのことをどんな風な認識でいたんですか?」

 

 卯月が訊いた。

 

「さっき言ったのと他には……うまく言えないけど、ほんとうによくわからない人だったってことかな。武内Pのことだって最初はわからなかったけど、いまじゃ互いに良い所も悪い所も知る仲だし。けど、プロデューサーだけは最後までわからなかったなあ」

 

 未央の言うことに二人は自分が抱いている印象とあまり変わらないことに気づいた。

 それは彼女たちだけではないだろう。346プロに所属するアイドル全員が似たような印象を持っているに違いなかった。

 プロデューサーだって血の通った人間だ。ロボットのような機械人間にはできない感情をちゃんと見せることだってできる。クールな顔つきでいるのが日ごろ彼を見る表情の一つで、怒ったり笑ったりしているところだって知っている。特に泣いているところは見たことがないが、滅多に泣くような男ではないことも知っている。

 思い返してみても、プロデューサーの数多くの表情が本当に彼なのかと肯定ができない。言い換えれば、素直に受け入れられないのだ。

 島村卯月ならば彼女は笑顔がかわいいと例えることができるし、それを聞いた側も縦に頷くはずだ。けれど、プロデューサーにはそういった言葉が出てこない。彼は笑わないから怒りっぽい人なのかなと言われれば、それは違うと答える。

 誰もが「プロデューサー」という人間をうまく表現できない。だから、わからない。

 どんな人なのか、いい人なのか悪い人なのか。ごく普通のことでさえ、言葉にすることができない。

 

「しぶりんはなにかないの? 好きなんでしょ? プロデューサーのこと」

 

 未央を突然凛に言うと、彼女は顔を真っ赤にして勢いよく椅子から立ち上がった。

 

「な、なななんで⁉ いきなり、そういうこと言うわけ⁉」

「だって、ねえ」

 

 未央は同意を求めるように卯月に視線を送った。彼女はうなずきなから言った。

 

「凛ちゃん、前にも言ったようにみんな知ってますよ。そんなオーバーな反応しなくていいです」

「しまむー、なんかドライになったね」

「そんなことありませんよ」

 

 笑顔で返す卯月を見て、未央はそれ以上は聞かなった。

 

「で。プロデューサーのどこが好きだったの?」

「なんで過去形なわけ⁉」

「まあそこは置いておいて。ささ、ずずいっと言ってごらん」

 

 凛は椅子に勢いよく座ると、仏頂面でそっぽを向きながら話し始めた。

 

「……最初は、まあいまでも思ってるけど、ターミネーターな変なやつだと思ってた」

「うんうん」

「何を考えているかわかんないし、こっちの思っていることは簡単に見透かしてくるし。はっきり言って、自分でもなんで好きになったかなんてうまく言えない」

「けど、好きになったんですよね?」

「うん。不思議なんだ。アイドルになってプロデューサーと会って話をしたり、レッスンを見てもらったりそんな些細な時でさえ、自然とあの人を目で追うようになった。たぶん、最初は好奇心だったんだ。身近な男って父親を除いたら学校の同級生ぐらいで、だから余計に……気になったのかな。

「それわかるかも。身近な男子と比べると驚くぐらい不思議な人だし。恐ろしいぐらいに気が利くし、わからないことを丁寧に教えてくれたりもする」

「レッスンの時なんてトレーナーさんいる? って、思っちゃうぐらい一人でこなしちゃうんですもんね」

「武内Pやほかのプロデューサー達と比べても、やっぱりあの人は逸脱してるって思ってる」

 

 凛の言葉に二人はうなずいた。

 武内も優秀な男だ。彼以外もアイドル部門に所属するプロデューサー達はみな優れた人間ばかりで、現にプロデューサーが去った後のアイドル部門を引っ張っているのは武内をはじめとしたプロデューサー達であった。彼が後進の育成にも力を入れていたのはこういうことを見越していたのかもしれない。

 彼の指導者としての能力は失ってはじめて肌で感じるとることができたと卯月はあの日から感じていた。

 アイドル達の問題は、はっきり言えば個人的な感情が原因なのでそこは当人次第ではあったが、アイドル部門全体の問題としては大きいようで小さい問題だった。アイドル達とは違って彼が辞めるということを前もって伝えられていためか、仕事に関してはおおむね問題はなかった。ただ、彼のコネクションが使えなくなり一部の仕事に支障が出たことは間違いなかった。大きな問題としては、やはり指導者の喪失であったのだ。言い換えればアイドル達と同様アイドル部門の職員たちにも大きな打撃を与えていたことだった。

 チーフプロデューサーとして彼は現場のリーダーとしてアイドル部門を引っ張っていた。年齢としては30代という若い世代ながらも、部下や上司からかも信頼をおかれていたのだ。もちろん疎しく思う者も少なくはなかったが、彼の実力はたしかで面と向かって言えるものなどいなかった。

 そんな彼が去ったあとの後釜はいなかった。武内やほかのプロデューサー数名の名が挙がったが、チーフプロデューサーとして就くにはまだ未熟と判断された。

 その後アイドル部門をうまくまとめたのがいうまでもなく美城専務で、彼女の力で崩壊しかけたアイドル部門はうまく持ち直したとも言ってよかった。

 

「だからこそ、私にとってはそれがすごく魅力的に見えて、惹かれたんだ。レッスンは厳しいけれど、その分褒めてくれたときはすごく嬉しかった。だから、なにもできずに終わるのは……ちょっとやだよ」

 

 それを聞いてまだ彼女が彼のことを諦めていなかったことに気づいた。

 卯月が「プロデューサーのことは諦めた方がいい」と告げたのは凛だけだ。他の子達には言っていない。

 蘭子やアーニャ、まゆのような彼に好意を持っているアイドルに伝える気は卯月にはなかった。あの時、あの場でああいう話になったから彼女だけに伝えたのだ。

 きっと、みんなも凛と同じ気持ちだろう。けれど、すでに彼女達にはなにもできることはなかった。残酷なまでに。

 

「卯月はさ、伝えられると思うの?」

 

 声を震わせながら凛が言った。と同時に少しの嫉妬が混じっているようにも聞こえた。

 

「伝えるって?」

 

 何も知らない未央が卯月を見ながら言う。

 

「……伝えたいことは、歌に乗せて伝えたつもりです。でもやっぱり、面と向かって私の自身の声で伝えたいとは思ってます」

「それって、好きって気持ちを? つまり告白?」

 

 からかうわけではなく純粋に未央が言うと、卯月は首を横に振った。

 

「個人的な問題とでも言っておきます。本当は、どこかで会えればそれでよくて、こんなところまで来るつもりなかったんですけどね」

「それ、あまり口に出さない方がいいよ」

「ええ。ごめんなさい。けど、ここまで来て会えないってなると、ちょっと困りますね。一生後悔しそうです」

「やっぱり会えなさそうなの?」

「少なくとも、私はダメだったけどね」

「もしかしたらって、思ってはいますけど……」

 

 優勝のことよりもそれが目的だった。

 卯月は落ち込みながらも別の手段を考える。

 ここまで来て会えないとなると、最悪彼女の控室に突撃すれば会えるだろうか。ただ問題もあって、はたしてそこに本当にプロデューサーがいるかが最大の障害なのだ。ミンメイに言伝を頼むという手段もあるが、それは論外だ。自分でやらなければ意味がない。

 

「ん――。プロデューサーは一応来てそうな気がするけどなあ」

 

 腕を組みながら未央が言った。

 

「どうしてさ?」

「未央さんの直感」

「それ、当てになるの?」

「今日はなると思うなあ。まあ準決勝と続いて決勝までやるんだから、さすがに来てるとは思う。うん、たぶん!」

「ふふ。そうですね。未央ちゃんの言う通りかもしれません」

「そうだといいけどね」

「信用しなさいって!」

 

 部屋に彼女たちの笑い声が響き渡る。

 最悪なんて事態を考えるのはやめた。

 もしかしたら未央ちゃんの言う通り会えるかもしれない。会えなかったら、そうだな。忘れてやろう。うん、きっぱり。こっちは伝えたいのに向こうが現れないのだから仕方がないではないか。

 相手は自分がここにいることを知っているのだから、知らなかったなんて言葉では済まされない。

 でも、もし――

 本当に彼に会うことができたら伝えよう。ちゃんと、今度は。

 

『島村さん。武内ですがいいですか?』

 

 部屋をノックし外から武内が声をかけてきた。卯月は肯定し返事を返した。

 武内は部屋に入ると、凛と未央に対して申し訳なそうに言った。

 

「渋谷さんに本田さん。まだ話したいことはあると思いますが、時間が近づいていますので退出をお願いします」

「あーあ。もう時間か」

「しょうがないよ。でも、話せてよかった」

「うん! しまむー、ファイト!」

「ありがとうございます、二人とも」

 

 二人が部屋を出ていくと武内が言った。

 

「そろそろ移動なのですが、その前にあなたと話したい方がいます」

「え、それって――」

「私だ」

 

 卯月が訪ねる前にその女性は部屋に入ってきた。

 美城専務。

 予想をはるかに超える人間で卯月は声をあげた。

 

「え!? せ、専務⁉」

「すまないが、二人きりにしてくれ」

 

 うなずくと武内は部屋を出ていく。部屋の扉が閉まると、静寂な時間が流れ始めた。

 その時間はたったの10秒程度であったが、卯月にとってはそれ以上の体感であった。

 

「こうして、君と面と向かって話すのはあの日以来だな」

「そ、そうですね」

 

 それは三年前のクリスマスのことだ。

 あの日のことは覚えている。たった少しだけの会話だったけど、それでも深く刻み込んでいる。

 いまでもわからないのは、はたして専務は私のことをどう思って言葉をかけてくれたのか。きっとすぐに武内Pに自分の処分を告げたのは想像できる。そんな彼女があの日かけた言葉はそういうものではなかった。

 むしろ、道を示してくれたのではと考えたこともあった。

 相手は自分からすれば雲の上の人で、答えを聞けるような人間ではなかったし、聞いては意味がないのではと卯月は思いそれ以上のことはしなかった。

 そんな彼女がなんでここにいるのか。卯月には想像がつかなかった。

 

「そう畏まらなくてもいい。まあ無理な話か。時間もない、手短に話そう」

 

 思わず唾を飲み込みながら身構えた。

 

「346プロの代表として言おう。君には、感謝している。よくぞ、ここまでたどり着いてくれた。ありがとう」

「べ、別に感謝されることでは……」

「いや。十分に重大なことなのだよ。特に、これが〈アイドルアルティメイト〉なら尚更な。私は以前の大会を知っているが、これはとても影響力のあるモノなのだ」

「そう、なんですか?」

 

 美城の言うことについて、卯月にはあまり実感が湧かなかった。

 思い当たることといえば、本選への出場が決まると取材やらテレビの出演などの仕事が少し増えたぐらいで、それはまあ当然かなと勝手に思っていたからだ。

 そもそもの話、以前の〈アイドルアルティメイト〉と言われてもまったくわからないのが正直な感想だった。なにせ、その時はまだ1歳か2歳のはずなのだ。

 

「まだ実感はわかないだろうがその内わかるだろう。本選に出場し、準決勝まで勝ち上がる。これだけでも称賛に値する」

「あ、ありがとうございます」

「それと、これは個人的なものだが……」

 

 すぐには続いて言葉が出てこなかった。

 ここ最近、人の何気ない動作や表情でその人のことがわかるようになった卯月には、彼女が自分を見ながら逡巡しているのがわかった。

 専務である彼女が自分に何を躊躇っているのか。卯月にはそれがよくわからなかった。

 少し待つと、美城がようやく口を開いた。

 

「正直に言って、私は期待していなかった」

 

 それは躊躇うわけだ。

 侮蔑とも取れるその言葉を聞いて、ただそうだよねと彼女の言葉に同感していた。なにせ、自分でもここにいることが信じられずにいるのだから、彼女がそう思っても仕方がないのだ。

 

「まあそうですよね」

「いや、君だけはない」

「え?」

「君を含めた、〈アイドルアルティメイト〉に出場したアイドル全員にだ」

 

 驚いた。

 彼女はてっきり、楓さんには期待していると思っていたからだ。346プロの看板アイドルと言ってもいい彼女なら、優勝の可能性があるのではないか。卯月は自分をよそにそんなことを思っていた。

 それが、まさかあの美城専務からこんな言葉が出るとは。

 未だに信じがたい。

 

「……どうしてですか?」

「本選への出場は誰かしらするだろうと、最初から想定していた。だが同時に、優勝は絶対にありえないとも確信していたからだ」

「それって、日高舞さんが原因ですよね」

「そうだ。先も言ったが私は当時の彼女を知っているんだ。はっきり言って、今現在活動しているアイドルの中で、日高舞に勝てる者はほぼいない」

「ほぼ?」

「わからないか? これから始まろうとしているんだ。それは新しい伝説が生まれることを意味している。それを作るのが君なのかはわからない。けれど私はそれが嬉しいんだ。それに立ち会う者の一人として、こんなにも近い場所で見れることができる。少し、童心に返った気分だ」

 

 それは言葉の通りで、普段から見られない彼女は本当にうれしそうに話している。あの美城専務がこんなにも柔らかい表情をするなんて嘘みたいだった。

 

「ここから先は……誰にもわからない。私は君に優勝しろとは言わない。何かを強制する気もない。君は、君自身が成し遂げたいことがあるから参加した聞いている」

「はい」

 

 力強く卯月は答えた。

 

「なら、思う存分やってきなさい。後悔がないように」

 

 まるでその物言いにどこか懐かしさを感じた。

 母親のような温かな感じがしたが違う。そんなに親密な感じではない。

 ではなんだろうかと思ってすぐに思い浮かんだのが、高校時代の担任の先生だった。

 担任の先生は女性で、30から40代の既婚者だった。子供もいると聞いていたので、クラスの生徒は大きな子供のような存在だったに違いない。だからこそクラスの中で、いや学校中でただ一人のアイドルな自分をすごく気にかけてくれた。

 母親という面も持ち合わせているけど、それも含んで彼女は教師として接してくれた。養成所に通っていたころを知っているので、アイドルとして正式にデビューしたときはとても喜んでくれたし、祝ってくれた。

 それなりに名が売れると、「勉強の方は大丈夫?」、「アイドルだからって学校では浮かれないように」と注意してくれたりもした。

 特に自分がアイドルとして迷走していた際は、すぐに異変に気づき声をかけてくれた。それは疎しくも感じたけど、がんばれだとか月並みなことは言わなかった。

(悩みなさい。いっぱい悩んでいいの。けど、その選択で後悔だけはしちゃだめなの。そしたらもっと自分が信じられなくなって、嫌いになるわ)

 その時はわからなかった。でも、いまならその意味がわかる。

 あの時の先生の言葉厳しい側面もあるけど、温かさがあった。その温かさが美城専務の言葉とダブって見えたのだ。

 これが本当の彼女の姿なのだろうか。卯月は思う。どれだけ人の顔を伺ったり観察しても、結局本当のことはわからない。自分のことは自分にしかわらかないように。でもこの時の彼女の顔が、本当の素顔なのではないか。専務と呼ばれている女性ではなく、一人の女性としての。

 気づけばかたくなっていた体がほぐれいている。いつしか緊張が解けたていたようだ。

 卯月はこれから始まるライブの前に美城に会えてよかったと心の中で感謝し、改めて深くお礼をした。

 

「ありがとうございます」

「話はこれで終わりだ。短い時間だったが、君と話せてよかった」

「私もです」

 

 美城は微笑するとそれ以上は何も言わず部屋を出ていく。そして入れかわるように武内が入ってきた。

 彼は美城との会話に特にたずねることなく、真剣な顔つきで言った。

 

「島村さん。そろそろ時間です。移動しましょうか」

「はい!」

 

 

 

 

 

 控室から出た卯月は武内とともに会場の舞台裏へと赴いていた。

 〈アイドルアルティメイト〉最終日の会場は紅白歌合戦でも使用されている有名なホールだ。全国生中継でありネット配信も同時に行っている。

 卯月自身ここで歌うのは初めてではなかった。2016年の紅白歌合戦にはユニットで参加し、実際にここで年を越したのだ。

 あの時はかなり緊張していたが、ここに来たら少しは変わるかと思っていたけど意外と落ち着いている。えらく落ち着いている彼女を見て、武内も必要以上の言葉はかけてはこなかった。

 いま現在、ステージでは司会者と審査員らの紹介が行われているころだろう。

 準決勝からの審査はいままでとは違ってかなり大規模になっている。アイドル協会が依頼した審査員10名と、抽選で選ばれた一般審査員100名。さらに同じくネット抽選で選ばれた1000人による計1110名。

 現地およびネットの抽選に関しては徹底した管理体制で行われていた。当選した抽選券の転売を確認した時点で、その抽選番号は無効。ネット抽選に関しても、ライブ配信は公式のサイトで配信されるため、抽選者は抽選者専用のページにログインしてもらうことになっている。そのログインするためのパスワードを配布するのも放送の30分前と徹底している。他にも登録する際は個人情報などでかなり厳重なものとなっていた。

 なので今頃はネット抽選者はやっと映像を見れている頃だろうし、一般審査員も会場に設置されてた特別席でいまかいまかと興奮しながら待っているころだろう。

 彼らだけではない。会場に来ている一般客の熱気がここまで伝わる。今まで体験したライブよりはるかに熱い。

 会場の空気を肌で感じていると武内が横から声をかけてきた。

 

「島村さん。あちらを」

 

 彼が言う方に目を向けると、対戦者である四条貴音がやってきた。

 自分と似たようなスカートタイプのアイドル衣装。色は純白で煌びやか、頭には小さなティアラがあってまるでお姫様のような衣装だ。

 いや、本当にお姫様のように見える。彼女の髪のあまり見ない銀色はとても優美で、メイクをしているのかもしれないがそんなことをしなくても美しい顔立ち。同じ女性だからこそ惹きつけられてしまう。本当に同じ人間なのだろうか。そんな気さえしてくる。

 貴音に見惚れていると、なぜか彼女はこちらへ歩いてきた。

 

「はじめまして、なりますね。島村卯月」

「は、はい。そうですね、四条さん」

「貴音で構いませんよ」

「あ、はい」

 

 四条貴音と共演したことは驚いたことに一度もなかった。テレビ番組もそうだし、ドラマなどでも会う機会もなかったのだ。あるとしても年に何回かあるミュージックフェスティバルで一緒に参加したぐらいで、だからと言って一緒に歌ったわけでもない。なのでこれを共演といっていいかはわからなかった。

 だからなにを喋ればいいのか全然わからない。それを察したのか、貴音は優しい声で言った。

 

「短い時間ではありますが、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ。でも、なんだか変な気分です。競いあう二人がこうしてお話しているなんて」

「そうでしょうか。わたくしとしても、貴方とこうして話すのはこの先たぶんないですし、なにより彼が手がけたアイドルである貴方と話してみたいと興味がありました」

 

 卯月は彼女の言葉に少し違和感を覚えたが、いまは特にそれを追求はしなかった。

 

「彼って……」

 

 貴音は答えず、笑みを浮かべた。ええ、貴方が思っている通りですよと言っているように見えた。

(そろそろスタンバイお願いします!)

 どこからスタッフが言ってきた。それに伴い周囲もざわつき始める。

 貴音は声の方に振り向いて再び卯月に顔を向けると、一つ訊いてきた。

 

「時間がもうないようですね。卯月。一つ、たずねてもよいでしょうか?」

「はい。かまいませんよ」

「ありがとうございます。卯月、貴方はなんのためにここまで来られたのですか?」

 

 彼女の前はまっすぐ自分を見つめている。覗き込めばきっとそこには自分が映っているほど、彼女の瞳は綺麗だ。

 その問いに対して、卯月はすでに答えを持ち合わせている。

 なんのため。そんなの決まっている。

 たった一つのためだけにここまで来た。

 生まれて初めてのことだ。

 一つのことを最後までやり遂げようとしているのは。

 それも時間で言えば一年にもなる。

 諦めようとか全部忘れてしまえばいいなんて一度も思わなかった。だからこれを言葉にするならなんていえばいいのだろうか。

 卯月は思い当たる言葉を口に出した。

 

「たぶんそれは私の我儘、もっと言えばエゴだと思います。私はたった一つのことのためだけにここまで来ました。まだそれは果たせていません。別にそれはここで優勝なんてする必要はなくて、気づけばここまで来てしまって」

「では、わたくしに勝つ気はないと?」

「いえ。そんな中途半端なことはしません。私の持てるすべてをもって貴音さんと向き合うつもりです。だから、負けません」

「少し、意地悪な言い方でしたね。ごめんなさい。でも、聞けてよかった。卯月、貴方はわたくしと似ていますね」

「似ている?」

 

 貴音はうなずいた。

 

「わたくしも同じです。目的は違いますが、結局はわたくしの我儘です。けれど、そのためには貴方に勝って決勝にいかなければいけません」

「はい」

「だから、負けませんよ。わたくしは」

「私もです」

 

 互いに笑みを浮かべあう二人。

 すると貴音は卯月を抱きしめてきた。その突然な行動に卯月は驚いて行動が少し遅れ、何かを言う前に彼女は優しくも少し切なそう声で囁いた。

 

「わたくしの相手が貴方でよかった」

 

 それだけ言うと貴音は卯月が離れた。

 

「では卯月。よいライブを致しましょう」

 

 貴音は去り、卯月はその背中を眺めていた。すると彼女の前にスーツを着た女性が現れた。噂で聞いていて直接見るのは初めてだったが、たぶんあれは星井美希だ。

 ほんとうにプロデューサーをやっていたんだ。

 あれは本当にアイドルの星井美希なのだろうか。スーツを着こなす姿は少女のような幼さを感じさせない。武内P達のような大人の女性に見える。

 美希に見惚れていると、いつのまにか消えていた武内が声をかけた。

 

「島村さん、大丈夫ですか?」

「あ、はい。大丈夫です」

「そうですか。では、ステージへ。もう間もなく呼ばれるでしょう」

「わかりました。あ、武内P」

「なんでしょうか?」

「いってきます!」

「はい。お気をつけて」

 

 

 

 

 

 貴音の次に名前を呼ばれてステージにあがると観客から大きな声があがる。

 やはり、舞台裏よりもはっきりと肌に感じるこの熱気と興奮。

 これぞステージ。

 これがライブだ。

 会場の雰囲気に浸っている最中時間は進み、司会の一人が簡単な紹介と説明をしはじめどちらが先に歌うかという話になった。

 正直どちらでもよかったが、隣に立つ貴音がこちらをみながら言った。

 

「では。わたくしからでよろしいでしょうか」

「私は構いません」

「それでは、一番手は四条貴音さんです!」

 

 歌い手が決まると卯月はステージとの出入口付近まで戻ると司会が貴音に歌う曲を聞いた。

 

「曲名はなんでしょうか?」

「はい。〈恋花〉です」

「では、四条貴音さんで恋花。どうぞ!」

 

 司会がその場から離れると証明が暗くなる。

 数秒後、曲が始まった。

 貴音がアイドルアルティメイトで歌ってきた曲はどれも切なさと儚さのような、『恋』に関する歌が大半を占めている。

 彼女とライブするにあたってこれまでのライブをチェックしていたので、今回歌う曲もおおよそは絞り込めていた。予選や本選の何回かで星井美希の歌も歌っており、衣装も彼女が着ていたような衣装で披露していた。それには何らかの意味があるのではと睨んでいた。貴音と美希が仲がいいのはファンの間では有名だし、〈アイドルアルティメイト〉に参加しない美希の代わりに彼女の曲を歌ったのではと最初は推測していた。

 今ではそれもあるかもしれないがもっと深い意味があるのではないか、卯月はそう思っていた。

 二人の歌はまるで何かを伝えようとしているに感じる。それがなんなのかはわからない。

 でも、その意味が少しわかったような気がする。

 自分と同じようにたった一つのことのためだけにここまで来たのだと彼女は言った。それに自分と似ているとも。

 ならば彼女がそれを伝えようとしている相手は――

 たぶん、きっとそうだろう。卯月には妙な確信があった。風のうわさで知ったあの話が本当ならまず間違いない。346プロに来る前までは765プロに所属して、その担当アイドルが四条貴音ならば、きっと。

 ステージで歌い、踊る貴音の姿は目を奪われる。歌からして激しいダンスをする歌ではない。それでも、一つ一つの動きがとても繊細で綺麗なのだ。

 そしてなによりも、同じアイドルとして今の彼女には大きな違和感を覚えた。それがなんなのかはすぐにわからなかったがようやくわかった。

 今の四条貴音はアイドルではない。アイドルではないなら歌手とも思ったが違う。

 あれは、一人の女だ。

 アイドルでもなく、歌手でもない。

 たった一人の女。

(貴音さん、やっぱり私とあなたは違います)

 彼女は自分と似ていると言ったけど、たぶん違う。

 あなたは女としての四条貴音かもしれない。けれど、私はアイドルの島村卯月としてここにいる。

 そう思うと胸の内に小さな対抗心が生まれたような気がする。

 なんだろう。なぜだか、無性にあなたには負けたくない。アイドルが一人の女に負けるというのは、素直に認めたくはないではないか。それに負けるというのは……あれだ。

 愛の力というやつに負けるような気がしてならない。

 漫画やアニメの影響で変な方向に思考が向いてしまっているようだ。でもそれがしっくりくる。だから選曲もそういうことなのだ。ならば、目の前でライブをしている彼女の姿にも納得がいく。あれはアイドルができるモノではなく、故にアイドルである自分には到底できないものだろう。なにせ恋をしたことは今のところないのだから当たり前だ。

 だが同時に思う。

 それだけであれほどの表現ができるのだろうか。逆に、だからこそできるということでもあるのか。今の自分にはわからない。

 卯月は心なしか、準決勝で選んだ曲がアレでよかったとほっとした。決勝で歌うかで期限ギリギリまで悩んでいて、後のことを考えず全力でぶつかりに行くために準決勝ではあの曲を選んだ。

 この待っている時間が惜しい。早く歌わせてほしい。

 目の前で彼女の歌を聞くたびにだんだんと日和っている自分がいることを知る。

 負けたくはないと思っても、ああまで魅せられてしまえばこうもなる。

 大丈夫だ。落ち着け。大丈夫。

 彼女は自分を落ち着かせるために何度も復唱していると、音楽が鳴りやんだのに遅れて気づいた。

 盛大な拍手。ファンの歓声。

 ステージを去る貴音と出入口ですれ違うが互いに見向きもしない。

 さあいよいよ私の番だ。

 

『では、次は島村卯月さんです。どうぞ!」

 

 呼ばれてステージにあがる。

 意気込みを聞かれたけど、少し簡潔に答えてから司会者は言った。

 

「それでは、曲名を教えてください」

「はい。曲名は〈S(mile)ING!〉です!」

 

 

 

 

 

 一人の男が舞台裏の目立たないところに立っていた。

 彼――プロデューサーだ。

 ここの照明は必要最低限のものしかないので、少し薄暗いので黒い服を着て暗い場所にいれば簡単には目がいかない。現に誰も彼の存在には気づいていない。大半が卯月のライブに目が行っているからだ。

 そんな彼も設置されているモニターの一つを見ている。

 プロデューサーはなぜ自分がここにいるのかと未だに理解できないでいた。

 舞台裏に足を運んだのただの偶然のようなものだった。

 別にミンメイの控室にある中継用のモニターで見ればいいだけだ。かといって見る気もなかった。けれど、実際には控室ではなくステージに最も近い場所に足を運んでいる。

 ここに来るまで意外と誰にもすれ違わなかったのは僥倖だったし、ここに入る際も注意深くしていたが誰も気づく様子はなく容易に入ることができた。それだけライブに気を取られているということだろうか。

 今いる場所に構えると、彼の目は最初に自然とある者に向けられた。

 それはステージの端に立っている貴音とその隣に立つ美希だった。

 しかし、それも最初だけですぐに視線は卯月が映るモニターへと変わった。

 歌っているのは島村卯月の代表する曲とでも言うべきものだった。

 〈S(mile)ING!〉に関しては当時武内と相談してある程度内容を固めて作詞家に依頼した。作詞についても現状知る限りの島村卯月をイメージして作詞家に見せ、それをうまくまとめてくれてできあがったのがこの曲だ。

 タイトルについても作詞家の方は上手いと思った。

 〈S(mile)ING!〉には3つの意味がある。一つは「smile(笑顔)」。二つ目は「mile(道のり))」。最後が「ing(今)」。

 島村卯月はきっと最初は見ていることしかできなった。多くの先人たちの活躍を遠くから見つめ、同期とも呼べる者たちがデビューし、または去っていく時も彼女は一人レッスンを続けていた。

 そんな努力を重ねていた道のりがあったからこそ、笑って歌える今がある。

 つまりはそういうことだ。

 まさにいまの島村卯月そのものと言える。

 きっと、最初は歌詞の意味もわからなかっただろう。けれど、今ならその意味も理解していると思っている。

 正直に言えば、彼女が準決勝に残ることは想像すらしていなかったし、参加するとも思ってはいなかった。そうさせたのはきっと自分なのだろうとあとで理解し、それほど最後の言葉を真に受けていたのだろうかと考えた。

 あれは今思い返せば意地悪以外のなにものでもない。

 陰湿だとも思う。でも、本心だった。

 答えなどあの頃にはわかっていた。

 あの日。まだわからないと言った彼女の答えは、自然と日ごろの活動やライブなどで十分に伝わっていた。ただ、それを本人が自覚していたかはなんとも言えなかった。

 自然とそういう風になっていたのだとは思っていた。

 でも、本人の口から聞きたかった。

 そしてそれは叶うことはなかったけれど、それは今もこうして通して伝わってきている。

 お前は誰よりも笑顔が似合うアイドルだ。

 だから、あの日初めて出会っときティンときたのだろう。それに狂いはなく、お前はアイドルとしての階段を上がり始めた。

 けどいつしか、自身のアイドルとしての在り方に悩んだ。それは同時に自覚をしていなかったことでもあったし、自分に自信を持てなかったことを意味していた。

 島村卯月の夢はアイドルになること。それが叶ったいま、どうすべきかわからなくなった。

 人には夢や目標が必要だ。

 こういう業界なら尚更で、それが自分の体を動かす動力源となる。

 結果から言えば、あの出来事は島村卯月というアイドルが何なのか、自分が何を目指すべきかを確固たるものにしたわけだ。そして、それからの活躍は以前とは比べ物にならないぐらいものになった。

 自信を持て、卯月。お前は誰よりも自分を表現できるようになったアイドルだ。お前の笑顔には力がある。人を笑顔にできる力だ。きっと、もう昔のように面と向かって何かを伝えることはないだろう。迷ったとき手を差し伸べてやることもない。

 これが最後。

 その最後のライブも、いま終わった。

 ステージ端にいた貴音も再びステージに戻った。

 司会者が二人のライブを交互に感想を述べていく。その間に投票の集計が行われている。

 プロデューサーには勝者がわかっていた。

 だからもうここに用はない。けれど、彼はここに残った。

 深い意味はない。

 ただ、最後まで見届けよう。そう思った。

 そして、少しして勝者の名が呼ばれた。

 

 

 

 

 

『決勝に駒を進めたのは――765プロダクションの四条貴音さんです!』

 

 負けた。全力を出し切ってライブに挑んだ。けど、負けた。

 でも、そこに悔しさはない。むしろ、スッキリとしている。

 卯月は晴れ晴れとした顔で貴音に告げた。

 

「おめでとうございます、貴音さん」

「卯月。ありがとう」

 

 たった一言。

 それだけと伝えて彼女はその場を離れて舞台裏へと戻る。するとすぐに武内が歩み寄ってきた。彼も自分と同じような気持ちなのか、暗い表情はしていなかった。

 武内が声をかけてきたその瞬間、その背後で卯月は見た。

 彼だ――

 間違いない。

 ここに来ていた。

 すぐに見えなくなったプロデューサーを追いかけるために卯月は走り出した。舞台裏からそこに繋がる通路に出る。すでに彼の姿はない。おそらく控室だろうか。そうに違いない。そんな根拠もない確信を頼りに卯月は再び走り出した。

 全力でライブに挑んだあとで走るのは辛い。特に息がうまくできない。でも、ここで追いかけなかったらきっと後悔する。やっと見つけたのだ。だから、絶対に会う。

 すると以前までよく見慣れた、最後に見た彼の背中が見えたが角を曲がってまた見えなくなってしまう。角を曲がってようやく追いつき、卯月はその場に立ち止まり心臓を落ち着かせることすらせずに彼の名を叫んだ。

 

「プロデューサー!」

 

 プロデューサーは立ち止まった。

 荒い息を整えながら卯月は近づくために歩き始めた。その間彼はこちらを振り向くことはせず、ずっと正面を向いていた。

 

「やっと、会えましたね」

「……」

 

 無言。

 彼からすれば、自分に会う気はなかったのだろう。それは容易に想像できた。けど、それでも構わない。あとは伝えるだけなのだから。

 

「あそこに居たってことは、私のライブを見てくださったんですね」

「……ああ見たよ」

「きっとプロデューサーのことだから、これまでのライブで私が何を伝えたかったのかはわかってると思います。でも、それでも! こうしてちゃんとあなたに伝えたかったんです!」

「なにを」

 

 ワザとらしく彼は訊いた。

 

「私、やっぱりこれしかないみたいです」

 

 両手でピースをつくり、疲れていながらも必死に笑顔を作って見せる。彼は振りむいてはくれないがそれでもいい。

 

「今だって歌やダンスはみんなより劣っているかもしれません。現にこうして貴音さんに負けちゃったわけですし。でも、笑顔では負けてないって、笑顔だけは誰にも負けないって。あの舞さんやミンメイよりも私の笑顔のがすごいんだぞって自信をもって言えます。だから私は、これで多くの人を笑顔にしたい。してあげたい。辛いときや悲しい時も、私の歌を聴いて元気になって笑顔になってほしい。それが私の夢です。私のなりたいアイドルです。そしてこれが、あの時言えなかった私の答えです」

 

 もう言葉が出てこない。

 伝えたいことはもう全部伝えた。

 このまま彼がこの場を離れても別に問題はない。それを追いかける力ももうない。無言が答えでも構わない。これで私のやるべきことは全部果たした。

 そう思うと体が、心が少し軽くなるのを感じる。変な重荷がなくなったようだ。

 もういいだろう。

 卯月はその場を離れようとした。

 その時、プロデューサーが顔だけこちらに向けながら言った。

 

「答えはもう、少し前からわかっていた。ただ俺は、お前の口から直接聞きたかった。傲慢だろ?」

「はい。そうですね、とても意地悪です」

「元々俺はそういう人間だよ。お前らが抱いていたいい男じゃない。これが、俺なんだ」

「自分でいい男って。自覚あるんですね」

「あるさ。じゃなきゃ、アイドルを口説けない。……お前、結構変わったな」

「そうですか? 元々そういう女ですよ、私」

「憎まれ口もうまくなったようだ。大変だな、他のやつらも」

「他人事みたいに言うんですね」

「ああ。そうだ、帰ったらみんなに伝えておいてくれ。迷惑をかけたと」

「え、嫌ですよ。自分で伝えてください」

「俺も嫌だよ」

「一つ、聞いてもいいでしょうか」

「なんだ」

「私達と過ごした日々は、あなたにとって価値のないものでしたか?」

 

 なぜ346プロ辞めたのか、その本当の理由は知らない。普通に去ればいいのに、アイドル達には黙って行ったのは、後ろめたいことがあるかそれとも単純に別れの挨拶すら不要だったのか、それだけは確かめたかった。

 あなたと過ごした日々はとても楽しかった。辛いこともあったけど、毎日が笑顔であふれていた。それは、あなたも同じだったはず。私達と同じように笑っていたのは、それすら嘘だったのか。

 

「退屈しない、時間だったよ」

「……プロデューサー、らしいです」

 

 その答えだけで満足だった。

 そして再び無言になる。

 プロデューサーは空を仰ぐように頭をあげてまた前を向き、今度はこちらを向かずに言った。

 

「卯月。お前は以前と比べ物にならないぐらいに成長した。人として、アイドルとして大きく立派になった。まあでも、性格は悪くなったな」

 

 それは余計だ。つい口に出しそうになったが彼女は堪えた。

 

「お前はもう一人前だ。誇っていい。だからもう、大丈夫だ。常に自分を信じろ。そうすれば迷うことなんてない」

「……プロデューサー」

「他の子もそうだ。俺はもう必要ない。武内や専務、他のやつらもいる。問題はない」

「そう、でしょうか」

「そうだよ」

 

 実際彼の言うことは間違っていない。

 今の346プロは彼が居たときのように問題なく回っている。まだ少しの課題は残っているだろうけど、それも時間が解決する。

 346プロに彼はもう必要ないのだ。

 

「話せて、よかったよ」

 

 最後に、かつてよく聞いた優しい声。そのまま彼は再び歩き出した。

 卯月は手を伸ばし、叫んだ。

 

「プロデューサー!」

 

 再び足を止めるプロデューサー。

 どうする。

 呼び止めてどうするのだ。もうわかっているはず。今さら何を言っても結果はかわらない。どんな言葉を送っても彼は戻ってこない。

 だからなのか。自然と卯月の口は動いた。

 

「さようなら。プロデューサー」

 

 

 

 

 

 プロデューサーの姿が見えなくなると、卯月は振り向いてある一人の名を呼んだ。

 

「武内P。そこにいますよね?」

「――気づいていましたか」

 

 彼は角から出てくると、いつものように右手を首の後ろに回し申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「まあ私が突然走り出したから、追いかけてくるのはわかっていましたから」

「すみません。ただ、盗み聞きをするつもりはなかったのですが」

「別に構いませんよ。聞かれて困ることではありませんでしたし。けど、よかったんですか?」

「なにがです?」

「いえ。武内Pもなにか言いたかったんじゃないかなって」

 

 言うと武内はきっぱり言った。

 

「なくはありませんが、私自身何かを言う気はありませんでしたので」

 

 えらく涼しい顔で言う武内を見て卯月は驚いた。まあアイドル達と比べれば、いなくなることを事前に知りえていたこともあって、何かしらの言葉を送っていても不思議ではないのか?

 そんな推測をしていると、彼が卯月にたずねた。

 

「島村さんは、どうして最後に『さよなら』と言ったのですか?」

「……なんででしょうね。たぶん、もう二度と会えないからって思ったからだと思います。一年ぶりに会ったあの人は、以前と比べてもなんだか別人のように見えて。今にも消えそうな気がしたんです」

「そうですか」

 

 ふむ。と武内は少し考えこむとすぐに言ってきた。

 

「私とは違う考えですね」

「違う? じゃあ武内Pはどういう風に考えていたんですか?」

「確信があるわけではありません。これはあくまで私の直感です。あの人は、先輩は帰ってきますよ」

 

 なんだか自分より彼の方が女らしい考えをしているのではと思ってきた。ただそんなことよりも、どうしてその考えに至ったのが気になった。

 

「どうして?」

「同じプロデューサーだから。そう答えるしかありません。島村さん、あなたは自分がアイドル以外の道を歩むビジョンが浮かびますか?」

 

 そんなもの考えたことはないと卯月はきっぱりと言った。

 気づけばアイドル養成所に通い、アイドルになるために日々を過ごしてきた。それ以外の夢など考えたこともない。

 しかし、いざ想像してみもこれが中々思い浮かんでこない。たぶん今のように大学には行けたかもしれない。何を目指してかはわからないけど。逆にどこかへ就職した可能性だってある。はたして自分にあう職業があるだろうかとすぐに思考が躓いた。

 内心ため息をつく。アイドル以外の道など自分にはないのだと言っているようなものだ。

 

「私も先輩のすべてを知っているわけではありません。ですが、あの人はこの業界から離れることはありませんしできないでしょう。もっと深い言葉で言えば、アイドルとは切っても切れない縁なのです。想像してみてください。あの人がスーツを脱いで、コンビニで働く姿を想像できますか?」

「それは……できませんね。けど、人はやろうと思えばできますよね。それはプロデューサーだって同じ」

「最初はそうかもしれません。いろいろと模索するでしょう。ですが、あの人は根っからのプロデューサーです。すべてが体に染みついている。島村さんが言うように決勝が終わったあと姿をくらますでしょう。けれど、いつの日かあの人は帰ってきます。それが日本なのかはわかりませんが」

「だから、いずれは帰ってくると武内Pは思ってるんですね」

 

 武内は深くうなずいた。

 

「じゃあ帰ってくるとして、346プロに戻ってくるでしょうか?」

「それはわかりません。胸を張って帰ってくるといいましたが、はたしてプロデューサーとして帰ってくるかも想像がつきません」

「それ、矛盾してません?」

「仕方ないんですよ。私も含め、多くの人間が先輩のことをアイドルのプロデューサーだからプロデューサーと呼んでいるだけで、やろうと思えば他の職にだってなれるんですよ」

「例えば、なんです?」

「そうですね……。無難なところで、社長にだってなれると思いますよ」

 

 社長と呼ばれる彼を想像してみる。まあしっくりくるなと思った。

 もしプロデューサーが企業するとなれば、多くのアイドル達が入社しにいくのは容易に想像がつく。だが、彼のことだ。簡単に採用するとは到底思えない。

 

「まあなんにせよ。いま色々考えても仕方がないってことですね」

「そうなります。さて、このあとはどうしますか?」

 

 ここに残るか、それとも帰るかのことを言っているのだろう。いま帰るなんて選択肢はもちろんない。これからが本当の意味で本番なのだ。

 

「控室に戻ります。最後まで、見届けたいので」

「わかりました。ご一緒してもよろしいでしょうか?」

「はい。一人でいるのは退屈ですから」

 

 二人は用意されている控室に向かい始めた。

 道中武内が思い出したように言った。

 

「準決勝の後半戦のことを忘れていました」

「ああそうですね。けど、勝者は決まってますよ。きっと」

「島村さんもそう思いますか」

「はい。きっと〈リン・ミンメイ〉ですよ」

「同意見です」

 

 武内はそれがわかっていたように肯定した。

 

 

 

 

 

 

『勝者、リン・ミンメイ!』

 

 盛大な歓声が送られる中、ミンメイは手を振りながらステージを降りる。平静を装っているが、内心少し焦っていた。

(ちょっぴりやばかったけど。結果オーライ)

 彼女の言うちょっぴりがどの程度を指すかはなんとも曖昧であった。

 だがやばかったのは本当で、さすがは『銀河の妖精 シェリル・ノーム』と言わざるを得ない。

 歌う順番もシェリルが一番手と言ったのは、いまとなっては僥倖だった。先に彼女のステージを見て、実際にその実力を肌で感じ、少し本気を出して挑んだ。

 命としては、彼女の一ファンでもあり同じステージに立てることは嬉しくもあった。

 しかし〈リン・ミンメイ〉になれば別だ。シェリル・ノームは立ちはだかる壁にすぎない。彼の夢を叶えるためには邪魔な存在になる。

 だがそれも終わった。

 あとは決勝だけだ。

 ミンメイは舞台裏をざっと見渡して彼を探した。案の定来ていない。小さなため息をついて控室に向かう。

 相棒が来ない理由はだいたい察しがついているし、とやかく文句を言うつもりない。ただ、ここはやはりプロデューサーなのだから、直接来て労いの言葉があってもいいと思うのだ。

 まあ無理か。

 とありあえず控室に戻ろう。話はそれからだ。

 

「ちょっといいからしら」

 

 後ろから声をかけられた。たぶん自分のことだろう。

 ミンメイは振り向くと、そこにはシェリル・ノームが立っていた。

 ああたぶん、またあれだ。

 シェリルが何を言うかは薄々わかっていた。きっと彼女もそうだろうと。

 

「シェリル・ノーム。何の用で?」

 

 ミンメイとして彼女は言った。

 

「伝言を預かってほしいのよ」

「伝言?」

「ええ。どうせ、あいつは姿を見せないだろうから。あんたに直接言ってもらおうと思って」

「確約はできませんが、善処しますよ」

「それで構わないわ。で、内容だけど。今度会ったら殴ってやるから、覚悟しときなさい! それだけでいいわ」

「わかりました」

「よろしくね。それじゃ」

 

 手を振ってシェリルはどかへ行ってしまった。ミンメイも再び控室に向かうために歩き出す。

 彼女の伝言もそうだが、まあみんな似たようなことを言うものだ。

 346プロの子が数が多いので正直言って、内容はほとんど覚えていない。記憶力には多少の自信があるけど、一人一人の内容は似たり寄ったりで勝手に内容を統合した。だいたいが「待ってるとか」、「一回だけでいいから会ってください」などなど。

 元凶の一因である自分が言うのもなんだが、女々しくて耐えらない。そこまで相棒のことを好きなら直接言えばいいではないか。そんなにも難しいことではないはずだ。

 酷い言い草だと思われるかもしれないが、これが予選からずっと続いているのだ。少しは大目に見てほしい。

 むしろ、先ほどのシェリルのようなことだったら喜んで伝える所存である。相棒をからかうネタはいつでも大歓迎だ。

 そんなことを考えていると、ふと一番変わったことを言われた人物のことを思い出した。

(ねえ。あなたヘレンにならない?)

 まったくもって意味がわからなかった。ヘレンにならないとか言われても、あなたがヘレンだろうに。彼が変人というのもとてもうなずけた。なので、丁重にお断りさせていただいた。

 まあとりあえずは、先ほどの伝言を伝えますか。

 控室の前まできたミンメイは一度周囲を見渡してから中に入る。問題ないと思うが一応念のためだ。部屋に入ると、お目当ての男は腕を組み椅子に座りながら寝ていた。

 それを見たミンメイ――命は言った。

 

「はあー。まさか寝ているとは。いいご身分ですこと! ……相棒?」

 

 命は彼の前で近づいて覗き込むように彼の寝顔見た。

(熟睡してるの?)

 ありえない。

 なにせ、人の気配に人一倍敏感な彼のことだ。部屋の前に立った時点で気づいてると思ったし、そうでなくとも先ほどの声で起きているかと思ったからだ。

 こうまで不用心なのは違和感がある。

 いや、よくよく思えばいまに始まったことではなかった。

 本選が近づくにつれ、決勝を目前に控えたいまとなって、彼は少しずつ戻りつつあるのだ。

 人によっては変わったというだろう。しかし違うのだ。彼にとっては、元に戻ろうとしている。

 それは彼自身そのものであるし、失くしたものが戻ってくることでもあり、言うなれば本来の彼になりつつある。

 

「……」

 

 なんと可哀そうな男だろう。

 道などいくらでもあった。

 なのにこの修羅の道を選んだ。

 彼女は彼を哀しんだ。

 この日のためにすべてを捧げてきた。

 時間や人生、ありとあらゆるものを犠牲に。

 彼女は彼を恭敬した。

 自分に会わなければこんなことにはならなかった。

 元凶は彼ではない。

 この私だ。

 すべて私が原因だ。

 彼女は彼に謝った。

 

「ごめんね。でも、もうすぐ終わるよ」

 

 眠る彼に優しくささやく命は彼と出会うまでの、出会った日からのことをふと思い出し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけの落書き

【島村卯月(新)】

 笑顔のみなら作中最強(一部除く)

【シェリル・ノーム】

 ギャラクシープロダクション所属

 日高舞などの狂キャラを除けば、普通に強い人。

 

 

 

 

 


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